東方短編恋愛録   作:笠原さん

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時間あいてすみません。
急にこの子を書きたくなって勢いで作りました。

それでは、どうぞ
 


扉は開かず壁は壊せず

 

 扉の前に立ち、呼吸を整える。

 

 スーハースーハー、一呼一吸。

 長距離走には向かない呼吸法だけれど、別にこれから走る訳でも無いから問題無い。

 体力と精神を消耗すると言う点では同じたけど。

 

 脳内で、決めた言葉を呟き続ける。

 

 考える度に恥ずかしくなり別の言葉を探す。

 変えては替えては換えては代えて、ようやく決めるとまた他が浮かぶ。

 最初のうちは紙に書いていたけれど、直ぐにインクが切れてしまった。

 それ程までに想いが大きかったのか、それとも書き直しが多かったのか。

 

 拳を肩の高さまで上げ、再び下ろす。

 

 周りから見れば唯のストレッチ。

 女の子の扉の前での動作だと言う点を除けば、だけど。

 上げた拳を扉にぶつける勇気は、未だ無い。

 

 生憎、時間だけは幾らでもある。

 喜んで良いのか悪いのかは分からないけど、取り敢えず僕が此処から追い出される事は無い。

 チャンス自体はまだまだあるのだ。

 

 この時間は、もう殆どのペット達は寝ていて此処へ来る事は無い。

 だがら、安心して此処で悩んで呻いて帰ってゆける。

 

 地底深く、禁じられた場所。

 更にその中でも忌み嫌われた者達が暮らす地霊殿。

 

 そんな地霊殿の主の部屋の前で、僕は今日もまた試行錯誤と葛藤を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 細かい事は全部省いて説明すると、僕は地霊殿に住んでいた。

 住んでいた、と言うと家族みたいだけれどそんなんじゃない。

 行く当ての無い僕を、地霊殿の主である彼女は拾って迎えてくれた。

 まぁ、居候と言う奴だ。

 

 ただ、何もしないで快適な生活を提供してもらうだけでは申し訳無い。

 最初のうちは皆の仕事を手伝おうとしていたけれど、死体運びも核融合も僕の手には負えなかった。

 現在は、掃除や炊事を担当させてもらっている。

 

 基本的に人間が食べるような食事を取るのは、彼女と僕と人型をとれるペット二人。

 時折そこに彼女の妹さんが追加される。

 最近は、その時折のペースが増えているような気もするけれど。

 

 太陽の無い地底で暮らすのは大変だと思っていたけれど、慣れてしまえば何て事は無い。

 住めば都、などとは良く言ったものだ。

 そもそもあまりアウトドア派ではない僕は、太陽の光を浴びる事に喜びを見出せない。

 健康志向でも無いので、大して困らなかった。

 

 ユニーク過ぎる同居人達とも、今ではかなり仲良くなれていると思う。

 仲良くなるまで、と言うか慣れるまでが大変だったけれど。

 

 こいしとは、割と良い関係を築けていると思う。

 

 気付けばそこにいる妹さんは、まぁ当然ながら心臓に悪い。

 考えてもみて欲しい。

 夕食を作っている最中、少しずつ料理が減ってゆくのを。

 掃除してカーペットを整えた後、何故かクッキリと足跡がついているのを。

 風呂から上がった時、服やタオルの配置が変わっているのを。

 

 まぁ今はある程度慣れたけど、最初は下手したらノイローゼになるところだった。

 だって普通にホラーだ。

 夜いきなり背後に立たれるなんて、誰だってビクッとする。

 

 そして最近、気が付いたら一緒のベッドで寝ていた時は凄く焦った。

 目を覚ましたら目の前に可愛い女の子がすうすう寝息を立てている。

 やっちまったとパニックになった僕は悪くない。

 

 何やら無意識のうちに潜り込んでしまったらしい。

 それなら仕方ない…のか?

 

 姉である彼女に相談したら、溜息をついて顔を顰めた。

 どうやら彼女も無意識妹に手を焼いてるらしい。

 まったくあの子は…と、眉間に親指と人差し指を当ててシワを寄せているのは可愛かった。

 見た目と中身のギャップが凄い。

 

 お燐とは、割と最初から仲良く出来ていた。

 

 気さくで友好的な彼女は、此処へ来た当初の僕の心の支えその1だった。

 まともに会話が成り立つのがこの地霊殿の主とお燐だけだったから。

 いつも笑顔で話してくれる彼女は、多分僕が出会った中で友達にしておきたい女の子No. 1だ。

 

 そして猫。

 何より猫。

 あれはズルい。

 癒されるしか無いじゃないか。

 

 火車見せられた時は流石にビビったけれど、まぁ似たような職業が現代社会にも結構あるしと納得した。

 実際葬儀屋とやってる事はそこまで変わらない気がする。

 僕個人の認識だから、もしかしたら全然違う物なのかもしれないけれど。

 

 お燐に関してはそこまで問題は無かった。

 強いて言うなら、お燐はスキンシップが多い。

 猫だから仕方ないのかもしれないけれど、最近はかなり増えた気がする。

 

 一応飼い主である彼女に相談したら、やっぱり困った顔をした。

 可愛いなぁ…ゴホンッ。

 男性との距離感を上手く掴めていないのだろうから、貴方からある程度距離を置きなさい、と言っていた。

 そこで少し嫉妬してくれたら嬉しいのに…はい。

 

 出来れば自分がスタイル良くて可愛い女の子なんだって事を自覚してくれない?と言ったら少し減った。

 代わりに良く手を繋いでくる様になった。

 これはギリセーフだ、猫だし。

 

 お空は、ヤバかった。

 

 何がヤバイって全てがヤバイ。

 会話が成り立たない。

 覚えて貰えない。

 全裸で館を歩き回る。

 核融合されかける。

 

 話が跳ぶのは、まぁ分かる。

 鳥だから仕方ない。

 …いや、狙ってないよ?鳥頭だからって事だよ?

 

 だが、話している最中に話してる内容を忘れるって言うのはどうなのだろう。

 流石に記憶力ヤバイのではないだろうか。

 名前も顔もこの間まで覚えて貰えなかったようだし。

 

 顔を覚えて貰えていなかったせいで、何度か消し飛ばされかけた。

 確かに館の中に知らない男が居たら驚いてそんな事をしてしまうのも分からなくはないが、残念な記憶力のせいで死にかけるこっちの身としては堪らない。

 何故か近くにいたこいしが助けてくれたから良かったものの、あの時は冗談抜きで死ぬかと思った。

 

 そして、彼女は自分が女性だと言う自覚が全く無かった。

 まぁこれも鳥だし、以前は異性が殆ど居ない環境で暮らしていたから仕方ないのかも知れない。

 後から来て居候の身の僕が言えた事ではないのかもしれない。

 それでも言わせて欲しい。

 

 服着ろよ。

 

 いや、お空だって年がら年中全裸でふらふらしている訳ではない。

 流石にそこまでだったら、飼い主である彼女が手を打っていただろう。

 風呂上りや暑い日など、衣類が邪魔だなと思うと脱いでしまうらしい。

 まぁその気持ちも分からなくはない。

 だからせめて、館を歩き回らないで欲しい。

 

 お空は、身体のとある一部が凄く発達している。

 それはもう、地霊殿中の女の子に喧嘩を売ってるのかと言うくらいに。

 いや、大きければ良いってものでも無いと思うけどね。

 

 兎も角、そんな核爆弾を上半身前面上部に搭載した彼女が全裸で館を歩けばどうなるか。

 当然、同じ館に暮らしている僕と遭遇する。

 鼻歌交じりに近づいて来るお空の状態を認識し、僕は最初何が起きてるのか分からなかった。

 幻想郷では常識に囚われてはいけないんだな、と改めて実感した日だった気がする。

 

 と言うわけで飼い主である彼女に相談すると、何故かソッポを向きながら、知りませんよ自分で何とかしなさい、と言われた。

 あー、そう言えば彼女は心が読めるんだったな。

 大丈夫、小さい方が稀少価値が痛い痛いごめんなさい。

 

 そして最近は、お空の防御力があがった。

 風呂上りでもバスタオルを巻くようになっていたし、暑くても下着は着けるようになった。

 更に、その状態で僕と遭遇すると顔を赤くして逃げる様になった。

 お空も、恥じらいと言うものを手に入れてくれたんだろうか。

 それでもまだ全然おかしいんだけどね。

 

 そして…

 

 地霊殿の主である彼女に惚れた。

 

 理由は色々ある。

 助けてもらったから。

 住居を提供してもらっているから。

 可愛いから。

 

 でも、僕が彼女に惚れたのは。

 

 彼女がとても、優しい人だったから。

 

 家なき僕を、拒否される事を厭わずに助けようとしてくれた彼女の優しさに惚れた。

 常に周りの気持ちを汲み取り、自分の心を隠してでも気遣う彼女の優しさに惚れた。

 どこまでも純粋に妹の事を思い、何とかしてあげたいと思う彼女の優しさに惚れた。

 

 彼女は、他人の心が読める。

 

 当然、心を読まれて気持ちの良い人はいない。

 だから彼女は、たくさんの生き物たちから忌み嫌われていた。

 彼女もそれが覚りとしての定めだと理解していたし、納得していた。

 

 僕だって、最初にそう言われた時は怖くなった。

 そりゃあ僕だって、進んで心を読まれたいなんて思わない。

 けれど、他人の心の闇を覗け、それでも僕みたいな他人に親切に出来る彼女はとても優しい人なんじゃないかとも思った。

 

 まぁ、そんな事があり、そんな事を考え。

 

 僕は、彼女の事が好きになった。

 

 彼女の前では、出来る限りその事は考えない様にしている。

 でないと、心を読める彼女に伝わってしまうから。

 彼女の能力は基本的にオートで近寄った者の心を読むけれど、しっかりとさえ使われなければ表層しか読まれない。

 

 この想いを彼女に伝える勇気は、まだない。

 

 受け入れてくれないかもしれないし、受け入れてくれるかもしれない。

 追い出されるかもしれないし、追い出されないかもしれない。

 笑って断られるかもしれないし、悲しみながら断られるかもしれない。

 

 でも、どちらにせよ。

 今のままではいられなくなってしまう。

 それが、一番怖かった。

 変化を恐れる気持ちは、誰にだってあるだろう。

 今が楽しく充実していれば、尚更。

 

 本当はデートに誘ってみたい。

 二人きりで出掛けたい。

 彼女の事を考えながら会話したい。

 あわよくば…おっと。

 

 でも、それは彼女が僕の想いを受け入れてくれたらの話。

 付き合ってからの事を付き合う前から考えるなんて、僕も夢見がちになったものだ。

 そしてその大前提として、僕は彼女に想いを伝えなければならない。

 その大前提が、一番大きな壁だった。

 

 不安要素が何もなければ、もう少し勇気が持てるのかもしれないけれど…

 どうも最近、僕は彼女から微妙に避けられている気がした。

 

 最近の彼女は寝不足気味な日が多い。

 何か悩み事があるのだろう。

 

 相談に乗ろうとしても、大丈夫だからと断られる。

 少し話すだけでも楽になりますよ、と言っても貴方に話せる事じゃ無いわ、と素っ気なくされる。

 確かに僕はまだ二十年も生きていない人間だから頼りないかもしれないけれど、それでもやっぱり少しは頼って欲しいのだ。

 特に、想いを向けている人には。

 

 だからと言って深追いはしない。

 僕だって身の程をわきまえる事くらいは出来る。

 まぁ、ある時一度追求したら睨まれたからなんだけど。

 キッと睨まれた後に溜息を吐かれた時は、本当に哀しくなった。

 支えに成りたいと思っているのに、逆に迷惑を掛けてしまった自分に対して、だ。

 

 そんな事があったせいで、余計に告白する勇気を失った。

 まぁそんなのは、不甲斐ない自分への言い訳でしか無いのだけれども。

 

 今晩もこうして、長々と彼女の部屋の前で悩んでいる。

 告白したい理由と、告白しない言い訳を頭の中で渦巻かせている。

 

 普段の彼女の周りには基本的にペットが居る為に、二人きりで話を出来るのは彼女が自室に居る時くらいなのだ。

 だから夜な夜な、彼女の部屋の前へと赴く。

 そして、何も出来ずに帰って行く。

 

 扉をノックさえ出来れば、もう後は成るように成るのに。

 誰だって出来るそんな簡単な事をする勇気が、僕には出せない。

 眠っているかもしれない彼女を起こすのは申し訳無い、と。

 そもそもこんな夜遅くに男が訪ねて来たら気を悪くしてしまうかもしれない、と。

 

 伝えたい言葉と同じくらいに、言い訳の言葉が思い浮かんでくる。

 僕の想いが弱いわけじゃない。

 僕の心が弱いんだ。

 

 今晩もそろそろ丑三つ時。

 もう流石に寝ないと寝坊してしまう。

 そしたら朝食を作れなくて迷惑を掛けてしまう。

 なら、今晩の処は早く帰って眠ろう。

 

 …はぁ。

 

 次こそは、次こそは。

 そんな考えで上手くいく筈が無いのも分かっているけれど、だからって簡単に伝えられる様な事でもない。

 でも、やっぱり…

 グジグジと悩み、考えながらも僕の足は自室へ向かっていた。

 言い訳を並べたって誰かに認めて貰える訳でも無いのに。

 

 それでも言い訳を考え、それでも彼女の事を想う日々が続いている事を知ったら。

 

 

 彼女は、笑ってくれるだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の地霊殿のとある部屋に、小さな声が響いた。

 

「来たなら告白しなさいよ!また眠れないじゃない!!」

 

 




 
いかがだったでしょうか。
楽しんで頂けたら幸いです。

はい、嫁です。
大好きです。
そして実際はコメディーです。
サブタイからしてシリアス臭ですけど、無理です。
この子でシリアスには出来ません。
雰囲気的には、人形の様な〜と似ていたかもしれませんね。

誤字脱字・コメント・アドバイスお待ちしております。
次回も是非お付き合い下さい

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