悪徳の都に浸かる   作:晃甫

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006 四者四様デッドチェイス

 6

 

 

 

「女中ねぇ。おいガキ、もういっぺん言ってみな」

「何度でも言ってやるさ。ロベルタはお前なんかよりよっぽど強いぞ」

 

 ラグーン号を降りて、イエローフラッグへと向かうロックたち。その先頭を歩くレヴィとガルシアの二人の口論は、ロックの心配を他所に少しずつヒートアップしていた。

 今日は厄日か何かなのだろうかと頭を抱えずにはいられない。いつどこでガルシアの額に穴が開けられるか気が気でないのだ。レヴィは理屈よりも本能を重要視する人種である。そんな彼女と理論建てた話し方をするガルシアとは相性最悪で、ロックやダッチといった緩衝材が無ければとっくにカトラスが使用されていたに違いない。

 しかもダッチとベニーは二人のお守りをロックに放り投げ、もとい一任したらしく口を挟む様子がない。

 いよいよ以てロックの胃に風穴が開きそうである。

 そんな彼の精神的ストレスなど全く気にしない二人は、尚も口論を止める気配がないようで。

 

「面白え冗談だ。そいつが本当だってんならイエス様がルート66をチョッパー乗って吹っ飛ばしたっつっても信じるぜ」

「ふん、言いたいだけ言えばいいさ。ロベルタは本当に強いんだ、お前なんかすぐにやられちゃうさ」

「……ほぉ、是非とも拝見させていただきたいもんだなぁおぼっちゃま」

 

 レヴィの挑発に、ガルシアは小さく鼻を鳴らすだけだった。それが気に入らないのか、彼女の眉間には徐々に皺が寄っていく。こんなところで拳銃を抜かせるわけにはいかないとなんとか場を丸く収めようとするロックは、視線の先にようやく目的の酒場が見えてきたことに安堵した。酒場に入ってしまえばレヴィとて遠慮なしにブッ放したりはしないだろうと判断したからだ。

 普段通りであればロックの考えは間違っていない。イエローフラッグをこれまで幾度となく壊してきたレヴィとはいえ、その修繕費をウェイバーが賄っていることは承知していた。彼が関係している件であれば仕方ないと割り切れもするが、関係のないところで師匠たるウェイバーに迷惑をかけるのはレヴィにしても本意ではない。

 そう、普段通りであればなのだ。

 はじめにその違和感に気がついたのは、ロックの後ろを歩くダッチだった。

 

「おい、なんか様子がおかしくねぇか」

 

 次いでレヴィとベニーが、それぞれ視線を細める。

 ダッチに言われたことでロックもイエローフラッグをまじまじと見つめる。と、ここで入口から少し離れたところに倒れている男がいることに気が付いた。さらに酒場の壁にも弾痕らしきものが一面に刻み込まれている。周囲に人が集まっていないことから、ああなったのは今しがたのことのようだ。またどこかの酔った馬鹿が泥酔状態で乱闘騒ぎでも起こしたのだろう。そう考えていたロックだったが、どうもその倒れている人間の様子がおかしい。

 近づいてみれば、男の腹部には幾つもの風穴が開いていた。思わず口元を手で押さえる。身体から溢れ出す血液が地面を濡らしていく。凝固具合を見ると、やはりたった今撃たれたようだった。

 ということは、店内にはまだこれを撃った人間が居る可能性が非常に高い。

 

「ダッチ」

「こいつはよろしくねぇな。何が起きてんのかは知らねえが、こいつはマニサレラの構成員だ。俺たちが連れてるこのガキと無関係たあ思えねえ」

「僕もその意見には賛成だ。一刻も早くこの場を離れたほうがいい気がする」

 

 この悪徳の街に住まう人間は総じて危機察知能力が高い。それがここで生きていくに必要な能力だからだ。ロアナプラに来て日の浅いロックですらそれがいかに重要かは身を以て知っている。

 そんな彼らが警鐘を鳴らす。現在のイエローフラッグは超が付く程の危険地帯だと。

 ロックもベニーの意見に全面的に賛成だった。非戦闘員である自身が鉄火場のど真ん中に放り出されて生き残る未来は全く見えない。

 それに今はガルシアを連れている。倒れている男がダッチの言う通りマニサレラの人間なら、まず間違いなくこちらにも火種が飛んでくるだろう。もしかすると少年の言っていたロベルタというメイドが彼を救出しにやってきたのかもしれない。

 ガルシアの言葉を鵜呑みにするつもりはなかったが、この現場を目の当たりにして少しだけ真実味を帯びたように思う。

 だがダッチとベニーが踵を返し、船へと引き返そうとする中にあってただ一人。レヴィだけが酒場へと視線を向け続けていた。

 

「レヴィ、ここは一旦出直したほうがいい」

「…………」

「おいレヴィ」

 

 ロックの言葉にレヴィは答えない。鋭く細められた眼光がまっすぐにイエローフラッグへと向けられたままだ。

 訝しむロックに代わって、ダッチが声を荒げた。

 

「レヴィ! こっからずらかるぞ!」

 

 それが端を発したのかは定かでない。

 ダッチやベニーが感じる危機感を象徴するように、彼女はゆっくりとホルスタから愛銃を引き抜いた。

 次いでイエローフラッグの内部から複数の銃声が響き渡る。

 

「レヴィ!? 何してるんだ早くダッチたちのところへ!」

「……無駄さ」

 

 マガジンを確認し、両手にカトラスを握ってゆっくりと酒場の入口に向かって歩き出す。

 

「どこへ向かったって、この嵐からは逃げられそうにねえぜロック」

 

 直後、爆炎がイエローフラッグを飲み込んだ。

 

 

 

 7

 

 

 

「おいウェイバー。一から十まで説明してくれるんだろうな、ええ?」

「そう怒るなよバオ。今だって助けてやったろ」

「もちっとスマートに助けろよ! おかげで床にキスする羽目になったろうがッ!」

「鉛玉じゃないだけましだよ」

 

 イエローフラッグのカウンター内、頭を低くした状態で、俺はバオとそんな会話に勤しんでいた。

 一つ壁の向こうではマニサレラの連中とロベルタが絶賛交戦中。いや交戦というよりは一方的な蹂躙に近いかもしれないが。そもそもあの武装はなんなんだ、仕込み傘で許されるレベルじゃないだろアレ。散弾銃のくせに威力が対物ライフルクラスとかどんな改造すればそうなるんだ。しかも片手で軽々と撃ってやがるし。

 いや、そういえば昔も対物ライフル二挺振り回してたっけか。なんなのアイツ戦闘人形かなにかなの。

 こうしている今もマニサレラの構成員たちは散弾銃で身体を吹き飛ばされていく。どう見ても三メートル以上吹っ飛んでるよなぁ、アレ。

 この場に留まっていてもなんらメリットはないため、本当ならすぐにでも外に出たいところだが、残念ながら正面の入口が戦場になってしまっているために使用できない。ならば裏口かと考えたが、どうやら裏口は外に待機しているマニサレラの連中が固めてしまっているようだ。ここで出ていけば面倒な事態になるのは想像に難しくない。

 

「どうしたもんか」

「お前さんなら大手を振って堂々と出ていけるだろうが」

「いや死ぬからな。あの銃弾の中だぞ」

「吐かせ。バラライカの兵隊どもとやり合って無事だった奴がくたばるかよ」

 

 流石というかなんというか、こんな状況だというのにバオは拳銃片手に煙草をふかし始めた。イエローフラッグが破壊された数は伊達じゃないということか。ベトナム戦争に従事していたらしいので、肝はそれなりにでかいのかもしれない。

 斯く言う俺も懐から煙草を取り出して火を点ける。こんな状況であっても焦燥は何も生み出さない。必要なのは自然体でいることだ。肺に取り込んだ煙をゆっくりと吐き出し、ジャケットの内側に手を伸ばす。

 途端、バオが目の色を変えた。

 

「オイオイ、まさか」

「やるしかないでしょ、気は進まんがね。射撃のセンスは壊滅的なんだ」

 

 ホルスタに収められていた拳銃を、ゆっくりと引き抜く。

 現れるのは、銀一色の拳銃。

 

 スタームルガー・レッドホークのカスタム品。

 スタームルガー・シルバーイーグル。通称ウェイバーモデル。

 

 この拳銃は1979年にアメリカが生み出したダブルアクションのマグナムリボルバーだ。全長194ミリ、重量約1.5キロで、何年も前にバラライカに仲介してもらい腕利きの職人に作ってもらったものだ。

 一般のレッドホークとは違い、銃身からグリップまで全て銀一色になっているのが特徴の一つで、グリップには俺を模したのだというバラライカ考案のシンボルが彫られている。因みに何を表しているのかは俺も知らない。聞いても教えてくれないのだ。

 射撃の際にハンマーを起こさなくてはならないシングルアクションではなく、ハンマーが起きなくても引鉄を引く力でハンマーが連動し起きるダブルアクションのリボルバーで装弾数は六発。現在普及している他の拳銃には倍以上の装弾数を誇るものもあるが、リボルバーであれば極々一般的だと言えるだろう。

 

 ここで俺がどうして自動式ではなく、回転式のリボルバーを使用しているのかの説明をしておこうと思う。

 自動式拳銃は反動も少なく装弾数も多い。弾倉交換も簡単に行えるため素人にも扱いやすく、ロアナプラの住人の多くはこの自動式を携帯している。専用のロングマガジンを使えば装弾数は最大で三十三発にもなるというのだから連射にも向いているだろう。

 それに比べ、リボルバーはその構造上どうしても装弾数が少なくなってしまう。しかも慣れていなければ再装填に時間がかかる。命のやり取りの最中でその時間は致命的だ。

 だが何も悪いことばかりではない。 

 自動式に比べて単純な構造をしているが故に信頼性は高い。不発が起こっても引鉄を引くだけで次弾をすぐに装填することができるのだ。これは拳銃素人な俺にとってはとても有難いことだった。動作不良を起こしていて命を落としたなんて笑い話にもなりやしない。

 

 と、言うのが一応の建前である。

 如何にもなことを宣っているが実際のところは拳銃を選定する時点でそこまで深く考えていたわけではないのだ。何せこちとらロアナプラに来るまでは本物の銃器に触れたことなどなかったのだから、そんな詳細な情報を持っている訳が無い。

 ではどうしてオートマチックではなくリボルバーなのか。

 決まっている。リボルバーの方が格好良いからだ。男にそれ以上の理由は必要ない。見た目が格好良い、たったそれだけの理由で俺はリボルバーを選択したのである。

 切欠は生前、ルパン三世に出てくる次元がコンバットマグナムを使用しているのを見たからだ。彼の渋さと格好良さは憧憬を抱くレベルである。

 当然このことは他人には一切口外していない。こんな理由でリボルバーを選んだとバラライカあたりに知られれば、鼻で笑われるのは目に見えていた。

 

 そういった理由から俺の愛銃となったスタームルガー・シルバーイーグル。

 それが二挺(・・ )

 

 両の手に銀のリボルバーを構え、ゆっくりと腰を持ち上げる。

 

「少しはやれるといいんだけどな」

 

 あんな化物と正面切って戦うなんて俺には到底不可能だと思うんだが。

 以前やり合ったときは何百メートルも離れていたし、密林地帯だったこともあって遮蔽物にも困らなかった。彼女と一対一でやり合う状況でなかったことも今思えば幸いしていた。

 だが今は違う。防弾仕様のカウンターを除けばそれらしい遮蔽物は存在せず、ロベルタとの距離は目と鼻の先。それに加えてマニサレラの連中は既に虫の息である。

 

「頼むぜウェイバー、うちを破壊するなとはもう言わねえ。せめて土地は残してくれ」

「酷い言われようだな」

「てめえが暴れたあとにゃあデカイクレーターしか残らねえってもっぱらの噂なんだよ」

 

 バオの軽口に小さく口元を綻ばせながら、俺は銃声の止んだ店内で静かに立ち上がった。

 視線の先には変わらずロベルタが立っている。散弾銃を仕込んであった傘は穴が開いて傘としての役目を放棄していたが、それ以外に外見上の傷は見られない。なにこいつホントに人形かなにかなの。

 周囲に倒れ臥しているマニサレラの構成員たちを見るに、勝敗は決したと見ていいだろう。

 俺が立ち上がっていることに気が付いたロベルタは、視線が合うや否や大きく目を見開いた。

 

「……やはり、あの時の……!」

 

 犬歯を剥き出しにして睨みつけてくる彼女を前に内心で冷や汗が止まらない。

 だがここでそれを表情に出すわけにはいかないのだ。ワザとやる分には問題ないが、本能的に感じた恐怖や焦燥を表に出して場が好転することは先ずない。したがってここはどれだけ強かろうが無表情を貫く。この十年で面の皮が厚くなったのか、今となっては表情筋がピクリともしなくなった。

 しかしまぁ、この状況だと戦闘は回避できそうにない。出来れば穏便にこの場を去りたかったのだが、まさかの最初の敵がラスボス級という有様だ。

 今一度気を引き締め直し、握ったシルバーイーグルをくるりと回す。

 

「ここにレヴィたちがいなくて良かった」

 

 流れ弾に当たりでもしたら大変だ。俺命中精度下限振り切ってるし。

 それくらいでアイツ等がくたばるとは思わないけれど。

 

 

 

 8

 

 

 

 襲い来るコロンビア・マフィアたちを事も無げに薙ぎ払いながら、ロベルタは今もカウンター裏で息を潜めているであろう男のことを考えていた。

 ロザリタ。それは自身の本名であり、過去に捨てた忌むべきものだ。今の彼女はラブレス家の女中ロベルタであり、それ以外の何者でもない。それ以外であってはならない。

 本当なら今こうして武器を振り回すことも本意ではない。万が一ガルシアに知られれば、あの温かい日だまりのような場所には居られなくなってしまうだろうから。

 だが、その日だまりに影を差そうとする人間たちが相手であれば話は別だ。彼女の大切な人たちを守るためであれば、捨て去りたい過去であっても受け入れよう。ロベルタではなく、ロザリタ・チスネロスとして全ての悪を葬り去ろう。

 既に汚れきっている自身には、もうそれくらいしかあの家に恩を返す方法が思いつかなかった。

 

 カウンターに座っていた男の横顔を思い浮かべる。

 マニサレラの人間たちが押しかけたときは何の反応も見せなかった。

 しかし己が仕込み傘に手をかけ力を込めたその瞬間、咄嗟にカウンター裏へと飛び込んだのだ。一般人であればまず見落とすであろう僅かな動作を、あの男は見逃さなかった。その時の男の鋭い眼光。直接見たわけではないが、FARC時代に遭遇した敵とどこか通じるものを感じたのだ。

 ゲリラとして活動していた何年も昔、唯一息の根を止めることが出来なかった敵。そのときの任務が別の施設の破壊工作であったためにそれ以上深追いすることは無かったものの、あの時の正確無比な射撃は今も鮮明に覚えている。数メートル先の視界もままならない豪雨の中、百メートル離れた自身を寸分違わず撃ち抜いたあの男。

 まさか、とは思う。

 だが自身の本名を知っていたあの男がただのゴロツキだとは思えない。

 少なくとも己の過去を知っているのであればただで帰すわけにはいかない。

 

 傘に仕込んだフランキ・スパス12で大方掃除を終えた頃、背後で何かが動く気配を感じ取った。

 振り向けば、そこにはやはり例の男が立っていた。

 その手に握られた二挺の拳銃に、思わずロベルタの視線が引きつけられる。

 忘れもしない。自身を撃ち抜いた拳銃だった。

 

「……やはり、あの時の……!」

 

 男、ウェイバーは動かない。その表情には一切の変化が無かった。まるで自身の怒気など全く意に介していないかのように、どこまでも自然体のようであった。

 この時点でロベルタの目的が一つ増える。

 一つにガルシアの保護。この街にやってきた最大の目的であり必ず遂行しなくてはならない彼女にとって最も重要度の高い目的だ。

 そして目の前の男の抹殺。

 自身の過去を知るものはこれまでその手で消去してきた。そしてこの男も、その例には漏れない。

 当然簡単にはいかないだろう。以前の撃ち合いは数分程のものだったが、男の腕を知るには十分すぎる時間だった。

 だからこそ一部の隙も見せない、作らない。

 

 最大限の警戒を見せるロベルタを前にしかし、男は飄々としたままだった。

 右手のリボルバーを器用に二回転させて、ぽつりと呟く。

 

「ここにレヴィたちがいなくて良かった」

 

 レヴィ、というのが誰なのかロベルタに知る術はない。

 だが今の言葉のニュアンスからだろうか、彼女には口にしていない彼の言葉の続きが聞こえたような気がした。

 

 ――――こんな姿、とても見せられねえからよ。

 

 放たれた殺気にほとんど反射的に反応したロベルタは真横に飛んだ。そのコンマ数秒後、数発の銃声とともに先程まで立っていた場所に鉛玉が叩き込まれる。恐らくは行動を制限させるために足を狙ったものなのだろう。殺気に反応しなければ両膝を撃ち抜かれていたと確信させるほどの銃撃だ。

 思考を巡らせながら、ロベルタは傘を持つ手とは逆の手に持っていたトランクを開け放つ。中から顔を出したのはミニミ軽機関銃。決して片手で使用するような類のものではないが、平然と彼女はそれをウェイバーへ向け、火を放った。

 毎分約八百発の弾丸が降り注ぐ。ウェイバーはそれを再びカウンター裏へ跳躍することで防いだ。

 無数の弾痕がカウンターに刻まれるが、防弾仕様の壁を貫通させるには至らなかった。

 尚もミニミを撃ち続けるロベルタに、カウンターの向こうからウェイバーが腕だけを出して発砲する。鏡でも使用しているのか、直接見てもいないのに恐るべき正確さでロベルタの四肢を狙ってくる。

 

(……成程。二挺の拳銃は連射性を損なわないためということ)

 

 リボルバーはどうしても自動式に比べて連射性に劣る。装弾数も少なく再装填に時間もかかることからそれは明らかだ。

 しかしウェイバーの射撃技術と二挺という条件が加われば、必ずしもそうとは限らないのだ。

 連射は二挺交互に行うことで、再装填はその命中精度で敵を警戒させることで強引に時間を作りやってのけているのだと思われる。当然再装填にはスピードローダーを使用しているだろう。

 伊達や酔狂で二挺所持しているわけではない。それは分かった。

 

「……わたくしも急いでおりますので、少々強引な手段を取らせていただきます」

 

 トランクから顔を出すミニミ軽機関銃を適当に放り投げ、スカートの裾を膝下まで持ち上げる。

 ゴトリと音を立てて床に転がったのは、いくつものグレネード。至近距離で浴びれば大怪我は免れない。死ななければ幸運だったと言える程の量である。

 そんな物騒な代物が半壊したイエローフラッグの床を無造作に転がる。それを見たウェイバーが何かを言おうとするよりも早く、爆発とともにイエローフラッグを深紅の業火が包み込んだ。

 

 

 

 9

 

 

 

「状況を報告せよ」

『イエローフラッグは全壊。猟犬、ラグーン船員、ウェイバーも消失(ロスト )

 

 チッ、とバラライカは舌を打った。

 苛立たしさを感じているわけではない。ウェイバーに先を越されたことに悔しさを感じているのだ。

 いつもいつも騒動の中心にいるのはあの男である。ウェイバーがこの街にやってきてからロアナプラの勢力図は大きく変わってしまった。そしてこうしている今も、彼の手によって騒動はさらに動きを見せようとしている。

 

「居場所は掴めているか」

『十分前にメインストリートを南へ向かうプリマス、そしてバイクを見たとの報告が』

「そこを離れるな伍長。引き続き情報収集を継続せよ」

『了解、主人(バオ )には何と?』

「修繕費は全額ウェイバーが負担するから心配無用と伝えておけ。これより部隊を連れて港へ向かう」

 

 定時報告をするようにだけ伝えて、バラライカは通話を切る。

 持っていた端末を斜め後ろにぴったりついて歩くボリスに渡し、葉巻の先を落として火を点ける。煙を吐き出したのを見計らいボリスが声を掛けた。

 

大尉殿(カピターン )、久しぶりに戦争ですか」

「さあ、用心に越したことはなかろう」

「マフィアごっこは身体が鈍っていけませんな。もっともここ数年は彼のおかげで退屈しませんでしたが」

 

 それを聞いてバラライカは小さく頷く。ボリスの言葉には彼女も全面的に同意見だった。

 マフィアの真似事など身体を鈍らせるだけだとバラライカも考えていたし、必要があったために行っているに過ぎなかった。

 選りすぐりの精鋭たちであっても戦場を長く離れれば感覚は鈍る。

 だがそれはあの男が現れるまでのこと。

 

「奴にとっては本意ではないだろうが、ウェイバーには感謝せねばならんな。我々と対等の相手であり、こうして火種を大きくしてくれるのだから」

「そのようですな」

「ダッチにも借りがある。放っておくわけにもいくまいよ」

 

 半分程の長さになった葉巻を地面に落とし、バラライカは後に続く私兵たちに告げる。

 

「――――行こうか諸君。撃鉄を起こせ」

 

 

 

 

 

 

 

 




 ・ウェイバーの拳銃をウェイバーモデルとするかウェイバーカスタムとするかで悩みましたが、略すとウェイバーカスタムはWCでトイレになってしまうためにウェイバーモデルになったなんて理由があったりします。
 リボルバーなどに私は余り詳しくありませんので、間違いなどがあればご指摘くださると幸いです。
 
 ・次元さんの渋さと主人公の渋さはベクトルが反対方向な気がしますが、気にしないでください。

 ・メイド編は次回で終わりです。
 
 

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