ルピナスの花   作:良樹ススム

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あけましておめでとうございます(遅
そしてお久しぶりです。あとがきには言い訳や花言葉を載せますので苦手な方はご注意を。
前回までのあらすじをどうぞ。

13体目のバーテックスを残し、全てのバーテックスを倒した勇者部。散華による身体の欠損を残したままであったが、それぞれは平穏な日常を過ごしていた。
そんな中、夏凜は自分の未来について悩み、部活を休む。美森も病院で休んでおり、部活は風、樹、友奈、真生の4人で行われることになった。
依頼の最中、真生は嫌な予感とともに過去の自分と出逢う。過去の自分に自分が未来の存在であると示した真生は、過去の自分に対して何を思うのか。


第三十六話 メッセージ

 

 ――――その場を沈黙が支配する。真生も、過去の“真生”も行動を起こすことが無いままだ。

 

 未来の自分が現れるなんて荒唐無稽な話、そう簡単に受け入れられることは無いだろう。それが普通の人間だったなら。いくら信じられなかったといっても、彼らなら、化け物(バーテックス)なら分かってしまうのだ。どうしようもないほど明確に。

 

 二人とも既に理解していた。自分たちが同一の存在であることを。だがそれは同時に、二人が決定的に違うということも示していた。

 

「っ放せ!!」

 

 “真生”は自らの首を掴んでいる真生の手を乱暴に払いのける。それに対して、真生は驚きもせずに手をあっさりと放した。距離をとって再び彼らはお互いを目に収める。真生は()()を眺めるように。“真生”はどこか自分ではない何かをにらみつけるように。

 

「俺はお前と同じなんだと、つまりはそう言いたい訳だな。お前は」

 

「そう言いたい訳じゃない。実際にその通りなだけだ。俺は」

 

「だったらその取り繕った顔今すぐやめろ。自分の前でさえ自分を(さら)け出せないって言うのなら」

 

 “真生”は剣を拾い上げる。その剣は依然色を持たないままだ。しかし、その剣は“真生”の思いに呼応するようにうっすらと光り輝いていた。“真生”は剣を握り、確固たる意思を秘めた瞳で真生を穿つ。

 

「……お前は俺じゃない!」

 

「……なるほど、確かに少しは意思を持ってるみたいだな。だけど、その程度なら何も変わらない」

 

 真生は自らの漆黒の剣を手に“真生”へと駆ける。瞬間移動に等しいそれに“真生”は反応して見せた。力で受け切るのは不可能と判断した“真生”は剣と剣がぶつかると同時に自らの剣を消滅させ、ぶつかった一瞬を利用して身体を横に捻らせた。真生はそのままの勢いで剣で空を切り裂き、隙を生じさせる。

 その時“真生”は思考する。真生を()()()為にするべきこととは何か。

 

 その刹那が、彼を切り裂いた。

 

「……うっぁ……!?」

 

「詰めが甘いし、動きも鈍い……」

 

 真生は空を切った筈の剣を返し、“真生”を切り裂いた。“真生”がすぐに動き始めれば間に合わなかったであろう一撃。この一撃は“真生”の一瞬の傲慢が生み出したものだった。

 切り裂かれて倒れた、動きの鈍い“真生”に、真生は言葉を投げかける。

 

「今、俺をどう止めようか考えたんだろう? 技術も覚悟も足りない君に、そんな余裕存在しないというのに。……チャンスを与えてもこの程度か」

 

「自分が……死ぬかもしれないっていうのに、あんな隙を生んだっていうのか……!?」

 

 “真生”は驚愕を隠し切れぬまま、真生を見上げた。真生は変わらぬ蒼い瞳で、軽々しく告げる。

 

「それがどうした」

 

 自分の命すら捨ててもよいものと考えるような真生の思考に、“真生”は自分とは決定的に違うものがあると確信した。それが何なのか、まだ彼にはわからない。

 だがそれを知るためにやらねばならないと彼は感じた。出会った瞬間から抱いていた違和感の正体を知るために、自分を名乗る真生と戦わなければならないと、そう感じたのだ。

 

「お前は、どこかおかしい。俺とは根本的に何かが違う……! 生きることは諦めていいことなんかじゃない、いつだって誰だって明日を望むんだ! なんでそれが分からない!!」

 

「時間稼ぎはそれくらいで良いだろう。そろそろ傷も再生した頃合いだ」

 

「何でそんなに、命を……軽く……!!」

 

 言葉の途中で切りかかってきた真生の連撃を必死にかわしながら、“真生”は途切れ途切れに思考する。止めるなんて真似は不可能であると知った。だが、いまここで真生を殺したところでなんになるのだろうか。真生は強い。どうしようもなくそれは理解できた。今の自分では追いつけないことも、ましてや殺すなんて行為を果たすのにどれだけの代償を必要とするのか。

 血液の一滴すら垂らさぬ怪物の肉体に、幻の痛みが彼を襲い始めた。欠片の容赦もなくぶつけられる殺意、そして真生は意識もしていないであろう理不尽な怒り。認めたくなくとも、信じたくなくとも、“真生”はその怒りを欠片も残さず感じ取る。表に出る意識に差こそあれど、少なくとも肉体は目の前の存在は同一のものであると本能が告げている。

 苦痛を耐えながら剣を振るう“真生”を瞳に収めた真生は、剣を凪ぐ手を止めて感情の震えすら抑える。“真生”は膨大な感情の暴威から解放され、顔を和らげた。真生は殺意を含めた感情を抑えたものの、戦いをやめる気はないとでもいう風に変わらず剣を手に収めたまま、言葉を放った。

 

「命を軽く扱ったことなんて一度たりとも無いさ。君はこう言ったな。いつだって、誰だって、明日を望むと。確かにそれは正しい。だけどそれは君が発していい言葉じゃない。救われるべきは人であり、君じゃない。君は大切な人たちが戦っているのを知っているはずだ。君自身も戦える力を持っているはずだ。なのに何故それを明かすことなく傍観している? 怖いからだ。拒絶が、軽蔑が、嫌悪が」

 

 一歩、また一歩と真生は足を進めていく。その姿を眼に映して、“真生”は身体を硬直させた。

 

「だから君は俺なんだ。一人で勝手に考えて、戦う彼女たちのことも考えずに勝手な結論で自己完結して傍観を続けた。その結末が()だよ、“真生”。僕は、君が生み出した怪物だ」

 

 恐怖からではなかった。ただ伝わる想いがあまりにも美しく、そして悲壮に満ちたものだったから。これから自らを殺しに来る者とは思えないほどに、真生は己というものを欠落させていた。それはまるで人の振りをした機械の様で。

 

「僕は世界を滅ぼすよ。それが例え銀の生きた証を奪い取る行為だったとしても、絶対にやめられない。考えて考えて至った()の最善だ。これこそが命を弄ぶ神々の掌から抜け出し、命を尊ぶ為の唯一の手段だから。その願いを、決意を、覚悟を、叶える義務が僕にはある」

 

 そこで“真生”は自らが勘違いをしていたことに気が付いた。前提が違ったのだ。彼は()()()()では無かったのだ。

 押し黙った“真生”に、立ち止まった真生は更に言葉を重ねた。真生は凄惨な過去の結末の理由を求め、それを何度も何度も気が狂うほどに考えていた。眠らず飲まず食わず、あの日の光景を何度もループし続ける。そして幼いながらに達したシンプルで簡単な答え。

 

 

 ――――足りなかったのだ。何もかも。

 

 

「決意も覚悟も力も、ありとあらゆる全てが平等に足りなかった。……楽しかっただろうね。毎日が発見であり、観察であり、様々な色に満ちていたあの頃は。自分に課せられた使命すら無視して、人と暮らす毎日が心地よかった。……大好きだったんだよ」

 

 懐かしむように、慈しむように語られたそれは、“真生”も同様に感じていたものだった。大切な人たちと過ごす日々は、作り物(バーテックス)には眩しすぎた。その大きな輝きは、失われたその時にこそ深く心を抉るのだということを結末を得てから知った。

 “真生”はまだ躊躇いを抱いていることを真生自身が知っている。真生の知る結末は、“真生”が変わらぬ限り(くつがえ)らない。

 幾つも紡がれた真生の言葉を通して知った事実に“真生”は静かに表情を変えた。そして、思いを口に出す。絞り出すように力強く、凪のように静謐に。

 

「……ああ、俺も今の日々が大好きだ。周りのみんな全員大好きだ。だからこそ、お前の暴挙は認められない」

 

「……そうだろうな、それが君だ。救いたがりの人でなし。認められないなら何をするんだ? ……俺を、殺すとでも言えるのか?」

 

 “真生”は息を吐き出す。その目は既に殺意をも恐れぬ覚悟が秘められていた。

 同時に剣を構え、互いのみを見つめあう。再び灯る闘志と消えぬ殺意。互いが互いの意思を読み合い、“真生”は再度言葉を放った。

 

「それがお前の本当の気持ちか。浅ましいな、()()()()()()()()()。未来の俺が逃げたせいでそこにいるんだろう。それは分かった。だけどお前は未来に希望を持っていない。だから過去に希望を託そうとしたんだろう? それで俺が逃げるようなら過去の清算として処分すればいい。俺が前を向くようならそれはそれで良かったわけだ」

 

「……」

 

「どちらにせよ死ぬつもりだった。俺を殺すにせよ、殺さないにせよ、お前自身が破滅を望んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草薙真生(おれ)の代弁者のつもりか。零れだす欠片を覗いただけの分際で」

 

 刹那、“真生”の剣は黄金をその刀身から(ほとばし)らせた。

 

「もう、俺とお前は決定的に違えた。同じ道を辿ることは未来永劫ありえない! お前を殺さず、俺も生きて帰る。敵わなくたって知ったことか。俺は此処にいる! 運命は俺たち自身が紡いで形作っていくものだ!」

 

「あくまで自らを貫く、か。その道が間違っていたとしても、後悔はしないかい?」

 

「そんなものするわけがない! 俺たちが望む未来は、間違いなんかじゃないんだから!!」

 

 守りたいものは互いに違い、互いに同じ。退くことなどありえない。これは自らの意地と覚悟を示す戦いだと共に思っていたから。ならばすることはたったひとつ――――。

 

「大切な人たちがいる。だから死なないし、生き続ける。どれだけだって足掻いて、何度だって叫んでやる! 俺は犠牲を許さない。全部守って救ってみせる!!」

 

 

 

 “真生”は金色の剣を持つ右の手を静かに左の手へと寄せた。それは居合の構え。“真生”が知るはずのないものであったが、自然と身体はそれを求めた。

 

(……分かる。理由も由来も何一つとして分からない。でもこれだけは分かる。これが俺の、俺自身の本来の形だ)

 

 負ける気がしない。“真生”の今持つ感想はそれだった。先ほどとは違い、真生から感じる圧倒的な威圧感が少しも自らを揺らさない。どんなことをしてきても、それらを受け流し刃を返す。湧き上がる全能感に溺れそうになるほどに、剣から流れ込んでくる力は強大だった。対峙する真生は“真生”の戦闘能力が先ほどまでとは比べ物にならないほど上がったことを理解していた。そしてその鍵となっているものが彼の持つ金色の剣だと早々に当りをつけていた。

 

 真生は自ら罠にかかりに行くように“真生”の剣の領域へと踏み込んだ。その瞬間、“真生”の剣はその身を薄く、されど猛々しい刀と鞘へと変えた。刀は抜刀されると同時に真生の四肢を斬り落とした。意識の外側からくるような錯覚をも引き起こす刀術だった。真生が四肢を瞬時に再生したとしても剣は斬られた手の中にある。それを手に戻すにはタイムラグが発生することは明らかで、真生の勝機など皆無のように思われた。

 

 だが、真生は四肢を再生させるとそのまま脚を地面に下ろし、右腕を引き絞った。矢のように撃ちだされた拳は“真生”の反撃を許す間もなく的確に中心を貫いた。的確に加減されたその衝撃は“真生”の核を貫通し、核からの力の供給が途切れた“真生”は意識を昏倒させた。

 

「……君の知らないものを俺は知っている。悪いな、年季が違うんだ。本来なら、こんなことに使って良い古武術じゃないが、な」

 

 ――ピリリリリ!!

 

 倒れる者と立っている者。それぞれの思いの激突の末の静寂を、鳴り響く音が搔き消した。それは間違いなくこの戦いを終わりへと導く呼び出し(コール)だった。

 

「友奈から、か。時間切れだな。……もしもし? 猫が見つかったか?」

 

『うんっ! 猫ちゃんは無事に確保完了したよ! 依頼達成したこと伝えたら風先輩が戻ってきなさいって言ってたから一緒に戻ろ?』

 

「ああ、分かった。こっちは色々あって草薙の奴が頭打って気絶しちゃってな。だから三人の女の子たちに彼を引き渡したら、すぐ行くよ」

 

『ええっ!? 小さい真生くん大丈夫なの?』

 

「問題ないよ。傷も残らない程度の軽い打撲だから」

 

『……そっか。じゃあゆっくり戻ってるから途中で合流できるかな? 話したいことあるんだ』

 

「そうか、なら少し急ぎ目に行くよ。じゃあ切るよ、また後で」

 

 通話を切った真生は転がっている“真生”を担ぐと、車よりも速い速度で一度家へと戻った。学生服を着替えなおし、再び家を出た真生は須美たちのもとへと急ぐ。到着した真生に須美たちは担がれている“真生”を見ると、不安そうな顔をして心配の言葉を掛けた。

 

「えっと真生さん、真生君は大丈夫でしょうか?」

 

「大丈夫、もうすぐに目を覚ますだろう。担架も持ってきたからこれに乗せて運ぶといい。ちょっと重いかもしれないけどね」

 

「あ、ありがとうございます、助かります! もーそれにしても何だって頭なんて打ってるのさ、真生は。珍しくドジだな」

 

「そのギャップもグッジョブだよ~♪」

 

 サムズアップを両手で連続で前に突き出す園子の言葉に、銀と須美は呆れの瞳を向けていた。それぞれ度合いは違うが、心配していたのは確かの様で真生が説明した時にはシンクロした動きでほっと胸を撫でおろしていた。

 

「良い友達を持ったな、彼も」

 

「いえ、そんなっ! 私たちだっていつも彼に助けられてばっかりなんです。むしろお礼を言いたいくらいなんですよ」

 

「でもまおりんは頑固だから~。直接お礼を言うんじゃなくて普段の態度で愛情度を示してるんですよ~」

 

「……真生はアタシたちのすっごく大事な、友達なんです。だからこうして連れてきてくれてほんとにありがとうございました!」

 

「……ああ、どういたしまして。じゃあ、俺は友奈を追いかけるからお別れだ」

 

 須美、園子、銀からの純粋な感謝を向けられた真生は笑みを浮かべて、踵を返す。遠くで須美たちの別れと感謝の言葉が聞こえ、それに手を振って返した真生は浮かべていた笑みを消すと、遠い過去を思うように遠くを見つめた。

彼は確か、自らの名を真生といった。自らの生きる意味を知るため、真に生きると決めた名前だった。

 

 ――しかし、結局のところ真生という存在は自らの意味など見つけられていないのだ。怠惰に日常を貪り、無為な時間を過ごしてきただけの存在が一体何を見つけられるというのか。

 気づくのは何もかもが手遅れになってからで、その末でやっと死の覚悟を決める臆病者だ。

 この残酷な現実で、理不尽な世界で、真に生きることのなんと難しいことか。ただ、皆と一緒にいたかっただけなのに、それすらも許されない。

 本当に大切なものがあるのなら、秘密も、責任も、不安も恐怖も全て捨てて守り抜け。例えその先で朽ち果てることになろうとも、思いのままに足掻き抜け。

 後悔をしないことこそを、(未来)“真生”(過去)に望むのだ。だってそれは――――

 

 

 

 

 ――――(真生)には出来なかったことだから……――――

 

 

 

 真生は足を踏み出し、駆け出した。同時に呟いた悲痛な声は、誰の耳にも届くことはなく、静かに響きを失っていった。










前回の更新から早一年と数ヶ月。更新するする詐欺を連続して行ってしまい申し訳ございませんでした。現実の方でも確かに多少忙しくはありますが、ツイッターを見てる方は分かる通りゲームをやる程度の余裕は全然ありました。つまり執筆もできたということです。それにも関わらず長い間サボっていたことは最早謝罪じゃ足りません。五体投地するレベルです。

今の時期からは更に忙しくなることが予想されますが、ちょくちょく更新できるように頑張ります。
お気に入りしてくださっている方と読んでくださっている方に感謝を。

気になった点や、明らかな矛盾点などがあった場合には感想欄かメッセージにお願いします。感想、批評もいつでもお待ちしています。あとがきが重い場合も一言ください(笑)

では最後に


メッセージ:アヤメの花言葉

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