東方短編恋愛録   作:笠原さん

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Decoration Dreamin'②

 

絵本の1ページみたいに進んでいく物語。

モノクロの小説に絵具を落としたそんなお話はとうに始まっていて。

けれど、終わるにも早い。

行って仕舞えば、これもまた中間地点の数ページ。

 

 

まるで朗読するかの様に、私はストーリーを進める。

ここまでの私1人のモノローグ。

ここからの2人のプロローグ。

飽きもせず聞いてくれてありがとう。

お話の真意は、もう読み取れたかしら?

 

 

そして続くのは、私1人が望む…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、今日はこのくらいかしら?」

 

 

そう言って、私はティーカップを傾ける。

既に冷め切った紅茶を最後まで飲みきり、対面した男性へと声を向けた。

 

 

「ありがとうございます。自分で言うのも難ですけどかなり上達してきましたね」

 

 

「それはそうよ。私が教鞭をとってるんだもの」

 

 

それを私が言うのも難なのだけれども。

人形を片付け始めた彼へと、上海を使って紅茶を届ける。

お疲れ様の意を込めた温かな贈り物。

それを貴方は笑って受け取った。

 

 

なんやかんやありながらも、私は彼に人形師としての技術を教えていた。

一度言ってしまった事を曲げるのは私のプライドに障る。

勢いで言ってしまった事でもそれは変わらない。

やるなら、徹底的に。

 

 

私の家で授業を始めてから約二ヶ月。

週に2.3日程の個人レッスンの成果は、思ったより早くに訪れていた。

元より彼には才能があったのかもしれない。

その才能を伸ばせたのも私の指導が以下略

 

 

優しい優しい私は、毎度毎度町と私の家の間の彼の送迎をしてあげていた。

彼は大丈夫だと言っていたけれど、危険の蠕く魔法の森で生徒である彼に死なれたのでは目覚めが悪い。

それにどちらにせよ素材の調達のために町へ赴くのだから、それが週に一度増えたところで何の問題も無いのだ。

 

 

そのお礼及び授業料として、彼は私に色々な料理を提供してくれた。

元より手先は器用な様で、見たことも無いお菓子や料理を作ってくれる。

魔法の森で引き篭もって用がある時以外出歩かない私には、外の世界のお菓子を知る機会はほぼ無い。

初めての味や食感のお菓子を、割と私は楽しみにしていた。

 

 

「さて、そろそろ暗くなるし送っていくわ」

 

 

「あ、じゃあ今日の分のお礼と言っては難ですけれど」

 

 

そう言って、彼は小さな包みを差し出した。

簡単なラッピングをほどくと中から甘い匂いが香る。

 

 

「外の世界のマカロンっていうお菓子らしいです。紅茶でも淹れてどうぞ」

 

 

「有難く頂くわ」

 

 

扉を開けて外へ出る。

鬱蒼と繁った木々に対し、空は鮮やかに赤く染まっていた。

雲ひとつ無い上空には薄っすらと月が浮かぶ。

もうすぐ陽が完全に落ちて妖怪の時間となってしまうけれど、私自身にとってそれは然程問題ではない。

 

 

「改めて、今日もありがとうございました。この調子で頑張ります」

 

 

「えぇ、家でも少しは練習するのよ」

 

 

「もちろんです。まだまだ未熟なのは自覚してますから」

 

 

他愛の無い会話は、中身が薄い割に時間の経過が早い。

楽しい時は直ぐ過ぎてゆくというけれど、ならばそんな会話を私は楽しんでいたのだろう。

気が付けば空は完全に暗くなり、私達は人里の門の前に着いていた。

 

 

「では、また」

 

 

「ええ、また」

 

 

手を振って、本日はお仕舞い。

彼と別れ、私は来た道を戻る。

 

 

何も見えない色の無い夜道は、歩いていても楽しいものではない。

来た時よりも長く感じられる時間を歩き、それでもまだ木々に囲まれた景色は変わらず。

なんとなく早く戻りたくなった私はさっさと飛んで戻ることにした。

 

 

慣れていると思っていたけれど、案外1人って言うのはつまらないものね。

 

 

飛んでしまえばもう速い。

直ぐに自宅に到着した私は、少し散らかった部屋を上海に片付けさせる。

何故だか先程よりも少し寒く、広く感じる部屋。

不思議なものだ。

 

 

…また、ね…

 

 

まったくもって不思議なものだ。

人形に囲まれていると言うのに、もうずっと1人で暮らしてきたのに。

 

 

また早く、会いたいと感じるだなんて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付いてしまえば、物事は早い。

同じ人形に興味を持った人と長い時間を過ごしていたのだ。

当たり前と言えば当たり前の事。

私の人生からすれば圧倒的に短いけれど、それでも。

濃度、密度がこれまた圧倒的に違った。

 

 

だからこそ、この雨が鬱陶しいわね…

 

 

本日も彼に教鞭をとる予定の日。

もう何時もと言っても差し支えのないくらいのルーチンワークと化した時間を、けれど今日は過ごせそうにはなかった。

それくらいに、酷い雨。

 

 

普段程度の雨ならば傘をさして迎えに行く予定だったのだけれど。

残念な事にこの雨は普段通りと言う表現に収まってくれそうにはなかった。

数メートル先の木の色すらわからないくらい、まるで滝の様に降り注いでいる。

おそらく人里の方では大騒ぎになっている事だろう。

 

 

鮮やかな日々から色を奪う様に、雨はずっと流れ続ける。

これでは今日は彼には会えない。

まったくもって残念な事だ。

 

 

…もう、分かって貰えると思うけれど。

もう既に、私にとって貴方の存在は大きなものになっていた。

 

 

惚れっぽい?冗談じゃないわ。

そういう事のきっかけなんて些細な事だし、そういう事に期間は関係無い。

まぁ、誰が何をどうこう言おうが構わない。

結果として発生したこの感情が変化するわけでは無いのだから。

 

 

憂鬱な雨の午後、私はティーカップを傾ける。

早く、この雨が上がる様に。

早く、また…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日めくりカレンダーなんて洒落たものはないけれど、あるとしたら私の部屋のゴミ箱の底が紙で埋まるくらいに日が経った。

ようやくにして上がった雨の次の日は、それまでの憂鬱を吹き飛ばすくらいの快晴。

久々に窓を大きく開けて換気し、私は靴を履いて外へ出る。

 

 

地面が泥で泥濘んでいるけれど、空路を行ける私には関係無い。

鮮やかに光る空を、心地良い風を切ってすすむ。

もしかしたら私は笑っていたかもしれない。

だって、何故なら。

 

 

久々に、貴方に会いに行けるのだから。

 

 

会わなければ会わない程、最初は小さかった想いは大きくなる。

勘違いかもしれなかった感情は、既に自分では否定出来ないくらいに大きくなっていた。

まったく、我ながら単純なものだ。

 

 

人里へ着き、自身の足で歩く。

昂ぶる気持ちを抑え、わざとのんびりと。

もうすぐ、もう少しで。

 

 

そして、だから。

 

 

私は、認めない。

私の幸せを奪おうとする可能性は、認めない。

例え彼にそんなつもりがなかったとしても。

私から彼が離れてしまう可能性は、許さない。

 

 

笑顔を絶やさず、私以外の女の子と話す貴方へと近づく私の指には。

絶対に切れる事の無い、操り糸が伸ばされていた。

 

 


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