三度目のミト   作:アルポリス

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 遅ればせながらどんなミトでも見てやるよ、と言う方はどうぞ。


ミトとお宅訪問前の話

 晴れてハンターになったミトこと私は試験終了したその日のうちに飛行船のチケットを手配し、次男のポックルに末のゴンを引き連れ家族旅行もとい、最初の依頼遂行を完了させるためパドキア共和国国際空港に降り立った。ここまでの旅路で三日の日数が過ぎ、キルア君がいなくなって今日は四日目に当たる。

 

 人の行きかうロビーを後にして、まずはククルーマウンテンに向かう経路の確保に着手、早速手に入れたハンターカードが役に立った。

 観光案内を行う場所でカードを見せれば移動手段を手配してくれるらしく希望を聞かれた。私やポックルは二輪の国際免許を持っているので大型のバイク二台を手配してもらう。どうせなら自分達だけで気兼ねなく行動したいし、ゴンがバイクに乗る私達の姿が見たいと言う希望もあったからだ。

 ここにはいないレオリオやクラピカは最初キルア君を心配して共に行きたいと希望していたのだが、私達を含めると大人数になると言うことで会いに行くのを泣く泣く辞退、キルア君を含めた再開を約束しながら最終試験会場で別れの挨拶を交わし合った。

 

 レンタカー屋から届いたサイドカー付きの大型には空港の化粧室でズボンに履き替えた私とゴンが乗り、もう一台にはポックルが乗っていざ出発。

 国道を直走る二台のバイクに横を並走していたククル―マウンテンの観光用バスに乗車する客が窓越しから手を振って来るのにたいして三人で思い思いに返すとスピードを上げた。

 一気にバスを引きはがして後は家族水入らずの時間に突入すると長男を欠いたとはいえ家族でのツーリングにゴンは大はしゃぎである。

 

「凄いや、お母さんもポー兄ちゃんも何時免許を取ったの?」

 

 風の音で聞こえにくいが、ゴンほどでなくともくじら島出身の私やポックルの耳には入って来た疑問に答えを返す。

 

「そうね、取ったのは旅に出ていた十代の頃かしら、私の移動手段は結構目立つから仕方なくといった感じでね」

「オレも母さんと同じく移動手段が目立つからだな。バイクなら小回りも利くから意外と深い森でも難なく移動できるし、免許取得の受講料もそんなに高くなかったから割と早めの段階で取ったぜ」

 

 どうやら、資格を取る時に長男の助けを借りたようである。こういった面倒な手続きは長男に任せるのがフリークス家の通例らしい。私も税金関連は長男に丸投げしているので息子達の事は言えないが、それに嫌も無く手続きをしてくれる長男は私達にとって誇りである。

 私の場合はそこに可愛い息子という名称を付けているのだが、次男や末っ子にとっては家族の中で一番身長が高く尚且つ無駄に筋肉が発達した長男の何処に可愛げがあるのか疑問のようだ。例え筋肉が凄くても私にとっては可愛い息子に変わりは無いのでそこは黙殺している。

 

 やがて道は山岳地帯に作られた舗道に変わり、人の気配から獣の気配が色濃くなっていく。時折森の隙間から並走している動物を見かけゴンが興奮して騒いだり、空を悠々と飛ぶ、くじら島には珍しい野鳥の姿に興奮したポックルが危うく道から外れそうになったりとこれから暗殺者のお宅にお邪魔しようとはとても思えない平和な一時を満喫していた。

 そしてそれは目的地に辿り着くまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 周囲を険しい森に囲まれたとある平地にバイクを止めた私達は目の前にそびえ立つ門だと思いたい建造物を目の当たりにして声も無く驚きを見せた。

 

 え、何これ……すっごい、悪趣味な門だわ。

 

「おいおい、ダチの家の門が凄く悪趣味な件について」

 

 その気持ちは分かるわ、ポックル。けど、思っても口に出さないのが大人というものよ。

 

「キルアのお家……すっごくデカイね」

 

 ……ゴン、あなたはもっと言葉のボキャブラリーを豊富にしなさい。見たままをそのまま言っているだけに過ぎないわよ。

 

 呆然と人さまのお家にそびえ立つ門を見つめ続けるのも時間の無駄なので遅めの昼食を取ることにした。キャリーバックの中からレジャーシートを取り出し、パドキアに着いてすぐ買った、比較的石ころの少ない場所に敷いて三人で座るとポックルの鞄に詰め込んだ三重のお弁当箱を広げる。

 これも空港近くのホテルの厨房を快く拝借して私自らが作ったものだ。本当にハンターカードの効力は凄まじい。

 

 弁当の蓋を開けるとゴンや感動の声を上げ、ポックルも心なしか歓喜の笑みを浮かべてくれた。洋風のレシピを中心としたオカズ十二品と何故かフリークス家では人気の白飯をジャポン発祥のおにぎりにしたものが所狭しに敷き詰められている。労力は掛ったものの、二人の笑顔を見られたので作って良かった。

 

「さあ、食べましょうか」

 

 他人様のお家の前だというのはこの際気にしない。門から結構離れた場所に陣取ったので既にそこは国の保有する土地になるはず。フリークス家の中では多分常識人に当たるポックルも眉を潜めていないので大丈夫だ。

 

 まだまだ食べざかりの二人のガッツく姿を微笑ましい気持ちで見ながら私も食事に手を付けること数十分、先ほどバイクで抜かした観光バスが私達の座った場所の近くで停車した。どうやらこのバスはゾルディック家の観光を目的としたものらしい。

 バスからゾロゾロと降りてきた観光客はまず私達の存在に驚き、次いでカメラを構えシャッターを押す。人間驚くとその瞬間を切り取ろうとするものなのか、以降もその一連の動作を繰り返すので私達は三組目ぐらいからポーズを取ったりした。

 すると何故か喜ばれ、礼としてお菓子を献上されてしまい、基本真面目なゴンはポーズだけでは悪いと徐に立ち上がり、観光客の前でアクロバティックなダンスを披露して見せた。そうなれば済し崩し的にポックルも弟だけに負担を掛けさせまいと一緒にダンスを披露、そんな息子達の姿に触発されないわけが無い私も一人ポツンと座っているのは寂しいので一緒になって踊り出す。

 結局その場はフリークス家単独ライブとかして気づけば拍手喝采の上、レジャーシートには溢れんばかりのお菓子類が積っていた。私達フリークス家はサービス精神が旺盛なのだ。

 ダンスが終わったのにも関わらず沸き立つ観光客に手を振って菓子のお礼を述べる私達の耳に甲高い悲鳴が飛び込んできた。

 観光客の一人がどう見ても堅気とは思えない二人組の男達の一人に胸倉を掴まれ持ち上げられている。二人組の怒鳴り声から察するにバスのドア付近に集まってバスから降りられなかったのが理由らしい。

 私が目線をポックルに合わせると了承したとばかりに二人組の前まで飛び出し、観光客を助け出す。

 圧倒的に背丈は勝っているのにも関わらずあっさりと観光客を奪われ、引きずるよう私の前まで連れてきたポックルに呆然とする二人組。

 そんな二人組の意識をこちら向けさせれば羞恥と怒りで私の胸倉を掴もうと手を伸ばすも、逆にその腕を掴み捻ればもう一人が棍棒のようなものを振り上げて襲い掛かって来た。しかし、その攻撃も届くことなくゴンの片手で止められてしまえば彼らの表情が見る見る青くなっていく。

 

 怯え始めた二人に私は善意の忠告を告げる。

 

「大方この家の家主に賭けられた賞金首を取りに来たんでしょうが、あなた達の腕では死ぬわよ。それでも行くなら今すぐその命を刈り取って差し上げましょうか?」

 

 私的には微笑み、でもポックル曰く死を誘う氷の笑みを付け加えて掴んだ腕を放せば青から白くなった二人組は即座に回れ右してバスに逆戻り、最後尾の席で体を縮めてガタガタ震えさせ始めた。一応、観光客を待つ分別は残っていたようだ。

 それをポックルに言えば、

 

「母さんが怖くてそれも言えなくなったんだろう」

 

 と、まるで私が悪いかのように反論されてしまった。次男の私だけに対する辛辣さは今日も絶好調です。

 

 観光客はその後、思い思いに人さまの玄関を写真に収めると私達に別れの挨拶を告げながら去って行った。

 

「それじゃ、私達も行くとしましょうか」

 

 本来の目的を果たすため、二人を伴って玄関の横に立つ小さな守衛室に向かう。扉を開き中にいた守衛さんに訪問目的を告げればゾルディック執務室に取り次ぎを為してくれた。ところが、電話口の声から察するにどうやら歓迎されていないらしい。平謝りする守衛さんはこの家での立場が弱いようだ。謝るだけでどうにも話が進んでいないように思えた私は守衛さんに頼みこみ、今も繋がる電話を貸してもらう。

 

「お電話変わりました、ハンター協会の依頼により、お宅のイルミ・ゾルディック氏が受け取るはずだったハンターカードを所持する新人ハンターです」

 

『なるほど、一応は筋が通った話のようですね、しかし、あなたが本当にイルミ様のカードを持っていると言う証拠は無いようですな。よってお引き取りください』

 

「構いませんが、ハンターカード拒否として合格を取り消されることになりますがそこは宜しいでしょうか?」

 

 もちろん、嘘である。私が渡せなければ別の形でイルミ氏の手元に届くだろう。これくらいでは合格の取り消しにならない。単に私の受けた依頼が失敗して名声が落ちるだけだ。そうなればもう一つの目的も果たせないのでそれは避けたいところだが……。

 

 電話先ではしばし無言の末、それでも許可できないと言う旨が伝えられあっさり通話が切られてしまった。

 

「どうしたもかしら」

 

 私の表情で駄目だったことが伝わったのか、ゴンも酷く落ち込んだ表情を浮かべる。ゴンにしてみれば友達の安否が心配なのも相まってのことだろう。

 

「オレもあいつの連絡先は知らないからな」

 

 あいつとはミルキ君のことだ。しかし、仲が良いと思っていたのに以外である。

 

「ほら、あいつの家って特殊だからさ、携帯に仕事関係以外の着歴が残るのは駄目らしいんだ。プライベート用はあるらしいけど、そこから情報が漏れてオレ達に何かあったら申し訳ないって教えてくれなかったんだよ」

「そうなると困ったわね。あくまで依頼だから許可なく家宅侵入するのは駄目だし、幾らハンターカードで無期限ビザを取得しているからと言って、ここで立ち往生するのも守衛さんに悪いわ」

 

 不法侵入以外の妙案が浮かばず困り果てていると守衛さんが声を掛けてきた。

 

「あなた方はまず侵入できる前提で進めていますが、まず守衛室の近くにある扉は門ではありませんよ。あれは侵入者用の扉、詰まりフェイクですからね」

「え!?」

 

 ゴンが驚きの声を上げるも、私やポックルにしてみれば今更の話だ。ミルキ君から聞かされたゾルディック家の話から、依頼一つが一般人の生涯賃金に相当すると聞かされていたので大層金持ちだというのは理解している。そんな金持ちの住む屋敷の門が守衛室の横にある質素な扉であるわけがない。そうなると最初に飛び込んできた立派な門こそが入口なのだと嫌が負うにも理解する。

 

 それなのに驚いたゴンよ、あなたはどうして今更驚きを見せているのか。

 

「ゴン、あなたあれが唯の塀だと思っていたの?」

「え? うん、大きな家だから塀もあれくらいかなって……」

 

 いや待て、どう見ても他の塀と違うだろう。

 

「違いの分かるよう窪みや飾りが施されていたじゃない。あの天辺に彫られた竜の彫刻から見てもこれは門ですって言っている様じゃない?」

「リュウって何?」

 

 そこからなのね……うん、また今度お勉強しましょう。仕方ない、今はゴンのお馬鹿さんぶりをスルーさせてもらうわ。

 

「ゴン、こっちの言葉でドラゴンのことだ」

「あ、そうか! なんかそう言われると門のように見えるね」

 

 私が諦めよるよりも先にポックルがフォローしてくれたおかげでゴンも何とか理解したようだ。

 ごめんね、ゴン。あなたの可能性に気づけないなんてお母さん失格だわ。それとグッジョブよ、ポックル。そのもっと言い方があっただろうという言葉をふんだんに含んだ冷たい視線が無ければ尚良かったのだけど。

 

 私達のやり取りを聞き終えた守衛さんは尽かさず話を挟んできた。

 

「つまり、あなた方はあれが本当の扉と理解した前提なのですね。言っておきますが、あの扉は通称試しの門と呼ばれ、一の扉が片方二トンの重さを兼ね揃えているんですよ」

「え!?」

 

 これは私の驚きだ。もっとも驚きの内容は暗殺者を生業にして多方面から恨まれているのは想像するのに容易いがやけに不用心だという理由からである。

 

「結構不用心だな、たった四トンで中に入れるなんて大概の奴には侵入してくださいって言っている様なものじゃないか」

 

 私の驚きを代弁するかのようにポックルがそう感想を述べれば守衛さんも僅かに驚きを見せた。しかし、すぐに平常に戻ると口を開く。

 

「でもね、そこの坊ちゃん。四トンの扉を開いたぐらいで中に入れてもゾルディック家専属使用人には勝てやしないんですよ。まして一つの扉が増えるごとに重さは倍、それが七つまである。専属は最低でも三の扉が開けると言えばお分かりですね?」

 

 その言葉に首を傾げるポックルの代わりにゴンが尋ねる。

 

「ねぇ、キルアはどの扉まで開けるの?」

「キルア坊ちゃんは三の扉まで――」

 

 守衛さんの言葉を遮るように如何にも重たい音を奏でながらポックルが三の扉を開いていた。勝手に開いて常識人は何処に行った、ポックルよ。

 内心でツッコミながらも、息子の成長を目の当たりにして満足げに頷く私やゴンのはしゃぎようから理解出来る通り、フリークス家はやはり何処かずれているのだろう。

 

「ポー兄ちゃんなら当然だよね!」

「で、どうなの?」

 

 私の問いにポックルは扉から手を放すとこちらに戻って来てきた。

 

「率直に言えば簡単すぎるかな、『あれ』を使わないオレでも三の扉まで余裕だった。力自慢の兄貴なら人差し指だけで五くらい余裕だと思う。ただ、母さんなら絶対七の扉を開けられるけど『あれ』使ったら絶対壊れる」

「結構脆いわね」

「いや、母さんだからに決まっているだろう」

「母親を化け物扱いして」

「オレの中で母さんほど化け物に似合う人はいないと思ってるから。そんでこれからもその認識は変わらないとも思っている」

「解せぬ!!」

 

 そう叫ぶのも許して欲しい。確かに人より強いかもしれないけれど、心はそこまで強くは無いつもりだ。お母さん泣きそうです。

 

 顔に手を覆い泣く真似をしてみれば―――まあ、実際は泣くほどガラスハートでは無いが、優しい末っ子は私の背中を撫でながらもポックルに問いかけた。嬉しいけど、二の次感が否めないのは贅沢な想いだろうか。

 

「オレならどの扉が開けそう?」

「そうだな、馬鹿力時なら一の扉くらい開けるかもしれないが、平常時は無理だろう」

「そっか……」

 

 見えて落ち込んで行くゴンの背中を撫でてくれていた手も同じように弱くなる。弟に基本優しいポックルもこういったことに関しては現実を知らしめる意味も込めて率直に告げてくる。

 仮に嘘を吐いてそれを鵜呑みにしたゴンが今後無理して命を落とす可能性を視野に入れての発言だ。別の解釈をすれば未来まで心配する究極的なブラコンとも言えなくもない。つまり、どんな時でもポックルはブラコンなのだ。

 

「母さん」

 

 そしてだからこそ、そんな落ち込んだゴンをそのままにしておくポックルでもない。一応師匠筋に当たる私にお伺いを立てているが、ポックルの中では既に決定しているのだろう。ここで私が否を唱えたところでそれは覆らない。ポックル一人でも遂行するつもりだ、ならば言えることは一つ。

 

「仕方ないわね、けど期限を決めるわ、一か月よ」

 

 兼ねてよりゴン自身から催促されながらも断ってきたとある提案を私やポックルは受け入れる。

 

「一度始めたら私は決して泣き言を許さない。ポックルの時もそうだったようにゴン、あなたは私の扱きに耐えられる自信があるかしら?」

 

 母親としての私ではなく、一武人としての顔で問いかければ幾らお頭の少し弱いゴンでも言葉の真意に気づき、目を輝かせた。

 

 まったく、幼かったとは言え私の修行で常にボロボロだったポックルを知っているくせに、そんな歓喜するような顔して、フリークス家の血を持つ男はマゾッ毛でもあるのかしら。

 

 その最たる例として挙がるのは私がボコボコにしても嫌うそぶりを見せなかったゴンの父親である。あれはサドに見掛けた完全なるマゾだ。

 ちなみに私の父親もどうやら母親に良く殴られて喜んでいたらしく、その延長上で私が生まれ、祖母の夫も冷たい態度に興奮して長男次男が生まれたらしい。これを聞かされた時の私は随分酸っぱい表情を浮かべていただろう、何が悲しくて父親の出生に関する性癖を孫の私が何故聞かなければならないのか。ちなみに 必要のない情報を敢えて教え、私の反応を楽しんでいた祖母は生粋のサドである。

 

 そんな祖母の血を受け継いだ私もサドなのだろう、先ほど泣き言を吐き出したところで止めないと言ったのはここに起因する。相手の苦痛に歪んだ表情や泣き顔は一種の興奮材料でしかないからだ。

 まして修行とは言え体を動かして興奮が高まった状態からの更なる興奮材料は如何に母親という立場であっても歯止めが利かない一種の暴走状態を引き起こしてしまう。

 別に相手の命を奪いたいとか、某奇術師のような未来に繋がらない変態では無い、はず……ただ、もっと相手を苦痛に陥れたいという純粋な欲求が辛い修行に反映してしまい、それが回りまわって修行相手の強さに繋がるのだからこちらの方がよっぽど良心的だ。

 

 深々と頭を下げたゴンは力強い返事を返す。

 

「うん!! オレ絶対泣き言は言わなよ!! だからお願いします」

 

 良い返事だ。早速取りかかろう。

 

 

 

 

 

 

 

 修行を開始するに当たり拠点となる場所が必要となる。私としては一度パドキア市街に帰ってから長期の滞在が経済的にも可能な安いホテルを探し出し、それに当てようとしていたのだが、そこに思わぬ提案を守衛さんから告げられた。

 

「何なら、私達下級使用人が寝泊まりする施設をお使い為されたらいかがな」

「それはありがたい申し出ですが、私達の様な素知らぬ者を止めたとあってはあなたの今後に影響しませんか?」

「なに、私達の様な末端のやることなど上の使用人には見向きもされやしませんよ。それに素知らぬわけじゃない。あなた方はイルミ様に届けものを仰せつかったハンター様であり、そこの坊ちゃんはキルア坊ちゃんの友達ときたもんだ。そして何より紫の帽子を被った坊ちゃんはあの方のお友達なのでしょう?」

「……なるほど、あいつは使用人に愛されているんだな」

 

 その答えに守衛は笑みを深める。

 

「ミルキ坊ちゃんが優しい方であるのは下級の使用人なら誰でも知っています。弱者の立場に身を置いたミルキ坊ちゃんだからこそ、私達の様なものにまで慈しんでくださる。年に一回必ず遠出した時などは私達にだけお土産を下さるんですよ」

 

 彼らの様な立場にいる者を守るために彼はこの家に帰っていくのだろう。本当に度し難い優しさを持っているようだ。

 

「私もね、あと何年ここで守衛が出来るか分からないんですよ、あの扉を開けなくなれば後に待つのは解雇のみ。でもね、ミルキ坊ちゃんはそんな私に老後に住みやすい場所を見つくろってくださるんです、そして坊ちゃん個人から多額の退職金も用意されていると言われた時は思わず涙を流してしまいましたよ。もちろん、過ぎた褒美に一度は辞退したんですが、既に用意されたとあっては受け取るしかないじゃないですか。それだけでなく坊ちゃんは下級の使用人全員分用意しているんですよ、だから我々下級使用人は総じて坊ちゃんの味方なんです。何の力も無い味方ではありますがね」

 

 守衛さんは変わって深いため息を吐き出すと力無く首を振る。

 

「お友達なら理解していると思いますがお優しい方なのです。けれど生まれが悪かった。この家では優しさなどより強さが重視され、それに乗じて家族の愛情が振り分けられているのですよ。坊ちゃんが小さい頃は暗殺に失敗しては良く泣きながら帰ってこられました。それによって私達に辛く当った時期もありましたが誰も恨んじゃいません。逆に本来優しい坊ちゃんが卑屈になっていく様を見ているだけしか出来ない私らは己の無力を嘆いたくらいだ」

 

 懺悔のように心もとない声色で語っていた守衛さんは次いで真っ直ぐポックルを見据えると柔らかい笑みを浮かべた。

 

「ですが、ある時から坊ちゃんが本来の優しい性格に戻ったんですよ。その理由を私だけに語ってくれたんですが、曰く、生涯の親友とその家族にオレは助けられた、彼らがいなかったらオレは卑屈さを拗らせて歪んだ駄目人間になっていただろう。そう秘密を囁くように教えてくださった時は名も知らぬその親友に心からの感謝を送りました。それが、あなたですね?」

 

 ポックルは沈黙するも僅かに顔を赤らめている。それでは答えを返している様なものだ。

 

「そんなあなた方家族にせめてもの恩返しをしたいのです。だから気兼ねなく利用してください。宿泊施設には修行をする上で役に立つ道具もございますのでそちらも是非」

 

 ここまで言われてしまえば私達に否はなく守衛さんの提案を快く受け入れることにした。

 

 守衛室の子脇にある通路から進んだ先の森に建てられたログハウス調の建物はその全てが扉を開くための修行場のようだった。入口の扉は片方二百キロ、案内されたリビングで出された湯のみは二十キロという代物だ。処かしこに重りが施され、極めつけは重さ調整の出来るベストの着用義務なんてものまである。

 

「これなら修行に打って付けでしょう?」

 

 守衛さんは楽しそうにそれでいて何処か誇らしげにそう言った。確かにこのような生活を過ごしていれば一か月もあれば一の扉を平常時でも開けるようになるだろう。

 だが、私からすればまだまだ甘いと言わなければならない。私が行うのは前世で産んだ息子が常々言っていた魔改造と言うやつを行うつもりなのだ。

 最低でも三の扉を難なく開けられるぐらい地力を底上げしつつ、成長期の妨げにならないぎりぎりまで体を酷使させながら私とガチの組み手を行う。過度の筋力アップは成長の妨げになるうえ一か月の短いスパンではそれぐらいが妥協点だ。

 下手に酷使させて私やポックルの様な力を万が一発現させたならばまず間違いなく今のゴンは弱くなる。何十年も繰り返していけば何とか様になるだろうが、それをするくらいならこの世界で培われた力を扱った方がより多くの成長を促せるはずだ。これは父親であるジンの才能を受け継いだことに関係する。長男も同じ理由で私と同じ力を発現させなかった。

 私やポックルが扱う力はこの世界で主流の力と最悪と言ってもよいほど相性が悪い。例えるなら水と油の様な関係である。元は一緒なのに発現方法が異なるだけでそんな関係性になってしまうのだ。もっとも、私というイレギュラーが無ければこの世界で発現などすることのない力だっただろうが。

 

 守衛さんの提案した一部を取り入れた修行を行うことにする。

 

「そのベストは使わせてもらいましょう。まずは手始めに百五十キロからよ、ゴン、それを着なさい。それでまずは体を馴らす意味でランニングを行うわ。丁度良く山岳地帯の道があるのだから利用しない手は無いわ」

 

 私としては初日なので軽い内容を言ったつもりだったが、守衛さんは尽かさず待ったを掛けてきた。

「お待ちなさい、それは酷というものだ」

「これぐらいでは酷などと言えないわ。そこにいるポックルなんかはゴンより幼い時からこれと同じくらいの修行を施してきたの。多少辛いだろうけれど壊れるほどではないはずよ」

 

 それぐらいでゴンが潰れたりするような育て方をしたつもりも無い。くじら島の外では自然が沢山あるし、遊ぶ上でも地力は鍛えられたはずだし、多少の怪我は目を瞑ってきた。驚異の回復力を持っていたのも理由に挙げられる。日常生活でも負担にならない程度で幼い体を鍛えてきたつもりだ。その下地があるからこそ最初の段階の修行に耐えられると踏んでいる。

 

「坊ちゃんも何か言ってください、弟さんが辛い思いをしても良いんですか?」

「確かに幼い頃から修行に明け暮れていたが、オレからすれば軽い方だと思う。オレの場合五歳くらいでこれくらいの修行は日常茶飯事だったさ。オレから望んだとはいえ、今もゴンと僅かな差の身長でしかない」

「いや、あなたの持つコンプレックスは分かりましたから、そうじゃなくて――」

「あら、ポックルの場合は修行に関係なく身長は低いわよ、あなたの生まれた集落の一族は皆身長が低いもの、血じゃないかしら」

「あなたもそんな残酷な真実をさらっと告げてはいけません。ほら、紫帽子の坊ちゃんが涙目に――」

「チクショウ!! 神は死んだ!!」

「言わんこっちゃない。このくらいの年の子は傷つきやすいんですから……ってそうじゃなくて!!」

 

 四つん這いになりながら嘆きを表すかのよう地面に拳を叩きつけるポックルや自分で突っ込みを吐き出す守衛さんを取り敢えず放置して私はゴンと向かい合う。

 

「さて、守衛さんは言っていた通り、普通なら虐待とも思える所業でしょう、けれど、私からすればこれでも軽い方よ。そし段階を踏んで辛くなっていく。止めたければ今のうちに言いなさい。さっきも言った通り始まったらどんなことをしても止めないわ」

「オレの気持ちは変わらないよ、このベストを着れば良いんだね」

 

 ゴンは躊躇することなく百五十キロのベストを羽織った。流石に苦悶の表情を浮かべ始めたが、まだまだ耐えられる状況を見てとれる。

 

「さあ、修行の始まりよ」

 

 私はゴンを引き連れて早速地獄のランニングを開始した。

 そう地獄である、ゴールを定めていない、終わりの見えないランニング……それは肉体だけでなく精神も酷使させる所業。まさか目的地がこの国降り立った国際空港だとは思うまい。バイクで三時間掛った道をランニングで只管走り続けるのだ。

 

 けれど、安心しなさい。空港に着いたらたっぷりと休憩と食事を取るつもりよ。

 

 大いに体を酷使した後は良く食べ良く休むというのが前世で培ったバイブルである。内心でそう言い訳しつつ、ゴンの一カ月集中修行は開始された。




 今後も不定期更新です。

 気長にお待ちいただければ幸いです。

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