ルピナスの花   作:良樹ススム

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※今日はこの前にも一つ投稿しています。お気をつけ下さい。


第十七話 燃える心

 

 突如姿を変えたバーテックスに驚きを隠せない友奈たち。しかしバーテックスは、待ってなどくれなかった。大きくなった発射口から同時に幾つもの爆弾を生み出す。生み出された爆弾も炎を纏っている。

 風は焦りながらも、友奈たちへと注意を促した。

 

「友奈! 東郷! 逃げてええ!!!!」

 

 友奈と美森は風のその言葉に反応するも、動く事はなかった。恐怖心が体を支配する。死ぬかもしれないという恐怖が、友奈を美森を飲み込もうと迫ってくる。

 そして、ついにバーテックスから爆撃が開始された。その矛先は、友奈と美森の方向だ。風は焦りを隠す事ができなくなっていた。

 

(アタシのせいで、友奈と東郷が……!! 助けなきゃ、助けなきゃ!)

 

 風の思いとは裏腹に、体は動く事を拒否している。彼女もまた恐怖に支配されようとしていた。そんな姉を見て、樹の瞳に覚悟が灯る。

 スローモーションのように友奈と美森の元に迫る爆撃。樹はその全てを二人の下へと届く前に切り刻んだ。しかし、爆風の勢いも先程とは比べ物にならないほど強くなっていた。爆風により吹き飛ばされる友奈と美森。美森を抱きしめる友奈の瞳にもまた、一つの覚悟が灯っていた。

 追撃を開始するバーテックス。樹は友奈たちに近いものから順番に切り刻んでいく。しかし、バーテックスの爆撃は一切衰える事はなく、いつ終わるのかも分からない連続攻撃に樹の精神が削られていく。

 必死に戦う妹の姿。美森を守りながらもバーテックスから目を離さずに、攻撃の全てを観察する友奈。その姿に風の心は燃え盛る。

 

「……アタシの可愛い後輩たちに、何してくれてんのよおおぉぉ!!!!」

 

 彼女は立ち上がる。その手に大剣を携えて。

 雄たけびを上げながら、彼女はバーテックスへと突っ込んでいく。バーテックスは羽虫を払うかのように、布のような物体を横凪に振るう。風はその一撃を大剣でガードをする。ガードしきれずに吹き飛ばされる風であったが、彼女は根に着地し、諦めずにもう一度立ち向かう。

 今度は布と同時にその身に纏う炎までもを武器とし、風へとぶつけようとする。風に届く一瞬前に、布のような物体を切り刻む樹。いつの間にか、友奈たちへの爆撃は止まっていた。

 しかし、布を切り刻もうと襲い来る炎の一撃は避けられるものではなかった。風を飲み込む炎に樹は思わず声を上げてしまう。

 

「お姉ちゃん!」

 

 風はその体ごと回転し、大剣を大振りに振るい炎を打ち消した。そのままの勢いでバーテックスへと一撃を食らわせる。バーテックスの体は脆く、風の一撃によって簡単にその一部を消し飛ばした。

 

 しかし、風に油断などはなかった。バーテックスの再生力は凄まじいと知っていたからだ。風の予想通りに再生を開始するバーテックス。しかし、その再生力は風の予想していたものよりも遥かに遅かった。心なしかバーテックスの動きも鈍くなっている気がしている。風はその様子に少しの疑問を感じるが、チャンスを無駄にするわけにはいかないと感じ、バーテックスへと追撃をする。

 

 バーテックスは、炎を広げ風を遠ざけようとする。バーテックスの目論見どおりか、風は離れるしかなかった。しかし、勇者は風一人だけではない。炎の隙間をかいくぐり、樹の糸がバーテックスの体を貫く。そのまま樹はバーテックスの動きを抑える為に、糸で体を拘束しようとした。しかし、糸はすぐに集中された炎によって燃やされ、拘束する前にバーテックスを取り逃がしてしまう。

 

 バーテックスは炎の勢いを上げ、周囲のもの全てを焼き払おうとする。それに風が反応する。樹海を傷つけられると、現実の世界で影響が出てしまうのだ。風はそのことを樹に伝え、自分自身もバーテックスの攻撃を止めようと近づく。バーテックスは近づいてくる風に何を思ったのか、爆弾を無数に生み出し全方位へと攻撃を開始した。焦る風に、幾つもの爆撃が襲い掛かってくる。風は自分の射程範囲の爆撃を全て切り落とし、友奈たちの方向へと向かおうとする。それをさえぎるようにバーテックスは他よりも密度の高い炎を風へと向けた。風の目の前に精霊が出現し、風を荒れ狂う炎の波から守る。

 

 その間に樹は多くの爆撃を切り刻んでいたが、流石に数が多すぎるようで、知らず知らずのうちに彼女の疲労も溜まる一方だった。膨大な並列思考に疲れ果て、樹の緊張の糸がほつれかけたその瞬間――

 

 

 

 ――――一輪の花が、空を駆けた。

 桜色の輝きを纏ったそれは幾多もの爆撃を打ち砕き、そのままの勢いでバーテックスへと近づいていく。近くにある爆撃は次から次へとその輝きに叩き落されていく。

 桜色の輝きの正体、それは――――

 

「勇者、パアアァァンチ!!」

 

「友奈……!」

 

「友奈さん!」

 

 ――――讃州中学勇者部二年、結城友奈だった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 時を少し遡る。

 爆撃によって吹き飛ばされた友奈たちは、精霊による守護のお陰でほぼ無傷で地面へと落ちた。美森の車椅子も奇跡的に無事だ。友奈はすぐに立ち上がり、風たちの戦っている姿を見つめる。彼女たちはまさに死力を尽くして戦っていた。それも友奈たちを守りながらだ。

 友奈は先程の自分の言葉を思い出す。

 

『なに言ってるの! 友達を……』

 

 友奈は、友達を……の後になんと言おうとしていたのだろうか。友奈にとってあれは、美森の言葉を否定するために、とっさに出た言葉だった。友奈は自分が何をしていたかに気づく。風に逃げろと言われ、言われるがままに逃げた結果がこれだ。友奈は何を続きに言おうとしていたのかを心に浮かべた。それは友奈の信念と言えるようなものだった。

 

(ここで友達を置いてきぼりにするなんて……。友達を見捨てるような奴は……!)

 

「……勇者じゃない!」

 

「友奈ちゃん!?」

 

 美森は叫びだした友奈に驚きを隠せない。さっきまでは自分と同じように恐怖に怯えていたのに、戦うなんて考えられなかったはずなのに。そんな考えが美森の頭の中を駆け巡る。美森の戦いへの恐怖。それは理屈ではなく、本能によるものだった。

 美森と向き合い、自分の決意を表そうとする友奈は美森へと謝罪をする。

 

「ごめんね、東郷さん。私やっぱり戦うよ」

 

「やめてよ……、友奈ちゃん。死ぬかもしれないんだよ?」

 

「それでも私は、友達を見捨てたくないんだ。そんなことをしたら、私は絶対後悔する。それに風先輩も言ってたよね? 私たちしかやれる人はいないんだ。ここで逃げても、バーテックスは障害のひとつもなく神樹様にたどり着くだけだよ。そうなったら、全部終わっちゃう。大好きな日常も、大好きな人もみんな死んじゃうんだ。だから、行くよ。東郷さんのために、真生くんのために、風先輩、樹ちゃん。……みんなのために!」

 

 そして、友奈は走り出す。バーテックスの元に向かって。その時、バーテックスは全方位へ爆撃を開始した。当然その爆撃は友奈の元へも向かっている。もう少しで友奈に当たってしまう。そんな状況の中、美森は友奈へと叫ぶ。

 

「友奈ちゃん!」

 

 友奈に爆撃が直撃する。美森は爆風に耐えながらも友奈の名を叫ぶ。大事な親友の無事を祈って。爆発の煙が晴れていく。そこにいたのは、爆撃が直撃したはずの友奈だった。左手を前に突きだし、その両手には桜色のガントレットが付いている。そう、彼女は自分に迫ってきた爆弾を、自らの拳で破壊したのだ。

 友奈の傍らに精霊が顕現する。白い牛のような精霊だ。友奈は語る。自らの意思を。

 

「嫌なんだ。誰かが傷つくこと、辛い思いをすること……!」

 

 次いで襲いかかってくる爆弾に上段蹴りを叩き込む友奈。爆撃を蹴り壊す瞬間に彼女の足にも桜色のブーツが生み出される。

 

「みんながそんな思いをするくらいなら!」

 

 彼女は自分の元に来る全ての爆撃を一蹴する。そのままの勢いで彼女はバーテックスへと突撃する。途中で風が足止めを食らっている姿が見える。樹が戦っている姿が見える。友奈は自らの意思を、思いをバーテックスへとぶつけるため、途中で襲い来る爆撃を叩き落としていく。

 

「私が、頑張る!!」

 

 彼女はバーテックスへの障害となる最後の爆撃を破壊する。

 宙を舞う彼女の髪は桜色に染まり、ポニーテールへと形を変えている。その姿も、白を基調としたデザインへと変わっていた。

 勇者としての最初の一撃。彼女にとっての始まりの拳。負けぬ思いを心に秘めて、彼女は放つ。渾身の一撃を。

 

「勇者、パアアァァンチ!!」

 

「友奈……!」

 

「友奈さん!」

 

 彼女の一撃が、バーテックスの体を大きく抉った。

 しかし、次の瞬間にバーテックスは体の再生を開始する。先程までの遅々とした再生とは比べ物にならない再生速度で。

 友奈はバーテックスを踏み台に、風たちの元へと跳ぶ。合流をしていた風と樹に友奈は謝罪をした。

 

「ごめんなさい! 遅くなりました!」

 

「謝らなくていいわよ。それよりもあいつをさっさと倒すわよ! このままじゃあ樹海がもっと酷いことになっちゃう」

 

「でも、どうやって? 今もどんどん直っていってるよ、あのバーテックス……」

 

「バーテックスはダメージを与えても回復するの。封印の儀式っていう特別な手順を踏まないと、絶対倒せない!」

 

「て、手順って何、お姉ちゃん」

 

「あいつの攻撃を避けながら説明するから、避けながら聞いてね。来るわよ!」

 

「またそれ~!? ハードだよぉ~!」

 

 そう言って散開する三人。それぞれ避けきれない攻撃は、迎撃することでどうにかなっていた。

 

 その頃美森は自らの内にある恐怖心と戦っていた。

 

(私は何のためにここにいるの? 皆も友奈ちゃんも必死に戦っているのに……! 何で私だけこんなにも怖がっているの!?)

 

 彼女は自らを奮い立たせるために、自分自身を叱咤激励する。しかし、そんなものは付け焼き刃でしかなく、バーテックスの姿をみた瞬間に戦う意思は消え去ってしまう。突然時が止まり、自分達のいる場所が変わって、風に真実を伝えられた。バーテックスが襲いかかってきて、風と樹が変身を果たし、バーテックスが突然変異をした。友奈も恐怖心を克服し、戦いに臨んだというのに、自らはこの体たらく。美森は自分が嫌になってきていた。

 風に追求するだけしておいて、戦いには参加しないという自分の弱さを、彼女は認めたくはなかった。認めたらより弱くなってしまうから。

 彼女は自分の弱さから思考を切り替え、どうしてバーテックスは突然変異をしたのかを考える。戦う意思がない自分にできることは考えることだけだ。祈りなどどれだけ捧げても足りないくらいだが、それよりも優先すべきはこの事だろう。

 

(元々ああいう生態だった? いや、それだったら風先輩があんなにも驚く必要はないはず。今回の一件に関してもっとも詳しいのは彼女だもの。それならなぜか……一番考えられる可能性は、第三者によるバーテックスへの接触、及びバーテックスの強化。でも、この結界の中で動けるのは私たち勇者とバーテックスのみ。大赦が何かを隠しているのなら、それがもっとも原因に近いのだけど、その可能性はかなり低いはず。自ら滅びの道を選ぶなんて正気の沙汰じゃない。……となると考えられるのは、勇者による裏切りか、別のバーテックスの存在?)

 

 彼女は思考を巡らせる。友奈たちが戦う中、今以上の足手まといにならないように。

 

 美森がバーテックスの変貌の原因を探る中、友奈たちは苦戦を強いられていた。

 封印をする為の手順はこうだ。勇者たちで敵を囲み、魂を込めた言葉をぶつける。そして、そうすることによって現れる御霊を壊す。それこそがバーテックスを倒す唯一の方法だ。

 しかし、それを行うにはまずは敵を囲む必要があった。その時点でかなり厳しい状況に陥っていたのだ。

 

「くっ、炎が邪魔で近づけない!」

 

 そう、バーテックスの纏うこの炎が問題なのだ。これさえなければ、御霊を表に出されたバーテックスは抵抗が少なくなる。そうなると後は簡単になるのだ。

 では、この炎にどう対処するか。友奈は先程バーテックスにパンチを食らわせている。しかし、それは風の足止めに炎が使われていたからだ。全方位に広げられたら安易に近づく事ができなくなってしまう。つまり、今の状況では勇者部に打つ手はないという事。……という訳ではなかった。

 

「今です! 二人とも急いで!」

 

 犬吠崎樹の存在がこの状況を変える鍵だった。彼女の武器は糸を射出すること。後の二人と違い、遠距離戦も可能なのだ。全方位へ広げる炎は、範囲が広くなる代わりに火力を犠牲にする。つまり、十分に樹の糸も通るという事。

 樹が糸を使い、バーテックスを拘束した瞬間、友奈と風は行動を開始する。樹はバーテックスを拘束するので精一杯で、封印の儀に参加する事ができなかった。

 たった二人での封印の儀。彼女たちは不安もあったが、自らの味方であるそれぞれを信じあい、バーテックスへと立ち向かった。バーテックスは糸を燃やそうと炎を集中させる。その周りの炎が弱まる瞬間を狙い、友奈と風は封印を開始した。

 

「っでた! アレが御霊よ! アレはいわばバーテックスの心臓、破壊すればこっちの勝ちよ!」

 

「分かりました! それなら私が行きます!」

 

 バーテックスの体から現れたのは大きな四角錐の物体だった。それに向かって突撃する友奈。彼女は御霊へと強い一撃を食らわせた。……しかし、

 

「かたぁぁい!! これ硬すぎるよぉ~!」

 

 むしろ殴った側である友奈のほうが痛がるレベルだった。バーテックスを拘束する必要のなくなった樹は、封印の儀に参加し直した。そのときに彼女が気付いたのが、段々と減っている浮かんでいる数字である。樹はそれを疑問に思い、風へと質問をした。その回答は、

 

「あぁ、それ私たちのパワー残量。零になるとこいつを押さえつけられなくなって、倒す事ができなくなるの!」

 

「えぇ!? ……という事は」

 

「こいつが神樹様にたどり着き、全てが終わる!」

 

 そう言うと、風は御霊の元へと跳んでいき、破壊しようと迫る。友奈は迅速にどいて、風の攻撃を見守る。しかし、風の大剣を持ってしても、御霊を破壊する事が出来ない。風はより気合を込めて、大剣の一撃を放つ。それにより、御霊にとうとう亀裂が走る。

 

「見たか! アタシの女子力!」

 

 そのことに喜ぶ友奈たちだったが、次の時にはまた驚愕に染まる。樹海が枯れていっているのだ。そのことにもっともこの状況に精通している風はまた焦りを見せ始める。

 

「しまった、急がないと! 長い時間封印していると、樹海が枯れて現実世界に悪い影響が出るの!」

 

 その言葉に友奈は、日常を思い出す。彼女は思う。これ以上壊させやしないと。友奈は再び御霊へと突撃をする。先程よりもより一層の思いを込めて。彼女は思い出す。先程の痛みを恐怖を。

 

(痛い、怖い……でも!)

 

「大丈夫!!」

 

 友奈は御霊に渾身の一撃を食らわせようとした。しかし、最後の抵抗とばかりに御霊が亀裂から炎を吹き出す。真正面からそれを受けた友奈に、風と樹は友奈の安否が気になってしょうがなかった。

 

「友奈ぁ!!」

 

「友奈さぁん!!」

 

 二人の声は樹海の中に響き通った。

 

 ――――そして、次の瞬間に拳圧で炎を吹き飛ばす友奈が現れる。

 

「うおおおおぉぉぉぉ!!!!」

 

 友奈は、御霊を拳で打ち抜く。友奈の拳によって割れた御霊はその体を分解させ、天へと散っていった。友奈は着地をすると自慢げに声を出した。

 

「どうだ!」

 

 バーテックスの体が砂となって、崩れていく。

 友奈は少し焦げた自らの格好を見て苦笑いをする。そんな友奈に風は近寄ってきて友奈の両手を握って喜びを伝えた。しかし、あまりにも硬い御霊を殴ったせいで拳を痛めている友奈にはそれは拷問に等しかった。それに気付いた風は自分のやった事がかなり酷かった事に気付きすぐに謝った。その後、樹も友奈の元へ行き姉と同じ行為を行ったのはご愛嬌だろう。

 

「勝った……。よかったぁ」

 

 美森も喜びを隠しきれずに笑顔になる。その時、樹海がまた揺れ始めた。友奈たちはまた困惑をしたが、舞い散る葉によって視界を阻害され、一時的に何も見えなくなる。

 こうして、友奈たちは初めてバーテックスを討伐したのであった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「……強化したといっても所詮は一体か。いいさ、機会はこれから幾らでもあるのだから」

 

 ――――崩壊していく樹海に、蒼い影が笑みを浮かべていた。




 今日は調子がよかったので連続で投稿できました。結末自体は同じでしたが、ここからより原作に改変が加わっていくので、楽しみにしてください。……何度も同じこと書いている気がする。

 気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄にてお伝え下さい。普通の感想や批評もお待ちしています。
 では最後に、


 燃える心:サボテンの花言葉

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