三度目のミト   作:アルポリス

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 ミトにゴン以外の息子がいるなんて考えられない。

 けど、それでも見ちゃう! と言う方はどうぞ。


ミトとフリークス兄弟の話

 

 

 次の試合が差し迫っている為、泣き叫ぶゴンをレオリオは苦悶の表情を浮かべながら連れ出して入口付近の片隅に座らせると自信の鞄から治療道具を取り出す。後は黙って膝に顔を埋めて泣き続けるゴンに治療を施し始めた。

 

 ゴンは未だに理解出来なかった、己の何が駄目だったのか、どうしてミトを怒らせたのか。混乱する思考はとある感情に支配されて定まらない。

 初めて向けられた母親の殺気が頭の片隅にこびり付いている家族に見放された未来を思い起こして恐怖する。その恐怖が思考を鈍らせる。

 

 そんなゴンの元にハンゾーが歩み寄ってきた。治療を一旦止めたレオリオはゴンを庇うようハンゾーと対峙する。

 それにハンゾーは両手を上げ、無抵抗の態度を見せると数秒の睨み合いの後、レオリオは静かに治療に戻り、ハンゾーはゴンの横に座り込んだ。

 

 第二試合であるヒソカ対クラピカの戦いが高らかに宣言される様子を眺めながらハンゾーは徐に口を開いた。

 

「なぁ、お前にとってオレは取るに足らない相手だったか?」

 

 その静かな問いかけに啜り泣きで返されるもハンゾーは問いかけ続ける。

 

「お前にとってオレはその目に映す価値も無い相手だったのか?」

 

 泣き声が落ち着き始めたゴンに視線を向けるでもなくハンゾーの視線は不気味に笑うヒソカにどう対峙するか考えあぐねているクラピカの情景を映しだしていた。

 

 未だ問いかけに答えは帰ってこない。レオリオはそんな二人のやり取りを耳にしながら黙って治療を続けている。

 

 ハンゾーは次に問いかけでは無く今のゴンならば確実に食いつく言葉を吐きだした。

 

「お前の母ちゃんに謝罪されたよ、うちの息子が失礼をしたと言ってな」

 

 そう告げた途端、案の定ゴンは膝に埋めていた顔を勢い良く上げて視線を向けてきた。

 

「どうか、あの子を嫌わないでやって欲しい。全ては私の不徳の致すところだと、怒りを募るなら私に向けて欲しいと。お前、母ちゃんに愛されてるんだな」

 

 泣き腫らした瞳でジッと見つめてくる―――それが真実なのか見極める様な強い視線にハンゾーは苦笑を浮かべると、ここでようやくハンゾーも試合を見つめていた視線をゴンに向けた。

 

――ああ、この少年はこんなにも真っ直ぐに相手を見つめられるんだな。

 

 この会場に置いて始めて交わった視線にハンゾーはやっと己の中に今も燻ぶる憤りが落ち着いていくのを感じた。

 

「ようやくオレをその目に映したな。それを試合で向けられていたらオレらはもっと違う戦いや結果を生み出していたかもしれない。もう過ぎたことだが、だからこそ敢えて言わせてもらう。お前はあの試合開始の合図から負けていた。何故なら対峙者に目を向けないこととはつまり試合放棄しているも同意だからだ」

 

 そう断言すればゴンの目がこれでもかと言うくらい見開いた。

 

「ここからは予想でしかないが、もし相手がお前の母ちゃんやあのヒソカと言う男ならお前はきっと初めからその目に映していただろうな。悔しいがお前の母ちゃんやヒソカは化け物の並み。お前が作り出した線引きの中で、もっとも戦うに値する相手なんだろう」

 

 その指摘に図星だったようで再び顔を歪ませたゴンが震える唇を動かした。

 

「……オレ……ハンゾーさんに……最低なこと……したの?」

 

 それにハンゾーは即座に頷く。

 

「お前はオレに最低の侮辱を働いた。だからオレやお前の母ちゃんは怒ったんだ。けどな、可笑しな話、お前を痛めつけたことに関してお前の母ちゃんは一切触れなかった。むしろ、あれは感謝だったのかもしれねぇ、極めた技術を駆使した的確な攻撃だったわって言われちまったよ」

 

 あの言葉の真意を見定めるなら次の試合に繋げようとした攻撃に対しての感謝だったのだろう。確かにハンゾーは憤りながらも心の何処かでこのまま終わってくれるな、という願望を持っていたような気がする。それが攻撃に出ていたのかもしれない。侮辱された相手にするべき行為ではないが、それだけの人格をこの少年に見出していたのだ。

 同時にこの会話を通して自分がかなり気に入っているのだと改めて思い至り、また、だからこそ立ち直って欲しくて世話を焼きたがる。

 ゴンにはそんな不思議な魅力があった。三次試験で危うくボッチになるところだったところを救ってくれた恩も相まって余計にそう感じている。あれはハンゾーにとって本当に嬉しかったのだ。

 

 ようやくハンゾーや母親の想いに気づけたゴンはボロボロと再び涙を流し始め、初めて謝罪を口にした。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……オレ……オレ、最低だ……」

 

 それが心からの謝罪だと理解しているハンゾーは真面目な表情を強めながら、その少し羨ましい逆立った髪を強引に撫でつけ口を開いた。

 

「男がそんなに泣くな、男が泣いて良いのは愛する相手と死に別れた時か、ホテルにやって来た女の子が好みじゃなくてチェンジするもその後やって来た女の子達全てが好みじゃ無かった時だけだ」

 

 キリッとした表情で名言の如く言い放ったハンゾーに対してゴンは後半の例えの意味が理解できないのか、ポカンとした表情を浮かべる。

 

「いや、そんなんで泣く忍びはお前ぐらいだろうが!! まだ知らなくて良い知識をお子様に与えてんじゃねぇぇ!!」

 

 二人のやり取りを黙って聞きながら治療していたレオリオも流石にツッコミを入れてしまうほど下らない、否一部の大人にとっては切実だろうが、見事に脱線をやらかしたハンゾーを睨みつけた。

 

 お子様には早すぎたかと思い至ったハンゾーはレオリオに軽い謝罪を告げて落ち着かせ、改めるよう一つ咳払いして話を続ける。

 

「さっきの後半部分は忘れてくれ……とにかく、さっきも言ったように過ぎたことだから気にするな。まぁ、謝罪は素直に受け取るが、それよりも一つ質問に答えてほしい」

「……良いけど」

 

 涙を拭いながら頷くゴンにハンゾーは先ほどの試合で気になった点を聞いた。

 

「お前、何をそんなに焦っているんだ? 大方強さに関してだと思うが、それにしてもお前の焦り具合は結構重症だ。お前の良いところを曇らせるほど空回りしているんだよ。このままじゃ次の試合も同じような結果になる」

 

 そこまで面識がないハンゾーでもゴンは素直さや真面目さを兼ね揃えていると理解出来る。素直さは時に欠点にもなるが、多くは長所に分類され、強くなろうとするならば尚の事加点されるべきものだ。相手の強さを素直に認め、それに少しでも近づくよう真面目に努力する姿勢こそ強くなる為の必須である。ましてゴンはハンゾーから見ても才能溢れる子供で、別の尺度から言えばまだ子供なのだから、本来まだ焦る必要性を感じない。

 

 状況によって必要に駆られるならばまだしも母親の庇護にあるゴンならば特にそうあるべきなのだが、とそこまで思考に及んだ時、ハンゾーはある予想に行き当たった。

 

「悪い、質問を変える、お前、母ちゃんの他に兄弟いるか?」

 

 困惑しながらもゴンは二人の兄がいると言って頷いた。

 

「そんで、お前よりめちゃくちゃ強い」

「うん、ホント強いよ」

 

 嬉しそうに告げるゴンを見て予想が核心に変わる。そして思う、実に有り得ない妄想をするものだと、外側の他人である自分だからこそ客観的に見て理解出来るのに中にいるから分からない。

 

 彼の母親は自身の息子達をきっと心の底から愛している。それはいっそ自身の生い立ちや職業柄少し羨んでしまうほど子供達のことばかり考えている母親だ。

 

 痛めつけられた息子を見つめる母親の心情は測れないが、あの感謝の言葉は一方的な庇護からくる意見じゃないことぐらいハンゾーでも分かってしまう。全ては息子の成長の為で、今も声すら掛けないのはゴン自身に考えて欲しかったから。母親としてそれがどんなに苦しいか、辛いか、先ほどと同じようにハンゾーでは殆ど測れないが、少なくとも真っ当な母親に真似できるようなものではないだろう。

 

 そうなるとこれから自身が吐く言葉は母親にとってお節介になるのかもしれない。けれど、一つだけ彼女は間違えている。否、彼女も内の存在だからこそ気付けなかったというのが正しい。

 

 ゴンの根本的なところにある不安はある意味あの母親にとって限りなく有り得ない事実である。きっと母親がその心情を垣間見たのならば限りなく打ちのめされていただろう。きっとゴンの兄達も同じく嘆き、逆に憤るはずだ。

 

 だからこの言葉はゴンが元に戻るためのきっかけだ、とハンゾーは己に言い聞かせながら口を開く。

 

「家族の背中が遠いのは辛いよな、まるで置いてかれるような気持ちになっちまう」

 

 ハンゾーの口から今の自分の心情を語られるとは思っていなかったのだろう、ゴンの目がこれでもかと見開き、次いで悲しみに歪める。

 

「けどな、決してお前の瞳からその背中が見えなくなることは無いんだぜ?」

「え……」

 

 くるくると何度も表情を変えるゴンが可笑しくてハンゾーは笑ってしまう。隣では治療を終えたレオリオも笑みを浮かべて頷いている。ハンゾー以上に時間を共にしていたからこそすぐに理解したのだろう、ゴンの内面に、そしてそれが如何に有り得ないということを。

 

「如何に遠くてもその瞳から背中が消えなければ置いていかれたわけじゃない。お前の家族は遠くにいながらもお前の視界から外れることは絶対にないはずだ。それこそ、オレより家族であるお前がそれを信じていなければならないんじゃないのか?」

「オレが……信じる」

「無条件で信頼し合える、家族って奴は本来そういうもんだろう?」

「!?」

 

 真っ向から見つめられ、ハンゾーは改めて理解する。

 

 今の状態の少年こそがゴンであると、その瞳に灯る強い意志のようなものに真っ直ぐ射抜かれ、果たしてこの状態の少年に参ったと言わせられないだろうという、もしもを。それはつまり己の敗北に繋がる有り得たかもしれない世界であるが、それでも己は気分良く敗北を認めていただろう。

 

「母ちゃんだけじゃない、お前の兄貴達もお前がそんな無意味な杞憂を浮かべているなんて知ったら酷く悲しむだろうさ。お前の抱いている想いはお互いの信頼を一方的に裏切っているのと同じで、それこそ母ちゃんや兄貴達からさっきとは比べられないほど怒られるんじゃないか?」

「……オレ、家族にも最低な気持ちを抱いていたんだ」

「さあな、オレはお前の家族じゃないから分からないけどよ、逆に家族であるお前が同じようなこと思われていたらどう思うよ?」

 

 分かり切った問い掛けにもゴンは素直な表情を浮かべて答える。

 

「凄く悲しい……それで凄く怒りが沸いてくる。オレはお母さんの子供で、兄ちゃん達の弟なんだって堂々と胸を張るよ!!」

 

 予想通りの答えにハンゾーはそれこそ部屋中に響き渡るような笑い声を上げるとゴンの頭を強く撫でつけた。

 

「それがお前の持つ不安の答えになるってことだ。宣言通り胸を張ってお前らしく強くなって行けば良いんだよ。もう、分かっただろう?」

「うん!!」

 

 ゴンもまた部屋に響き渡るような声で良い子の返事を返すと多数の視線が突き刺さるのを感じた。

 

 ハンゾーとゴンがその視線の先を窺えば部屋にいた会長や黒服の協会職員や既に試合を終えたクラピカやヒソカ、心配なのに恥かしがってチラチラと視線をさ迷わせて忙しいキルアが自分達のやり取りを見ていた。

 

 そして母親であるミトは真っ直ぐゴンだけを見つめ、その心情を悟ったかのように一つ頷くと息子を招くよう己の手を試合会場の中央に向けた。

 

「行きなさい、ゴン。あなたの試合よ」

 

 第三試合ゴン対無表記が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一試合で己の息子に殺気を浴びせ、それでもそれが正しいと思えるから自己嫌悪に陥れられずかなり苛立っているミトこと私は第二試合を見ながら意識はゴンに向けていた。

 横に立つキルア君は視線をチラチラと己の背後――ゴンのいる場所に忙しなく動かしていて普段なら可愛いと悶えるも今はその余裕すら無い。嗚咽を漏らしながら啜り泣く音が己の耳に入るたび苛立ちは募っていく。主に自分に対してだが謝罪も出来ない状態では仕方がないのだろう。ゴンはあれでいて頑固なので怒気だけでは素直に聞かないと踏んでいたから殺気を含ませたが、終わってみてあれだけ泣かれると死ぬほど後悔したくなる。

 

 それでも後悔すれば決めた己に対しても応じたゴンに対しても裏切ることになる……まったく、感情を吐き出せない袋小路ね。

 

 こんな時己が真っ当な母親になれないという現実を突きつけられるのだ。その選択を受け入れたのは自分自身だが、もしも一度目のミトのように見守るだけであったならば、少なくともあのような何かに駆られ焦ったような顔を浮かばせなかったのかもしれない。一度目の私にしても今生の私にしてもこの世界で己は母親に向かないのだろう、そのような結論に辿りつこうとした時、怒鳴るようなゴンの想いを耳にして危うく泣きそうになった。

 

 嫌だわ、歳は取りたくないものね、涙腺が脆くなるんだから。けど、今泣いては駄目よ、後悔しているとゴンに思われてしまう。

 

 天井を見上げ、強制的に涙を止めると中央に視線を戻す。既にクラピカ達の試合はヒソカの敗北で終わっていた。戦わずして敗北したヒソカの理由は分からないが、どうせ碌なものではないだろう、そんなことよりここは息子が信じてくれている母親としての姿を見せつけなければならない。

 

 私は振り返り、真っ直ぐ何時もの輝きに満ちた表情を浮かべる息子を見つめ、この子の母親であるのだと己に言い聞かせるよう一つ頷いて試合会場に導いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一試合の時とは比べられないほど清々しい表情を浮かべて中央に足を運ぶゴンの姿を会長は苦笑しながら見送った。

 

――ふむ、最初は己の配剤に酔いしれたが、天はそんな愚かなわしをあざ笑うか……いや、流石あの母親にして我が子ありと言ったところかのぅ。

 

 多種多様の焦りから強さを求めるあまり己を追い詰め道半ばで挫折、消え去った弟子を数多く見てきた心源流拳法師範代のネテロはその焦りの表情の理由を的確に判断していた。故に第三試合に置けるサプライズはゴンにとってプラスになるかは流石に予測できないが、少なくともマイナスにはならないはずだった。しかし、結果は対戦相手の言葉を受けたとは言え自ら切り開いてしまったではないか、その事実はネテロを深く感嘆させる。

 

――ホント、この家族はわしの想像を軽く超えてくれるようじゃ。どうする、お前の弟はお前が想うよりも強い心を持っておるようだぞ?

 

 今も部屋の出入り口の外側で待機している者に語りかけながらネテロはサプライズを発表する。

 

「さて、もう一つのサプライズである無表記の対戦相手はこちらで用意させている。最初に言っておくが、わしは別に特定の候補生を贔屓しているつもりはない。そこだけは勘違いしないでもらいたいものじゃ。彼はあくまでわしが無理難題として課せた試練を己の力で乗り越え、ハンターに至っただけにすぎぬ」

 

 告げてネテロは部屋の入口に視線を合わせた。

 

「さて、本人の意向で名を伏せるという条件の元に参加させたがそれもこの状況では今更じゃ。紹介しよう、受験番号五十三番にして今季最初のハンター合格者」

 

 誰が来るのか、ゴンの瞳が入口に集中する。

 

「ポックル・フリークスじゃ」

 

 高らかに紹介された名前―――兄の名前に参加しているとは思ってもいなかったゴンが驚愕の表情を浮かべて言葉を吐きだそうとするも声にならない。

 

 ところが、一分、二分経っても入口は開かれない。場が白けるとはこの事か、その場にいる皆が訝しげにネテロに視線を向ける中、深みのある女性の声が響いた。

 

「恥ずかしがってないで早く入ってきなさい」

 

 次男の性格を良く理解しているミトの言葉に導かれ、静かに開かれた扉から特徴的な――母親曰く、紫の巻きグ○のような帽子を被った青年がコソコソと入って来た。その表情は仮面に隠されておらず、妙に頬を染めて傍から見ても注目を浴びて恥ずかしそうである。

 

 ゴンより六歳年上の兄―――ポックルは突き刺さる視線に恐縮しながら部屋の中央までやって来ると会長にその若干釣り上った目を細めながら睨みつけた。

 

「名前で呼ぶのは勘弁してくださいよ、会長。こういった注目される状況に慣れてないですから。それと弟に見つからないよう仮面を被っていた今までの努力を一瞬で無駄にしてくれてありがとうございます、チクショウ」

「お前さんこそ、わしがカッコ良く紹介してやったのにどうして無視したんじゃ?」

「いや、だから恥ずかしいからで……ホントはこの試合も仮面を被ろうと思ってたんですけど」

「じゃから、それこそ今更じゃろぅ、飛行船で弟に会えないとか、愚痴を溢していたからこそ、演出してやったと言うに……わし、めっちゃ、カッコ悪いじゃろうが」

「そんな演出いりませんよ。被害妄想は勘弁です」

 

 ハンター協会会長と気易く会話の応酬を繰り返す兄の姿に驚愕から立ち戻ったゴンがようやく言葉を音にする。

 

「え!? オレの対戦相手ってポー兄ちゃんなの!?」

 

 その問いにネテロはしかと頷きを見せるとサプライズ対戦のルール説明が為された。

 

 曰く、既に合格したポックルの考えるお題を遂行して認めさせればその時点で合格になるという、ある意味兄弟のゴンにとっては甘いルールであった。それを感じ取ったのか、ゴンは眉を潜め、あからさまな不満顔を浮かべた。

 

 それも考慮してネテロは続ける。

 

「確かに今のお前さんにはそう思えるかもしれん、しかし、先ほどのお前さんだった場合はどうだったじゃろうか、逆に苦しい状況になっておったかも知れんぞ?」

 

 下手すれば完全に心が折れて兄であるポックルにまで見放されていたかもしれないのだ。

 

「そ、そうかな……」

 

 素直に考え込むゴンにネテロは内心で笑いを堪える。

 

 本当に素直すぎてこちらが罪悪感を抱きそうになるほど言葉通りを疑わない。ゴンを言いくるめている辺りから怒気交じりの視線で抗議してくるポックルが見放すわけは無いだろう。仮にあのままの状態でもこの兄は弟を見捨てず立ち直らせようと必死になるはずだ。

 

 二人のやり取りを止めるようポックルが口を開く。

 

「そんなに悩む必要は無い。言わば試験官のオレがこの場所にきた候補生に試験を出す、それだけだ。この場に立っていたのがあの忍びでもオレは同じ試験内容を与えていたさ」

「そ、そうかな……だったら、良いのかな?」

「ああ、安心しろ」

「分かった!!」

 

 兄の言葉だからだろう、あっさり認めたゴンに対してその可愛さに悶える身内以外の殆どの者が家族にはあっさり丸めこまれる末の弟の立場が窺えた。このように末の弟は甘やかされながらも同時に可愛い玩具にされてきたのだろう。当然そこに愛情があるからこそゴンも今まで疑うことをせずに来たのだろうが、少し不憫に思うネテロ達だった。

 

 

 今回の試合に審判は着かないようでネテロの号令の元、サプライズ兄弟対戦は開始されるとポックルは素顔を晒す久方ぶりの対面に淡い笑みを浮かべた。

 

「さて、旅に出てから二年ぶりの再会を交わしたいところだが後の試合が迫っているからな、早速試験内容を話すか」

 

 言ってポックルは人さし指を立てた。

 

「チャンスは一度だ、ゴン。お前の全力を向けてこい。オレの立つこの場所から少しでも動かせればお前はハンター、駄目ならその時点で終わりだ」

「そ、それだけ?」

「複雑なものが苦手なお前には有難いだろうが、弟想いの兄ちゃんで助かったな」

 

 聞いてみて確かにゴンとしては有難い試験内容だった。しかし、ゴンの持つ勘が素直に信じてはいけないと告げているのか、注視するような視線を向ける。それにポックルは苦笑して言葉を加えた。

 

「流石だな、ホント、羨ましいぐらいお前の勘は優れている。そう、ここで言う『終わり』とはこの試験の終わりじゃない、ハンター試験の終わりを言っているんだ。つまりこの試験に落ちればお前は自動的に不合格になってその他の候補生は全員ハンターになる」

 

 告げられた言葉にゴンやレオリオ、キルアは驚き瞬いた。ヒソカも眉を潜め、ギダラクもカタカタとなる音を途切れさせる。既に合格したハンゾーやクラピカは呆れた様な表情を浮かべる中、ミトだけが不敵な笑みで息子達のやり取りを見つめていた。

 

「一応拒否することも出来るが、その場合は自動的に次の候補生――確か、キルア君だったか、彼と戦うという本来のトーナメントスタイルに戻るから、安心しろ」

 

 未だ返答しかねているゴンにポックルは優しく諭すような声色で告げた。その物言いを別の意味でとらえればお前には不可能であると告げているようなものだった。

 

「さあ、ゴン。選択の時だ。お前はどちらを選ぶ?」

 

 受けるのか、止めるのか、ポックルは答えを迫る。

 

 目の前で静かに佇みながらも絶壁の様な錯覚を起こさせる次兄の存在感にゴンは溜めこんだ唾を飲み込んで口を噛みしめた。そうしなければ今にも己の口から止めようとする言葉を吐きだしそうだった。

 

 兄の本気をゴンは知らない、それでも並大抵の努力という言葉では語れないほどの努力を行ってきたのを知っている。

 

 くじら島でまだ幼かったゴンは時折姿を消す兄が何時もボロボロになって帰って来るのを不思議に思っていた。それが修行していたからだと知ったのは二年前旅に出る前日だった。森の奥深く、一番上の兄や自分にも知らぬ間に作った修練場を見せてくれた時、その凄まじさに幼いながらも愕然とした。使い込まれた器具がある中で壊されたであろう器具が無造作に、それも山のように置かれていたのだ。修行を始めたのが何時からなのかは知らない、けれど十数年の修行で壊される量では無いのは幼いゴンでも理解出来た。修練場自体もまた壮絶で地面は所々抉れ、巨木は何本も薙ぎ倒され、ゴンの背丈を優に超えた岩石が破壊されている光景はその場所に隕石が落ちてきたと言われた方が信じてしまうようなものだった。それをやってのけた次兄はそれでも満足せず、未だに強くなろうと貪欲に、それこそ必死に走り続けているのだ。

 

 その兄を目の前にして本音は逃げ出したいと思ってしまうのも仕方がないだろう。

 

 だが、己の心にある本音を肯定しながらも、それだけではない感情が沸き起こっている事実もまた肯定しなければならない。

 

 次兄に己の全てを受け止めてもらいたい、そして成長を認めて欲しいという単純にして健気な想いが確かにゴンの内で生まれ、それが語りかけてくるのだ。それはハンターになれないかもしれないという不安すらも上回るほど強く全身に響き渡り始めている。

 

 故にゴンの口が開かれた時、絶対にハンターになりたいと思うなら有り得ない選択を吐き出してしまのも仕方がない。

 

「オレの全力をポー兄ちゃんに見せつける」

 

 その言葉に表情を引き締めたポックルが再度問いかける。

 

「失敗すると今年はハンターになれないとしても、か?」

「ここまで来て可笑しいかもしれないけど、オレは今ハンターになりたいって想いよりもポー兄ちゃんに認められたいって想いの方が強いんだ。仮にここで逃げ出してハンターになれてもオレ自信がそれを許せそうにない。逆に試験を受けて駄目だったとしても、自分を誇れる気がするよ」

 

 それはゴンの偽りなど微塵も感じさせない強く気高き思いの丈であった。

 

「ゴン、お前……」

 

 僅かに目を見開かせたポックルにゴンは深々と頭を下げる。

 

「だから、本気でお願いします」

 

 次の瞬間、密閉された部屋にも関わらずゴンの頬に風が通り抜ける。その微弱な変化に頭を上げたゴンの目に映ったのは帽子を飛ばし、服や肩まで伸びた髪の毛を不可思議な現象で踊らせるポックルの姿だった。

 

「その返答を聞き届け、これより試験を開始する。そしてこれは可愛い弟の望みを叶える兄の答えだ。お前の全力全開を死ぬ気で向けて来い、今のオレはそれでも動いてやれないぞ?」

 

 ポックルの周りに纏う力の事象をネテロ、ヒソカやギダラクは己の持つ力を瞳に集めて捉えていた。

 

――見た限りでも肉体を強化しておるようじゃが、しかし、何度見ても強化系とは違う不可思議な力じゃ……あやつ、本気で弟を不合格にする気か。

 

 表情を変えないものの、内心でネテロは唸る。

 

――くくっ、ホント彼らはボクの予想を覆すねぇ、ハンター試験を受けに来てなれなくても良いなんて言うのはあの子くらいだ。それと彼、案外家族の情に脆いと思っていたけど、あれは本気だねぇ………ああ、ホントこの家族は美味しそうだ❤

 

 不気味な笑い声を上げるヒソカは一種のショーとも言えるこの行く末を見逃さぬよう熱い視線を送る。

 

――母親を含め、彼らは危険だ……早急に殺さないと……弟が彼らの元に……でも、どうやれば殺せるだろうか…………これがミルキの口癖である詰んだってやつなのかな?

 

 ギダラクはカタカタ言わしながら、詰まれないようにするにはどうするべきか、深く考え始めた。

 

 次にその事象を不可思議なものとして捉えたミト以外の残り組はポックルの起こした奇跡に驚愕するしかない。

 

「おい、どんなトリックを使ってるんだ!?」

「レオリオ、密閉された部屋だ、トリックも何もないだろう。あれは間違いなくゴンの兄が起こした奇跡だ。流石は母親にしてその息子あり、と言ったところだな」

 

 驚きながらもクラピカは驚きもしないで平然と見つめる母親に視線を合わせて言った。

 

「かぁ、あれがオレじゃなくて良かったぜ……」

 

 オレなら辞退するな、という身も蓋も無い言葉を口にしつつ、おどけて見せるハンゾーはそれでも鋭い目でその事象を理解してやろうと頭を働かせていた。

 

「あれ、多分ゴンの母ちゃんも出来るぞ。オレやゴンは近距離であれと同じような力を感じたし、今思えば僅かに服も風に舞っていた気がする」

 

 顔を強張らせながら告げたキルアはそれでもその目を鋭く彼ら兄弟を見据える。内心で渦巻く嫉妬心がそうさせていた。

 

 彼ら兄弟の在り方を羨ましく思うと同時に自分の兄弟ではこのような在り方は有り得ないだろうという事実を突き付けられ、それが『寂しい』と感じる。そのように至ったのはやはり飛行船で仮面を被った彼に撫でられたからだろう。あれは優しさに満たされた一時だったと認めてしまったからこそ、自分の家族が如何にそこから離れた場所にいるかを再認識させた。

 無意識から脱却して意識すればゴンが憎らしく思えるほど自分は温もりに飢えているのだ。

 

「はは、ガキかってぇの」

 

 小さく呟いた言葉はどうやら背後に立っていたミトに聞かれたのか、その荒れ狂う心情を溶かすように頭を優しく撫でられる。

 

「何時か家にいらっしゃい。その時は家族全員で歓迎するわよ」

「……まじ?」

 

 少し気持ちを浮上させて背後を振り返るキルアにミトは提案を上げた。

 

「何なら、島民全員で歓迎してあげましょうか? ゴンの初めて出来た同年代の友達だもの、島の皆も喜んで迎えてくれるわよ?」

「アットホーム過ぎて逆に勘ぐりたくなるほど怖いんですけど!?」

「くじら島は辺境だから娯楽に飢えているの」

「オレは娯楽扱いか!」

「欲と打算を持つのが人間だもの」

「詩人のように言ってるけど、言葉自体は最低だからな!!」

「それにそれくらいの方が歓迎される身としては楽なんじゃないかしら?」

「ごもっとも!」

 

 島全体で垂れ幕などを掲げられ本気で歓迎される場面を想像して、そこに打算が見え隠れしてくれた方が歓迎される身としては気持ちに余裕が持てる。何度も頷くキルアの中ではくじら島訪問は既に決定事項となっていた。

 

 見た目にも気持ちを浮上させるキルアに内心で悶えるミトはそれでも視線は息子達を捉えていた。

 

 そこには今にも全力で飛びかかりそうな勢いのゴンがあった。

 

 

 

 

 目の前に不可思議な力を纏う兄の姿、己の勘が、本能が告げてくる。

 

 不可、不可、不可、兄をその場所から少しでも動かすためのやり方を考えるもそれら全てが勘によって不可能と告げられていく。全力の拳で、撓らせた足で、それこそ全身を使ってでも予想される未来は兄の不動を見せつけられた末の敗北だけだ。今の自分では根本的に馬力が足りていない。それほどに目の前の兄は本気で自分を失格にさせようとしている。

 

 そんな兄の想いを受けてゴンの心情を一言で語るならそれは歓喜だった。

 

――ポー兄ちゃん、ポー兄ちゃん。オレの望みを叶えてくれた最高の兄ちゃん。嬉しい、嬉しいよ。

 

 絶望の状況の中でゴンは笑う。自然に浮かべられたゴンの笑みに対峙するポックルは僅かに驚き、それでこそゴンだと言わんばかりの誇らしげな笑みを返した。

 

――流石オレの弟だ。そんなお前の全力を余すことなく見せてくれ、そしてオレの予想を超えて見せろ。

 

 自分だけに向けられた笑みとその想いに歓喜の気持ちは更に浮上する。

 

――兄ちゃんが期待してくれている……考えろ、考えろ、どうすればポー兄ちゃんを動かせる、敗北の予想を覆せる……応えなきゃ、見せつけなきゃ、この部屋の全てを使ってでも。

 

 そこまで思考を回していた時、とある案が浮上する。視線を少しずらして目の前の兄の背後に向けるとゴンはこの会場までの経路を思い出して即決した。

 

――これしかない、ルールでは反則にならないはず。いや、例え反則でも今のオレにはこれしか応えるすべは無い!!

 

 内心で全ての覚悟を決めるとゴンはただ真っ直ぐ前だけを見据える。

 

「うあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 部屋中に響く雄叫びを上げたゴンはその脚力を地面に叩きつけて駆けだした。動き出したゴンに皆の視線が集中する。

 ポックルもまた不動の構えでもって迎える形を取った。

 

 高いポテンシャルを秘めたゴンの脚力は数秒のうちにポックルの眼前まで肉薄する。誰しもが全力の攻撃を予想した次の瞬間、ゴンは僅かに横に移動してポックルの横を駆け抜けた。

 

「!?」

 

 その場にいた全員が驚愕するも、いち早くその意図に気付いたミトはやはり母親なのだろう。無理やりキルアを引っ張って部屋の扉の前まで瞬時に移動すると扉を開けて上げた。そこまで見せられて、ゴンの作戦に気付いたキルアはミトと同じく観音開きの扉の片方を持って開かせた。

 

 部屋を出る一瞬、扉を開けてくれた二人に視線を合わせて笑みを向けると構造上離宮の部屋に当たるこの場所に繋がった長い直線の廊下を駆け抜けた。やがて本殿に繋がる扉の前まで辿り着くと即座に反転して後は力の限り駆ける。

 

 周りの音を遮断しながら駆ける、駆ける、己の全てを込めて悲鳴を上げる足を叱咤して速度を上げていく。周りの風景など認識する必要など無い、唯只管に目の前のゴールを目指して走るだけ。

 

 再び部屋に飛び込んできた弾丸よりも早いゴンに誰もが息を飲む。全力で対峙する為にポックルは体を反転させて腕を広げる。

 

 ゴンの極めて狭くなった視界に兄の胸元が映し出されると遅れて脳から信号のように命令が下された。それに従い低く、そして鋭利な刃物を突き付ける様なイメージで飛翔した。

 

「飛んだ!?」

「低すぎる、あれでは頭から突っ込むぞ!?」

 

 誰かが驚愕の声を上げるのに扉の前で見守っていたミトは内心で否を唱えた。

 

 あれこそがゴンの全力全開の一撃にして上の二人の兄が驚異に感じていた岩すらも砕く頭突きである。

 

 今より幼かったゴンが遊びの延長で無邪気にも放ったその頭突きはまだ修行半ばだったポックルを昏睡させるほどの衝撃を与えたという事実はフリークス家で今も語り草となっている。そしてそれは留まることを知らず、実際確かめてみたいと思った長兄すらもその衝撃に悶絶させてしまう。後に悶絶から立ち直った長兄は「あの時ほど女に生まれたかったと思ったことは無いよ」と哀愁漂う表情で語っていた。

 ちなみにその時は丁度身長の加減で当たり所が下半身だったことが禁忌と呼ばれている一つの所以である。以降もう一つの理由も合わせて二重の禁忌と称され、兄弟内では禁止された。

 

 その禁忌が今解放され、ポックルに迫ろうとしている。過去を思い出したのだろう、その表情は母親のミトに気づく程度だが引き攣っていた。

 

 しかし、そこは兄としての威厳を保つため頑として動かず全面で受け止める姿勢を崩さない。驚異のスピードで迫るゴンの軌道はやはり狙っていたかのようにポックルの下半身辺りで定まっていた。

 

 

 刹那、対人衝突の音とは思えない轟音が響き渡った。

 

 

 衝撃の凄さから力の作用反作用が拮抗して数秒そのままの状態を維持するような形を取るもやがてその拮抗は終わりを告げる。ポックルの下半身に飛び込んだ直立姿勢のまま、ゴンは受け身も取らず、床に落ちていった。

 

 

 静寂に包まれた会場でポックルは試験結果を告げる。

 

 

「……ご、合格だ」

 

 震えた声や涙交じりの表情がその威力を物語っていた。

 

「何度と喰らっても容赦ない一撃だ、オレは今性別を変えたいと思っている」

 

 傍から見ればポックルは移動していないように見える。しかし、その足元の地面に敷き詰められた大理石は僅かに抉れ、距離にすれば三ミリほど動かされたポックルの脚が合格の事実を告げていた。

 

 歓声に沸く会場に、けれど合格した本人の声は全くと言っていいほど響いていない。

この技は確かに脅威の衝撃を主な個所―――下半身に与えるが、その反動も凄まじく喰らわせた本人すら失神させてしまうのは正に諸刃の剣の如し、これがもう一つの禁忌と言われる所以で過保護な兄達が禁止にするのも仕方が無いことだ。

 

 それでも軽い脳震盪で済ませてしまうゴンは肉体的な意味でも才能に溢れた弟なのだろう。運営スタッフによって医務室に運ばれていく弟の姿を見つめながらポックルは己のように誇らしげな感想を抱き、サプライズ試験を終了させた。

 

 

 ゴン・フリークスは第三試合に置いて合格を見事勝ち取り、晴れてハンターの仲間入りを果たすのだった。

 




 副題はカッコイイハンゾーさんにここで少しだけ会えました、でしょうか。

 それでは次回の投稿で。

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