ルピナスの花   作:良樹ススム

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※執筆が久しぶりだったため雑な描写が目立つかもしれません。


第三十話 未来への憧れ

 

「で、夏凜は樹のためにサプリを持ってきたわけだ」

 

「えぇ、そうよ。サプリだけじゃなくて、オリーブオイルとか喉に良い物を中心に持ってきたわ」

 

 翌日、部室の机の上には夏凜の持ってきたたくさんのサプリが置かれていた。戸惑う勇者部メンバーを尻目に、夏凜は自慢げにサプリの効果について説明を始めた。

 

「マグネシウムやりんご酢は肺にいいから声が出やすくなる。ビタミンは血行を良くして喉の荒れを防ぐ。コエンザイムは喉の筋肉の活動を助け、オリーブオイルとハチミツも喉に良い」

 

「……詳しい」

 

「流石です」

 

「夏凜ちゃんは健康食品の女王だね!」

 

「よくそこまで集めるな」

 

「夏凜は健康の為なら死んでもいいって言いそうなタイプね」

 

 それぞれ、夏凜の健康食品の知識に対して驚き、風は夏凜を健康の鬼とでもいう風にからかう。当然夏凜は風のいうことを否定して、樹に自らの持ってきた数多の健康食品を勧めた。

 

「さぁ、樹。これを全種類飲んでみて。グイッと」

 

「えっ!? 全種類!?」

 

「多すぎでしょ、それは……。流石に夏凜でも無理じゃない?」

 

「あ、馬鹿風。そんなこと言うと……」

 

 樹に無茶な注文を押し付けた夏凜に風が挑戦的な態度をとると、真生は慌てて風の口を止めようとした。がしかし、真生の懸念は当たり、風の口を押さえる暇も無く、夏凜は風の挑発に乗ってしまった。

 

「なっ無理ですって? いいわよ。お手本を見せてあげるわ」

 

 

 ※以下、危険性を考慮した上でギャグとして行っています。

 

 過去の経験から無理という言葉がとことん嫌いな夏凜はその言葉を否定すべく、自らの持ち込んだ数多くの健康食品を貪り始めた。ザラザラザラと夏凜の口内にサプリの錠剤の波が流れ込む。それを口の中に収めた夏凜はオリーブオイルを飲み込み、同時に口内に溜まっていたサプリメントも全て飲み込む。その後も健康食品の数々を貪る夏凜。

 全ての食品を食べつくした夏凜は冷や汗を掻きながらも自慢げに勇者部のほうを見る。しかし、特殊な訓練を行った夏凜といえども、一度にこんな量の健康食品を食べて耐えられるものだろうか。いや、耐えられない。

 

「――――ん~~~!!!???」

 

「夏凜ちゃん!? 大丈夫!?」

 

 夏凜は顔を真っ青にして勇者部の部室から出て行き、一目散にある場所へと駆けていく。友奈は夏凜を心配するが、夏凜は友奈の声も聞こえていないのか振り向くこともしなかった。真生は夏凜の後先考えない行動に、呆れて溜め息を着いた。

 

 戻ってきた夏凜は口元を持参のハンカチで拭いながら、再びメンバーの前に立つ。

 

「樹はまだビギナーだし、サプリは一つか二つで十分よ」

 

「……はぁ」

 

 全員がビギナーとはなんなのかと思いつつも、それを口には出さずその場は治められた。

 その後樹にサプリを使ってもらったが、結局樹は歌よりも緊張の方に問題があったので、夏凜の用意した健康食品の数々はほぼ使われずに終わった。それではもったいないという事で、一部を勇者部の面々で分け合う事によって健康食品は有効的に使われたのだった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 その日の帰り道、樹は真生と二人きりで帰路についていた。風は友達に呼び出され、泣く泣く真生に任せて学校に残ったところである。

 

 樹としても、勇者部に手伝ってもらっているのにも関わらずなかなか成果が出ないので落ち着く時間が欲しいと思っていたところだった。

 隣で歩く真生は、何も言わないし、何も訊かない。人によっては薄情だとか、気も遣えない男だとか思うこともあるだろう。

 しかし、樹はそうは思わなかった。そこにあるのは家族と共にいるような安らぎだった。真生はあまり積極的に動こうとはしない。だが、学校で風が友達に呼び止められ、一人で帰ることになった樹を心配して共に帰ることを真っ先に決めてくれたのは真生だった。

 樹はそれが嬉しかった。自分は彼にとって積極的に動くだけの価値があるのだと思えたから。樹が彼に抱いている感情は決して“恋愛感情”ではない。むしろ、純粋に家族のように慕い、彼を兄のように思っていた。どこか姉と同じ空気を感じる真生と共にいることは、樹に安心感を与える。

 たとえ会話がなかったとしても、真生が樹を心配している事は一目瞭然だ。さりげなく車道側を歩いていたり、歩幅を樹に合わせていることから簡単に理解できてしまうのだから。

 

 樹は真生と歩く内にふと考えてしまう。真生自身がどう思っているのかを。普段は真生は夏凜と帰っているところに自分が邪魔したようなものなのだ。先程までは自らのことばかり考えていて気がつかなかったが、それを迷惑に思っていたら。真生が自分から志願している時点でそんな事はありえないのだが、一度考え付いた被害妄想は思うようには止まらない。

 気分の良さそうな顔から何故か突然顔色の悪くなった樹に、真生は不思議に思う。流石に心配になったのか、真生は樹に声をかけた。

 

「樹、顔色が悪くなってきているけど大丈夫か?」

 

「ひゃい! あ、あの……えっと、真生さん、私のこと迷惑に思っていたりしませんか?」

 

「……どうしてそんな考えに至ったのかは分からないけど、そんなことは無いよ。断言する」

 

 途端にふぅと息を大きく吐く樹に、真生は疑問符を浮かべるばかりだ。普段察しがいい割に鈍感なところはどこまでも鈍感な真生に、樹は笑った。樹の笑みに真生は眉をかすかにひそめたが、笑えているならいいかと判断したのか彼も薄く笑った。

 

「真生さんって鈍感だとか言われたことないですか?」

 

「いきなり失礼だな。そんなこといわれたのは今までで一度や二度位だ」

 

「言われてるんじゃないですか」

 

 言葉を詰まらせる真生。色々と言い訳を考えている様子だったが特に考え付かなかったのか話題の転換を図った真生は、樹と明の関係性について訊き始めた。

 

「そういえば樹と明はいつから仲良くなり始めたんだ? 夏祭りの頃から既にかなり仲が良かったようだけど」

 

「明ちゃん、ですか? ……明ちゃんと知り合ったのは私が三年生くらいの頃です。本格的に仲良くなったのは五年生くらいからですけどね。その頃の私は今よりももっと臆病で、はっきりとした意見がいえなかったんです。だから、いじめとまではいかなくても、どこか敬遠されていたんです――――」

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「うわ、犬吠埼だ……」

 

「あいつ、いつも声が小さくて何言ってるのかいまいち分かんないんだよな。おっかない姉もいるらしいし、ほっとこうぜ」

 

「あ、わたし犬吠埼さんのお姉さん見たことあるよ。凄いしっかりしてる人だった」

 

「そうなの? ……じゃあ全然似てないね」

 

 樹は机の上にタロットカードを並べ、集中することで周りから聞こえる声をシャットアウトしようとしていた。

 彼女にとって、姉は偉大で大切な家族だ。そんな姉が褒められるのを聞くのは悪くないが、自分が(けな)される事に姉が使われることが嫌だった。

 

 ――――お姉ちゃんはわたしなんかと比べちゃいけないくらいに凄いんだもん。いつもわたしを守ってくれるし、わたしを気遣ってくれる。……わたしもそんな風になりたいのに……。

 

 頼れる姉を誇りに思い、その姉をいつかは支えたいと考える樹。しかし、この頃の樹には勇気がなかった。姉を出汁にして自分を貶す彼らを見返そうにも、そんな力は自分には存在しないと決め付けていたのだ。

 そんな樹に声をかけてくれたのが明だった。

 

「何してるの?」

 

「……占い」

 

「そっか。じゃあ私のことも占ってみてよ! どんな結果でも文句は言わないからさ」

 

 樹は初めは困惑していた。殆ど会話もしたことの無いようなクラスの中心人物。それが樹にとっての加藤明という存在だった。

 頼まれてしまった手前、断ることも出来ずに樹は彼女を占う。占う内容は、明の少し先の未来について。

 明は樹の占いの結果が出るのを待ちながら、他のクラスメイトとも交流を深めていた。樹は自分の占いが軽んじられているようで少し嫌な気分になったが、気にせず続ける。

 結果、現れたのは死神のカード。明は苦笑しながら、

 

「あらら、もしかしなくてもこれ悪い結果だよね?」

 

「……うん。破滅とか、破局って意味があるの」

 

「あはは、最近お父さんも忙しそうだし、それに関係してるのかな」

 

「……まぁ絶対に当たるっていうわけじゃないから」

 

 樹は明の明らかに沈んでいる様子を見て、フォローをした。それは樹にとっては何気ない一言だったかもしれない。しかし、明はその一言を受け取って、嬉しそうに笑いながら、

 

「慰めてくれるの? ありがとう」

 

 樹は明の言葉が照れくさかったのか、下を向いて小さな声でそ、そんなわけじゃ、と呟いた。明は樹の呟きが聞こえていなかったのか、そのままクラスメイトに呼ばれて去っていった。

 これが明と樹のファーストコンタクト。そしてそれから二年が経ち――――――

 

 

 

 ――――大規模な自然災害が四国を襲った。その事故で死亡した人間は三名。三名の内、二人は夫婦であった。その夫婦の姓は犬吠埼。そして、最後の一人の姓は加藤であった。

 そう、樹と明は同時期に両親を失っていたのだった。

 

 両親が死に、犬吠埼家を支えるのは姉の風だけだった。樹は姉に頼ることしか出来ずに歯がゆさを抱えていた。明もそうだ。祖父に支えてもらってようやく両親の死を乗り越えたのだから。

 二人は三年生、四年生、五年生と全てクラスが同じだった。五年生になる前までは明との交流も少しはあったが、それも自然災害が起こった後に次第に減っていった。五年生になって半年を迎える頃には樹も両親が死んだ事で沈んでこそいたものの、友達もそこそこにいたし、敬遠される事も少なくなっていた。明との交友関係も五年生を境になくなってしまう。樹はそう考えていた。しかし、その予想に反して樹は偶然帰り道で明と出会った。

 

 隣だって歩くが、なかなか会話も生まれず、樹はなんともいえない感情に襲われる。それは罪悪感だったのかもしれない。あの時自分が占ってしまったから、死神のカードを引いてしまったから。だからこそ彼女はこんなにも不幸な目に遭ってしまっているのではないか。そんな事を考えている最中、明に声を掛けられて樹は硬直した。

 

「樹ちゃんって占い上手なんだね。まさかこんなに後になってから本当に当たるなんて思いもよらなかったよ~」

 

 軽々しくそれを口にする明に樹は恐怖を覚える。樹が彼女を占ったのは、三年生のときだけだ。自らの親が死んでしまったことなど思い出したくも無いだろうに、そのことを連想させるような事を簡単に口に出来る彼女は一体何を考えているのか。そのときの樹は得体の知れないものを相手にする気分だったかもしれない。

 しかし、明が次に放った言葉によってそんな気分もすぐに消え去った。

 

「……樹ちゃんはさ、運命ってどう思う?」

 

「……え?」

 

 唐突な質問に樹は明の方向を見た。明は真剣な顔をしている。樹はその表情を見て、何か別の感情が彼女の中で渦巻いていると思った。確証は無い。だがそう感じた。

 明の質問に樹は自らの考えている事を正直にそのまま答えた。

 

「……私は、運命はとっても大切なものだと思う。でも同時にそれを妄信するのはいけないことだと思うよ」

 

「どうして? 占いだって運命に導かれているようなものでしょ?」

 

「ううん。私にとって占いはあくまで道標(みちしるべ)なんだ」

 

道標(みちしるべ)?」

 

 樹は自然とそれを口に出す。占いが好きだった樹はそれに関係する事は殆ど知っている。(まじな)いや(のろ)いも占いの一種だ。だが、彼女は好んで人を視ることを目的とする占いをする。それは彼女が人を支えたいと願うからだ。(まじな)いや(のろ)いは人を支える為に使うようなものではないし、魔法のように自在に扱えるわけではない。

 人の行く先を示す事は、本来なら他人である樹がやっていいことではないのかもしれない。だが樹はそれでも占いを続けるだろう。色々な人に最善の選択をして欲しいから。幸せを得てほしいから。

 

「占いっていうのは確実なものじゃない。それに身を任せるのも抗うのもその人次第なんだよ。だから私は運命なんて言葉で全部片付けられたくない。大事な人が運命のせいで酷い目にあるなら変えたいって、変えられるって思いたいから」

 

「運命を……変える……。樹ちゃんは強いね。私はそんなことまで考えたこと無かった。でも、そうだよね。大好きな人たちが辛い目に遭うのに、運命なんて言葉で片付けられたら、嫌だよね」

 

「……うん」

 

「樹ちゃん私ね、お爺ちゃんに恩返ししたい。私をずっと守ってくれてたお爺ちゃんを今度は私が守りたい」

 

「私は、お姉ちゃんを支えたい。まだ無理かもしれないけど、絶対にいつかは支えられるようになりたい」

 

 同じ境遇の少女たちはその日、前へ進んだ。その両方が大切なものを支える事を誓って。

 

 

 

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「っていう事があって。今思うとちょっと恥ずかしいです。まだお姉ちゃんを支えることも出来ていませんから」

 

 恥ずかしそうにする樹。真生は樹の話を聞いた直後から黙り込んでいる。表情こそ変わっていないが、樹は何かに驚いている様子のように思えた。

 

「……真生さん、どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない。樹は立派だな。きっと風も鼻高々だろう」

 

「私なんてまだまだですよ。明ちゃんのほうがもっとしっかりしてます!」

 

 樹と真生は楽しげに会話をしている。真生は彼女の過去の話を聞いて、納得のいった様子を見せている。その後も話題は広がり会話も弾んだが、楽しい時間も終わる時は早いもので、樹を家の前まで送った真生はそのまま去っていった。

 

 

 

 

 樹は風が帰ってくる前にシャワーを浴びていた。浴槽に浸かる彼女の周りを木霊(こだま)がくるくると飛び回っている。

 溜め息を着く樹を心配するように木霊は樹の近くに寄ってくる。樹は健気な木霊を見て癒されながら、木霊を安心させるように言葉を投げかける。

 

「大丈夫だよ、木霊」

 

 樹はそう言うと視線を木霊から手元にある写真に移した。その写真は水にぬれても大丈夫なようにポリ袋によって保護されている。その写真は先日カラオケに行った際に記念としてみんなで撮ったものだ。笑顔で映るみんなの姿は自然と樹の頬を緩ませる。

 樹は課題となっている曲を歌う。その歌声はカラオケで披露したものとは違い、聴く者を魅了するような美しくも可愛い音色となって響き渡る。木霊もその歌声に魅了されたのか、楽しそうに宙を舞っている。

 途中まで歌ったところで外気が風呂場に入り込んでいることに気がつく。樹がそちらを向くと同時に彼女の大好きな姉が樹に声をかけてきた。

 

「やっぱり樹、一人で歌うと上手いじゃん♪」

 

「お、お姉ちゃん帰ってたの!? っていうか聴いてたの!? 酷い~」

 

「全く~。樹はもっと自信持っていいのにっ。ちゃんとできる子なんだから」

 

 そういって扉を閉めて離れていく風に背を向けながら、樹は難しい顔をして迫っている歌のテストのことを考えていた。

 

(歌のテスト……合格したいな。みんなのためにも、自分のためにも)

 

 樹は決意を新たに風呂場を出る。そして、頼りになる姉にこういうのだ。

 

「いつもありがとう、お姉ちゃん!」

 

「ちょっと樹突然何~。お姉ちゃん嬉しくて張り切っちゃうぞ☆」

 

 こうして犬吠埼家の夜は、平和に過ぎていったのだった。




 お久しぶりです。最近本格的に不定期更新になってきていますが、エタる気は微塵も無いのでご安心下さい。プロット自体はもう完成しているので後は突っ走るだけです。

 そして前回は二つに分けるつもりと言いましたが、予想外に伸びました。後一話続きます。

 第六巻が届いたので早速特典ゲームをプレイしてみました。第一巻の特典ゲームは持っていないのでよくわからないのですが、神樹様の恵みが……神樹様なに考えてるんですか(歓喜)

 流石にちょっと驚きましたが楽しかったです。プレイしてみた結果早く後日談を書きたいと思ってしまう……。まだ本編半分もいってないのに……。

 ではいつもの。
 気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄かメッセージへお願いします。作品に関する感想や批評もお待ちしています。
 最後に、


 未来への憧れ:アルストロメリアの花言葉

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