Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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第25話

 事件が収束してから数日後、ある日の昼下がり。明後日には見滝原に帰る予定である杏子は現在、携帯を片手にほむらの様子を窺っていた。

 

 杏子がこんなことをしている理由は単純で、昨晩ほむらが携帯を見ながらニヤついていたからである。実際は "ニヤつく" と言うより "微笑を浮かべていた" と言った方が正しいのだが、彼女にはそれがニヤついていたように見えたのだ。

 そして、そこから彼女は

 

 男友達がいる+携帯を見てニヤつく=好きな男からデートのお誘い!

 

 という極めてアレな感じの方程式を導き出した。

 

「まさかあのほむらに男が……ッ!?」

 

 そう思った杏子は、このことをすぐさまほむらの両親に報告。緊急会議の結果、デート当日は杏子がほむらを尾行して2人にその動向を通達するという作戦が立案、承認され、なんやかんやあって今に至るという訳である。

 

 さて、悠の誘いを受けて彼と共に冲奈市へ来たほむらは、行きつけのカフェでゆったりとした時間を過ごしていた。

 なお、彼らの真後ろの席には、いつものポニーテールを三つ編みにし伊達眼鏡をかけて変装した杏子が座っている。人というのは髪型を変えてアクセサリーを足すだけで、普段とはまた随分と違った印象を与えることができるのだ。

 

「ごめんなさい。遊びに来たのに、粉コーヒー買うのに付き合わせちゃって」

 

「全然、むしろ色んなコーヒーが見れて楽しかった。……そういえば、そんなに種類買ってどうするんだ?」

 

 申し訳なさそうな顔をするほむらに悠が問いかけると、彼女は少し自慢するような笑顔で答えた。

 

「オリジナルブレンドを作るのよ」

 

「オリジナルブレンドを……?」

 

 すると、悠はその言葉に興味を示した。

 ほむらは、やはり自慢げな顔でオリジナルブレンドについて語り始める。

 

「そう、色んな種類の豆を組み合わせて、自分だけのコーヒーを作るの。ある私はよくコーヒーを飲むからコクとキレを重視したブレンドなんだけど……」

 

 熱が入ってきたのか、ほむらの話はどんどんと長くなっていく。茜と同じく、彼女もまた語り始めたら止まらないタイプの人間であった。まさしく、類は友を呼ぶ、である。

 しかし、後ろで話を聞いていた杏子はほむらの話があんまりにも長いのでハラハラしていた。お喋りな女というのは男性からは大概嫌われるもの、というフレーズ――マミが読んでいる本で見た――を思い出した彼女は、ほむらが嫌われやしないかと心配で心配で仕方ないのである。

 

「……で、やっとその比率に辿り着いたの」

 

「それは凄いな! 今度、そのオリジナルブレンド、飲ませてくれないか?」

 

 ほむらの話を聞いた悠は、しきりに感心した様子で頷いた。堂島家ではそこそこコーヒーを飲む彼だが、いつも飲んでいるのはジュネスで売っている粉コーヒーなので、彼女の話すオリジナルブレンドコーヒーの味に興味を惹かれたのだ。

 

「ええ、もちろんよ」

 

 それを聞いたほむらは、嬉しそうな顔で了承した。自慢のコーヒーを飲ませてくれと言われて、首を振る訳がない。

 そしてこれを聞いた杏子は、安心すると同時に思わず声が出そうなくらいに驚いた。あのほむらが、家に上がり込む口実を作ったのだ。

 以前の彼女を知っている杏子が驚かない筈がないだろう。

 

「……っくしゅん!」

 

 杏子が人知れず戦慄していると、ほむらがくしゃみをした。

 

「大丈夫か?」

 

「ん……大丈夫よ。誰かが噂でもしてるのかしら?」

 

 手の甲で鼻を擦りながら悠の言葉に答えると、ほむらはむむっとした顔で首を傾げる。ゲームやマンガなら頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいそうなその様子えお、悠は "かわいい" と思った。

 彼女とて、雪子に負けず劣らずの美少女だ。彼がそう思ってしまうのは仕方のないことである。

 

「でも、そろそろ出ましょうか。鳴上くんにコーヒー飲ませてあげたいし……」

 

「え、今から!?」

 

 ほむらの大胆な発言に驚いた杏子は、思わずそんなことを叫んでしまう。

 

「え?」

「え?」

 

 そして、杏子の声に反応してほむらと悠は同時に声を上げて視線を合わせると「これはどうにも聞いたことのある声だな」と思って後ろの席にちらりと視線をやった。

 杏子は座る席と2人が座る席は板で仕切られているため、その正体がバレることはなかったが、こうなってしまった以上はこの席に居られないだろう。

 杏子は慌てて携帯を耳に当て電話をしている風を装うと、席を立ち上がって顔を見られないようにしながらレジへと向かった。

 

「……似てたな、声」

 

「そうね……いや、でもまさか……」

 

 残された2人はさっきの客に対して非常に強い疑念を抱き、考えを巡らせてそれらしい結論を見出す。

 しかし、彼女はそういうことはしないタイプだ。自分たちのことを面白半分で追跡するとは少々考えにくい。それに、もし彼女がそういう気持ちで自分たちを追跡していたのなら、この先あまり想像したくない未来が待ち受けていることになる。それはもの凄き嫌だ。

 

「他人の空似だ、きっと」

 

「そうね。杏子がそんなことするとは思えないし」

 

 そう結論を出した2人は店を出て、再び街を散策することにした。

 

「ふぅ……さすがに暑いわね」

 

 店の外に出ると、酷い熱気が肌を焼く。

 ほむらはパタパタと手で首元を扇ぎながら呟くと、頭上で燦々と輝く太陽を睨んだ。

 

「もう8月だからな」

 

 悠もまた、ほむらと同じように首元を扇ぎながら太陽を睨む。そして顔を見合わせると笑いあって、街を歩き出した。

 杏子も「うわっ、今のめっちゃカップルっぽい」とか思いながら、怪しまれないように人ごみの中に身を隠しつつ追跡を開始した。

 

 2人が最初に向かったのは、ファッションショップだった。

 女性にとって服というのは、見ているだけでも楽しい物で、適当に店を冷やかすだけでも充分なのだ。しかし、同行する男性のたいていはその楽しさがよく分からないので、若干気まずい思いをすることになってしまう。

 なお、杏子は2人から離れたところで、様子を覗き見ている。

 

「夏服ってあんまり好きじゃないのよね……」

 

 服を眺めながらそんなことを言うほむらの服装は、白い半袖と紫のサマーカーディガン、そしてカーキ色の7部丈パンツという、極力肌の露出を控えたコーディネートである。

 

「どうして?」

 

「その……昔から運動も何もしてなかったから、ほら……ね」

 

 気落ちしたような顔で、ほむらは自身の身体を見ながら言う。

 それを聞いた杏子は "ヒョロい上に胸も腹も同じ大きさだしなぁ……" と思った。ありていに言えば、ペチャパイということである。

 

「そうか? 細くて綺麗だと思うけど」

 

「え? そ、そうかしら……」

 

 悠がほむらの身体を見て素直な感想を述べると、ほむらは照れを隠すように目を背けてしまった。

 犯人を逮捕してからというもの、悠は人たらしの才を急激に見せ始めていた。今まではたまにしかストレートな物言いはしなかったが、最近ではかなりの頻度でど真ん中に豪速球を投げてくるのだ。

 既に千枝と雪子が被害に遭っている。

 

「……! これとか似合うんじゃないか?」

 

 そう言って悠が手に取ったのは、純白のサマードレスだ。

 

「こ、これを?」

 

「うん。絶対似合うと思う」

 

 まだ顔が少し赤いほむらは、悠が持っているサマードレスと睨めっこをしてどうしようかと考える。

 普段なら絶対に着ないであろう服だが、あんなことを言われたせいで少し機嫌が良くなったほむらは「ちょっと着てみようかな」と思ってしまう。

 案外、ほむらは乗せられやすいタイプであった。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 そぞろな顔で服を受け取ったほむらは、更衣室に入ってサマードレスに着替えると、設置された鏡で自身の姿を確認する。

 真っ白なサマードレスはほむらの黒髪によく合っており、ふんわりとした儚げな雰囲気を醸していた。

 

「ど、どうかしら」

 

 どこにも変なところはないと確認したほむらは、更衣室のカーテンを開けると恥ずかしそうに悠から視線を背けて訊く。

 その姿がことに可愛らしかったために、悠は真顔でグッとガッツポーズを、様子を覗き見ていた杏子は 「ディ・モールトいいセンスだ」と写メを撮りながら小さくサムズアップした。

 

「な、なに?」

 

「エクセレント……完璧だッ!」

 

「え、ええ……?」

 

 悠の言葉と態度に困惑して、ほむらは曖昧な顔を浮かべる。彼女は彼が、どうしてそんなになったのかよく分からなかったのだ。

 

「あの、似合ってるってことでいいのよね?」

 

「ああ、もちろんだ!」

 

 一応、念のために悠に訊いてみると、彼はとても良い表情で言った。

 それを聞いたほむらは「鳴上くんってこんなキャラだったかしら?」と思った。しかし、褒めらていることは事実である。

 

「じゃ、じゃあ、買って……みようかな」

 

 結局、ほむらはサマードレスを買うことに決めるのだった。

 それから2人は適当に街をぶらつきながら店を冷やかしたりて過ごし、駅前に戻ってきたが、ほむらは見覚えのあるものを見つけて思わず足を止める。

 

「杏子の、バイク……?」

 

 2人は顔を見合わせると、少しばかり青ざめた顔で電車に飛び乗る。杏子も、その様子を見て自分のことがバレたのだと気が付き、バイクに飛び乗ると急いで稲羽市に向けてバイクを走らせた。

 

 悠は電車に揺られながら、ふと今日のことを振り返り、また少しほむらとの仲が深まった気がして少しばかり嬉しく思った。

 最初と比べて、彼女は随分と素の姿を見せてくれるようになっている。それはつまり、心を開いてくれているということだ。悠にはそれが嬉しかったのである。

 

「……なんで笑ってるのよ」

 

 何故か笑っている悠を見て、ほむらが怪訝な声を上げる。

 

「いや、何でもないよ」

 

 それに対して、悠は笑顔のままそう答えるのだった。

 

 

 

 因みに、残念ながら帰ってくるのは杏子の方が早く、帰ってきたほむらの追求は難なく回避することができたため問題はなかったが、しばらくの間、ほむらは母親から向けられる妙な視線と父親がやたら無口になったことに戸惑い、悠も次の日杏子に会ったら妙な声援を送られて怪訝に思ったりした。

 まったく、自分たちの知らないところで進行している話ほど、怖いものはないのである。

 

 

 

 

 

 




コミュニティ:暁美ほむら
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レベル:4

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