三度目のミト   作:アルポリス

11 / 14
 とにもかくにも見てやるよ、と言う方はどうぞ。


ミトとハンター試験終了の話

 

 

 

 先の見えない道にゴンは立つ。そこですぐにこれが夢だと理解した。

 

 何故なら目の前に見慣れた、しかし、最近は一年に一回しかお目に掛れない存在を含めた三人の家族が自分に背中を向けて立っているのだ。

 

 家族の中で一番の体格を持ちつつ下の弟達に多大なる愛情を与える長男と年齢の割に平均身長が低く、それでも心の器は長男に負けないぐらいの大きさを持つ次男が、全ての息子達を受け入れ、時に厳しくそれ以上の愛情持って育て上げた母親のミトの両脇を固めている。

 彼女らはゆっくりと足を動かして歩き出し始めた。同時に夢の中だからなのか、意識せずにゴンもまた追うよう歩き始める。

 時間という懸念の無いその夢の中で歩き続けているのに変わらない風景と家族の背中はハンゾーが予期した通り、決して視線から外れることは無かった。

 何より縮まらない距離に前ほど焦ることは無く、『何時か』追いついて見せるという決して折れることの無いのであろう強さの原動力に変化し始めていた。

 

 すると唐突に彼女らは振り向いてゴンを視界に入れたのだ。

 

 見た目が童顔の長男が優しい笑みを浮かべ、どちらかと言えば童顔の釣り上った目を限界まで細め愛おしそうに見つめてくる次男。そしてそんな二人にも負けない愛情を感じさせてくれ、同時に深い安心感を抱かせる母親の微笑にその変化に対して肯定してくれたような想いを抱いたゴンは歓喜した。

 

 

 そこで視界は暗転する。

 

 

 

 

 

 がばっと起き上がったゴンは豪勢なベッドの上で辺りを忙しなく見回しながら状況把握を試みた。ハンター協会所有のホテルと言われるだけあって中々豪華な装飾の部屋に似合う紳士の姿を確認すると遅れて自分が倒れた経緯を思い出す。

 

「おや、お目覚めですかな、ゴン君」

 

 紳士然としたサトツさんが声を掛けてきた。

 

「ここは……」

「ホテルの一室を救護用の一室として利用する部屋ですよ。あなたが倒れた経緯は覚えていますか?」

「うん、ポー兄ちゃんにオレの必殺技を喰らわせた」

「結構……それでは、これを」

 

 言ってサトツはスーツの懐から一枚のカードを取り出して手渡した。丈夫そうなカードにはハンター協会のマークが印字されているものの一見して五枚数ジェニーで買える玩具の様なもの見える。

 

「そうです、あなたは見事ハンターに合格した。このカードはその証でもありますが、一度手にすれば二度と再発行できないハンターにとっては命よりも大事なものでもあり、意味の無いガラクタ同然の代物です。お受け取りください」

 

 矛盾する言葉を告げられながら手渡されたそれを考え深げに見つめるゴンにサトツは言葉を続ける。

 

「先人たちの偉業の果てにある昨今のハンターはかなり優遇されていますが、中にはその弊害で悪意に手を染める者も多く輩出ているのもまた事実です。そんな連中がいなければ試験など行わず全員を合格させても構わないのですよ。このカードをガラクタにするか、はたまた宝物にするかは手にした本人に委ねるしかない」

 

 クルン伸びた髭を伸ばしながらサトツは締めくくるよう口を開いた。

 

「要はハンターになることが終着点では無く、始まりに過ぎないということ。大事なのはハンターになって何をなしていくのか、その一点に尽きるのです。それをお忘れなきよう」

 

 ふと夢の中での家族を思い出したゴンはその言葉を素直に受け入れた。自分はまだまだ始まりの場所に立っただけ、自分の家族に誇れるよう、ハンターという職業の道でこれからも無理なく精進していこうと改めて心に刻みつけたゴンは大きく頷いて良い子のお返事を返すのだった。

 

 

 

 

 

「そう言えば、あれから他のメンバーはどうなったの?」

 

 経過を見る医療スタッフ待つ間、遺跡について雑談を交わしていたゴンが唐突に質問を投げかけると表情を変えないサトツはそれでも困ったような唸り声を上げた。

 

「なんか、あったの?」

「……そうですね、ご子息である君に言って良いものなのか……試験は既に終わったのですが」

「え、お母さんが何かやっちゃったの?」

「やったと言えばいいのか、やっていないと言えばいいのか………九十九番の彼、キルア君でしたか、彼が酷く不憫でした」

「えっと……不憫って……」

 

 目をキョロキョロさせてうろたえるゴンはどう見ても言葉の意味を知らないと言っている様なものだ。

 

「ああ、そうですか、お分かりにならないですね」

「え、あ、うん。いや、知ってるような、知っていないような……」

「ええ、構いませんよ。これから知って行けばよいのですから、君はまだ入り口に立ったばかりですし」

「うん、サトツさんに馬鹿にされたことだけは分かったよ」

 

 突き刺さるゴンのジトッとした視線に目を合わせずサトツは一つ咳払いすると全ての試合の詳細を語り出した。

 

 

 

 スタッフによって医務室に連れて行かれたゴンの後に行われた第四試合ヒソカ対レオリオは己の持つ全てで奮闘するレオリオであったが、残念ながらヒソカには殆ど通用せず、すぐさま意識を切り替えると次の試合に体力を残す意味も含め、躊躇することなく敗北宣言を口にした。

 

 試合後僅かに悔しさを募らせるレオリオに対して、ミトは励ますわけでも叱咤するわけでもなく、淡々と感想を述べる。

 

 曰く、己のプライドよりも命を大事にする彼は医者志望だけのことはある。無謀を望むのは医者の不摂生と同じであり、その即座の判断に躊躇しないのはレオリオが真の意味で夢を叶えようとしているからだ。その意識を忘れなければこれから先も生き残って行けるだろう。

 

 その言葉を聞いたレオリオは悔しさから一転晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

 

 続いて行われた第五試合、ゴンが勝利したことで持ち上げとなった試験官ポックル対キルアは試験内容がゴンと同じ内容という理由で拒否を宣言したキルアによって早々に終わる。

 

 キルア曰く、あんなカッコ悪いのはオレのプライドに反するらしい。もっとも、キルアは次の試合針を顔中に刺した不気味な男に対して難なく勝てると踏んでいたようである。

 

 そこまで話し終えたサトツは深く息を吐き出してゴンの眼前に人差し指を付きだした。

 

「それが彼にとっての誤算だったのです。次の試合相手―――ギダラク氏は彼にとって最も苦手とする存在だった。そして不憫……失礼、キルア君の悲劇が始まったのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだね、キル」

「ブホッ……ちょっと、ポックル、あのギダラク氏が普通に喋ってるわよ、あれじゃ、あの子の個性が針だけになっちゃうじゃない。そうなると痛いドMとしか残らないわ」

「母さん……空気を読んでくれ、試合中だ」

 

 第六試合キルア対ギダラクを次男のポックル共に観戦するミトこと私はカタカタ以外の言葉を発したギダラクに笑いを堪えられなかった。

 

 凄い視線――殺気をふんだんに含んだが突き刺さる。主に、と言うかギダラク氏しかいないがとにかく貫通しそうな視線を向けられ取り敢えずテヘぺロの表情を作ってみた。

 

 駄目だったようだ。むしろギダラク氏から発生する殺気が格段に上がって場の雰囲気は最悪に近い。誰もが息を飲み、一部ネテロ氏やポックルは平然としていたがスタッフを始め、クラピカやレオリオ、ハンゾーさんはその殺気に飲まれ体を強張らせている。試合相手のキルア君なんて借りてきた猫のように髪を逆立て―――本当に逆立っているわけではなく、あくまで比喩だ―――威嚇しながらも腰は逃げているのがゴンとは違う意味で可愛い。

 

 ちなみに最後まで名前が出なかったヒソカは大笑いしていた。

 

 酷いわ、そりゃ、年齢を考えるとキツイものがあるけど見た目は少女だし……笑ったのが変態だけなんて、私万人には受けない顔立ちなのかしら……あ、目から汗が出そうだわ。

 

「ホント、母がすいません。試合を続けてください。後で母は叱っておきますから殺気は抑えてくれませんか、試合相手の心が折れそうですよ」

 

 ポックルが代わりに謝ってくれたようだ。ホント出来た息子を持てて幸せね、などと改めて再認識した私も息子に誇れる母親として謝罪を口にする。

 

「ごめんね、ごめんねー」

 

 うん、少し棒読みになっちゃったけど心は込めたわ。それなのに今度は殺気を私だけを標的にしてきたのが解せないわ。何が悪かったのかしら。

 

「いや、その訳が分からないって顔こそ分からないから、どうしたの、母さん。ゴンがいなくなってから頭のネジが緩みすぎてるよ」

「暇なんだもの」

「うん、母さんは暇でも彼らは真剣に試合をしてるんだよ」

「お酒が飲みたい」

「あんだけ、ぶちまけたのに懲りてないんだね…うん、それでこそ母さんだわ。ホント上手くゴンには隠せてるよね、その投げやりな態度と飽き症」

 

 仕方がないのよ、ポックル。あの子は何処か私を英雄視している節があるもの。

 

「まぁ、どっちも母さんに変わりは無いから、何時か受け入れられると良いね」

 

 ポックルから親に向ける様なものとは思えない蔑みを含んだ目で見られ、流石にふざけすぎたと気づいた私は本格的に謝罪した。

 

「いや、だからオレにじゃなくて彼らに謝りなよ、土下座すれば許してくれるんじゃない?」

 

 はい、土下座しろ、土下座しろ、と合いの手を入れてくるポックルに私は懐かしくも遠い目をして考え深げに再認識する。

 

 ポックルは基本私にだけ辛辣である。そこに愛情が含まれていると理解しているからそれを素直に受け入れ……嘘を吐いた、本当のところ大概は私が悪いので素直に受け入れるしかない。唯一私が行う色々な意味での暴走を止めてくれる息子がポックルなのである。末っ子ゴンにはあまりそう言った部分を見せないが、仮に見せてもほとんど別に解釈して尊敬に変えてしまうので基本的に止めない。長男は煽るだけ煽って増長させ手に負えなくなったら放置するという、これも傍迷惑極まりない行動をするだけで止めない。だから割を食うのは何時も一番真面目な次男のポックルだけなのだ。

 

 そりゃ、辛辣にもなるわよねぇ。主にわたし対して……うん、土下座しましょう。

 

 素直に土下座する私はゴンがいなくて良かったと心から想うのでした……反省。

 

 

 

 私の謝罪で何とか場を真面目な雰囲気に戻して試合は再開、ギダラク氏は自身の顔に埋め込んだ針を全て取り払い、真実の姿―――キルア君の前で披露した。

 

「イルミ……兄貴」

 

 全身から異常に発汗させて兄の名を告げたキルア君は真実辛そうな表情を浮かべている。逆にイルミと呼ばれたキルア君の兄は人形のように表情を変えず淡々と言葉を吐き出す。

 

「キル、母さんにナイフを刺して家出したんだって?」

「……」

 

 身内を刺してまで家を出たかったなんて穏やかではない話だが、それを告げられたキルア君は何故か痛々しい表情を浮かべている。あれはまるで知られたくない真実を暴かれた犯人のようではないか。

 

「何で黙るの? 事実だろう。母さん泣いていたよ」

 

 そりゃ、息子に刃を向けられたら泣きもするだろう。私が息子達に刺されたら泣くどころか、放心したまま出血多量を放置して死ぬかもしれない。ただ前提として息子達はやらないだろうが。レオリオも同意なのか何度も頷いていた。

 

 チラッと次男のポックルに視線を合わせれば当然だと言わんばかりに頷いてくれて安堵する。

 

 いや、信じていたけどね、それでも人間魔が差すことがあるから改めて確認しただけで本当に信じているから。

 

 そんな心情を抱いている私にポックルは告げる。

 

「母さんがナイフ如きで仕留められるわけないだろう」

 

 あ、そっち、そっちの事実で頷いたんだ……あれ、目から水が。

 

「その前にビンタ一発かまされてこっちが瀕死になるって」

 

 うん、あんたが普段私の事をどう思っているのか理解出来たわ。長男が、あいつは隠れマザコンだよって言っていたのはやっぱり嘘だったようね。

 

 次男の本心かもしれないものに触れ、傷心気味の私を放置して試合の彼ら兄弟の話は続く。

 

「あの子が立派に成長してくれて嬉しいって感激してたよ」

 

 イルミ氏の言葉に傷心中の私は鈍器に殴られる様な衝撃を受けた。少し先ではレオリオがひっくり返って渾身の突っ込みを体で表現していて二度に渡って衝撃を受ける。

 

 そういう解釈もありかもしれない……そしてベタすぎるズッコケに感動したわ、レオリオ。

 

「余所は余所、内は内。馬鹿なことは考えないでよ、母さん」

 

 すぐさま内心の想いを看破されて次男に突っ込まれる私はどうやら正気を失っていたようだ。

 

 そうよね、私ったらあんなベタすぎるズッコケに感動するなんてどうかしていたわ。むしろレオリオに感動するところは医療以外ないでしょうし。

 

「いや、そっちじゃないから……それと最後の方レオリオさんに失礼だよ」

 

 もちろん、正気に戻った今の私に刺されて感動する趣味なんてないわ……それと自然に会話しているみたいだけど、何時からあんたは心を読める様になったのかしら?

 

「うん、いい加減口に出していることを気付こうよ。そしてまずレオリオさんに謝ろうか?」

 

 道理で背後に立つレオリオから突き刺さる視線を感じると思っていたのだ。

 

 うん、レオリオに謝ろう。

 

 また無意識に口に出していたようだ。レオリオはすぐに苦笑を浮かべて許してくれたが、今度はジト目でキルア君に睨まれてしまった。

 

「キルア君もごめんなさいね」

「いや、別に…ホント無意識で口にしてるのに驚いただけ」

 

 その言葉と唇を尖らせイルミ氏から視線を外した状態に私は内心で苦笑した。態の良い現実逃避の捌け口に使われた様だ。キルア君は今内心で葛藤している。それはきっと先ほどの兄弟で為された会話のせいだろう。無意識とは言え私の耳はちゃんと彼らの会話を捉えていた。

 

「天性の殺し屋なんて大層な肩書を持っているわね、キルア君」

「!?」

「ふふ、私耳は良い方なのよ。ちゃんとあなた達の会話は聞いていたわ」

 

 そう言うとキルア君はクシャリと表情を歪めた。

 

「で、キルア君は別にハンターになりたくないのね?」

「………」

 

 沈黙するも決して否定をしない態度。

 

「ゴンと友達になりたいなんて今更よね、あなた達はもう立派に友達だわ」

 

 目を開かせて私を凝視するキルア君の瞳には拭いきれない恐怖を抱えているように思える。やはり彼は兄のイルミ氏に対して完全に恐怖しているのだ。

 

 私が安心させる様な言葉を吐き出そうとする前に声色が僅かに苛立ったように感じる言葉が会場に響き渡る。

 

「ねえ。さっきから家族の会話に土足で踏み込んでくるなんて死にたいの?」

 

 当然それは放置された形になるイルミ氏の言葉だ。私は突き刺さる殺気なんて無意味だという態度で朗らかに笑って見せる。

 

「あら、ごめんなさい。でもそんなことをしたらあなたは失格よ?」

「大丈夫だよ、すぐにキルに参ったと言わせれば殺せる」

「なら、今は少なくとも無理ってことね、だったら少し黙っていなさい」

 

 ピシャリと殺気を含ませながら言い放てばイルミ氏は黙る。素直に受け入れられて拍子抜けした私は不覚にも可愛いなんて思ってしまった。すぐに真横から次男の鋭い視線を頂いて顔には出さなかったが。

 

 視線をキルア君に戻して私は口を開いた。

 

「さっきイルミ氏が何時かゴンと殺し合いをしたくなるなんてキルア君に言っていたけれど、私は別に構わないと思うの。そんなものケンカの延長上の様なものじゃない。自慢じゃないけど私も若い頃は血の気が盛んで一応戸籍上弟に当たる奴とケンカの末に殺し合いに発展したことなんてザラにあったわ。でも、お互い今も生きている。何故だか分かるかしら?」

 

 私の問いかけにキルア君は首を横に振った。

 

「理由は簡単よ、何だかんだ言って相手を好んでいるからなのね。いくら不衛生で小汚い弟でも最後の一線はどうしたって踏みとどまってしまうもの、感情が在る人間なら尚の事ね。キルア君はお子様で、我がままで、プライドが高くて、それでいてこちらがにやにやしてしまうほど恥ずかしがり屋で―――」

「おい!?」

 

 キルア君の突っ込みはスルーの方向で言葉を続ける。

 

「とっても友達想いの優しい子だわ。安心なさい、キルア君は絶対ゴンを裏切らないわ」

 

 私がそう断言すればキルア君が泣きそうな表情を浮かべて、どうしてと問いかけてくる。

 

 だから、期待通り私は素直にこう答えるのだ。

 

「そんなことをしたら私がキルア君をボコボコにするから」

「……へ?」

 

 キルア君の間抜けな声を最後に場が嫌な意味で静かになったような気がするも私は堂々と決め台詞の如く己の吟じを告げた。

 

「私、余所様のお子さんでも躊躇することなく叱れるの。当然物理で、ね」

 パキッと指を鳴らし、ドヤ顔をプラスしてみたものの場は歓声にわかない。

 

 可笑しい、結構カッコ良く決めたつもりなのに感動して声を出せないような静寂では無く呆れて場が白けているような感じだわ。本当なら皆が感動してキルア君は感極まって喜ぶ予想だったのに、

 

「感動しかけたオレの時間を返せ!!」

 

 残念ながら怒らせてしまったようだ……解せぬ。

 

 

 

 白けた場を引き戻すよう意味を兼ねて会長から注意を受けた私は試合の邪魔にならないよう素直に従い沈黙することにした。

 

 良い意味での静寂が戻った会場では兄弟の兄弟とは思えない会話が続く。

 

「さて、邪魔されたけどこれだけは断言するよ、お前は熱を持たない闇人形だ、影を糧に動くお前は唯一人の死に触れた時だけ輝く。そう親父とオレに作られた。周囲の人間の理解など関係ない。お前も心の奥底でそれを理解しているからこそ反論出来ないんだ」

「……」

「そんなお前に友達など不必要だ。さっさとこの茶番劇に終止符を打って家に帰りなよ」

「……」

「今ならそこまで辛くない拷問で許される。けど、それでも我儘を通したければ……」

 

 言葉と共にイルミ氏の全身から溢れんばかりの殺気が滾る。

 

「合格してからお前の友達と抜かすゴンを殺す」

 

 剥き出しの殺気からも分かるように本気と取れる言葉が止めになった。

 

「……オレの負けだ」

 

 最大限の恐怖に顔を歪ませたキルア君は参ったと宣言する。血の繋がった兄弟故に理解してしまうキルア君に兄と対峙できるだけの技量も度胸もまだ備わっていない。イルミ氏はキルア君が止まらなければきっと本気でゴンを殺すつもりだったのだろう。

 

 

 但し、出来るかどうかは別にして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参った」

 

 キルアがそう宣言した次の瞬間、その会場を飲み込むほどの圧力が二つ、とある青年にだけ器用に向けられた。即座に反応したその青年は自身が持つ力の一旦―――念を纏い圧力を向けてくる二人の存在と相対する。

 

 一人は冷笑を浮かべた見た目少女の様な女性、もう一人は無表情を貫く青年だ。言わずもがな、フリークス一家である。

 

「聞いたかしら、ポックル?」

「ああ、ばっちりこの耳で聞かせて貰った。どうやら彼はオレらフリークス家に宣戦布告したいらしい」

「そのようね、ならば当方に迎撃の備えあり、と宣言でもしようかしら。私達は既にハンターに合格、彼も丁度良い形で合格したことだし何を行っても合格を取り下げられることもない」

「ゴンを殺すって言うんだ、後の憂いも立つためにも……オレのダチの為にも、ここで殺しても構わないんじゃないか?」

 

 ポックルは淡々と告げながらも圧力を更に加えてくる。それに合わせるかのようにミトも圧力を上げた。

 

「そう言えば、あの子も彼には酷いことを言われてきたんだったかしら?」

「あいつは家族からあまり良く思われていない。ただ、その中で彼に一番理不尽な態度を取られたと言うだけ。まぁ、それだけで十分だけど」

 

 言って、ポックルは脳裏に目の前の青年によく似た親友を思い浮かべた。

 

 彼は家族の中で一番才能が無かった。そのせいで家族から自分に与えられた部屋だけが安息の場所と化してしまうほど家族に疎外されている。彼の祖父や父親からはその才能の無さに期待の目を向けられず、それに比例して愛情は他の才能ある子に注がれ、母親は過剰な愛情を与えながらも頭ごなしに弱さを指摘して彼の自尊心を大いに傷つけ、兄弟からは単純に馬鹿にされてきた。

 

 そんな環境で心身共に衰弱していた頃にポックルは彼と出会った。

 

 性根が優しい彼は己が傷つきながらも家族を愛していた。故に家族から認められたい一心で無理な依頼を受けるも失敗して最悪死に至る大怪我を負ってしまう。しかし、彼は死ななかった、そこに偶然居合わせたポックルに助け出されたのだ。当然生死の境をさ迷う彼を見捨てられなかったポックルはそのまま介抱し、彼は危険な状況を脱した。それでも全治するのに一カ月掛り、その間ポックルは身の回りの世話を焼いたのが、彼のその後の未来を変えることになる。

 

 最初は警戒からか中々打ち解けなかったものの一カ月も共にすれば家に帰りたくないという彼の望みを叶えてあげたいと思う程度には情が交わされ、その願いはポックルによって叶えられた。その延長上でくじら島に住むフリークス家に出会い、そこから今度はフリークス家と情を交わし合えば彼の心に巣くう傷は徐々に癒され、今では一年に一回は必ずくじら島に泊りに来るくらいの絆が結ばれていく。

 

 そして彼は家族に愛されなくても傷つかない心の拠り所を手に入れ、唯一無二の親友が出来た。同時に親友に当たるポックルにとっても彼は家族に並ぶ存在になっていた。

 

 殺気を滲ませ始めたポックルにミトは諭すような言葉を紡ぐ。

 

「それでもあの子は優しい子よ、家族がいなくなれば悲しむわ」

 

 何故なら彼はくじら島を拠り所にしても、ミトが家族になろうと持ちかけても決してフリークス家になろうとはせず本来の家に帰っていくのだ。彼にとってどんなに愛されなくとも血の繋がった家族を切り捨てられるほど非道になりきれない。それはつまり度し難い優しさに起因するとミトは理解していた。己がジンを殺さなかったように情が僅かでもあればそれだけであの優しい彼は留まれてしまう。

 

「……ちっ」

 

 口から洩れた舌打ちは肯定している証拠である、現にポックルから滲み出た殺気は飛散して今は圧力だけを青年――イルミに向けていた。

 

 自然体で何時でも動ける状態の親子とは逆に二人分の圧力を向けられたイルミは表情こそ変えないまでも全身が硬直されたように動けない。何より訓練によりどのような時でも決して表に出すことのない感情―――恐怖を抱き始めていた。

 

 イルミは自身もまた両親や祖父から暗殺者として並々ならぬ訓練を施されている。その結果今ではどのような相手と相対しても恐怖は感じることは無い。しかし、目の前に立つ親子、特に母親の放つ圧力はそんな訓練を受けてきたイルミの努力を簡単に嘲笑い、心を折りに来るほど辛く、本音を言えば今にも逃げ出したい心境であった。それでも暗殺者としての吟持、言いかえれば今まで一度も暗殺に失敗してこなかったというプライドが初めて抱く恐怖を無理やり押し込め、己の体に染みついた暗殺術を行使させる。

 常人には目視も出来ない手の動き、僅かさえ見せない手のモーションから放たれた一つの針がミトを襲う。イルミにして緊張で体が硬直しながらも渾身と思わせ、飛翔する針はミトの眼前まで来るが無情にもその手のひらで払うよう簡単に弾いてしまった。その様はまるで鬱陶しい羽虫を無慈悲に地面へ落とすが如く、第一試験の折、次男のポックルが奇術師の放つトランプを払う仕草に何処か似ていた。

 実際体験したヒソカはその光景を思い出しながら、流石は親子なのだなと一応親友であるイルミの暴挙を眺めながら内心で感想を抱く。ただ、あの時は弾いた角度が良かったのか、それとも計算の内だったのかトランプは全て地面に突き刺さったようだが、今回はどうやら角度的に不味かったようである。

 

 

「ぎゃあああああああ!!」

 

 

 轟くような悲鳴を上げたのは割と不憫な少年―――キルア、痛みから漫画に描かれた一コマのよう天井擦れ擦れまで飛びあがると四つん這いになって激痛に悶え始めた。

 一応無関係ではないものの今回の場合とばっちり感が半端ないキルアにとって最悪の角度で弾かれた針はその勢いを増しながら尻に突き刺さったのだ。

 

 兄の暴挙が悪いのか、ミトの弾いた角度が悪かったのか、ただ運が悪かっただけなのか、少なくともキルアには何の落ち度もないのにこの仕打ち。

 針に付属された性能でボコボコと波打つ尻の形に悲鳴を上げるキルアに慌てたのは以外にもイルミだった。

 無表情の顔に異常な発汗を携えいそいそとキルアの元に駆け寄って針を抜き、返す手で抱き上げると部屋を飛び出してく。

 

 それを見送った元凶のミトはボソリと呟いた。

 

「……取り敢えず、キルア君が帰ってきたら謝るわ」

 

 何とも言えない空気に包まれた会場の雰囲気に次男の深い溜息だけがやけに響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

「その後、二時間待ってもキルア君やそのお兄さんは帰ってこず、レオリオ氏の不戦勝でハンター試験は幕を閉じました。残念ながらキルア君はハンター不合格ですがお兄さんの場合は既に勝利しているので合格という形で後ほどハンターカードを送付することに決まりました」

 

 サトツは先の詳細をそう締めくくる。全てを聞き終えたゴンは最後に見せた母親の乾いた笑みと同じ笑い声を上げて深くため息を吐き出した。

 

「……うん、不憫の意味が分かったよ」

 

 そんなゴンにサトツは薄い笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「一つ学びましたな。今後もそのように成長していってください。そして守られるだけでなく大切なものを守れる男になってほしいものです」

「……うん、そうだね。オレが弱くなかったら、キルアの尻も守れたかもしれない」

「いや、そこは別に違うのでは?」

「そんなことないよ、強ければ救護室に運ばれることも無くて弾かれた針を受け止められたかもしれない」

「あ、私の言葉でそこに辿り着きましたか……まぁ、それで良いのかもしれませんな」

 

 最後サトツは笑顔で肯定した。別名面倒くさくなってこれ以上考えるのを止めたとも言う。

 

 

 

 

 

 話を切り上げ、迎えられた医者にゴンは診断され経過の良好を告げられるとハンター合格者の講習会場に一路連れて行かれた。

 

 講習会場ではマメの形をしたハンター協会スタッフ―――マーメンが説明を行っていた。開かれた扉からゴンの姿が見えると皆―――特に家族からは歓迎され、改めて説明が為される。

 

 全ての説明が終わると一人挙手して発言を求めた。ゴンの頭を撫でながら講習を聞いていたミトである。会長のネテロが許可すると撫でる手を止めて静かに立ち上がった。

 

「今回、イルミ氏の件やキルア君の負傷でハンター協会には多大な迷惑をお掛けしました。つきましてはイルミ氏にハンターカードを受理させる役目、新人であるこの私に任せては頂けないでしょうか?」

 

 ミトの発言に息子達やその他の合格者、全ての試験官が目を丸くする中、表情を動かさず聞き終えたネテロが静かに問いかける。

 

「本音はなんじゃ?」

「いや、まぁ……過失とは言えゾルディック家の息子さんを怪我させたんですから同じ親としてここは菓子折りでも持って謝罪にでも行った方が良いかと思っているわけでして……」

 

 ネテロはそこから更なる真意を見抜き、苦笑を浮かべた。

 

「お主、ホントあの子がお気に入りじゃな、それと稀にみる親馬鹿じゃ」

 

 ミトもまた苦笑を浮かべ本当の真意を見抜かれたことを肯定した。

 

「それでも最終的に決めるのは本人ですから」

 

 友達でいたいという健気な願いを持つ少年に真意を問うために、そして何より寝ている間に友達と別れてしまった息子に再開の機会を与えるための大義名分が欲しかった。

 

「ふむ、良かろう。マーメン君、彼女らフリークス家に受験番号三百一番のハンターカードを報酬も合わせて渡してやってくれ」

「了解しました」

 

 マーメンはその小さな歩幅でミトの元まで行くとイルミのハンターカードと真っ白なメモ用紙を手渡した。

 

「報酬についてはカードが本人の手元に渡り次第口座に振り込んでおきますので、そのメモに口座番号をお書きください」

「ええ、ありがとう。今回の報酬額についてはそちらの言い値で構わないわ」

「欲のないお方だ……ですが、そんなあなた達家族だからこそ己のハンターカードを守れるような気がしてならない」

 

 素早くメモに書き込み、称賛の礼を述べながらマーメンに手渡した。その一連のやり取りを見終えるとネテロは全てのハンター試験終了を宣言する。

 

「これにて第二百八十八回ハンター試験の全工程を終了とする。皆、この先も己を精進させながらハンター生活を充実させてほしい」

 

 こうしてミトは晴れて家族共々ハンターとして歩み始める。

 

 

 

 

 以後、第二百八十八回のハンター試験は家族で参加し、その全員が合格した最初で最後の年として長く語り告がれていくのだった。

 




 不憫少年キルアの明日はどっちだ。


 それでは次回の投稿で。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。