聖居での用事を済ませた翌日。
ジェイクはバイクを走らせもう一つの用事を済ませようとしていた。
昨日の反省を踏まえ皇居からの帰り道にバイクに取り付けられるカーナビを購入ておいたので今回は問題なく到着できるようだ。
目的地はとある大学病院だ。
「せんせー、どこだよ?」
「ここだよ」
「うおあ!?」
連太郎が声に反応して振り向くとそこには屈強な肉体の死体があった。
そしてその後ろから一人の若い女性が顔を出した。
「お、脅かさないでくれよ先生!」
「やあ連太郎君、ようこそ奈落(アビス)へ」
芝居がかった様子で手を広げ歓迎を示した女性、室戸菫(むろとすみれ)は多少散らかった部屋の中を歩き椅子に座った。
「いやすまない、君が来ると言っていたのに昨日こなかったから、ちょっと意地悪をしてやろうと思ってね」
「う、そ、それは悪かったよ先生」
本来連太郎は前日この霊安室兼研究室であるこの場所を訪れる予定だったが例の小切手の件、正確にはその現金を会社まで運ぶことにより精神的に多大なストレスを負ったため彼は帰るとそのまま布団へ倒れ込んだ。
目が覚めるともう翌朝だった。
ちなみになぜか延珠が横で眠っていたそうだ。
「それにしても相変わらずここは散らかってるな・・・・」
床に散らばる大量の紙媒体の資料を前に連太郎は呟いた。
「うん、まあそうだが。これでも片付けている方なんだがな・・・」
「これで!?」
菫は恥かしそうに頭を掻きながら言った。
「私の恋人にあまりだらしないと思われたくないんだよ」
そう言って菫は部屋の奥を見た。
そこには重厚な鉄の扉、その横には指紋認証装置と網膜スキャンなどのセキュリティ端末が置かれていた。
連太郎はその扉を見て何とも言えない表情になった。
一度、扉の向こうが気になった連太郎が菫に質問したことがあった。
『先生、この扉の向こうって何があるんだ?』
『ん?ああ、私と私の恋人の部屋だよ』
『部屋にこんな扉付けてるのかよ!?それに恋人って…』
『会ったことがないって?まあ彼がこの部屋から出たことはないからね』
『え?』
『…彼は眠っているんだ、この扉の向こうで』
そう言い菫は優しげな表情で扉を撫でた。
連太郎はそのあとの言葉を続けることができなかった。
連太郎がその時のことを思い返していると菫が不思議そうにこちらを見た。
「どうしたんだい連太郎君?そんな幸薄そうな顔をして?」
「そんな顔してね!てか余計なお世話だ!」
「まあそんなことより君、昼飯はまだかね?」
「そんなことって…
「まだかね?」
「まだ…だけど?」
「じゃあ食っていきたまえ、私の創作料理だ」
相変わらず脈絡のない発言に辟易しながらも連太郎は差し出された料理を見た。
「………先生これは?」
「食べて感想を聞かせてくれたまえ」
「いや、これ…」
「食べて感想を聞かせてくれたまえ」
「…」
「食べて感想を聞かせてくれたまえ、じゃないと仕事な話はしない」
そうにこやかな顔をして言われ連太郎は皿に乗っている得体のしれない固形の四角いブロック状のそれを手につかみ、眉間にしわを寄せ冷や汗交じりにそれを眺めた後、南無三と唱え口にいれた。
ガリッ!とそれをかじり咀嚼する。
「………うまい……」
普通にチャーハンの味がした。
「普通にうまい、チャーハンの味がする」
「うん、どうやら成功みたいだな」
そう言い菫もそれをかじる。
連太郎は残ったそれを食べるとホッとしつつ菫を見た。
「てか先生、なんで毎回こういう変な形にこだわるんだ?今回のは普通にうまかったから良いけど…」
前回の四角いブロック状のハギス味を思い出しつつ連太郎は首をかしげた。
「別に形はこだわっていないさ、要は固形物になっていればいいのさ」
「なんでだ?」
「まあ一番は食べやすいからだな、しかしもう少しバリエーションを増やさなければならないがいかんせん難しいな」
そう言い菫は食べ終えた手をはたき連太郎の方へと向き直った。
「さて、それでは仕事の話と行こうか、連太郎君」
「ああ」
説明中…
「なるほど、やはりあのガストレアを倒したのは君ではなかったのか…」
「ああ、俺が到着した時にはもう倒されてたよ。倒した相手は延珠からも聞いたんだけどどこの誰かもわからなくてな」
「通りで倒し方がきれいだったわけだ、相変わらず彼らはいい仕事をする」
「…ん!?先生は誰が倒したか知ってるのか!?」
連太郎が驚愕で立ち上がると菫はさも当然のように肩をすくめた。
「誰まではわからないがどこの人間かはわかったよ。現場に倒したもののマガジンが置き忘れられて居てな、それに見覚えのあるマークがあったから」
「見覚えのあるマーク?」
菫は引出しを開けると袋に入ったマガジンを投げてよこした。
連太郎がそれをキャッチする。
「ひっくり返して底の方を見てみろ」
言われた通りひっくり返すと確かに連太郎も見たことのあるマークが現れた。
「アン…ブレラ?アンブレラってあの?」
「そう、ガストレアを倒したのはアンブレラコーポレーションの人間だ」
「でもおかしいだろ?アンブレラって確かにいろいろやってる企業ではあるけど民警はたしかやってなかったはず」
「確かに、民警はやっていない。だがしかし、アンブレラにはガストレアを討伐する部隊があるんだ」
「そんな話聞いたことないぜ」
「極秘に動いているからな、ちなみに言うと政府や各国からは許可を得ているらしいから下手に他人にしゃべると…」
そう言って首を切るジェスチャーをして舌を出した。
「マジかよ…」
おそらく菫のいっていたことは比喩ではなくホントに消されるという意味なのだろう。
コンコン
菫の研究室のドアが叩かれた。
話していた内容が内容なだけに連太郎はビクっと体を浮かせた。
菫は目を細め扉を見やり声をかけた。
「どちら様で?」
「…宅配です。お荷物をお届けに上がりました」
その言葉に連太郎と菫はたがいに見あって首をかしげた。
普通荷物は受付などに届けられそれから連絡ないし伝言などが届いてからこの部屋に届けられるはずだ。
しかしそのような連絡は受けていない。菫は多少警戒しながらも扉をゆっくり開けた。
そして扉の向こうの人物を見た。
「…君はもしや!?」
「久しぶりですね、菫さん」
「ああ、久しぶりだな!!」
そう言い菫は扉の向こうの人物を部屋に招き入れた。
入ってきた人物は蒼黒いジャケットにズボンと黒いブーツ、そしてサングラスをかけた若干こわそうな外国人の男だった。
男は部屋に入ると連太郎を見つけそちらを見た。
その途端、連太郎はゾクっと鳥肌を立てた。
(この男はただものじゃない)と否応なく理解できる。目があっただけで、いや直接はあってはいないのだが目線がこちらに向いているとわかっただけで連太郎は動けずにいた。
「ん?ああ、すまない今はちょうど来客中でね。連太郎くん、すまないが友人が来てしまってね。今から大事な話があるから悪いけど今日のところは帰ってもらえるかい?」
「いや、それは「わかりました先生!失礼します!」」
連太郎はそう言うと慌てて自分のジャケットをつかんで男と菫に頭を下げて飛び出していった。
男が怖かった。見た目の話ではない。男から漂う空気が恐ろしくてたまらなかったのだ。
その後マガジンを持ってきてしまったことに気が付いた連太郎だが戻るような気分にはなれなかった。
連太郎を見送った男はしばらく出て行った扉を眺めていたがしばらくすると菫にこう聞いた。
「………俺ってやっぱり見た目こわいんですか?」
「うん」
菫に速答されジェイクは思わず額を抑えた。
しばらくして復活したジェイクは菫にアタッシュケースを渡した。
「菫さん、これを」
「…なるほど君が持ってきてくれたんだね、わざわざすまないね」
「いえ、俺が持ってきた方が安全でしょ?」
「違いない」
そう笑いながら菫はアタッシュケースを開けた。
中には注射器と二種類の液体の入ったケース瓶。
G‐ウイルスとG‐ウイルス抑制剤が入っていた。
注意
Gウイルスはガストレアウイルスではありません。
念の為に。