Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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第2話

 ――ああ……また、夢幻をたゆたう。

 

「ほむら、本当に良いのか?」

 

「……早く、して」

 

 杏子の問い掛けに、私は掠れた声で答えた。

 毎晩のように見る夢が、私の精神を蝕み侵食していく。夢から醒めた時に残る、生きながらに喰われる感触が、生きながら死んでいく感触が、堪らなく嫌だった。

 

 ――また、マミの部屋にいる。マミと、杏子と、私の、3人。夕闇の赤に染まった、大きな部屋で、集まってる。これは……いつの、記憶だろうか。

 

「……もう1度訊くぞ、ほむら。お前に "こいつ" をかけたら "まどか" って奴の事も、もしかしたら忘れちまうかもしれない。それでも、本当に良いのか?」

 

「早く……もう、限界なの。これ以上は、もう耐えられない。私は、私が、壊れて……崩れて……」

 

「暁美さん……大丈夫、大丈夫だから……」

 

 マミが、私を抱き締めた。暖かくて、優しくて、安らぎに満ちた抱擁。歪んでいた世界が戻っていく。寒さで震えていた身体が、温もりを取り戻していく。

 

 ――わからない……わからない……これは、いつの記憶? 誰の記憶? 私のじゃない、私のでもない。私は、憶えてない……?

 

「……分かった。もう、何も言うな」

 

 幻覚による強力な暗示。

 それが、杏子に頼んだ願い。代償は、記憶の封印。まどかの記憶、その全てを私の奥深くへと封印する事。

 

 ――そんな……こと、私は……。

 

「……マミ」

 

「佐倉さん……私……」

 

 悲しげな顔で、マミは杏子に何か言おうと口を開く。しかし、杏子はそれを遮り話し始めた。

 

「マミ。マミは良くやったよ。ここまでほむらが自分を保っていられたのは、マミがいたからだと思う」

 

 紅い光と共に、杏子が魔法少女の衣装に身を包み、かつん、かつん、と靴を鳴らして私へと近づいて来る。

 

 ――どうして、私は……。

 

「……マミ。今まで、ありがとう。これからは、もう、大丈夫だから」

 

「暁美さん……ごめんなさい……私、貴女を……っ」

 

「マミ。私は、貴女のお陰で、私でいられたの。貴女が、私を、繋ぎとめてくれたの」

 

「っ……!」

 

 私がそう言うと、マミはより強く私を抱き締めた。きっと、マミがいなければ私は自らの手で自分のソウルジェムを砕いていただろう。

 

「……マミ」

 

 杏子がマミに呼び掛けると、マミは私から静かに離れていく。その頬には涙が流れていた。

 

「杏子、ごめんなさい、貴女には、いつも――」

 

「気にすんな、いつもの事だろ。今更、言いっこは無しだ」

 

 平坦な声で杏子は言うと、マミと入れ替わりで私の側に寄る。

 一瞬の沈黙の後、杏子が私の頬に両手を添えた。マミと同じ、暖かい、優しさに満ちた手だった。

 

 ――この感触は、本物だ……けれど……。

 

「……覚悟は良いか?」

 

 杏子が私に問い掛ける。

 

 ――私は。

 

「ええ」

 

 私はその問い掛けに、そう答えた。

 

 ――知らない。

 

「っ!」

 

 それから数瞬の間をおいて、紅い光が辺りに迸った。それと同時に私の視界が、記憶が、薄れていく。

 消えゆく意識の中で、最後に見えたのは杏子の涙に濡れた瞳だった。

 

 ――こんなの、知らない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 堕ちる。堕ちていく。

 真っ暗な闇の中を、ただただ堕ちていく。

 上も、下も、右も、左も、前も、後ろも分からない。

 この身体には既に感覚など無く、残るのはひとえに無だけだった。

 

「ねぇ、ほむらちゃん」

 

 どこからか声が響く。それと同時に、何かが私の身体を這いずる。

 おかしな事だ。とうに感覚など無い筈なのに、何故これを感じ取る事が出来るのだろうか。

 

「どうしてあの時、私を助けてくれなかったの?」

 

 怒気を孕んだ声が響く。私の身体を這いずる何かは、じりじりと私の首筋に迫ってくる。

 四肢は既に這いずる何かに絡め取られ、身動きひとつする事も出来ない。

 

「どうしてあの時、私を見捨てたの?」

 

 再び、怒気を孕んだ声が響く。遂に首筋へを到達したそれは、更に上を目指し尚も私の身体を這いずる。

 これは――手、だろうか。私を縛る幾多の絹のようにきめの細かな肌には、赤黒い歪な斑点が踊っていた。

 

「どうしてあの時、諦めたの?」

 

 みたび、怒気を孕んだ声が響く。身体を這いずる手は、遂に私の口元に到達した。

 感覚が、感情が、私の身体に戻ってくる。そして同時に、罪悪が、嫌悪が、恐怖が戻ってくる。

 

「あの時、諦めなかったら私を助けられたかもしれないのに」

 

 声の主は、私の胸元で呪詛の言葉を囁く。

 恐怖で叫びを上げる事も、眼を背ける事は出来ない。それが出来たならどれ程楽だっただろうか。

 

「ねぇ、どうして?」

 

 声の主は、私の顔の前で囁く。

 口はとうに塞がれ、四肢は既に縛られている。逃れる事は出来ない、この絶望から逃れる術など無い。私に出来るのは、ただ絶える事のみ。果て無き絶望をこの身に受け、朽ち果てる(めざめる)その時を待つ事だけ――。

 

 

 

 

 

 

 気が付くと私は何処かよく分からない場所に寝転がっていた。心臓が早鐘を打ち、呼吸が酷く乱れている。何か、とても恐ろしい悪夢を見た気がした。

 汗で顔に張り付く髪を払い、呼吸を落ち着かせながら一先ず辺りの安全を確認する。辺りに人の気配は無く、キュゥべえに呼びかけてみても応答は無い。周囲を見回しても深い霧に覆われていて、ここが何処なのか確認のしようがない。まるで出来の悪いB級ホラー映画の様な状況だった。

 

「……どういう事かしら」

 

  思わずそんな言葉が出てしまうほど、私の置かれている状況は不可解だ。夢か何かだと思ったが、どうも違うらしい。ふと、いつかの時にキュゥべえが「訳が分からないよ」 と言っていたのを思い出したが、今の私の心情を表すにはピッタリの言葉だろう。溜め息を吐きたい気分だが、今は自分がどこにいるのか確認する事が先決だ。

 視力を強化して、 高いところから辺りの様子を確認しようと、魔力で脚力を強化してその場で飛び上がってみると、おおよそ10メートルくらいで天井らしきものにぶつかった。どうやらここは室内らしい。周りをよく見れば辺りに壁らしきものがあるから、それは多分間違いはないだろう。私は一先ず壁の前まで行くと、その壁に魔力で印を付けておいた。これで道に迷っても、この印から発せられる魔力を辿って行けば元の場所に戻れる。

 小さな穴がいくつも空いた白っぽい壁に、印がしっかりと付いているのを確認すると、私は壁に背を向けて深い霧の中を歩き始めた。

  ――さて、ここは一体何なのだろうか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

  時はほむらが謎の空間を彷徨い歩いている頃より遡り、6月7日の昼休みの事。

 特捜隊の面々は犯人が次にテレビの中に入れるであろう人物、暁美ほむらとの接触を試みようとしていた。

 

「しっかし、どうやって声掛けたもんかな……」

 

  陽介がそう呟くのも無理はない。先日の陽介に対する質問の仕方を見るに、悠たちを警戒している様子だった為、どう声を掛ければ良いか分からなかったからだ。

 

「取り敢えず、適当に声掛けてみたらどうかな?」

 

「……そうだな、それが一番良さそうだ」

 

「でも、誰が声掛けるんスか?」

 

「そりゃあ……花村じゃない? 席隣だし」

 

「俺? なんかあいつに警戒されてるっぽいし、俺じゃないの方がいいんじゃねーの?」

 

  昼休みを目一杯使って話し合いの結果、悠と千枝が声を掛けるという事になった。

 

 

 

 昼休みの後も授業も滞りなく進み、ついに放課後となった。悠と千枝は教室を出て行こうとしていたほむらに、恐る恐る話しかける。

 

「あ、あの、暁美さん」

 

「……何かしら、鳴上悠、里中千枝」

 

  ほむらはやはりと言うべきか、話しかけてきた悠たちの訝しげな声で返す。その声に若干怯むが、千枝は果敢にもほむらに話しかける。

 

「え、えーっと……その、最近なんか変わった事とか無かったかなーって……」

 

「……それを言ったところで、貴方達に何か関係があるのかしら?」

 

「そ、それは、えーと……」

 

  取りつく島もないとはこの事か、ほむらはここにきて完全に悠たちを警戒されしまう。

 

「……最近は何かと物騒だから、少し心配になったんだ」

 

「……まあいいわ、そういう事にしといてあげる。そうね、変なことは特に無かったわよ」

 

「そうか……」

 

「もういいかしら?」

 

「へっ? あ、うん。ありがと」

 

  ほむらは会話が終わるや否やスタスタと教室から出て行ってしまう。ほむらからは強い警戒の色が表情や態度から表れており、会話も雰囲気も終始刺々しくて、話を終えた2人は随分と疲れた様に感じたが、目的は一応達成したので仲間のいる席へと戻った。

 

「お疲れさん、やっぱだいぶ警戒してたな」

 

「うへぇー、心臓縮むかと思ったよ……」

 

「大袈裟だよ、千枝」

 

「ま、一応確認は出来たし、後はマヨナカテレビだな」

 

  そう言って陽介は、雨に濡れた窓から外を見る。天気予報では今日は終日、雨となっていた筈だ。今夜のマヨナカテレビには何が映るのか、彼らの中に言い様のない不安が広がっていた。

 

 

 

  学校から帰宅した悠はいつも通り、従姉妹である菜々子と夕食を食べた後、適当に暇を潰して午前0時を待っていた。ちらりと壁に掛けられた時計を見ると、時刻は午後11時59分を指している。雨音と時計の音が響く部屋で、悠は静かにその時を待つ。

 かちっ、と音を立てて長針と短針が重なり合い時が来たことを告げる。マヨナカテレビが、始まった。

 

「……!」

 

  おそらく校門の前か、それよりも少し先に入ったあたりからの光景だろうか。長い通路の先にぱっと見ただけでも分かる程に巨大なガラス張りの学校がテレビに映った。

 

『ようこそ、素晴らしき絶望の世界へ』

 

  不意に声が聞こえると同時に画面下からするりと見覚えのある少女、暁美ほむらが現れる。漆黒のワンピースを身に纏い、血の涙を流し続ける彼女はくすくすと笑いながら独白を始めた。まるで、演劇の様に仰々しく動きながら。

 

『これから皆様が御覧になるのは、とある少女の不幸な物語。自らを愛してくれた友の為に同じ時を繰り返し……かつての師を、戦友を、そして救う筈だった友すらもその手に掛け、最良の未来を目指して運命(さだめ)に抗い――裏切られた哀れな少女の物語。

  では、私が愛してやまない世界の皆々様、どうか御笑覧あれ――哀れな少女が苦悩と共に、遂にその心を別つ様を……フフフフフ』

 

  そう言ったほむらはくるりと背を向けると、ゆっくりと学校の中へと入っていく。

  マヨナカテレビが終わってから間を置かず、悠の携帯が鳴る。おそらく陽介からの電話だろうと予想しつつも、悠は携帯をポケットから取り出し液晶を見ると "花村陽介" と表示されていた。

 

『お、おい見たか!? あの顔、暁美さんで間違いなかったよな!』

 

「落ち着け、花村」

 

  興奮した様子でまくし立てる陽介に、この展開を予想していた悠はそう言う。

 

『そ、そうだな。まあ、流石にちょっとは慣れてきたぜ……。つーかまた、防げなかったんだよな……狙い、分かってたのにさ……』

 

「……けど、まだ取り返せる」

 

『ああ……そうだな!』

 

  悠は陽介と少し会話した後、電話を切ると明日に備えてすぐ眠りについた。

 

 

 

 

  次の日の放課後、いつも通りジュネスのフードコートに集まると、すぐにテレビの中に行き "クマ" に確認を取った。

  "クマ" とはテレビの中に住まう、赤と青の派手な色あいをしたクマを模したのであろう着ぐるみ姿の生物 (?) の名である。何故かは分からないが鼻が利き、テレビの中の世界へ落ちた人間を臭いで探し当てる事が出来るゆえ、特捜隊にとっては非常に重要な協力者だ。

 そのクマによると、やはり昨日から誰かがこの世界にいるらしい。ただ正確な場所までは分からないため、暁美ほむらについて幾つか情報を集めねばならなかった。クマ曰く、被害者の情報は多ければ多い程どこから臭いが来ているのか感じやすいそうだ。その事が分かった特捜隊の面々は、テレビの中から出ると直ぐに聞き込みを始めるのだった。

 

 

 

  校内で訊き込みをした末、悠が訪れたのは図書館だった。とあるクラスメイトの少女が、ほむらがよく図書館に出入りしているのを見かけたと言っていた事からここに来たのだ。少々立て付けの悪い引き戸を開けて図書館に入った悠は、近くに居た図書委員を捕まえると暁美ほむらについて話を訊いてみる事にした。

 

「暁美さんについて? あんまり話した事ないんですけど……。そうですねぇ……なんて言ったらいいのかなぁ……うーん……ごめんなさい、よく知らないからなんて言ったら良いか分かんなくて。

  あ、そういえば詩野ちゃんが暁美さんと仲良いから、そっちに聞いてみたらどうですか? なんなら今から呼んできますけど」

 

「ああ、頼む」

 

「じゃあ、ちょっと待ってて下さいね」

 

  そう言うと、図書委員の子は奥へ消えていく。詩野、という少女が来るまで手持ち沙汰となった悠は近くの本棚を何となく眺めている事にした。どうやらここは海外の文学作品が並べられている棚らしく、聞いた憶えのあるタイトルの本が幾つも並んでいる。

  "異邦人" 、 "ライ麦畑でつかまえて" 、 "カラマーゾフの兄弟" 、 "アルジャーノンに花束を" 、 "罪と罰" ――。

 

「……何だこれ、並びがバラバラじゃないか」

 

  きちんとあいうえお順に並んでいない事が気になった悠は、詩野という少女が来るまで本を順番通りに並べて置くことにした。悠は案外、こういう部分が気になる男であった。

 

「あ、あのー?」

 

  本を並べ始めてから少しして、1人の少女が悠に声を掛ける。悠が声の方を向くと、ウェーブがかったセミロングの栗色の髪を首の後ろあたりでひとつに結って纏めた、気弱そうな少女――詩野茜が立っていた。その顔には戸惑いの色が浮かんでいる。

 

「君が詩野さん?」

 

「はい、そうですけど……えっと、何をしてるんですか?」

 

「いや、なんか順番通りに並んでないのが気になって」

 

「そ、そうですか……」

 

  詩野は悠を若干怪訝な目で見るが、その視線を誤魔化すように悠は本題を切り出した。

 

「それより、突然で悪いけど暁美さんについて知ってる事を教えてくれないか? 何か悩んでたとか……」

 

「それはさっき呼びに来た奥田さんに聞きましたけど……でも……」

 

「知ってる事だけで良いから、暁美さんの事を教えてほしい。頼む」

 

  頭を下げる悠を見て、詩野はほむらの事を話して良いものか迷った。別段ほむらから口止めされている訳ではないが、自分が言った事によって変に噂されても困るし、もしそうなってしまってはほむらに申し訳が立たない。だが目の前の少年は実に誠実そうな風貌で、その双眸からはまっすぐな誠意を感じる。興味本意ではなく、何か大きな事を成す為にほむらの事を訊いているのだと詩野は思った。

  それでも話すか話さないかかなり悩んだ。けれども、悠がほむらの事を訊いて何がしたいのかは分からないが、少なくとも悠がほむらに対して何が害を与えたりはしないだろう事は分かっている。信頼はまだ出来ないが信用は出来る、そう思った詩野は結局ほむらのことを悠に話す事にした。

 

「……わ、分かりました。けど絶対、私が話した事を無闇に話したりしないで下さいね」

 

  念を押す詩野に対して、悠はこくりと頷く。少しの沈黙の後、詩野は話し始めた。

 

「……ほむらちゃんはとっても本が大好きなんです。だから、本について色んな事を知ってて、私もほむらちゃんに色々と教えてもらっていたんですけど……その、なんて言うのかな……いっつも、話しかけられたから答えたって感じで、常に一歩引いた感じで……心を開いてくれないんです。それに私と話してる時、時折すごく悲しそうな顔をする事もあって……きっと過去に何か辛い事があったんだと思います……。私から話せるのは、これだけです」

 

  悠は詩野の話を脳内で整理し、以下の様に纏めた。

  暁美ほむらは他者に対して常に一定の距離を置いているが、そこには "過去にあった何らかの出来事" が関連している可能性がある。そして、その出来事はおそらく暁美ほむらの精神に大きな傷となって残っている。

  ほむらを探す上では非常に有力な情報だ。これをクマに話せば、完二の時と同じ様に見つけてくれるだろう。

  悠は詩野に礼を言うと、再度この事は他言しないと誓って、仲間を集めてテレビの中へ行こうと踵を返した。その時だった。

 

「あの!」

 

  詩野が悠に再び声をかける。悠が振り向くと、詩野は続けて言った。

 

「貴方がほむらちゃんの事を聞いて、何をするのかは訊きません。けれど絶対、絶対にほむらちゃんを悲しませる様な事はしないで下さい。ほむらちゃんを泣かせたら、許しませんから」

 

  悠は詩野の眼を見て驚いた。敵意とも取れる程、強い意志がその眼には宿っている。彼女にとってそれほど暁美ほむらという存在は "大切なもの" なのだろう。

  これはより一層、気持ちを引き締めて事に掛からなければならない。悠は絶対にほむらを助けると改めて決意して、詩野に言った。

 

  「ああ、約束する」

 

 

 

 

  "暁美ほむらの情報を得た。"

  携帯に送られてきたメールを見て、特捜隊の面々は即座にジュネスに集合した。今回が初参加である完二の張り切り様は特に凄まじく、誰よりも早く準備を終えてジュネスのフードコートで全員の到着を待っていた。

 

「遅いっスよ、先輩」

 

「完二、早いな」

 

「お待たせー」

 

「ごーめん、遅れた!」

 

「スマン、待ったか?」

 

「いや、ちょうど皆来たところだ」

 

  メンバーが揃った事を確認すると彼らは、直ぐに家電売り場の大型テレビからテレビの中へと入る。ジュネスの家電売り場に置いてあるテレビは、クマのいる場所まで直通なのでこの場所から入るのが最も早いのだ。まあ、そもそもこの場所以外から入るのはどこにつながっているか分からない。安全の面から見て絶対に止めておいた方が良いから、彼らは頼まれたってこの場所以外からは入らないだろう。

 降り立ったいつもの場所 (テレビの撮影スタジオのような鉄骨が組まれたステージのような場所で、中央には赤いテレビがある場所だ) では、クマがそわそわとした様子で悠たちが来るのを待っていた。

 

「お、センセイが来たって事は……」

 

「ああ、暁美ほむらに関する情報を持って来た」

 

  悠は詩野から得たほむらに関する情報である "過去にあった何らかの出来事が原因で心を閉ざしている" らしいという旨を話すと、クマは情報の少なさに驚き文句を言いつつほむらの臭いを探り始めた。

 

「クンクン、クンクン……ムムムム……お、何かキター! 多分こっちクマ、付いて来るクマ!」

 

  暁美ほむらが落ちたと思われる場所を特定したらしいクマが大きな声を上げると、匂いのする方角に向けて歩き出す。悠たちがクマの鼻を頼りにしばらく歩みを進めると、彼らの前に全面ガラス張りの学校が姿を現した。

 

「うひょー、デッカいクマねー。センセイたちの学校も、こんなデッカいクマか?」

 

「んな訳ねーだろ。もっと小せえよ」

 

「あれ、やっぱり全部ガラスで出来てるのかな?」

 

「いや流石にそれは無いんじゃ……?」

 

「あれだけ大きいと、探索が大変そうだな」

 

「こりゃ骨が折れそうスね」

 

  遠目で見てもかなりの大きさを誇るあの学校内を探索するとなると、それなりの時間は掛かるだろう事は想像に難くない。一行は校門前に着くと、手持ちのアイテムや装備を手早く確認して学校へと足を踏み入れた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

  しばらく探索した結果、入れそうな扉を見つけたもののこちらからは開けられなかった。まさか魔法少女の力でも開けられないとは驚きだ。おそらくはかなり強力な結界が張られているのだろう、厄介な事この上ない。

 

『ふふふ、見ぃつけたぁ……』

 

「っ!?」

 

  突然、背後から声が聞こえた。私は直ぐさま飛び引いて声の主から距離を取ると、霧で覆われた人影を睨む。先程まで人の気配などこれっぽっちも感じなかった筈だが、何処から現れたのか。こいつは一体何なのか。

 

「……誰かしら、いきなり後ろから声を掛けるなんてマナーがなってないわね」

 

『そんなに驚かなくてもいいじゃない……。幽霊じゃないんだから』

 

「……ふざけているのかしら?」

 

  相変わらず霧で覆われていて姿は見えないが、向こうからは奈落のように深くコールタールよりもどす黒い負の感情がひしひしと伝わってくる。このままでは危険だと判断した私は直ぐに魔法少女に変身すると、弓矢を構えて臨戦態勢を取った。

 

「……何者かは知らないけれど、死にたくなかったら私をここから出しなさい」

 

『物騒ね、自分を殺すだなんて……。あ、既に1度殺してたわね』

 

  こいつは一体何を言っているのだろう。私がいつ、自分を殺したと言うのか。言葉の意味を考えつつも油断無く構えていると、人影はくすくすと笑いながら霧の中から姿を現した。

 

『こんにちは、私』

 

「……随分と悪趣味ね、私を形取るなんて。殺してほしいって事かしら」

 

  黒い髪に黒いワンピース、そして――私と同じ顔。

 吐き気を催す程に不愉快な気分になるが、表情には出さずに私の形をした何かを睨みつける。

  本当に、不愉快だ。

 

『そんな怖い顔で睨まないでほしいわ……』

 

「黙りなさい、それ以上は喋らない方が身の為よ。……さあ、本当の姿を見せなさい、今なら半殺しでこの町から叩き出して上げるから」

 

  私がそう言った直後、開かなかった筈のドアが開く音が背後から聞こえた。それと同時に霧が薄くなり、自分が立っている場所が何処だったのか明らかになる。

  私がよく知る場所のひとつ、私が始まって、私が終わった場所。見滝原中学校(みたきはらちゅうがっこう)の体育館そのものだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ガラス張りの教室を抜けて早々 "体育館" と書かれた表札が付いた両開きのドアを見つけた特捜隊が、蹴破るような勢いでドアを開けると、そこには暁美ほむらとほむらの影が居た。

 随分とだだっ広い体育館の真ん中で、2人は相対している。まだ影が暴走していない事に一先ず安心すべきなのだろう。だが、悠たちは安心するよりも先に驚愕してしまった。

 

「なんだありゃ!?」

 

  それは、本物のほむらであろう人物の服装が異様だったからだ。

  何処かの学校の制服にも見える紫と白を基調とした服なのだが、所々にフリルや大きなリボンなどが付いている奇妙な服……いわゆるゴスロリのような服装で、更に手には黒い弓と桃色に光り輝く矢を持っているという、常識を疑うような意味不明な格好なのである。

  色々とおかしいが、しかし、取り敢えずはそれらを無視して、まずはほむらの身の安全を確保するのが先決だ。悠たちは彼女の近くに駆け寄った。

 

「暁美さん!」

 

「……貴方達、これはどういう事かしら。こんな悪趣味な趣向を凝らして、一体何が目的?」

 

  千枝が声を掛けると、ほむらはゆっくりと桃色に光る鏃を特捜隊に向けてそう言う。その声色は、いきなりこの訳の分からない奇妙な場所に放り込まれた事に対する憤怒と、突然現れた悠達に対する嫌疑が入り混じったものだった。

 引き絞られた桃色に光る鏃が、千枝の眉間に狙いを定められる。

 

「ちょ!? ま、待て待て! まずそのピカピカ光ってるソレ何!? てかその格好がまず何なんだよ!?」

 

「貴方たちには関係ない事よ、どうせすぐに忘れるんだから」

 

「あ、暁美さん落ち着いて! 私たちは……」

 

「まさか "貴女を助けに来た" なんて言うつもりじゃないでしょうね? いきなり現れた得体の知れない人物にそんな事を言われて信じるのは愚か者だけよ」

 

  悠たちは何とか説得しようとするが、ほむらは全く意に介さない。それどころか不信感を強めてすらいた。

 

『あらあら、幾ら何でも八つ当たりは良くないわねぇ、私』

 

  場の緊張が高まる中、酷く楽しげな声が響く。声の方を見れば、ほむらの影がくすくすと愉快そうに嗤っていた。ほむらは「一体何のつもりだ」とでも言いたげに振り返るが、ほむらの影はそれを一瞥してほむらの影は左手を上げるとぱちんっ、と指を鳴らす。すると音が響くのに呼応して、辺りに幾つものテレビ画面に似たビジョンが浮かび上がり映像が映し出される。そこにはお下げ髪に紫のカチューシャを着け、アンダーブローの赤縁眼鏡を掛けた気弱そうな少女が映っていた。

 

『懐かしいでしょう? 昔の私……。無力で、非力で、なーんの取り柄も無い私……』

 

「あれが、昔の暁美先輩……?」

 

「なんつーか……今と全然違うな、色んな意味で」

 

「何が目的なのか分からないけれど、そんな事をしても私には無駄よ。それと、これ以上は喋らないでもらえるかしら。次に口を開いたら……分かってるでしょう?」

 

  ほむらの影の言葉を聞き、悠たちが疑問の声を上げる。それと同時にぎっ、と音を立てほむらの持つ弓が軋んだ。ほむらの影を見据えるほむらの表情は悠たちからは見えないが、おそらく鬼の様な形相を浮かべているのだろう。

 そんなほむらを気にした風も無く、ほむらの影が話を続けようと口を開いた瞬間、桃色の閃光がほむらの影を貫いた。

 

「なっ!?」

 

「のぁ! マジかよっ!?」

 

  悠たちが突然の事に驚愕している合間にも、ほむらは更に矢を放ち執拗に追撃を掛け続けた。

  桃色の爆発が起こり、粉塵が上がる。衝撃で地面が揺れ、ビジョンにノイズが走る。夢ではないかと疑う様な異様な光景に最早どう反応して良いものかと混乱する悠たちを尻目に、矢を撃ち終えたたほむらが、溜め息と共に構えを解いた。

  その時だった。

 

『まだお話の途中だったのに……。ちょっとの合間くらい大人しく出来ないのかしら、私?』

 

「っ!?」

 

  ほむらにとって聞こえる筈の無い声が、静かに響く。辺りには粉塵が舞い上がり視界を遮っている為、その姿を確認する事は出来ないがどうやらほむらの影は今だ健在らしい。ほむらが再び弓を構えるのと同時に、声が響いた。

 

 《何かさ、燃え上がれーって感じでカッコいいと思うなぁ》

 

「な、ぁ……っ!?」

 

  それはこの場にいる誰の声でもない、少女の声だった。その声を聴いたほむらは驚愕して、思わず弓を取り落としてしまう。何を驚いているのか悠たちには分からなかったが、ほむらにとってそれが天地がひっくり返る程に衝撃だった事はほむらの反応で分かった。

 

 《ほむらちゃんもカッコよくなっちゃえばいいんだよ》

 

 《クラスのみんなには、内緒だよっ!》

 

  再び、少女の声が響く。気付けば、ほむらは震えていた。動悸が激しくなり、息が苦しくなる。目の前が白く霞み、立っているのも難しい程に身体が震える。

  明らかに様子がおかしい事に気付いた悠は声をかけようとするが、ほむらが両手で自分の胸を強く押さえ付けて喘ぐような呼吸をしながら膝から崩れ落ちたのを見て、声を掛けるよりも先に身体が動いた。

 

「あ、おい! 大丈夫か!?」

 

  悠が動いた後、数瞬遅れて陽介たちが慌ててほむらに駆け寄り声を掛ける。しかし反応は無く、彼女は何かに怯えるようにただ震えていた。

 明らかに異常なほむらの状態に焦る悠たちを嘲笑うかの様に、少女の声は更に数を増していく。ノイズが走っていたビジョンには、さっきまで映っていたお下げ髪の少女に加えてツインテールの少女が仲良さそうにじゃれ合っている様子が映っている。

 

 《ほむらちゃん。私ね、あなたと友達になれて嬉しかった》

 

「……て」

 

 《やったぁー! すごい、すごいよほむらちゃん!》

 

「……めて」

 

 《あなたが魔女に襲われてた時、間に合って、今でもそれが自慢なの》

 

「やめて……」

 

 《キュゥべえに騙される前のバカな私を、助けてあげてくれないかな?》

 

「やめてっ!!」

 

  ほむらが叫ぶと少女の声が止み、ビジョンに流れる映像はツインテールの少女がお下げ髪の少女に弱々しく笑いかけている所で止まった。

 

『いつまでそうやって逃げているの?』

 

  気付けば、ほむらの目の前にほむらの影が立っていた。ほむらの影は目からは血の涙を流して嗤いながら、ほむらにまるで我儘を言う子供を諭す様な声色で語りかける。

 

『いい加減、認めたらどうなの? 私はまどかが怖いんです、って』

 

「な、何を、言ってるの……? 私は、怖がってなんか……」

 

『あら、じゃあなんで貴女はまどかの声を聞いた時、あんなに怯えてたのかしら? 』

 

「違う、怯えてなんかない! 急に、声がしたから……!」

 

  このままではマズイ、そうは思ってもとても口を出せる様な雰囲気ではなかった。そもそも話の概要があまりにも常軌を逸している為、悠たちが口を出そうにも出せないのだ。それに、おそらく今のほむらには何を言ったところで通じないだろう事は想像に難くない。そう考えた悠は、直ぐに動けるように体勢を整えた。

 

『いいえ違わない、貴女は恐れているのよ……忌々しいループの記憶を呼び起こすあの顔を! あの声を! あの姿をっ!』

 

「そんな……っ! 私は…… そんな事思ってない! さっきから何を分かった風に言って――」

 

『分かった風じゃなくて、本当に分かってるのよ』

 

  ほむらの影はくつくつと嗤いながら話を続ける。

 

『私は貴女の抑圧された内面、ソウルジェムそのものであり穢れそのものでもある。私は暁美ほむらという存在をを構成する一部。だ、か、ら……私は貴女、貴女は私なのよ』

 

「ち、違う……違う! 私は、貴女の言ったような事なんて思ってない! そんな事、考えた事なんてないっ! だから……だから!」

 

 

 

 

 

 

「貴女なんて、私じゃないっ!」

 

 

 

 

 

  否定。

 その言葉を受けほむらの影が、高笑いと共にその姿を禍々しく変化させる。紫の光が身体を包み、全員の視界を覆う。

 

『そうよ、私は貴女じゃない! 私は私なの! 私は、私ィ!』

 

  光が完全に消えた時、悠たちの目に入ってきたのは酷くおどろおどろしい劇場だった。

  劇場内には前から順に、祈りを捧げる両手足に床と鎖で繋がれた枷を付けた少女、腹を剣で貫かれ天井から伸びる茨が片足に巻き付き宙吊りになっている少女、ティーカップとソーサーを持った首から上の無い少女、そして歯車の台座の上に聳える断頭台があった。

  ポニーテールが特徴的なノースリーブの紅い衣装を着た少女はこちらに背を向けたまま、胸の前で両手を組み神に祈りを捧げていた。彼女には4つの枷が手足それぞれに嵌められ鎖で地面と繋がれており、黄と青と緑のリボンが首に巻き付き締め付けていた。

  ちょうどへその辺りを剣で貫かれた青い胸当てが目立つ、肩出しの衣装とマントと斜めライン入りの青いミニスカートを身に纏った青いショートヘアーの少女が、片足を茨で縛られ逆さまにぶら下がってる。顔全体が影に覆われている為その表情はよく見えないが、微かに口元が笑っている様にも見えた。

  首の無い少女は黄色いミニスカートに白いブラウス、茶色のコルセットを身に付け白い椅子に行儀良く座っており、指ぬきグローブを着けた両手で黄色い帯の付いたティーカップを大事そうに持っている。

  そして奥には歯車が重なって出来た台座が設けられており、その天辺に聳える断頭台でほむらが顔を黒く塗り潰された誰かに押さえ付けられていた。

 

『我は影……真なる我……。さあ、この糞のような絶望から抜け出しましょう? 死を以って、ね!』

 

「させるかよっ! "タケミカヅチ" !」

 

  咄嗟に飛び出した完二は自身のペルソナであるタケミカヅチを召喚すると、気を失っているほむらを守るように "タケミカヅチ" と共に仁王立ちする。

 

 "タケミカヅチ" 。

 イザナギ命がヒノカグツチを斬り殺した際、天尾羽張剣(あめのおはばり)に付着したヒノカグツチの血から生まれたとされる武神である。

 5mはあろうかという巨大な黒い鋼鉄の身体に髑髏の文様が刻まれたロボットの様な姿で、手にはその巨躯に見合う稲妻型の大きな剣を持っている物理属性と電撃属性の魔法を得意とする男性型のペルソナだ。

 

 完二がタケミカヅチと共に仁王立ちするのとほぼ同時にほむらの影から魔法が放たれる。ほむらの影から放たれた魔法は "ジオンガ" という電撃属性の魔法で、指定した場所に中規模の雷を落とす魔法だ。

 現実世界で発生する雷となんら変わり無い威力の雷撃がタケミカヅチに直撃するが、タケミカヅチ自身が持つ電撃属性に対する耐性とタフネスでビクともしない。

 

「完二ばかりにいい格好はさせれないな。こい、 "イザナギ" !」

 

「いくぜ、 "ジライヤ" !」

 

「きて、 "トモエ" !」

 

「おいで、 "コノハナサクヤ" !」

 

  完二を皮切りに次々と自身のペルソナを召喚していく。

 

 悠が召喚したのは長ラン様な黒衣に金色の双眸が覗く鉄仮面を身に付け、手には大刀を持った電撃属性を得意とする男性型ペルソナ、イザナギだ。神世七代(かみのよななよ)と呼ばれる天津神(あまつかみ)の1柱で、イザナミと同じ国生みの神であり日本神話に登場する神たちの祖である。

 

 陽介が召喚したペルソナは蛙のような頭に迷彩柄の両手足、赤いマフラーに両手に手裏剣を持っている疾風属性の魔法を得意とする男性型のペルソナ、ジライヤだ。感和亭鬼武(かんわていおにたけ)の「自来也説話」に登場する蝦蟇(がま)の妖術を使って盗みを働く義賊の忍である。

 

 千枝が召喚したペルソナ、 "トモエ" は烏帽子の様なフルフェイスのヘルメットから黒髪を生やし、某アクション俳優の着ていた黄色いジャージに身を包む薙刀を携えてた物理属性の魔法を得意とする女性型のペルソナだ。

 平家物語や源平盛衰記に登場する女性の武将で、木曽義仲(きそよしなか)の従者または妾であるとされている。

 

 雪子が召喚したペルソナは "コノハナサクヤ"といい、桜の花びらを模したチアガールの様な姿をしており、両腕には桜の花弁の様なブレードを備えている火炎属性と回復魔法を得意とする女性型のペルソナだ。日本神話では、子孫繁栄と酒造の神であるとされている。

 

『あら? もしかして、私の邪魔立てする気? なら……貴方たちも一緒に消してあげる!』

 

 特捜隊の面々が次々と自身のペルソナを召喚していくのを見たほむらの影は、イラついた声を上げると完二に向かって再び魔法を放つ。ほむらの影が放った物理魔法 "パワースラッシュ" は指定した場所に斬撃を発生させる非常に使い勝手の良い魔法だ。先程の電撃魔法とは違いタケミカヅチには耐性が無い為、まともに当たればそれなりに大きなダメージとなるだろう。

 

「上等だオラァ!」

 

  しかし、それをただ喰らう完二ではない。完二もまたタケミカヅチ命令を下す。タケミカヅチが得物を振り下ろし、物理魔法である "キルラッシュ" を放ち、ほむらの影の攻撃を相殺した。

 "キルラッシュ" は指定した場所に複数回の打撃を発生させる魔法でヒット数が安定しないというランダム性はあるが中々に強力な物理魔法だ。

 2つの物理魔法がそれぞれ発生前に生成されるエネルギーで相殺され、凄まじい衝撃が空間を歪ませる。ぎしぎしと音を立てて空間が軋む中、持ち前のスピードを生かして陽介と千枝がほむらの影に肉薄した。

 

「斬る!」

 

「せいやっ!」

 

『っ!?』

 

  陽介は疾風属性の魔法である "ガルーラ" を、千枝は物理魔法の "アサルトダイブ" をそれぞれのペルソナから放つ。ジライヤが放った "ガルーラ" は指定した場所に中規模のかまいたちを発生させる魔法、トモエの放った "アサルトダイブ" は相手に向かって闘気を纏った体当たりをする魔法で、どちらも中々に威力の高い物理魔法である。鎌鼬がほむらの影の足元から吹き上がり、トモエが強烈なショルダータックルを食らわせる。さらに陽介が両手に持った苦無による連続切りをすると千枝は足技による強力な一撃を叩き込み、ほむらの影にダメージを与えた。

 

「そこだ!」

 

「燃えなさい!」

 

  2人からの攻撃による衝撃でほむらの影の動きが止まると更に悠が電撃属性の魔法であるジオンガを、雪子が火炎属性の魔法である "アギラオ" をペルソナから放ち追撃する。コノハナサクヤが放った "アギラオ" は指定した場所に中規模の火炎を発生させる魔法で、その威力はまともに当たれば人間など粉微塵になるであろう程だ。

 放たれた炎と雷が、一直線にほむらの影へと迫る。しかし、立て続けに攻撃を食らう程ほむらの影も甘くはない。

 

『猪口才な……さっさと死になさい!』

 

「反撃が来るクマ! 防御するクマ!」

 

「のぁ!? っぶなー!」

 

「ナイスだぜ、クマ!」

 

  指定の場所に中規模の氷塊を発生させる魔法 "ブフーラ" でジオンガを逸らしガルーラでアギラオの炎を絡め取ると、続けて火炎属性の魔法の中でも広範囲を攻撃する事が出来ると中規模威力の全体魔法 "マハラギオン" を放ち反撃しようと構えた。クマの警告が発し、前線にいた陽介と千枝が咄嗟に防御体勢をとる。瞬間、炎がほむらの影を囲うように広がっていく。間一髪のところで防御が間に合い、致命的なダメージを負わずに済んだ2人はすぐに完二の近くまで後退すると、雪子に指定した者全員の傷をある程度の段階まで癒すことのできる回復魔法 "メディア" を掛けてもらい体力を回復した。

 

『ふん……鬱陶しいわね、大人しく消されてくれないかしら?』

 

「うるせぇ! テメェの方こそ大人しくしやがれ! タケミカヅチィ!」

 

  ほむらの影の言葉に完二は言い返すとペルソナによる攻撃を再開した。

  火花が飛び、氷塊が砕け散る。雷撃が走り、旋風が吹き荒ぶ。

 正に一進一退、戦いはどちらも一歩も引かず激しさを増すばかりだ。特捜隊は巧みな連続による連続攻撃で付け入る隙を与えないのに対し、ほむらの影は悠たちの攻撃を相殺し更に的確な反撃をする。このままの調子で続けば、勝敗はどちらに転んでもおかしくはないだろう。

  膠着状態から形成が傾いたのは、ほむらの影が物理魔法を放ち、悠のイザナギが放った物理魔法を相殺した時だった。

 

「ここだっ、せいやぁ!」

 

  千枝とトモエが死角から、龍の顎を象った闘気を纏った強烈な飛び蹴りを放ち、ほむらの影に浴びせて体勢を大きく崩す。

 

『っ!? この、とっとと消えなさい! 』

 

「やらせるかってんだ!」

 

  ほむらの影はアギラオを千枝に向かって放つが、タケミカヅチが盾になり阻まれてしまう。苦し紛れの攻撃が外れたほむらの影に出来た大きな隙を逃さず、悠は陽介に追撃を呼び掛けた。

 

「今だ! 畳み掛けるぞ花村!」

 

「おう! いくぜ相棒!」

 

  悠の呼び掛けに大きく頷いた陽介と共に、ほむらの影に肉薄するとペルソナを呼び出し満身の力を込めた一撃をほむらの影に放つ。

 

「これで……終わりだっ!」

「これで……終いだっ!」

 

  放たれたふたつの力が混ざり合りあい、強大な力の奔流となる。それは正しく疾風迅雷であった。並みのシャドウでは、触れただけで塵になるであろうエネルギーの塊が、凄まじい光と音を放ちながらほむらの影に衝突する。

 

『あ、あぁ……ま……どか……』

 

  2人の合体攻撃によって遂に力尽きたほむらの影は、誰かの名を呼びながらゆるゆると黒く変色して元のほむらの形に戻っていく。

  影の暴走は収まった。あとはほむら自身の問題だ。もしほむらが自分の影を認める事が出来なかった時、認める事が出来るように後押しするのが悠たちの最後の仕事だろう。

 

「ぅ……っ……」

 

  ほむらの影を倒してから少しして、ほむらは目を覚ました。悠たちの心配をよそにほむらはおもむろに起き上がると、少しふらついた足取りで自身の影の前に立つ。その顔は、悠たちからは窺い知れない。

 

「暁美さん……」

 

  心配した千枝が声をかけるが、ほむらはそれを無視して沈黙を貫く。

  どれぐらい時が経った頃だったか、不意にほむらが自身の影に語り始めた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「……私は世界が改変された後、前途多難ではあるけれどなんとか生き抜いて、最期にあの子と会おう、そう思っていた」

 

  そう言って、頭に結んだまどかのリボンにそっと触れる。

  誰かと繋がりが欲しくて、誰かに必要とされたくて、誰かに認めてもらいたかった私には、まどかが全てだった。まどかのおかげで私は仲間が出来て、必要とされて、認めてもらう事が出来た。まどかは私の自尊心を満たしてくれる唯一の存在だった。

  けど、この世界にまどかはいない。この自尊心を満たしてくれる存在はもういない。これからは自分の力で生きてかなければならないのだから、まどかに会っても恥ずかしくない生き方をしよう。そう誓った。

 

「けど、世界が改変された後、ある時から毎晩酷い悪夢を見るようになった。それは、今まであの子を救う為に切り捨ててきた魔法少女たちが私を責め立てる夢……」

 

  どうしてアンタなんかが生き延びて、私が死ななきゃいけなかったんだ。

  私を見殺した癖に、なんで貴女が生きているの。

 

  無数の黒い影が、私を取り囲み罵倒する。

 

「それだけなら良かった。まだ、なんとか耐えれるくらいの恐怖だったから。けど、ある時からその怨憎の声に……あの子の声が混じるようになった」

 

  どうしてあの時、私を助けてくれなかったの?

  どうしてあの時、私を見捨てたの?

  薄情者。

  助けてあげたのに。

  友達になってあげたのに。

  こんな事なら、ほむらちゃんなんて助けるんじゃなかった。

  こんな事なら、ほむらちゃんと約束なんてするんじゃなかった。

 

  まどかはそう言って私を責め立てた。毎晩、夢に現れては私を詰り罵倒し続けた。

 

「段々とまどかの声はどんどん増えていって、気が付けば私を取り囲んで、無数の影はみんなまどかになっていた。例え私の罪の意識が創り出した幻影だと分かっていても、辛くて、悲しくて、悔しくて、苦しくて……いつしか私は、まどかを……恐怖の対象として見るようになっていた」

 

  傷をナイフで抉り、あまつさえ塩を塗り込むかのような夢。

  私の弱い心では到底耐えられるものではなく、自分で見ても分かる程に、私は日増しに衰弱していった。もしあの頃、側にマミや杏子が居なければ私は恐怖のあまり自ら命を絶っていただろうと思う。

 

「情けないわよね。過去の事をいつまでも引きずって、自分で創り出した幻影に縛られて……挙句、それを杏子の魔法で思い出さないようにしていたなんて。本当、どうしようもない愚か者ね、私は」

 

  思わず自嘲の笑みがこぼれる。

  全く、滑稽な事この上ない。自分で創り出した幻影に騙されて苦しんでいたなんて、間抜けも良いところだ。

 

「貴女も辛かったでしょう? 同じ存在の筈なのに、ずっと私に否定されて……ごめんね」

 

  そう言って、私は自分の影を抱きしめた。

  最初に会った時のような負の感情はもう無い。今は暖かい、木漏れ日のような優しさが私を包んでいる。

  大丈夫。もう怖くない。

 

 

 

「認める……貴女は、私よ」

 

 

 

  私の影は笑顔で頷くと、眩い光の渦に捲かれその姿を変質させていく。

  一抹の穢れもない純白の輝きを放つ1対の大きな翼が光の中から勢い良く突き出ると同時に、渦巻いていた淡い光が辺りに飛散しその翼の持ち主の姿を露わにする。巫女装束の様な服の上から甲冑を身に着け、右手には蔦の絡まった木製の和弓を、左手には紫色に光り輝く小さな楯を備えた桃色の髪をした少女――まどかに似た姿をした少女がそこに居た。

 

  『我は汝……汝は我……我は汝の心の海より出でし者……。我が名はツルヒメ……神に仕え武を揮う、恋慕と海風の巫女なり。汝の旅路に、光あれかし……』

 

「ツルヒメ……。それが、貴女の名前なのね」

 

  気が抜けた所為だろうか、少し眠くなってきた。

  それを感じ取ったのか、ツルヒメは翼を大きく広げるとその翼で私の身体を優しく包み込んでくれた。暖かくて優しい光の中で目を瞑ると、まるで母親に抱かれている様な安心感がある。

 

「まどか……」

 

  いつからずっと口にしていなかった親友の名前を呟く。ふと、まどかが何処かで嬉しそうに笑っている気がした。


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