ルピナスの花   作:良樹ススム

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第二十二話 一致

 

 翌日、真生はいつも通りに友奈たちの家の前へと来ていた。真生が来た頃には既に友奈たちも準備が完了しているようだ。

 しかし、普段とは少しだけ雰囲気が違った。その原因は――

 

「……? どうしたの、真生くん。私の顔に何かついてる?」

 

 ――東郷美森にあった。

 彼女は巧みに隠しているつもりだろうが、真生と友奈はその付き合いの長さから気がついていた。彼女はバーテックスを警戒していると。

 これはある程度周期のあったはずのバーテックスの襲撃が、例外的に二日続けて起こってしまった影響だろう。今の美森はバーテックスを過剰に警戒している。

 

「東郷さん、あんまりバーテックスを警戒しててもしょうがないよ。ほら、もっと明るくいこー!」

 

「そうだぞ東郷。バーテックスもそんなに短い間隔じゃ攻めてこないからさ。もうちょっとリラックスしてもいいぞ?」

 

「……ありがとう。でも大丈夫。そんなに気を張ってる訳じゃないから、ね?」

 

 しかし、真生と友奈はそれを知って行動に移すが、美森に届くことはなかった。これは美森の無意識的な行動でもあったからだ。例え何をいっても、心に響かせない限りは無意識に警戒をしてしまう。真生と友奈は自分達の不甲斐なさを悔やむ。

 

 ――――朝は少し暗い雰囲気から始まった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「東郷が無意識的にも意識的にもバーテックスを警戒してる、ね。何とかしたい気持ちはあるけど、たぶんアタシの言葉じゃ意味ないと思う。二人でもダメだったなら誰に当たればいいのかも分からないし」

 

 風には美森の気持ちが理解できた。彼女もまたバーテックスを他の部員以上に嫌っている一人だったからだ。そんな状態の彼女が何を言ったところで全く効果は無いだろう。

 先輩である風を頼ってみても、そもそも心から信頼されている真生と友奈の言葉でも届かなかった時点で他の選択肢が急激に(せば)まっていたのだ。

 風は肩を落とす友奈の姿を見ながら、深くため息をついた。

 

「とりあえず今日も勇者部として活動するわよ。今日の依頼は二つだからそこまで時間もかからないでしょ」

 

 風は気だるげな感じでそう言う。何だかんだで彼女も疲れているのだろう。連続であれほどまでに強いバーテックスを撃破したのだ。疲れないほうがおかしい。

 風はいかんいかんと言いながら気合を入れなおす。彼女は空元気で勇者部の面々を元気づける。友奈たちはそれぞれ返事を返しながら、部室を出て行く。真生は彼女たちの様子を見ながら、サポートとしての役目すら果たせていないことにやるせなさを感じていた。

 

 

 

 

 まず、一つ目の依頼は用務員からの依頼だ。腰痛を患ってしまったらしく、仕事が(はかど)らないので手伝ってほしいとのことだ。

 歩いていくこと数分、勇者部は中庭で依頼人である用務員の加藤さんを発見した。

 

「あ、皆さんこんにちは」

 

 お辞儀をしながら挨拶をしてきたのは、彼の孫の加藤(あきら)だ。彼女は真生に好意を持っているらしく、何度かアタックを続けている。

 勇者部の面々は彼女に悪印象は持っていない。少しわがままなところもあるが、根はいい子だからだ。真生たちが見た限り、彼女は祖父の容態を悪化させないように自主的に手伝いをしているようだ。

 

「あぁ、勇者部の皆さんですか。今日は来てくれてありがとう。早速で悪いけれど、あそこの蛍光灯を取り替えてもらえないかな。割らないように気をつけてね。その後は中庭の草むしりをしてもらえればおしまいだよ」

 

「了解しました!」

 

 加藤の頼みに風が了承の返事をする。返事をしてすぐに活動を始める友奈たち。

 真生は勇者部の中では高い身長と器用さを生かして、テキパキと仕事をこなしていく。そんな彼から蛍光灯を受け取り、代わりの蛍光灯を渡していく明のコンビネーションはなかなかに良かった。しかし、彼は自分の事よりも友奈のほうが心配であった。

 

「……明、友奈のほうに行ってやれないか? 危なっかしくて見てられないんだ」

 

 友奈を心配する真生に、明は不満を隠しながらも真生に半分ほど蛍光灯を渡し、友奈の元へと向かう。その途中で真生の方を振り向き、ニヤニヤしながら彼へと言葉を放った。

 

「危なっかしいのは同意しますけど、真生先輩も気をつけてくださいね。あんまり友奈先輩の方ばかり見てたら脚踏み外しちゃいますよ~」

 

 それだけ言って友奈のほうへと駆け出す明。真生は駆けて行く明の背中を見ながら呆然としている。我に返った彼は苦笑いを浮かべて作業に戻った。

 友奈たちもそれぞれ仕事を精一杯こなしている。

 美森は何もしていない。いや、出来ないのだ。彼女は自分の動かない両足を見て、少しだけ寂しそうな顔をする。今までも何度かあったのだろう。しかし、力になれない悲しさをついこの間思い出した彼女にとって、待つというのは苦痛に近かった。

 そんな彼女を見るものがいた。彼は出来の悪い子を見るような瞳で彼女を見ている。その視線に気がついたのか美森は振り向いて、彼へと(いぶか)しげに話しかけた。

 

「すみませんが何か用でもありますか? ……加藤さん」

 

 感情が昂ぶっているのか幾らか刺々しい雰囲気で加藤へと問う。加藤は美森に苛立つ様子も無く、ただただ微笑みながら対応する。

 

「いえいえ、あなたも苦労しているようですね」

 

「……何の話ですか」

 

「“結局自分は何も出来ていない”」

 

「――!?」

 

 加藤の言った言葉、それは自分の心の中にある感情だった。二度目のバーテックスとの戦い。彼女は自分の中にある恐怖を押しのけ、戦場に立った。しかし、出来たこととは何だったのだろう。友奈こそ助け出せたものの、その後はバーテックスの足止めのみだ。そのバーテックスすらも【満開】を行使した友奈によって討伐された。

 

“結局自分は何も出来ていない”

 

 まさにその通りだった。自分がいなくてもどうにかなったのではないか。自分は必要なかったのではないか。そんな思いばかりが彼女の胸中を支配する。

 彼女はバーテックスの消滅を願いながらもバーテックスを求めている。矛盾している。この矛盾は、色々なものが重なりあってしまった彼女でなければ持ち得ないものだ。

 一度無くしてしまったことのある美森は、無くしてしまうことを恐れている。だからこそ彼女は、無くさないようにする為ならばなんでもするのだろう。

 美森は加藤に向ける瞳を鋭くする。

 

「あなたに何が分かるんですか? ……出来ない苦しみが分かるんですか?」

 

 今も尚笑うだけの老人を強くにらみつけながら、彼女は問う。五体満足で、その年齢まで生きて、孫までいて。幸せばかりをつかんでいる人間に何が分かるのかと。

 しかし彼女の予想に反して、加藤は彼女へと同意の言葉を告げた。

 

「あぁ、分かるよ。分かってしまうんだ。失うことは……とても苦しい」

 

 懐かしむようにそう語る老人の顔は、先程までの笑顔は無く悲痛なものへと変わっていた。彼は美森の瞳を見つめる。ただそれだけの行為なのに、美森は自分の心のうちを全て暴かれているのではないかと錯覚すらしてしまう。美森を見つめながら、彼は静かに語り始める。

 

「一つ昔話をしようか。

 

 

 ――――一人の男の話だ。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 加藤浩一という男がいた。

 

 彼の子供時代は満たされているものだった。気のいい友人もいて、両親も彼が望むものを恵んでくれた。彼は常にニコニコと笑っていたよ。いつでも、とても楽しそうに過ごしていた。しかし、この時点で彼は気付いていたんだろうね。自分には、あまりにも才能(ちから)が無いということが。

 

 彼が中学校に入学して、すぐにそれは発覚した。彼は手先こそ多少器用だったが、どれだけ努力しても他の要素で友人たちに及ぶことは無かった。彼は自分自身の弱さにどれだけ絶望したんだろうか。それでも彼は笑顔を絶やさなかった。彼のそんな人柄に惹かれて集まった友人たちも彼にとても良くしてくれた。

 

 でも、彼にとってはそれも嬉しいものではなかったのだろう。夜中にこっそりと家を抜け出しては色々なことに挑戦していたらしい。自分にしか出来ないことを見つけたかったのかもしれない。

 そんな日々を送る彼はある日、とある少女と出会った。その少女は彼と比べると遥かに才能にあふれていた。天才、そう呼ばれていてもおかしくはないほどに。しかし、彼女はその才能を生かそうとはしていなかった。彼は笑みを浮かべながら、その少女に質問をした。

 

「お前はどうして、そんなにつまらなそうな顔をしているんだ?」

 

 その少女は簡潔に答えた。

 

「私は何でも出来てしまうの。だからこそ、何をしてもつまらない」

 

 彼はその少女の答えを聞いて、内心憤慨していたのだろう。彼は思わず勝負を挑んでいた。

 そして彼は完膚なきまでに負けた。唯一の才能だった手先のよさですら彼女には到底及ばなかった。彼女は彼に質問をした。

 

「……どうして貴方はそんなにも頑張るの?」

 

 元来口数の少ない彼女は、言葉足らずにそんな言葉を紡いだ。その言葉の裏にはきっと、こう付け足されていたことだろう。

 

『無意味で無価値で、時間の無駄』とね。

 

 当時、彼はその質問の意味を理解できていなかったらしい。しかし、彼はこう答えた。

 

「頑張ることに理由は要るのか? 俺は、ただやりたいからやっているだけだ。納得いってないことを納得いくまで続けるのが、何かおかしいことなのか?」

 

 彼女はその答えに絶句したらしい。普通の人ならば何かしらの理由と共に努力をするだろう。しかし、彼は(いびつ)だった。彼の両親すらもそれを見抜けてはいなかった。彼の偽りの笑顔に誰もが騙されていたからだ。彼は常に演技をしていたんだよ。自分すらも騙しながら。

 彼女はそんな彼を見抜き、憐れに思った。それと同時に愛しく思ったらしい。彼女はその歪でありながらも真っ直ぐな姿が、とても眩しく見えたらしい。

 それからというもの、彼のそばにはいつも彼女がいた。何かと彼の世話を焼き、周りの人間にはとうとう彼にも春が来たかと思っていた。当の本人は彼女の行為に困惑していたけどね。

 高校に上がった後にも何度も続いた彼女の猛烈なアタックに、彼は陥落した。彼のために高校のレベルすら彼女は落としたんだ。彼は初めこそその行為に怒ったが、やりたいからやっているだけと言われぐうの音もでなかったらしい。それから、彼は彼女の前でだけ本人すらも気がつかないままその仮面を脱ぐようになった。彼の本心は、醜いものだったかもしれない。今はもう分からないが、彼の思いを彼女は何も言わずに聞いていたらしい。

 それから時は経ち、彼らは結婚した。子宝まで授かり順風満帆な日々だと誰もが思っていた。しかし、悲劇は突然訪れた。

 彼女が、あっけなく死んでしまったんだ。病死だった。

 彼は彼女を失い、再び仮面をかぶってしまった。父親は彼女の死に涙の一滴もこぼさない彼を怒った。彼は何も言わずに父親の怒りを受けていた。

 彼は男手一つでたった一人の娘を育てていた。その娘は母親によく似ていた。しかし、その性格は彼に似てしまったんだ。彼はそのうちに娘を構わなくなった。最大限の援助金だけ渡して、両親へと娘を預けた。娘は彼と同じようによく笑顔を浮かべていたよ。

 

 そして、二度目の悲劇が訪れた。

 

 四国を大きな自然災害が襲ってきたんだ。そのときに彼は、喧嘩別れのような形になった父親をかばって死んだ。後に彼の(のこ)した書物を読んで、父親は――――。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「――――私は酷く後悔した。何故もっと彼を見てやれなかったのだろうと。そして決めたのだ。彼の忘れ形見を、大切な娘を、責任を持って育てると。

 

 

 

 

 

 ……すまない。つまらなかっただろうね。これで話はおしまいだ」

 

「…………ごめんなさい。私、何も知らないであんなことを……」

 

 それが長い時間であったのか、一瞬だったのか美森には分からなかった。

 暫しの思考の後、美森は自分を恥じた。彼は目の前で愛していた息子を失ったのだ。その悲しみは今の美森では到底理解できるものではなかった。

 

「いや、構わないさ。君は少し結論を急ぎすぎている節がある。もう少し冷静になって周りを見てごらん。君を心配してくれる人はたくさんいるんだから」

 

「……!! はい……!」

 

 美森は加藤の言葉を心の中にしっかりと刻み込んだ。彼女の顔は先程までとは違い、すっきりとしている。加藤は美森に微笑みながら、勇者部のほうへと視線を向け直した。

 勇者部のほうも丁度仕事が終わったらしい。風が加藤に近づいてきて報告をする。

 

「加藤さん、頼まれた任務完了しました!」

 

「ご苦労様。君たち、次はどこへ行くんだい?」

 

「次の依頼は図書館からなので、みんなで歩いていくつもりですが……」

 

「それなら私が車を出そう。腰の心配なら無用だよ」

 

 加藤の提案に風は迷いながらも、言葉に甘えることにした。

 

「はい、ではよろしくお願いします」

 

 加藤は風の了承の返事に笑みを浮かべながら、自分の車へと歩いていった。友奈と真生は美森の雰囲気が元に戻っていることに気がついた。美森は二人の視線に気がつくと、いつものような暖かい笑みを浮かべた。友奈は美森が落ち着いたことに安心を覚え、嬉しそうに美森へと近づいていく。しかし、真生は曖昧な笑みを浮かべるだけで、彼女たちに積極的に近づいていくことは無かった。

 加藤の用意が整ったところで、勇者部は二つ目の依頼を達成する為に加藤の車に乗り込み、図書館へと向かった。

 車の中では、わいわいとにぎやかな会話が繰りひろげられている。楽しそうな雰囲気の中、加藤は鏡越しに真生の顔を見る。彼の顔には他のものと同じように楽しそうな笑みが貼り付けられていた。

 

 図書館に着いた勇者部は依頼人の下へと歩いていく。その後姿を、加藤は寂しそうに見つめながら呟く。

 

「……彼は、世界を怨んでいるのだろうか……。浩一と同じように、自らを犠牲にするのだろうか……」

 

 そう呟く老人の姿に、明は彼の視線の先を追う。視線の先にある好きな人の姿は、記憶にある父親と被るような気がした。




 もう一、二話挟んだら原作三話の話へ進む予定です。次は勇者部所属の話。こんな日常を私は書きたかった。

 ゆゆゆを見ているとタロットカードがほしくなります。ラブライブでもタロットカードがありましたし、どこかで買ってみようかな……。まともに使える気がしませんが(笑)

 気になった点、誤字脱字などがありましたら感想欄にてお伝え下さい。普通の感想や批評もお待ちしています。
 では最後に、


 一致:フロックスの花言葉

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