ルピナスの花   作:良樹ススム

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反対意見も無かったので、三章では一人称を扱うことにします。コメントしてくれた方に感謝を。


第二十一話 忘却

 

 一面に広がる樹海は姿を消して、彼女たちは二度目の帰還を果たした。

 そして、神樹の社があるからなのか、彼女たちは初めの時のように再び屋上に立っていた。

 

「何とか今回も帰ってこれたわね~。流石に今回はヤバイと思ったわ」

 

「縁起でもない事言わないでよ、お姉ちゃん」

 

 犬吠崎姉妹が他愛も無い掛け合いをしている中、美森は眠っている友奈のことを心配そうに見つめながら、考え事をしていた。そして、決心したように風の目をじっと見つめると、美森は風に頭を下げた。

 

「風先輩、部室では言い過ぎました。ごめんなさい」

 

「……東郷。ううん、アタシの方こそごめん」

 

 風と美森の二人の謝罪で、雰囲気が少し暗くなる。風は言葉を続ける為に口を開いた。

 

「説明を怠ったのは全部アタシの過失――」

 

「――――全部が全部お前のせいじゃないって散々言ったろ、風」

 

 しかし、そこで風の言葉を遮る声が響いた。風と美森、それに樹が声のする方を向く。屋上への入り口、そこに真生は立っていた。

 真生は風に近づいていくと、目の前まで着いたときに彼女の額にチョップを繰り出す。そこそこに力が入っていたようで、風は額の痛みにもだえる。

 痛みにもだえていても抱きかかえている友奈に配慮しているのは彼女らしいといえる。

 

「ぬおおぉぉ……」

 

「俺とお前、両方に責任はある。かっこつけて一人で背負おうとすんな、馬鹿」

 

「馬鹿とは何よ! 馬鹿って言う方が馬鹿なんだからね、バーカバーカ!」

 

「小学生か」

 

 真生と風の会話に樹は吹き出す。美森も初めはポカンとしていたが、次第に上品に笑い始める。

 不思議なことに先程までは疲れたような雰囲気であったのに、彼が来たことによって場の空気が明らかに変わった。和やかな雰囲気だ。

 未だに友奈は眠っているが、風の腕の中で彼女はよだれを垂らしていた。そのことに気付いた風はよだれを懐から取り出したハンカチで丁寧に拭く。

 だいぶ空気がほぐれてきたところで真生は話を切り出した。

 

「さて、まぁ色々言いたいこともあるけども。とりあえずこれだけは言っておこうかな」

 

 風たちは若干緊張したようで体に力がこもる。彼の言う言葉はそんな緊張をいとも容易く崩れさせた。

 

「――――おかえり。よく帰ってきたな」

 

 風たちは顔を見合わせる。風は友奈を起こしてやりたい衝動に駆られるが、今回一番頑張ったのは友奈だ。ならばもう少しだけでもゆっくりさせてやるべきだろう。そう考えて、彼女たちだけで真生に言葉を返す。

 

「「「――――ただいま!」」」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 場所は変わり、勇者部部室である。

 部室まで来たときに自発的に目覚めた友奈を含め、真生以外が椅子に座っている。ちなみに友奈が目覚めた時に目の前にいたのは真生である。その時の彼女の第一声は、

 

「……? ……真生、くん?」

 

 である。間があったことに疑問を覚えた真生だったが、目覚めた直後なら仕方ないだろうと軽く考えていた。

 真生は全員が座っていることを確認すると、友奈たちへと言葉を投げかけた。

 

「正直何から話せばいいのか分からん。みんな何か聞きたいことがあるはずだ。答えられる事なら何でも答える。とりあえず何か質問してくれ」

 

 真生の言葉に全員は考える。真っ先に手を挙げて質問をしたのは友奈だった。

 

「あ、そうだ! 真生くん、私UNKNOWNっていうのをマップの中で見つけたんだ。一瞬だけですぐに消えちゃったけど」

 

 友奈の言葉に、反応したのは風だった。

 

「友奈、それ本当!? じゃあ、もしかしてバーテックスの強化って……」

 

「……十中八九そいつがやっているだろうな。でも捕まえるのはかなり厳しいだろう。一瞬で消えたということはそのための手段があるっていう事だ。とりあえずはコイツは後回しにする必要がある。……話を聞く限りじゃ放っておくべきではないだろうけどな」

 

 真生はそう結論付ける。既に真生は風たちから今回の戦闘、そして前回の戦闘のことも聞きだしていた。その上で出した結論がこれだ。仕方のない事とはいえ、友奈たちは少し気持ちを沈ませる。

 真生は次の質問へと取り掛かる。次は樹からの質問だ。

 

「じゃあ、友奈さんが勇者になった後に更に変身していましたけど、アレは?」

 

「ソレは【満開】だ。一応勇者の切り札ってことになってる。お前たちが変身した際に体のどこかに花弁の刻印が刻まれていたはずだ。アレは“満開ゲージ”と言って、勇者としての力を振るうたびに溜まっていく。友奈の場合はバーテックスの苛烈な攻撃を何度も受けたことで溜まったんだろうな。精霊も勇者の力の一部だから」

 

 澄ました顔をしながらそう言う真生。

 友奈たちはいざという時の切り札があることを知り、これからの戦いにも希望を感じ始める。その中でただ一人、友奈だけが真生の表情の変化に気がついていた。彼は一瞬であったが、顔を歪めていたのだ。まるで苦虫を噛み潰すような顔に。しかし、すぐに表情を戻す真生に友奈は声をかけるタイミングを失ってしまった。

 

「まぁこの辺はまた後でアプリの説明でも読んでくれ。さて、それで他にはあるか?」

 

「それなら、バーテックスのあのコンビネーションの良さは何?」

 

 次なる質問者は美森だ。彼女の質問はもっともだろう。前回は一体だけであったが、三体同時に来るだけであんなにも厄介になるのだ。それに奴らのそれぞれの能力を生かしたコンビネーション。それは彼女たちにとってはとてもではないが見過ごすことの出来るものではなかった。

 

「あぁ、それか。……バーテックスはそれぞれ知能がある。勇者との戦いで学んでいくんだよ。だから時間をかけると手を付けられなくなる。そうなる前に封印して倒さなければならないんだ」

 

 真生の返答に一同は驚く。

 バーテックスに知能があるだけでも驚愕に値するのに、バーテックスは自分たちとの戦闘を経て学んでいくというのだ。驚かない方がおかしいと言えるだろう。風だけは事前に知っていたが。

 

「……じゃあ、そろそろ黒いバーテックスについて話しておこうか」

 

「――!! 何か分かったの!?」

 

 真生の言葉に反応したのはやはり風だった。大赦からは何も分かっていないと返された彼女だったが、やはり釈然としていなかったらしい。

 

「何かが分かったわけじゃない。これはただの俺の推測だ」

 

 真生はそう言った。推測、それはつまり結局のところ妄想に過ぎない。それが分かっていても友奈たちは真生に視線を向ける。推測に過ぎないと言ってもあのバーテックスについてはどうしても知りたいようだ。推測を語られる前提として、真生をそれだけ信頼しているということにもなるだろう

 彼女たちの視線を集めた真生は、一度目を瞑ってから話し始めた。

 

「黒いバーテックス。それはヒビ割れた体から炎を放っているという話だったな。バーテックスはそれぞれ黄道十二星座の名を冠している。その星たちが太陽に近づいているということだと俺は思う」

 

「太陽に……?」

 

「そうだ。まぁ結局は太陽ではないから、太陽もどきであることには変わりないけどな。きっとその炎がバーテックスのエネルギーを補っているんだろう。だから、奴らの攻撃の威力が跳ね上がった。黒い体は太陽に近づいたことによる適応の結果だろう。元の体では内側から燃え上がるその炎に耐え切れないからだ。だが、適応させても尚耐え切れない。ヒビ割れた体はそういう訳だ。ま、バーテックスは文字通りその身を燃やしながら戦っていたという事だ。これらの点から考えるに、蠍座の体が崩れ去った後に脆くなったのはそれが自分の身を守る最後の砦だったからだ。炎自体に耐久力はない。そんな状態で満開した友奈の一撃を食らったらひとたまりもないだろうな」

 

 真生の推測に一同は同意する。それらを証明する手段はないが、辻褄は合っている。

 真生は言葉を続ける。

 

「UNKNOWNが何らかの手段によって、バーテックスを強化した。だから、次からの戦闘では強化される前にバーテックスを討伐するのが最善だろうな。……そんな簡単にはいかないだろうが」

 

 真生はそれを最後に口を閉じる。話は済んだということだろう。

 真生による今回の戦闘の補足説明は終わり、友奈たちは納得した様子だ。これ以上この話をしていても仕方がないので、真生は話の転換をし始めた。

 

「そうだ、話は変わるけど結局文化祭の出し物はどうする? 俺は演劇とかがいいと思ったんだけど」

 

「ん~演劇ねぇ。確かにちょうどいいかもね、真生の演技力はすごいし」

 

 ニヤッと笑いながら真生の意図を察したようにして、便乗する風。友奈たちも話に参加して、だんだんと盛り上がり始めた。

 

「真生くんの演技は真に迫るものがあるわよね。前の保育園での人形劇のときにいなかったのが悔やまれるくらい」

 

「本当なら魔王の子供役も真生さんがやるはずだったんですよね。急遽私がやることになって焦りましたよ~」

 

 真生はそのときの樹の姿が容易に想像できた。きっと風が興奮していたことだろう。流石に申し訳なくなり、樹へと真生は頭を下げた。

 

「ごめんな、樹。あのときははずせない用事が突然入ってきたから…」

 

「い、いえ! 別に責めてる訳じゃないですから!」

 

 樹は頭を下げられたことで慌て始める。自分にはそんなつもりは微塵もなかったのに、謝られてしまっては申し訳なく思うのだろう。樹はそういう子なのだ。

 妹の慌てる姿を見て和んでいるのは彼女の姉である風だ。風は慌てふためく妹に熱いまなざしを送り続けている。それに気づいた真生が引くほどだ。

 真生はとりあえず樹を落ち着けることにした。そうすれば多少はあの視線も収まるだろうと思って。

 

「実際に君に迷惑をかけたのは確かなんだ。お詫びに何かするつもりだったんだけど、何がいい?」

 

「お詫び……ですか」

 

 迷う樹。彼女自身はそれを望んでいるわけではない。しかし、真生がこういったことで手を抜いたりしないことは、ここまでの付き合いで既に把握していた。

 樹が迷っていると、風が真生に話しかけた。

 

「真生、アタシたち全員であんたの抜けた穴をカバーしたんだから、ここにいるみんなにお詫びする必要があるとは思わない?」

 

「……もちろんだ。それじゃあどうする?」

 

「よし、今日は真生の奢りでうどん屋にいきましょ! 樹もそれでいい?」

 

 風のだした助け船に樹は乗り、今日は行きつけのうどん屋にいくことが決定した。その場にいる全員に奢ることになる真生は、財布の中身を確認してため息をついた。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 行きつけのうどん屋こと、かめやにて、彼女たちは文化祭の日程を話し合いながらうどんを食べていた。風は既に三杯目に突入している。

 真生の意見を元にいくつか演劇の案を出してはいたが、全員しっくり来るものはなかなか無かったようだ。

 

「う~ん。どうする? 演劇やるにしてもどんな演目やるかによって色々と変わるけど……」

 

「悩みますねぇ~」

 

 風と友奈は演劇にかなり乗り気な様子だったが、案が出ないことでだんだんとテンションも下がっていた。

 そこに美森が困った顔をしながら無理を承知で意見を出した。

 

「いっそのことあの人形劇のストーリーを弄ってみるのはどうですか? 設定も凝ってるから、中学生向きに話を作りかえれば意外といけそうな気が……」

 

 美森の意見にその手があったかというような顔をする二人。真生は美森の意見を聞いて、対象年齢を多少引き上げてあのストーリーを作れるかどうかを考えてみる。

 真生は手持ちのメモにサラサラと文字を書いていく。

 

「……真生が作家モードに入ったわね。これは一区切り着くまで戻らないわよ」

 

「作家モード?」

 

 真生の姿を見た風がそう告げると、樹はどういうことなのか風に問う。風は三杯目のうどんを平らげると、おかわりを頼んだ後に樹の問いに答えた。

 

「作家モードっていうのはね。真生のこの状態の事をいうのよ。この状態になると言葉も聞こえないみたいでね初めて見たときはアタシもびっくりよ。何言っても無視されるんだもん」

 

 風はあっけらかんとしていうが、そのときの様子を想像すると途端に風がかわいそうに見えてくる。しかし、風の言葉を聞いて美森は疑問を覚える。

 美森は意を決して風に問いかけた。

 

「それだと真生くんしかストーリーに関与していないように聞こえるんですが、風先輩は何をしたんですか?」

 

「ん? 真生が書き終わったのを見て、客観的な目で見て批評するのがアタシの役目よ。原案自体にはアタシも色々と意見出してるからちゃんとアタシと真生の二人で作品は作ってるよ。紛らわしい言い方してごめんね」

 

 舌を出しながら謝る風。

 その間にも真生は何枚かページをめくり、つらつらと書き綴っている。友奈は真剣な顔で作業をしている真生にカッコよさでも感じたのか、おぉ~と感嘆の声を上げている。

 しばらくして、書き終わった真生はふぅ~と息を吐き出す。

 

「とりあえずこんなもんでどう?」

 

 そう言って物語が書き上げられたメモを風に渡す真生。受け取った風はメモの中身を真剣な眼差しで読み続けている。友奈たちも自分たちが演じることになる劇の内容が気になったのか、風の後ろからメモを読んでみる。読んでいる最中の友奈たちは、真剣そのものであった。誰も気付くことはなかったが、それとは対照的に真生は自分に呆れているような仕草を見せていた。

 読み終わった彼女たちに、真生は感想を求める。友奈は興奮冷め切らぬようで身振り手振りで感想を伝えてきた。

 

「なんか凄かったよ~! 読んでいるうちに引き込まれて、主人公の勇者の気持ちになれたって言うかなんていうか。本当に凄かった!」

 

「アタシも友奈と同じね。ちょっと直したくなる部分もあったけど、それはまたおいおいね」

 

「人形劇の話を読んだときから思っていたけど、真生くんってこういうの得意なのね。ちょっと意外」

 

「先代勇者が道半ばで倒れちゃうシーンも泣けます! 魔法使いさんも記憶を失っちゃって、後に残された一人が今の勇者に思いを託すっていうのも良かったです~」

 

 それぞれが真生の作った話を褒め称える。そんな反応に苦笑いを返しながら、真生はかめやにいる人から視線を受けていることに気付く。

 

「……ありがと。文化祭の劇にするにはちょっと長いからもうちょっと短縮する必要もあるし、まだまだだよ。それよりそろそろ帰ろうか。陽も沈みそうだ」

 

 そういって窓の外を指差す真生。窓の外にはまだ陽は残っているが、それも海に沈んでしまいそうだ。

 勇者部は会計を済ませ、店を出て行く。風と樹は前のように二人で帰っていき、友奈たち三人も共に帰るつもりだ。

 

「あれ、そういえば友奈ちゃん課題は?」

 

「はっ! 課題明日までだった。アプリの説明テキストばっかり読んでて……」

 

「友奈らしいな。俺も東郷も手伝わないから頑張れよ」

 

「そんなぁ~~」

 

「勇者も勉強も両立よ♪」

 

 三人で楽しそうに会話をしながら、車を待つ。間もなくして車がやってくる。その車に乗り込み、車の中でもアプリを使いながら会話を楽しむ。

 彼女たち勇者部が守った日常。それは犠牲も少なく、彼女たちも未だ五体は満足のままである。

 

 しかし、忘れること無かれ。犠牲はゼロではないのだ。彼女たちが去った店であるニュースが伝えられる。

 

「――次のニュースです。山で起こった落石事故によって二人が負傷し、一人が死亡したことが確認されました――――」

 

 

 ――――後日、友奈の携帯が一時的に大赦に回収された。その携帯が返ってきた時、そこには牛鬼のほかにもう一体精霊が増えていたのだった。




 友奈はちょっとアホっぽくしながら可愛く、東郷さんは包容力の高いお姉さんのようなキャラに、風は悪友っぽくしながら頼れる感じに、樹は小動物っぽさを出せるように。そんな感じでキャラを考えています。……今言った通りに書けている自信はありませんが。

 いずれ出てくる夏凜は格好良く書きたいですね。作者のイメージ的にも。

 気になった点、誤字脱字などがあれば感想欄にお願いします。普通の感想、批評も大歓迎なのでお待ちしています。
 では最後に、


 忘却:グラジオラスの花言葉

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