ルピナスの花   作:良樹ススム

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 遅れて申し訳ありません。
犬吠埼姉妹の花を十話にて間違えていたようなので修正しました。
風 スミレ→オキザリス
樹 アマドコロ→鳴子百合


第二十八話 思いやり

 

 翌日になり夏凜が帰った後、勇者部は部室の中で会議をしていた。議題は夏凜の誕生日である。

 

「さて、夏凜の誕生日のための準備の話だけど、真生と東郷。あんたたちの方の準備は順調?」

 

「もちろんです、部長。保育園でみんなで食べる分のケーキと、後で夏凜ちゃんのお家で食べる為のケーキ。合わせて二つのケーキを注文しておきました。前日には届きますよ」

 

「こっちも準備は完了してます。保育園の方への根回しもできてますし、園児の協力も得られそうです。飾り付けに使う道具も揃えてあります」

 

 風に準備の進行具合を聞かれた二人であったが、そこはしっかりしている二人組だ。真生と美森は既に殆どの準備を終えており、風を驚かせた。

 

「流石ね……。夏凜はきっと驚くでしょうね。依頼先で自分の誕生日パーティーが行われるなんて」

 

「友奈先輩が昨日の時点で見つけてくれていなかったら、こんなに早く準備は進みませんでしたよね」

 

「えへへ~♪」

 

 樹の言葉に友奈は後頭部を掻きながら照れているようだ。

 先程樹が言ったように、友奈は子供会のレクリエーションの話をして、夏凜が帰っていった後に夏凜の入部届けを見て誕生日を真っ先に知ったのだ。

 風はそれを知って迅速に準備を進める事を考えた。夏凜の誕生日は六月十二日。レクリエーションの日と被ってしまっている。しかし、風はそれを逆手に取り、園児たちと共に大々的に誕生日パーティーを行おうと考えたのだ。

 真生と美森の活躍により、その準備ももう終盤に差し掛かっている。後は保育園で飾りつけを行うだけのようなものだ。

 しかし、問題は夏凜である。今は行く気のようだが、どれだけこちらがしっかり準備をしたところで彼女が当日になって突然ドタキャンしてしまったら、たまったものではない。

 風がそれを真生に伝えると、真生は頼りがいのある笑みを浮かべていった。

 

「引きずってでも連れてくるよ」

 

 真生の言葉に安心した風は、週末に楽しみを抱く。それは他の者も同じようで、それぞれがそれぞれのやり方でわくわくを隠したり隠さなかったりしていた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 週末となり、夏凜は集合時間よりも遥かに早くマンションを出ようとしていた。真生と仲良く行くのが嫌だったのもあるが、本人も楽しみだったのだろう。隠し切れないそわそわした雰囲気が彼女の周りを漂っている。

 しかし、自転車に手をかけた彼女に待ったをかける人物がいた。

 

「どこに行こうとしてるんだ? 夏凜」

 

「げっ……真生」

 

 あからさまに嫌な顔をする夏凜に真生はため息をつく。元々あった彼女の生活のバランスを崩したのは確かだがそこまで怒らなくともいいのにと真生は思う。彼はここ最近は夏凜の食生活の改善と同時進行で、彼女の身の回りの世話まで行っていた。夏凜が嫌がるので流石に部屋の中にまでは入っていない。真生としてはどうせ日曜日には勇者部と共に夏凜の部屋に入ることになるので関係ないのだが。

 そんな真生の口うるさい母のような行動に夏凜は感謝こそしているが、それと同じ位に辟易していた。なので、その影響で真生への態度が多少きつくなるのも仕方ないといえなくも無いだろう。

 

 行き先を訊いてくる真生に、夏凜は自転車のタイヤの確認を行いながら答えた。

 

「学校よ。今日はレクリエーションの手伝いするんでしょ? ただ今日は早めに行く気分なだけだからね。楽しみだったとかそんなことは無いから!」

 

 真生が訊いてもいないことを勝手に話して盛大に夏凜は自爆した。真生は苦笑しながらそれを聞かなかったことにすると、夏凜にとって衝撃的な一言を放った。

 

「今日の部活動は現地集合だぞ」

 

「なんですって!?」

 

 夏凜は驚愕を示しながら、自らのバッグの中に入っていた樹が配った紙を見る。その集合場所の欄に書いてあるのは真生の言った通り、現地集合という文字が並んでいる。

 わなわなと震えている夏凜に真生は今思いついたとばかりに口を開く。

 

「ちょうどいいから俺も一緒に行くかな。君まだ児童館の詳しい位置とか知らないだろ? そこそこ早い時間なんだし行く途中で色々教えるよ。うっかりしてる夏凜を一人にするのは不安だからな」

 

 夏凜はもう何も言えなかった。いつもなら反論するものの今回ばかりは完全に夏凜のミスだ。言い逃れしようにも自分で学校に行くといったのだから何も言えるわけが無い。

 夏凜を止めたときには既に真生も準備を終えていたようで、真生も自分の自転車に手をかけている。真生はリュックサックを背負っており、その中には今回のレクリエーションで使うものも入っているだろう。

 真生は手早く携帯を取り出し操作すると、すぐに夏凜に向き直す。

 

「それじゃいこうか。児童館に一気に行くんじゃなくて、町の案内しながら行くからぎりぎりになるかもだけど、心配はしないでいいぞ。その辺に関してはもう風先輩に話は通してあるから」

 

「……分かったわよ。海までの道くらいしか知らなかったからちょうどいいわ。ただし! 案内するからには完璧にしなさいよ。手を抜いたら承知しないからね!」

 

 諦めたのか夏凜はもうやけくそな感じで真生にそういった。再会以来微妙な距離を感じていた真生にとってはその距離をもう一度埋め直すいい機会だ。ここぞとばかりに歯を見せながら笑い、頼れる一言を夏凜に言った。

 

「任せとけ」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 真生と夏凜が町を見て回っているなか、児童館にいる友奈たちは急ピッチで準備を進めていた。真生が時間を稼いでくれてはいるが、それもいつまで続くか分からない。

 園児も含めて、全員が忙しく動き回っていた。しかし、園児は風たちのように綺麗に仕事ができるわけではない。風は園児のやった部分の手直しの必要な場所を探して修正するのを繰り返していた。今の時刻は9時45分。夏凜たちは遅くとも5分前、もしくは3分前には来るだろう。

 それまでには準備を完了しなければいけない中、友奈や樹までもがミスをするので流石の風も大変そうである。

 

「もうちょっとだけ時間稼いでよ、真生……!」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

(そろそろ案内する場所も無いな。時間は……9時55分。近くに児童館もあるし、夏凜も町の散策は飽きたみたいだし行かなきゃまずいな。風のほうも準備が終わっていればいいんだが……)

 

「どうしたのよ、真生。時間もそろそろヤバいんじゃないの? 早く行くわよ」

 

「ん、ああ。行くか」

 

 真生は児童館へと方向を変えてペダルをこぐ。風たちのほうが心配ではあるが、それで遅刻してしまったら目も当てられない。このままの調子で行くと彼らは58分ほどには着くだろう。

 真生には風たちの現状は分からない。だからこそ、彼女たちを信じるしかないのだ。夏凜は真生の少し焦っている様子に不信感を抱いていたが、あえて気にしないでおいた。彼女の経験上、真生は自分の事に関しては何かとはぐらかすだけだからだ。

 

 そうこうしている間に、児童館の前へとたどり着く二人。真生も夏凜も違う理由ではあるが、緊張を隠せない面持ちで児童館へと入っていく。そんな彼らを出迎えたのは盛大なクラッカーの音だった。

 

「「「「誕生日おめでと――――!!」」」」

 

「……は? え……?」

 

 何が起きたのか分からない様子の夏凜に真生は微笑む。なんとか間に合ったようだ。

 奥から現れた友奈たちも口々に祝福の言葉を夏凜に送っている。夏凜は羞恥と照れによって顔を真っ赤に変える。

 

「誕生日おめでとう、夏凜。言ったろ? 来年はもっと大変だってな」

 

「……預言者かアンタは。というかこれどういう状況よ。私はアンタ以外に誕生日を教えた覚えは無いわよ」

 

「あ、私が夏凜ちゃんの入部届けに書いてあった誕生日を見つけたんだ~。もしも見つけてなかったらこんな誕生日会開けなかったよ~」

 

 夏凜の疑問には友奈が答えた。

 まさかそんなところから見つかるとは思っていなかったのか、夏凜は少し悔しそうにしている。

 

 あまり、入り口付近で集まっていてもしょうがないので、奥へと移動する勇者部一同と園児たち。今回のメインはあくまで部活動であるレクリエーションの手伝いである。しかし、園児たちも含めてこのお祝いムードはなかなか収まる気配を見せない。

 それを見かねた子供会の付き添いとしてきていた大人の人は、特別に誕生会を行うことにした。元々準備はしてあったので、誕生会はすぐに始まる。

 みんなでジュースを飲んだりお菓子をつまんだりしている中、夏凜は隅っこの方で一人でジュースをちびちびと飲んでいた。

 それをめざとく見つけた風と真生が夏凜の前に現れた。

 

「夏凜、アンタは今回のパーティーの主役でしょうが。そんな隅っこの方で寂しそうに見てないで、こっちにいらっしゃい!」

 

「風のいうとおり、みんなお前の誕生日を祝っているんだ。園児たちとでも遊んでこいよ」

 

 真生と風に引っ張られて、夏凜は園児たちの前に連れてこられた。園児たちは夏凜のことを詳しく知らない。精々顔と名前を知っている程度だ。それでも誕生日会の準備を手伝ってくれたのは、ひとえに勇者部の人望があってこそだった。

 園児たちから見たらあまり交友の無いお姉さん。夏凜は子供の無垢な瞳を見つめながら、慌てて言葉を探していた。

 園児たちは顔を合わせると、笑みを浮かべて夏凜に言う。

 

「「「夏凜おねーさん誕生日おめでとー! はいこれプレゼント~~!」」」

 

 一斉にそう言った園児たちに、夏凜は目を丸くしながらも彼等が手渡した何かを受け取る。

 

「えっと……ふん、仕方ないから祝われてあげるわよ!」

 

 夏凜は言葉を返したが、照れ隠しの時によくなる言い方になってしまった。もう少し年を重ねれば彼らも理解できるだろうが、未だ園児の子供たちにこの言い方の夏凜の気持ちを読み取れというのも酷だろう。

 案の定園児たちも首をかしげている。しかし、感謝しているということは伝わったのか、夏凜の名前を呼びながら彼女に飛び付き始めた。

 

「夏凜ちゃんこれからもよろしくね~」

 

「うっひゃ~」

 

「真生! 何とかしてこいつらどかしてよ!」

 

「洗礼だと思って我慢しろ。その内どいてくれるから」

 

 真生が薄情にも夏凜を見捨ててその場を離れていった後、他の勇者部部員も近づいてきた。樹と美森である。

 

「はい、夏凜ちゃんの分のケーキ。後、牡丹餅」

 

「どっちも美味しいですから是非食べてくださいっ。きっと気に入りますよ♪」

 

 美森に手渡された皿を受け取り、夏凜は近くに園児がいることで食べにくそうにしながらもケーキを口にする。

 夏凜は口にした途端に、目を見開き自らの食べたケーキを見た。

 

「……美味しい。それに甘さも控えめ?」

 

「事前に真生くんに聞いてたからお店の人にそう注文したの。私が作ってもよかったけれど、洋菓子はまだそこまで得意じゃないからね」

 

 美森の気遣いに夏凜は自分でも気がつかないうちに胸が温かくなる。美森は微笑みながら自らの自信作であり代表とも言える牡丹餅を勧める。

 夏凜は牡丹餅をゆっくりと口に運ぶ。口の中に広がる牡丹餅の甘い香りと味が夏凜の舌を楽しませる。牡丹餅の独特の触感も彼女の口内を楽しませる一因だろう。

 友奈が絶賛し、食べた者全員が口々に美味しいと言いながら手を伸ばす美森の牡丹餅は伊達ではないという事だ。しかも、この牡丹餅は夏凜の好みまで考えて作った渾身の作。思わず夏凜が牡丹餅にかぶりつくのも仕方のないことだろう。

 自らの作った菓子を美味しそうに食べてくれる姿は相手が誰でも嬉しいのか、美森は夏凜のことを母親のような慈愛の眼差しで見つめていた。樹は夏凜の美味しそうに食べる姿に自分も欲しくなったのか、よだれを垂らして夏凜を眺めている。それでもすぐに自分の状態に気付き、よだれをふき取る様は微笑ましいとしか言えないだろう。

 

「樹、もうちょっと欲望は抑えなさい。呑まれるわよ」

 

「お姉ちゃん……。むしろお姉ちゃんの方が呑まれそうなものなのに……」

 

 樹は大好きではあるが大食いである姉に辛辣な言葉を吐く。風は樹の言葉を否定せず、むしろそれを肯定するような言葉を返す。

 

「ええ、今にも呑まれそうでかなり危険な状態ね。……うっ、お腹が疼くっ!」

 

「腹減ってるだけだろ」

 

 風は自分の腹を抑え、今にも暴れだしそうな仕草を起こす。真生は見慣れている風のその行動に、お茶を口に含みながらいつも通りのツッコミを入れる。

 風は適当になっている真生のツッコミに不満を感じたのか、真生の方へ黄緑色の瞳を向け、じとーっとした目付きに変える。

 

「真生、アンタ最近アタシに冷たくない? いい加減なツッコミじゃボケは輝かないのよ!」

 

「俺は風を輝かせる為にツッコミをしているわけじゃないからな?」

 

 真生の言うとおり、これは初めから考えられている漫才ではなく、風のその場のノリで生まれるボケだ。それにツッコミをするのは決して義務ではない。

 だからといって風が納得できるはずも無く、ぶーたれ続けていた。それを真生は無視しながら、菓子を食べている。

 夏凜は二人の様子に不思議なものを感じながら、腹を膨れさせていた。その隣に、一人の園児が近づいた。この日までの間に一度だけ夏凜が参加した保育園での依頼があった。その際に彼女に真っ先に懐いた少女だ。

 夏凜は近づいてくる少女に気がつく。すると彼女が()()のぬいぐるみを持っていることに疑問を抱く。

 その答えは、当の本人である少女から与えられた。

 

「か、カリンおねえちゃん……、これあげます!」

 

「このぬいぐるみを私に……?」

 

 夏凜はぬいぐるみをもう一度しっかりと見てみた。夏凜がもらったのは黒い兎のぬいぐるみだ。少女の持っている兎のぬいぐるみの色違いである。しかし、デザインは一緒なので少女なりの親愛の証だということに夏凜は気がついた。

 ぬいぐるみを受け取ってこそくれたが、夏凜がどう思っているか気になるようでハラハラしている少女に夏凜は普段からは想像もつかないほどに優しく微笑み、少女の頭をなでてこう言った。

 

「……アリガト」

 

 その言葉を聞いた少女の顔は一点の曇りも無いほどの笑顔を見せた。

 

 

 

 

 子供会のレクリエーションの手伝い改め誕生日パーティーも終わり、夏凜はもう既に帰る気満々でいた。トレーニングをして、ここで摂った分のカロリーを消費しなくてはならないからだ。

 しかし、真生と共に自転車で帰ると、そこには勇者部が全員集合していた。

 

「……何であんたたちがいるのよ!」

 

「もちろん夏凜の部屋で二次会をするためよ!」

 

「何勝手に決めてんのよ!?」

 

 風が、いや夏凜を除いた勇者部全員で決めた結果である。風たちはぞろぞろと夏凜の部屋に無遠慮に入っていく。その時になって、夏凜はいつの間にか手に持っていた鍵を取られていることに気がつく。遅すぎた発見は風たちを止めるチャンスさえ奪っていき、夏凜は彼女たちの後を追って自らの部屋に入っていくほか無かった。

 風は夏凜の部屋に入って周りを見渡す。しかしその部屋にあるものは本当に最低限と呼べるものばかり。トレーニングマシンと金魚鉢を除けば、殺風景そのものであった。

 

「……何も無い部屋ね~」

 

「どうだっていいでしょ!」

 

「まぁいいわ。ほら座って座って~」

 

「な、なに言ってんのよ!」

 

 風の傍若無人な振る舞いに、流石の夏凜も落ち着いていられないようだ。まるで我が家のような感覚で、自らの部屋を物色されるのは、誰だって良い気持ちはしないだろう。

 

「――! この金魚は去年の夏祭りのときの……。今でも育てていてくれたのか」

 

「あ、もしかしてその子って私が捕まえた金魚ですか? わぁ~懐かしいな~♪」

 

「わぁ~。……水しかない」

 

「勝手に開けないで!」

 

 夏凜は樹の衝撃発言すら気にする暇も無く、ツッコミを入れる。いや、ツッコミというには悲痛すぎるかもしれない。

 風たちは一通り夏凜の部屋を見て落ち着いたのか、座り始めた。真生は夏凜の部屋が思っていた以上に、何も無かったので心配になる。冷蔵庫の中身が水だけというのは普通ありえないだろう。

 夏凜の部屋の机の上に先回りしていた四人の持ってきたケーキとお菓子、そしてジュースの数々が置かれた。

 

「やっぱり持ってきておいて正解だったわね。夏凜の部屋にあるものじゃパーティーどころか夕飯も食べれないわ」

 

「もうやだ……こいつら本当になんなのよ……」

 

「夏凜ちゃん、改めて言うね。ハッピーバースデー!」

 

「……何となく察しは付いてたけど、二次会ってそういうことか」

 

「あら? 嬉しくないの?」

 

 友奈はケーキの蓋を開けながら、夏凜の誕生を改めて祝う。しかし、夏凜の反応は芳しくなかった。

 風は夏凜のほうを見ながら、挑発するかのようにニヤッとしながら問う。それに対して、夏凜はそっぽを向きながら返答した。

 

「誕生日会なんてやったことないから! 何て言ったらいいのか分かんないのよ……」

 

 露になった夏凜の本心。それは勇者部全員が夏凜に対して親近感を抱くのには十分だった。

 夏凜は幼少時から誕生日をまともに祝ってもらったことなど無かったのだ。心から彼女の誕生を祝ってくれたのは、幼い頃の嫉妬の対象だった春信だけ。幼く、感情の制御などが出来なかった頃の彼女ならそれに対してどんな反応をしたのかは想像がつくだろう。

 今回のように、園児たちに純粋な祝福を与えられて、同年代の()()にサプライズで祝われて。そんな事を一度に体験したら、言葉も出なくなるのは当然だったといえるだろう。

 

 風たちは揃って顔を見合わせて微笑む。偶然か必然か、その時になってようやく友奈は気がついた。夏凜のカレンダーの今日の日付に赤い丸があることに。それを見た友奈は夏凜に向かって笑みを浮かべながら言った。

 

「お誕生日おめでとう。夏凜ちゃん」

 

「……」

 

 夏凜はその言葉を頬を赤く染めながら受け止めた。

 

 

 

 

「「「「「「かんぱーい!」」」」」」

 

 全員がコップを掲げて、二次会の始まりとなる言葉を告げる。風は児童館でのテンションが蘇ってきたのか、どこか酔っ払った親父のような雰囲気が見て取れる。

 

「あっはは~~。飲め飲め~~♪」

 

「コーラで酔っ払うんじゃないわよ」

 

「こういうのは気分よ気分っ。楽しんじゃえるのが女子力じゃない?」

 

 風のいうことはなかなか納得のできることではないが、本人が納得しているのであればそれでいいのであろう。夏凜は風の性格に慣れてきたのか、そんなことすらも諦めたように納得するようになっていた。

 夏凜が風に意識を取られていた隙を突かれ、樹が夏凜にとって見られたくないものを見つけてしまった。

 

「あっ! 折り紙~。練習してたんですか?」

 

「凄い上手」

 

「うにゃああぁあ!? み、みみ、み、見るな~~~~!!」

 

 夏凜は部屋に帰ってきたときにこういったものを隠す暇も無かったのだ。だからこそ、今のこの部屋の中は完全な夏凜のプライベートが露になっている。見つけ尽くさない限りは目を向ければ、大体どこにでも何かしらの発見が生まれるだろう。

 顔を真っ赤にして折り紙を隠す夏凜に、全員で笑う。少し前であればもう少しは険悪になったであろうが、今の夏凜はこの場にいる誰から見ても可愛いだけである。

 しかし、笑っている人物の中に足りない人間がいる。結城友奈だ。

 夏凜の耳にキュッキュッとペンで何かを書く音が響く。その音が鳴る先に夏凜が目を向けると、そこには夏凜のカレンダーに赤い丸を幾つも書いている友奈の姿があった。

 

「……と、私たちの遊びの予定っ。後は……」

 

「勝手に書き込まないで!」

 

 憤慨する夏凜だが、そんな夏凜の様子などお構いなしに友奈は夏凜に勇者部の活動について語る。

 

「勇者部は土日に色々活動があるんだよ」

 

「忙しくなるわよ~」

 

「勝手に忙しくするなぁ!」

 

「そうだよ、忙しいよ~。文化祭でやる演劇の練習とかもあるし」

 

 友奈は風に便乗して、自分の意見を口に出す。樹はその言葉を聞いて、真生の方を見る。真生は樹のその行動の意味を理解したのか申し訳なさそうな顔で謝罪を口にした。

 

「悪い。まだ台本は書きあがっていないんだ……」

 

「いえ! 別に催促したわけじゃありませんよ!?」

 

「ふふふ、樹ちゃんたら意外と意地悪なのね♪」

 

「そんな~」

 

「何で樹を虐めてるのよ……」

 

 夏凜が樹のフォローに入ると、すかさず風が夏凜を弄り始める。

 

「あらあら、夏凜が樹を助けるなんて珍しい光景が見れたわね~。もっとやれ~~!」

 

「あんた本当に酔ってんじゃないの!?」

 

 夏凜は風の上がりきったテンションについていけない夏凜だったが、ふと周りを見てみると誰もが風のテンションに着いていけていない様子だった。夏凜はこれを好機と見たか、一転して風に反撃を試みた。

 

「風、さっきからアンタ一人だけが妙にテンション高いわよ。見なさい、全員アンタについていけてないわ。部員の様子一つ見られないなんて部長失格ね!」

 

「甘いわね夏凜。カリントウにハチミツかけたくらい甘いわ。真生! 友奈! あんたたちも見せてやりなさい!」

 

「アイサー!」

 

「上手いこと言ったつもりかよ……。ほい」

 

「そ、それは……!?」

 

 夏凜はとてつもないほどの驚愕を見せた。しかし、その後夏凜が暴れ始めたので流石に騒ぎすぎるのはやめにしたらしい。何を見たのかは神樹のみぞ知る。

 

 

 

 

「じゃあアタシたち帰るわね~」

 

「帰れ帰れ――!」

 

「また来るね~」

 

 友奈たちは去っていき、先程までのような喧騒が嘘のように静かになった。真生も夏凜の様子を見て、部屋に戻ることにしたようだ。夏凜は、友奈たちが出したゴミをすぐさま袋に詰めて捨て、部屋へと戻る。

 部屋へと戻った彼女は、携帯を覗くと着信があった。犬吠埼風からだ。送られてきたメールの内容は、勇者部全員が入っているSNSアプリを夏凜にも登録してもらうとの事。

 ベッドに入り、電気も消された暗闇の中で夏凜は携帯をつけて、風たちの会話の様子を眺めていた。友奈の分からない事があったらなんでも聞いてね! というメッセージを無視するのもなんなので、夏凜は一言了解とだけ返す。しかし、そのたった一言によってSNSはとてもにぎやかになった。

 騒がしくなったSNSに、夏凜は動揺してうっさい!! と返してしまう。それは餌を与えるだけの行為だということも知らずに。

 案の定騒がしさが増したSNSを見て、夏凜は眉を下げて困り果てた。

 

「何なのよ、もう……」

 

 その時、友奈から一つのメッセージが送られてきた。

 

 ――――これから全部が楽しくなるよ!

 

 その言葉と共に写真が添付されている。それは今回の一件で撮った勇者部の集合写真。夏凜は一人だけ恥ずかしそうに眉を下げていたが、そんなことは気にならなくなるほどにその写真は暖かかった。

 それを最後に夏凜は携帯を閉じた。携帯の仄かな光も暗闇に吸い込まれるようにして消えていく。夏凜は仰向けに転がりながら、友奈のメッセージを口に出した。

 

「全部が楽しくなる、か。世界を救う勇者だって言ってんのに。……馬鹿ね」

 

 その声音には、彼女本来の優しさが込められている。寝静まる彼女の傍らには、黒いウサギのぬいくるみと園児たちからのプレゼントである絵が飾られていた。




 一週間に一回更新とはなんだったのか。気がつけば二週間も更新期間が空きました。何気に今のところ最長かもしれません。

 不定期更新とはいえ、あまり大きな間隔は空けないように気をつけます。三度目の正直に週一更新をまた頑張ってみようかな?

 拙作がランキングに一時的に返り咲けた奇跡に感謝。初めてついた10評価に密かに狂喜乱舞もしました。これからもよろしくお願いします!

 気になった点、誤字脱字などがありましたらメッセージか感想欄にてお伝え下さい。作品の感想や批評も大歓迎です。
 では最後に、


 思いやり:チューリップの花言葉

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