樹海が姿を消し、勇者部は讃州中学の屋上へと戻る。そこには三好夏凜の姿は無く、普段通りの四人しかいなかった。
「何だったのかしら……あのデコ広い子」
「注目するところそこなの、お姉ちゃん。他にも一杯あったじゃん、刀とか紅い勇者服とか」
「あはは……」
「あのデコの広い子はきっと真生くんの言っていた派遣勇者じゃないでしょうか」
美森は風の疑問に答える形で自分の推測を述べる。友奈と樹もそれに同意権のようだ。風も大体は予想が付いていたのか、美森の言葉にコクリと頷く。
風はみんなの顔を見回すと、どことなくぎこちない笑顔を浮かべながら彼女たちに告げた。
「戻りましょうか」
「「「……はい!」」」
三人は風の言葉に返事を返した。
美森は彼女たちの様子を見ながら、思う。
――もう、きっとみんなが気づいている。私たちは強力な山羊座のバーテックスに勝利した。だけど、山羊座の攻撃を殆ど防げずに樹海へのダメージをむざむざと許した。樹海へのダメージは災いとなって現実へと襲い掛かってくる。つまり、今までの戦いよりもはるかに強大な災いがきっと訪れている。
人類の敵を倒し、国の防衛に失敗する。これは勝利とはいえない。こんなものはただの痛み分けだと美森たちは思っていた。
厳密に言えば彼女たちが考えていることは間違いだ。それも良い意味ではなく、悪い意味である。彼女たちは知らない。バーテックスの命が尽きる事は決してないことを。何度でも蘇り、再び自分たちに牙を向いてくる事を――――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、友奈と美森のクラスに転入生がやって来た。その人物とは――。
「――三好夏凜です。よろしくお願いします」
「ほおぉ~」
「……なるほどね」
夏凜は下げていた頭を上げると、友奈と美森の方向をチラッと見る。友奈が不思議そうに夏凜を見つめていると、夏凜はばつが悪そうな顔をしながら、彼女たちの方向から目を逸らした。
(……なんだか同志、もとい敵が増える予感……!)
美森は美森で変な方向へ想像を膨らませていた。
「――そうきたか」
勇者部の部室にて、風は夏凜が転入して来た理由を悟る。そして同時に大赦が彼女をこの讃州中学まで送り込んできた事も想像が付いた。
「転入生のフリをするのも面倒くさかったけどね。……一つ聞くわよ。貴女たち、変な罪悪感とか覚えていないでしょうね」
夏凜の発言に勇者部の面々に衝撃が走る。真生も彼女たちの様子がおかしいことに気がついていた。それに加えて彼女たちが樹海にいるときに起こった災害だ。その災害によって傷を負った人間も決して少なくは無い。それどころか死人まで出ているのだ。彼女たちが罪の意識に苛まれるのも無理は無いだろう。
その災害の直接の原因ではないとはいえ、彼女たちが守りきれなかった事が原因なのだ。夏凜は彼女たちの反応を見て、自分の考えが正しかったことを確信する。
「やっぱりそうだったのね……。そんなものに意識を向けてんじゃないわよ。罪の意識なんかに苦しんでいる暇があるんなら少しでも強くなるべきよ。被害者についてはとっくに大赦が対処しているんだから、私たちが次の被害を少しでも抑えられるようにしないと」
夏凜の言葉を聞いた真生は妙に実感のこもった言い方に夏凜自身も大小の差はあれど、罪悪感を覚えていることを確信する。
罪の意識に対してそんなものと言い切った夏凜だったが、言葉の節々から感じ取れるこちら側を心配する様子によって友奈たちも彼女が優しい人物と言う事が分かったようだ。夏凜の言う事を驚くほど素直に受け取った勇者部だったが、美森が彼女へと素朴な疑問を投げかける。
「それは分かったけれど、何故今このタイミングで? どうして最初からきてくれなかったんですか?」
「……私だって最初から出撃したかったわよ。でも、貴女たちの戦闘データを元に新しいシステムを私の勇者システムに搭載したり、色んな調整を大赦に加えてもらったりと色々あったのよ。だから、その分時間もかかってこんなに遅い出撃になったわけ。そろそろ犬吠埼風のところに大赦から勇者システムのアップデート用のURLが送られてくるはずよ。それをつかえば貴女たちも私ほどじゃないけどもう少し強くなれるわ」
自信満々な様子で語る夏凜だったが、そこに真生がボソッとツッコんだ。
「……一度も俺に勝ったこと無いくせに」
「なっ!? 勝つわよ、近い内に! というか最近やってないんだから分かんないわよ。次の勝負は私が勝つわ」
「成長しているのが自分だけだと思うなよ? 俺だって朝の鍛錬は欠かしていないんだ。次があったとしても俺の勝ちで終わるぞ?」
真生と夏凜の間でバチバチと火花が散っている様子に、風たちはキョトンとする。彼女たちの仲の良さはさながら、まるでライバルのような関係に近づきがたい何かを感じたのだ。しかし、その間に土足で踏み込んでいく人間もいるものだ。
「二人だけの空間作らないでよ~。私だって夏凜ちゃんと仲良くなりたいもん! よろしくね、夏凜ちゃん」
「ふ、二人だけの空間なんて作ってないわよ―――!! しかもいきなり下の名前!?」
「嫌だった?」
友奈の不安げな顔に夏凜は自分が幼子をいじめているような気分になったのだろうか。友奈から目を逸らしてそっけなく言葉を返した。
「ど、どうでもいい。名前なんて好きに呼べばいいわ」
「よかった~。夏凜ちゃん、ようこそ勇者部へ!」
「……は?」
花咲くような笑顔でそういった友奈に夏凜は何がなんだか分からないかのような顔をする。
「……誰が?」
「さっきも言ったよ? 夏凜ちゃんだよ」
「部員になるなんて話、一言もしてないわよ!」
「え? 違うの?」
友奈は頭の上に疑問府を浮かべて、不思議そうに夏凜を見る。夏凜はそんな友奈の様子に眉をひそめて、否定を返した。
「違うわ、私は貴女たちを監視するためにここにきただけよ」
「え、もう来ないの?」
「……また来るわよ。お役目だからね」
仕方ないとでもいう風な顔をしている夏凜だったが、友奈のペースに巻き込まれている気がするのは気のせいではないだろう。
友奈は自分の言うことがまさに名案なんだといわんばかりに夏凜に入部のお誘いを掛ける。
「じゃあ部員になっちゃった方が話が早いよね」
「確かに」
美森までもが賛成の意を見せたことにより、夏凜は自らの逃げ場が殆ど無くなった事に気がついた。若干の汗を頭に浮かべながら、彼女は諦めた。
「まぁいいわ……。そのほうが貴女たちを監視しやすいでしょうしね」
「監視役とかいいつつもお前も俺に監視される側なんだがな」
「うっさい!」
真生のサポート役としての一言に返せる言葉が無かったのか、ただの罵倒を真生に向ける夏凜。しかし、夏凜の監視という言葉に反応した人間がいた。犬吠埼風である。
「さっきから監視監視ってあんたねぇ、見張ってないとアタシたちがサボるみたいな言い方止めてくれない?」
「それ以外になんて言い方すればいいのよ。貴女たちどうせまともな訓練してないんでしょ? トーシロの癖して大きな顔するんじゃないわよ」
「むっ……」
風は夏凜のあんまりな言い草に少し腹が立ったが、先程の真生との口論を踏まえて、それほど自分に自信があるのだという事に気がつく。夏凜は黙り込んだ風に勝ったとでも思ったのか、さらに言葉を重ねようとした。
「大赦のお役目はね? もっと真剣にやるべきものなのよ」
そういって瞳を開けた夏凜の目に映ったものは、牛鬼にかぶりつかれている自身の精霊の姿だった。その凄惨な光景に思わず悲鳴を上げる夏凜。急いで義輝の元に駆けつけ、牛鬼を振りほどく。
「何してんのよ、この腐れ畜生――!!」
『ゲドウメ』
助けられた義輝も牛鬼の蛮行に言葉を発した。
しかし、友奈は義輝のその言葉を否定する。
「外道じゃないよ牛鬼だよ~。ちょっと食いしん坊くんなんだよね」
そう言いながら、懐から出したビーフジャーキーを牛鬼に与える友奈。美味しそうに食べる牛鬼に和やかな空気が漂うが、牛鬼にとっては共食いのようなものではないのだろうか。
夏凜は友奈と牛鬼の様子に苛立ちがピークに達したのか、彼女たちをまくし立てた。
「自分の精霊のしつけも出来ないなんてやっぱりトーシロね!」
「牛鬼にかじられてしまうから、みんな精霊を出しておけないの」
「何故か俺もよくかじられるな。最近の悩みは頭髪が禿げないか心配になる事だ」
「だったら尚更じゃない。さっさとそいつを引っ込めなさいよ!」
美森と真生の感想に、夏凜はさらに腹を立てる。友奈に牛鬼を引っ込めるように告げる夏凜だったが、それに対して当の本人である友奈が困ったようにして返事をした。
「この子勝手に出てきちゃうんだ~」
「はぁ!? アンタのシステム壊れてんじゃないの!?」
『ゲドウメ』
「そういえば、この子喋れるんだね~」
牛鬼のためなのかそれともただの天然なのかは分からないが、とっさの話題転換に成功し、義輝をなでている友奈。自身の精霊が褒められている事に嬉しさを感じているのか、夏凜も誇らしげにしている。
「えぇ、私の能力にふさわしい強力な精霊よ」
「あ、でも東郷さんには三匹いるよ?」
「友奈ちゃんも二匹いるじゃない。ちょっと待ってね、……出ました」
指名された美森は携帯のアプリを弄り三匹の精霊を顕現させる。友奈も続いて白娘子を顕現させた。夏凜は複数の精霊を持っている友奈たちになんともいえない気持ちになるが、虚勢を張りながら自分に言い聞かせるようにして、義輝を自慢する。
「わ、私の精霊は一体で最強なのよ。言ってやんなさい」
『ショギョウムジョウ』
夏凜の言葉に応えた義輝であったが、言った言葉は残酷であった。諸行無常とはこの世にあるものは全て、姿も本質も常に変わるものであり、一瞬といえども存在は同じものである事は不可能なことをいう。つまり、義輝は自身が最強であるとは限らないと言っているのだ。
「達観してますね」
「そ、そこがいいのよ」
美森のフォローの言葉に便乗する夏凜。しかし、彼女に対して今度は樹が声を上げた。
「今度は何よ!」
「夏凜さん死神のカード……」
「勝手に占って不吉なレッテル貼らないでくれる!?」
樹の占いの結果に夏凜は反論をするも、勇者部の全員が樹の占いを信じているようで、
「不吉だ」
「不吉ですね」
「不吉だな」
「不吉じゃない!」
友奈以外の全員に不吉のレッテルを貼られた夏凜は若干涙目になりながら、不吉の称号を拒絶した。気を取り直すつもりで今後のバーテックス討伐に冠しての予定を口にする。
「ともかく、これからのバーテックス討伐は私の監視の元励むのよ」
「部長がいるのに?」
そんな夏凜の気持ちなどいざ知らず、友奈の発言によって再び夏凜はペースを乱された。夏凜にとって友奈は天敵のようだ。
「部長よりも偉いのよ」
「ややこしいな……」
「ややこしくないわよ!」
すっかり再び友奈のペースに乗せられてしまった夏凜に、風は讃州中学の上級生として発言する。
「事情は分かったけど、学校にいる限りは上級生の言葉を聞くものよ。事情隠すのも任務の中にあるでしょ?」
「ふん、まぁいいわ。残りのバーテックスを殲滅したら、お役目は終わりなんだしそれまでの我慢ね」
「うん、一緒に頑張ろうね」
友奈の素直な言葉に夏凜は自分の心の中がかき乱されるのを感じる。彼女にとってこんな気持ちになったのは真生以来だった。彼女自身もそのことに気がつかないままそっけなく返事を告げた。
「うっ、頑張るのは当然! 私の足を引っ張るんじゃないわよ」
夏凜と友奈の微笑ましいやり取りに勇者部のメンバーはそろって暖かい目を向ける。
友奈は夏凜と友好を築こうと、彼女をうどん屋に誘うことを決めて、誘いを掛ける。
「ねぇ、一緒にうどん屋さんいかない?」
「……必要ない。いかないわよ」
しかし、夏凜は誘いをすげなく断った。目を背けながら断る夏凜の姿に、真生は心配の目を向ける。
友奈の横を通り過ぎていく夏凜に、友奈は口を開いた。
「もう帰るの?」
友奈に目もくれず、無言で扉を閉めて去っていく夏凜。それぞれが複雑な目を向ける中、彼女を良く知る真生は一人ため息をついた。
(まだ素直になれないのか、夏凜。戦闘でならもう少し素直になるのにな)
心の中での呟きに過ぎなかったが、もう少し素直になってほしいという願いは、奇しくも彼女の兄と同じものであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
部活動が終わった後のうどん屋で彼女たちは、温かいうどんを前にしながら夏凜について語っていた。
「美味しいのに……」
「頑なな感じの人ですね」
友奈はこのうどんの美味しさを共有できないことに悲しみを感じ、美森は彼女のことを客観的に見た感想を述べる。
そして、何故か風がふっふっふとおかしな笑い方をはじめた。そのおかしな様子に樹は風へと声を掛ける。
「お姉ちゃんどうしたの?」
「ああいうお堅いタイプは張り合い甲斐があるわね」
「張り合うの……?」
友奈はう~んと唸りながら考える。美森は唸る友奈に反応したのか、彼女へ疑問の声を上げた。
「どうやったら仲良くなれるのかな……?」
真生は無言でうどんを食べながら、友奈が夏凜と仲良くしようとしてくれていることに嬉しさを感じていた。そして同時に、今頃の夏凜を想像しながら苦笑いを浮かべていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(……くだらない)
夏凜は夕焼けの中、一人で自転車に乗りながらそう考えていた。彼女にとって、学校はとても嬉しいものではなかった。
彼女の兄の功績による過度な期待が、妹である夏凜にもあったからだ。その影響を一番受けるのが、学校の中だった。褒められるべき学校の中での成績や賞が彼女の中では地獄のようなものだった。すべてにおいて兄に劣った妹。そんなレッテルよりも彼女は自分を見てもらえないことが最も嫌だった。しかし、両親の辛辣な態度を家の中で受けていき、次第に学校でも自分の居場所が無くなっていくような感覚に襲われた彼女は、独りでいることを望むようになっていた。
そんな苦い記憶を振り払うかのように彼女は走る。
彼女にとってのいつも通りの鍛錬を始める為に、浜辺へと向かってペダルを強く踏みしめていった。
ニコニコの活動報告で特典ゲームで春信が出るということに恐怖を抱いているよしじょーです。まじですかい……、特典ゲーム届くのとか物凄い遠いですよ……。
今更春信の設定変更が出来るわけではないのでその辺りは殆ど諦めているわけですが、全然性格が違ったらごめんなさい。先に謝っておきます。
友奈の誕生日に話を書きたかったのですが、ネタバレに繋がる可能性もあるので泣く泣く諦めました。本編終了後に番外編として書くことはあるかもしれません。
気になった点や、誤字脱字などがあったら感想欄かメッセージにてお伝え下さい。もちろん普通の感想や批評もお待ちしています。
では最後に、
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