今日は、引き受けた依頼を達成しにやってきた。ジャンルは機械。今回は依頼人の方から一人では心配だからと言われ、俺が東郷の付き添いできたのである。
……しかし、まあ、本当にやることがない。今も目の前で東郷が凄いスピードでキーボードを叩いている。
俺は機械に詳しくない、というわけではないが、東郷ほどの知識はないのでこうして見ることしかできないのだ。さすがになにもしないのもあれなので、何となくで東郷が疲れてきた気がしたら、飲み物を渡したりしている。
現在は、一休み中である。
「とりあえず一段落ついたみたいだけど、どうだった? 終わる目処はついたか?」
「ええ。もう少しで終われそうよ。でも、さすがに一人でサーバーの復旧作業や、データの復元等を行うのは大変だったわ。要所要所で真生くんがサポートしてくれたおかげで、楽をすることができたのよ。ありがとう」
「中学生の部活のはずなのに何でそんな依頼が来るんだよ……。ていうか、俺は何にもしてないぞ?」
「フフフ。私が勝手に感謝しているだけだから、あまり気にしなくてもいいわ。なにも言わないで、気持ちくらいは受け取ってもらえないかしら?」
何故か彼女にだけは、昔から手玉にとられているような気がしてならない。だが、今も上品そうに笑っている彼女を見ると、毒気を抜かれてしまい、なかなか強くも言えないのだ。
東郷はこれでなかなかに茶目っ気がある。昔は頭の固い子だったが、少し頭が柔らかくなるだけでこんな風になるとは……。
「そういえば東郷。何で今日の付き添いに俺を選んだんだ? 今日は友奈も依頼はなかったし、友奈を連れてこればよかったんじゃないか?」
「あら、真生くんは私に選ばれるのはご不満?」
「滅相もない。ただ少し疑問に思った、それだけだよ」
東郷は風のようにからかえないので、少し苦手だ。まあ、あまり周りにこういうタイプの子はいないので、新鮮だったりすることもあるわけだが。
東郷は、ん~と言いながら考え込んでいる。彼女は理屈的なところがあるので、何となくというような理由ではないだろう。
「何となく……かしら?」
まさかの理由だった。
「そうか。何となくか……」
苦笑いをしている俺に東郷は少し慌てた様子で補足を加えてくる。
「あ、でも誰でも良かったというわけではないのよ? 真生くんなら大丈夫って思ってたから、真生くんを選んだの」
「ああ、お世辞でも嬉しいよ。……そろそろ、続きするか? 何か手伝えることがあればするけど」
「もう大事なところは大体終わらせたから、大丈夫。もうすぐに終わるから、少し待っててもらえる?」
「了解した」
こんなやり取りをして、俺達は休憩を済ませた。東郷は、相変わらずスピード感あふれるタイピング技術を披露している。
東郷の持つ機械に関する知識や技術は、勇者部の中では頭ひとつ抜け出ている。最近では、設立すると同時に作った勇者部のホームページに読みやすいような改良を加えたりしている。ここまで機械に詳しい女子中学生はほとんどいないのではないだろうか。
それに加え、彼女は料理までできるのだ。よくお菓子を作ってきては、勇者部に持ってきたり、犬吠埼妹を加えた五人で食べたりしている。これがまた、とても美味しいのだ。惜しむらくは本人の好みの問題で、洋菓子があまり作られないことだろうか。東郷ほどの腕があるのならば、洋菓子でも美味しく作れるだろうに。
そんな考えは表に出さず、物思いに耽っている風を装っていると、東郷は手を止めて体を伸ばしている。その間に、すかさず飲み物をいれに行き、東郷へと手渡す。東郷は一言、ありがとうと言うと、俺のいれた冷たい麦茶を身体中に染み渡らせるように、ゆっくりと飲み干した。
「ふう。依頼を終わらせた後だと、普通の麦茶でも一層味わい深く感じるわ」
一息つきながらそう言う東郷に、結局ほとんど何もできなかった俺は苦笑するしかなかった。そんな俺の様子に気がついたのか、東郷はにっこりと笑って俺へと話し掛けてきた。
「ねえ、真生くん。今日ってこの後暇よね?」
「ん、ああ。特に用事もないけど……」
「それなら、この後ちょっと一緒にフラフラしてみない? 私達いつも友奈ちゃんと三人で集まってたと思うから、たまには二人きりで話すのもいいと思うの」
東郷の提案は、俺から見れば意外な提案だった。彼女は基本的にいつも友奈のそばにいた。色々と不安が一杯だったときに、友奈のあの暖かい優しさに触れて、多少なりとも依存しているのだと思っていたが、そうでもないのだろうか。
「……駄目かしら?」
俺がいつまでたっても上の空で、返事をしないので、不安になったのか東郷が問い掛けてくる。しまった、おかしなことを考えていたせいで、無駄に東郷を不安にさせてしまった。
「いや、大丈夫だよ。それならとりあえず勇者部の方に連絡しておこうか」
できる限り彼女を安心させるように、笑顔をつくって返事をする。思惑通り、ほっとしたような表情になって俺も安心する。
「それじゃあ私は先に外で待ってるわ。なるべく早めに来てね」
「ああ、わかった。すぐに終わらせて行くよ」
東郷を見送り、すぐに勇者部に入ったときにもらったアプリを起動させ、今日は東郷と二人で先に解散する旨を報告する。割とすぐに返事は帰ってきて、はーいというまともな返事の友奈。しかし、風に限っては何故か、むにゃむにゃもう食べられない、と言った寝てるのか起きてるのかわからない返事が送られてくる。この返事には思わず苦笑してしまう。そして依頼人のいる部屋へと向かい、依頼が終わったことを伝える。
依頼人の中年は是非ともお礼をしたいと言っていたが、丁重に断りをいれ、お大事にという俺の言葉を最後に扉を閉めた。少し時間が食われたが、報告は終わったので、少し急ぎ足で外へと向かう。
外はまだ明るいがもう少しで夕方にはなりそうだ。玄関を過ぎると東郷が空を見上げながら待っていた。
「報告は済んだぞ……。何を見ていたんだ?」
「雲を見ていたの。雲と一言でいっても色々な形があって、見てるだけだったけど意外と楽しかったわ」
「雲、か。確かにな」
俺も空を見た。今も雲は空に浮かんでいる、雲は本当に色々な形がある。妙に丸かったり、何かに似ていたりと同じ形のものなんて一つもない。……人も雲のようなものなのだろうか。数年間見ていても分からない。しかし、時に恐ろしいほどの力を発揮するものもいる、俺はそんな人間を知っている。今でも思い出すだけで身体が震えてくる気がする。彼女は……
「……真生くん?」
東郷の心配そうな声を聞いて、俺ははっとした。また、東郷のいる前で考え事をしてしまったようだ。東郷は不思議そうな顔をしている。当然だろう、他愛ない会話のはずが、相手が突然考え事を始めてしまっていたのだから。
「……大丈夫?」
「何が?」
「……さっき、真生くん。ひどい顔していたから」
東郷は何を言っているんだろうか。ひどい顔だった? 俺が? そんなはずがない。大丈夫、俺は、いつも通りだ。
「……大丈夫だよ、そんな事よりも、そろそろ行こうか。日が暮れそうだ」
「……そうね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
初めはやはり少し気まずかったが、そんな空気も時間が経つと共に晴れていった。
そして、空もオレンジ色に染まりきった頃、俺と東郷は瀬戸大橋の近くに来ていた。しかし、瀬戸大橋自体は既に壊れており、ある災害によってこうなったと言われている。
「結構遠いところまで来ちゃったな」
「そうね。でも、こんなに近くで瀬戸大橋を見ることなんて、なかなかない事だから新鮮でいいわ」
「それなら良かった。……しかし、俺が車イスを押してもよかったのか? たしか前に友奈が自分の特等席だとか言ってなかったっけ?」
これを友奈に見られたら、なんと言われるだろうか。東郷はキョトンとした顔でこちらを見ていた。そして、ちょっと悪ぶった顔をした。
「それなら、この事は二人だけの秘密ね。誰にも言っちゃ駄目よ?」
茶目っ気たっぷりにそう言う彼女は、いつもの大人びた姿からとても想像がつかないほど楽しそうで、まるで
……俺は何を考えているのだろう。もうあの頃に戻ることはできないのに。戻せなくしたのは――――俺だというのに。
「――真生くん」
彼女はそう呟いたかと思うと、車イスを俺の方へ向け、俺の体を強く抱き締めた。女性特有のか細く脆そうな腕。しかし、今の俺には、全てを包み込んでくれるようなその暖かさが、とても心強く思えた。
「……今は、なにも聞かないわ」
「……」
「でも、いつかは教えてね。分かち合うことはできなくても、支えるくらいなら出来るから、ね」
「……分かった」
俺には、彼女が、東郷が何を思ってそう言ったかは分からない。だけど、そう言った彼女の横顔は沈む太陽に照らされながら、涙を流しているように見えた。
ああ、本当に俺は卑怯だ。果たせないであろう約束を他でもない俺がしてしまうのだから……。
おかしい、ここまで東郷さんのヒロイン力をあげる気はなかったのに……。日常編の筈なのにシリアスが強くなってしまいました。ごめんなさい。
次の日常編は友奈ちゃんです。
気になった点、誤字等があったらご指摘ください。勿論普通の感想でも大歓迎です。
では最後に
包容力:ベニバナの花言葉