ルピナスの花   作:良樹ススム

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今話以前の三人称での東郷美森の呼称を“美森”に統一しました。


第十八話 後悔

 

 友奈たちが目を開けたとき、そこには色とりどりの木々に満ちた樹海ではなく、いつも見てきた日常が存在していた。

 照りつける太陽。見慣れた風景。彼女たちは戻ってきたのだ。樹海に引き込まれる事によって遠ざかっていた元の世界に。

 三人は無事に初陣を乗り越え、後の一人は敵を前にして恐怖に怯えた。しかし、それもある意味当然の結果だ。得たいの知れないもの、過去に恐怖を刻み付けられたものは人のなかに強い恐怖を呼び覚ます。

 それを受け入れ前に進むか、それとも現実から逃げてその場でうずくまるか。これこそが今後の美森の課題。彼女の踏み出すべき一歩なのだ。

 

「……あれ、ここ学校の屋上?」

 

 友奈は、自分のいる場所が元々いた教室でないことに気づく。その疑問には風が答えた。

 

「神樹様が戻してくださったのよ」

 

 友奈は風の言葉に納得する。神樹にとってあの結界は自分の庭のようなもの。その中にいる勇者を自由に転移させる事など朝飯前なのだろう。

 友奈は少しきょろきょろと周りを見渡す。そこで彼女は目当ての人物を発見した。

 

「あぁ、東郷さ~ん。無事だった? 怪我はない?」

 

「友奈ちゃん……。友奈ちゃんこそ大丈夫? 火傷とかしてない?」

 

「うん、大丈夫! アレぐらいへっちゃらだよ。それにもう安全。……ですよね、風先輩!」

 

 美森は、友奈がバーテックスの炎の直撃を食らったことを心配していた。幸い彼女の火傷も酷いものではなさそうだ。

 友奈は、もう安全なのだから心配する必要もないという様に風に問いかけた。風もその問いかけに頷き、肯定を示す。

 

「そうね。ほら見て?」

 

 風に促され、友奈と東郷は屋上から見ることの出来る景色を見つめる。その光景はあまりにもいつもどおりで、友奈たちが戦っていた事がまるで夢のように思える程だった。しかし、あれは夢ではない。それは友奈の体をひりひりとさせる赤く染まった肩が証明していた。

 

「……みんな、今回の出来事気付いてないんだね」

 

「そう。他の人からすれば、今日は普通の木曜日。……アタシたちで守ったんだよ、みんなの日常を」

 

「よかった……」

 

「ちなみに世界の時間は止まったままだったから、今はモロ授業中だと思う」

 

「「えぇ!?」」

 

 なんでもない事のように言う風に、友奈たちは思わず振り向いた。授業中に抜け出したなんて話になればいいが、授業中に神隠しにあったなんて言われたら、彼女たちは変な目で見られてしまうことは確実だろう。

 

「ま、後で大赦からフォロー入れてもらうわ。……怪我はないわね、樹」

 

「うん、お姉ちゃんは何ともない?」

 

「平気平気~」

 

 軽い感じでそう答えた風であったが、その直後に泣きながら抱きついてきた樹に面食らってしまう。

 

「怖かったよぉ~、お姉ちゃぁん。もう訳わかんないよぉ~」

 

「……よしよし、よくやったわね。冷蔵庫のプリン、半分食べていいから」

 

「あれ元々私のだよぉ~~」

 

 片方は泣きながら、片方は慈愛の眼差しで話し合っているが、それにしても話している内容がアレである。美森はそんな二人の声も聞こえない程に自らの考え事に頭を悩ませており、友奈も美森のほうを見ながらも何も言う事は無かった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「あの子今日休みだってさ。何でも隣町であった交通事故に巻き込まれたらしいよ~」

 

「本当? よく怪我で済んだね。アレで運転手が大怪我しちゃったんでしょ? それに加えて二、三人怪我したって、物騒だよね」

 

「そうそう。あの子も運悪く近くにいたらしくてさ。まぁ。一週間も経たずに退院するって言ってたから、大丈夫でしょ」

 

「致命的に運が悪い時ってたまにあるよね。本当に怪我で済んでよかった」

 

 友奈はそんな話を教室の中で聞いていた。美森も友奈とともに部活に行くのでその話しは聞こえているのだろう。彼女は自分の席で暗い顔をしていた。友奈はそれを心配そうに見つめるも、特に何を言うでもなく日直の仕事に戻っていった。

 

 ――黒板の隅の欠席者の欄には、一人と書かれていた。

 

 

 

 

 日直の仕事を終えて、友奈たちは勇者部の部室へと足を運んでいた。友奈の頭の上には、先日現れた友奈の精霊がちょこんとくっついていた。

 

「その子懐いてるんですね~」

 

「えへへ、名前は牛鬼って言うんだよ」

 

「可愛いですね~」

 

「ビーフジャーキーが好きなんだよね」

 

「牛なのに!?」

 

 友奈と樹はほのぼのとした雰囲気で会話をしていた。樹のツッコミ能力も健在だ。

 そんな中、真生は黒板にチョークで何かを描き込んでいる。風は真生に問いかけた。

 

「描けた? 真生」

 

「ばっちり、もう始めてもいいぞ」

 

「了解。……さてと」

 

 風は二人の会話を断ち切るように、話の流れを変えた。彼女たちは風のほうを向き、風の話を真剣に聞こうとしていた。

 

「みんな元気でよかった。早速だけど、昨日の事を色々説明していくわ」

 

「よろしくお願いします」

 

 風と真生は大赦から派遣されてきたので、バーテックスや樹海関係の事はよく知らされている。風は自分の知る限りの情報を友奈たちに伝えようとしていた。

 

「戦い方はアプリに説明テキストがあるから、今は何故戦うのかって話をしていくね。こいつ、バーテックス」

 

 そういって彼女は黒板に描かれた異形の化け物を指差した。

 

「人類の敵が、あっち側から壁を越えて、十二体攻めてくる事が神樹様のお告げで分かったわけで……。まぁ、アタシも人伝にそれを聞いただけなんだけどね」

 

「真生さんって絵、上手なんですね。見たらすぐに分かりましたよ~」

 

「ありがとう、まぁあんまり描く機会もないけどね。そんな独創的なものは作れないし」

 

「それでもすごいよ~。あれ? でも真生くんってバーテックス見たことあるの?」

 

「……大赦の資料でちょっとな。細かいところは想像で補完したけど合ってた?」

 

「はい! あ、でも私たちが戦ったのはこのバーテックスだけどこのバーテックスじゃなくて……え~と?」

 

「その辺りもちゃんと説明するから話聞いてよ。脱線してるじゃないの~」

 

「「ご、ごめんなさい」」

 

 曖昧な笑みを浮かべる真生。風は声を揃えて申し訳なさそうな表情で謝る友奈と樹をまったくもう、といいながら許していた。

 

「……どこまで話したっけ? あぁ、そうだ。バーテックスの目的は神樹様の破壊。以前にも襲ってきたらしいんだけど、その時は頑張って追い返すのが精一杯だったみたい。そこで大赦が作ったのが、神樹様の力を借りて勇者と呼ばれる姿に変身するシステム。人知を超えた力に対抗するには、こちらも人知を超えた力って訳ね」

 

「あれ? 風先輩、その私たちの絵の隣にある+αって何ですか?」

 

 黒板には可愛くデフォルメされた真生を除いた勇者部一同が描かれていた。その勇者部一同の隣に友奈の言った通り+αと書かれている。風もこれには頭の上に疑問府を浮かべる。

 

「本当だ。真生、これは何よ?」

 

「勇者は今ここにいる勇者部だけじゃないって事だよ。そのうちもう一人大赦から派遣されてくるはずだから、+α」

 

「あぁ、そういうことね。……また女の子か」

 

「もうそれで弄るのは止めてくれないか!?」

 

 みっともなく言い訳を述べる真生をあしらいつつ、風は話が脱線する前に軌道を元に戻す。

 

「それで注意事項として、樹海が何かしらの形でダメージを受けると、その分日常に戻ったときに何かの災いとなって現れるといわれているわ」

 

 風の説明に友奈は、教室でクラスメートの女子生徒が話をしていた事を思い出す。彼女たちはこう言っていた。

 

『あの子今日休みだってさ。何でも隣町であった交通事故に巻き込まれたらしいよ』

 

『本当? よく怪我で済んだね。アレで運転手が大怪我しちゃったんでしょ? それに加えて二、三人怪我したって、物騒だよね』

 

 友奈は戦いの中で封印の際に樹海が枯れていく以前に、バーテックスの攻撃で樹海が燃やされていた事に気付く。アレが原因で被害が広まってしまったのだ。仕方のないこととはいえ、彼女たちの心の中には無念が残った。

 

「派手に破壊されて大惨事、なんてならないようにアタシたち勇者部が頑張らないと」

 

「……その勇者部も、先輩が意図的に集めた面子だったという訳ですよね?」

 

「…………うん、そうだよ。適正値が高い人は分かってたから」

 

「それには、俺も加担してたんだ。責任は俺にもあるよ。誘導位はするつもりだったし」

 

 実際には誘導する前に、風の誘いを友奈が一発でオーケーしてしまったのだが。風は真生の方をチラリとみて、話を再開する。

 

「アタシたちは、神樹様をお奉りしている大赦から使命を受けてるの。この地域の担当として」

 

「知らなかった……」

 

「黙っててごめんね」

 

 風は改めて今まで黙っていた事を謝罪する。謝る風のほうを見ながら、友奈は問いかける。

 

「次は敵、いつ来るんですか?」

 

「明日かもしれないし、一週間後かもしれない。そう遠くはないはずよ。……それで、肝心のアタシたちの戦ったバーテックスのことなんだけどね。残念ながらまだ何も分かってないの。大赦にも問い詰めてみたけど、過去の戦いの記録にもバーテックスがあんな変貌を遂げた例は無かったらしいし、まだまだバーテックスには分からない事が多いのよ……」

 

 勇者部の全員は一斉に押し黙った。自分たちの戦ったバーテックスは正体不明のバーテックスだったと聞いてもなかなかピンと来る事はないだろう。しかし、あのバーテックスの強さを彼女たちは身に染みて分かっていた。友奈は湿布の張られた肩に。怪我こそしなかったが、風と樹もあの熱さと衝撃を覚えている。戦いに参加する事のできなかった美森もそのことは理解していた。

 しかし、美森は苛立ちを抑え切れなかった。

 

「……なんでもっと早く、勇者部の本当の意味を教えてくれなかったんですか。友奈ちゃんも樹ちゃんも、死ぬかもしれなかったんですよ」

 

「……ごめん。でも、勇者の適正が高くても、どのチームが神樹様に選ばれるか敵が来るまで分からないんだよ。むしろ、変身しないで済む確率の方がよっぽど高くて」

 

「そっか。各地で同じような勇者候補生が……いるんですね」

 

「うん。人類存亡の一大事だからね」

 

 風は自分が勇者部のみんなに黙っていた理由を伝えた。これで納得してもらえなければ、彼女はもう何も言う事はできない。謝る事しかできないのだと、風は思っていた。

 美森は風の言葉を聞いても尚、怒りを抑えきれずにいた。

 

「……こんな大事な事、ずっと黙っていたんですか」

 

「東郷……」

 

「……あ、私行きます!」

 

 美森が部室を去っていく姿を見た風は、彼女の名前を悲しみと悔しさとともにこぼした。友奈は、美森と風を交互に見て、美森のほうへと駆けていく。

 風は意気消沈をしていた。やはり自分はいけなかったんだろうか。もっといい方法が有ったのではないだろうか、という今考えていても仕方のない思考に彼女は囚われていた。

 しかし、真生は風に厳しい言葉を投げかける。

 

「今更後悔するなよ。自分で決めた事なんだ、もっと責任を持て」

 

「真生……。でも、アタシは」

 

「でもじゃない。……お前は誰だ。犬吠崎風だろう。部長なら部長らしく胸はって待ってればいいんだよ。俺から見れば、東郷はお前のことを本当に嫌っているわけじゃない。自分が嫌で、そんなイライラを不本意ながら風にぶつけてしまった。ただそれだけの事だよ。……友奈も言っていただろう? お前は悪くないって。無責任だけど、確証なんて無いけど、自分の仲間をもっと信じろよ。リーダーだろ?」

 

 

 

 

「――ねえ、友奈ちゃんは大事な事を隠されていて、怒ってないの?」

 

 その頃、部室から離れた場所で、友奈と美森は向き合いながら話をしていた。友奈は彼女の質問に一瞬の戸惑いを感じるが、戸惑いはすぐに消え、自分の素直な気持ちを美森へと伝えた。

 

「そりゃあ、驚きはしたけど……。でも嬉しいよ。だって適正のお陰で風先輩や樹ちゃんと会えたんだから」

 

「……この適正の、お陰?」

 

「うん!」

 

 友奈の迷いの無い答えに、美森は自分を恥じた。そして、促されるようにして自分の心の中を吐露した。

 

「私は、中学に入る前に、事故で足が全く動かなくなって、記憶も少し飛んじゃって。学校生活送るのが怖かったけど、友奈ちゃんと真生くんがいたから不安が消えて、勇者部に誘われてから、学校生活がもっと楽しくなって。……そう考えると、適正に感謝だね」

 

「これからも楽しいよ。ちょっと大変なミッションが増えただけだし、どんな事かは分かんないけど、真生くんもサポートしてくれるし!」

 

「そっか……。そうだね」

 

 友奈が素直な気持ちをぶつける事によって美森の心は晴れ、彼女にほんのちょっぴりの勇気を与えた。友奈は笑顔を浮かべる。

 友奈にとって大切なのは、身近にいる大切な人たちを守る事だ。そのためならば、友奈は多少自分の身が犠牲になったところで、戦う事を止めないだろう。

 

 ――――彼女は気付かない。それこそが大切な人を泣かせ、傷つける行為だという事に。

 

 

 

 

 

「如何にして、お姉ちゃんと東郷先輩が仲直りするか」

 

「えっとぉ、説明足りなくてごめんね~」

 

「軽い、というか本当にどう謝罪するかを考えるんですか、風先輩」

 

「何よ~、真生はああ言ったけど謝るくらいはしときたいじゃない」

 

「心のままに謝ればいいだけなのに……」

 

 樹は得意なタロットカードを使った占いを、風と真生は謝罪の練習を行っていた。

 真生は、謝罪の方法を考える風に呆れを感じる。風はそんな真生の様子に不満を感じていた。真生は、突然風に少し離れる事を伝えると部室を後にした。

 風は自分勝手な真生に憤りを感じながらも、 真生を責めるのはちょっと違うかと反省する。反省しつつも、樹の下に向かい占いの結果くらい聞いても構わないだろうと思う。

 

「樹~、どうするべきか占えた?」

 

「今、結果出るよ~! えい、ほっ」

 

 いつものような元気の無い声で樹に問いかける風。いつもよりも元気のいい声を上げる樹。珍しく対照的な絵になっている姉妹であった。

 樹がカードを数枚めくる。風はそのカードの一部を見ながら思ったことを口に出してしまう。

 

「おぉ~、何だかモテそうな絵じゃない! 他のは?」

 

「えっとぉ……ん?」

 

 めくろうとしていたカードが空中で止まっている。これが示すものは一つしかない。それはつまり――

 

「樹海化!? まさか連日で……!」

 

 

 ――――再び、少女たちの戦いの火蓋が切られようとしていた。




 遅くなりましたが、お気に入り登録数が200を突破しました。呼んでくれている皆様にご感謝を。

 今回の話は東郷さんの後悔と風の後悔がメインです。真生がいることによって風の後悔が原作よりも強くなっています。真生の存在が必ずしもいい結果ばかりに繋がるわけではないのです。そして、うちの東郷さんは、少し鷲尾成分が強いかもしれません。変人度が足りないと思う方もご了承下さい。

 そして、結構な頻度で行われる修正。皆様もここはこれのほうがいいんじゃないだろうか、という点があれば、おっしゃってもらえた方が作者の文章力が上がるかもしれません。

 さらに、一章の最終話にて、章タイトルの花言葉を追記しました。暇があればご覧ください。

 気になった点や誤字脱字などがあったら、感想欄等にてお伝え下さい。普通の感想、批評もお待ちしています。
 では最後に、


 後悔:フウリンソウの花言葉

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