シンデレラ殺しの魔法使い   作:ウィルソン・フィリップス

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私の家では何も起こらない

 気持ちのよい朝は、一杯のコーヒーからはじまる。

 

 

 寝ぼけ眼でベッドから起き上がると一階におりる。まずはやかんを火にかけてお湯をわかす間に身支度をする。準備が整ったら冷蔵庫から食パンやらジャムをだして、それからインスタントのコーヒーをつくる。砂糖もミルクも入っていないし、別に美味しくもないが部屋中に香るコーヒーの臭いが心地よい。そうしたらTVもつけて朝食の開始だ。

 

 まあ、高校生の一人暮らしとしてはマシだろう。

 金はあるとは言え、面倒臭さと一人暮らしが露骨にバレるのを避けて外食は控えてきたが、まあこれはこれでよいか。

 テレビから聞こえる、聞いたこともない名前の内閣の不祥事をBGMに珈琲をすするのも趣があって良い気がする。

 

 

「金があることは良き哉、ってか」

 

 

 あまり考えないようにしている『家のお金』がある押入れに視線を向けそうになるのを、意識的に抑えた。

 

 そう、幸いにも家には金があった。

 しかもそれは銀行から引き下ろしてきたようなピン札ではない。いわゆる汚いお金と言うやつだ。非合法な金をいれていたそれらしく、押し入れの中の『旅行鞄』はまるで何年も雨風に晒されたように劣化している。

 

 『旅行鞄』と『現金』という、やたらと覚えのある組み合わせにめまいが起こりそうになる。それは確かに『ビルの隙間』にあったはずのものではなかったのか。なぜそれがこの家の押入れにあるのだ。

 分からない。

 願わくば、ハサミで手首を掻っ切ったり、玄関でトラックにはねられるようなことがないことを祈るのみだ。私からこの現金を奪われたら、本当に生きる方法がなくなる。

 

 ぶどうヶ丘高校の二年生この『ツジアヤ』は、現在正真正銘、M県S市杜王町のとある住宅街の一軒家で、真の意味で『一人で』暮らしていた。

 

 この私以外誰もいない家を眺める。

残っていた物、家の規模、家具の配置からして、三人家族。中流階級だ。サラリーマンと、近くのスーパーでパートもしている専業主婦、そして高校生の娘が一人いたようだった。

 そして突然どこからか湧き出た縁も所縁もない私には、勿論この家の記憶がない。というか、この『ツジアヤ』がこの家に住んでいたという証拠が、本物かどうかも怪しい学生証くらいしかなかった。

 

 初めてこの世界で意識を持った時にあった、所持品中には、学生証はあっても身分を保証できる健康保険証すらなかった。というよりも、まだこの時代健康保険証はカードになっていない。身分証がないせいで住民票を確認することすらできないが、ほぼ確実にこの『ツジアヤ』には戸籍もない。そして学生証に記されている、この家の住所も存在していないだろう。

 

 

 なんせここは、『少女の幽霊に会える小道』の区画にある家なのだから。

 

 

 最初に学生証に書かれた住所を頼りにここに来たときは怖気が走ったものである。

 まるで誰かが、急造の人間をこの街にいることに、無理やり辻褄をあわせたようなのだ。高校の月謝も調べたらどこぞの口座から振り込まれているし、調べようにも身分証がなくて銀行に問い合わせることすらできない。

 生き残れたら絶対にSPW財団に保護してもらおうと決意を新たにする。

 

 さて、朝食を片付けたらさっさと戸締まりをして家を出る。

 ちょこちょこと、以前漫画でよんだドアにメモを挟んだり、シャーペンの芯をおいてみたりすることも忘れてない。私が日中学校に行ってしまったら、誰もいなくなる区画である。戸締まりなどあってないようなものなので、こうして人がはいったか否かが分かる仕掛けなどを家中に施していた。

 こうして三人暮らしの家を、いや精確には三人と犬一匹が住んでいただろう、『杉本』家をでる。

 

 

 

 

 

 ※  ※  ※  ※  ※

 

 

 

 

 

 朝の教室に入ればここ仲良くなった女子生徒が挨拶をしてくれる。

 

「アヤおっはー」

「おっはー」

 

 ある意味時代を先取りした挨拶をしてくれる彼女にはいつも感謝している。

 

「ねえ、きいてよアヤー朝からとーっても怖かったんだからー」

「どうした、幽霊でもみた?」

「違う違う、もっと身近なく怖いやつ。わたし定禅寺のほうから通っているじゃない?」

「痴漢とか?」

「ちがうって、朝遅刻しそうになって走ってたらうっかり滅茶苦茶こわーいヤンキーにぶつかっちゃったんだよね。しかもヤンキー、飲んでた缶コーヒーこぼしちゃうし」

 東方家があるほうだ。多分東方仗助だろう。

 

「そうしてるってことは無事だったんでしょう。意外と優しかったりして」

「クリーニング代を請求しないという意味では優しいんでしょうね。金かかってそうな改造学ランだったし」

「馬鹿っぽいリーゼントだったんでしょ」

「馬鹿? そんなんじゃないわよ。あれはまじヤバイ系。冷酷ッ、て感じだったもん。しかも頭なんか金金なのよ?」

ん。

 

「………金髪? へえ、珍しいね。ピアスとかも空いてたり?」

「そうッ! でっかい矢印みたいな奴でさ。まあ、ちょっとかっこよかったけど」

「うちの学校にそんな奴いなかったよね」

「どうかな。慌てて必死に謝ったら、うるせえ洗えばいい、なんて言って帰っちゃったわ」

「そう」

 

 こう、彼女はスタンド使いかというくらいに引きがよいやつなのだ。感謝してもしきれない。

 今確実に矢を持っているだろう男は、この街にすでにいることがわかった。サバイバル中に情報がもらえるのは本当にありがたい。

 

「いい情報ありがとう。今度アイスおごるわ」

「はっ、なんで? あんたそういうのタイプなの?」

「そこまで趣味が悪くはないよ。 不由美も近づかないようにね」

 そいつは人殺しだ。

「今日はちょっとバッくれるわ」

 

 

 

 

 

 ※  ※  ※  ※  ※

 

 

 

 

 

「さてと」

 

 

 スケッチを抱えてまだ授業中の校舎をでる。カバンには幸いにも、広瀬康一との接触用に漫画家からもらっておいた画集がある。家に帰らず虹村の家に直行ができる。

 

 ボロい売り出し中の屋敷、東方家の近くということで探せば、虹村の家をみつけるのはすぐだった。興信所にも調べておいたのだが、あの形兆という男、厄介なことに学校に通っていないのである。たまに学校に登校する気配を見せては、定期的に不良のたまり場をうろつく億泰のほうがまだましだった。

 

 高校に行く必要がないと思っているのか、高校なんぞは大学入学資格検定で十分で、しかも大学を狙える頭があるということだろう。恐らくはどっちもだ。あの形兆という男が一時の感情で学校に行かないわけがない。そして父を殺す方法に血道をあげる、弟想いの男が二人を養う方法もなく生きるとは思えない。

 私が形兆だったら、将来長期的に父を殺す方法を探すことを考えて一定以上の合法的に金を稼げる方法を考えるはずだ。

 

 犯罪で一時的に金を稼ぐのはいいが、それが一生となったら話は別だ。金は足がつく。一定額以上を定期的にとれるとしたら、それは共犯者、もしくは組織が必要になり、不必要な関係性は弱みになりうる。それはスタンドを使っても同じだ。

 

 それにあの男は、自分の人生を始めることを渇望していた。

 スタンドを使って秘密裏に殺人を犯すこととは別に、犯罪歴が残り、自分の人生をそれこそ決定的に父親のせいで仕事すら選べなくなるということを許せるだろうか? 答えは否だ。

 

 話が脱線した。

 まあともかく、まるで形兆の行動パターンがつかめず、かと言って見張りを雇うにも、スタンドという見えない目は一般人には難易度が高すぎて困っていたのだ。

 虹村形兆と東方仗助が戦う場面に遭遇するようするしかないと思い、ここ数日広瀬康一と東方仗助が一緒に帰るのを待ち構えて尾行する、なんてストーカー地味たことをしていた。

 弓と矢の居場所が確実にわかり、しかもクレイジーダイヤモンドの治療という保険付き、という好条件は音石に奪われる前のあの場面しかない。それ以降は敵に回せば一番厄介な男、空条承太郎が出張ってくる。

 

 空条承太郎が素性の怪しい、未来が見えるらしい、スタンド使いになり女を矢に近づけるか? 時間を止められる男相手に、自信のない演技やら駆け引きなんぞしたくはない。

 

 しかし、あの形兆が確実に家にいるとわかり、そして尚且つ今が平日の日中というのなら話は別だ。

 虹村兄弟、東方仗助、広瀬康一との接触なんて、人為的に引き起こせばいいのだ。

 例えば予め虹村形兆に、「アンジェロを殺した東方仗助、DIOを殺した男の血縁者をつれていく」なんて伝えておけば楽勝だ。

 やっと運が向いてきた。




ビルの間にある、現金の詰まった旅行鞄については乙一さんが書かれたスピンオフ『The Book』をぜひ読んで頂きたいです。

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