東方短編恋愛録   作:笠原さん

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はい、ええ、ごめんなさい。
サブタイで予想付いたでしょうが、今回は彼女です。
とわに、ですよ。
さぁみなさん、右腕を挙げて楽しく歌いながら読んでね!

それでは、どうぞ
 


永久に遠きレプリカの愛

 

 意識が、戻る。

 

 重い瞼を擦り、無理やりながら目を開く。

 脳は覚醒しきっているが、日頃の疲れのせいか中々視界はクリアにならなかった。

 目を開けば見慣れた天井。

 障子の隙間から漏れる月の光と静寂さが、今はまだ夜だと教えてくれる。

 

 なんでこんな時間に起きてしまったのかしら…

 汗の不快感のせいなのだとしたら、障子を開けて風でも通すべきかしらね。

 妙に怠い身体を起こし、障子と襖を少し開ける。

 いやそもそも、寝る前には控えるべきだったのかもしれないが。

 

 おそらくまだ眠りに落ちてからそれ程時間は経っていない筈。

 月の位置と体内時計から考えるに、現在大体三時前後だろう。

 よかった、と一息。

 これがあと一時間遅ければ、明日の朝起きるのが大変になっていた。

 

 春も終わり服の袖が短くなり始める時期だけれど、夜の風は涼しく心地良い。

 今からもう一度風呂へ赴く必要も無い。

 これならまた直ぐに寝付けるだろう。

 

 ふと。

 

 突然思い出し、左右に首を振る。

 視界に入るのは、捲られた掛け布団に敷き布団。

 白衣の掛かった椅子と書類の山の乗った机。

 先ほど自分が開けた障子と襖。

 

 …居ない。

 

 更に首を回す。

 湯飲み、戸棚、写真。

 ペン立て、薬瓶、弓矢。

 箪笥、水差し、記録書。

 

 居ない、居ない!

 

 障子を全開にし、月の光を頼りに探すが、部屋に彼の姿は見つからない。

 他の住人が騒音で起きてしまう事も厭わず布団を捲り押入れを開き机を退けた。

 自分で馬鹿な事だとは理解しつつも、それても一度捜した場所をもう一度捜す。

 

 居ない!居ない!居ない!居ない!

 

 何処?何処に行ったの?!

 寝る前まではちゃんと居たのに!

 私を抱き締めてくれていた筈なのに!

 

 姫様を叩き起こして捜させようと思ったが、朝までは起きないようにしてしまっていた事を思い出す。

 弟子の方には弱みを見せたくないのでパス。

 小腹が空いて起きてしまったのかと、台所を捜しても居ない。

 汗が心地悪くて起きてしまったのかと、風呂場を捜しても居ない。

 永遠亭中を走り回って捜しても、彼の姿は見つからない。

 

 焦燥感が正常な思考を阻害する。

 また目の前から彼が居なくなってしまったと言う現実を受け入れられない。

 こんな現実、受け入れたく無い。

 

 だんだんと、これは夢なんじゃないかと思えてきた。

 

 そう、これはきっとタチの悪い夢。

 普段の疲れのせいで、私は悪夢を見てしまっているのよ。

 だって、彼が私が私を置いて何処かへ去ってしまった事なんて一度も無かったのだから。

 なら、朝がくれば彼は戻ってくる。

 夢が覚めれば、彼は必ず私の前に戻ってくる。

 

 彼が私の前から消えてしまうなんて有り得ない。

 そんな事があっていい筈が無い。

 そんな現実は認めない。

 そんな夢なんて、早く覚めてしまえ。

 

 散らかした布団を整え、もう一度もぐる。

 夢から覚める為に夢の中で眠るなんて馬鹿げているかもしれないが、他に手段が思いつかないのだ。

 目を瞑り、眠りに落ちるのを待つ。

 しかし、汗と焦りでなかなか寝付けそうにはなかった。

 

 姫様のいざという時の為に作っておいた蓬莱人にも効く睡眠薬を二錠。

 まだ試飲していないが、おそらく効くはずだ。

 水差しで湯飲みに水を注ぎ、勢い良く飲み干す。

 再び布団へ戻り、効果が出るのを待った。

 

 少しずつ、瞼が重くなり始めた。

 やはり私はどんな薬でも作れるようね。

 朝起きれば、きっと…

 

 もう、私の前から彼が消える事なんて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠、おはようございます。もう直ぐ朝食の準備が終わりますのでそろそろ目を覚まして下さい」

 

 パチリ。

 そんな効果音がありそうなほどしっかりと、私は目を覚ました。

 

 既に太陽はのぼり、室内は明るくなっている。

 私を起こしに来た弟子の優曇華は此方が起きた事を確認するとまた台所へ戻って行った。

 毎日起こしに来てくれるのはありがたいし感謝しているが、今の私にとってそんな事はどうでもいい。

 

 それよりも…

 

「おはようこざいます。ようやく起きたみたいですね」

 

 貴方が、居た。

 私の隣に座り、私の起床を待つように。

 お姫様が夢から覚めるのを、じっと待つように。

 

「…おはよう。昨日の夜は何処へ行っていたの?」

 

 少し声を震わせながらも、私は貴方へ問い掛ける。

 あれはやはり夢だったのだろうか。

 それとも、何処かへ出掛けていたのだろうか。

 だとしたら私に一言書き置きぐらいあってもいいものなのに。

 

 ちなみに浮気等の心配は微塵もしていない。

 貴方がそんな事をする筈は無いと信じているから。

 

「あぁ、少し暑かったんで夜風にあたりにいってました。すみませんね、心配掛けてしまったようで…」

 

「いいえ、構わないわ。私が勝手に焦ってしまっただけだもの」

 

 思えば、私が起きた理由もそうだったのだから真っ先に考え付くべきだった。

 一応軽く外も見たつもりだったけれど、見逃してしまってたのでしょう。

 それと、よくよく考えたらあんな時間に私が起きるなんて思わなかったでしょうね。

 私が起きるまでに戻れば良いと感がえるのも当然の事だったわ。

 

 やっぱり焦ると思考能力が著しく低下してしまうわね。

 あれで焦るなと言う方が無理な話だけれど、もっとクールでクレバーな女性にならないと。

 一応は貴方の師匠なのだし。

 

 それに汗をかかせてしまったのは私のせい…

 

 思い出し、今更になって少し恥ずかしくなり首をブンブン振る。

 今度は恥ずかしさで思考がまわらなくなってしまう。

 おかげで、恥ずかしくなってしまっているのを気取られない様にする事までは気が回らなかったなかった。

 

「昨晩の師匠、可愛らしかったですよ」

 

 少しにやけ顏で、貴方はそんな事を言ってくる。

 そのせいで余計に思い出し、更に顔が赤く熱くなった。

 冷静な思考なんて出来やしない。

 

 これは不味い。

 話を逸らさないと恥ずかしくて死んでしまう。

 死なないけれど。

 

「ふ、二人きりの時は名前で呼びなさいと言っているじゃない。貴方の方こそ、恥ずかしいのかしら?」

 

「露骨に話を変えないで下さいよ…」

 

 露骨だろうがなんだろうが、話を変えなければ此方が不味いのだから仕方がない。

 そしてやはり照れているのか手を頭に当てる貴方。

 実は私だって未だに貴方の事を名前で呼ぶのを恥ずかしがっているのは内緒。

 

 さて、出来ればずっとこう言う風に会話していたいけれど、朝ご飯が冷めてしまっては勿体無い。

 蓬莱人である私や姫様は栄養を摂取する必要はないけれど、普通の人間である貴方はそうはいかないのだから。

 誰にも何にも邪魔されずに貴方とずっと一緒に居たいからと言う理由だけで蓬莱の薬を作れる程、私は馬鹿な女ではない。

 まぁ貴方の方から申し出があれば吝かでは無いし寧ろそんな決意をしてくれれば嬉しいけれど、前にさり気なく聞いたら断られてしまったし。

 

 若干トリップ仕掛けた思考を振り戻す為に頬を軽く叩く。

 そうそう、先ずは着替えなければ。

 今更何をと言う感じではあるが、やはり恥ずかしいので貴方には出ていてもらう。

 

「まぁいいわ、取り敢えず朝食にしましょうか。着替えるから少し外で待っていて頂戴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、師匠」

 

「ええ、おはよう」

 

 食卓へ着くと、既に朝食が並べられていた。

 白米、焼き魚、味噌汁。

 どれも特に何か凝った料理と言うわけでは無いが、やはり朝食はこうでないと。

 私は朝食を抜く事は多いけれど、やっぱり貴方は、ね。

 

 ちなみに、優曇華には栄養バランスを第一に料理を作るよう言ってある。

 貴方の身体を想っての事よ。

 何時までも健康で、長生きして欲しいもの。

 まぁどんな病気でも私の薬で一発なのだけれど。

 

 恋の病?

 専門外よ。

 

「そう言えば、輝夜様はまだ起きて来られないんですか?」

 

「えぇ、また夜更かししたのかまだまだ起きそうには…」

 

 少し、睡眠薬の量が多かったかしら。

 行為中に部屋を訪れられると一番厄介だから確実に朝まで寝かせようと夕飯に盛ったのだけれど、気合が入り過ぎてしまったようね。

 あと、貴方が姫様の心配をする必要は無いわ。

 

「起こして機嫌悪くされる方が大変だし放っておきなさい。さ、いただきます」

 

「いただきます。鈴…」

 

 鈴仙、と続けるのかと思ったが、そこで貴方は言葉を止めて箸を動かし始めた。

 どうかしたのかしら?

 もし私が嫉妬しない様にと気を遣ってくれていたのだとしたら嬉しいわね。

 

 特に何がある訳でも無く、食事はすすむ。

 薬の効果がそろそろ切れるだろうから、姫様ももうすぐ起きてくる筈。

 そうなると相手をするのが面倒なので、その前に部屋へ戻ろうと箸を急がせる。

 

 ふとみれば、優曇華の箸がなかなか動いていなかった。

 表情にも元気が無く、なんだかボンヤリとしている様。

 

「そう言えば、優曇華は最近寝不足なのかしら?だいぶ疲れてそうな顏してるわよ」

 

「えっ?そ、そうですか?まぁ最近どうも暑くて寝つきが悪くて。昨日も寝たの二時まわっちゃったんですよ…」

 

 確かにそうね。

 実際私も昨晩暑くて起きてしまった訳だし。

 

 私が起きる前に朝食の準備を終えていると言う事は、私より一時間近くは早起きしていると言う事。

 寝るのは私より早かった筈だけれど、全く睡眠を必要としない私と違ってある程度の睡眠時間が必要なのよね。

 とは言え、優曇華とてゐ以外に兎達を世話できる者も居ないし…

 

「後で睡眠薬かビタミン剤でも渡すわ。優曇華に倒れられたら大変だもの」

 

「それはそ…あ、ありがとうございます」

 

 今一瞬それはそうだと言おうとしていた気がするが、割と本気で疲れている様なので見逃す。

 実際優曇華が倒れると永遠亭は良い感じに機能停止してしまう。

 姫様は蓬莱人なのに一日三食とオヤツを希望するし、私は料理が苦手だし。

 

「あまり無いとは思うけれど、能力の酷使も注意よ。姫様や優曇華の能力はかなり疲れるやつでしょうから」

 

「…はい。そうですね」

 

 かなり元気が無い様ね。

 早く何か調合してあげようかしら。

 

「じゃ、後で私の部屋に来て頂戴。ご馳走様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「師匠。兎達の為に筍でも取りに行ってきますね」

 

「二人きりの時は名前で呼んでって言っているじゃない…まぁいいわ、あまり遠くには行かない様にね」

 

 なかなか名前で呼んでくれないわね。

 かと言って実際に呼ばれたら私も恥ずかしがるんでしょうけれど。

 

 永遠亭は迷いの竹林の中にある。

 少しでも永遠亭が視界に入らない場所へ行ってしまうと帰ってこれなくなってしまうかもしれないのだ。

 心配ではあるが、貴方は聡明だから大丈夫でしょう。

 なんたって私の弟子であり恋人なのだから。

 

「じゃ、行ってきます」

 

「ええ、気を付けていってらっしゃい」

 

 ガタン、と玄関が閉まる。

 

 …やっぱり心配ね。

 

 優曇華がてゐにでも見張らせようかしら。

 私自身が行きたい所だけれど、いってらっしゃいと見送った手前ついて行ってしまっては格好が付かない。

 

 でも、大丈夫よね。

 必ず彼は帰って来るわ。

 心配のし過ぎよ。

 前にもちゃんと帰って来ってくれたのだし。

 

 …?

 私、どうしたのかしら。

 前にもって、何時の事かしら。

 

 確か、下らない事で言い争いして彼が出て行ってしまったのよね。

 今思い返せばお互いに譲らな過ぎたわ。

 三日経って心配で気が狂いそうになっていた私の元へ、彼は謝罪の言葉と共に戻って来てくれた。

 

 そうよ、そんな三日も外に居た時に比べれば筍狩りなんて大したこと無いじゃない。

 ほんと、なんで私はこんなに心配していたのかしら。

 優曇華じゃないけど、私も疲れているのかしらね。

 

 自室へ戻り、優曇華の為に適当な薬を調合する為に記録書を開きページを探す。

 私は殆どの薬の作り方を覚えているけれど、一応いざという時時のために全て記録書に記してある。

 そして作る時に記録してある方法と自分の脳内の方法を照合するのだ。

 

 パラパラとページを捲る。

 次、次、次、次。

 

 ふと、手が止まった。

 とあるページに、少し気になる単語が記されていたのだ。

 

 反魂術。

 

 何故かしら?

 今のところ私の周りで死んだ者はいない。

 そもそも禁忌である死者の蘇生なんて、よっぽど私にとって大切な人でないと考えようともしない。

 

 じゃあ何故、私の記録書にこんな単語が?

 文字は自分の筆跡である事が分かる。

 けれど、私はそんな単語を書いた覚えは無い。

 それに、何故かその単語だけしか書かれておらず、材料や調合法は無い。

 

 私が忘れているだけ?

 いや、私の記憶力はそんな残念じゃないわ。

 そもそも、蓬莱の薬で散々反省したのにまた禁忌を破ろうとする筈が無いし、よしんば破ったとしても途中で研究を止める筈がない。

 

 見当が付かないけれど、単純にどうでも良い事だったから忘れてしまったか、酔った勢いかしら。

 にしても、このページだけかなり傷んでるわね。

 何か零したみたい。

 

 …っと、いけないいけない。

 今は優曇華の薬の方が先ね。

 反魂術についてはそのうち思い出すでしょう。

 

 にしても、恋人を待つ時間と言うのは長く感じるものね。

 ほんと、ほんの数時間でも気が狂いそうだわ。

 ってあら、まだ一時間も経っていないのね。

 

 でも、こんな平和な日々がくるなんて夢にも思わなかったわ。

 研究に明け暮れた日々よりも、蓬莱の薬を作っていた日々よりも。

 地球でひっそりと追手に怯えながら暮らしていた日々も、優曇華やてゐが来て少し騒がしくなった日々よりも。

 

 彼と出会ってからの日々の方が、よっぽど永く感じるわ。

 

 なんて、これじゃあ丸っきり恋する乙女ね。

 もう乙女なんて歳でも見た目でも無いけれど。

 

 さて、じゃあ彼が帰って来た時の為に夕飯でも作ってみようかしら。

 苦手だけれど、優曇華に教われば少しくらいなら大丈夫なはずよ。

 自分で言うのも難だけど、私は頭が良いから。

 それに、やっぱり恋人の料理は作ってあげたいものじゃない?

 今まではどうにも手が出せなかったけれど、思い立ったが吉日、挑戦してみようかしらね。

 

 ふふっ、空虚だった人生にまた一つ楽しみが増えたわ。

 貴方はなんて罪深い男なのかしら。

 こんな私に、幸せな日々を送らせるなんて。

 

 さ、早く帰って来ないかしら。

 

 私の、幸せそのもので。

 私の、人生そのもので。

 

 

 私にとって、私の全てな貴方。

 

 




 
如何だったでしょう。
やっぱりこういう話の方が書いてて楽しいですし僕に向いてる気がします。
輝夜も出したかったんですけど、文字数の関係で…
少し逸れますけど、鈴仙の能力って殆ど万能ですよね。
今回はその万能さに甘えさせて頂きました。

誤字脱字、コメント、アドバイスお待ちしております。
次回は今月中にいける…はず!
では、次回もお付き合い下さい
 

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