ルピナスの花   作:良樹ススム

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プロローグ 
第一話 星の様に輝く


 

 初めて瞳に映した世界は、呑み込まれそうなほどの深い黒を焼く焔色(ほむらいろ)の輝きだった。

 

 揺らめく炎の球体は、目覚めたばかりのこの身体を照らしている。意識が冴え渡る感覚が広がる。しかし記憶の混濁があることに違和感を覚えながらぎこちない自らの肉の器を視界に収めた。

 未完成だとはっきりとわかる自らの身体。そこに多くの白い物体(ほしくず)が身体を崩しながら集合し、作りかけだった肉体を生み出していく。

 自らから視線を外し周りを見回してみると、自らと同じように身体を形成されていく個体があった。その個体の身体は自らと比べることも(はばか)られるほどに巨大だった。

 

 ふと目を移すと、そこには周りと明らかに違う空間が存在していることが分かった。興味を惹かれ、未完成の肉体のままで飛び出す。足りない肉は、何故か補うことができると知っていた。

 未知の空間に近づくにつれ、その空間に入る事を拒絶するかのように自らを阻む強い力を感じた。鬱陶しいが、何の問題もなかった。力づくでその空間に飛び込むと、ナニカに受け入れられる感覚を同時に覚える。それに不快感を得ながら目を開くと、そこには外とはまるで違うナニカが広がっていた。

 

 アレらはなんなのだろうか。自らが生まれ落ちた闇の中とはまた違う黒の世界に、それを柔らかく照らす空に浮かぶ輝き達。不意に自らの感に触れた、最も強い力を感じるモノの元へいくことに決めた。向かう最中、身体に妙な圧がかかる。先程の拒絶に比べれば特に体の動きを阻害するものではないが、邪魔くさいものだ。

 しばらく飛ぶうちに、強い力の元へとたどり着く。近くで見ると、想定以上の威圧感に圧倒された。そこまで巨大なわけではない、しかしその認識を覆すほどに見たこともない光に包まれているような感覚に陥った。

 しかし、それのもつ雰囲気は何処かで感じたことがある気がする。身に覚えなどなく、いったい何処でそれを感じたのか、その一切を思い出せなかった。

 懐かしさすら覚えるモノを前に、警戒するという考えすら浮かばず手を触れた瞬間、自らの体を内側から壊されていく感覚が広がっていった。

 

 なんだこれは。

 

 自らの内に在る曖昧なナニカがそれに反応し、暴れ出す。ナニカはこの身体を壊す害悪を取り込み、力を増していく。身体のバランスを無理矢理書き換えられるように、少しずつ本質が侵食されていく。このままでは消滅してしまうだろうと、他人事のように感じられた。しかし突如浮かんだ、終わりたくない、まだ終わってはいけないという響きは、頭の中をかき混ぜるように鳴り続けた。何故かはわからない、しかし自らの内に在る異物(ナニカ)本質(チカラ)を意識して、それらに堕ちてしまう事を自らは拒んだ気がした。指向性のある本質(それ)は上位の存在による命令が記されている。その命令の元、今更ながら自らの本能は、主なる意思に訴えかけた。

 

 これは敵だ、と。

 

 先程までの懐かしさを消し飛ばすほどの衝撃に、目の前にあるモノを敵対存在と認識する。それが本当に正しい答えなのかも分からないまま、敵対存在に対し抵抗、又は破壊を試みる。しかし、このままでは力がまるで足りない。未完成の肉体で飛び出したが故に、十分な力を発揮できていないのだ。

 肉体を形作るエネルギーもここまで来ることはできないだろう。どこかに大きなエネルギーでもあれば、力尽くで吸収することも不可能ではないが…………あった。あるじゃないか、目の前に。

 ほとんど崩壊している身体で、目の前のモノ――――樹木の表面を掴む。今ある力を集中させ、亀裂を生み出す。その亀裂を割り、無理矢理作った隙間からエネルギーを吸いだしていく。

 

 ――身体が活性化されていくのがわかる。破壊された箇所が再生していき、樹木(やつ)から奪った力が身体を満たしていく。しかし、自らの意思に反して、身体は倒れ伏した。……身体が、熱い。

 目の前の樹木は、何故かなにもしてこない。異物も息を潜めている。それにも関わらず、身体は熱を増していき、再び崩壊しようとしている。熱さでおかしくなりそうだった。敵である樹木から力を奪ったせいか、それとも元々あった自らの肉体が異なる力に反発しているのか、はたまた未完成で飛び出した影響が今更襲いかかってきたか。何にせよ、この状態を早く脱しなければならないことは確かだ。

 

 ……だが、もう……もたない……意識が保たれているうちに、戻らなければ……。

 

 そう考え、すぐにこの場を離れ、自らが生まれた闇の中へと帰還しようと考えるが、実行は不可能であると伏せる自らの身体が言っていた。その間も身体の崩壊は進んでおり、熱は増していく。このペースでいけば、帰還しきる前に消滅するだろう。一か八かに賭けるしかないのだ、と確信する他なかった。……他の選択肢など、無い。

 

 下手にこの器を動かすとその際に扱う力によって器への負担が大きくなり、崩壊を早める可能性があるため、伏せる身体を維持して、そのまま反発する樹木の力を少しずつ分解させる。そして分解した力を自らの本質(チカラ)に少しずつ取り込み、チカラを増幅させていく。元々あったものに別の強いなにかが干渉してきているから、身体が崩壊するのだ。それなら、元々あるこの身体をより強くし、取り込めばいい。

 刹那、これまでの熱とは比べ物にならないほどの明確な痛みが身体を走った。自分達の身体は本来痛みを殆ど感じないはずだ、なのになぜ?

 しかし、すぐに答えは出た。自らの特異性によるものだったのだ。十二体しか存在しないはずの自分達。しかし、自らを含めてあの場には何体いたか、今更考えるまでもない。十三体だ。レオ、アリエス、タウラス、ヴァルゴ、アクエリアス、サジタリウス、スコーピオン、キャンサー、カプリコーン、ジェミニ、リブラ。これらは全て既存の存在だ。では、自分はなにか。おぼろげな記憶が示す我が名を辿り、反芻(はんすう)し口に出す――――

 

『――オフィウクス』

 

 十三番目の黄道の星、蛇使い座のオフィウクス。その力の真髄は再生。致死性の綻びすらも再生させる超回復。そして、もうひとつ。

 薬とは時に毒となり、毒も時には薬となる。

 他者に最も効果的な毒を産み出し、それを他者へと送り込み、蝕み、支配する。それこそが自分の力なのだ。

 自らを理解したのだ。もう、入り込んだものなど敵ではなかった。さっきまでのことが嘘のように、一瞬にして入り込んだ異なる力を屈服させていた。

 全身を走っていた痛みは引き、自らの身を焼き焦がすような熱ももとに戻っている。完全に落ち着いたようだ。

 

 落ち着きを取り戻したところで、自らの存在に疑問が生まれた。他の個体と違い、自分は新品同然だ。無限に存在する星屑達にそれをもとに何度でも再構成される彼らがいる。何故、自らは産み出されたのか? 創造主、それに出会うことは至難の技だ。今どこにいるのかもわからない上、自らよりも上の存在を認識しきれるとは思えなかった。僕は、私は……? 自らは『オフィウクス』確かにそう定められたはずだ。誰に……? 違う、僕には名前があったはずだ。私にも名前はあるはずなんだ!! 僕は、『■■■』で、私は『■■■■』……! そうだ、忘れられない、忘れてはいけない!! 僕は『上■■』だ。そうじゃなければ、彼女は、僕は、俺はなんのために……!!■!■■■■■■■…………。

 

 

 

 

 

 

 

 今、何か……何か違和感を覚えた。どこかで、重大な見落としをしているような気が……。

 

 そういえば、あの樹木はなんだったのだろうか。考える余裕が先程まではなかったが、冷静に考えるとおかしい。自分達のような上位の存在すら脅かす力をもった存在……。

 まずは情報だ。知識というものがなければ、他の個体と違い壊す事以外に使うことができるせっかくの知性も役にはたたない。さて、探しに行こうか。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 コンピューターというものを蝕み支配して、得ることができた情報はなかなかに使える。初めの方に感じた妙な圧は、空気抵抗と呼ばれるものらしい。そして、あの樹木は【神樹】と呼ばれるこの外から隔離された世界を維持し、恵みを与える守り神で、それを滅ぼそうと襲いかかってくるのが、自分たちのような存在、【バーテックス】と呼ばれる化け物らしい。しかし、やはりといったところか、自分は既存の【バーテックス】とは根本から違うと自らの行動から考えられた。

 

 自分の身体が、【バーテックス】よりも【人間】に近いことにはもう気がついている。

 【人間】、それはこの隔離された世界に住まう存在。一人一人がちっぽけで弱々しいのが特徴でたくさんいることだけが取り柄の生物。何故こんなものを【神樹】が守っているのか。そして、何故自分はこんな存在に酷似しているのか。

 

 ……分からない。

 

 【勇者システム】といわれる【バーテックス】を撃退する事を目的とした【人間】専用の装備が作られている。だが、今のままのプログラムでは、自分はおろかレオやヴァルゴ達のような【バーテックス】を狩ることは不可能に近いだろう。【勇者】とは名ばかりになることはほぼ確定だ。

 しかし、それを踏まえても【神樹】が持つ力は凄まじいものだ。【バーテックス】に及ばないまでも、弱い【人間】が戦うことくらいはできるようになる【勇者システム】に力を与えながらも、この恵まれた大地を維持しているのだから。

 

「あ、あ~あ~う~」

 

 まるで話は変わるが、明確な言葉を口にすることがこんなにも難しいとは思わなかった。喉というものの辺りにある声帯を利用することは分かっているのだが、なかなか思ったような声が出ない。まだまともに出せる声は母音といわれる、あ、い、う、え、お位しかまともに出せない。声を出す練習をしている理由は、自分がこの町に滞在するからだ。

 本来【バーテックス】である自分は、【神樹】の力により特殊な空間にしか出現することはできない。しかし、理由は定かではないが、自分はこの町に出現することができている。外に戻ったところであるものは、無限の星屑と同類だけだ。それならば、ここで色々と知識を溜め込んだ方がよっぽど有意義である。自らの内の異物を含めた謎はまだ残っているのだから。

 

 まずは小学校とやらに通ってみるとしようか。そのためには自分に名前をつけなければならないが。名前……名前か……。さすがに馬鹿正直に、オフィウクス・バーテックスなどと名乗るわけにはいかないだろう。この町にいそうな名前か。神話から少しもってきて“草薙(くさなぎ)”というのはどうだろう。これを名字にするとして……名を“真生(まお)”としようか。(まこと)に生きる、自らの生きる意味を探す自分にはお似合いな名前だろう。

 “草薙真生”、今からこれが自分の名だ。

 声を出せるようになり次第、小学校に入学しよう。【人間】も観察しておくべきだろうしな。

 後の事を考えながら、意識が薄れていく。同時に自らが自由にできる独立した力が異物と本質を一部取り込み構築されていく。自分を好きにできるのは自分だけでいい。上位の命令すら無視できる力を構築しながら、意識のみを休眠させる。やる事はいくらでもあるのだ。異物にも本質にも邪魔はさせない。

 

 

 

 

 ――――しかし、疑問に思うことがある。なぜ自分は人の言葉を生まれた瞬間から知っていたのだろうか……。その疑問は、意識が落ちる瞬間まで尽きることはなかった。




 初めまして、良樹ススムです。

 今回はじめて小説を書かせていただきました。

 作者はゆゆゆをアニメしか見ていない上に正確に覚えていない場所があるかもしれません。なので、気になった点、誤字、原作との明らかな相違点等があれば、指摘していただけると嬉しいです。

 では、これからよろしくお願いします
 最後に


 星の様に輝く:アリウムシュベルティーの花言葉

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