悪徳の都に浸かる   作:晃甫

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日本編開始。


014 異国の地にて彼らは集う

 

 1

 

 

 

 どんよりとした重たい曇空から、しとしとと雪が降る。

 ロアナプラにいる時は気付かなかったが、今の日本は四季で言うところの冬に該当しているらしい。道行く人々は一様に暖かそうな防寒着に身を包み、白い息を吐きながら往来を通り抜けていく。斯く言う俺も普段着用しているグレーのジャケットの上に黒のロングコートを羽織り、首元にも同色のマフラーを巻いていた。

 

「寒いのね、日本て」

 

 隣に立つグレイが白い吐息を眺めながらそう呟いた。グレイも普段通りの姿ではなく、上に黒いダッフルコートを着ている。彼女の銀髪が珍しいのか前を歩いていく人はちらりと視線を向けていくが、話しかけるような勇気を持つ輩はいないようだ。隣に俺がいるからなのか、単純にグレイが幼いからなのかは定かでないが。

 渋谷。

 俺たちが今立っている場所の地名だ。生前の記憶とは大分違うようではあるが、名称等はそのままだ。

 急ぎ足で多くのサラリーマンが移動していく中、俺とグレイの二人は待ち人がやって来るのを待っていた。予定の時刻まで残り五分、煙草の一本でも吸おうかとポケットから箱を取り出し、直ぐにこの場が禁煙指定されている看板を見つけてポケットへと戻した。全く、住みにくい世の中になったものだ。

 

「ねえおじさん。どうして私のBARは持ってきちゃいけなかったの?」

 

 唐突なグレイの質問に、俺は苦笑する他なかった。

 

「俺のイーグルくらいの大きさならまだしも、BARなんてデカブツ持ち込むのは苦労するんだ。バラライカなんかはホテル・モスクワ経由で簡単にやっちまうみたいだけど、生憎と俺にはそんな後ろ盾はないんでな。それで我慢してくれ」

 

 グレイは多少不満気な表情を浮かべながらも、ダッフルコートの内側に隠し持った 武器(エモノ)をコートの上から触れる。

 今回俺がグレイに持たせたのはドイツ原産のPDW、H&K社のMP7だ。全長340ミリ、装弾数最大40発。特筆すべきはその重量。1.6キロと隠匿性と携行性に特化したこの銃は要人警護の現場なんかでは好んで使用されている。

 因みに今回パスポートなどの渡航に必要なものは全て偽造品を使用している。張に頼んで作ってもらったのだ。

 

「まあBAR(あの子)と比べると少し物足りないけれど、仕方ないわね」

「そもそもそんな物、使わないに越したことはないんだけどな」

 

 だがそうも言っていられない状況になる可能性は否定出来ない。今回の依頼主と内容が内容だ。平和ボケした日本で血腥い荒事を起こしたくはないが、俺の思惑なんか無視してそういった厄介事はやって来る。本当に俺は何かに呪われているんじゃないかと疑いたくなるほどだ。

 どうか今回は何事も起こらず、平穏無事に仕事が片付きますように。

 そんな叶うはずもない願いを浮かべていると、俺たちに近づいてくる人物が二人。どう見てもヤの付く人たちの格好をしたまだ若い男二人だった。二人は依頼主から俺の特徴を聞いていたのか、別段迷うこともなくまっすぐと俺の目の前にまでやって来る。

 

「失礼、おたくがウェイバーさんですかい」

「ああ」

「失礼ですが、隣のお嬢さんは?」

「助手だ」

 

 俺の言葉に男はちらりとグレイに視線を向けるが、特に何かを言うことなく再び俺へと視線を戻した。どうやら今俺と話をしている短髪角刈りの男が後ろに控えている茶髪ロン毛よりも地位が高いようだ。こうしている今も茶髪の男は二歩ほど下がった所で不動を貫いている。

 角刈りの三十代程だろう男は、俺に一度頭を下げて。

 

「この寒い中お待たせしてしまい申し訳ない。自分は若頭をやらしてもらってる東堂言います。続きの話は車内でさせてもらっていいやろうか」

「構わない。グレイは寒さには慣れてなくてね」

「そうですかい。なら直ぐに車を着けさせます。オイ哲」

 

 哲と呼ばれた茶髪の男は返事の後、踵を返してどこかへ走っていった。

 

「そこのパーキングに車があります。今こちらに寄越しますんで」

 

 数分後、黒塗りの高級車が俺たちの前に停まる。

 後部座席のドアを東堂が開き、グレイを押し込んでから俺も車内のシートに腰を下ろした。助手席に東堂が乗ったところで緩やかに車が発進する。

 

「これからどこへ?」

 

 俺の問い掛けに、東堂はミラー越しに答える。

 

「自分らのとこで組長(オヤジ)に会ってもらいます。まぁ、香砂会の屋敷でさ」

 

 

 

 2

 

 

 

『ロックかい? 頼んでた基盤は手に入りそう?』

「ああベニー。明日足を伸ばしてみるよ、今日は一日バラライカさんと一緒なんだ」

『通訳に使うなら知った人間の方が気が休まるってことなんだろうね。楽しんできなよ』

「そうするよ」

 

 公衆電話の受話器を片手に、ロックは電話ボックスの外へと視線を移す。

 下がってきていた鉛色の空から、雪が降り始めていた。どうりで寒いわけだとロックは納得する。

 

『レヴィはどうしてる?』

「文句ばかり言ってるよ。カトラスを持ち込めなかったのが気に入らないみたいだ」

『ウェイバーから貰ったものだからね。片時も手放したくないんだろう』

「だと思う。……そろそろ時間だ。また電話するよ」

 

 そう言って受話器を置く。

 外へ出ると刺すように冷たい空気が全身を襲った。身震いしながらレヴィのところへと戻る。彼女はいつものように露出の多い服装ではなく、日本に合わせた冬服を着用している。フード付きのジャケットに黒タイツとチェックのスカート。頭には黒のニット帽姿の女ガンマンの姿は、ロックの目にはとても新鮮に写った。

 そんな彼の視線に気がついたのか、レヴィは戻ってきたロックのほうをちらりと見る。

 

「降ってきたな、雪。NYじゃもっと酷い降り方してた。まぁでも懐かしいな、雪を見るのはあの街を出て以来久しぶりだ」

「日本はどうだ?」

「何人かにナンパされた。しゃべり返すと変な顔して「ガイジン」を連発しやがる。ムカつく国だ」

「日本語話せるだろレヴィ」

「ありゃボスと話すために覚えたもんだ。ボス以外と話す時にゃ使わねえ」

 

 歌舞伎町。それが今ロックとレヴィの居る場所だった。

 この町の一角に居を構えるクラブ。そこでバラライカと相手方とが顔を合わせる手筈となっている。ロックはバラライカの言葉を通訳するために日本へ連れてこられたのだ。レヴィはその護衛としての付き人である。

 

 午後八時。定刻通りに顔合わせは始まった。

 丸テーブルを囲むように設置された五人掛けのソファが二つ。一方にはホテル・モスクワが、もう一方には話を持ちかけた関東の極道、鷲峰組が着いている。

 鷲峰組の席の真ん中に座る男、坂東が口火を切った。

 

「今日が初顔合わせですな。遠いところをよくお越しで、こっちがうちの組員です。お名前は、えーと」

 

 言葉を詰まらせる坂東に、ロックはすかさず助け舟を出した。バラライカへと言葉を伝え、彼女の言葉を日本語で坂東へと聞かせる。

 

「バラライカで結構です。ラプチェフ氏よりお話は伺っています。我々は長らく東京に拠点を置きたいと考えていました。ご協力感謝します」

 

 葉巻を持ちながら優雅な笑みを浮かべるバラライカに、坂東も口角を吊り上げる。

 

「おたくんとことうちらが組んだら怖いもん無しだ。関東和平会はとにかく外人を閉め出したがっててね、ラプチェフさんもそうやって追い出された口だ。一つ鷲峰組が助け舟を出そうと思いましてな」

 

 そう言って坂東は目の前に置かれたグラスを呷る。

 バラライカは僅かに眼を細めて。

 

「鷲峰組も、関東和平会の筈ですが?」

「……極道ってのは何よりも義理と人情を大事にする。ただね、それにも限度ってもんがあるんですよ」

 

 背凭れに預けていた背を起こし、煙草を灰皿へと押し付ける。

 

「親の香砂会にゃあ大層な額の上納金を入れてる。和平会にも随分尽くしてきたつもりですよ。それがいつまでも義理場で末席じゃああんまりでしょうが」

「利害は一致していますよ坂東さん。貴方がたは我々の力を背景に勢力の拡大を図る。我々はこの街に一つ、新たな灯を点す」

 

 すんなりと話が進んだことに一瞬呆けた表情を浮かべた坂東だったが、言葉の意味を理解して不敵に笑う。

 

「話が早くて助かる。おたくらの力で香砂会を抑えてくれりゃあ、和平会もイヤとは言えねえ。うちの代紋も株も上がるぜ。おたくら、ロシアの連中の中でも一等鉄火場に慣れてるらしいが」

 

 坂東の言葉を英語に訳し伝えるロック。その言葉を受けて、バラライカはボリスに視線を向けた。その視線の意味するところを正確に理解しているボリスは、無言で内ポケットから携帯を取り出してそれをバラライカへと手渡す。

 

「我々の力、ですか」

 

 折り畳み式の携帯電話を開き、片手で器用にキーを押しながらバラライカは続けた。

 

「我々の力はこの国のそれと比べ物になりません。我々は軍隊なのですよ坂東さん。それを今からお見せしましょう」

 

 携帯を耳に宛てがい、彼女はロシア語で何かを話し始める。何らかの指示を出している、ということはロシア語を理解できないロック、そして坂東も感じ取ることが出来た。

 指示を出し終えたのか、バラライカは携帯を耳から離し、それを顔の前でパタンと閉じた。

 直後。爆発音と地響きがクラブを襲う。地震でも起きたかのような揺れが数秒続き、次いで外から悲鳴が聞こえてくる。坂東は正面に座るバラライカから視線を外さぬまま、低い声で呟いた。

 

「……あんたらの仕業かい」

「そう。香砂会の持つクラブを一件、手始めに吹き飛ばしました」

「吹っ飛ばしたぁ!? てめえ何考えてやがる!」

 

 坂東の隣に着いていたパンチパーマの男が声を荒げる。まさかいきなりこんな荒事を起こすとは思いもしなかったのだろう。その顔には若干の焦りが浮かんでいる。

 しかしそんな男の声にも、バラライカは表情一つ崩さない。

 

「拳銃で威嚇などお話になりません。初陣で力を見せつけます。これが我々ホテル・モスクワの示威行動です」

 

 バラライカの口から紡がれる言葉を、ロックは内心で畏怖しながら日本語へと訳す。

 

「――――我々は、立ち塞がる全てを殲滅する。そのためにここに来たのですよ?」

 

 日本の極道とは根本から思想が違う。仁義も何も存在しない。あるのはただ一つ、邪魔者はすべからく排除する。自分たちの行先に立ち塞がる障害は、どんな手を使ってでも。

 ホテル・モスクワのやり方に言葉を詰まらせるパンチパーマの男に代わって、坂東が小さく笑いを漏らした。

 

「は、はは。いいじゃねえか。鷲峰組の喧嘩始めにゃ一等の大花火だ、気に入ったよバラライカさん」

 

 

 

 3

 

 

 

 渋谷の街中を抜けてやって来たのは、見るからに大きな屋敷だった。

 香砂会。その会長である香砂政巳が住むこの屋敷には、その構成員の一部約百名が腰を据えている。純和風の門の前で停車した高級車から降り、目の前の扉がゆっくりと開かれる。

 

「こりゃ大層なお出迎えだ」

 

 門の先には、通り道を挟み構成員たちがずらりと並んで立っていた。

 俺や隣のグレイに視線を向け、腕を後ろに組んだまま直立不動を貫いている。いや、これ視線向けられてるというよりはガン飛ばされてるって方が表現としては正しいか。なんだ、一応こっちが依頼されてる側なんだぞ、だってのに依頼側の部下がこんなのでいいのか。躾も碌に出来ないようじゃあ、香砂会の底が知れるってもんだ。

 そんな俺の思いを知ってか知らずか、同乗していた東堂が俺たちを先導するように歩き始める。

 あ、東堂には頭下げるのな。そこらへんの上下関係はしっかりしてんのかよ。

 

「こちらです、どうぞ」

 

 そう言われ、俺とグレイは左右に並ぶ構成員たちの視線を一切無視しながら屋敷の中へと入っていった。

 

 案内された一室へ入ると、そこには和服姿の男がソファに腰掛けていた。

 和室に不釣り合いなソファに背を預けるこの男が、今回俺へと依頼を取り付けた香砂会の組長、香砂政巳なのだろう。俺が入ってきたのを見るなり立ち上がり、握手を求めてきたこの男の後ろにはボディガードらしきスーツ姿の男が控えている。

 

「どうもお初にお目にかかります。香砂会組長の香砂政巳と言います、遠いところをよくお越しで」

「どうも香砂さん。ウェイバーです、こっちは助手のグレイ」

「こんにちはおじさん」

 

 組長に勧められ、俺とグレイは対面のソファへと座った。俺たちをこの部屋まで案内した東堂は部屋の外で待機しているのか、麩越しに立つ姿が見える。 

 

「さて、早速ですが話を伺っても? 今回こちらに依頼した仕事というのは」

「ああ、それなんですがね。おたくはこの辺りの情勢については?」

「全く」

「じゃあそこから説明しましょう。関東和平会って組織がありましてね、まあこれはうちみたいな組がいくつも集まって作られてるもんなんだが、その組の中で不穏な動きを見せてる組があるんですよ」

 

 取り出した煙草の煙を上に吐き出しながら、香砂政巳は続ける。

 

「うちは和平会の中でも位が上でね、いくつかの組織を束ねてるんですわ。その中の一つに鷲峰組ってのがあるんですが、どうもそこが裏切りを企ててるみたいでねえ」

「裏切りというと?」

「早い話が親に噛み付いて稼ぎ奪おうってことですわ。極道ってのは義理人情が何よりも大事だ、今まで世話してきてやった親裏切って勢力拡大しようと考えてるんなら、仕置が必要でしょうよ」

 

 そこでおたくの出番だ、と香砂政巳は俺を見て。

 

「おたく、これまで一人で鉄火場を渡り歩いてきたんだろう? 自慢じゃあねえが香砂会はここらじゃ一番大きな組織だ。うちがおたくのバックに付かせてもらうよ、そうすりゃこの国でも仕事がしやすくなるし、何かと横流しもしてやれる。悪い話じゃないと思うんだが」

「その代わりに、その鷲峰組を潰せと?」

「そこまでは求めちゃいないさ、ただ歯向かうような真似をしないよう圧力をかけてくれればいい。おたくはロアナプラの中でも指折りの強者(つわもの)なんだろう?」

 

 つまり香砂政巳はこう言いたいらしい。

 香砂会が俺のバックに付いてやる代わりに、鷲峰組を粛清して欲しいと。

 子分の動きを迅速に察知しているのは流石と言うべきだろうか。しかしそもそもの疑問として、どうして俺に依頼を寄越してきたのかということである。子分を締め上げるなんて、親の香砂会なら造作もないことだろう。規模からして違うのだ。構成人数に何倍もの開きがあるのだから、何を躊躇することがあるというのか。

 

「自ら直接行えばいいのでは?」

 

 俺の質問に、香砂政巳は後頭部を掻いた。

 

「それなんですがね、どうも向こうはロシア人に助太刀を頼んだようなんですわ」

「……ロシア人?」

 

 ぴくりと眉が動く。俺の中でロシア人と言われて真っ先に思い浮かぶのは、あの女しかいない。

 

「何でもそいつらはおたくと同じロアナプラの奴ららしくてね。対抗するには同じロアナプラの人間、それも一等鉄火場に慣れてる人材が必要だったわけです」

「それで俺に依頼を寄越したと」

「そういうことです」

 

 ここまでの話を聞く限り、非常に嫌な予感がする。

 まさか日本に来てまであいつらとドンパチするような事にならないだろうな。

 

「……そのロシア人とやらの名前は分かりますか?」

「いやそこまでは分からねえが、なんでもロシアン・マフィアだとか」

 

 うわ終わった。

 

組長(オヤジ)、ちょっと」

 

 と、愕然としている俺の前を先程まで外で待機していたはずの東堂が横切る。そのまま香砂政巳の横まで行くと、何かを耳打ちして即座に出て行った。

 耳打ちされた香砂政巳の表情は険しく、眉間には何本も皺が寄っている。

 

「何かあったんですか」

「ああ、いや。うちのクラブが一件爆破された。おそらくは連中の仕業だろう」

 

 爆破。日本の人間ではまず使わない手段だろう。猟奇的犯行を好む狂人ならともかく、基本的に日本の極道や暴力団は初手から強力な手札を切らない。拳銃やナイフで脅しをかけるところから始まるのだ。開幕早々こんなことを仕出かすのは海外のマフィア連中、しかも周囲に気づかれることなく準備を終える手際の良さとなると、十中八九バラライカたちの仕業だろう。あいつら本気で東京を戦場にするつもりか。

 頭が痛くなってきた俺とは対照的に、隣に座るグレイはやけに嬉しそうだ。

 

「どうした?」

「日本ってロアナプラみたいなのね」

「違うからな。絶対違うからな」

 

 

 

 4

 

 

 

「ヤクザの連中よ、全員腰抜かしてやがったな」

「久しぶりに戻ってきたのにあんまりだ。俺の国を戦場にしないで欲しいよ」

 

 都心を走るタクシーの後部座席に二人並んで座るロックとレヴィ。自分の故郷を戦場に変えられるロックは心なしか顔が青い。対してレヴィはそこそこ機嫌がいいのか、いつもよりも幾分か口調が柔らかかった。

 

「姉御、上機嫌だったぜ。ここ最近はロアナプラで大したドンパチやってなかったからな」

「どうかしてるよ」

「ウォーマニアックスなんだ。アフガンで大事なところのネジを落としちまってんのさ」

 

 ゆっくりと走行するタクシーの窓ガラスから外を眺めるレヴィは、ふと気になるものを発見した。

 視線はそちらへ向けたまま、ロックの袖をちょいちょいと摘む。

 

「なぁロック、ありゃなんだ?」

「ん、ああ。縁日が出てるな、年始だからね」

「カーニバルか、観覧車が見えねえな」

「そんな大それたもんじゃないよ」

「面白そうだ、行ってみようぜ」

 

 言うやいなや、レヴィは運転手に英語で停るように告げる。慌ててロックがその旨を伝えると、運転手はすぐに車を停めた。

 タクシーから降りて神社の敷地内へと足を踏み入れる。

 しばらく歩くと脇にいくつもの露店が出ており、少ないながらも参拝客の姿が見られた。どこか懐かしさを感じながら露店を一つずつ眺めるロックを置き去りにして、レヴィはとある露店へと駆け寄った。

 置いてあった銃を手に取り、店主に小銭を放り投げる。的屋だ。

 ロックは向かいの露店でたこ焼きを買い、それを口に含みながら彼女のもとへと歩み寄る。見れば既に幾つかの的は倒されレヴィの手元にあった。

 

「二挺拳銃《トゥーハンド》の面目躍如ってとこだな」

「あたぼうよ。あたしを誰だと思ってンだ。銃を持たせりゃ天下無双のレベッカ姉さんだぜ」

 

 言いながら玉を放つ。これで四つ目だ。

 

「カトラスがありゃあ三秒で店仕舞いにできるのによ」

「勘弁してやってくれよ。店のおじさんが泣いちゃうだろ」

「しょうがねえ。この国じゃそうそう暴れられねえからな」

 

 最後の玉を放ち、一番大きな景品へ吸い込まれるように命中する。重りでも仕込んでいたのか明らかに倒れないようにされていた筈のその景品はしかし、レヴィの命中精度の前には意味がなかった。ぐらぐらと前後に揺れたあと、糸が切れたように下へと落ちる。あんぐりと口を開けたままの店主に向かって、レヴィはニヤリと笑って見せた。

 

 獲得した戦利品を抱えながら、レヴィは屋台で買ったフランクフルトを頬張る。

 

「これが五ドルたあぼったくりもいいトコだな」

「そういうものなんだよ、露店っていうのは」

 

 設置されていた長椅子に腰を下ろし、豚汁を持ったロックは笑う。

 そんな彼と背中合わせで座るレヴィは、先程までよりも声のトーンを落として彼に問う。

 

「……いいのか?」

「なにが」

「何がじゃねえよ。ここはお前の国なんだろ? 誰かいるんじゃねえのか、お前の家族とか会いたい奴がよ」

「……詮索屋は嫌われるんじゃないのか?」

 

 ロックの言葉に、レヴィはぶっきらぼうに答える。

 

「別に。何か考え事してたみたいだからよ、どう思ってンのかってな」

 

 背中合わせのまま、ロックは無言で空を見上げた。いつの間にか雪は止み、雲の切れ間から僅かな月明かりが漏れている。

 

「……あの船の上でレヴィに銃を向けられてから、もう一年だ。どういうわけかな、俺のよく知る場所の筈なのに、ここが全く知らない場所みたいな気がしてね」

 

 実は日本に来る前に考えてたんだ、とロックは打ち明ける。

 

「俺のどこかにまだ残っている未練。こいつを断ち切らなきゃ、俺はこの先一生中途半端な人間で終わるような気がする。だから戻ったらこうしよう、ああしようって色々考えてた」

「…………」

「なのにいざ来てみたら、驚く程簡単にその未練が無くなったんだ。会える家族が目と鼻の先にいるのに、そんな気が起きない。案外俺は、どうでもいいと思ってたのかもしれないな」

 

 ロックの独白を、レヴィは彼の向かいで聞いている。口を挟むことはせず、彼女もまた上空へと視線を投げる。

 

「俺には ロアナプラ(向こう)の生活の方が性に合ってるんだろうな。余計な(しがらみ)の無いあっちの世界が」

「……未練は無えんだな?」

「ああ」

「だったらもう聞かねえよ。お前が決めたことだ、あたしが一々口出しすることもねえ」

 

 この話をこれ以上続ける気は二人になく、そこから暫く無言のまま動かなかった。

 背中合わせのまま座る二人だったが、不意にレヴィが立ち上がる。

 

「レヴィ?」

 

 唐突に立ち上がったレヴィを見れば、先程までの表情を一変させて境内の入口のほうを睨み付けている。

 一体何があるのかとロックも同じ方向を見てみれば、視線の先にはサングラスを掛けた男と学生らしき少女が並んで歩いている姿。特におかしなところはない。

 だがレヴィはその二人、正確に言えば男の方を見続けている。

 向こうもこちらの存在に気がついたのか、睨み付けるようなレヴィを男はただ見つめていた。ロックは何が何だか分からないまま目を白黒させているが、件の二人の距離は次第に縮まり、やがて目の前にまでやって来た。

 男の横に居た少女もオロオロしているが、残念なことにロックにはどうする事も出来ない。

 

I know this stench well.(知ってる匂いだ)

 

 不意にレヴィが口を開く。その顔は獰猛に歪められている。

 男は恐らく英語が理解できていない。故にレヴィがどんなことを言ったのか分からないだろう。だが、その言葉の意味は理解できずとも、互いの身を置く場所が同じであるということは本能の部分が嗅ぎ取ったようだ。

 

「何を言ってんのかぁ分かんねえが、お前さん、堅気じゃアねぇな」

 

 一気に剣呑な空気が渦巻く。

 それに焦ったのはロックと少女である。どうにかして知人を諌めようと、あの手この手を考える。

 その結果、二人はほぼ同時にとある結論へと辿りついた。

 

「「あの、甘酒飲みませんか」」

 

 

 

 5

 

 

 

 香砂政巳の屋敷を離れ、タクシーで宿泊ホテルへと向かう俺とグレイ。

 だったんだが、途中で縁日を見つけたらしいグレイが見ていきたいと駄々をこね始めた。

 確かにそういったものに興味を持つ年頃ではあるが、今までのグレイの所業を考えると些か浮いてしまうような気がしなくもない。まぁ、それこそこれまで血腥い世界に居たのだから、今日くらいは平凡な世界を満喫してもいいのではないだろうか。

 とかなんとか考えている間にグレイは扉を開けてタクシーから出て行ってしまった。

 俺は運転手にここで待っていてくれと伝え、グレイの後を追って境内へと入っていく。

 

「見ておじさん。たくさん食べ物が置いてあるわ」

「それ売り物だからな、買ってやるから勝手に取るなよ」

 

 楽しそうにあちこちを見回すグレイの数歩後ろを付いていく。

 少し長めの階段を登りきると、そこにも幾つもの露店が顔を出していた。射的や焼きそばという代表的なものから、この時期に誰が食うんだと突っ込みたくなるかき氷なんてものまで実に様々だ。

 俺としては寒さを和らげるためにおでんなんていいと思うんだが、グレイはさっきから目の前でくるくると作られる綿菓子に夢中のようである。

 

「ねえおじさん! この白いのはなあに?」

「綿菓子だな、甘いぞ」

「私これが食べたいわ」

 

 そう言うグレイのために綿菓子を購入し、彼女に手渡す。

 初めての食感と味に最初は驚いたようだが、気に入ったらしくぱくぱくと食べ進めていく。何だか餌付けしている気分だ。

 綿菓子片手にご機嫌なグレイとともに更に境内を進んでいくと、甘酒の店を発見した。おでんもいいが甘酒も捨てがたい。これでアルコールが入っていれば尚の事いいんだが、流石にそこまでは望まない。

 甘酒を買おうと歩を進めるうち、俺は店の近くに屯する四人を見つけた。

 …………いや、俺の見間違いだろう。まさかそんな筈はない。

 ごしごしと目を擦ってもう一度見てみる。

 ……どうしてあいつらが此処に居るんだ。

 そこに居たのはロアナプラに居るはずのレヴィ、そしてロック。グレイも二人の存在に気がついたのか、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。

 

 と、どうやら向こうもこちらの存在に気がついたようである。

 満面の笑みを浮かべたと思ったらグレイを見て突如言い表せない複雑な表情を浮かべるレヴィ。そして飲んでいた甘酒を盛大に噴き出すロック。

 俺の一日は、まだ終わりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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