「「……あ」」
ある日の休日、俺は犬吠埼家の次女、犬吠埼樹と遭遇した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
すべての原因は、うちの冷蔵庫にあった。
今日の勇者部は特に依頼もなく、せっかくの休みなのでそれぞれ自由に休みを満喫しよう、ということになった。
そういうことで、俺は今日は家でダラダラしながら、本を読もうと思い、小腹を満たそうと冷蔵庫を開けたら、
無かった。何にも存在しなかった。
うちは基本的にあるものを簡単に調理して過ごしているので、あまり在庫については詳しくなかったのだ。それが災いし、休日にも関わらず、買い物に行く羽目になってしまった。
仕方ないので、友奈と東郷のところにでもいって、御馳走してもらうことも考えた。しかし、気づいてしまった。これはもしかしなくてもかなり恥ずかしいことなのでは、と。
まあ、正直食事を必ずとる必要性があるわけではないが、やはり長年の習慣か、食事をとらないと気がすまない、といった理由で買い物に出掛けたわけで、まさか……。
「「……あ」」
こんな風に犬吠埼妹と会うことになるとは思わなかったのだ。……そんなこんなで、冒頭に繋がるのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「「…………」」
正直な話、かなり気まずい。犬吠埼妹と出会ったのはつい先日、勇者部の活動でゴミを拾っていたときである。
あの時は、まだ風や友奈達がいたから良かった。しかし、今回は友奈達はいない。都合良く出会う可能性も低いだろう。
犬吠埼妹は、先程からずっと黙っている。チラチラと見てくるからには気になってはいるんだろう。だが、話し掛けてこないのはどういうわけなのか。
そんなに俺は恐ろしい顔をしているのだろうか、ちょっとほぐしてみようか。そう考え、自分の顔をフニフニと弄っていると、犬吠埼妹がこちらをジーっと見つめてくる。そして、口を開いたかと思うとビックリするようなことをいってきた。
「あ、あの……えっと、く、草薙さん! 私にもちょっと触らせて貰えませんか!?」
「……はい!?」
俺が大声を出したことによりまた怯えさせてしまったようで、犬吠埼妹は先程の勢いを無くして、またショボンとしていく。
「あっ……ごめんなさい。嫌ですよね……他人に顔触られるのなんて……私なに言ってるんだろ……」
「……」
犬吠埼妹の先程の言葉は、少しテンパって勢いで言ってしまったのだろう。だが、触ってみたかったのは本心のようで落ち込んでしまったようだ。この小動物のような少女を落ち込ませると、ものすごい罪悪感が生まれてくる。この光景を風が見たらどう思うだろうか。
案外、『なにイチャイチャしてんのよ、あんた達は! アタシも混ぜろー!』、とか言って割り込んでくる気がする。……どうでもいいことを考えたことで、少しは落ち着けたようだ。
まあ……これぐらいならいいか。
「別に減るものでもないし、顔ぐらいなら触ってもいいぞ? まあ、俺の肌なんかよりも君の方がよっぽど柔らかそうで触り心地も良さそうだけど……」
俺の場合、結局のところバーテックスであることには変わりないのだから。しかし、犬吠埼妹は迷っている素振りを見せながらも、興味は捨てきれないようでこちらをチラチラと見てくる。チラチラと見るのが癖なのだろうか。
「じゃ、じゃあ……失礼します」
「お、おう……」
何故だろう。なんかすごく緊張する。彼女の手が段々と俺の顔に近づいてくる。犬吠埼妹も緊張しているようで少し手が震えているように見えた。俺は覚悟を決め、目を瞑った。
「「……」」
とうとう手が触れた。彼女の手は確かに触れていて、恐る恐るといった様子で動いている。なんだか、くすぐったくなってくるが、我慢をしなければ……。ここが、あまり人がいない場所で助かった。こんなところを知り合いや他人に見られたら恥ずかしさで死んでしまうだろう。
不意に、犬吠埼妹は手の動きを止めた。何だろうか、瞑っていた目をうっすらと開くと、犬吠埼妹が神妙な顔をしていることが分かった。
そんなに、俺の肌は触り心地が悪かったのだろうか。そう思っていると、彼女は熱に浮かされたような顔を見せながら、俺の顔から手を離した。もう終わるのだろうか。
しかし、彼女は予想外の行動へと移った。
突然、俺の頬を掴み、引っ張ったのだ。フミョーンと伸びる俺の頬。あまりにも突然だったため、閉じていた目を開いて彼女を止めた。
「
「あっ、ご、ごめんなさい!」
犬吠埼妹は我に帰ったのか、すぐに俺の頬から手を離した。彼女の手が離れたせいか、柔らかい風が俺の頬をそっと撫でる。頰も元の形状へと戻った。
犬吠埼妹の方を見てみると、申し訳なさそうな顔をしながら下を向いている。自分でもやってしまった、という自覚があるのだろう。
あまり責任を感じられて、今以上に距離を感じられても困る。こちらは気にしていないという意思を伝えてあげなければ。
「えっと、犬吠埼。何の思惑があって俺の頬を伸ばしたかわからないが、あんまり気にしなくてもいいぞ? そのくらいの事で怒るほど沸点は低くないからさ」
「……で、でも、私草薙さんに失礼なことを……」
「だから、気にするなよ。っていうのは君の性格的に無理そうな気がするな……。そうだ、ならこうしよう。お詫びにうどん奢ってくれよ。そうすれば許すからさ」
「……うどん、ですか?」
「そう、うどん。見た感じ君も今から買い物に行くんだろう? きっと風先輩のお使いか何かだろうけど。今から一緒に買い物にいって帰りにうどんを食べて帰る、それならいいだろう? 後その呼び方、名前でいいよ。前言ったと思うけど、俺のことは少しずつでもいいから慣れていってほしいから。例え今日がダメでも、また今度会ったときに笑顔で挨拶ができるくらいには、な。……まあ、簡単に言えば、一緒に買い物にでもいって親睦を深めようって話だよ」
それを黙って聞いていた犬吠埼妹は、意外そうな顔で俺を見つめていた。……俺はなにか変なことでも言ってしまっただろうか? 反応のない犬吠埼妹に若干おろおろし始めた頃に、彼女は女の子らしく、クスッと笑ってその口を開いた。
「……優しいんですね、真生さん。私、あなたに失礼なことばっかりしてるのに、それを笑って許してくれたり、そんな私にたいして親睦を深めようって言ってくれたり」
「まあ、当然だろう。これから大切な後輩になるんだから。風先輩が讃州中学に入学してるんだから、君も讃州中学に入るんだろ? それなのに、今のうちに仲がギスギスしてしまうのは勿体ないじゃないか」
何てことはない、と言わんばかりの俺の態度に、彼女は警戒心を無くしたようだ。全く、大好きな姉の近くに得たいの知れない異性がいるからといっても、無意識ながらに警戒するとはやはりこの子も風の妹なんだな。姉妹揃って過保護にも程がある。
「ここで時間を潰してても仕方がないし、そろそろ買い物にいこうか。君は何を買うのか決まってるのか?」
「はい。お姉ちゃんに買うもののリストを書いたメモを貰ってますから」
「そうか。じゃあ、俺は君について行くよ。なに、俺の場合はただ食材が不足しているだけだからな。君についていって、そこでついでに買ってしまえばいいだけなんだよ」
「そうだったんですか。分かりました! 案内は任せてください!」
「おう、頼りにしてるよ」
そして、俺達は人の集まる商店街へと歩を進めたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「全く、集団の中だと迷子になりそうで怖いな君は」
「はぅぅ~。ご、ごめんなさい~」
人の集団の波に飲み込まれかけている犬吠埼妹を救出し、ちょっとした愚痴を言う。彼女は先程、人の波に飲み込まれて疲れているというのに律儀に返事を返してくる。
そんな彼女を見ていると、ちょっとした既視感を感じないでもない。彼女はあの少女によく似ている。小動物的な雰囲気というか、何というか……妹みたいな感じに思える。
「ほれ、さっさといくぞ」
「あ、あの何で手を繋いで……?」
「はぐれたりすることがないようにするために決まってるだろう? 後、こっちの方が君の反応が面白そうだったから」
「絶対後者が本音ですよぅ」
時折、犬吠埼妹に道を指示してもらいながら人混みの中をすいすいと進んでいく。途中で犬吠埼妹の心が折れそうになったりしたが、何度か励ますうちに目的の店へとたどり着けたようだ。
「やっと着いたな。しかし、今日はやけに人が多かったな。何かあったのか?」
「大人気のうどん屋さんの二号店が今日、向こうでオープンしたらしいです。友達も行くって言ってました」
なるほど。うどんなら仕方ない。
店に入り、中で必要なものをひょいひょい買い物かごに突っ込みつつ、犬吠埼妹と雑談を交わしていく。それほど時間も経たずに必要な食材を買い込んだ俺は店の入り口で待っている。犬吠埼妹ももうそろそろ買い終わる頃だろう。そうしたら、うどんを奢ってもらいに行くわけだが……。
ついでに友奈達も呼んでおこうか。ちょうどいいし、オープンしたばかりという二号店で待ち合わせをしておけばいいか。友奈達に連絡をし終わった頃に、犬吠埼妹が店から出てきた。
「すいません。待たせてしまって……」
「いいのいいの。俺が早くに買いすぎただけだから。風先輩達も呼んでおいたから、今日オープンのうどん屋にいこうぜ」
「でも、待ち時間があると思いますけど……」
「君と喋ってればそれぐらいすぐに終わるさ。あ、荷物もつよ。重いだろ?」
「い、いえ! これくらいなら大丈夫です!」
「そうか? ま、とりあえず行くか」
他愛のない会話をしながら、うどん屋に行くと予想通り行列ができていた。最後尾にならんで少し経つと彼女が独り言を呟いた。
「真生さんって何だかお姉ちゃんみたいです」
「……そうか? 割と相違点は多いと思うんだが……」
「そういうところも似てますよ。お姉ちゃんも真生さんも、臆病な私を外に引っ張り出してくれるんです。それで、ありのままの私を受け入れてくれて、一緒に笑ってくれる。それだけでも、私結構幸せなんです」
「そういうものか?」
「そういうものです!」
彼女はとても嬉しそうに笑ってそう言った。汚れのない純粋な笑顔。本当にあのマイペースな少女に似ている。
「あ! お~い! 真生くん、樹ちゃ~ん!」
こちらに向かって走ってくる人影が二つに、その内のひとつと重なっている影がもうひとつ。この元気のあり余ったような声は友奈のものだろう。うどんのこととなると、本当に行動が早いな。あいつらは。
友奈、東郷、風の三人と合流し、残りの待ち時間は退屈などほとんどせずにあっという間に過ぎていった。
みんなのうどんを食べているときの幸せそうな表情は、そう簡単には忘れられないだろう。
遅くなって申し訳ない。
今のところは毎日更新もどきが出来ていますが、いつタグにある通りの不定期更新になるか分かりませんので、更新速度にあまり期待しないでください。
というか、もうすぐテスト習慣なので近々もっと遅くなるかも(ボソッ
そういえば、ゆゆゆの世界だと修学旅行ってどうなっているんでしょうね。鷲尾須美の話だと遠足くらいしかありませんでしたが。
気になった点、誤字等があったらお伝えください。もちろん、普通の感想でも大歓迎です。
次回は日常シーン東郷編です。
では最後に、
純真:テッポウユリの花言葉