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「ここンとこなんか騒々しいッスね」
「あん? なんだオメエこの店への当て付けか?」
イエローフラッグと呼ばれる酒場が、ロアナプラの南東に居を構えている。全壊する度により強固になって蘇ることから『街の筋繊維』だの『不朽要塞』だの『ウェイバー収容所』だの好き勝手に呼ばれているが、店主であるバオからすればそんな通称は不名誉以外の何物でもなかった。
今ではもうどこを建て替えればいいのか分からないような有様だ。RPGくらいなら店の扉で防げる自信がある。全く以て不要な自信だった。
「そういやこないだもここでドンパチされたんでしたっけ」
「良かったな英一、あの場にいなくてよ」
でなきゃ今頃あの世逝きだぜ、そう言いながらバオは英一の前に替えのジョッキを置いた。その中身の三分の一程を飲み干して、英一は問い掛ける。
「メイドだっけ。そのせいで街が浮き足立ってんでしょ? それくらい俺だって分かってますよ」
「お前さんが想像してるようなメイドじゃねえってことだけは断言できるがな」
「はい?」
「袖からガバメント取り出したりスパスをぶっ放すようなメイドを見たことあるか? 催涙ガスを遠慮なく店内で使いやがるメイドとかよ」
「なんスかそれ、
「
先日の惨劇を思い出しているのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるバオ。
英一は件のメイドとやらを直接見たことはない。街中を流れる噂話を耳にした程度である。
曰くホテル・モスクワの遊撃隊と渡り合った。
曰く戦闘車両に撥ねられたくらいでは止まらない。
曰くウェイバーと過去に因縁がある。
どれもこれもが現実離れしているせいか全く真実味が感じられないが、残念なことにそれが真実であると知らないのは店内では英一ただ一人だった。
話半分にバオの愚痴を聞きながら、英一は明るくなり始めた店外に視線を向けた。上空を流れる雲は薄く緩やかで、今日も快晴であることを窺わせる。
店の中にはバオと英一を除けば二、三人の客しかおらず、この店にしては珍しく静かな朝を迎えている。というのも先日のメイドの一件が客の足を遠のかせているだけだが。
そんな訳でウェイバーが居座っている時ほどではないにしろ、それなりに落ち着いているイエローフラッグである。
その扉が唐突に開かれたのは、英一以外の最後の客が店を出ていったすぐ後のことだった。
「いやぁ、まだ開いてる店があって助かったよ。
コツコツと高級そうな革靴を鳴らして現れたのは、真紅のシャツを着た長身の男だった。
見覚えのない顔付きに、バオの眉が怪訝そうに顰められる。男はそんな不躾な視線を一切気にすることなくカウンターまでやって来ると、英一の隣の席に腰を下ろした。
「見ねえ顔だな。どっから来た」
「少し眠くてね。眠気覚ましになるような酒をもらえるかい」
店主の言葉には答えず貼り付けたような微笑を浮かべる男に、バオは舌打ちのあと無言でバカルディのボトルを叩きつけた。受け取った男は栓を抜き、そのまま一気に呷る。数秒でボトルの半分程が消えていた。
「……アンタ、この街の人間じゃないよな」
ボトルを持つ男の動作が止まり、隣の席へと視線が向けられる。
頬杖をついた英一は、訝しげな眼差しをその見知らぬ男へと向けていた。
「まぁ、そうだな」
「余所者がこんな時間に一人で外出歩いて何してたんだ?」
「……詮索屋は嫌われるぞ」
「生憎と性分なもんでね」
英一はこの街に来て日が浅い。月日で言えば一年程度である。だが、元よりそれなりの世界に身を置いていた彼は、他の人間よりも鼻が利いた。
そんな幾つかの死線をくぐってきた英一の嗅覚が警鐘を鳴らしている。
今、この瞬間。目の前に座る男は、特一級の危険人物であると。
警戒心を剥き出しにする英一を横目に、赤シャツの男は僅かに口角を持ち上げた。
「そう警戒するなよ。別に取って食おうってわけじゃない」
「どうだか」
「この店に立ち寄ったのは本当に偶然だ。偶々目に付いたのがこの酒場だった。それだけの話だ」
男は英一の敵愾心など露程も気にせず、ボトルの残りを飲み干した。
「少しばかり聞きたいことがある」
空になったボトルをテーブルへ置き、男はそう切り出した。
バオと英一。二人の視線を浴びながら男、ヨアンはその名を口にする。
「……ウェイバーって名前に聞き覚えはあるか?」
途端、二人の表情が僅かに変化する。
それを見て、ヨアンの口角が一層吊り上がった。
「どうやら、ようやく俺は奴の尻尾を掴めそうだ」
「テメエ……、アイツとはどういう関係だ」
バオの問い掛けに、ヨアンは一拍おいて答えた。底冷えするような低い声で、全ての怨嗟を吐き出すように。
「商売敵ってトコだ。俺にとっても奴にとっても、目障りで仕方ない目の上の瘤だ」
その言葉が紡がれた直後、横に座っていた英一が懐へと手を伸ばす。それを見てバオは即座にカウンターの下へと身を隠した。
一瞬のうちに行動を起こした二人は、流石に場馴れしていると言えるだろう。
しかし、そんな二人よりもヨアンは更に早かった。
「…………っ」
英一の額に、冷たい銃口が突き付けられる。懐に手を伸ばしたまま固まる英一を見るヨアンの瞳は、どこまでも黒ずんでいた。ウェイバーの瞳とは似て非なる瞳。どこかが決定的に食い違っているような、歯車が噛み合っていないような、そんな違和感を感じさせる双眸だった。
ヨアンは先程までの愉快そうな表情の一切を消して、ただ無表情に目の前の男に尋ねる。
「答えろ。奴は今、どこにいる」
40
真上に輝く太陽は、今日も変わらず地上を歩く人間たちをジリジリと焼いている。陽の光を遮ってくれる雲も近くには見当たらず、空は見渡す限りの青が広がっていた。ああ、暑い。ジャケットなんて着てくるんじゃなかったと心底思うが、まさかショルダーホルスタをそのままぶら下げておくわけにもいかない。拳銃を裸で晒すなんて真似、余程の馬鹿か見栄っ張りしかしない。
メインストリートを南下し、チャルクワンを目指して年代物のセダンを走らせる。助手席には先程露店で購入した棒付き飴を頬張るグレイが乗っており、全開にした窓から入り込む風に絹のような髪を靡かせている。
雪緒が示した地点はチャルクワン・ストリートに軒を連ねるホテル街の一角。彼女なりの根拠のもとに示されたその地点へと向かっているわけだが、そこが正解であるという確信は俺も持ってはいない。
というより、そこが仮にハズレであったとしても、それはそれで構わないのだ。当然俺が真っ先にアタリを引くに越したことはないが、そうでなかったとしても直に張、バラライカは猟犬の居場所を突き止めるだろう。張はあくまでも街の存続を第一に考えている。バラライカはロベルタの追う合衆国の尻尾を捕まえようとしているみたいだが、結局のところ両者の行動が行き着く先は俺と同じだ。
街の脅威となるもの全てを排除し、この街に仮初の平穏を齎す。
例え本人にその気がなかったとしても、得られる結果は同質のもの。
バラライカが米国の軍隊を手にかけるという可能性は否定出来ないが、元軍人のあの女にとってグレイフォックスはどちらかといえば羨望の対象だ。手ずから血祭りにするとは考えられなかった。それでもそんな事態になるのであればそれは俺の思慮が足りなかったというだけの話で、夜会で張が言っていたようにこの街の全てが消えてなくなるという結末を迎えることとなる。
砂の城のように繊細で不安定なのが今のロアナプラだ。ちょっとした食い違いで取り返しのつかない事態にまで発展する。街の至るところに特大の火薬が敷き詰められているようなものだ。そんな街中を、余所者たちが我が物顔で闊歩している。
「……我慢ならねェな」
「同感だわ」
返答を期待して呟いた言葉では無かったが、俺の言葉にグレイは反応を示した。視線は窓の外に向けたまま、彼女は口にする。
「あのお姉さんも、アメリカの軍隊も、ヘルベチアの狗とやらも。勝手に暴れられちゃ困るもの」
「珍しいな、俺と意見が合うなんて」
自由奔放を地で行くこの娘っ子と俺の意見が合致することなど早々ないんだが。
「だって私の楽しむ分が無くなっちゃうじゃない」
訂正。
全く以て合致していなかった。いや、表面上は合致しているようにも見えるが、その動機が不純すぎる。こいつただ自分が暴れたいだけだ。
「グレイ。分かってるとは思うが、くれぐれもやりすぎるなよ。デルタだのパラミリだのに追われることになるのはもう御免だからな」
「でも目の前に銃口を突き付けられたら排除するしかないわ。そうでしょう?」
「できればその事態を回避したいんだけどな」
「きっと無理ね。だっておじさんが動くんですもの」
おいそりゃどういう意味だ。
不服だと言わんばかりに助手席へ視線を向ければ、グレイは鼻唄を唄いながら愛銃の手入れを行っていた。どうやら今しがたまでの会話からはすっかり興味が失せてしまったらしい。
目的であるチャルクワンが目と鼻の先にまで迫ってきたため、適当なところで車を停めて外へと出る。
途端、周囲がざわつき始める。メインストリートにも繋がる通りであるためか人や露店の数も多いが、その殆どが俺たちを見た途端にその場から退散していく。化物でも見たかのような反応に心の内で少しだけ傷つきつつ、目当てのホテルを目指して歩き出す。いやホント、数分の内に視界から綺麗さっぱり人が消えやがったな。
「……ま、余計な死人を出さなくて済むと思うことにするか」
「ねぇおじさん。このりんご貰ってもいいかしら」
「君ちょっと自由過ぎない?」
無人になった露店の前にしゃがみこみ果実を物色するグレイは、それはもうイイ笑顔で品定めを開始した。こんな治安の街で言うのも何だが犯罪ですよお嬢さん。本当に今更だが。
溜息を一つ零して、ぐるりと周囲を見回す。一帯に人の影はない。建物の中に引っ込んでしまっている人間がどの程度いるのかは分からないが、この感じだと俺たちが居なくなるまで姿を見せることは無さそうだ。
目線の先に座り込むグレイがあんな調子なので忘れそうになるが、ここはもう一級の危険地帯である。雪緒の予測した地点が正しければ近くに合衆国軍隊、そしてロベルタが潜伏している。俺にはソイツらの気配を探るなんて芸当は出来ないが、なんとなく周囲に重苦しい空気が立ち込めているのは分かる。
ついついレヴィのように野性的な勘があればと思ってしまう。
そうすればこんな風に、
「――――見られてるな」
それっぽい建物の屋上を見つめて、渋くキメることも出来るというのに。
「おじさん」
いつの間にかりんご品評会を終えていたグレイが俺の隣に立っていた。彼女の視線は今しがた俺が眺めていた安宿の屋上に向けられている。あの安っぽい手書きの看板が気にでもなるのだろうか。確かにこの街じゃ珍しい日本語表記の看板だけれど。
一点を見つめたままのグレイは手にしていたBARの砲身を優しく撫で、次いで酷薄な笑みを浮かべた。
「行きましょう? 余り時間は無いみたいだから」
上機嫌なまま歩き出した少女の後に続いて、俺も再び歩き出した。
41
「……信じられない」
男は一人、誰にも聞こえない程小さな声でそう呟いた。
スコープが捉える二人の人間の背中から視線を外さないまま、狙撃銃を握る手に力を込める。
「この距離だぞ……。一体何ヤード離れていると思ってる……」
アメリカ合衆国不正規戦部隊、『グレイフォックス・
今こうしてレミントンM700を構える男も、部隊に恥じない働きをしてきた。ベトナム戦争にも参加し、祖国に貢献すべく戦った。
そんな男が今、嘗てない衝撃を受けていた。
生粋の軍人であるその男に衝撃を与えたのは、道のど真ん中を歩く男と幼げな少女である。
異変に気が付いたのはその数分前の事だった。一台のセダンが停車し中から男が現れた途端、周囲に居た人間たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から居なくなってしまったのだ。
怪訝に思いスコープ越しにその二人をしばらく観察していると、唐突に男がこちらへと顔を向けて。
――――見られてるな。
実際にその言葉が聞こえた訳ではない。唇がそう動いたのを確認出来た訳でもない。
ただ幾多の戦場を乗り越えてきた軍人としての本能が、理解するよりも早く男にそう感じさせた。
そしてその本能が正しかったことを告げるように、数秒遅れて少女とも視線がぶつかる。
「……ッ!」
少女は哂っていた。
どこまでも冷たい、凍てつく様な笑みをその顔に貼り付けていた。
背筋に嫌な汗が流れるのを自覚する。少なくとも二人とは千メートル以上離れている。通常であれば間違っても居場所を悟られるような距離ではない。
だが、悟られた。確実に。
額に滲んだ汗が頬を伝い、太陽光で熱されたコンクリートへと滴り落ちる。
その後二人が通りを右へと曲がり姿が完全に見えなくなったのを確認して、男はようやく構えを解いた。と同時に立ち上がり、潜伏先にしている宿へと急ぐ。
一刻も早く、あの二人のことを少佐へとお伝えしなければ。
周囲を最大限に警戒しながら、狙撃手は全力で走り出す。
42
隣を歩くグレイをちらりと一瞥し、視線を正面へと戻す。
メインストリートとも交差しているチャルクワンの通りは、ロアナプラの中でも多くの建物が軒を連ねる地点である。当然それに比例して人の数も多い。普通は、だが。
セダンを降りてからかれこれ十分程歩いているが、未だに人と遭遇していない。
「おじさんは皆に怖がられているのね」
俺の思考を読み取ったのかそんな風に言ってくるグレイ。
いや、しかし。明らかにこれは異様だ。ロアナプラの人間が全て俺のことを忌み嫌っているかと言われればそうではない。バオやメリーのように気兼ねなく接してくる住人がいるように、大体の人間は遠巻きに眺める程度の行動で済むはずなのだ。先程セダンから降りたときのような周囲のリアクションが稀なのである。
何か引っ掛かるものを感じながらも目的のホテルへと向かって歩みを進める。するとメインストリートからチャルクワン、及びマンタイへとのびる通路の一角を、複数名の工事夫たちが塞いでいるのが目に付いた。ご丁寧に通路をまるまる塞ぐバリケートまで並べている彼らの元へと近付いていく。
「よう、どっかの馬鹿が何か仕出かしたのか?」
俺に背中を向けていた工事夫の一人にそう問い掛ける。声に反応して振り返った男は一瞬目を見開いたが、それ以降事務的な返答をするのみに留まった。
本来であればこの道を通って向かうのが最短のルートだったが、通行止めということであれば仕方ない。ここからそう遠い距離でもなし、元より車は既に降りているため、グレイを連れ立って再度歩き出した。
「おじさん」
顔は正面を向いたままそう呟くグレイに「ああ」と返して。
「工事をしたいわけじゃあ無さそうだな。隠そうとはしてたみたいだが、左の脇が
「何処かの回し者かしら」
「十中八九な」
合衆国軍がこの街の人間を買収するとは考え難い。となるとそれ以外の勢力の何れかの行動だろう。いよいよ本格的に爆心地へと足を踏み入れようとしているのだ。
「それで?」
「うん?」
「おじさんはどう動くつもりなの?」
可愛らしく小首を傾げるグレイ。ああ、そういえばまた行動予定を伝えていなかったと思い至る。
俺はグレイへと視線を向けて、ジャケットのポケットの部分を二、三度軽く叩いてみせる。
その音だけで何が入っているのか理解したグレイは、その顔に喜びの色を浮かべた。
「なんだ、私にやりすぎるなって言うんですもの。てっきり隠密行動でもするのかと思っちゃった」
「俺にそんなスキルがあるならそうしたいところだがな。生憎とそう小難しいのは苦手だ」
「イイわ。すごくイイ。あれこれ考えて動くよりもよっぽど分かり易くてスマートだわ」
「いや、あのな。これだって俺なりの考えってやつがあるんだが……」
そんな風に言ってはみるものの、やはりというかグレイは既に俺の言葉なんて聞いちゃいないようだった。BARを心置きなく使用できるという状況に狂喜乱舞しているように見える。
一つ息を吐く。ポケットに忍ばせてある隠し玉もそうだが、ここから先は出たとこ勝負で状況に合わせた使い方が重要だ。合衆国軍、それを追うロベルタ。さらにそれを追う俺や張にバラライカ。そしてガルシアが率いるロックたち。それに加えてICPOまでが出張る可能性があるというのだから、今のこの状況は混沌以外の何物でもないだろう。
視界の先、チャルクワンストリートに立ち並ぶ歓楽街を確認する。
雪緒の推理が正しければトカイーナホテルに合衆国軍が居るはずだ。現時点でロベルタが彼らの居場所を突き止めているのかは定かでない。
俺や張の共通目的として、外部勢力をこの街から排除することが挙げられる。その外部勢力として真っ先に挙がるのがグレイフォックスとロベルタの二者だ。合衆国軍をロアナプラから追い出すことが出来れば、それを追ってロベルタもこの街から姿を消すだろう。だがそうなる前に、ロアナプラは街としての機能を失うかもしれない。
張はロックに言っていた。
合衆国軍とロベルタが接触する前に追い付き、ガルシアと引き合わせること。それこそ我々の勝利条件だと。
俺は張の街の存続を第一にする考えには概ね同意している。ただ一点、その勝利条件を除けば。
先代当主を手にかけた犯人を目前にして、ロベルタは止まるのか。恐らく、いや確実に止まらない。その程度の決意であれば、ベネズエラを発つ前にガルシアが止められたはずだ。
その程度の意思ではないのだ。その程度の執念ではないのだ。ロベルタは、獲物を前にして引き返すような温い猟犬ではない。
ならばどうするのか。
片方だけを先に排除するのでは足りない。
排除するなら、
となるとロベルタの今現在の動向が気にかかるが、目線の先に立ち並ぶ建物たちが無傷であるのを見るとまだこの辺りにはいないようだ。或いは雪緒の推理は全くの見当違いで、別の場所でドンパチが始まっているのかもしれないが。それならそれで俺に情報が回ってくるはずだ。その連絡もない以上、まだ両者がかち合っていないだろうことは予測できる。
排除は同時が好ましい。
だが二者は未だ同地点にない。
時間が経てばいずれ必ずロベルタは合衆国軍の尻尾を掴み、復讐の引鉄を引くだろう。だが、それでは遅いのだ。
もっと手っ取り早く、簡単に両者を引き合わせることが出来ればそれが恐らくはベストである。
そこで出番となるのが、先程グレイに伝えたポケットに忍ばせておいた代物だ。グレイの手前は俺なりに考えがあるだのなんだの吐かしていたが、本音を言えば小難しく考えることが面倒になっただけだ。複数の勢力の思考を先読みしてそこに罠を仕掛けるなんてことができない以上、アレコレ考えたところで無駄だと気付いた。
こんな街だ。なるようにしかならないだろう。
ポケットに詰め込んだ代物の役割は二つ。合衆国軍を建物内部からあぶり出して姿を確認することと、この居場所をロベルタへと伝えること。
――――まぁ、だから。
俺はポケットから
「――――正面突破だ」
安全装置を外された二つの手榴弾は、綺麗な弧を描き通りのど真ん中と建物の影に落下。
数秒後、轟音と共に爆炎が立ち上った。
43
「チャルクワンストリート? そこに彼女がいるんですね!?」
「ああ、トカイーナ・ホテル。そこがあたしらの終着点だ」
後部座席から顔を覗かせるガルシアに落ち着くよう手で制し、レヴィは煙草を咥えた。その隣ではロックがハンドルを握っているが、切れ長の瞳は視界の遥か先を見据えているようである。
ロックとガルシア、そしてファビオラだけではなんの収穫も無かった前日とは打って変わって、レヴィを加えた四人はいとも容易く情報の幾つかを手に入れることができた。その情報を照合し合った結果判明したのがロベルタの目的地である。
逸る気持ちがそのまま顔に出ているガルシアとは違い、レヴィの表情は優れない。
「どうした、レヴィ」
「さっきRRンとこに寄った時に聞いた。厄介事が増えやがった、この件にゃブレン・ザ・”ブラック・デス”も噛んでやがる」
「……知らないな」
「当然だ。表には滅多に出てこねェ殺人代行組合の元締だ。RRの話じゃあクソ眼鏡の助っ人に奴の手下が入ってる」
半分程の長さになった煙草を外へと吐き捨て、とあるモノを見つけたレヴィはロックへと停止の声を掛ける。
緩やかに停止した車から降りて電話ボックスへと向かうレヴィの背中に向かって、ロックが疑問の声を上げた。
「どこに掛ける気だ?」
「間違いなく混戦になる。そうなりゃあたしだけじゃ手が足りねェ。使えるもんは何だって使わねェとな」
硬貨数枚を電話機へとつっこみ、数回のコール音。
『もしもし』
「シェンホアか。仕事やるから今すぐ来いよ、好き放題切り刻めるぜ」
『……雇うはお前か?』
「あたしじゃねえ南米のお坊ちゃんだ。金は持ってる」
『生憎とこれから別の仕事よ』
思わず舌を打ったレヴィだったが、幸いにしてシェンホアには届いていなかったらしい。
「だったら他にいねェのか。誰でもいい、今はとにかく人手が要るんだよ」
『……誰でもよいか?』
「構わねェ。そいつに十分後チャルクワンストリートまで来いって伝えてくれ」
それだけを言って乱暴に受話器を戻す。その雰囲気から上手くいかなかったんだなと察したロックは、何も言わずに車を発進させた。
「――――――――で?」
十分後、シェンホアが用意した人間を無事に回収した車内で、レヴィは苛立たしげに呟いた。
後部座席にはガルシアとファビオラ。そしてその二人に挟まれる形で座る、漆黒のロングコートを着用した白髪の男。
「よりにもよってテメエかよ」
「まぁまぁレヴィ。人手は多い方がいいだろ」
「こいつを勘定に入れられるか疑問だがな」
そんな前方席二人のやり取りを耳にして、男は掛けたサングラスを僅かに持ち上げた。
「……問題ない」
「問題しかねーだろーがロットンよォ」
自称魔術師は、返す言葉を持ち合わせていなかった。
何せこの男、ジェーンの偽札騒動以降事あるごとにウェイバーに決闘を申し込んでいるのである。最初はそれを嫌々あしらうだけだったレヴィも、流石にその回数が三十を超えたあたりで堪忍袋の緒が切れた。
以来レヴィとロットンはこんな間柄である。
尚も止まらぬ嫌味の嵐にそろそろロットンが限界を迎えそうになってきた頃、唐突にそれはやって来た。
地面を揺らす轟音。
次いで上がる赤黒い炎。
ロックらが目指すチャルクワンストリートが、一瞬にして戦場へと変貌した。
・以下要点
ヨアン本格参戦。
まさかのロットンのみ回収。
大乱闘ス○ッシュブラザーズ開始。
活動報告の方にのっけたアンケ的なのにご回答いただいた皆様、ありがとうございました。ご意見は参考にさせていただきます。
だがしかし。
どうしてウェイバーが主人公であることが前提の意見がこうも多いのか……