東方短編恋愛録   作:笠原さん

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ようやくこの子を出せた…
関係無いですけど、笑ってる顔が一番表情筋を動かすらしいですね。
文字数平均を6千以下に戻したかったので、今回は何時もより少し短めです。

 


笑顔の為に出来る事を

 

 トントントン

 

 リズミカルな音を立てて、包丁が葱を細かく輪切りにしていく。

 

 最初のうちは難しかった。

 何度も指を怪我した。

 けれど、貴方の為と何度も何度も練習を重ねるうちに上達したよ。

 

 グラグラグラ

 

 火に掛けたお鍋には、味噌汁が煮られている。

 

 ダシもキチンと取ったよ。

 幻想郷において味噌と煮干しは貴重な食料だけど、貴方の為だから奮発しちゃう。

 

 焼き魚は既にお皿に移してある。

 

 お姉ちゃんに無理言って手に入れた鮭だよ。

 貴方の好物なんだってね。

 皮までしっかり焼いたよ。

 

 ご飯ももう炊けている。

 

 エネルギー源の炭水化物。

 これぞ日本の朝ご飯!だったっけ?

 朝ご飯にこれを欠く訳にはいかないよね。

 

 朝ご飯は一日の原動力。

 貴方が一日頑張って働けるように、私もこうやって応援してるのよ。

 

 愛情たっぷり、栄養満点の朝ご飯。

 今日も今日とて一生懸命作ったわ。

 冷めないうちに食べて貰わわなきゃ。

 

 さ、先ずはお寝坊さんな貴方を起こさないと。

 こうやって貴方の寝顔を見ていられるのって、やっぱりお嫁さんの特権よね。

 

 出来ればずっと眺めていたいけれど、このままじゃ貴方が仕事に遅れちゃう。

 名残惜しいけど、仕方ないわ。

 

 ほら、起きて。

 朝ご飯できてるよ。

 

 軽く揺さりながら私は声を掛ける。

 

「うーん…」

 

 どうやらまだ寝ぼけているみたいだね。

 まったく、可愛いなぁ。

 

 …いけないいけない、早く起こしてあげないと。

 朝ご飯が冷めちゃうし、親方に怒られちゃうよ。

 

 それに今日は夕方から宴会があるんでしょ?

 薬やら何やら色々準備しなきゃいけないよ。

 

「…はぁ」

 

 溜息を一つ吐いて、ようやく身体を起こす貴方。

 布団から出るのってかなり辛いよね。

 今日みたいな寒い日だと特に。

 

 さ、ほら。

 お味噌汁飲んであったまろ。

 

 朝ご飯の匂いに気付いたのか、目をぱっちり開いた貴方。

 良い匂いがすると目が覚めるよね。

 

 さらに大きく溜息を吐いて、貴方は食卓に着く。

 

 なんだろう。

 そんなに朝起きるのが嫌なのかな?

 それとも仕事に行かなきゃいけないのが嫌なのかな?

 

 それならそうと言ってくれればいいのに。

 お姉ちゃんは何時でも地霊殿に来ていいって言ってくれてるもん。

 貴方さえ良ければ直ぐにでも引っ越せるのよ?

 

 朝起きるのが嫌だって言うのは、私には解決してあげられないけど…

 でもその分、私が一日を楽しくしてあげるよ。

 

 だからほら。

 何でも私に相談してみて。

 幸せだけじゃなくて悩みも分かち合ってこそ、夫婦ってものじゃない。

 

 …あれ?

 朝ご飯食べないの?

 顔をしかめ、朝ご飯に手を付けずに立ってしまう貴方。

 

 むー、折角頑張って作ったのに…

 あ、もしかして体調が良くないのかな?

 気分が良くないのかな?

 

 それじゃ大変ね。

 今日はしっかりと眠って養生して貰わなきゃ。

 仕事になんて行ってる場合じゃないね。

 

 安心して。

 親方には私が伝えておいてあげるから。

 

 あれ?

 そんなに早く着替えてどこ行くの?

 薬師の所に風邪薬でも貰いに行くの?

 

 それなら私が貰って来てあげるからいいのに…

 

 …あ、もう!

 もう出て行っちゃった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薬師の所かなって思ってたけど、貴方が向かっていたのは寺子屋。

 そんな所に行っても風邪の治療法は教えて貰えないし薬も貰えないよ?

 

 まったくもう…

 私だって風邪の対処法くらいしってるし看病も出来るのに…

 

 あ、もしかして私に移しちゃ悪いっておもったのかな?

 そんな事なら心配してくれなくていいのに。

 

 私は妖怪だからそう簡単には病気にならないもの。

 そもそも、貴方の為なら風邪くらいどうってこと無いわよ。

 

 私の事を放っぽって、半人半妖の教師と会話している貴方。

 私がそばに居るって言うのに他の女とヒソヒソ話すなんていい度胸してるじゃない。

 もう朝ご飯作ってあげないよ?

 

 …なんて、ね。

 ビックリしちゃったかな?

 へへ、そんな事するわけないじゃない。

 

 安心して。

 貴方の食事を作るのも私の役目であり楽しみなんだもの。

 むしろ、私の作った料理以外口にしてほしく無いくらいよ。

 

 最近貴方はあんまり食事を取ってないけど、やっぱり体調が悪いんだよね。

 顔色が悪い日が多いもん。

 

 でも、しっかりご飯を食べないと治るものも治らないよ。

 体調が悪いからって食事を抜くと、余計体調が悪くなっちゃう。

 

 あ、もしかしてもしかして。

 その女が貴方のストレスの原因なのかな?

 

 大丈夫だ、とか。

 安心しろ、とか。

 任せてくれ、とか。

 私が護ってやる、とか。

 

 危ない雰囲気の言葉が聞こえてくるよ。

 

 里で暮らす権利をやるからその代わり私の男になれ。

 そんな感じなのかな?

 確かに貴方は人間だから、里で生活出来ないと困るんだよね。

 

 貴方は優しいから、そんな変な女に目をつけられちゃったんだね。

 貴方にとってはさり気ない優しさなのかもしれないけど、受け取る方は誤解しちゃう事だってあるんだよ?

 だからあれ程私以外の女に好意を振りまかないでって言ってるのに…

 それも貴方の性格だから、仕方ないのかもしれないけどね。

 

 まったく…

 なんて悪い女が里を支配してるんだろ。

 

 貴方も私に相談してくれればよかったのに。

 さっきも言ったけど、地霊殿はいつでも貴方を迎える準備が出来てるんだよ?

 

 勿論、もう貴方の部屋もあるよ。

 貴方の好きな本や家具を揃えた、貴方と私だけの部屋。

 まだ貴方の事を全部知ってるわけじゃないから全部は揃い切ってないけど、それは一緒に生活し始めてからでも大丈夫だよね。

 

 おっと危ない危ない。

 私ったら妄想しちゃってたわ。

 そんな事よりも現実に目を向けないと。

 今は貴方をその女から助ける方が先だよね。

 

 安心して。

 私の手にかかれば直ぐに丸く収められるから。

 

 大丈夫よ、ちゃんと貴方には被害がいかないように遺書も書かせるから。

 貴方の里の生活は私が護るわ。

 

 出来れば今直ぐにでもこの女を始末して貴方のストレスを取り除いてあげたいけど、流石に貴方の目の前でそんな事をするわけにもいかないわ。

 人間である貴方にそんな光景は見せたく無いもの。

 

 人間はそう言う事を見るのに慣れてないんだよね。

 だから下手したらトラウマになっちゃうからやめときなさいって、お姉ちゃんが教えてくれた。

 

 貴方には笑っていて欲しいから、私は貴方の前でそんな事はしない。

 

 自分で言うのも難だけど出来る女ね、私。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風邪じゃない事が判別したから次は仕事に行くと思っていたけど、何故か貴方は神社に向かった。

 私も一度訪れた事がある、山の上の守矢神社。

 こんな所に何か用事があるの?

 

「いらっしゃいませ!御参拝ですか?」

 

 神社の中から、白と緑の巫女が出てきた。

 出てきていきなり御参拝ですか?だなんて常識の無い女だね。

 貴方と会話させたくないわ。

 

 まぁ、うん。

 非常識とか関係無く、貴方に他の女と会話して欲しく無いんだけど。

 流石にそれは難しいって分かってるから私も我慢するわよ。

 

 それに、貴方が一番想ってるのは私の事だって分かってるもの。

 他の女に興味が無い事も、ちゃんと理解してるよ。

 それでもちょっと嫉妬しちゃうのは許してくれるよね?

 

「お祓い…ですか?任せて下さい!」

 

 元気いっぱいに頷く緑巫女。

 その言葉と威勢に少し安心したような顔をする貴方と対象的に、私は顔を曇らせる。

 

 お祓いって何よ。

 貴方には何も取り憑いて無いよ。

 もし取り憑いてたら私が追い払ってるもん。

 それなのに任せて下さいだなんて、もうやってる事が詐欺だわ。

 

 そうやって気を引こうとするなんて、こいつも悪い女だね。

 人の心が弱ってるのを良い事に、そこに付け込むだなんて。

 

 これだから地上の女は…

 貴方も早く地底で暮らそうよ。

 地霊殿なら私とお姉ちゃんとペットしか居ないから安心だよ?

 お姉ちゃんは嘘をつかないし、お空は嘘をつけないし。

 

 いや、貴方がまだ里で暮らしていたいって言うなら無理にとは言わないわ。

 ただ、そう言う選択肢もあるって事を覚えていてほしいの。

 

 くだらないお祓いが終わって、何故か貴方はサッパリした様な表情をする。

 

 騙されてる、騙されてるよ貴方…

 これがプラシーボなんたらってやつだね。

 元から貴方には何も取り憑いて無かったのに。

 

 下手に自信満々な緑巫女のせいで、お祓いがしっかり済んだと勘違いしちゃったんだね。

 お祓いも何も無いって言うのに。

 

 だからほら、そんな簡単に笑顔を振りまかないで。

 またそいつも勘違いさせちゃうよ。

 

 うーん。

 

 貴方が魅力的なのは私としては嬉しいけど、魅力的過ぎるって言うのも問題だね。

 変な虫が寄り付き易いよ。

 

 でも、まぁ私が護ってあげればいいだけか。

 それもお嫁さんである私の役目だものね。

 

 緑巫女も始末しようと思ってたけど、貴方の表情を曇らせる事が無かったから見逃してあげよ。

 お祓い代も取らなかったから、初犯って事で多目に見るわ。

 

 でも、もしまた今回みたいに騙す様な事をしたら…

 

 …そもそも貴方をこの神社にこさせなければ良いだけだったね。

 なんだ、簡単に解決出来るじゃない。

 

 貴方の行動を制限するつもりは無いけど、貴方自身行きたくないって思わせればいいのよね。

 今日のお祓いの事を教えてあの巫女は嘘つきだって知って貰えばいいか。

 

「では、また来て下さいね!」

 

 元気いっぱいに見送る巫女。

 ふんだ、二度とこんな所にはこさせないわ!

 

 見れば、貴方はおにぎりを齧りながら階段を歩いていた。

 美味しそうに食べる表情は、私の心を温める。

 もう、やっぱりお腹空いてたんだね。

 

 

 …そのおにぎり、誰に貰ったの?

 

 

 はぁ、やっぱりあの巫女もやらなきゃダメみたいだね。

 こんな事して貴方の気を更に引こうとするなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りに買った天婦羅やお酒を、嬉しそうに机に広げる貴方。

 何だか貴方がそんなに活き活きとした表情をするのって久しぶりじゃない?

 やっぱり料理の力って凄いね。

 

 出来ればその表情を私の料理を食べた時に見せて欲しいんだけど、今日の夕飯は時間的に作れなかったんだよね。

 貴方と同じスピードで歩いていたら貴方より先に家に着ける筈が無いのにね。

 

 でも明日は三食全部私が作るから。

 あ、ごめんごめん。

 明日はじゃなくて明日からは、だったね。

 

 貴方の反対側に腰を下ろし、貴方の幸せそうな表情を眺める。

 うんうん、やっぱり貴方は笑顔じゃないと。

 

 貴方が途中でお手洗いに立った隙に、私は貴方の箸で食事を摘まむ。

 

 べつに妖怪である私が食事を取る必要は無いけど、貴方がどんな味の物を食べたら喜ぶか知りたかったのよ。

 間接キスを狙った訳じゃないもんね!

 

 うーん、確かに美味しいけど少し味付けが濃い気がするな。

 貴方は人間なんだからもう少し健康に気を付けなきゃ。

 そんなに塩分を取ってお酒を飲むなんて。

 

 …あ、これってもしかして妖怪になるって言う意思表示だったりするのかな?

 確かに妖怪なら健康に気を配る必要なんて無いし寿命も殆ど無くなるからね。

 

 …むむむ、貴方もなかなか恥ずかしがりやね。

 私に直接言ってくれればいいのに。

 それとも貴方は、私なら気付いてくれるって思ってたのかな?

 ならしょうがないね。

 

 いや、でもまだ分からないわ。

 私一人の思い過ごしって可能性もあるわ。

 喜ぶのは確認してからにしないと。

 

 お手洗いから、貴方がようやく戻って来た。

 

 ようやくって言ってもまだ一分も経ってなかったけど。

 貴方を待つ時間は、どうしても長く感じちゃうんだよ。

 一緒に居る時の時間は一瞬なのにね。

 

 腰を下ろした貴方は、一度箸を手に取り…何故かそのまま下ろした。

 

 ハァ…と。

 そしてまた、溜息一つ。

 

 何だろう、今日の朝もこんな貴方を見た気がする。

 あ、もしかして私が少し摘まんじゃったの怒ってる?

 ゴメンゴメン、そのくらい許してよ。

 

 貴方の為に、貴方の好きな味を調べてただけよ。

 その分明日の夕飯はその天婦羅より美味しいもの作ってあげるからさ。

 

 …むー、ゴメンって。

 

 私が謝ってるのに、貴方はそのまま食事を片付けて布団を敷いてしまう。

 ちょっと流石にひどくない?

 

 でも確かに先に悪い事したのは私だし…

 

 よし!

 明日は三食とも豪華に作っちゃおう!

 貴方がビックリするくらい綺麗で美味しい料理にしちゃおう!

 

 あと、あの教師と巫女の事を片付けて貴方を安心させてあげよう。

 貴方のストレスの根元、私が解消してあげるわ。

 

 そのくらいすれば貴方も流石に許してくれるよね。

 意地張って悪かったって言ってくれるよね。

 もしかしたらそれ以上も…ふふ。

 

 さ、やる事が決まったなら早速準備しなきゃ。

 

 明日の分の食材を集めて下拵えして、寺子屋に行って神社に行って…

 それを全部今晩中に、なんて。

 ふふふ、忙しくなるね。

 

 でも、これも全部貴方の為だもの。

 貴方を笑顔にする為だもの。

 そう思えば、なんて事ないわ。

 

 私はこんなに頑張るわ。

 貴方為になら何だって、どんな事だってするわ。

 

 だから…ね?

 

 

 

 明日もまた、笑顔を見せてくれるよね?

 

 




楽しんでいただけましたか?
前回と前々回の遊んでしまった感じから、文章も展開も視点もガラッと戻してみました。

果たして僕は今までに甘々な話を書けていただろうか…
当初の目標、って言うか今も一応甘ったるい話を書こうとしているんですよね。
一応、今回も最初はそうだったんです。
なんかそれっぽい始まり方をしているでしょう?
題名もほら。
そして乙女っぽい台詞で〆、と。
…はい、次回頑張ります。

誤字脱字、コメント、アドバイスお待ちしております。
気軽に話し掛けて下さい

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