シンデレラ殺しの魔法使い   作:ウィルソン・フィリップス

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 結局、岸辺露伴は天国への扉を使って、私の記憶のなかにあった漫画の知識を忘れるという文言を書き加える事となった。

 

「意外にも緩い制約だな。二度と本にしないとか、そういう文言でなくていいのか?」

「それ以上は逆に私にとって不利になる可能性がある」

時速70キロで吹き飛ぶ、なんて書き込む事態にならないとも限らない。

「ふーん、君がいいならいいさ」

 瞬間、岸辺露伴は右手を自分の左腕にかざした。

 いや、そうではない。よく見ると「本にして読んだ、この世に存在しない漫画の知識を忘れる」と書いてある。思い切りが良いというか、本当に目にも留まらぬスピードで書いて見せた。

 

「……それで結局、あのテラスに座っていた目的は何なんだい? まさか、僕に会うためというわけでもないだろう?」

「あー」

 都合良くそこに関しても忘れてはしないらしい。確かにそれは『あの漫画』に関する知識ではない。

 

「目的は2つある」

 だが別にそこに関して隠そうとは考えない。寧ろ今目的を告げることは、チャンスだと考えていた。

 

「1つは私を殺す殺人鬼を探すこと」

「この先の未来で君は死ぬのか。しかしそれこそ、その漫画にヒント位なんていくらでもあるだろう?」

「何でも詳細に覚えてるわけじゃない。だが問題は、その殺人鬼に会えるか否かではないんだ。これは目的の2つ目にも密接に関わっている」

 

 

「2つ目の目的は、スタンド使いになる事だ」

 

「はあ?」

 

 

 完全に予想外だったのだろう。驚愕で岸辺露伴は目を見開いた。

 

「君は、スタンドが見えない一般人、なのか?」

「そうだよ」

 

 

 そんな事を言ったつもりはない。さも、使えるかのごとく岸辺さんと渡り合ってはいたが、正真正銘このツジアヤちゃんはスタンドは使いではない。恐らくは使えないどころか見えもしないのだろう。こんな状況でレッド・ホット・チリペッパーに遭遇してみろ。軽く死ねる。

 殺人鬼のスタンドに襲われて避けることも出来ない今の状況で、殺人鬼に会いたいと思うか? 答えはNOだ。

 スタンドが使えないという事はスタンド使いに引き寄せられる事はないというメリットもあるが、だからと言って身の安全を信じられるほどお気楽ではない。

 

 きっと私は殺人鬼に出会う。

 何も根拠はないが、確信があった。

 

 そのタイミングはもしかしたら、殺人鬼が顔を変えて逃亡する目的に殺すのではなく、本当に殺人目的かも知れない。そうでなくても、殺される直前になってその能力に目覚めるかもしれない。

 だがいずれにしてもその時が訪れたなら、養豚場の豚みたいにただ殺されるのに怯え、泣き喚きたくはない。死の恐怖に哀れに逃げ惑うなど、二度とするつもりはないのだ。

 

 故に私はスタンド使いになる。

 いな、なるしかない。

 

「という事は、スタンド使いになる手段があるという事なんだな?」

「先日手に傷のある男に不思議なエピソードを聞いてね、……彼は街を歩いていたら何故か矢に射られたと言うんだ」

「……おい、それは僕の射られた、あの矢の事を言っているのか?! あの矢の持ち主を知っているというのか?!」

「持ち主は知っている。だが奴は街を歩く人間をスタンド使いにするために所構わず矢を刺して回っているような男だぜ。そんなやつに『ちょいと貸して下さいね』と言って素直に貸してくれると思うか?」

「どういう人間なのかも調べがついているのか」

「まあね。中々危険なやつだ、そのためには適切なタイミングと、適切なキャスティングが必要だった」

「そのタイミングを、あの場所で探っていたと?」

「然り」

 

 『辻彩』たる私には、「シンデレラ」のスタンド能力が芽生えているはずだった。

 しかし今まで、うんともすんとも言っいない。定期的にイタリア料理店に赴いては見ているが、動くトマトは視界のかけらにチラリとも映ったことはなかった。このままでは丸腰の状態で殺人鬼とご対面というハードな未来を迎えてしまう。

 こうも時期が迫っているのに、矢に射られる気配がないということは、つまりは本当の『辻彩』は矢に射られたことがなかったと結論付けるしかなかった。

 スタンド「シンデレラ」は『辻彩』の技術の研鑽によって発現したものであり、つまりこのままでは、私はスタンドが芽生える可能性は一生ないということになる。

 

 自然に生み出す才覚がないとしても、スタンド使いになる素養がないとは限らない。

 残ったのは『矢』に射られて発現するという可能性だが、私が覚えている矢の持ち主『虹村形兆』は、ちょっと刺すなんて面倒なことはせず全力で喉笛を射抜いてくるサイコ野郎なのである。なんのリスクヘッジも無しに矢を貸してくれなんて交渉はしない。下手したら、出血多量でお陀仏なのだ。

 だからこそ私はあのカフェテラスで、『虹村形兆』と相対しても生存しうる人物、例えば『東方仗助』、『空条承太郎』、そして『岸辺露伴』とのコネクションを求めたのである。

 漫画家の協力が、私には必要だった。

 

「岸辺さん、あなたの持つそのスタンド、『天国への扉』は明らかに自分の心象風景、もしくは心理の底に深く根付いているのがわかるか?」

「まあ、このスタンドは僕の願望の体現だしね」

「私には、願望というより、他人を自分の作品への材料としてとらえている貴方の無関心さを感じるがな」

 

 人の体験を得るのは、本でなくてもいい。例えば催眠術とか、それこそ写真にする、というのでも良かったはずなのだ。

 それなのに岸辺露伴という漫画家は、人間を『本』にするという力を発現した。

 リアルという意味では、文字情報という情報形式は、映像などに比べたら圧倒的に量が少なく臨場感からは程遠い。だが岸辺露伴は絵をかくうえで一番必要そうな「視覚情報」ではなく、「文字情報」を必要とした。それはつまり他人の声も時間も彼には不要な存在ということではないのだろうか。

 だからこそ『天国への扉』という器は、物を言わぬ、自分にとって不必要な情報は読み飛ばすことで短縮可能な『本』という形態をとったのだろう。

 

「……」

 岸辺露伴は話さない。

「……話が逸れたな。まあ、問題はそんなことじゃない。この「スタンド」というものは、普段は頭蓋の中に隠された、ケツの穴を見せるより恥ずかしい、人間の中身を外に露出させるということだ。しかもそいつは発現した者同士、社会の少数の人間にしか見れないという愉快な法則も持つ」

 

 背中を絶対に見せない、なんていう登場人物がいただろう。たしかチープ・トリックだったか。あれなんて戸締まりが気になって何度も戻る確認強迫に似ている。背後を確認したくなる、他人にどう見られているか怖くなるそういう心理に非常に近い。

 

 すこし翡翠の目が細まった。

「下手な心理テストより、より人間の本質にせまっている。そしてそんな愉快な人間解体ショーを、本を通してでなく、最前列で見せることができる」

「……まだいるのか? スタンド使いが、あの矢の男以外にも」

「いるね。この街にはたくさんいるよ。いい奴も悪い奴も、赤ん坊から老人まで」

「漫画の材料と引き換えに、僕の能力を当てにするつもりか? だったら……」

「そんな厚かましくはないさ。貴方がするのはたったひとつ、一筆ペンを走らせることだけ。たったそれだけで素晴らしい資料を貴方は手に入れる」

「……言ってみろ」


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