ルピナスの花   作:良樹ススム

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第六話 あなたを離さない

 

 東郷に恥ずかしいところを見せてから、早くも一ヶ月が経っていた。

 さすがに一ヶ月もあれば、羞恥心も薄くなってくるものである。一週間位経った時は、顔を合わせても毎回俺から顔をそらしていた。それも今では、面と向かって話せる程度のことはできるようになった。

 東郷も、あの日のことは話題に出さないように注意しているように見えたので、俺も一旦忘れることにしたのだ。

 

 さて、今やもう六月。梅雨の時期も近くなる季節と季節の節目だ。……そんななか勇者部の部員で一人休んでいる人間がいた。

 その名も結城友奈。体調管理に失敗し、風邪を引いて寝込んでしまった元気っ子である。現在の彼女は布団にくるまっており、いつもの元気のよさも鳴りを潜めていた。しかも、ちょうどこんな日に限って、友奈の両親は出掛けていたのだ。つまり現在、風邪を引いていてまともに動けないにも関わらず、一人きりで留守番をしているのである。

 

「……友奈も風邪引くんだな」

 

「えへへ。ちょっとやらかしちゃって」

 

 特にやることもなかった俺は、今日は勇者部を休み、友奈の看病をしていた。今の言葉は皮肉のつもりでいったんだが、ただ気がついていないだけか、もしくは意識が多少朦朧としているのか。なんにせよ、彼女の体調はそこまでよくないことがわかるだろう。

 

「どうして両親を引き留めなかったんだ?」

 

「……だって、今日は大事な用があるって、前から聞かされてたから、私が邪魔しちゃいけないかなって、思ったから」

 

 鼻が詰まっているのか、少し聞き取り辛かったが、彼女は自分の事よりも両親の事情を優先させたらしい。友奈が、自分よりも他人を優先させることは多々ある。しかし、まさか両親の前ではやせ我慢して軽症に見せかけて、自分の前から両親がいなくなると同時に倒れるとは……。

 

「だからといって、玄関で倒れてるのはいただけないな。話を聞く限り、俺が来るまでずっと玄関で寝てたんだろう? ただでさえ体調が悪いのが悪化したらどうする」

 

「……ごめんね。迷惑かけちゃって」

 

「気にするなよ。とりあえず東郷達が来るまではずっと看病してやるから」

 

 他の勇者部の部員、主に東郷は、とても友奈のお見舞いに来たがっていた。しかし、空気を読めない依頼のおかげで、来るのが遅れてしまっているのである。普段から元気一杯で明るい友奈が風邪を引いたのだ。心配にもなるだろう。依頼が増えるのは大いに結構だが、こんなときくらいは自重してほしいくらいである。俺の話を聞いた友奈も心配している東郷を幻視したのか、嬉しそうにしていた。

 

「東郷さんや風先輩も来てくれるんだ。楽しみだな~」

 

「楽しみにするのはもう少し体調を良くしてからにしろよ。東郷達にうつしたくないだろう?」

 

 それを聞いて、ブンブンと首を縦に振る友奈。やはり、彼女は自分から人にうつすのは嫌らしい。友奈らしいと言えば友奈らしいが、この性格も少しはなんとかならないものか。損をするタイプの性格の友奈に不安を感じながらも、友奈のおでこに置いてある湿ったタオルを取り替える。

 冷た~い、と言いながらじゃれてくる友奈を片手で押さえながら、使ったタオルを水へ突っ込む。俺が来るまで、玄関でダウンしてたやつがなぜこんなに元気なのやら、と感じながら友奈の部屋から出ていく俺。背中に寂しそうな視線を感じながら去るのは、なんだか気分はよくなかった。

 

 友奈のためにお粥を作っていると、何故だか後ろに気配を感じる。あいつしかいないな、と思いながら後ろを振り替えると、予想通り友奈がいた。友奈の顔は火照っており、いくらか汗もかいていた。

 何故抜け出したのかとか、何でここまで来たのかとか、言いたいことはたくさんあったが、とりあえずはなにも言わずに溜め息をついた。

 彼女はこちらを申し訳なさそうに見つめている。猫背ぎみになっているせいか、上目遣いになっていた。

 場違いにも可愛いとか思ってしまったが、心を鬼にして友奈を叱りつける。

 

「何でじっとできないんだ、友奈。もうすぐに部屋にいくから戻ってもいいぞ?」

 

 訂正、全く強く叱れなかった。

 

「……うん。分かった」

 

 そう答える友奈だが、動く気配がない。それに呆れつつ、お粥を作る手を止め、友奈に近付いていく。友奈は無言で近付いてくる俺が怖いのか、ゴクッと息をのんだ。俺は友奈の目の前までたどり着くと、友奈にデコピンをした。うえぇっ、とおよそ年頃の女性の出さないような声を出した友奈をさっと抱き抱える。友奈はデコの痛みも忘れて、慌て出した。

 

「ま、真生くん!? 大丈夫だよ!? 一人で歩けるから!」

 

「そんなことは知らん。心配かけた罰だ。甘んじて受けとけ」

 

 横暴だよぉと、しぼんでいく友奈の声を聞きながら、友奈の部屋へと向かう。友奈が異様に恥ずかしがっているのは、お姫様だっこだからだろうか。する分には気にしないが、されるのは恥ずかしいというタイプだろうか。そう思うと友奈もなかなか可愛いところもあるじゃないかと感心する。

 ……何で俺は親目線なんだろうか。熱のせいか、それとも恥ずかしさのせいか顔を真っ赤にさせている友奈を弄っていると、友奈の部屋に着いた。友奈を寝かせ直して、お粥を作りに戻る。今度こそお粥を完成させると、急ぎ足でなおかつお粥をこぼさないように慎重に、友奈の部屋へと向かう。

 今度はちゃんと寝ていたようだ。友奈は俺に気づくと、途端に顔を綻ばせた。とりあえずお粥を食べさせる前に体温を測らせてみる。熱自体はもう下がっているようだ。

 

「友奈、一人で食べられるか?」

 

「……だ、大丈夫……です」

 

「……やっぱり俺が食べさせるよ。ほれ、口開けろ。あーんだ、あーん」

 

「あ、あーん……」

 

 れんげの上にのったお粥をフーフーと冷まして、友奈の口へ運ぶ。少し戸惑いながら口を開いた友奈は、もぐもぐとお粥を頬張っている。それを微笑ましく見守りながら、何度か友奈にお粥を与えた。お粥が終わると次は薬だ。

 お粥を片付けると、水を入れたコップと友奈用の風邪薬を持って、もう一度部屋に行く。それにしても、東郷達があーんをした場合はきっと躊躇いなく食べるだろうに、何故俺の時だけあそこまで恥ずかしがるのか。性別の壁とは難儀なものだ。

 

「友奈、まだ寝てないよな? 薬持ってきたぞ」

 

「ん~、分かった~」

 

 間延びした返事を返す友奈は、もうかなり眠気に襲われているようだ。さっさと飲ませて眠らせるか。さすがに風邪薬は俺が飲ませるわけにもいかないので、こればかりは友奈自身に飲んでもらった。友奈が薬を飲んでいる間に、タオルに水を染み込ませ、絞っておいたので、すぐに取り替える。

 

「さてと、そろそろ寝ておけよ。東郷達と顔合わせたいのはわかるが、今の友奈は病人なんだ。あんまり無茶をすると、俺もみんなも心配するからさ」

 

「……うん。ありがと、真生くん。おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

 スウスウと規則正しい呼吸が聞こえてくる。もう眠ってしまったようだ。こんなにも早く眠りにつくのは疲れていた証拠だ。やはり少し無茶をしていたようである。俺は静かに友奈の頭を撫でる。一度、看病をしたことがあるがこれをすると()()はとても安心したような顔をしたものだ。今、同じことを友奈にも試してみたが、友奈にも効果があるようで安心した。

 

 彼女が他人をよく優先する性格ということは知っていた。だが、いまだにその原動力が分からない。彼女が他人を優先したところで、その他人が自分に手を差し伸べてくれるかどうかは分からない。だというのに、彼女は人助けを嬉々として行う。俺や東郷から見ればそれは直してほしいものだ。だが同時に、それがなければ彼女、友奈ではないという気持ちも存在する。美点であり、欠点である。それが友奈の優しさだ。

 友奈の手を握ってみる。その手は小さく、とてもではないが不特定多数を助け、守ろうとする手だとは思えない。この小さく柔らかい手に、彼女は何を背負っているのだろうか。

 その時、友奈の手がそっと俺の手を握ってきた。その手に込められた力は、強い……とはお世辞にも言えない。だけれど、底知れないなにか、そう、まるで彼女のような……。いや、彼女よりも遥かに……。

 

 そこまで考えたとき、ピンポーンと気の抜ける音が響いた。時間を見てみると、もう七時過ぎだ。気づかぬ間にとても時間が経っていたらしい。玄関に向かおうとすると、友奈の手がそれを止めた。行ってほしくないというように、強く握ってくる。……しかし、所詮は病人の力だ。振り払うことは容易いだろう。

 ……早く行かねばならないということはわかっている。しかし、この手を振り払っていいものかと考えてしまうのだ。だけど……

 

 俺は、そっとその手を外した

 

 友奈の手は行き場所を失ってしまったかのようにぶら下がっている。その手を布団にしまってやり、俺は玄関へと向かった。

 

「やっぱり東郷達だったか」

 

 玄関を開けた先に立っていたのは、東郷と風、そして犬吠埼妹だった。それぞれ果物を抱えている。

 

「こんばんは、真生くん。……友奈ちゃんは?」

 

「今は寝てる、熱はもう下がっていたし、たぶん明日までは眠ったままだろう」

 

「そっか、良かった」

 

 東郷は心底安心したような顔をしている。少しオーバーリアクションな気がしないでもないが、あまり気にしても仕方がないだろう。風と犬吠埼妹は、俺の報告を聞いて笑みを浮かべている。

 

「それじゃあ、俺はもう帰るよ。あんまり長居してもやることないしな」

 

「分かったわ。あとは任せて」

 

 東郷は自信満々な表情をすると、俺に一言、また明日ねと言って、友奈のもとへと行った。風達もお見舞いに来ただけであり、元気そうであればそれでいいそうだ。

 

「それじゃあ、また明日」

 

 俺はそれだけ言うと、友奈の家に背を向け、自らの家へと歩を進めていった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌日、友奈と東郷のもとへと行くと、そこには元気一杯な友奈とそれを微笑ましく見守る東郷がいた。

 

「あ! 真生くん、おはよー! 友奈はもう大丈夫です!」

 

「もう、友奈ちゃんったら」

 

 相変わらずの仲の良さを見せつける二人。それを困ったようにみる俺。もうすっかりいつも通りだ。しかし、何故か突然友奈がこちらへと近づいてきて、ぎゅっと俺の手を握る。

 

 まるでなにかを確かめるかのように、しっかりと握ってくる。

 

「……友奈?」

 

「うん、大丈夫! 真生くんは私達といつでも一緒だよ!」

 

「お前まだ熱が残っているんじゃないのか?」

 

 友奈は、もうすっかり治ったよ~といって俺の手を引く。東郷は俺と友奈をとても嬉しそうに見守っており、友奈を止める気はないようだ。

 

「よーし! 今日も元気に行こー!」

 

 その言葉と共に、友奈は俺の手を握りながらも東郷の車イスを押していく。

 いつも通りの少し変わった日々が、また今日も始まる。

 




 立ったフラグが速攻で友奈ちゃんに叩きおられた件。

 それはともかく、とりあえず個別の日常編は終了のつもりです。
 思い浮かべば、夏凜バージョンも書こうと思います。あとは、お祭りやクリスマスなどのイベントをこなしてから、本編に行くつもりです。あくまでも予定ですが。

 次回もよろしくお願いします。

 気になった点、誤字脱字等があったらご指摘ください。勿論普通の感想でも大歓迎です。
 では最後に、


 あなたを離さない:イカリソウの花言葉

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