三度目のミト   作:アルポリス

3 / 14
 もう年齢すら違えばミトと言えない、そんな気がする今日この頃。

 それでも見てやりますわ、と言う方はどうぞ。


ミトと友は魔獣の話

 船長から遥か先の頂上にそびえ立つ一本の杉を目指すよう助言を受けた私とゴンは会場となるサバン地区に向かうバスでは移動せず、徒歩で杉の元まで向かうことにした。バスで向かおうとするレオリオを強引に引っ張り、クラピカもそれに追随する。

 

「おい、ミトさんよ、バスで向かった方が早いんじゃないか?」

 

 建物など見当たらない道路をひたすら歩きながら、耳に聞こえてくる往生際の悪いレオリオの文句に対して反論する。

 

「お馬鹿さん、相手は試験官なのよ。その人が言うんだから間違いないわ」

「けどよ、あの船長が本当に試験官かどうか分かったもんじゃないんだぜ?」

「でも、お母さんは最初からあの船が試験になるって分かっていたんだよね、船長さんが教えてくれたよ。良いお母さんをもったなって褒められちゃった」

 

 ゴンの言葉に二人の強い、何で知っているんだと問うような視線が突き刺さる。私はそんな視線をものともしないで船長の言葉に喜びを感じていた。

 

「そう言えば、シー兄ちゃんってハンターライセンスを持ってたよね。分かった、シー兄ちゃんから聞いたんでしょう?」

 

 それに私が頷けばそんなカラクリかよ、という言葉をレオリオは吐きだした。クラピカも少し落胆しているようだ。

 

 二人とも私を予知能力者や、ハンター試験の回し者だとでも思っているのだろうか。私は唯の一般人ですよ。

 

 そう告げれば三人とも首を横に振って否定してきた。特にレオリオは何ども横に振る。

 

 解せないわね……ちょっと強いかも知れない一般人なだけなのに。

 

「でも、まさかゴンの母親だとは思わなかったぜ」

 

 歩きながら他愛もない会話を続けているとレオリオがそのような言葉を投げかけてきた。それに深く頷いたのはクラピカ、苦笑を強めたのはゴンだ。

 

「そうね、これでもレオリオ君より一回り以上歳が離れているわ」

 

 私はと言えば、もう苦笑を通り越して乾いた笑みを浮かべながら晴天の空を見つめていた。実のところ最初のミトより今生のミトこと私は六年も早く生まれている。つまりジンより三歳年上で、姉とは呼ばれていなかったものの、一度目とは全然違う態度を向けられていたのだ。それなのに一度目よりも見た目を若く見られがちで存在証明が欠かせないとはこれ如何に。ちなみに私の好みはやはり年上なので、今更年下のジンなど考えられないのだ。

 

 この先もこのような誤解を生みだしていくのなら一層十代で通してしまおうか、なんて短慮な想いを考えていると、私の背後に突き刺さる視線を感じた。どうやら、大陸の港から私達を尾行していた何者がレオリオの言を聞いて気配を強めてしまったようだ。

 

 別にこちらに危害を加えようともしていないので捨て置いたけど、未熟な証ね。これなら万が一襲われてもゴン達だけで対処できるわ。

 

 その後もダラダラと会話を続けながら私達は歩き続け、一本杉の立つ山の入口付近に構える寂れた村に辿り着いた。

 

「薄気味悪い場所だぜ、村なのに誰もいねぇ」

 

 レオリオはそう言ったが、私は数多の気配と視線を感じていた。

 

「うーん、でも沢山の気配を感じるよ」

「ああ、ゴンの言うとおりだ、気を付けろ」

 

 クラピカはこの気配を感じ取れたようだ。当然ゴンも気づくとは思っていた。森を遊び場にしていれば自ずと身に付くもの、今も私達を尾行している者のような気配消しを行っているような相手なら別だが、この村の者たちは存在感を出しすぎている。もしかしたらわざとかもしれない。

 

「分からねぇ、俺は一般人だったつぅの」

 

 きっと彼の故郷は都会に近い場所なのだろう、そうでなくとも人の多い自然とはあまり縁の無い場所だから見に付いていない。

 

「安心なさい、ハンターになれば嫌でも身に付くというものよ。でも、私も一般人だから仲間外れではないわ」

 

 そう言いながらも内心で考える。気配察知はハンターに必要となるスキルの一つになるだろう、この先彼が生き残るためには必ず覚えて欲しい能力だ。

 

「いや、だから……まさか、ミトさんも俺と同じく気配感じてねぇのか?」

「馬鹿言わないで、二十五人プラス一人よ」

 

 あくまで一般人の私はそれでもこの世界に置いてトップクラスの気配察知能力を持ち合わせていると自負している。本気を出せば遠く離れた地にいる人間の気配も感じられるのだから。

 

 私の言葉が引き金になったのか、家屋の陰からぞろぞろと仮面を被った人々が現れる。そして最後に杖を付いた老婆が一人遅い歩みで私達の前にやって来た。人数を数えていたゴンが首をかしげながら口を開く。

 

「お母さん、二十五人しかいないよ、あと一人は何処なの?」

「足し算は完璧ね」

「まだ言うの!? この前も言ったけど掛け算も出来るからね!!」

 

 またもや頬を膨らませて抗議するゴンはやっぱり可愛い、何度でも言うがゴンは天使だ。

 

 クスリと笑った私は背後を振り返る。

 

「そろそろ、出てきたらどう、尾行者さん。取り敢えず、ここが船長の告げる目的の場所らしいわよ」

 

 あの船長さんは試験官だ、いくら目的の場所を示してもそこまでの過程は教えてくれないだろう。私の予想が正しければここもきっと試練の一つだ。

 案の定建物の陰から二本の棒状のような獲物を背中に背負った男が驚愕の表情を浮かべて現れた。同じようにゴン達も驚きを見せている。クラピカに至ってはボソっと「それで良く、堂々と一般人だと言える」なんて顔に似合わない辛辣の言葉を頂いてしまった。

 

 私は老婆に向かって軽やかに笑って見せる。

 

「さあ、お婆さん。試練の内容を教えてくださいな」

 

 挑発するようなもの言いにニヤリと笑った老婆は試練ドキドキ二択クイ~~~~ズの開催を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は今、一本杉が立っている山道を歩いていた。試練はちゃんと四人でクリアしたのだ。

 

 尾行者に関しては選択の誤りから命を粗末にしそうだったので首筋に手刀を決めて昏睡させたわ。死んではいないけれど老婆曰く失格のようね。私の目の前でむざむざ死に行くのを見るのは嫌だったし。ただ、全ての人間を助けられると思うほど自惚れているつもりもないから、単なる気まぐれによる行動として片づけさせてもらったわ。

 

 第一、恋人と母親のどちらかしか絶対助けられないなんて可笑しな話じゃない。人によって答えは変わるし、恋人と母親の両方を失う可能性だってあるわ、逆を言えば両方助けられるかもしれない。つまり、この世に絶対なんて私は無いと思っているの。三度目のミトの私がその証の一つのようなものだしね。

 

 だから老婆の言い方にピンっときたのよ。答えを言うなら恋人か母親、その他の『曖昧』な答えは失格、この時点で老婆の求める正解は沈黙でしかないとね。

 

 答えイコール正解とは限らない、その他の言葉はすべて曖昧な言葉に分類される。なら自ずと取れる選択肢は何も言わないという『沈黙』だけ。

 

 

 老婆の説明の中に沈黙に関する言及は一切なかったこともこの正解に辿り着くヒントになった。老婆は私達にかなり甘いヒントを与えてくれたのだ。

 

 現に私の後に気付いたクラピカはクイズの内容が気に入らないレオリオに助言を述べようとして老婆に止められるも、その後うっかり「ここから先の発言は即失格」という最大のヒントを漏らす。言い方を変えればもっとこちらを混乱させられたかもしれないのに。

 

 沈黙で正解して正しい道を教えられた時、そのことを指摘すれば老婆はしわくちゃの顔を更に深くさせて言った。

 

「お前さんは失格になるかもしれないのに敢えてそこの男の命を繋ぎとめた。それがどうしようもなく嬉しかったのさ、サングラスの男の憤怒も心地よく、それを窘めながらも同じ気持ちを持っている金髪少年、そして何より未だ考え続けている少年」

 

 老婆は顎に手を当てて唸っているゴンに視線を合わせた。

 

「わしも耄碌したもんだ、試験官でありながらお前達に心底からハンターになって欲しいという願望を持っちまった。それがわしの発言の答えだよ」

 

 老婆は試験官と言う立場にありながら、有るまじき選択を取ったという解釈を私達や答えの出ないゴンに与えたようだ。どのような選択肢が現れようとも結局最後は自分自身で選ばなければならないという教訓を付け加えて。

 

 ゴンは老婆の言葉の意味に気付いたのか考えるのを一旦止め、その言葉を胸に刻んだようだ。母親として息子の成長は喜ばしい限りである。

 

 そんなやり取りを終えて山道を歩き続けること二時間弱、ここまで歩き通しでレオリオの文句を聞き続けながらもどうにか一本杉の麓の小屋に辿り着いた。

 

 その小屋には老婆が教えてくれたハンター試験会場までのナビゲーターを務めてくれるはずの夫婦がいる。

 

 嘘ではないと信じたいが私達はお互い顔を見合わせて頷くと警戒するようその小屋に入っていく。

 

 

 

 

 

 結果を言うならば無事ナビゲーターに会えた。だが、そこに至る過程はそんな生易しいものでは無かったのだ。

 

 まず始めに視界に捉えた光景は一匹の魔獣が人間の女性をその脇に抱えてドアから入って来た私達を威嚇していきたというもの、次に人間の男が血だらけで倒れ、多分脇に抱えられた女性の名前と思わしき単語を弱弱しく吐きだしていた光景だった。

 

 私はその光景の意味するところを瞬時に悟る。女性を抱きかかえて逃げ出そうとする男の頭を鷲掴みにして力を込め、吐き捨てる様に告げた。

 

「あんた、何時から娘を虐待するような雄になったんだい、ええ!?」

「いだぁぁぁぁ、嘘だろ、ミトじゃねぇか、これには訳がぁぁぁ、頭が割れちゃうぅぅぅぅ、かーちゃん、説明を!!」

 

 ウサギと狐を足して2で割ったような魔獣が叫び声を上げて助けを求めれば背後に同じような姿の魔獣――正確には凶理孤族と呼ばれる変幻魔獣の友獣が音もなく現れた。

 

「あれま、ミトじゃいかい、まさか、あんたがハンター試験を受けているなんて驚きだよ」

「久方ぶりね、友よ。十七年ぶりくらいかしら?」

「そうだねぇ、『あの時』以来なら、そのくらいだよ」

「息災で何より、2匹の子供にも恵まれて幸せそうだわ」

「ありがとよぅ、家族4匹で幸せにくらしているさ」

「お二人ともぉぉ、これ以上力を込められたらぁ、家族が3匹になりそうなんですけどぉぉぉ」

 

 ここでやっと気付いたのか友が夫に視線を合わせる。

 

「おや、とーちゃん。変幻魔獣の雄が情けない声を出して、最近鈍っているんじゃないかい?」

「いやいや、何言っちゃんてんのぉぉぉ、骨から出ちゃいけないミシミシとかいう音が聞こえているでしょうがぁぁ!!」

 

 このように合格へ至る過程は生易しいものでは無かった、主に凶理孤の夫に向けられた対応に関してだけだが…。

 

 

 

 

 その後、友に望まれて夫の顔から手を離すと物凄い速さで友の背後に隠れてしまう姿はデカイ図体なのに可愛いらしいと不覚にもキュンとさせられてしまった。

 

 先ほどの光景について友の話を要約するとナビゲーターするのに相応しい候補生なのか選抜する為のお芝居だったらしい。人間の男に化けていた息子の体に付着する血も獣の血を使ったもので怪我一つなく、私に恐縮しっぱなしだった。

 息子の態度に首を傾げる私に対して娘の方がこっそり教えてくれた。曰く、母親である友から私の若い頃共に行った黒歴史の数々を聞かされて育ったらしく私を尊敬しているらしい。

 

 懐かしいという一言に尽きる想いだ。

 

 友と共にこことは別の森に住んでいた主(凶悪な魔獣)と戦いを繰り広げてきた光景は今も鮮明に思い出せる。元々、友との出会いも戦いの中で培った友情から来るものだった。出会いから数えれば20年経ってもその友情は色あせていないようで嬉しい限りである。

 そんな友が番になると聞いた時はどんな雄か試しに襲い掛かり、当時家族になったばかりの長男とを呆れさせたのも今は良い思い出だ。

 

 そして話はナビゲーターをするかという話に戻った。そこで私は息子を始め、各自の得意分野を披露してみせればという提案を上げる。

 

 それは採用され、レオリオは医学の知識、クラピカは古代知識、ゴンは可愛らしく友とその夫の見分け方を示して見せた。そしてそれらは友たちのお眼鏡に叶ったようで合格を貰った。

 私と言えば瞬時に夫を鷲掴みした対応を評価されているので既に合格しているようなものだ。

 

 時間にまだ余裕があると言うことで私達は友の自宅で呑気にお茶を飲みながら会話に花を咲かせる。私の若い頃の話になると皆興味に駆られ、前のめりになるほど聞いてきた。

 

「そうね、二十年前、私は各地を旅していたのだけれど、旅のさなかとある辺境の部族に魔獣の討伐を依頼されて出会ったのが友だったのよ」

「ああ、そうだった。私はその部族が住む森の主を襲名したばかりでね、血気盛んな時期だったよ、けど私達の一族は色々化けられるからこそ己の欲求を満たしてはならないという掟があった。だから討伐される言われは無かったんだが…」

「お互い若かったから三日三晩戦いを繰り広げて、それが思いのほか楽しくて気づいたら笑いながら語り合っていたわ」

「そうそう、そうだったねぇ」

 

 結局、依頼してきた部族は自分たちの財力を豊かにするため自分たちの住む森を売り払おうとしていたのだ。それには森を守護する友が邪魔で、そこに立ち寄った余所者の私を言葉巧みに騙して戦わせ、共倒れを狙うという何とも考えなしの作戦だった。

 

「私は当然騙されたのだから頭にきて、同じく友も怒り心頭でその部族を蹂躙……はしていないけれど、結果的にはそうなってしまったわ」

「良いんだよ、あれは己の先祖の言葉を忘れた愚か者たちが悪い。私達一族が何故あの森で主をしていたか、身を持って知っただけさ」

 

 友の先祖と部族の先祖は遥か昔盟約を果たしていた。その内容は友の一族が森に住む魔獣達を抑え、部族がその森を守るというものだった。それが破られた今、友の一族は魔獣を抑えるのを止め、結果は言わずもがな、部族は魔獣に襲われ壊滅的なダメージを負ったのだ。

 

「もちろん、幼い子供に罪は無いからねぇ、ミトに頼んで事前に助け出したけれど、殆どの子供は親を失い、私達一族は人間に化けて育て上げたのさ。そうなれば情も沸いちまって今じゃ私達一族と部族の生き残りが共存しながら村を守っているよ。それからだね、私達一族が人間社会に溶け込むようになったのは」

「だから友はこの仕事をしているのね?」

「ああ、外貨ってやつを稼げば村も潤う、この仕事を終えたら私達家族はあの森に帰るよ」

 

 そして、また来年別の場所でハンター試験のナビを行うらしい。

 

「さて、そろそろ時間だ、このままハンター試験会場まで連れて行くよ」

 友の言葉に私達は立ちあがると小屋を出ていく。その途中、友に止められ、ゴン達に先に行くよう促すと振り返る。

 

「あの子は元気だったよ」

 

 友の言っていることが次男を差しているのにすぐ気付き安堵の息を吐きだした。

 

 次男のあの子は元々友が住む部族の生き残りの中で結ばれた一組の夫婦に宿った命だった。本来は血の繋がった両親と暮らすはずだったあの子が生まれた年、森には凶悪な魔獣が数匹住みつき、友の一族や部族の生き残りを襲い始めたのだ。

 その強さは流石の友でも防戦一方の状態で一族や村人は少しずつ数を減らしてく。その中には次男を残して無念の死を遂げた本当の両親の名前もあった。事態を重く見た友は近隣の都市群まで行き、私に連絡してくれたのだ。

 

 私は着いてこようとする長男を宥め、すぐさま森に駆けつけ、友と共に魔獣達の息の根を止めることに成功する。今でもそれは語り継がれているようで友の村では私も英雄視されているのだが、その当時は被害が甚大で孤児となった次男を受け入れてもらえる家庭を見つけられなかった。そこで私が名乗りを上げ、息子として育てたのだ。

 

「あの子は無事に生みの親の元、挨拶できたのかしら?」

 

 次男が旅をする目的の中には生んでくれた両親に自身の成長を報告する里帰りもあったのだ。

 ホント義理固い次男を私は快く見送ったのを覚えている。かれこれ二年前の話だ。

 

「ああ、墓の前で確かに報告していたよ『生んでくれてありがとう、守ってくれてありがとう、今の母に出会わしてくれてありがとう』だとさ、ちゃんと愛されているからそんな泣きそうな顔をしなさんな」

 

 獣の手で私の零れそうな涙をすくってくれた友は私をきつく抱きしめて優しくあやされる。

 

 心情まで偽れなかったのは血の繋がらない母親としての足掻きのようなもので。

 

 友の旦那が呼ぶまで私は毛に覆われた友の胸を借りるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 満月浮かび上がる夜の空に4人を乗せた4匹は飛ぶ。

 

 流石我が友は私とゴンを一匹だけで持ち上げ飛んで見せた。夫はレオリオ、息子達は二人がかりでクラピカを支えて飛んでいる。ゴンなどは始めての空にテンションを上げて満面の笑みを浮かべていた。私はそんなゴンをデレデレとした表情で見つめるという至福の時間を過ごす。

 

 やがて朝日が昇り始める頃、ハンター試験会場のあるサバンシ市に辿り着いた。

 

 試験会場までナビする息子を残して友とは再開を約束して別れ、本当は父親の方こそ正当なナビらしいのだが、私の存在に怯えて使い物にならなかったようである。

 

くじら島ではお目に掛れない人の波を掻きわけてナビの息子に着いていくと目の前に巨大な建物が広がった。

 

「ここが、ハンター試験会場」

「全国の猛者たちが集まる巣窟か」

 

 レオリオ、クラピカが息を飲み、ゴンは考え深げにそびえ立つ建物を見上げる中、私はその向かいに建つ定食屋に目を奪われていた。

 

 そう言えば昨日から何も食べていないわ、友の小屋ではお茶だけだったし、船で飲み干してしまったから酒も無い。時間はまだあるようだから、あの食堂にでも寄ってみようかしら。

 

 そんなことを想って定食屋を見ているとナビの息子からゴンがするような尊敬の眼差しを向けられているのに気付いた。

 

「流石母さんと共に駆け抜けただけのことはありますね。正解です、会場への道はそこの定食屋です」

 

 当然本音は伝えず微笑でその称賛に返事をした。子供の夢を壊すのは忍びない。

 

 疑いを見せる息子や彼らと共に食堂に入ると朝の時間帯にも関わらず多くの客が食事を楽しんでいた。そんな中、ナビの息子は店主に対してステーキ定食を注文する。

 

「弱火でじっくりでお願いするよ」

 

 その言葉を告げられ、店主の目が僅かに見開いた。その僅かな同様に私は気づく。

 

 ここの名物はステーキで通のお客さんだけが頼める焼き加減のようだ、と。

 

 自身の名探偵ぶりに満足していると店員に奥の部屋へ通される。

 

 息子のナビは先ほどのやり取りこそ試験会場へ向かうキーワードだと告げて私達の検討を祈りながら帰って行った。

 

 つまり先ほどの推理は的外れも極まれるというやつだったようだ。

 

 ほんと、口に出さなくて良かったわ。危うく彼や息子に幻滅されるところだったわね、何が名探偵よ、これじゃアホ探偵じゃない……きっとお腹が空いているせいに違いないわ……言い訳にしては厳しいかしら……でも。

 

 弱火でじっくり焼き上げられたステーキを黙々と食べる私にゴン達が話しかけるも今は黙って食べさせて欲しいと告げる。

 

 心情を察してくれた優しいゴン達が私を抜きにして会話を弾ませる中、会場に着くまで私は自己反省を続けるのだった。

 




 副題は次男の出生話でしょうか。

 次男は本当にキャラを扱わせて頂いています。当然ですが、過去捏造ですよ。

 名前の登場はまだまだ先ですが、既に会場にはいるので今後ちょくちょく登場します。


 ではまた次回の投稿で。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。