ルピナスの花   作:良樹ススム

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※展開が急すぎると感じるかもしれません。


第十四話 無駄

 

「もう春休みだね~」

 

 終業式を終え、勇者部の部室に向かう途中に友奈は感慨深そうにそう言った。友奈の言った通り、もう春休みである。あっという間に過ぎていった日々に、時の流れの無情さを感じる。そして、東郷は友奈の言葉に、ひとつの情報を付け足した。

 

「確かにもう春休みね。でもこの休みが終わったらもう友奈ちゃんも二年生よ?」

 

「う~ん。実感湧かないね~。真生くんはどう?」

 

 若干眉を寄せて、難しい顔をする友奈は、俺にそう質問してきた。突然の質問に俺は迷う。実感が湧かない、といえば嘘になる。しかし動揺がないといえば、それこそ嘘だ。多少の動揺も感じるし、自分が先輩になっていいものかと感じることも多々ある。友奈の質問に、迷った末に俺はこう答えた。

 

「まぁ、なるようにしかならないんじゃないか? 今更迷ったところで仕方がないし、そんなところを後輩に見せるわけには行かないしな」

 

「そうね。あんまり深く考えても、パンクしちゃうわ。友奈ちゃんは普段通りで何の問題もないからね♪」

 

 あれ、それって友奈のことをかなり馬鹿としてみてるんじゃ……。うん、考えなかったことにしよう。友奈は東郷の言葉を聞いて安心したようにいつもどおりの表情になっていた。

 友奈の東郷への影響力も凄いが、逆もなかなかに影響力があるようだ。東郷が友奈に信頼を向けているように、友奈も東郷に絶対の信頼を寄せている。この信頼関係ももう見慣れたものではあるが、時に羨ましく思うこともある。山野はただの友達だし、加藤さんとはそんな関係を築こうとも思えない。だって高齢者だし。怪しいし。

 一応、俺にとっても風は親友だが、男の友達にもそういう無二の親友というものが欲しいものだ。……今更もっても仕方のない事な気もするがな。

 

「そういえば風先輩もこれで三年生になるんだよね? 大変そうだな~」

 

「別に風先輩なら大丈夫だろ。あれでもそこそこ頭いいし、人望あるし」

 

 なのに彼氏は作らない模様。あの先輩が気に入る男ってどんなものなのか。女の男の好みなんて俺にはさっぱりだ。まぁ、風が彼氏を作らないのはアレも理由のひとつなんだろうが。というか恋人作らないのはみんな同じか。

 友奈も東郷も見た目は立派な美少女だ。なのに浮いた話のひとつもありゃしない。それどころか勇者部に所属している部員の男女比率が3:1なのが理由なのか、俺が全員を手篭めにしているという根も葉もない噂まである。誰だ、こんな噂流したの。

 

 くだらない話をしている内に、勇者部の部室にたどり着く。いつもどおり先に部室にいる風に挨拶をして、勇者部のホームページを東郷と一緒に覗きに行く。今回は依頼が無いようで、拍子抜けだ。あまりたくさん依頼が来ても困るから、助かるといえば助かるのだが。

 

「風先輩、今日は依頼は来ていませんでした」

 

「報告ご苦労、東郷。それじゃあ、今日はまだ達成していない依頼をやりますか」

 

「赤ん坊をあやすのを手伝って欲しい……でしたっけ?」

 

「そうよ、今日が指定された日だからね。気合入れていくわよ~!」

 

 というわけで、今回の依頼内容は以下のとおりである。

 

『家に赤ん坊が一人いるんですが、ちょうどこの日は私も夫も忙しくて、赤ん坊の面倒を見てあげる暇が無いんです。心苦しいですが、この日だけでいいので赤ん坊の面倒を見ていただけませんでしょうか。』

 

 自分の両親にでも頼むか、ベビーシッターでも雇えばいいのではと思うが、大方困っているときに俺たち勇者部の噂を聞いてこれだ! とでも思ったのだろう。ベビーシッターという発想が無かったのかもしれない。何はともあれ、俺たちは依頼人の家へと行くことになった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「本当にごめんなさい。こんなことをあなたたちに頼むのもどうかと思うけれど、この子のことよろしくお願いします。この子の好きなものや泣いた時の事は、そこにある紙に書いておいたから、何かあったら見てちょうだい。それじゃあ、改めてよろしくお願いします」

 

「いえいえ、お任せ下さい! 私たちのことは心配なさらず、そちらもお仕事頑張ってください」

 

 風が年長者らしい対応を依頼人である赤ん坊の母親に行い、依頼が始まった。相当意気込んで依頼を始めたのはいいものの、開始数分で赤ん坊が泣き出して大騒ぎになる。

 

「あわわわ、えっとこういうときは、紙を見ればいいんだよね! えっと、泣いた場合はご飯が欲しいか、トイレがしたいときです。なので、赤ん坊をまずは抱いてみてください、だって!」

 

「おぉ~よちよち。良い子だね~。すぐ泣き止んでね~って悪化した!? どういうことなの!?」

 

「友奈ちゃん、追記があるわよ。読みますね、何の理由もなしに泣くこともあるので、そのときはおもちゃ類をうまく使ってどうにかしてください、だそうです」

 

「追記!? ってああ、大声出したからかもっと酷くなった! ていうかおもちゃってどこよ、最後なんか投げやりじゃない!?」

 

「……はぁ」

 

 パニックに陥っている勇者部メンバーを見てため息をつく。お任せ下さい! とは何だったのか。仕方が無いので、おもちゃがありそうな場所を探り、さっさと見つけ出して風から赤ん坊を奪う。そして、昔彼女がしていたように、膝の上に乗せ、ガラガラとなるおもちゃを握らせ、鼻歌を口ずさむ。

 一応、他の方法も考えておいたのだが、これが赤ん坊に合っていたのか、すぐに泣き止ませることに成功する。ほっと一息ついていると、風が感心したように話しかけてきた。

 

「……何か手馴れてるわね~。どこかで赤ん坊世話する機会でもあったの?」

 

「……まぁ、昔にちょっと」

 

「そっか。……でも、任せっきりっていうのもなんかなぁ」

 

「私たちは他のことをしませんか? 真生くんは赤ん坊の世話をして、その間に私たちは赤ん坊の世話に必要なものを家の中から探すとか」

 

「あぁ、そうしてもらえると助かる。おむつはもうあるし、すぐにミルクをあげられるようにやかん用意しておいてくれ。友奈と風は俺と一緒に赤ん坊の世話。俺は適当にあやしておくから、そっちも上手い具合に赤ん坊とコミュニケーションをとってくれ。赤ん坊はそれだけでもそこそこ喜ぶから」

 

「「了解です!」」

 

「東郷はたまに俺と替わって、赤ん坊を抱いてやってくれ。あ、念のため制服は替えておけよ、汚れるといけないから」

 

「わかったわ」

 

 それぞれに指示を出したものの俺自身も少し世話したことがあるくらいでそこまで経験があるわけではない。早く時間が来るのを待つばかりである。

 その後、また赤ん坊がぐずりだしたり、風がおもちゃを踏んで痛い目にあったり、友奈が赤ん坊に懐かれたりと色々とあった。

 

 

 

 

 ――――そして、割と早くに終わりの時間が来た。

 

「ありがとうね。うちの子のお世話をしてくれて」

 

「とっても可愛くて、楽しかったです! また機会があったら頼んでください!」

 

「ふふふ、そうね。またいつか頼もうかしら。ね、あなた」

 

「あぁ、この子達なら信頼できそうだ。また何かあったら頼むよ」

 

 友奈の楽しそうな様子に、赤ん坊の母親も、父親もとても嬉しそうに笑っている。きっと風も東郷も、友奈と同じ気持ちなのだろう。二人ともいい笑顔だ。俺にとってもなかなかいい経験だった。活かす機会はそうそう無いだろうが。

 その後も少しの間、夫妻とともに会話をしていたが、外はもう暗くなっている。あまり長い間ここに居座っていては迷惑になるだろう。会話にキリがついたところで、俺は別れを切り出した。

 

「今日はとてもいい経験になりました。そろそろ時間も遅いので、迷惑にならないように帰らせていただきます。友奈たちもとても楽しめたようですし、力になれてとても良かったと思います。また何かあれば勇者部にお願いしますね」

 

「ん、あぁ。こちらこそ今日は本当にありがとう。中学生と聞いて少し不安にも思ったが、なかなかいい子達じゃないか。あまり引き止めても悪いし、今日はもう帰って疲れを取りなさい。親御さんたちも心配しているだろうしな」

 

「……お気遣いありがとうございます。それでは、お元気で」

 

 風のその言葉をきっかけに俺たちは家から出て行く。依頼人の夫妻は、俺たちとともに家を出てきて、俺たちの姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。いい人たちだ。彼らのような人から生まれて、彼らに育てられるあの赤ん坊はきっといい子に育つだろう。あんなに立派な……親がいるのだから。

 

「親……か」

 

 俺のその言葉に反応したのは風だった。

 

「やっぱり、親って凄いわよね。子供の為にあそこまで必死になれて、仕事で疲れててもちゃんと世話して」

 

「そうですね。私も家に帰ったら両親にお礼を言おうかな……」

 

 割と本気でそう考えている様子の友奈に、俺たちは微笑ましいものを見るような目で彼女を見つめる。友奈の親もあの夫妻に負けない位にとてもいい人たちだ。愛娘とはいえそういう家系でもないのに武術を教えるのは少しどうかと思うこともあるが、友奈自身も楽しみながらやっているようだし、今となっては最早彼女の特技である。

 東郷の両親も悪い人ではない筈だが、あまり会う機会がなかったので俺はよく知らない。……あの家にいた頃ならよく知っているんだがな。

 風の家のご両親は、ある事故でその命を散らせている。この事は他人事のように語ることは許されない。出来ることなら思い出したくもない忌々しい罪の記憶なのだから……。

 俺には当然そんな存在は無い。あえて言うなら天の神……だろうか。殆ど見たことも無い存在を親と言ってもいいものかとは思うが。まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。

 彼女たちは楽しそうに会話している。話題は両親のことから、また来年のことに切り替わったようだ。

 

「もう、樹も中学生になるんだねぇ」

 

「そうですね~。樹ちゃん制服似合いそうですよね~」

 

「当たり前よ。アタシの妹なんだから」

 

「その理屈はよくわかりませんけど……」

 

 学年が上がった際に入学してくる樹について話しているらしい。きっと彼女は良いツッコミ役になってくれるだろう。俺の仕事が減るのは助かる。というか勇者部にはボケ役が多すぎるんだ。東郷もツッコミ役に見えることがあってもすぐにボケに回るし。

 

「真生はどうよ。なんか言いたいことはある?」

 

「どんな無茶振りだよ。樹が入学してくるのは普通に嬉しいよ。あ、明も入学してくることになるのか」

 

「ん? 明って誰よ」

 

「樹の友達だよ。悪いやつじゃないから、変な心配はする必要は無いぞ?」

 

「ま~た女の子引っ掛けてきたのね、アンタ」

 

 人聞きの悪い事を言ってくる風に俺は非難の目を向ける。そんな俺に苦笑いを向ける友奈と東郷に、俺は絶望する。え? 俺ってそういう目で見られてたの?

 

「だってアンタいつも女の子と一緒にいるし……」

 

「たまたまお前に見られているときにそんな感じになってるだけだよ……。ていうかそれ殆ど友奈と東郷じゃないか!」

 

「あ、ばれた?」

 

 こいつ……! よくもからかいおったな。またそのうち、風を弄繰り回すことが俺の中で決定した。そんなどうしようもないことを考えていると、そろそろ風と分かれる道に差し掛かってくる。

 

「あ~案外早かったわね」

 

「風先輩お疲れ様でした~」

 

「また明日部室で会いましょう」

 

 それぞれが風に別れを告げる中、俺は空気を読めていないことを理解しつつ、友奈たちに告げた。

 

「悪い、俺今日は風先輩と帰るよ。ちょっと用があるからさ」

 

「え? ……うん、わかった。また明日ね!」

 

 友奈はすぐに反応を返してくれたが、東郷は少し怪訝な顔をしたままであった。しかし、俺の決めたことに反対をする気は無かったのだろう。すぐに了承して友奈とともに去っていった。

 問題は風である。俺がいつもどおり友奈たちとともに帰ると思っていたのだろう。目をぱちくりさせている。俺も元々はそのつもりだった。しかし、彼女には聞かねばならないことがあった。正直いつでも良かったのだがいい機会だったので今聞く事にした。

 

「真生? 何か用なの?」

 

「ああ、ひとつ聞くことがあるんだ。お前は…………いつまであの事を黙っているつもりなんだ?」

 

「……唐突過ぎない?」

 

「それに関しては自覚してるさ。ただ、ちょっと気になってな」

 

 俺の質問に彼女は、黙ったままだ。考えを纏めているのだろう。彼女たちは神樹によって選ばれた【勇者】だ。しかし、風はそのことを勇者部の部員には黙っている。俺は少し特殊なケースだが、俺も風も大赦によって派遣された。風は勇者のリーダーとして、俺はサポートとして。

 彼女はそのことを友奈たちに黙ったままだ。そのお陰で友奈たちも平和を受け入れて、過ごすことができている。しかし、黙っていてもいずれ敵は現れる。つまりは、早いか遅いかなのだ。

 風は考えを纏められたのか、俺のほうを向き質問に答えた。

 

「……黙っていた方がいいのよ。別に確実にアタシたちが選ばれるって訳じゃないんだから。先に伝えて、勇者になれませんでした、じゃ辛いでしょ?」

 

「それはある種の逃げだ。……彼女たちに覚悟を決めさせる気は無いのか?」

 

「さっきも言った通り、アタシたちが勇者になるなんて言い切れないのよ。他のグループの子が勇者になる可能性だってある。覚悟を決める必要も無いかもしれないんだから」

 

 ……他のグループの子、か。風は知らない。自分たちの班が最も選ばれる可能性が高いということを。そのことを素直に伝えることの出来ない自分が恨めしい。俺がそのことを知ったのだってある種の裏技だ。本来ならそのことを知ることも出来ないだろう。だから、風のいっていることも一理はあるのだ。彼女の決意も固そうだし、これ以上は何を聞いても仕方ないだろう。

 

「話はこれでおしまい。今日はもう帰りましょ?」

 

「あぁ、そうだな。突然変なこと聞いて悪かった」

 

「気にしてないわよ」

 

 風は片手をフラフラとさせながら俺の前を歩いている。俺は彼女の隣に行き、彼女の家まで送る。さっきまでの微妙な雰囲気は既になく、俺たちは談笑をしながら帰った

 

 ……しかし、俺には確信があった。きっと、【勇者】に選ばれるのは彼女たちだと。彼女たちの行く末を思いながら、空を見上げる。そこには多くの星が(きらめ)いている。

 あぁ、できるのなら彼女たちが勇者にならなければいいのに。結局のところ、この世界の先にあるものは、――――死だけなのだから。




 もう開き直りました。成せば大抵なんとかなる、と。

 期末テストを明後日に控えたよしじょーです。自分の意思がぶれっぶれで泣きそうになります。

 やっと原作には入れます。アニメの見直しが終わっていませんが。これで第一章を終わりにしようと思います。思ったよりもたくさん使いました。

 第二章からは、一部を除いて三人称でいきたいと思います。そこそこ改変を加えるつもりなので、原作との相違点を楽しんでもらえると嬉しいです。

 気になった点や誤字脱字があれば感想欄かメッセージにてお伝えください。普通の感想や批評もお待ちしています。
 では最後に、


 無駄:シモツケの花言葉
-追記-
 申し訳ありません。章タイトルの花言葉を伝え忘れておりました。

 
 ヨモギの花言葉:平和、平穏

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