Persona4 : Side of the Puella Magica 作:四十九院暁美
直斗が家に来た日に夜、私は1人で夕飯を食べながらテレビのワイドショーを見ていた。
静かなのは好きだが、静か過ぎるのは嫌だ。テレビを点けたのはそんな理由からだ。
『――以上、当プロ所属 "久慈川りせ" 休業に関します、本人よりのコメントでした。えー、時間が押しておりますので、質問などがあります方は手短に……』
リビングに置かれたブラウン管テレビに流れるワイドショーでは、人気アイドルの記者会見の様子が流れている。
『失礼、えー "女性ビュウ" の石岡です。静養との事は、何か体調に問題でも?』
『いえ、体を壊してるって訳じゃ……』
『とすると、やっぱり心の方?』
『休業後は親族の家で静養との噂ですが、確か稲羽市ですよね、連続殺人の!』
「嫌な憶え方ね……」
記者の言い方が気になり、そんなことを独り言つ。独りになるとどうも独り言が増えていけない。
『え、あの……』
『老舗の豆腐店だと聞いていますが、そちらを手伝われるんですか!?』
『えー、以上で記者会見を終わります! はい! 道を開けてください!』
会見場は混沌としている。昔はアイドル になれたら、なんて夢を見ていた事もあるがこういうのを見るとこの手の世界とは関わらない方が正解だと思ってしまう。
「ご馳走様でした」
まあ、私にとっては至極どうでも良い事だ。一生縁が無い世界なのだから。
そして、それから次の日の朝。
鳴上くんの席の周りで話していると、巽くんが私たちの教室にやってきた。
「うーす」
なんとも気の抜けた挨拶をしながら入ってくる彼に、里中さんは感心した様に言う。
「お、来た。最近マジメに来てんじゃん、どしたん?」
彼女の言葉から察するに、巽くんはあまり学校には来ていないらしい。不良だからだろうか。
彼は酷く面倒くさそうな声色で、彼女に応えを返した。
「出席日数って面倒なんがあるもんで」
出席日数か、確かに面倒なものだ。これさえなければ、私も学校なんぞに足繁く通う必要も無かったのだが。とはいえ、学校へ行かないとなると将来は真っ暗な訳で、出席日数がなくとも結局は学校へ行く以外の選択肢を選ぶことはないのだろう。
そんなどうでも良いことを考えていると、花村くんが苦々しい顔で呟く。
「しかし、お前の顔見ると、こう……どうにも林間学校を思い出すな……」
「忘れるんじゃなかったのかよ……」
「いや……すまん」
巽くんも苦々しい顔で返すと、花村くんはバツが悪そうに謝った。
私もあまり思い出したくない。あんな光景を見るのは、2度とごめんだ。……2度と、ごめんだ。
「ハァ……いいスけど。つーかそうだ、先輩ら、昨日のニュース見たっスか?」
若干ダウナー気味になっていると、巽くんがみんなにそう訊く。私は昨日の夜に流れていたニュースを思い出して、それに応えた。
「確か "久慈川りせ・電撃休業" ってニュースでしょう?」
私は芸能関連には疎い方だからよく知らないが、この "久慈川りせ" という少女は相当に有名なアイドルらしい。
どこかで会った様な気がするが、どこであったのだろうか。
「まさに今ブレイク中ってとこなのに、なんで休業すんだろーね」
「アイドルってのも大変だよなー、うん」
里中さんと花村くんがそんな話をしていると、鳴上くんが不思議そうに2人へ問いかける。
「りせってそんなに有名なのか?」
「え……知らないの? お前、これは都会とか田舎、カンケーないぞ?」
すると、その言葉を聞いた花村くんが信じられないと言った様子で応え、久慈川りせについて話し始めた。
「まだデビューして短いけど、このままいきゃ、じきトップアイドルだぜ。俺、結構好きなんだよ! なんたってキャワイイ!」
「キャワイイって……オッサンかよ」
どうやら花村くんは、久慈川りせのファンらしい。熱弁をふるう彼の様子を見た里中さんは呆れたように言うと、情報を付け足した。
「まあでも、確かここ出身で、小さい頃まで住んでたらしいし、ファン多いんじゃん?」
そういえば、私も小学校の……いつだったかは忘れたが、ここで過ごした記憶がある。まあ、患っていた心臓病の所為でまともに学校へは行ってなかったから、思い出なんか何ひとつ無いが。
「ニュースだと、彼女 "お祖母さんの豆腐屋さん" へ行くんでしょ? それ……もしかしてマル久さんの事かな」
「マルキュー?」
「 "マル久豆腐店" 。ちょっと前まで、ウチの旅館でも仕入れてたの」
「あー、商店街のあそこか! よく前通るな。え、じゃあ、あの豆腐屋行ったら、りせに会えんのかな?」
なんとなく昔を思い出していると、花村くんと天城さんが豆腐屋について話していた。
確か商店街の南側にある、お婆さんが1人で切り盛りしている古い豆腐店の名前だったと記憶している。マル久豆腐店……なるほど、確かに久慈川の久の字をとっていると解釈出来なくもない。
「ちょっとちょっと? 重要な点から逸れてってない?」
事件のことからずれ始めた話を、里中さんが呆れ顔で修正する。疑問げな顔をする花村くんに、里中さんは戒めるような声色で言った。
「事件の話だって! アンタ自分で "テレビ繋がり?" って言ったでしょうーが! 狙われるかもよ、彼女?」
彼女の言葉に、花村くんはやはり疑問げな態度で答える。
「そんな、りせは別に昨日今日テレビに出た訳じゃないじゃん。大体、りせと事件って関係あるわけ?」
確かに、久慈川りせはアイドルという職業上、テレビでよく見かける人物だ。今更狙われるなどあり得ないだろう。但し、そこには "この町に長期間滞在しない" という大前提があるから成り立つ意見だ。
発言してからその事に気が付いたのか、花村くんがハッとする。
「アイドルなのは前からだけど、彼女いま、ニュース流れて、この町の "時の人" じゃん。しかも本人、ここに越して来るんだよ?」
彼らの推理通りなら、犯人に眼を付けられるパターンだろう。厄介な事だ。
「そっか、そうだよな……よし、じゃあ早速、りせの動向に注意だな! うしっ……!」
「テンション上がってんな……」
私も、今後は久慈川りせの動向に注意しなければ。
◇
時は流れ、放課後。学校帰りの学生たちで賑わうジュネスのフードコートで、ほむらと悠はいつもみんなでたむろしている席に座って、ジャンクフードを食べていた。食べていた、とは言ってもものを食べているのはほむら1人だが。
2人ここにいる理由は単純で、悠がほむらを遊びに誘ったからである。
「暁美ってよく食べるんだな」
悠はテーブルを隔てて目の前に座っているほむらを見て、そんな呟きをもらす。それを聞いたほむらは、どこか焦った様な顔をして手に持ったハンバーガーとテーブルに置いてある、2本のアメリカンドックと7本の焼き鳥を見て言った。
「え? そ、そうかしら……?」
「そんなに買って大丈夫なのか?」
「……今日は親がどっちも仕事で、明日まで帰ってこないのよ。作るのも面倒だし、どうせならここで済まそうと思って」
悠の問いに、ほむらは自身に関する話をあまりしたくないのか若干言い難そうに答えた。
どうも2人の間で質問の意味が食い違っている気がするが、当の本人たちは気にしていないらしい。
「そっか」
悠は短くそう返すと、すぐに話題を変える。悠自身も親が海外勤めで家にいないことが多い為、その手の話題はあまり好きではないからだ。
「そういえば暁美は、なにか好きな食べ物ってあるか?」
「……ケーキ、かしら」
「へぇ、なんか意外だな」
「どういう意味よ」
そう言いながら不満げに目を細めるほむらを見て、悠は慌てて言葉を付け足した。
「いや、ほら、暁美って甘いものあんまり好きそうじゃないから」
「確かに甘いものはあまり得意ではないけど、だからと言って食べない訳じゃないし、ましてや嫌いって訳でもないわよ。それに……」
「それに?」
「……いえ、なんでもないわ」
少し言い淀んだ後ほむらはそう言うと、再び手に持ったハンバーガーを食べ始める。
突然だが、美人の食事風景というのは非常に魅力的な光景だとは思わないだろうか。
少し光沢を持った血色の良い桃色の唇から漏れる吐息、口の端から溢れたものを拭き取る指の動き、口に含んでいる時の微かに赤らんだ頬の膨らみ、飲み込む際に波打つ喉と少し詰まった様な息遣い、手に垂れてしまったものをついと舌で舐めとり、指先を口に含んでに付いているそれ吸い取るその姿。ただの食事だというの、動作のひとつひとつから上品な色香が溢れ、いやに扇情的。たとえ同性であっても見惚れてしまう美しさがある。
「……どうかしたの?」
故に、悠がほむらを思わず見つめてしまうのは仕方のない事だと言える。
因みにこれは、ほむらだけが特別という訳ではない。里中千枝や天城雪子であっても、若干方向性は違うがほぼ同様の事が言えるだろう。
「え? あ、ああ、なんでもない」
ほむらの問いかけで気が付いた悠は、頭を振ってそう言うと傍に置いた飲み物を口にする。
「そう? なら良いけど」
食べ終えたハンバーガーの包みを丸めてトレーに置くと、ほむらは次にアメリカンドックへと手を伸ばす。しかしその直後、急に動作を止めたかと思うと悠に問いかけた。
「もしかして、食べたいの?」
どうやらほむらは、視線が食べ物に向けられているものだと勘違いしたらしい。悠は特に腹が空いている訳でもなかったが、流石に面と向かって「君に見惚れていた」なんて気取った台詞を言える程の勇気は無い。
「……少しだけ」
彼にはそう言って誤魔化すのが精一杯だった。彼の勇気はまだ "頼りになる" 程度しか無いのだ。 "怖いもの無し" くらいまであればあるいは可能かもしれないが、彼の勇気がそこに至るにはどれ程かかるのか。
悠の言葉を受けてほむらは少しだけ考えると焼き鳥を1本だけ手に取って、佐倉杏子が食べ物を差し出す時に言うお決まりの台詞を言った。
「じゃあ、食うかい?」
「……ああ」
差し出された焼き鳥に受け取ると、少しの間をおいてかぶり付く。塩胡椒で味付けされた焼き鳥は、素材の味を感じられる良いものだった。
「人と一緒に食事をするのは、やっぱり楽しいわね」
「そうだな」
微笑を浮かべながらそう言うほむらに、悠は笑顔で同意する。方や独り戦いを続ける魔法少女、方や親が海外勤めで転校が多い少年。立場は違えど、お互い孤独とは馴染みが深い身の上だ。誰かといるのはそれだけで楽しいと思えた。
今日を通して、悠は少しだけほむらとの仲が深まった気がした。
◇
6月21日、夜。
私は1人、自室に設置されたテレビの前に立っていた。外は雨、テレビの電源は入っていない、マヨナカテレビを見る条件は揃っている。ちらりと時計を確認すると時刻は既に23時59分、マヨナカテレビが始まる1分前だった。
「……そろそろね」
かち、かち、かち。時計の音が室内に響く。午前0時までの60秒をやけに長く感じてしまう。
しばらくして、不意にザザザッとノイズ音がテレビから鳴り始める。遂に、マヨナカテレビが始まった。
「これが、マヨナカテレビ……」
ノイズの中に朧げなシルエットが浮かび上がる。シルエットの身体つきからして映っているのは女性、おそらく久慈川りせだろう。成る程、マヨナカテレビとはこういうものなのか。そんなことを考えていると、ある事に気が付いた。
妙に胸や太腿ばかりが映っているのだ。テレビに映るシルエットは、自身のスタイルの良さを強調するかの様なポーズをとっている。だが顔はよく分からないが、髪型からしてほぼ確定だろう。シルエットの髪型は、ニュースで見た彼女と同じような髪型だ。
しかし、このマヨナカテレビを見ていると、なんだかよく分からないが無性に腹が立ってくる。
「……くっ」
……何故だ。
そして次の日の放課後、いつもの様に鳴上くんの席に集まっていると近くにある生徒たちの会話が聞こえきた。
「ね、聞いた? 久慈川りせ、ホントに来てるらしいよ!」
「ほら、豆腐屋の "マル久" ってあるじゃん? あれ "久慈川" の "久" なんだって」
「マジで!? え、俺、家超近いんだけど!」
私は商店街を通らないから見ていないが、どうやら既に久慈川りせは豆腐屋にいるらしい。朝から町中が大騒ぎだ。
「マル久さん、すごい人だかりだって」
「ぽいね。けど昨日のマヨナカテレビ、本当に彼女だった? ……なんか、雰囲気違くなかった?」
「間違いねえって! あの胸……あの腰つき……そしてあのムダの無い脚線美!」
昨日のマヨナカテレビに対して疑問符を浮かべる里中さんに、花村くんはシルエットがどうして久慈川りせだと言えるのか力説すると彼女を見る。
「……なんであたし見んのよ」
「とにかく間違いねんだって! ……な!」
見られている事に気が付いた里中さんが怒気を孕んだ声でそう問うと、彼は慌てながらそう言って巽くんの背中を叩いた。
仲間とはいえ、流石にあれは失礼だろう。まあ、過去に色々とやっていた私が言えた事ではないが。
「あー、行くんすか? オレぁ、芸能人とか興味ねえけど、ヒマだし……ま、付き合いますよ」
「あたしと雪子は先約あるから。何かあったら携帯に連絡して」
どうやら彼らはは一緒にマル久へ行くらしいが、女子の2人は別の予定がある為彼らと一緒には行けないようだ。
まあ、かくいう私も詩野さんとの約束があるから、彼らにはついていけないのだが。
「私もこの後予定があるから、連絡してちょうだい」
「おう、分かった」
花村くんの返事を聞いた私は鞄を持つと、里中さんと天城さんに続いて教室を後にした。
さて、彼らと別れた後、私は詩野さんと共に四目内書店で本を漁っていた。マル久豆腐店と隣接している所為で、外の喧騒が店内まで聞こえてくる。四目内書店は商店街の南側にある個人経営の書店で、小さいながら時折本棚に絶版になった本や有名小説の初版本が並んでいたりするとんでもない書店だ。
「あ、 "銀河鉄道の夜" だ、懐かしいなー。わ、箱も付いてる……あれ? タイトルが逆だ」
「まさか、初版? しかも箱付きって……」
規則正しく並んだ本棚の間で、茜が古ぼけた本を手にとって言った。銀河鉄道の夜は1941年に新潮社から発行された本だ。それの初版でしかも箱付き、市場には滅多に出回らない貴重な品である事は間違いない。見たところ目立った痛みや汚れも無く状態はかなり良好、ここまでの物に出会う事は生きてるうちではまず無いだろうと思える。
言ってるそばからこれとは、全くこの書店は本当にどうなっているのか。
「これって、珍しいの?」
「ええ、とても貴重な品よ」
「ほんと? じゃあキープしとこっ!」
質問に答えると、詩野さんは嬉しそうに本を抱きしめた。そのままくるくると回り出しそうな雰囲気の彼女だったが、不意に店の外を不思議そうな顔で見始める。何かあったのかと私も外を見ると、不満そうな顔をした住人たちがぞろぞろと商店街から離れていくところだった。
「りせちー見れなかったのかな?」
「あの様子だと、そうなんでしょうね」
芸能人なんてそう簡単に見れるものではないのだから、この結果は当然だろう。勝手に期待しておいて裏切られたと悪態を吐くとは、なんとも身勝手な話だ。まあ、それが人間というものか。
「そういえば、ほむらちゃんってりせちーと会った事あるんだよね?」
「……どうだったかしら」
「え、もしかして憶えてないの!? 」
「いえ……ああ、あのテレビね」
そういえば、前に冲奈で取材を受けた記憶がある。クラスメートからぽつぽつ声をかけられるようになったのも、あれが原因だったと思う。だがあの頃は確か、まだ精神的に余裕が無くて周りを気にかける事など出来なかった筈だ。なら、憶えていないのも仕方がないのかもしれない。
「ほんとビックリしたなー。テレビ見てたらいきなりほむらちゃん出て、ビックリし過ぎて牛乳噴き出すところだったよ。学校でもみんなほむらちゃんの事話してて、私もほむらちゃんの事沢山訊かれたし」
「そんな騒ぎのなってたの?」
「うん、凄かったよ。だってあの番組スタジオ出演してくれる人しか映さないのに、勿体無いからって理由でほむらちゃんを取材してるところ流したんだよ?」
それを聞いて、思わず溜め息が出そうになる。まさかそんな事になっていたとは思わなかった。
しかし何故、あの時の私はテレビの取材を受けたのだろう。たまたま機嫌が良かったのか、それともニュース番組の街頭インタビューとでも思ったのか。自分でも不思議だ。
「勿体無いからって……視聴率が欲しいのは分かるけど、そんな理由で流さないでほしいわね、全く。ところで、いつまで本を抱きしめているの?」
「え? あ……忘れてた」
私に指摘されて気が付いたらしい詩野さんは、たははと笑いながら本を小脇に抱えた。途中で落とさないか少しだけ心配だ。
「さて、そろそろ私も本を探そうかしら。何かおすすめの本はない?」
私がそう訊くと、詩野さんは私の質問に少しだけ驚い後、嬉々として答えた。
「え? あ、うーんとね……そうだ、江戸川乱歩先生の "鏡地獄" なんてどうかな!」
実は彼女、その可愛らしい見た目に反して、何故か酷く後味の悪い終わり方をする作品や背筋が薄ら寒くなる様な気味の悪い作品が大好きで、中でも特に江戸川乱歩の "パノラマ島綺譚" という作品がお気に入りなんだそうだ。残念なことに私はその手の作品があまり好きではない為、度々彼女から勧められる作品は殆ど読んでいない。ハマる人はとことんハマるらしいが、私にはどうにも馴染めなかった。
「……江戸川乱歩以外で教えてちょうだい」
「えー、面白いのに……じゃあ平山夢明先生の "独白するユニバーサル横メルカトル" !」
「……平山夢明以外で」
「真梨幸子先生の殺人鬼フジコの衝動!」
「真梨幸子以外で」
「貴志祐介先生の "クリムゾンの迷宮" ッ!」
「貴志祐介以外で。……そうね、海外の作品が良いわ」
「うー……あ! じゃあカフカの――」
「カフカ以外で」
「もう、ほむらちゃん我儘だよ!」
「貴女が、読んだ後鬱になる様な作品ばかり勧めるからでしょう? 私はもうバッドエンドなんてごめんよ」
全く、どうして彼女はその手の展開で有名な作品ばかりを並べるのか。新手の嫌がらせか何かかと思わず邪推してしまう。
ふと彼女を見ると、酷く嬉しそうに笑っていた。何がおかしいのだろうか、私がそう疑問に思ったのと同時に彼女が口を開く。
「ほむらちゃん、変わったね」
「そう?」
「そうだよ。だって、前はこんな風にふざけたりしても、全然反応してくれなかったもん」
「……確かに、そうだったわね」
少しの沈黙の後、感慨深い声色で私はそう応える。思い返してみれば、詩野さんとの会話は殆ど彼女が喋っているだけで、私はたまに相槌をうつだけだった。
私も前と比べて、随分と変わった。
「やっぱり、鳴上くんのおかげかな?」
「どう……なのかしら」
曖昧な返事をした私に、詩野さんはころころと笑いながら言った。
「きっとそうだよ。だってほむらちゃん、最近鳴上くんたちと一緒にいる事多いもん」
言われてみれば、確かに最近は彼らといる事が多い気がする。 "あんな事" があった所為で、彼らとは比較的に距離が近くなったのもあるのだろう。
私は、私が変わる "きっかけ" を作ったのは彼らなんだと、改めて実感した。
「それに、鳴上くんたちと話してる時のほむらちゃん、楽しそうだった」
直後、彼女の瞳は憂いを帯びる。
「……ちょっとだけ、嫉妬しちゃうな」
その呟きを聞いて、彼女がそういう感情を表に出すところを見たことが無かった私は驚くと同時に、彼女の気持ちに気が付けなかった自分に憤りを感じた。
彼女はきっと、1年も一緒にいたのに何の役にも立てなかったと思っているのだろう。
「……詩野さん」
でも、それは大きな間違いだ。
「うぁ!? な、なに? もしかして、聞こえてた?」
確かに私が変わった原因は彼らだが、それは "詩野茜" という少女の存在があったからこそのものだ。
「貴女がどう思っているかは分からないけれど、私が変われたのは間違いなく貴女のおかげよ。だから……感謝してるわ」
だから、そんな風に考えないでほしい。私にとって貴女は、この町で初めて出来た "友達" なんだから。
「ありがとう、 "茜" 」
彼女の瞳を見つめながら、私は精一杯の感謝を伝えた。
「ほむら……ちゃん……」
彼女が、私の名を呼ぶ。どうやら、想いはきちんと彼女に伝わったらしい。嬉しいような、恥ずかしいようなどっちつかずな気分だが、悪くはない。
「やっぱり凄いなあ……ほむらちゃんは」
そう呟く茜の瞳からは、既に憂いの色は消えていた。
「貴女の方が凄いわ。こんな無愛想な私に、1年も付き合っていたんだから」
「そんな、全然無愛想なんかじゃないよ、ほむらちゃんは」
彼女は満面の笑みを浮かべると、私の瞳をまっすぐ見る。
「ほむらちゃんはもう憶えてないかもだけど、私が落ち込んでた時に優しい顔で励ましてくれた。私が喜んでた時も、一緒に少しだけ喜んでたもん」
「本当に?」
「うん!」
私の問いかけに、彼女は元気よく頷いた。どうやら私が思っていた以上に、彼女は私をよく見ているようだ。
「それに今だって、ほむらちゃんすっごく嬉しそうに笑ってるし」
自分の顔を右手で触ってみると、確かに笑っていた。自然と笑っていたらしい。
「本当だ。私、笑ってる」
くつくつ笑いながら右手を顔から離すと、私は満面の笑みを浮かべて言う。
「貴女のおかげね」
すると、彼女も私に負けないくらいの笑顔で言った。
「私も、ほむらちゃんのおかげですっごく嬉しいよっ!」
私たちは笑い合うと、日が暮れるまで色々な話をして過ごした。1年間も一緒にいたのにお互いに知らないことばかりで驚いたけど、だからこそ相手のことを知るのが楽しくて、嬉しくて仕方がない。まるで、長年の夢が叶ったみたいに幸せだ。
私は、頭に結んだリボンにそっと触れると、茜に呼びかけた。
「ねえ、茜」
「なに? ほむらちゃん」
「私、今最高に幸せよ」
コミュニティ:暁美ほむら
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