ルピナスの花   作:良樹ススム

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※今回は真生を除いて現在の勇者部は出てきません。


第二十四話 危険

 

 ――――草薙真生は大赦の本部へと来ていた。多くの神官の物珍しそうな視線の中、堂々とある部屋を目指して歩く。たくさんの神官の姿が否が応にも目に入る。神官たちを視界の中に収めながら、真生は考える。

 

(……これだけの神官がいる中、よく俺は神樹の下まで辿り付けたな。人の気配には敏感だからか?)

 

 人間にしか見えないが、彼はバーテックスである。バーテックスは人を襲う習性がある。それにより人の気配には敏感なのだ。それはかなり遠い距離からの狙撃を可能とする射手座や、友奈たちを遠くから狙ってきた乙女座が証明している。

 真生は初めて自分がバーテックスであると自覚する事になった出来事を思い出す。神樹に自分の身を侵食され、苦しんで、初めてバーテックスとしての力を行使した。その頃にはまだ、草薙真生という名前すらなかった。あれからもう何年経ったのだろうか。十にも満たない自分の年齢に苦笑いしつつも、真生は目的の部屋へと辿りつく。ノックを行い、扉を開いた。

 

「やぁ、こんにちは。よく来たね、真生君」

 

「えぇ、お久しぶりです。

 

 

 

 

 ――――春信さん」

 

 春信と呼ばれた青年は、真生に対してニコリと微笑む。

 

 三好春信(みよしはるのぶ)。彼はその天才的な能力の高さを買われ、大赦の中でも名家には及ばないもののかなりの発言権を得ている。これは元々一般人に等しい程度の生まれだったことを考えると、驚異的である。大赦で発言権のある名家を挙げるならば乃木や上里、鷲尾、赤嶺などが挙がるだろう。しかし、個人で名家の一歩手前の発言権を得るほどの功績をたてることはなかなかできることではない。そのために彼は能力をより高みへ引き上げることを望み、努力した。

 たゆまぬ努力と恵まれた才能。それこそが彼が天才と呼ばれる由縁なのだ。

 

「なぁ真生君。そろそろ夏凛と会ってやってくれないかな? 夏凜が少し荒れててね。訓練の方も苛烈になっているみたいだし、流石に根を詰めすぎな気がするんだ。君ならそれを止められるだろう?」

 

 真生を部屋に招き入れ、椅子に座らせたかと思えば、彼は早々に自らの妹について話し始めた。殆ど会ってはいないはずなのに、なぜそこまで妹のことを熟知しているのか。彼の情報網の広さに真生はドン引きする。やろうと思えば彼もそのくらいなら可能なのだが。

 真生は春信の言葉を聞いていたが、彼の頼みに拒否を返した。

 

「すみませんが断らせていただきます。こちらの勇者たちのサポートを今は優先したいですし、それに約一ヶ月後に合流することが決定したんでしょう? それまではそちらで彼女のサポートをお願いします。御兄妹でしょう?」

 

 真生の返事を聞いた春信の顔はどこか気落ちした様子を見せるものだった。それはどこからどう見ても妹と良い関係を築けていないことの証だった。

 

「いや、耳に痛いね。……情けないことだけど、僕は夏凜に避けられてるし、きっとあまり良くは思われていない。僕は夏凜が嫌いな訳じゃないし、むしろ好きだ。けど、僕がしたことが原因で夏凜がよく僕と比較されてたことは知っているだろう? 僕には覚悟がない。夏凜からの糾弾を、両親が夏凜に刻み付けた呪いを受け止める覚悟がないんだよ」

 

「…………それは貴方の勝手な都合だ。もう夏凜だって現実を受け止めてる。貴方のことだって嫌ってはいないんだ。……むしろ夏凜のことをそこまで愛しているのに、何故受け止めないんですか。夏凜は自分という個を認められたかっただけだ。貴方が動けば動くほど、夏凜は更に比較される。もっと自由にさせてやれば良いんですよ」

 

「……自分で言うのもなんだけど、この話するの何度目だったかな? あ、それと言葉を選んで話すのはもう止めていいよ」

 

「じゃあ遠慮なく。数えてませんよそんなの。春信さんが意気地なしなのは、今に始まったことじゃないですし。開口一番で毎回夏凜について話し始めるんだから大概ですよね。ていうか確かに数ヶ月は携帯でのやり取りしかやってないけど、それぐらいで怒るほど夏凜は子供じゃないでしょ。どうせまたあの不器用な三好家の両親が夏凜の精神逆撫でするような事言ったんじゃないですか?」

 

 敬語こそ抜けてないもの先程よりもはっきりと毒舌になる真生。春信は苦笑しつつも真生の言うことの一切を否定しない。それは真生の言っている事が正しいという証明だった。

 真生はため息をつきながら、春信に対して愚痴を言う。

 

「いい加減夏凜の事に関して、俺だけに押し付けるのは止めてもらえませんか? 俺と会うたびに口から出てくる事は夏凜のことばっか。シスコンなのは構いませんが、妹に構ってもらえないとか、喧嘩こそしてないけど妹と話しづらいとか……。そんなこと聞かれても俺に答えられる訳無いでしょうが! なんで他の人の前では猫被ってんのに俺の前でだけ全く猫被らないんだ、少しぐらい被れよ! もしくはせめて俺ばっかり頼るの止めてくれ、もういくつ貸しがあるのかすら覚えてないくらいだぞ……」

 

 真生の愚痴は後半になっていくにつれ語尾が荒々しくなり、最後には逆に沈下してしまった。疲れた様子の真生に迷惑をかけている張本人である春信は悪びれた様子もなく楽しげに彼を見ていた。

 

「いやね、君が夏凜と仲良くなってるって聞いて、夏凜に悪い虫でもついたのかと思ったけど、思ったよりも良い虫だったから気に入っちゃってね。他にも理由はあるけど、君ならこういうことでも話しやすいからね。普段から品行方正であることを心がけているけど、君の前ではついつい素がでるんだよ。君との会話は良い気分転換になるしね」

 

「ただの中学生に何を求めてるんだよ、このシスコン。俺のことを何気に虫扱いするな。ていうか……」

 

 春信が言っていることはかなり自己中心的だ。真生は自分勝手な春信に腹を立てる。しかし、真生はこの位のことで腹を立てるほど気が短かっただろうか。人のことを考えずに自分のことを優先する。まるで勇者部とは正反対だ。だから、腹を立てているのかといえばそれは違う。それはきっと――

 

「……全然心なんて開いてない癖に。あんたは夏凜や両親等の事については話しても、大赦に関することは殆ど会話にすら出さない。何故そこまで俺を警戒するんだ」

 

「――だって君、まだ隠していることがあるだろう? 君は頭の回転が速い。だから誰にだって隠せていたんだろうけど……そんな簡単に僕が騙されると思わないでくれよ? 一つ忠告しておく。君に騙せるのは他人と友達までだ。君の事をよく見ている人間はいずれ気付くよ。僕と同じか、それ以上に君が自分勝手だということにね」

 

 ――――自分自身と似ているからだろうと、彼は思った。

 

「君の存在は明らかに異質だ。君の両親を見たものは誰も居ないのにも関わらず、君の家は他の名家と同じ扱いになっている。突然現れた“草薙”の家。謎に包まれているその家の存在。そんなものに身を置いている君は怪しい以外の何物でもない。だけれど、君を疑っているものは極僅かでしかない。その極僅かも年齢の低いものだけだ。年長者たちはまるで洗脳でもされたかのように全員君のことを歓迎している」

 

 どこか確信めいたものを言葉に込めながら、春信は真生について語り始める。

 草薙家は当たり前のように名家として存在している。他の名家もそれを否定したりはせず、草薙家の当主のこともよく知っている。

 しかし、その当主は一度も姿を現したことはなかった。草薙家で姿を見られたことのある人物は草薙真生の一人だけだ。

 春信の言っていた通り、草薙の家は突然現れたものだ。文献を調べたとしても、その存在は欠片も記されてはいないのだから。それならば何故、草薙の家は名家となることが出来たのか。

 真生は春信の言葉に黙ったままだ。しかし、春信は真生の瞳を見て、気圧される。真生の瞳が、いやその表情すらも無に支配されていたからだ。それはまるで人形のようだった。

 春信は瞳を閉じ、一つ息をついた。もう一度瞳を開き、先程までの圧迫するような気迫を無くし、真生に対して安心させるように告げる。

 

「……大丈夫。誰にもこれを言う気はないさ。君の事を気に入っているのは本当だからね。……さて、そろそろおふざけも止めにして、君がここに来た理由について話してもらおうか。君は、何を求めてやってきた?」

 

 春信は笑顔を止めて、真剣な表情へと変わる。それは彼のスイッチがはいった証拠だ。こうなれば彼はふざけた回答をすることはなくなる。

 真生の顔から無であった表情は薄くなり、こちらも真剣な表情へと変わる。真生は春信の瞳を見つめながら、先程までとは空気がまるで違うことをはっきりと認識した。

 ゆっくりと口を開く。真生が自ら春信の下に来た理由は、彼の見解を知る為だ。では何に関しての見解だろうか。真生は春信と同じく真剣な表情でそれを口にした。

 

「貴方の部屋に来た理由はたった一つだ。

 

 

 

 

 

 ――――友奈の満開の代償。散華について、貴方の見解を問いたい」

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 時は進み、再び樹海化は起きた。

 

 蒼い影はバーテックスの元まで駆ける。その速度は勇者として強化された友奈たちを上回るほどのスピードだ。

 

「……一体か。もう四体も試したんだ。次こそは完成させる。綻びなんてもう出す気はない」

 

 影にとってこれまで勇者部が倒してきたバーテックスたちは失敗作だった。綻びなんてものが出来ること自体、影が望んだものとは違っていたのだ。

 バーテックスの元へと辿り着く。バーテックスの体に乗り、再びバーテックスの強化を始めようとする。

 

「神樹を殺す。お前もそれを望んでいるんだろう? ならば燃えろ。太陽のように……」

 

 影は自らの能力を開放しようとする。

 

 

 その瞬間、影に向かって二本の刀が風を切り裂きながら迫ってきた。

 

 影は驚愕に目を見開く。しかし、刀の軌道を見切ると共にその刀を弾き返した。影の手には一本の剣が握られている。その剣は何の装飾もなくただ黒かった。何者も寄せ付けぬような黒に全身を染めていたのだ。

 

 影は刀が飛来してきた方向をその双眸で見つめる。何が現れるのかが分かっているかのように、静かに剣を構えていた。

 

「……いきなりとはなかなか卑怯な勇者だ。仮にも刀を握っているのだから、もう少し武士のように誇り高くあってもいいんじゃないか?」

 

「コソコソと隠れてバーテックスの強化だけして、それでいて自分だけ逃げる腰抜けにそんな事言われる筋合いは無いわよ」

 

 影の目の前で一つの人影が着地をした。

 不敵にも影に向かってそんなことを言い放つのは一人の少女だ。

 

 その少女の姿はまさに勇者。紅を基調とした姿に身を包み、左右の手には二本の刀が握られている。髪は二つに結ばれており、その瞳は紅く染まっている。

 

 彼女は名乗りを上げる。お前を討つのは私だというように。

 

「私は三好夏凜。あんたが情報にあったUNKNOWNね。なんでバーテックスを強化してるのかとか、なんで勇者以外存在することの出来ない樹海に人間のあんたがいるのかとか聞きたいことは山ほどあるわ。捕縛させてもらうわよ」

 

「……それが出来るとでも?」

 

 影は漆黒の剣を夏凜へと向ける。夏凜もそれにあわせて刀を構える。両者の間に緊迫した空気が流れる。しかし、いつまで経っても影が攻めてくる様子はなかった。それを不審に思った夏凜だったが、気がついた時にはもう遅かった。

 

「悪いな。手を使わなきゃバーテックスの強化が出来ないなんていった覚えはないよ」

 

 影の足元を中心にバーテックスが黒く染まっていく。夏凜はそれをとめようと影へと刀を振るうが、影はバーテックスから離れていく。慌てて追いかける夏凜だったが、影のスピードは夏凜を遥かに上回っており、追いつくことはなかった。

 

「ぐっ……! でも覚えたわよ、次こそは必ず捕まえるんだから!」

 

 蒼穹のように蒼い髪に、それと同様に蒼い瞳。ベージュのマントで隠されてはいたが、その体格は大学生ほどの年齢のもの。そして、骨格を見るに性別は男。それが夏凜から見た影の詳細だ。

 その姿をしっかりと記憶に焼き付けようと睨み付けてくる夏凜に、蒼い男はフッと微笑み、夏凜の視界から消え去った。

 瞬きの瞬間に消え去ったことに気がついた夏凜は、男の能力の高さに驚く。夏凜はせいぜい勇者と同等かそれ以下の能力だと思っていた。しかし、その予想は間違っていた。瞬きの間に姿を消すほどの瞬発力に死角から飛来してくる刀に即座に反応して見せた反応速度。そして、バーテックスを強化するという謎の能力。まるで底が見えない。

 しかし、夏凜はいずれ戦うことになる男に恐怖を感じるつもりはなかった。

 

 次こそは

 

 その思いを胸に秘め、漆黒に染まったバーテックスと向き合う。

 漆黒に染まったバーテックスには今までのようなヒビが存在していなかった。代わりに四本の牙のような部分に存在する四つの噴射口のようなもの。夏凜はこの噴射口の存在に嫌な予感を感じていた。

 カプリコーン・バーテックス。山羊座の名を冠するバーテックスは、四本の牙のような部分が地面に食い込む。それと同時に小刻みに震えだし、樹海に大きな地震が起こる。

 

「なっ! 樹海が……!!」

 

 山羊座の引き起こした地震により、樹海が大きく揺れた。その揺れは恐ろしく強く樹海に地割れが起こるほどだった。地割れを引き起こしても尚揺れは止まらない。そして、山羊座は更なる攻撃に打って出ようと、噴射口にエネルギーを蓄え始めた。

 山羊座を中心に、周囲の温度がじりじりと上がっていく。上がっていくの同時に噴射口からも熱い熱が発せられていた。

 

 ――――今、樹海が山羊座によって壊されようとしていた。




 春信さんの事を悪く書きたかったわけじゃないんです。書いてたらこんな感じになっちゃっただけなんです。普段の彼はもう少しイケメンなはず。

 もう少しで春休み……。部活……大量……う、頭が……。

 次回夏凜ちゃん大活躍! とかなったらいいなぁ。ていうかそろそろ花言葉がネタ切れに近くなってきた。どうしよう。

 気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄にてお伝え下さい。普通の感想や批評も大歓迎です。
 では最後に、


 危険:ウツボカズラの花言葉

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