第十五話 偽り
彼は思う。もう暮れてしまった陽を眺めながら、必ず訪れる日を遠ざけるように。
「――――ああ、こんな平和な日々が、いつまでも続けばよいのに――」
そんな当たり前の様な彼の願いは、そう長い時を待たずして――――簡単に砕け散ってしまうのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――――昔々、あるところに勇者がいました。勇者は人々に嫌がらせを続ける魔王を説得するために旅を続けています。勇者は旅の途中で、ある少年と出会いました。彼は、知ってて当然と言えるもののほとんどを知りませんでした。
勇者は彼を育てることを決意しました。勇者は子を育てることの大変さを知ります。それでもなお、勇者は彼をとても愛しました。しかしあるとき、彼はこう言います。自分は魔王の子だと、自分には何も救えなかったんだと。勇者は、そんなことは関係ないと言いました。しかし、彼は勇者の元を去りました。勇者が魔王を救ってくれると信じて。
そしてついに、勇者は魔王の城にたどり着いたのです。
「やっとここまでたどり着いたぞ、魔王! もう悪いことはやめるんだ!」
「私を怖がって悪者扱いを始めたのは、村人たちの方ではないか! その所為で私の息子も何処かに行ってしまった!」
「だからって嫌がらせはよくない。話し合えばわかるよ! 彼だって、きっとどこかでそれを望んでる!」
「でも、話し合えば、また悪者にされる!」
「君を悪者になんて、しない! あ、あわわわわ~!?」
そこまで言ったところで、友奈たちを隠す張りぼては倒れてしまう。劇に熱が入りすぎた友奈の手によって、思いきりよく倒されたのだ。
そう、これは人形劇だ。彼女たちの人形劇を見ていた園児たちは、張りぼてが倒されたことによって現れた友奈たちの姿に、驚きを隠せないようだ。
「あぁ、やっちゃった……」
「あ、当たんなくてよかった~。……でも、どうしよ」
友奈は自らの失敗に混乱し、風は張りぼてによって、園児たちが怪我をしなかったことに安堵する。しかし、まだ人形劇は続いている。
風が何をしようか考えていると、友奈が突然ううぅ~~と声をあげる。そしてそのまま彼女は手を突きだし、風の手にある魔王を殴った。
「勇者キーック!」
「ええぇ~~~!?」
友奈のアドリブの勇者キックが見事に決まった。しかし、風は当然、友奈の突然の暴挙にツッコミを入れる。
「おま、それキックじゃないし! ていうか、話し合おうっていってたところじゃないの~!」
「だってぇ……」
「こうなったら食らえ~! 魔王ダブルヘッドバッド!」
風のツッコミに返す言葉もない友奈は、魔王の反撃にうろたえるばかり。別席にて、おろおろとしている樹に風からの声がかかる。
「樹! ミュージック!」
「えぇ!? じゃあ……これで!」
樹は風からの指示にどの曲を流そうか迷う。樹は曲を決める。それと同時に流れ始めたのは――魔王のテーマである。何故かどや顔を決める樹に、友奈はさらに驚き、美森は苦笑する。
「ええ!? ここで魔王テーマ!?」
「わっはっはっはっは~! ここが貴様の墓場だ~!」
「魔王がノリノリに~~。おのれ~!」
ノリノリになってしまった魔王を操る風に、勇者である友奈は勇敢に立ち向かう。美森はそれを見て、友奈のためにと思考を開始する。
(いけない……! 勇者のために、ここは私が園児たちを扇動するしか!)
「みんな! 勇者を応援して! 一緒にグーで勇者にパワーを送ろう!」
頑張れ、頑張れという美森に触発され、園児たちも勇者を応援し始める。
「ぬ、うおぉぉぉ~。みんなの声援が私を弱らせる~~」
「お姉ちゃん! いいアドリブ!」
今度は風によるアドリブで、劇の雰囲気が戻ってくる。樹も思わず声に出して風をほめる。友奈はこれ幸いと雰囲気に乗り、魔王に止めの一撃をさす。
「今だ! 勇者パ~~ンチ!」
「いってぇぇ~~~!?」
素なのかそうでないのか分からないほど、風は痛がる。友奈は魔王を支えて、台詞を言う。
「これで魔王も分かってくれたよね! もう友達だよ!」
「シメて、シメて……!」
友奈の台詞の後に、小声で樹たちの方へ指示を出す風。美森は命令にしたがって、劇の終わりを促す言葉を告げる。
「……というわけで、みんなの力で魔王は改心し、祖国は守られました」
「みんなのお陰だよ! やったやった~~!」
最後に友奈がブイっと言うと、園児たちも揃ってブイっと返してくれた。こんな感じで校外活動に青春を燃やしている彼女たち。
同じく讃州中学校に通う中学生で、一年生の
讃州中学勇者部に所属する二年生の
東郷美森と同学年でセミショートの赤い髪を後ろで一つに纏めている少女。彼女は
そして、もう一人。この場にいない最後の勇者部メンバー、
以上、五名が讃州中学勇者部のメンバーだ。讃州中学勇者部とは、みんなのためになる事を勇んで実施するクラブである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
澄み渡るような青い空に、濁り一つ無い白い雲。多くの青々しく美しい自然に囲まれて、電線には鳥が並んでいる。忙しなく車が走る中、少ない人影が歩道を歩いていた。
こんなにも平穏な日を、彼女たちは過ごしている。
――キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン――
「起立、礼」
学校にて日々の半分ほどの時間を過ごしていた生徒たちは号令に従い、立ち上がり、頭を下げる。鳴り響くチャイムの音に、歓喜を隠し切れずに笑顔になるものもいた。
「神樹様に、拝」
彼女たちは、日頃の恵みをくださる神樹様に、感謝と信仰を込めて礼をする。担任の教師による挨拶が終わり、学校はこの挨拶をもって終わりを告げる。これからは放課後であり、部活のあるものにとっては青春をささげる時間となるだろう。
「友奈~」
「うん?」
荷物を纏めていた友奈に眼鏡をかけた少女から声がかかる。友奈は荷物を纏めながら、疑問符を浮かべて、返事をする。
「今度の校外試合、助っ人お願いしたいんだけど……」
「おっけー。いくよ~」
快い返事をしながら、斜め後ろの美森の席へと近づく友奈。眼鏡の少女は、友奈へと質問を投げかけた。
「今日も忙しいの? 部活?」
その言葉に友奈と美森は顔を見合わせて笑みを浮かべた。眼鏡の少女の質問に、彼女たちは嬉しそうに返答をする。
「勇者部だよ~」
「そう、勇者部」
彼女たちの返答を聞いた少女は、彼女たちの仲のよさ、そして息の合いように苦笑を浮かべながら言葉を返す。
「何か何度聞いても変な名前だね~」
「そ~お? かっこいいじゃ~ん。じゃね~」
別れの言葉を告げながら手を振ってくる友奈に、眼鏡の少女は手を振り返した。友奈たちが去っていった後、少女は腰に手を当てながら一つの考えを思い浮かべ、独り言を呟く。
「よくあんなに楽しそうに毎日部室に向かえるな~。何か楽しみな事でもあったりするのかね?」
――教室を出て美森の車椅子を引きながら歩く友奈。学校の外――運動場ではやる気のある学生たちが、早いうちに準備を済ませ、部活を始めようとしていた。それを横目で眺めながら、部室へ向かう彼女たちにひとつの人影が近づいてくる。
「あ、真生くん。おつかれ~」
「おう、お疲れ。……それで劇はどうだったんだ?」
人影の正体である草薙真生は、友奈の労いの言葉に答える。そして、彼は自らの参加できなかった人形劇の件について聞きたかったようだ。
「大成功だったよ~。話も良かったし、劇も何とかなったし!」
「うん。とっても良かったわ」
「ありがとう。何か劇も何とかなったって部分にそこはかとなく不安を感じるけど、まぁ一応は成功したんだな。良かった」
胸を撫で下ろす真生に、彼女たちは笑みを浮かべたままである。そのまま、歩き続けて部室の前までたどり着いた真生たちは、部室の扉を開けて挨拶をする。
「こんにちは~。友奈、東郷、真生、入りま~す」
「「こんにちは~」」
扉を開けたのは真生であったが、友奈に先に挨拶をされた。真生は特に気にする様子もなく、美森と声を揃えて挨拶をした。その言葉に反応したのは、既に部室の中にいた、犬吠崎樹と犬吠崎風であった。
「お疲れ様です~」
「お、来たわね~」
友奈は、さっき真生と話したことで先日の事を思い出したのか、部室に入るなり保育園での人形劇について話し始める。
「昨日の人形劇、大成功でしたね~」
「え~? ていうか何もかもギリギリだったわよ」
「結果オーライで~」
「みんな喜んでましたね~」
「友奈ちゃんのアドリブ良かった~」
「……受ける私は、激ハラドキドキ丸よ」
「勇者はクヨクヨしてても仕方が無い!」
「いつもポジティブですね~」
友奈はいつもどおりのテンションで、風は少し疲れたような反応を返す。結果的には成功したのだが、何故か友奈だけを褒める美森に、微笑みながらみんなとの会話を楽しむ樹。女三人寄れば姦しいというが、まさにその通りである。
「はいはい。じゃあ今日のミーティング、始めるわよ~」
「「「は~い」」」
部長として指示を出す風に返事を返す三人。今日も勇者部はいつもどおりだった。
「……どうしろと」
一人、話についていけず仲間はずれになる者もいたが。
「うへぇ~~、かっわいい~~♪」
今、勇者部の黒板に張られている写真は、猫の写真である。とても可愛らしい様子で、友奈もメロメロのようだ。風はそんな友奈を含めた四人を見つつ、今回の話の本題へと移る。
「こんなにも未解決の依頼が残っているのよ~」
「た、たくさん来たね」
勇者部の活動は主にボランティア活動である。このように迷い猫探しや、その逆の里親探しを行うこともある。
「なので、今日からは強化月間! 学校巻き込んだキャンペーンにして、この子達の飼い主を探すわ」
「おぉ~」
「学校を巻き込む政治的発想は、流石一年先輩です!」
感嘆の声を上げる友奈に、少し違う見方で褒めてくる美森に、風は思わず苦笑いをしながらお礼を言う。風はすぐに変な方向へいきそうな雰囲気を切り替えて、先ほどの話の続きに入る。
「学校への対応はアタシがやるとして、まずはホームページの強化準備ね。――東郷任せた!」
「はい! 携帯からもアクセスできるように、モバイル版も作ります」
「さすが~、詳しいね~」
またもや感嘆の声を上げる友奈。彼女は褒める事が得意なようだ。
「私たちは?」
「えっとぉ、まずは今まで通りだけど……今まで以上に頑張る!」
「アバウトだよ、お姉ちゃん……」
樹の問いに、彼女の言った通りアバウトな返答をする風。そんな風を真生はいじけつつも、ジトーっと見つめる。風は、真生のその視線につい目を逸らす。その間に友奈がある提案をする。
「それだったら、海岸の掃除行くでしょ?」
「はい」
「そこでも、人に当たってみようよ!」
「ああ! それいいです!」
樹と友奈がそんな会話をしていると、美森がキーボードを打つ手をとめた。そして、美森は一息つくと真生たちの方を振り返り、驚愕の一言を述べた。
「ホームページ強化任務、完了です」
「「「え、はやっ!!」」」
美森の技術を直接見たことのある真生の反応は薄いが、その他の三人の反応はとても大きかった。
「しかもよくできてるぅ」
「……すごぉ」
美森は敬礼をしつつ、彼女たちの反応を楽しんでいた。真生はそんな四人を眺めつつ、溜息をついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はい、お待ち」
「は~い」
「三杯目……」
勇者部のメンバーは、よく来ているうどん屋である、かめやに来ていた。彼女たちはうら若き乙女ではあるが、それ以前に成長期の女の子である。それにしても一名ほどは食べすぎではあるが。
そんなわけで、好物のうどんを食べながら、勇者部メンバーは会話をしていた。
「うどんは女子力を上げるのよ~」
「その理論でいくと俺の女子力も右肩上がりなんだが。……まぁそれはいいとして、やっぱり東郷は流石だな。機械の技術なら適う者はいないんじゃないか?」
「ほんと、あの短時間で仕上げるなんて」
「プロだぁ~」
「びっくりです……」
それぞれが美森を褒め称える。美森は少し照れつつも真生たちにお礼を告げる。それから、彼女は自分のうどんの皿を風の方に差し出す。
「先輩、天ぷらどうぞ」
「おぉ~気が利くね~。君、次期部長は遠くないよ~」
「いえ、先輩見てるだけでおなか一杯に……」
美森が見てるだけでも、お腹が膨れてしまうほど、風の食べっぷりは凄い。真生は頭の中で、次期部長の座=天ぷらで繋げそうになり、慌てて頭からこの考えをかき消していた。
その時、友奈が思い出したように風に問いかけた。
「あ、そういえば先輩。話って?」
「あぁ、そうだ。文化祭の出し物の相談」
「え、まだ四月なのに?」
風は、文化祭の相談のためにこのかめやに来たようだ。その間に風はうどんを完食して、友奈を驚かせていた。そのことを気にも留めずに風は喋り始める。
「夏休みに入っちゃう前にさ、色々決めておきたいんだよね~」
「確かに。常に先手で有事に備えることは大切ですね」
「今年こそ、ですね~」
「去年は準備が間に合わなくて、何も出来なかったんですよね~」
「……申し訳ない」
「真生が謝る必要は無いわよ~。それに今年は猫の手も入ったしね~♪」
そう言って、樹の頭をなでる風。樹はその言葉通りの猫のような扱いに驚き、つい声に出してしまっていた。
友奈は、いいものが考え付かないようで頭をうならせながら、話し始める。
「う~ん、せっかくだから一生の思い出になる事がいいよね~」
「尚且つ、娯楽性があって、大衆が靡くものでないと」
「えぇ~、でも何したら……」
「それをみんなで考えるのよ~。はい、これ宿題。それぞれ考えておく事~」
「「「「は~い」」」」
「うん、いい返事! すみませ~ん、おかわり~」
「「えぇっ!?」」
「四杯目!?」
「もう俺より食べてるんだが……」
風はかなりの大食漢だった様だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、友奈と美森と真生は先に車で帰り、犬吠崎姉妹は徒歩で帰っていた。
陽がまだ残っている帰り道の途中、風は今日の夕飯について悩む。彼女はまだ食べるようだ。案の定樹にもツッコまれていたが。
「樹は小食ねぇ~」
「もう、お姉ちゃんが食べすぎなの~」
その時、樹の声とかぶるように、風の携帯の着信音がなる。風は自らのバッグの中から、携帯を取り出す。メールの差出人は――――大赦。彼女の顔が一瞬険しくなる。その一瞬を妹は見逃さなかった。
「……お姉ちゃん、どうしたの?」
「ん~ん。何でもない」
彼女たちの間をしばしの沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、風だった。
「……ねぇ、樹」
「何?」
「お姉ちゃんに、隠し事があったらどうする?」
その時風の脳裏を横切ったのは、勇者部の黒一点の言葉だった。
『お前は…………いつまで黙っているつもりなんだ?』
その質問に風はこう答えた。黙っていた方がいいんだと、知らない方がいいんだと。しかし、彼は風の本心を知ってか知らずか、その言葉を否定した。
『それはある種の逃げだ。……彼女たちに覚悟を決めさせる気は無いのか?』
言われなくても分かっていた。しかし、彼女の、風の意志は固かった。たとえ、自分が間違っていたとしても、これが自分にとっての最良の選択なんだと信じていた。樹はどう思うだろうか。軽蔑か、それとも悲しむか。
そして、樹は答えに迷いながらも、風へと言葉を返し始める。
「えっとよく分からないけど……」
「……例えばね、甲州勝沼で援軍が来ないのに戦えーって言わなきゃいけなかったとして」
「え~っと……?」
「ふふっ。近藤勇」
「いきなりどうしたの?」
「あははは。何でもない」
当然だろう。突然こんな質問をして、まともな返事が返ってくると思うほうがおかしいのだ。風はごまかす。自分の本心も、本当の隠し事も。
しかし、樹は違った。彼女は、大好きな姉の泣き言のようなものをあまり聞いたことがない。だからこそ、彼女はそれに答えようとする。大好きな姉のために。
「ん~。
――――ついていくよ、何があっても」
「……え?」
「お姉ちゃんは、唯一の家族だもん」
風は樹の答えに喜び、そして悲しんだ。隠し事は存在する。自分はこんなにも彼女たちを騙しているのに、こんな純粋な気持ちを受け取ってもよいのかと、どうしても感じてしまうのだ。
風はそんな負の気持ちを隠し、自分の正の気持ちを樹へと伝える。
「……ありがと」
風のやりきれない気持ちとは裏腹に、陽は真っ直ぐに輝いている。暖かな陽の光は、彼女たちを、この世界を覆っている。しかしこの陽の光も、いつかは闇に飲まれるのだろう。そしてまた、昇ってくる。同じものの循環に見えてもその実、時は進んでいる。始まりは、だんだんと近づいてくるのだ。
――――脅威とは前触れもなく、突然やってくるものなのだから。
テストも執筆も頑張ります(白目)
とりあえずは、原作と大幅な違いはなしですかね。真生が主人公の割りに空気ですが、あまり気にしないで下さい。バーテックス襲来、つまりは次くらいから大幅な改変が入ってきます。この位ならネタバレじゃないと思いたい。ネタバレだと思う方は感想欄にお願いします。以後気をつけるので。
これからもオリジナルキャラ、もしくは原作に名前のみ出ているキャラの登場もあるかもしれません。
気になった点、誤字脱字などがあったら感想欄かメッセージにてお伝え下さい。普通の感想や批評もお待ちしています。
では最後に、
偽り:ホオズキの花言葉