ルピナスの花   作:良樹ススム

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第三十三話 私はあなただけを見つめる

 

「スタークラスターでさえあのザマか。……やはり俺がやるしかない、か……」

 

 星団が勇者たちによって葬られる様を見たUNKNOWNは、自らの手を使うことを躊躇(ためら)うような仕草を見せていた。

 しかし星団を倒したことに喜ぶ勇者たちの様子を見て、瞳に怒りを灯す。

 

「あれだけやって生きていられるというのも、腹が立つな。……勇者の実力を見ておくのも必要なことだし、少し遊ぼうか」

 

 その視線は友奈と美森の方向へと向いていたが、見ているものは二人ではなかった。傍らに浮く精霊を冷ややかな目で見て、彼は強く足を踏み出す。

 彼が足を踏み出した途端地面が抉り取れ、彼は姿を消した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「っ! 来るわよ、風!!」

 

 空気が変わったことにいち早く気がついた夏凜が風に注意を促す。しかしその注意はあまりにも遅く、風の目の前に漆黒の剣が迫っていた。

 

「は、っや!? ……アンタが噂のUNKNOWNか。なかなかいかした顔してるじゃない!!」

 

 風も今までの戦いでの経験を活かし、UNKNOWNの攻撃をギリギリでガードする。風は彼を視界に納めながら力を込めて剣ごと弾き飛ばした。

 UNKNOWNは軽々と着地すると、空へと飛び上がる。夏凜もそれを追いかけるように空へと飛び上がり、UNKNOWNと対峙する。

 

「久しぶりね。今度こそ捕まえさせてもらうわよ」

 

「君には無理だ。諦めろ」

 

「そういう訳にもいかないんだよ!!」

 

 夏凜はそう叫ぶとUNKNOWNへと瞬時に迫り、四本の刀を彼に切りつける。彼は刀の軌道を見切りながら、自らの剣で受け流し続ける。

 夏凜が刀を振るう度に強い衝撃波が広がる。しかしそれをものともせずにUNKNOWNは宙を駆け回る。

 

「すばしっこいっ!」

 

「君が遅いだけだ」

 

 夏凜が物を言う度に煽るような言葉を吐いてくるUNKNOWNに夏凜は知り合いを思い出し、苛立ちを募らせる。

 それでも刀を振るう腕に迷いはなく、粗さも目立つほどのものではない。UNKNOWNは真っ直ぐな太刀筋を貫く夏凜を懐かしむような瞳で見つめ、嘲笑(あざわら)うかのように彼女の大切なものを(けな)した。

 

「なんだ、君がこの程度なら君の仲間もたかが知れてるな。こんな実力でよくスタークラスターを(くだ)せたものだ」

 

「っ友奈たちは弱くなんか無い!!」

 

 夏凜に募っていた苛立ちが爆発し、力んだ腕で刀を振るう。UNKNOWNはそれをつまらなそうな顔で見たまま、真正面から四本の刀を受け止めた。

 漆黒の剣は四本の刀を一瞬だけ受け切ったが、次の瞬間にはまるで紙のようにあっさりと斬りおとされた。当然、剣が斬りおとされた代償はUNKNOWN本人へと向かい、彼も四本の刀に剣を持つ腕ごと斬り刻まれた。

 しかしUNKNOWNは切り刻まれて尚余裕を崩すことは無く、 彼特有の再生能力で瞬時に身体を癒着させてそのまま夏凜から一定の距離をとった。

 

(満開といってもこの程度か……。今の俺では難しいが、勝てないわけじゃないな)

 

「……もう十分だ。帰らせてもらう」

 

「なっ、何を勝手な……」

 

 夏凜は前と同じ徹は踏まぬようにとUNKNOWNを追おうとするも、既に彼の姿は遠く離れており満開で強化されている能力でも追いつけぬほどの距離が築かれていた。

 夏凜はUNKNOWNの相変わらずの逃げ足の速さに悔しさがにじみ出る。仕方なく風の元に戻ると、風は夏凜の無事を喜んだ。

 

「ゴメン、風。またあいつ捕まえられなかった……」

 

「仕方ないわ、こっちでも見てたけど凄く速かったし追いつけないのもしょうがない。それよりも全員無事に十二体のバーテックスを倒せた事を喜びましょ? UNKNOWNはまた次に倒せばいいのよ。全員万全の状態でね」

 

 悔しそうにしながらも風の言葉を否定しなかった夏凜は、満開を解くと共に元の世界へと戻ろうとする樹海を眺める。十二体のバーテックスは倒した。残りのバーテックスはUNKNOWNただ一人。

 

(あいつを倒したとき、私はどうするんだろうか)

 

 それはがむしゃらに訓練し、バーテックスと戦う為の力を蓄えているときには浮かばなかった自らへの疑問。存在価値、そんな目にも見えないようなもののために戦うのはもう駄目なんじゃないだろうか。

 勇者部と関わったことによって視野が広がってしまった夏凜は、戦いのみに目を向けていたときでは見つけることすら出来なかった新たな選択を迫られようとしていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 戻っていく樹海を前に、UNKNOWNは思考を纏めていた。夏凜との戦闘で手に入れた情報を元に、次の戦いを見据えて準備をしているのだ。

 

(満開は思った以上に万能な能力ではなさそうだ。彼女たちが散華で何を失うのかは知らないが、次の戦いの時には多少の戦力ダウンもあるだろう。……初めから俺が出張るのは控えておいた方がいいか? むしろ俺がいないと思わせたほうが楽でいい)

 

 思考を纏めている中で樹海が元の世界へと完全に戻る。その時、UNKNOWNは気がついた。

 

「此処は……瀬戸大橋の……」

 

 UNKNOWNは樹海からの帰還の際に祠の近くに召還されることはない。彼自身のもつ力によってそれを妨害しているからだ。しかし今この瞬間は違った。瀬戸大橋の近くには神樹の祠が存在する。自分が誰かに呼び出されたことを確信したUNKNOWNは歩を進める。彼が奥に進むとそこにはある少女が(たてまつ)られていた。

 

 その少女とは――。

 

 

 

 

 

 

「久しぶり~、マオりん♪」

 

 包帯がいたるところに巻かれている痛々しい姿とは裏腹に、いっそ清々しいほどに元気な声を上げる片目のみを覗かせる少女。

 彼女の名前は乃木園子。友達を守る為に満開を繰り返し、それによる代償で身体の機能の大半を奪われた先代の勇者である。

 そして彼女はUNKNOWNを相手にまるで昔からの知り合いであるかのように声をかけた。それに加えて名前、マオりんというのが愛称というのは聞けばわかる。そしてその愛称の元となった名前も分かり易すぎるほどに明確に含まれていた。

 UNKNOWNは伏せていた瞳を園子に向ける。その瞳に悪意は無く、園子と同じく旧知の友を見るかのような瞳だった。

 

「……俺はオフィウクスだ。もう君の知る真生じゃない」

 

 UNKNOWN――本来の名をオフィウクス・バーテックス。蛇使い座の名を冠するこのバーテックスは、今まで人間社会に紛れ込みながら日々を過ごしていた。

 彼は蒼い瞳を橙色に染め、瞳と同じように鮮やかな蒼の髪を黒く染める。それと同時に大学生ほどだった身体が縮んでいき、中学生ほどの身体に変わる。

 

 彼の人間としての名は、草薙真生。

 

 友奈たちと深い関わりを持つ、人になりすましたバーテックスである。

 

 

 

「私にとってはマオりんは変わらずマオりんだよ~。やっぱりって顔してるし、私が呼んだ事には薄々感づいてたのかな?」

 

「そんな事が出来る人間はそうはいない。消去法で考えればすぐに分かったよ。……それで、何故俺を此処に呼んだ?」

 

 先程までの友好的な態度を消し、無表情のまま園子を見つめる真生。園子はそれにすら一切臆する事無く真生に対して微笑みかけながら語る。

 

「もちろん、マオりんを止める為だよ。私たちは貴方にそんな事をさせるために戦ってたんじゃないんだから」

 

 園子の言葉を受け止めた真生は、表情すら変えなかった。園子は真生を痛ましげに見つめながら、自らの意思をぶつける。

 

「マオりんは贖罪をしたいんだよね。……でもミノさんを死なせたのは貴方のせいじゃないよ。アレは、ミノさん自身が決めたこと。私たちの力不足で、それを選ぶしかなかった……。だから」

 

「……何を見当違いな事を言っているんだ?」

 

「……」

 

 園子の言葉を遮り、真生はまるで他人事のようにつまらなそうに声を発した。

 

「これは俺がやるべき事だ。園子、君だって知っているだろう? 俺たちバーテックスは、人を滅ぼす為に生まれた。同類に出来ないんだったら俺がやるまでだ。そこに銀が介入する余地は無い」

 

「……ねえ、マオりんまた演技してるでしょ? 似合わないからやめたほうがいいよ~」

 

 真生が言い切った直後に、園子が再び真生に話しかけてくる。遠慮の欠片もないその言葉は、真生を反論させるには十分だった。

 

「これは俺の紛れも無い本心だ。君のほうこそそんな身体で何が出来る。君は元々誰かのためという理由で戦っている事は知っている。だがもう君の大切な友達は、須美は君の事なんて欠片も覚えちゃいない。それでも尚、誰のために戦うというんだ」

 

「う~ん、別にわっしーだけが私の戦う理由じゃないからね~。こんな風になったりもしたけど大赦の人には感謝しているつもりだし、両親だって大好きだよ? それを知っていて私の戦う理由を訊くなら、答えは一つだよ。

 

 

 ――私はマオりんのために戦う。今の貴方は自分を偽ってるから。自分の意思で戦っているわけじゃないから。無理を通してでもマオりんにこの世界を壊させはしないよ」

 

 断固とした口調で言い切る園子。強い意志を感じるその言葉は、飾っていないからこそ真生に響いた。だが真生は止まらない。最早そういった言葉だけでは止まれないから。

 自らの罪を自覚しているからこそ、彼が止まる事は無い。

 

「そもそも、マオりんならこんな回りくどい事する必要はないよね~。全てのバーテックスと一緒に此処に攻め込んじゃえばそれで終わってた。もっと早くに終わらせてしまえばこうやって私と会うこともなかったんだから。それに本当なら神樹の力は貴方にとって害悪そのものだよね? それをまだ捨てないで貴方がまだ身体に秘めているからこそ、私は貴方をここに呼び出せた。バーテックスとして弱体化してまでマオりんは守りたいものがあった。違うかな?」

 

「……もう俺に守りたいものなんて無い。終わりを待つだけの世界にそんなものがあってたまるものか。人類なんてものは儚く散るしかできないちっぽけな存在なのだから」

 

 園子は真生の返答に困ったような表情を浮かべる。これではまるで子供だ。園子を気に入らないものと認識しようとしていても尚、律儀に返答している真生の言葉の節々に感じる心は、本人が言うほどに悪に染まりきってはいない。これはむしろ――。

 

(純粋だからこそ……そんな風に言い聞かせているんだね……)

 

「君のことだ、どうせ人払いはもう済ませてあるんだろう」

 

「うん、邪魔されたくなかったからね。信頼できる人に見張りを任せてあるから基本的には誰もここには来れないよ」

 

「よくもまあそんなことができたな。確かに君のいった通り俺は弱体化している。だけど記憶を封印するくらいは容易に出来るんだ」

 

「それは勘弁かな~。昔馴染みだから一度くらい見逃してもらえると嬉しいな」

 

「ほざけ」

 

 真生はそう言うと、園子の横たわっているベッドへと近づく。園子は近づく真生を微笑みながら待つ。今から何をされるのかを分かっているというのに、それでも余裕を崩さない園子が真生は嫌いだ。まるで見透かしているかのように、知った風な口をきかれるのは腹が立つ。

 もう自分は穢れきっているというのに。敵であることには変わらないのに。

 

 

 ――――それでも草薙真生という男を信じきっている園子を、裏切ってしまっている自ら(草薙真生)が大嫌いだ。

 

「大赦に端末も取り上げられて、戦う術のない君には手を出す価値もない。……園子、俺はお前が嫌いだ。もう俺に関わるな。お前の戦いは、二年前にとっくに終わっているんだよ」

 

 最後にそう告げると、真生は背中を向けて去っていく。

 見えなくなるその背中を寂しそうに見届けた園子は、虚空を眺めて呟いた。

 

「やっぱり貴方は優しすぎるよ。確実な手段はあるのに、それが皆が傷つく結果になることがわかっているから、別の手段を模索する。それでも何も見つからなくて、自分と周囲を騙して騙して戦い続ける。こんなの誰も望んでない。私もわっしーもミノさんだって、貴方が傷つくような贖罪を求めたことは一度だって無いのに」

 

 

 ――――それでも貴方は涙を流して傷つき続ける。

 

 

 もう二度と戻れない過去を思い浮かべた園子は、今もなお彼の心に強く刻まれている彼女の存在を羨み、悲しんだ。

 

「……ミノさんはずるいよ。かっこよくて、優しくて、でも可愛いところもあって。マオりんにもあんなに愛されてたのに、一人だけいなくなっちゃった」

 

 たった一人、三体ものバーテックスの前に立ちはだかり、撃退を果たすという壮絶な最期を遂げた先代勇者の一人である三ノ輪銀。

 先代勇者の三人のなかで最も勇者足り得た彼女は、勇者に相応しい勇気と覚悟を持っていたが故に命を落とした。

 実際それ以外に方法はなかった。だからこそ残された二人の勇者、乃木園子と鷲尾須美は彼女の思いを共にして後の戦いを制したのだ。しかしそれによって彼女たちが得られたものは少なかった。

 束の間の平和の間にも、真生は活動していた。ただ、自らの罪の贖罪をしたいがために。

 赦されたいわけではない。自らを赦せなかったからこそ彼は動くのだ。

 

「私たちはずっと繋がってる……そうだよね、ミノさん、わっしー。心配しなくて大丈夫。マオりんは私が、私たちが連れ戻すから」

 

 幾度となく散った花は、再び咲くことを誓う。

 

 

 

 ひたむきに星を見つめた一人の少女が新たに戦いに身を投じる。彼女の戦いは、まだ終わってはいないのだから――――。




 UNKNOWNの正体は皆さんご存じの人型バーテックス、オフィウクスこと草薙真生でした。
 よくよく考えてみたら一話目とあらすじからバーテックスとばれているのにここまでよく引っ張ったなと自分で感じてしまう始末。

 今回の話は少し鷲尾須美は勇者であるを既読済でないと分かりづらかったかもしれません。
 これについてはまた詳しくやる機会がありますのでそれまでお待ちください。

 ゆゆゆの全ての始まりが四日後に迫ってますね。若葉さんの活躍が楽しみです。

 それでは気になった点や誤字脱字、明らかな矛盾点などの不備があったら感想欄かメッセージにてお伝えください。拙作の感想や批評もいつでもウェルカムです。
 では最後に、


 私はあなただけを見つめる:ヒマワリの花言葉

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