ルピナスの花   作:良樹ススム

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今回はいつもより少し長いです。


第九話 楽しむ心

 

 お祭り。それは学生にとって、おこづかいをもらえる日であり、大切な人と楽しい時間を過ごす日であり、寂しい人が花火に黄昏る日である。

 なぜ突然こんなことを言い出したか、それはもちろん……。

 

「ねえねえ、真生くん! 東郷さん! 今日は楽しみだね、お祭り!」

 

 友奈が言っているように、今日が夏祭りの日だからだ。

 現在は、俺と東郷、そして友奈の三人で行動していた。勇者部としての活動も今日は休止している。風いわく

 

「せっかくのお祭りなんだし楽しまなきゃ損でしょ!」

 

 とのこと。

 そういうわけで俺達は、神社へと向かっていた。勇者部のメンバーで神社の前で集合することが決まっているのだ。犬吠埼妹も友達と来るらしい。その辺で鉢合わせるかもしれないな。もうすでに学校は終わり、周りも暗くなってきていた。日はまだ沈んではいないが、時間の問題だろう。

 

 さて、俺達はそれぞれ家に帰った後、また友奈の家の前で集まった訳だが、友奈と東郷はまたなかなか気合の入った格好をしていた。夏祭りと聞いた勘のいいものならもうわかるだろう。すなわち浴衣である。友奈達は元々普通の動きやすい格好で来るつもりだったらしいが、親に言われ着せられたらしい。親いわく、

 

「男の子と一緒に夏祭りに出掛けるのに、浴衣の一つも着ないとは何事か」

 

 らしい。友奈の親はこのようなときに備え、先に浴衣を買っておいたみたいだ。用意周到なことで。東郷の場合も同様である。

 間単にではあるが、解説をしておこう。

 

 友奈は、桜色に近い白色をした浴衣で、体の各部に桜の花が描かれている。普段は元気っ子なイメージの友奈だが、薄く化粧もさせられたようで、おとなしくしていれば薄幸の美少女に見えないこともないだろう。

 

 次に東郷だが、彼女らしく水色に近い白色に染まった浴衣だ。友奈と同様に体の各部にアサガオが描かれている。そしてでかい、何とは言わないがでかい。

 

 それはともかく、そんな彼女達も世でいう美少女である。そんな二人と行動を共にしているとわかることがある。とても視線が突き刺さってくる。主に独り身とおぼしき男から。端から見れば、両手に花というやつだろうか。東郷も友奈も右隣りだが。

 そんな二人に比べ、俺はかなり普通の格好である。フードのついた半袖の服に、紺のジーパンである。

 そんなことはどうでもいいだろう。神社まではまだ少し距離がある。会話でもしながら気を紛らわせるとしよう。

 

「今日は風先輩と合流してから屋台を回るんだから、いまテンションをあげてもしょうがないぞ、友奈」

 

「今のうちにテンションをあげておいたら、もっとお祭りを楽しめそうな気がするもん」

 

 着飾った状態での彼女の笑顔は、普段と変わらない可憐さながらも、魅力に溢れていた。思わず見惚れそうになるが、気合いで押さえる。いつも見ている笑顔だ。騙されてはいけない。

 友奈は少し不思議そうにこちらを見ていたが、今は祭りの方が優先なのか気にしないことにしたようだ。しかし、友奈は騙せていてももう片方を騙せているわけが無かった。もう片方こと、東郷は友奈の手を離れ俺へと近づくと、俺の耳へと顔を近づかせド直球に聞いてきた。

 

「友奈ちゃんに見惚れそうだったでしょう? 結構バレバレよ?」

 

 それはお前だけだと言い返してやりたいが、きっと俺たちに視線を向けていた男たちも東郷と同じ意見を述べるだろう。奴らもまた、友奈に見惚れていただろうからだ。東郷相手だとやはりどこかやり辛い。祭りとか言うとあの日も同時に思い出すからだ。

 そんなことを思ってる間に友奈は東郷と俺が近くに居る事によってハブられたと感じたのか、俺たちのほうへ近づいてきてまた東郷の車イスを支える。変な空気になりかけていたのでこの友奈の行動は助かった。こうしてまた普通の他愛の無い会話が始まる。

 

 屋台に行ったら何を食べるかだの、何を遊ぶかだの、正直殆ど俺たちは聞き役に徹していたといってもいい。友奈はそれほどまでにこの祭りが楽しみだったと知った俺と東郷は、当然の如くこの子にとっての最高の思い出にしてやろうと協力をする事を即座に決定した。

 友奈は何かと俺たちに気を使ってくることがある。風邪を引いたときや今のように、全身で喜びを表現しながら全力で甘えてくる方が珍しいのだ。彼女は案外気配りが上手なのである。だからこそ、こんなときにはこちらも全力で甘えてくる友奈を全力で甘やかすと決めているのだ。よっぽど夏祭りが待ちきれないのだろう。もう少しで集合場所に着く今の状態でも、未だに話し続けているほどにだ。風と合流する事ができたら、皆で友奈を甘やかしながらこちらもとことん一年に一度しかない夏祭りを楽しむとしよう。

 

 そうこうしている内に神社の前に到着したようだ。風の姿はまだ無い、約束した時間まではもう少しあるが何に手間取っているのだろうか。しかし、やはり周りは文字通りお祭り騒ぎだ。人がたくさん居てはぐれたりしたらもう二度と帰ってこれないような気がしてくる。また風が来るまで暇なので、しばし談笑でもしようかと思っていると、近くから声をかけられた。

 

「よう、草薙じゃないか。あの一件以来だな」

 

 声をかけてきた人物は山野だった。あの一件とは今彼と手をつないでいる沢口との一件だろう。もうすっかりラブラブのようだ。人の愛情なんてものは得たいが知れないので少し苦手だ。友情などはまだ分かる。しかし恋愛感情とは何なのか。……ラブコメに生きているような山野の前で思うような事ではなかったな。

 

「久しぶり、山野。学校でもあまり見かけなかったが、いつも彼女の教室まで通っていたのか?」

 

「ああ。せっかくお前たちのお陰で両思いってことが分かって付き合うことが出来たんだ。もう遠慮する理由もないし、彼女のところへは毎日通っているよ。もう彼女の家の人とも知り合いになってな。家族ぐるみの付き合いになるかもしれないんだが、それがまた嬉しいんだ。なんか親公認みたいでいいじゃん?」

 

 本当にとんとん拍子でこいつらは話が進むな。付き合って数ヶ月で親公認って何だよ、はええよ。ラブコメって言うかもうこいつらが結ばれるのは運命として定められているんじゃないか? ……さすがにそれは言い過ぎか。それはともかく。

 

「ところで何か用か? 俺たちは一応人を待っているんだが……」

 

「たまたまとはいえ見かけたからついな。ていうかお前男一人か? ハーレムか何かでも……いややっぱりなんでもない」

 

 こいつ絶対ハーレムか何かでも作る気なのかと問おうとしたな。さすがに恩人にそれは失礼かと感じて、ごまかすのは構わないがもうほとんどいっている状態で止めたら遅すぎるだろうに。全く……。

 とそのとき、後ろから凄い勢いで何かがぶつかってくる。今も背中に乗られているが、こいつはもうあの人で間違いないだろう。

 

「俺以外が相手ならもう少し慎みを持つでしょうに。遠慮……いや親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないんですか、風先輩」

 

「アンタ相手なら遠慮も礼儀も要らないってわかってるからね~、アタシは。ところでどう? 一応浴衣着てきたんだけど」

 

「見えねえよ」

 

 後ろからぶつかってきたのはやはり風だった。わざわざ神社を後ろから回りこんで、なおかつ誰にもばれないように俺への突撃を実行するとは……。というか背中にずっと乗っかられているとさすがにきつい。人並みの体重はある以上、どれだけ痩せていても重さはあるわけで。

 

「重いからどいてくださいよ。早くしないと仕返しが段々グレートアップしていきますよ?」

 

「重いと言うな! ていうか仕返しはする気満々なの!? 酷くない!?」

 

「酷くはありませんよ。むしろ優しい方です。というか優しい仕返しであるうちにどいた方が身のためですけど?」

 

「了解しました~」

 

 さすがに俺の仕返しは怖かったのか両手を上げて舌を出しながらどいてくれた風先輩の姿を改めてみてみる。

 彼女自身が言っていた通り、浴衣を着ているようだ。友奈たちと違い紫色の浴衣だ。体の各部には友奈たちと同じようにオキザリスの花が描かれている。しかし、突撃する際邪魔だったのか、腕のあたりをまくっていた。俺がじーっと見ているとさすがにこっ恥ずかしくなったのか。少し頬を赤らめて、腕の辺りも元に戻していた。視線を山野に移してみると、彼は驚愕した顔でこちらを見ていた。

 

「一人増えた……だと……!?」

 

 声に出てる、声に出てる。またハーレムだの何だのの妄想をしているようだ。そんな事実は存在しないというのに。それとそろそろ沢口の様子が変わってきたぞ。早く気付いてやれ。そんな山野はほうっておき、ようやっと勇者部がそろったようだ。これでやっと屋台を回ることができる。そう思っていると風が話しかけてくる。

 

「そうそう、後で樹も合流するらしいからそのつもりでいてね~」

 

 犬吠埼妹も途中で友達と別れ、俺たちと合流するらしい。それを了承し、ウズウズしている友奈のためにもそろそろ出発しようと思う。

 

「それじゃ早くいきましょう、風先輩!」

 

「そうね、よっしゃそれじゃいっちょ出発しようか!」

 

 みんなでおおー! と言いながら俺達は人と屋台の集まる通りへと歩いていった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 さて、屋台だらけの通りに来たわけだが、どれから行こうか。まずは軽く腹でも満たした方がいいかな。

 

「まずはなにか食べませんか? 遊戯系の屋台はその後でゆっくりとってことで」

 

「そうね~。それはいいんだけどこれだけあると迷うわね~。どこのを食べようかしら?」

 

 風は真剣な表情で屋台を吟味している。やはり大食いなだけあって風は食に対して、何かしらのこだわりがあるのだろうか。風はどこの店に入るか決めたようで、とうとう前を向いた。そして、向きを定めると一直線に歩き始める。あわてて後を追う俺たち。

 風はまずは、焼きそばから食べるようだ。俺はさっさと風の前に行き、5人分の焼きそばを注文し、金を店主に渡す。店主はぶっきらぼうだがなかなかに焼きそばはおいしそうだ。目を丸くしている風と目を輝かせている友奈といつもどおりの東郷に焼きそばを渡す。そのとき風が俺に問いかけてきた。

 

「……真生、あんたこれから行く店全部の分の金払うつもりなの?」

 

「いや、食べ物に関してだけですよ。必要とあらばやぶさかではないですけど、とりあえずは食べ物系の屋台の金だけは全部払うつもりです」

 

 何故だか驚きながらも感心する風。男が女の分の金を払うのは当然の義務だと聞いたんだが、何か間違っていたんだろうか。もう既に焼きそばを食べ始めている友奈と東郷に続いて俺と風も食べ始める。もちろん、いただきますの言葉と食材への感謝は忘れずに。俺は比較的に食べ終わるのは早い方で勇者部メンバーの中では一番早いと自負している。今回も一番早くに食べ終わり残りのメンバーの食べてる姿を見守ろうと思う。たまに友奈の口元に食べかすが付く事もあるが、その辺りは東郷が上手い具合にサポートしていた。風は俺が買った二人分の焼きそばを一人でがつがつと食べている。まだ屋台はあるのに焼きそばだけでも既に二人分食べているのだから、きっと夏祭りが終わる頃には満腹になっていることだろう。

 

 友奈達も焼きそばを食べ終わり、次の屋台へと移動する。次はたこ焼きを食べるようだ。同じように金を払いたこ焼きをもらう。熱々のようできっと食べたら地獄のような熱さが口の中を支配するだろう。友奈は初めから冷ましてから食べていたが、風はそのまま口のなかに突っ込んで痛い目を見たらしい。これがネタのつもりなのか、本気でやったのか分かりにくすぎるのでツッコミはしない方向でいく。

 その他にもいくつかの屋台を回っていると、珍しい人に出会った。

 

「おや? 草薙君ですか。こんなところで出会うとは思いませんでしたね」

 

 彼は加藤さん。讃州中学の用務員でたまに朝に会って挨拶をする程度の仲だ。もうかなりの年齢で、そろそろ六十になるとか。

 

「加藤さんは、今日は一人なんですか?」

 

「いえ、孫と来ていますよ。今はお友だちと一緒に遊んでいますがね」

 

 孫、加藤さんの年齢だといてもおかしくはないだろう。いくつだろうと考えてみるが、特に気にすることでもないことに気づき、思考を放棄した。と、そこで今更ながら気づいた。友奈達がいない。俺は迷子になったようだ。

 

「……どうやら君を除いた勇者部の面々は人の波にのまれてしまったようだね」

 

 無言で頷く。彼はそのまま言葉を繋げる。

 

「このままここにいれば場合によっては戻ってくる可能性がありますが、どうします?」

 

「まあ、念のためケータイを持ってるので、いざとなったら連絡できますけど。一応移動しますよ。あっちには東郷がいるから人の波を移動するのには適していませんし」

 

 俺がそういうと、加藤さんは考えるようなしぐさをした。そして、俺に視線を合わせると、こういった。

 

「犬吠埼樹さんは知っていますよね? 確か犬吠埼風さんの妹だと伺っています。後で勇者部の面々と合流するつもりと聞いているので、先に彼女と合流したらどうでしょう?」

 

「彼女の事を知っているんですか?」

 

「ええ、孫のお友だちですから。よく話していますよ。樹さんのお姉さんの友達はとってもいい人だと聞いたから会ってみたい、とせがまれました」

 

 とても嬉しそうに笑う加藤さんに俺は驚いた。犬吠埼妹は俺たちのことを友達に話していたのか。しかもとても好意的に。仲良くなれていることが実感できて嬉しくなっていると、加藤さんはケータイを取り出して、少し通話をしてまた切った。短い間に孫とやらと連絡しあったようだ。もう少しで来るらしい。とりあえず勇者部の方に心配はいらないという旨の連絡をしていると、聞き覚えのない声が俺、いや加藤さんに掛けられた。

 

「おじーちゃんみっけ! ほら樹ちゃん早く早く~」

 

「待ってよ、(あきら)ちゃん。早いよ~」

 

 明と呼ばれた少女がこちらに駆けてくる。続いてもう一人の少女、犬吠埼樹も遅れながらもこちらに向かってくる。明は加藤さんのことをおじーちゃんと呼んでいた。犬吠埼妹も連れているし、彼女が加藤さんの孫なのだろう。彼女は加藤さんの方を見てから、隣に居た俺の方にも目を向けた。すると、その大きな目をより大きく開けて呟いた。

 

「……かっこいい」

 

「明ちゃん? ええ!? なんで真生さんがここに!?」

 

 明の反応にも困ったが、樹の反応にも俺は困るしかなかった。ジト目を加藤さんに向けると、笑いながらネタ晴らしをしてくる。

 

「いやあ、孫に君のことを伝えずに呼んだらどんな反応をするのか気になってね」

 

「そのせいで犬吠埼にも伝わってないじゃないですか」

 

「ははは、ごめんね。悪気は無かったんだ。許してくれ」

 

 俺はこのご老体の悪戯にため息をつくほか無かった。明は俺たちの会話を聞いて俺を加藤さんの知り合いだと確信したのか自己紹介をしてきた。

 

「初めまして! 加藤明です! 趣味は編み物、彼氏募集中です!」

 

「な、なに言ってるの!? 明ちゃん!?」

 

 苦笑をしながら彼女の自己紹介を聞き終えると、とりあえずこちらも自己紹介をする事にした。犬吠埼妹にしたような自己紹介を終えると、犬吠埼妹の方に向き直る。

 

「犬吠埼、君の方の用事はもういいのか? 加藤さんに一応呼んでもらったけど、まだ遊びたければ遊んでいてもいいけど……」

 

「大丈夫です。びっくりしましたけど、ちょうど明ちゃんもおじいさんに呼ばれたからそろそろ帰るって言ってましたから」

 

「草薙さんが居るなら前言撤回したい気分だけど、そっちもなにか用があるみたいだし。いい女な私は空気を呼んで帰ります! はい、行くよおじーちゃん!」

 

「はいはい、それじゃあまた会おう草薙君」

 

「はい、また学校で」

 

 ぐいぐいと加藤さんの手を引っ張っていく明にどこか風に似たものを感じながら、犬吠埼妹の方へ向き直る。犬吠崎妹はもう準備が出来ているようだ。さっきはあまり見ていなかったが彼女もまた浴衣である。黄緑色へと近づけてある白色の浴衣に、体の各部に友奈たちと同じように花が描かれている。あれは……鳴子百合だろうか。この浴衣をよく見つけたな、鳴子百合はあまりこういうものには使われないと思っていたんだが……。とりあえず言う事としては。

 

「浴衣、よく似合ってるな」

 

「え……。あ、ありがとうございます……」

 

 気恥ずかしいのか、顔を赤くしてお礼を言ってくる犬吠埼妹。そういう反応されると俺の方まで恥ずかしくなってくるが、そこは気合で抑える。

 

「とりあえず回ろうか、犬吠崎」

 

「はい。……あの、真生さん。名前で呼んでください。私も真生さんに名前で呼んで欲しいんです!」

 

 犬吠崎妹……いや、樹か。彼女が完全に慣れるにはもう少し時間が居ると思っていたが、これははいい誤算だ。彼女の方からこんなにも真剣に名前で呼んで欲しいといってもらえるとは思っても見なかった。嬉しいものだな、あちらのほうからも仲良くして欲しいという意思が感じられるのは。

 

「ああ、じゃあ次からは名前で呼ばせてもらうよ。改めてよろしく、樹」

 

「はい!」

 

 さて、樹と更に仲を深めたところで夏祭りへ戻ろうか。樹の手をとり、人ごみの中を進んでいく。そういえばどこに行きたいのか聞いていなかった。

 

「樹、どこに行きたい?」

 

「……それじゃあ、水風船が欲しいです!」

 

「了解した。あっちの方であってるな?」

 

「あってます!」

 

 樹の希望を聞いて、寄り道など一切考えずに水風船の屋台へと向かう。しかし、樹の履物がサンダルであった事を思い出し、スピードを緩める。無事に水風船を買い、その辺をフラフラしていると、金魚の姿が見えた。

 

「金魚……か」

 

「真生さん、金魚が欲しいんですか?」

 

「ああ、ちょっと友人へのプレゼントにな」

 

「プレゼントに金魚……?」

 

 樹に不思議そうな顔をされてしまったが金魚を捕獲しに向かおうと思う。しかし、すぐにポイが破れてしまい、金魚を捕まえる事ができない。樹が俺のその醜態を意外そうに見ていた。いっそ殺して欲しい。

 ついさっき手に入れた水風船をぽんぽんしていた樹が手を止めて俺の隣へと移動してくる。

 

「おじさん、一回お願いします」

 

「あいよ」

 

 なんと金魚すくいに挑戦するようだ。俺は見事に惨敗したが彼女はどうなるのだろうか。俺の心配をよそに簡単に一匹、もう一匹とすくっていく樹。そのときの俺はとてもこっけいな顔をしていた気がする。樹は金魚すくいを終えて、俺のほうへと捕まえた金魚を渡してくる。

 

「いつものお礼です」

 

 そういって笑う彼女は少し恥ずかしそうにしていた。なんというか……とても感激してしまい、声も出なかった。

 そんな時、聞き覚えのある元気な声が耳に響いた。

 

「――真生くん! やっと見つけたよ~」

 

「あら、樹も居るじゃない。あんたたち一体いつ合流したのよ」

 

 友奈たち、勇者部メンバーが勢ぞろいしていた。俺を探していたようで、少し申し訳ない気分になる。彼女たちに詳しいことを伝えずに居た事を謝り、お小言を頂く程度で許してもらう。これから、五人で何をしようかと話し合おうとしたら、大きな音が響いてきた。空を見ると、大きな満開の花が咲いていた。花火だ。

 もうそんなに時間がたっていたのかと驚く。予想以上に楽しんでいたようだ。

 

「みんな、場所は……」

 

「真生くん、みんなはもうあれに夢中みたいよ?」

 

「……みたいだな、まあここでいいか」

 

 彼女たちはもう花火に見とれていた。俺も東郷も、それぞれの顔を見合わせ、笑う。そして、俺達も空を見上げた。

 

 ――空には雲ひとつなく、大きな音に、幾つもの色鮮やかな花々だけが暗い空を彩っていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 夏祭りの余韻が残る翌日。

 俺は勇者部を休み、今も鍛錬しているであろう少女の下へと向かっていた。しばらくすると、彼女の姿が見えてくる。二振りの木刀を振るっている。それは先日よりもはるかに洗練されていて、彼女の日々の鍛錬への真剣さが窺える。その姿に呆れと感心を同時に感じる。もっと日々を楽しめばいいものを。そんな彼女へと水の入ったボトルを投げつける。彼女はそれに見事に反応してキャッチして見せた。ボトルの飛んできた方向へ顔を向ける夏凜。もちろんそこには俺が立っていた。

 

「あんた、突然何すんのよ!」

 

「お前ならキャッチできると踏んで投げたんだ。信頼の証だよ」

 

「……そ、そう」

 

 彼女は自身の持つ個性のひとつのツインテールをいじりながら顔を背ける。相変わらずちょろいものだ。今日は指南に来たわけではないので、渡すものだけ渡すつもりだ。

 

「お前昨日夏祭り来なかっただろう? 勇者に選ばれて、バーテックス襲来に向けて鍛錬をするのはいいが、もう少し息抜きも大切にしろよ」

 

「息抜きなんてしてる暇ないでしょ。私達、勇者だけが神樹様を守る事ができるのよ。鍛錬しなきゃバーテックスにも勝てないわ!」

 

 彼女の話は筋が通っているが、そこまで根を詰めてもしょうがないだろうと思う。……これをプレゼントする事でいいほうへ繋がればいいんだが。

 

「まあ、しつこくいっても仕方ないからこれ以上は言わないけどな。それはともかく、ほら、プレゼント。これで少しでも夏祭りの気分を味わいなよ」

 

 そういって俺が渡したのは金魚だ。そう、あの時樹に手伝ってもらって手に入れた金魚だ。夏凜は俺の持ってきた金魚に目をパチクリさせている。

 

「これ、金魚よね? なんで?」

 

「……まあ、こいつを育てることで、こいつがお前の安らぎになればいいな~という気持ちで持ってきた」

 

 夏凜は、俺が心配していることが分かっているのか複雑そうな顔をする。彼女は溜息をつくと、俺の手から金魚の入った袋をひったくった。これも彼女の思いやりの形のひとつである事を知っている俺は、笑みを夏凜へと向けた。ふん、といった彼女は、金魚の入った袋を大事そうに抱えていた。

 これさえ見れればもう十分だ。俺は彼女へまた来る事を約束する。それが彼女の救いになると信じて。

 

「“またな”、夏凜」

 

「……“またね”、真生」

 

 祭りが終わり、夏も終わりへと近づいてくる。しかし、彼女との関係は変わらない。夏が終わろうと、彼女との関係が終わるわけではないのだから。




 更新が遅れてしまい申し訳ありません。
 これからも毎日更新は当分は無理だと思われますが、執筆は続けますのでよろしくお願いします。

 後半少し急ぎすぎて話が急かもしれません。

 感想が来ると励みになります。気になった点、誤字脱字などがあったらお伝え下さい。もちろん、普通の感想でも大歓迎です。
 では最後に、


 楽しむ心:マトリカリアの花言葉


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