三度目のミト   作:アルポリス

14 / 14
 ミトだけでなく、キキョウまで可笑しいそぶりを見せ始めたけれど見てやるよ、と言う方はどうぞ


ミトとお宅訪問終了の話

 

 

 

 見た目は全く似ていない、それでも血の繋がった兄弟が同時に嘆く姿に、何時の間に仲良くなったとゼノが驚きを見せる中、いち早く我に返ったのは兄のミルキの方だった。

 

「やべぇな、下手に動いたら最悪ゾルディック家とフリークス家の全面戦争だぞ」

 

 ミルキの呟きにゼノは眉を顰めた。

 

「ミル、……その言葉から察するにお前は侵入者と面識があるような言い方だな」

 

 驚愕から未だ立ち直れず、混乱気味のキルアも同様の解釈をやっと終えて言葉を口にした。

 

「そ、そうだよ、何で兄貴がゴンの家族を知っているんだよ!?」

 

 キルアの疑問も、ゼノの指摘ももっともであった。ミルキは殆ど家から出た試しの無い、俗に言う引きこもりであると家族一同はもちろん、敷地内の使用人にまで認識されている。

 興味のないキルアでさえも家から出ないから豚になったという認識を抱いていた。事実自分が生まれてからミルキが家から出たところを目撃したことはない。

 

「あ、この馬鹿野郎」

「なに、キルアも面識があるのか。これはまた面妖なことだ」

「!?」

 

 自分の失言にますます混乱の一途を辿ったキルアは生理的な涙を目元に浮かべて助けを求めるようミルキに視線を合わせた。

 

 その兄弟の微笑ましいやり取りにゼノはニヤリと人の悪い笑みを作る。

 

「ほう、何時の間に兄弟の情を交わしたのか、気になるぞ。侵入者の事も含めて一つこの爺にも教えて貰おうか?」

「たっく、腰を上げるとは言ったがこんな形とは思わなかったんだが……キル、祖父さんにハンター試験の思い出を話してやれよ、暗殺者でも孫には甘いかも知れないぞ」

「……分かった」

「兄に素直なキルも驚きだが。それよりもミルは孫の範疇に己が入っていない様な言い回しをするな」

 

 ゼノの比喩にミルキは鼻で笑って返した。その態度にゼノは眉を更に傾げる。

 

「随分と普段見せる態度とは違うな」

 

 そう思うのも仕方が無いとミルキは内心で肯定した。普段家族に見せている己の態度は愛情を求めるあまり強さを過信した愚かで馬鹿な息子や孫という、フリークス家に出会わなかったもしもの自分を演じているのだ。

 

「今更虚像を繕うのも馬鹿馬鹿しいからな。ま、これが本当のオレだよ、祖父さん。キル以外のあんたら家族が内心でオレを愚かだと嘲笑っているのを理解しながら敢えてそのままにさせている道化だ」

「何故そのように演じる?」

 

 その問いにミルキは端的に理由を告げた。

 

 まず一つとして母さんが煩いというキキョウ以外のゾルディック家総意に基づく煩わしさを上げた。次に上げたのが、今の放置気味の立場を好んでいたから。これは誰にも知られず年に数回フリークス家に足を運ぶのに楽という理由にも繋がるが、そこは敢えて言うべきではないと口にしなかった。

 

 最後にこれはミルキの持つ最大の理由である。

 

「あんたらがオレの守るべき対象に危害を加えられないようにするためだ。それさえ無ければあんたらがどう認識を変えようと別に構わなかった」

「ふむ、お前の守るべき対象は流石に言わないだろうな」

「当然だな、けど、言ったところで祖父さんや親父は何もしないはずだ。あんたらは利己主義だが、無駄をもっとも嫌う。オレが仮に告げたところで己の領分を侵されない限り顧みないし、まして仕事以外で利用もしない。オレがもっとも危惧するのは母親や兄貴だけだ。あの人らは欲望に忠実すぎる」

 

 母親はこれと言った理由もなく自分の血の分けた息子達や夫に執心すぎる。それらを壊す者がいれば例え弱者であろうと躊躇など微塵にも思わず排除していくだろう。何故そこまで執着するのか、長年観察して分かったことは、何処か執着することで己を肯定しているような感じ―――これで良いの、という言葉を何度か吐きだしているのを目撃したくらいだ。

 

 兄のイルミは単純でだからこそ面倒だ。実の兄だが、何を考えているのか幼い頃の自分では到底理解できない生き物として映っていた。親の命令を忠実にこなしていく人形で、三男のキルアが生まれてからは時折両親よりも過保護になる、一見して血の通った人間に見える。どちらが本当の兄なのか、今の年齢になってようやく少しだけ見定められるようになった。

 

――あの兄はオレ以上に飛んだ食わせ者だ、親の命令に絶対逆らわないようにしながら陰で着実にゾルディック家当主を狙う、両親や祖父母以上にゾルディック家を崇拝する狂信者。弟を過保護に愛する兄の姿を両親に見せながらも己の良いように使える人形を育て上げようと画策する策士。その毒牙の一番の被害者は言わずもがなキルアだ。

 

「特に兄貴はキルなんかよりもゾルディック家当主に相応しい野心家だ」

 

――もしも、今後キルアとオレの関係が変わればそれすらも利用しようと画策するだろう。そうなるとオレの弱みも露見しやすくなる。あの人らは別に兄貴如きやられるタマではないが、今もゾルディック家に尽くしている下級の使用人たちは兄貴にとって格好の材料でしかない。

 

「キキョウは理解できなくもないが、イルミは欲望に縁遠い存在に思えるが?」

「祖父さんは常々オレは頭が良いって言っていただろう? 十分な理由じゃないか」

「馬鹿とも言っていたぞ?」

「今のオレが馬鹿に見えるなら、祖父さんは引退を考えた方が良いな」

 

 服の模様として書かれていたジャポン文字の生涯現役を指差して外したらどうだと皮肉って見せれば怒りを露わにするどころか楽しげに眼を細めた。

 

「なるほど、馬鹿は撤回しよう。お前は十分他者を観察しているようだ」

「最初に言った通り、どう変えようがオレには関係ない」

「構わんよ、これは自己認識の改めだ。昔ならまだしもこの生業は情報が上位に入るほど重要なのは理解していよう?」

「今はそう単純じゃないからな。ターゲットが築いた横の繋がりなんかをきちんと調べなければ余計な手間が増える」

 

 暗殺者側としての立場から言えば肯定である。今の情報社会に置いて情報を制せない者に暗殺者は務まらない。ミルキにとっては遺憾だが同意してしまうのはやはり自分も暗殺者の血が流れているからだろう。

 

 だが、ここに理解出来ていない者がいた。

 

「なぁ、さっきから話の半分も理解できないんだけど? なに、イル兄って欲望に忠実な訳?」

「ん? 操り人形なんて言葉を辞書で調べてこいってくらいな」

「考えられねぇ、何で兄貴は分かるんだよ?」

「頭が良いからではないか?」

 

 ここでキルアの性格を知っているゼノが冷やかせば案の定不貞腐れてミルキを睨みつけた。

 

「んだよっ!! ブタ君よりオレの方が沢山殺してるんだからな!!」

「お前は……まず、オレの呼び名を固定しろよ」

「ブタ君は全然殺さないけどな!!」

「そっちで固定かよ、まあいいけど」

 

 嫌味に冷静で返されてますます怒り心頭と言った状態のキルアにゼノの仲裁が入る。

 

「まて、まて、お前たちのケンカが珍しくてワシの心臓に悪い。もう止めてくれ」

「自業自得だ、祖父さん。そのままぽっくり逝けば良いんじゃないか?」

「こっちが素とは言え、実に清々しいほどワシら家族が嫌いだな」

「むしろ好かれる要素がどこにある?」

「違いない。ワシなら己から勘当されて家出するな」

 

 即座に肯定するところが、食えないとミルキは苦み走った表情を作る。しかし、だからこそ素を曝け出せるのも事実。

 仕事以外では意外に茶目っ気があるゼノならばもしかしたら内心の想いはどうあれキルアの望みも叶えてくれるかもしれない、そう僅かな希望を抱く、ミルキは己の素を餌に食いつかせているのだ。

 現にゼノは侵入者のことよりもミルキに重点を置いているようで、それこそ情報を貪りたいのだろう。

 

「無視するな!!!」

 

 その涙ぐましいミルキの想いに気づくはずもないキルアの絶叫にミルキは苦笑を浮かべた。どう見ても今の言葉は怒気というより子供の癇癪に聞こえて可笑しかった。

 涙を浮かべ、顔を真っ赤にさせるキルアの頭を何気ない動作で優しく撫でれば大人しく受け入れるのが余計に笑いを誘う。

 

 しかし、ここで笑ってしまえば余計拗ねるので表情は変えず口を開いた。

 

「良いか、オレの頭のことに関して今は置いておくとして、無駄な殺しをする暗殺者は三流だ。キルはどうにも無駄が多すぎる。その認識は祖父さんや親父も持っているはずだ」

 

 そうだろう、と目線で問いを投げかければゼノは神妙に頷く。

 

 前当主の肯定を受けてミルキの頭の中ではゼノの情を引き出す曖昧なものより別の作戦を思い描いていた。

 

「なら、そうならないよう見識を広める意味も込めて親父に願い出れば良い。外に出て旅がしたいってな」

「え!?」

 

 怪訝な表情を浮かべるゼノを無視してミルキは話を続ける。

 

「無駄が嫌いな親父の事だ、内心がどうあれ二つ返事で了承してくれるさ。そこに今回の家出で出会った自分より強い連中の話を付け加えてくれ、もちろんそれが誰かは分かるな?」

「ゴンやおばさん達の話をすれば良いのか?」

「そうすれば少なくともあの人らに危害は加わらない」

「どうしてそう言えるんだよ?」

「お前より強かったら少なくとも母さんやカルトより強いことになるわけだ。そうなると使用人も迂闊に手が出せなくなる」

「そっか」

「んで、話の最後にあの人たちは自分を迎えに来たんだと言えば完璧だ。侵入者の肩書はがらりと変わって客人になる」

 

 そこまで告げたところでキルアが急に押し黙った。顔を俯かせ何処となく元気の無い背中を軽く叩いて気持ちを浮上させる。

 

「安心しろ、キルの小さな裏切りぐらいで怒る様な心の狭い人たちじゃない。さっきの問いに答えてやるよ、お前の言う通り、オレはあの人らを十分理解しているし、親しいぜ」

「ホントか?」

「ああ、特にポックルって奴はオレにとって掛け替えのない親友なんだ」

「し、親友……」

「おう、お前の憧れている友達よりも上位の相手だぞ。先に言っておくが、これはオレの妄想でも二次元の話でもないからな」

「うっ」

 

 考えていることを当てられてバツの悪い顔になるキルアの頭を軽く叩くと拷問部屋から出るよう促した。

 

「ほら、早く行かないとあのおっかない兄貴が帰ってきちまうぜ?」

 

 それが決定打となったキルアは鎖を己の力で垂れ下がる鎖をぶち壊し、一目散に駆けだした。目指す場所は父親の悪趣味な部屋だ。

 

 

 残された二人、ゼノの方は呆れた表情でミルキに見咎めた。

 

「よくもまぁ、抜けぬけとワシの前で悪巧みを言えたな。イルの奴が仕事に行っているも考慮済みと言うわけか」

「祖父さんは親父以上に無駄を嫌うだろうが、キルアを行かせた時点で許可は取られたようなもんだろう? 兄貴に関しては当然把握済みだ、今頃仕事を終えてハンター協会に行っているはずだぜ」

 

 言って懐から取り出した携帯の画面に座標と赤い点滅が映り出されていた。

 

 何時の間に発信器を付けたのか、またどのように気付かれずに付けたのか、諸々の説明を問いただしたいところだが口にはしないだろうと当たりを付けたゼノはそれらを飲み込んだ。こういったところが無駄を嫌う証であった。

 

 代わりにゼノは違う問いかけを口にする。

 

「それで堂々とした悪巧みをわざと聞かせてワシに何を求める?」

「流石祖父さん、理解が早くて助かる。そこに書かれた言葉は伊達じゃないな」

「フン、孫に甘いのを看破されている身だからな、この家の不利にならない限りは聞いてやろう」

「なら、簡単だ。祖父さんはただ、この家の『役立たず』をキルの監視に付けてやれと親父に進言してくれるだけで良い」

「……ほう?」

「そろそろ、オレも外の空気が吸いたいと思っていたんだ。親友も来ちまったことだし、このまま弟達と旅をするのも悪くない」

 

 聞き終えてゼノは一つ大きなため息を吐き出した。

 

「まったく、過去のワシはお前の何処を見ていたのやら」

「オレはあくまでこの家のお荷物なんだからな。まぁ、仮に祖父さんがオレの真実を話したところで今更家族は信じないだろうさ、それほどの演技はしてきたつもりだ」

 

 前当主のゼノが言えばすんなりと家族は認めるだろう。むしろ本人のミルキが進言するよりも余程簡単に通るはずだ。例えここで拒否されたとしてもミルキなら勝手に出ていくはずであろう事実を看破された上でのお願いにゼノは二度目の溜息を吐き出す。

 

「確かに今まで気付けなかったのだから、精々わしが呆けたぐらいにしか思われないだろうな。それは流石にワシのプライドに関わるし、ここまでの逸材を敵に回すのは我が家の痛手になる、か…………いや、正確には孫二人だな、そうなると端からキルの旅立ちも後押しせねばならなくなる」

 

 イルミに気付かれず発信器を付けられる手腕を披露して見せたのもこの願いを了承させるため、頭脳だけでなく決して身体能力も低くは無いという事実をゼノに突きつけたのだ。

 

「そうだぜ、祖父さん。情報は知っておいて損は無いだろう?」

 

 意味合いが全然違うと内心で思ったゼノは憎たらしいほど晴れ晴れとした笑みを浮かべるミルキに了承の頷きを見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人質という形でキルア君やミルキ君の母親に拷問―――は流石にしていないが、色々問い詰めていたミトこと私はまずゾルディック家訪問理由に当たるイルミ氏の不在を知った。これについては本人に渡せと言及されているわけではないので構わない。

 

 次にキルア君が怪我を完治させ、罰として自発的に拷問を受け、それの監視にミルキ君が付いていると聞かされる。これには彼女らの背後で隙なく動向を窺うポックルが表情を変えたが、それを見られることは無かった。

 

 彼は、ミルキ君はポックルよりも慎重なタイプであり、己の弱さを受け入れながら、それを乗り越えた先の強さを手に入れた努力家だ。同時に決して驕ることなく、自分の立場を明確に理解しているからこそ家族の中で目立たずにいたはずだ。

 そんな彼に行動を起こさせたのはきっと自分たちがこの敷地に来たからだろう。故にポックルは自責の念に駆られているようだ。

 

 だが、私からすれば良いきっかけになるのでは、と思っていた。彼は曲がりなりにも私の持つ力を受け継いだこの世で二人目になる。何時までも燻ぶっているのは同じ力を使うものとして歯がゆい思いをしていたのだ。要は一緒に暴れたいだけなのだが。

 

 当然の如く私が手塩にかけて育てたので中々の仕上がりになっている。ポックルもそうだが、彼も才能が乏しいという才能を持ち合わせていたので育て甲斐があり、つい力を入れてしまった。

 結果、ポックルに引けを取らない上にその戦闘スタイルも、生まれによるものか静の動きを自然に行っている。要は相手に気付かれないよう一撃必中を旨とするもろ暗殺者タイプだ。そうなるとポックルもそれに当たるのだが、一度目ならまだしも、今の私にそれの嫌悪は皆無だ。むしろ、良いぞ、もっとやれなどと応援したい気持である。

 

 聞きたいことは大方語られたので彼女らを拘束する理由も無くなったが、ある意味硬直状態に近いこの状況を打破するきっかけが掴めない。

 屈辱的な状況を作り上げてしまった私達が素直に拘束を解いたところで彼女らは即座に反撃を試みるだろう、特に着物姿の彼は少し血の気が多いようで隙を窺い反撃を試みようとしている。

 私達以外ならばそれに騙されてしまうほど自然体に見えるのだから彼―――カルト君は己に並々ならぬ訓練を課してきたのだろう、末恐ろしいものである。

 

 さて、どうしたものか、と今更内心で考えようしている私をポックルは理解していたようで呆れた様な視線を寄こしながらも実際は早く考え出せという催促してくる。それに私が苦笑で返せば舌打ちを頂いてしまった。

 仕方が無いとは言えそれに過剰反応したのは拘束された彼女らで、特にカルト君などは無表情から一転、隠しきれない殺気を滲ませる怒りの形相を浮かべながら主に私を睨みつけてきた。攻撃を繰り出すのは時間の問題だ。

 キキョウさん方は唇を噛みしめて怒りを押し殺そうとしている。しかし、視線は私に向けたままだが、明らかにこの場に置いて一番弱いゴンに意識を向けているのを読み取れた。

 言わせてもらうなら、キキョウさんに比べて彼は無謀の極みを今行おうとしている。確かに彼の力量はそこらではお目に掛れない代物であるが、後ろに控えるポックルと対比すれば格段の差が付いてしまう。仕掛けたところですぐにポックルに抑え込まれるのは目に見えて明らかだ。

 

 ただ、その息子を嗜めないキキョウさんは流石暗殺者当主の妻と言えるだろう。彼女は逆にこれを好機とみて行動を起こすつもりだ。私やポックルがゴンを溺愛していることは当然ゴン自身の力量を看破したうえで人質にでもしようと画策している、と言ったところだろう。カルト君に対応する私や押さえつけようと行動するポックル、必然的にゴンは私達の意識から離される。そこを狙おうとするのだから、どう見てもこちらの方が成功しやすい。

 ただし、ここで私が彼女の作戦を予想していなければという前提が付くので潰すのは簡単なはず………だったのだが、ここに来て私は一つの間違いを犯したらしい。

 

 ポックルの舌打ち以降から見せ始めた彼女の力量がどう見てもゴンやキルア君の上を遥かに行っているのだ。あくまで私の予想と勘に基づくものだが、どうしてむざむざ息子のナイフに掛ったのか疑問に思うほどの力量を隠しているように思える。

 

 下手すればポックルを軽く往なせ、私と対等に戦える力量を何故隠していたのか。

 

 そう、私に一かけらでも気付かせ無かった力量を何故今の不利な状況で見せ始めたのか、隠蔽力も然ることながらその真意が見定められない。故意なのか無意識なのか、予想すら出来ない始末だ。

 

 

 ただ一つ、この場に置いて断言できるのは間違いなくキキョウさんは強者である、といこと。

 

 

 キキョウさんは徐に両腕を上げた。

 

 警戒を強める私とポックルはその動作を注視する。どうやらポックルも彼女の強さを理解したようだ。

 

 上げた腕は己の顔の方に向かい、躊躇することなく取り付けられたスコープを取り外した。包帯の隙間から垣間見る猫の様な細められた瞳は痛いほどの視線を私に寄こしてくる。

 

「幼い頃より、ワタクシは夢を見ていたわ。その夢では多くの家臣を引き連れたお姫様だった」

 

 独白のように呟きながら、キキョウさんがスコープを地面に投げ捨てた。

 

「だから何時しかワタクシの夢はお姫様になることだった。大人になって白馬の王子様が迎えに来てくれると本気で夢想した。まぁ、少し夢とは違うけれど大人になって素敵な旦那様に出会い、子供たちにも恵まれ、ワタクシは何時も幸せだったわ」

 

 行き成り語り出した母親に怒りも忘れ、ポカンとするカルトを撫でながら言葉は続く。

 

「けれど、そんな幸せの中でワタクシの心が常に囁くの、お前の幸せはこの程度では無い、もっと崇高なる存在だった、と…………そして――」

 

 キキョウさんは未だポカンとするカルトを軽々抱き上げて口元に笑みを浮かべる。

 

「ワタクシはあなたと出会い、核心を得た。あれは夢ではなく記憶なのだと嫌が負うにも理解した。同時に心が、魂が震えたわ。でも今のワタクシはまだ中途半端な状態のようね。また再開を果たしましょう……ミト、ワタクシの際も憎むべき仇敵よ」

 

 おーほっほっほっほっ、と高笑いを上げたキキョウさんは私の眼でも捉えるのが難しい速度でポックルの追撃を避け、目の前から消えたかのように退却した。私は慌てて気配を探るも途切れ途切れで多分、自分の住む屋敷の方に帰って行ったのだろう。

 

 

 そして彼女らと変わるようにやって来たのは大きなボストンバックを抱えたミルキ君とリュックサックを背負いながら強ばった表情を浮かべるキルア君だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体感から一瞬の間で辿り着いた屋敷の情景に呆然とするカルトを無理やり訓練に向かわしてキキョウは夫がいる部屋に向かった。

 

 扉を開き、形容しがたい椅子に横たわる夫―――シルバの前まで歩み寄ると家を出た息子の件を問いただす。

 

「キルを外に出したそうですわね」

「それがどうした?」

「あの子はこの家の後継者ですわ、今が大切な時期だと言うことは理解しているのかしら?」

「当然だろうが」

「はっきり言うわ、あの子は弱い。心も体も」

 

 断言するキキョウにシルバは僅かに目を見開かせ、次いでニヤリと笑みを作る。

 

「ほう、過保護なだけだと思っていたが、分かっているじゃねぇか。今のあいつは才能だけしか取りえの無いガキだ」

「それでもって尚、あの子に旅をさせると言うのね。それはあの侵入者と共にすることを見逃すということよ?」

「出過ぎるな、キキョウ。これは現当主のオレと親父が決めたことだ」

 

 僅かに怒気を強めながら告げれ、キキョウの目が細められる。

 

「そう、お義父様も賛成を……なら、これ以上言ったところで仕方が無いことだわ……でも、もう一つの方は聞かせて貰うわよ、どうしてあの子まで行かせたのかしら?」

「あの能なしか、あれは親父の独断だ。表向きはキルを監視させるつもりらしいが、あれはどう見ても態の良い追い出しだな。まぁ、こっちにはイルもカルもいるから許可したが、お前は気にいらないのか?」

「あの子がそう簡単に家を出る様な子じゃないのはあなたも知っているでしょう」

「オレは知らないぞ、親父にでも聞け」

 

 削げなく言われてしまえばキキョウもこれ以上の問答は意味が無いと判断して口を噤んだ。それでも今のキキョウは昨日までの過保護な母親ではない。過去、次男の行動を思い出してみればそこに違和感を見いだせる。

 

 無知を装いながら自分達を観察する次男の姿がはっきりとキキョウの記憶に残っていた。

 

――どうやら、偽りの姿を演じていたのは私だけでは無かったようね。

 

 しかし、それを夫に今更告げるつもりはなかった。

 かつてキキョウならばいち早く進言しただろうが、今は別の目的に集中したいが為、その他の煩わしい案件は切り捨てる。それを出来るのが今のキキョウだ。

 

 記憶を取り戻した今生のキキョウからすればこの平穏たる生活は更に遡った過去を何気なくなぞっていただけに過ぎない。

 

 前世、一度目のキキョウは確かにゾルディック家当主夫人だった。ただ、一番可愛がっていた息子の離反や、四番目の子に抱く恐怖、末っ子の家出などが端を発して家族の絆は離れていくのを一番弱かったキキョウは見ているだけしかできなくて失意のうちに死んだ。

 その後、何の因果か二度目の生を生きたキキョウは他を蹂躙して世界を拡大する一族の末子として生まれた。その後、凶悪な強さと残忍さを実地で学び、他者を蹂躙していく様から何時しか女帝と呼ばれるような存在になった。

 

 それが二度目のキキョウであり、そこでの出来事が今のキキョウを作り上げている。否、思い出したことで作りかえられていると言った方が正しい。故に家族の絆に執着する弱い妻という今の立場は屈辱でしかないのだ。

 

 そして何より、この世界にはキキョウと同じように前世最大の因縁が生まれている。そのことにどれほどの感謝を、憎悪を、狂喜を抱けば良いのか、キキョウは計り知れない。この猛り狂う想いを早く吐きだしたいという欲望が高まりすぎて最早家族など庭先にある石ころのように思えてきているのだ。

 

「おい、随分と物騒な殺気を滾らせているじゃねぇか、そんなに侵入者とやらは強かったのか?」

 

 そう問われたことでキキョウは想いが強すぎて無意識に出ていた殺気を手に持っていた扇子を握ることで抑える。武器にもなる特殊な合金で出来た扇子が嫌な音を奏でただけに留まり、それが今の己の弱さの証となって苛立ちが更に募っていく。

 前世ならば撫でたけで破壊出来たのに、と内心で吐きだしながらも表面上は極めて冷静に問いを返すことに専念する。

 

「ええ、息子たちならまだしも母親の方はイルミなどでは相手にならないでしょうね」

「ほう、それは面白い。なんなら今すぐオレが軽く試してやるのも――」

 

 次の瞬間、キキョウの手にあった扇子がシルバの座る椅子の背掛けに突き刺さった。

 

「駄目ですよ、あの女はワタクシの獲物。あなたや息子達でも邪魔をするなら……殺しますよ?」

 

 極限まで釣り上った目は夫であるシルバを捉え、今にも殺しかねない殺気を全身から立ち昇らせる。

 

 己を躊躇させる殺気や子供達以外は慎ましい態度を見せていた妻の変わりようにシルバは声もなく驚きを見せた。

 

「覚えておいてください、今のワタクシを阻む者は血の繋がった家族であろうとも排除対象ですわ」

 

 そう告げて高らかにオーホッホッホッホッホと笑い声を上げるとキキョウはシルバの自室を去って行った。

 

 その後ろ姿に隙など微塵もなく逆に返り討ちに合う想像しかできない佇まいにシルバは今後の夫婦関係を見直す算段を考え始めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前世、実の父親から最初に教えられたのは当たり前に与えられる愛情ではなく、己の目的遂行に対して立ちはだかる者は慈悲など与えず排除しろという物騒なものだった。

 当然それは血の繋がった二人の兄達にも同様で、ある時は二番目の兄と一つの領土を掛けて互いに血で血を洗う殺し合いを行った中である。その感覚が戻り始めているキキョウは逆に躊躇という言葉を忘れていく。そしてこれからもそれは加速度的に進んでいくだろう。

 

 

 

 部屋を出たキキョウは自室に戻り、家の中でも古参の使用人を呼び出した。

 

 数分して古参の執事―――ツボネが固い表情でやって来た。

 

「お呼びでしょうか……キキョウ様」

「早速ですが命令しますよ。言っておきますが、シルバとは関係ないこと、拒否した場合、あなたと孫娘を殺します」

「……現当主の了承が無ければ致しかねます」

「二度目は無い、今のワタクシでもお前達を殺すことは造作もないですから、何なら今すぐシルバを殺してワタクシが当主となりましょうか?」

「奥様!?」

 

 本気であるよう、強い殺気を浴びせれば如何に古参のツボネとて怯えた表情を浮かべた。

 

 ツボネはキキョウを好んでいない、それでも執事と言う立場上当主夫人として一応の主従関係を結んでいるが、しかし、古参のツボネにたいして命令権を持つのはあくまで直属のシルバだけであり、そこは如何に前、前当主であろうとも口出しできない。

 

 一度目を経験したキキョウはそれを知っている故に本気で殺すつもりだった。

 

「返答は?」

 

 確実とは言えないが、シルバを殺せるのであろう身体能力を持ち合わせていると即座に判断した有能なツボネは苦渋に満ちた表情を浮かべながら了承した。

 

 それを見てキキョウは口元を吊り上げる。

 

「結構、では命令をします。ワタクシの個人資産を幾ら使っても構わないから多くの奴隷を買いなさい」

「……奴隷ですか」

「それを使い、ワタクシの願いを叶えます」

「な!?」

 

 二本目の扇子の切っ先をツボネの眼前に突きつけ――、

 

「理解していますね『あの子』に願いを叶えさせます。多くの犠牲を払ってでも構わないのです、やりなさい」

 

 あの子―――この家で存在だけが許されている哀れな四子、アルカの存在を示唆しながら願いを告げた。

 

 キキョウの『望み』を聞かされ、その意味を測りかねたツボネは怪訝な表情を浮かべる。

 

「何故、そのような願いを……」

「それを一使用人が知る必要はありません」

 

 そんなツボネの疑問を一刀両断で切り捨てるとキキョウは話を続ける。

 

「奴隷を一つ所に集め、洗脳してでも番を作り、最低でも二カ月過ごさせなさい。情が沸いたところでその番の片方に願いのリセットをさせれば余程の事が無い限り叶えられるはずです」

「お、奥さまはあのお方の持つルールを理解為されているのですか?」

「例えそうであろうとも叶える願いはその一つだけです。それが叶えられればあの子のことは捨て置きましょう。所詮あの子はこの世界での範疇でしか叶えられない願いのようですから」

 

 仮にアルカの願いが牙を剥いたところで真に覚醒したキキョウや、同じ前世を生きたミトには届かないだろうという確固たる予想があった。故に捨て置くのだ。

 

「分かりました、奥さまの望み通りに……ですが、本当に宜しいのですね?」

「構いませんよ、ツボネさん。あなたは言われた通りの命令を遂行しなさい」

 

 これ以上の問答は無い、その意味で殺気を滲ませながら告げるとツボネは一礼してすぐさま部屋を辞した。

 

 部屋に残ったキキョウは深くため息を吐きだした。

 

「儘ならないものですね、曖昧な夢と言った形で過ごしてきせいで酷く回り道を進んでしまった気がします。………ですが、この忌々しい『念』を解放させる前まで戻れば必ず……ワタクシは過去の女帝に再び返り咲ける」

 

 クツクツと小さな笑い声を上げながら既にこの敷地から出たであろう仇敵を思い浮かべる。

 

「その時は必ずあなたの前に現れ、殺して差し上げましょう……ミト…いえ、かつてこのワタクシを殺した女―――ミート」

 

 

 手に持った二本目の扇子は今度こそ折れて地面に打ち捨てられた。

 




 このお話はどこに向かおうとしているのか、書きながら思う今日この頃。

 次回も気長にお待ちください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。