東方陰陽録~The medium disappeared in fantasy~   作:Closterium

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餓える獣は世を揺るがし、肥える獣は栄へ導く


第八話 町人、土御門兄妹

スキマの先。眼前の二階建て木造建築はカラフルな秋色に模様替えした木々と地を隙間なく生い茂る黄緑の草、極め付きには壁まで苔とツタに占領され、正に自然との一体化を実現させている。一言で言うと寂れている。

 

「ここが今日から貴方たちが住む家よ。これは永一の荷物。で、こっちの風呂敷は私からのプレゼントの二人の着物よ。では二人とも、また会いましょう。」

 

「はい、紫様!短い間でしたが、お世話になりました!」

 

紫は目の前のスキマから荷物と風呂敷を出すと、お辞儀する黄菜子と状況を飲み込めていない永一に手を振りながらスキマへと入り始めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!今の状況を全く掴めないのですが・・・」

 

彼の焦り混じりの言葉に紫は首を傾げた。

 

「ここは今日から貴方の家です。これ以上の説明が思いつかないわ。」

 

「そうじゃなくて・・・要するに、俺たちにここで暮らせということなのですか?」

 

「もしかして遠慮しているの?気にすることは無いわ。元々は私が管理していた家ですもの。貰える物は貰っておくものよ。それに家が無かったら困るでしょう?」

 

「そうじゃなくて・・・」

 

「ふぁぁ・・・。早起き続きで眠いわ・・・。あ、術のレッスンは私の気が向いた時に行いますから安心なさい。では、おやすみなさい。」

 

紫は大きなあくびをすると虚空に消えていった。永一は今、心も体も野に刺さる案山子のようであった。

 

「もしかして、紫様の加護の下で生活出来るとでも思ってた?」

 

黄菜子は笑みを浮かべ冷やかすように問う。

 

「思ってた。」

 

永一は素直だった。実家から学校に通っていた一般高校生だった彼の考えの中に独立なんてものは存在していなかったのである。しかしどんなに嘆いても頼れるのは目の前の陽気な小童しかおらず、彼も覚悟を決める他無かったがやはり不安なのには変わりなかったのだ。

そんな永一をよそに黄菜子は入り口に生い茂る雑草も気にせず上機嫌で家の扉の前に立った。

 

「ま、折角だし早く入ろうよ。」

 

「入ろうよって・・・簡単に言うなぁ。」

 

と、まじまじと建物を見る。眼前の家は何故か近づきがたかった。と言うよりも、この家が、土地が、空間が彼を拒んでいる、そんな気がするのだ。

永一が荷物を持ちもたもたと近づくのを確認すると、黄菜子は引き戸に手を掛けた。鍵が掛けられているのか、はたまた立て付けが悪いのかギシギシと木と金属が擦れる音がした。

 

「やっぱり開かないのかぁ・・・。永一、紫様から鍵とか貰ってないの?」

 

永一に鍵の記憶などさっぱり無かった。紫の悪戯で着物や鞄、上着のポケットに忍ばせている可能性も考えたが、そんなことは無かった。

 

「貰ってないみたいだ。家を渡すだけ渡して鍵は無しか・・・紫さんもいい加減だな。」

 

「やっぱりね。この扉は術で閉まってる。」

 

「『やっぱり』って、前から知っているような口ぶりだな。」

 

「当然よ。ここはあたしたち猫の管轄の土地で、あたしが直々に管理してて、30年前まであたしとお父さんが住んでた家、易社・幾星霜だよ。術はお父さんが掛けた物だよ。」

 

永一は「へぇ」の一言と共に気の抜けた会釈をしたせいか、多すぎる驚愕情報に気づくまで時間がかかった。

 

「ここお前の家だったのか!?お父さんて誰?術師なのか?てか30年とか長生きだなお前!!」

 

「落ち着いてよ。お父さんは昔、あたしを拾ってくれた人で占いのスペシャリストだよ。だからここはずっとあたしの家。長生きなのはいつの間にか普通の猫じゃなかったから。」

 

「なるほど・・・。つまり黄菜子は妖怪だったのか。なんだ、その言葉で今までの奇行の全てが納得した。」

 

「そこは驚いてよ。」

 

「なんだ」とは言ったが永一は彼女が妖怪と言う割には霊力の流れが普通過ぎて逆に気になった。黄菜子本人が妖怪と言っている為か殆ど気に留める事は無かったが、今のところ妖怪判別は百発百中だったせいか少しだけ悔しい半分、内心で自分の式神の術を自賛した。

 

「とにかく、さっさと封印解いちゃってよ。紫様がこの家の封印も解かずに永一に渡したのはワザとだよ。コホン…「この程度の封印は解いて当たり前ですわ」とか絶対思ってるよ。」

 

彼女による紫の声真似は地味に似ていて滑稽だったが、本人が何処かで監視してないか心配で素直に笑えなかった。

家に入らなければ何も進まない。とりあえず永一は目の前の引き戸を調べてみた。よく見ると、戸の鍵穴の奥に不自然な霊力流が見える。それが影響しているのは明白だった。

彼はまだ式神関係以外の術を教わっていなかった為解術の方法などさっぱりだったが、紫から少し教わった事の中に「制の教え」というものがあった。

 

制の教えとは、敵の術師と対峙した時、相手の術を破壊せずにそれを相殺、あわよくば無効にして支配してしまえというものである。

例えば術同士がぶつかり、弱い方が壊れるとする。勝負においては強い方が「打ち勝った」となるが、言い換えると術を相殺する以上の過度な力が掛かっている事を指す。その場では破れても長期戦に持ち込まれたときに勝つのは最小限に力を抑えられた者である。

しかし、温存して戦うだけでは只の持久戦である。制の教えの真髄は術を制する事にある。

ここで言う術を制すとはそのままの意味で相手の術を奪う事である。術を飛来するガラス玉と仮定した時、同じ強さのガラス玉を投げれば互いは砕け散る。しかしガラス玉を上手くキャッチした場合、捕らえた玉をそのまま相手に投げつける事が出来、新しい玉を用意する手間が無くなる。真逆の力を与え術を無効化しそれを奪う、それが八雲式陰陽道における術を「制す」と言う事である。

無駄な力を抑え、敵の武器を奪う。極めて画期的な戦術こそ「制の教え」である。永一の能力、流れを見る程度の能力でも無い限り困難を極めるだろう。

 

実例を挙げると式神の術の際、彼が鬼神を捕らえ縛り付けていた術がそれの応用である。普通の術師なら圧倒的な力で鬼神を鎮静させてしまうのだが、鬼神が普通のそれより強い上に彼の未熟さが故に叶わなかったのだ。

 

永一は式神の術を思い出しながら鍵穴に触れた。鍵穴に込められていた術は割と単純で、対応した霊力流を帯びた物体を当てれば解除される仕組みになっているらしい。正に鍵のような仕組みである。当然鍵を作るより無効化させた方が楽な為、彼は術とは逆の流れの霊力流を流した。鍵穴から一度、カチリと爽快な音がした。

 

「もしかして開いた?」

 

「よし、やったぜ。・・・あ。」

 

永一は期待をつのもらせる黄菜子に満足げに指を鳴らして見せた。その時、指からまだ霊力が出ていた事に気づいた。若干高ぶった満足感が若干の霊力となって真っ直ぐ鍵穴へと放たれた。鍵穴の術は静かに消滅していった。

 

「どうしたの?」

 

「いや、今ので術が壊れた見たいでさ。いやぁ失敗失ぱ――」

 

バゴッ・・・ゴトンゴトン・・・・・・

 

それは突如として永一の頭上に重力ダメージを与えたのである。彼の脳天に衝撃が走ると同時に凄まじい金属音が耳の奥へと飛び込んだ。頭を押さえながらその落下物見ると、そのベタさから最近ではバラエティー番組から姿を消した罰ゲームアイテム、洗い桶ことたらいが地面に転がっていた。

頭上は美しい青空に秋色の枝が重なり、たらいなど置く場所はない。犯人も動機も分かっている。そして何となくだがこの御仕置には先の黄菜子の分も含まれている気がした。

呆れ混じりでたらいを拾い上げようとその縁に手を掛けた時、ある事に気づいた。

 

「あれ、草が消えてる。」

 

「草?」

 

「この辺いっぱいに生えてただろ?隙間も無いくらい。」

 

「何言ってるの?さっきも言ったと思うけど、ここはあたしの家で、この土地はあたしが管理してたの。綺麗好きなあたしが雑草が隙間無く生えるほどの状態まで放置するとでも思って?どうぶつの森じゃあるまいし。」

 

永一は黄菜子が綺麗好きな事より最後の情報をどこから持って来たのかが気になった。

彼は敷地から出て全体を見てみると、玄関周辺だけではなく雑草が生え放題だった庭や壁の苔やツタも控えめになっていた。この一瞬の間に、この家の敷地全体がさっぱりと落ち着いたのだ。

今の永一には眼前の古民家が質素だがどこか懐かしく思え、先のような拒絶反応は微塵残っていなかった。

 

「ははぁ・・・もしかして人払いの術が掛かっていたのかな?」

 

「人払い・・・?」

 

「幻や人間が嫌う気の流れを作って空間から人を遠ざける術だよ。さっき永一が壊した戸の封印は人払いの核の役割もあったんだね。」

 

「なるほど・・・この家から感じた嫌な雰囲気は術の影響だったのか。全く気付かなかった。」

 

「ふーん、この術の流れは見えなかったんだ。お父さんの人払いは普通の術とは違って風水の応用のさらに応用。・・・そっか、紫様は永一にこの家の人払いの術を見せて、風水みたいな超自然的な物の流れは見えないって事を伝えたかったのね!」

 

永一の眼は霊力や妖力、魔力まで幅広く見ることが出来るが、重力や風の動きのような完全な自然の流れは見えない。風水はあくまでも自然に力を任せながら気の流れを操る術である為、彼の眼に映ら無かったのである。

 

「まあ、いざ開いた事だし、さっさと作業に入るよ!」

 

「作業?」

 

永一は黄菜子の張り切った言葉の意味をいまいち解り兼ねていた。だが彼はその言葉の意味を数秒後、嫌でも理解することとなる。

 

彼女が戸を引くと先とは異なり爽快な音と共に戸が開いた。その瞬間彼らの視界に飛び込んできたのは、ジグソーパズルをひっくり返したような散らかり様の玄関とそれに倣った居間だった。黄菜子は30年ぶりの実家に目を輝かせているが、無論永一は言葉を失った。

 

「懐かしいなぁ~30年前のままだよ!そこに積まれた本。目の前に本棚があるのに意地でも入れない徹底ぶり。本当に、時間が止まってたみたい・・・」

 

「・・・・・・・・・・」

 

その時二人は別の意味で感極まっていた。

 

「さぁて、永一。分かってるよね?」

 

黄菜子は立てかけてあった藁箒を構えると永一に先程沸いたたらいと雑巾を投げ渡した。

 

「・・・お前、綺麗好きじゃなかったのか?」

 

「逆に、なんで綺麗好きになったと思う?」

 

とある秋の日の午前、土御門家のちょっと早くて極めて遅い大掃除が始まりを告げた。

 

 

――三時間後・・・

 

ひたすら片づけ続け三時間。黙っててもつまらないので、永一は黄菜子に現し世の話をしながら作業をしていた。それが功を奏したのか否か、あっという間に玄関は片付き二人は居間の片付けに入っていた。

日が高くなるにつれて肌寒かった気温も丁度いい具合に暖かくなったが、何故か黄菜子の表情は優れなかった。正確には不機嫌に近い表情である。話の内容も他愛無いものだったので永一は理由など思い当たらず、不意な何かで刺激をしないように出来るだけ気配を消していた。

しかし、とうとう業を煮やしたのか黄菜子は作業を止め彼の元へと向かった。無心で部屋の隅を拭きまくる彼だったが、背後の気配に恐る恐る振り向いてしまった。そこには恐ろしい程の無表情が彼を見下ろしていた。

 

「永一。」

 

ただ一言の呼びかけが、先ほどとは全く異なる言葉の重さを帯びていた。

 

「な、なんだ?」

 

彼は強張った表情で返事をするも返事はすぐに帰ってこなかった。否、彼がそう感じただけかも知れない。

彼の言動の何かに不満があったのか、はたまた全く別の要因が故なのか。少なくとも彼女にとっては何かのっぴきならない事情が有る事だけは感じた。彼は他人の感情というアンノウンに表情を強張らせながら彼女の次の言葉に構える他無かった。

そして遂に彼女の唇が動いた。

 

「超・お腹空いた!」

 

その瞬間、黄菜子が作っていた空気感とのギャップに加え、永一が身構えていた分の感情が推進力となった言葉のRPG-7が彼の張り詰めた精神をいとも簡単に撃墜した。

時計の針は確かに丁度いい時間を指している。

 

「何かと思ったらこんな事かよ!俺の心配返せ。」

 

「はぁ~~??あたしのご飯事情を『こんな事』呼ばわり??聞き捨てならん!永一、覚悟!」

 

永一が応答するより先に黄菜子持ち前の俊足ステップから繰り出される回避不能の凄まじい小ジャブが浴びせられる。地味に痛い。

 

「ちょ、待っ・・・あーー、わかった!わかったから落ち着けぃ!!」

 

「参った?」

 

黄菜子は楽しそうである。

 

「腹が減ってるのは俺も同じ。飯は何とか用意するよ。でもあの炊事場はお前も見ただろ?流石に今日いっぱいじゃ片付けきれないだろ。少なくとも生活スペースを確保するまではお預けだな・・・。」

 

炊事場。つまりキッチンは半分物置と化している上に煤や油汚れで最悪の状態だった。

 

「永一はあたしを見くびっているでしょ?その程度の理由じゃあたしのご飯がお預けになる理由にはならないよ。」

 

そう言うと黄菜子は炊事場へと向かい半笑いで永一に手招きした。彼は誘われるがままに其方へと向かうと、荒れ放題だったはずの炊事場が見違えるように片付き、最後に見たときの光景は見る影もなく良い意味で変わり果てていた。煤だらけで乱雑に放置されていた竈や飯釜は新品同様の輝きを見せ、今にも使ってくれと訴えているかのように並んでいた。

 

「黄菜子には敵わないな。早速俺は昼食の準備に・・・」

 

黄菜子の目が輝きだした所で彼は根本的な問題に気づいてしまった。

 

「・・・材料ないじゃん。」

 

「あっ・・・」

 

二人は揃って俯いた。

 

「あっでも、ここは人間の里。材料が無いなら買ってくれば万事解決だよ!」

 

「それだ!早速買いに行こう!・・・ただ、ここから店までの道のりはわからないな。」

 

「買い出しはあたしに任せて。人間の里は猫(あたしたち)の庭だもん。」

 

黄菜子は食事に関わるとよく動く。

 

「よし、じゃあ任されてくれ。金は財布に入ってる。」

 

「いくら位あるの?」

 

「二万円はある。」

 

その言葉を聞いた瞬間、黄菜子は表情に影を落とした。

 

「そうだった・・・永一は外来人だから・・・。」

 

「どういう事だ?俺の財布には諭吉も一葉も、英世なんか五人もいるんだぞ?小銭だって合わせれば英世一人分くらいには・・・」

 

「永一、残念ながら幻想郷ではお金の桁に普通、『万』はおろか『百』もなかなか付かないんだよ。幻想郷で流通してるお金の殆どは円、銭、厘の硬貨。紙幣なんてまず見ないよ。つまり、幻想郷では永一の持ってる二万円は只の偉人ブロマイドってこと。」

 

永一にとって銭、厘なんて単位は御伽噺だけの物だった。幻想郷の取引手段は物々交換が主流なのだが、この家に転がっている物を見れば見る程、そのガラクタの無価値さが伝わってくる。

 

「詰んだ」

 

永一はがっくりと床に膝を付いた。が、黄菜子は強者の波動を放ちながら玄関へと足を向けた。

 

「ちょっとひと狩り(モンスターハント)してくる。」

 

「ちょっと落ち着け。」

 

「これが落ち着いて居られるかぁ!!」

 

と、黄菜子は玄関に転がしておいた風呂敷を思い切り蹴飛ばした。風呂敷の包みが解け、中の衣服が玄関の空を舞う。その中から一つ、見慣れない大袋が飛び出し永一の顔面に直撃した。ズシリと重いその袋は大きなお手玉のような感触だった。

彼女はその存在に気づくと床に伸びている彼の顔面を持ち上げその縛りを解き中を覗いた。その瞬間、彼女の表情は一変して日の光のような輝きを宿した。

 

「米だーーー!!!」

 

黄菜子は感極まって叫ぶと袋をひっくり返して見せた。中には米に加え、砂糖や塩、醤油等の調味料入りの小瓶や少々のお金まであった。

永一が食材の山に驚いていると、その中に紛れる一枚の走り書きを見つけた。

 

――永一、黄菜子へ

   新生活に手ぶらでは困るだろう。少ないが役立てたら幸いだ。

   勝手な言い分なのは承知だが、我が主の気まぐれを許して欲しい。

                                        藍 ――

 

「藍様、紫様には内緒でこの袋を仕込んでくれたのかもね。」

 

「そうかもな。なら藍さんの思いに応えて美味しく頂くのが吉だな。」

 

「その言葉を待ってた!」

 

「期待して待ってろよ。さて、俺の趣味を光らせる時だ。黄菜子は掃除でもして待っててくれ。」

 

現し世を捨てて幻想郷にやってきた永一とて現し世で全く楽しみが無かった訳ではない。その楽しみこそ、彼、唯一の趣味である料理だった。きっかけは母親の家事を手伝うという他愛無い物だったが、時を追うごとにその深さに魅されていったのだ。料理の海にのめり込んで10年、そのバリエーションは卵かけご飯から高級フレンチ(自称)まで多岐に渡っている。

 

この日をきっかけに、永一に流れる一流料理人の血が覚醒するのはまた別のお話である。

 

 

――約1時間後・・・

 

幻想郷に来て初めての料理。それは、彼が思っていた以上の苦戦を強いられた。材料の少なさは仕方がないが、そもそも設備が違ったのだ。例えば火元、IHヒーターやガスコンロならお手の物だが竈は初めてでそうはいかなかった。引き出しにあった湿気たマッチで薪に何とか火を灯すも、その維持に極めて難航した。火吹き竹で火に酸素を送り続けなければならず、そして当然だが火を使っている訳なので息を吹く度に熱風が吹きつけた。米と水を入れてボタンを押すだけの炊飯器とは手間が雲泥の差だ。

 

高が米を炊くだけと甘く見ていたが、中々手こずらせて来る。・・・だがそれが良い!

 

しかし、彼は腕が熟練したからこそ忘れかけていた楽しみを思い出せた。イレギュラーこそ彼にとっては料理の醍醐味だったのだ。

 

永一が完成した昼食を居間のちゃぶ台に並べると、黄菜子が食器が触れる音を聞きつけてやってきた。

献立は塩と味噌の焼きおにぎりとみそ汁(具無し)だけでかなり質素であるが、彼女はただ食欲を満たしたいという思いだけでここに立っているようだ。

 

「材料が少ないかったから大分質素だが我慢してくれ。」

 

「そんな事は気にしない、味が良ければなんでもいいよ。でも今はお腹に入ればそれだけで100点!!いただきまー」

 

と言うと黄菜子はおにぎりにかぶり付く。そして一言、

 

「美味しい・・・」

 

と呟く。一食遅くなっただけでこの様である。永一は中々手間が掛かる生き物を式神にしてしまったようだ。永一もおにぎりを口にした。米が良いのか、自身の達成感のせいかもわからないが、炊飯器よりも美味しく出来たと感じた。品目も少なくこの上なく質素だが、初めての竈飯にしては上出来なのではないかと今日の料理には満足した。

その時、黄菜子はお椀のみそ汁をすすると一端箸を止め難しい顔になった。

 

「味噌や塩の具合や焼き加減、更に言うとご飯の炊き加減までも完璧。永一、料理は現し世の誰かに習ったの?」

 

「竈は林間学校で使ったときに試行錯誤した位だな。料理は基本、独学だな。」

 

「独学・・・先人の知恵も無しにこれほどまで竈を扱えるなんて・・・。三竈柱神、はたまたウェスタの加護でも受けているとでも・・・?」

 

「えーっと、要約すると?」

 

「美味しい!!!」

 

「ありがとうございます。」

 

そう言うとまた食事を再開した。最初は少々ご飯を炊き過ぎてしまったと思ったが、おにぎりは視線を逸らす度に姿を消していった。

 

「みそ汁、具が入ってないのが惜しかったね。」

 

「そうだな。今度具を買って来ような。」

 

その時、永一は生活する上で初歩的且つ最重要の問題に気づいた。

 

「仕事とか考えなきゃだよな。」

 

「あー。まあ考えてはあるよ。」

 

「ふーん。バイトとか?」

 

「培土?・・・ああ、それなら確かに補助もいいし絶対に食べていける・・・。永一にしては名案だけど、あたしの読みが当たってたら却下。」

 

「何の話?」

 

「農業でしょ?」

 

「??」

 

培土とは、作物の栽培にてその株際に土を寄せ茎が倒れる事を防ぐ為の作業である。

その時、永一の背後から何やら可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。

 

「にゃ。(我が君。只今参りました。)」

 

驚いて振り向くと、そこには綺麗な真っ白い猫が座っていた。永一は一切の気配を感じなかった為か若干肝を冷やした。

 

「あ、玄光。お疲れ様。」

 

「黄菜子の知り合いなのか?そんな事より可愛いなおい。」

 

「この子は玄光《くろみつ》。猫の重臣にしてあたしの右腕だよ。」

 

真っ白なのに玄の名前。永一の場合は人の事は言えないが、凄いネーミングセンスである。よく見ると体内に妖力が流れている。後に彼は黄菜子から玄光が猫又である事を聞くことになる。

すると、玄光は永一の前にやってきて視線を彼の目に向けた。

 

「(永一様、でございますよね。某の『玄光』の名は、貴方様が我が君に御名をお与えなさったのを機に、君様が直々に下さったのでございます。このご恩は永一様のお役に立つという形で返させて頂きます。某には勿体無い程の名前ではございますが、ありがたく頂戴致します。)」

 

「う~ん。何かを訴えてきてるのはよく分かるんだけど・・・。黄菜子、翻訳できるか?」

 

「『玄光です。宜しく。』だってさ。」

 

それだけの内容にしては大容量な挨拶な気がした。ただ何となくこの妖怪猫の性格が凄く良いことは分かった。

 

「そう言えばさっき『お疲れ様』って言ってたけど、玄光君に何かさせてたの?」

 

「そうそう。この子に里の人間の需要について調べてきて貰ってたの。早速だけど玄光、報告お願い。」

 

すると玄光は心なしか申し訳なさそうに見える表情をすると黄菜子に報告した。

 

「(誠に伝えづらい事柄ではございますが・・・里の需要と供給は不気味なほどにつり合っております。恐らくは他勢力の干渉に依るものかと・・・。大結界創造当初、分断された幻想郷に――)」

 

「わかったわかった。この辺はあたしの読み通りだったから問題ないよ。おにぎりあげる。ご褒美だよ。」

 

と、黄菜子は玄光に永一特製おにぎりを差し出した。しかし、玄光は猫らしくなく後ろ歩きをしてそれを拒んだ。

 

「(折角の御恵みではございますが、受け取れません。某だけ美味しい思いをしては仲間たちに申し訳ない。それに、某は貴女様に仕えているだけで満足なのでございます。では、某はこれにて。)」

 

玄光は立ち上がり永一と黄菜子にお辞儀のような仕草をすると玄関から帰って行った。

 

「玄光は完璧だけど、その辺の要領悪いよね~」

 

一連の会話は猫語を習得していない永一にはいささか難解過ぎた。

 

「えーっと、黄菜子さん?結局何が分かったんですか?」

 

「ひ・み・つ」

 

黄菜子は永一に邪気溢れる笑顔を向けた。とりあえず碌な事ではないのだろう。

 

「それよりさ、現し世の話の続きとか聞かせてよ。今度は便利な道具の話とかさ。」

 

「?、いいけど・・・?」

 

それから数時間。思いつく話題を全て話し終えた所でようやく自宅一階の掃除が完了した。今朝の地獄のような有様と比べると文句なしの極楽浄土である。二人で達成感に浸っていると縁側から西日が眩しく照っていた。

 

「もう夕方か・・・。夕飯の準備しなきゃなぁ・・・。」

 

「不要だよ。永一は最初に着ていた服に着替えてね。」

 

「なんで?」

 

「つべこべ言わずとっとと着替える!」

 

永一は、昼間にあんなに騒いでいた人間が何を抜かしているのか、と内心ツッコミを入れながら急ぎで着替えた。黄菜子はワンピースの裾をはたくと先ほどまで掃除で使っていたたらいを持つと玄関に並べてある紫からのプレゼントのサンダルを履いた。

 

「着替えたね。じゃあ行くよ。」

 

「は?どこへ?」

 

「人間の里。」

 

永一には話が急展開過ぎて全く見えなかった。しかし、彼が戸惑っている間に黄菜子は家の敷地から抜けていたのでとりあえず鞄と貴重品を持って追いかけた。

二人が住む場所は人間の里西部の広大な田畑地帯の中でも魔法の森付近の場所、つまり里のギリギリ境界線内に位置している(人間の居住地域外は明確な境界線は存在しない。どちらかは怪しい所である)。したがって里の人口密集地までの距離はそこそこあり、暫くの間喉かな風景が延々と続いた。

ちなみに一般的に「里」を指すのは居住地域の境界である大門の内側であり、今の二人の位置から大門はまだ遠い。

収穫を終えた田から秋の虫の鳴き声が響き、辺りを囲う色鮮やかな山々が西日を浴びて美しく輝いている。

 

「うーん、ちょっと遅かったかな?急ぐよ!」

 

「あ、おい、待てって。」

 

都会育ちの永一にはとても新鮮な景色も黄菜子にとっては日常である。その上何かを急いでいるようなので彼に景色を楽しませる余裕を与える気は無かった。

それから走り続けて5分程で遠かった大門がもう目の前に見えた。周りには仕事を終え帰路に就く農家の里民がちらほら見られるが、彼女はそれにも気にせず疾走を続けた。里民は夕方の畦道をたらいを持ちながら全力疾走する見慣れない人間たちを不思議そうな目で見ていた。

 

 

――人間の里・大通り

 

この道は里で人が最も行き来をし、交通だけでなく経済の中枢としても人々に親しまれている。今のような夕方は仕事を終えて帰る労働者や子連れで買い物へ向かう主婦などの様々な年齢層日の人々が交通する日で最も人口が集中する時間帯である。

道には様々な露店が並び、昼にも増して活気で溢れている。

 

「よーし。丁度いい時間。・・・って、永一、遅すぎ。」

 

永一は普段の運動不足が祟ったのか、里の門を潜った辺りから黄菜子に付いて行けなくなっていた。一分ほど待って、やっと黄菜子のいる場所へと到着した。

時代劇を彷彿とさせる町並みに着物姿の人々。いつもの彼なら眼前に広がる、まるでタイムスリップでもしたかのような世界にいつもなら感動しその余韻に浸るところだが、今の彼にそんな余裕は無かった。ここへ何をしに来たのかすら分からない上に、もうへとへとで死んでしまいそうな程だったのだから。

彼は飛翔をマスターすることを心に誓った。

 

「ハアハア・・・・・・結局・・・・・・そんなに急いで何を・・・・・・・・」

 

「あたし達にしか出来ないキャッチフレーズのお仕事だよ。今日は自己紹介だよ。」

 

その時、永一には言葉の意味が一切理解できなかったが、数秒後その真意を目の当たりにする事となる。

 

「永一が今日心がける事は二つ。一つ、言う事は事実の二割増し。二つ、お互いに言った事を貫き通せ。分かった?」

 

「まず何をするのか分からないんだが。」

 

黄菜子は永一の有無を言わせずにたらいを足元に置いた。そして一度深呼吸をするとしっかりと目を見開いてニヤリと笑みを浮かべた。

その時、黄菜子の背後から例の深紫色のオーラが現れた。今回は伸びるだけでは飽き足らず、無限に分裂、増殖をし、彼女の頭上を黒く染めた。

その時、オーラはその鋭い刃を通りの通行人全てに狙いを定めた。

 

「バカ、やめろ!何やってんだ!」

 

しかし、永一の警告は遅かった。彼女の刃は全ての通行人の身体を貫いた。同時に人々の歩みが一斉に止まり、静止画のような世界が生まれる。

おろおろ焦る永一に対し、黄菜子はその瞬間を待っていたかのようであった。

 

「皆さん!初めまして!!」

 

彼女のその言葉と同時に刃は姿を消し、眼前の民衆全ての視線が二人のいる場所に集まった。彼はその様に驚き、恐怖すら感じていた。

 

「あたし達は現し世からやってきた者です。本日はあたし達はこの場をお借りして、自己紹介がてら現し世の知られざる実態を知って頂こうと思い立ったのでございます!」

 

当然のようにざわつく周囲。どんどん大きくなる人だかり。しかし永一の精神はその300倍騒めいていた。

「なんだって、そんな話は一切聞いてないぞ。」なんて言葉はいくらでも思いついたが、黄菜子が作り出してしまったこの空気の中でそんな言葉は口が裂けても言えなかった。

 

「あたしは土御門黄菜子。隣のは兄の永一です。なんと永一こう見えて、かの伝説の陰陽師、安倍晴明の血だけでは飽き足らず、意思まで受け継いだ現し世最強の陰陽師なんですよ~。ね?」

 

――おおーーーー!!!!――

 

期待と尊敬の込められた歓声、それと同時に黄菜子に集まっていた視線が永一に移った。

 

――こんな実力者がいるなら妖怪だって怖くないぞ!――

 

――今まで倒した妖怪で一番強かった相手は誰?――

 

――何か術とか使えるんですか?――

 

「・・・はい。」

 

永一は泣きたかった。しかしその時流したかった涙は寸でのところで枯れてしまっていたのだった。

 

「あたし達兄妹は、現し世の知識という大太刀を振りかざし、皆様の生活に力を貸せる猫の手のような存在になりたい。店の宣伝から悪霊退散まで幅広く対応いたします!旧・易社、幾星霜にて皆様のご依頼をお待ちしております!」

 

黄菜子がお辞儀をするのに合わせて永一もお辞儀をすると、盛大な拍手が浴びせられた。

彼女が玄光に調査させた里民の需要とは、現し世の知識を持つ者、つまり外来人の専門知識供給の有無の調査だったのだ。需要が無いなら作ればいい。正にコロンブスの卵である。

黄菜子はただの食いしん坊では無かった。永一は凄い者を式神にしてしまった事を再認識したのであった。

 

「さて、紹介が済んだ所で本日の本題に入りましょう!土御門永一語り、現し世閑話です、どうぞ!」

 

(は?)

 

突然振られても何も用意してないぞ!と永一は黄菜子に視線で訴えた。彼はアドリブが利かない男だったのだ。

そんな事は知らん。精々頑張り給え。と彼女は視線を逸らした。

 

(この悪魔め!)

 

最初の方の語りは躓き続きで見ていられない物だったが慣れとは恐ろしい物で、昼間の話を踏まえての黄菜子の補助もありなんだかんだでずっと喋り続きだった。幻想郷住民にとって永一の閑話はとても新鮮味があり好評だったらしく、彼女が持ってきたたらいに入れられた沢山のお金がその度合いを示していた。暫くは食いつなげそうである。しかし、慣れないことをしていたせいか労力の割には凄まじい疲労度だった。

そして何より翌日から二人は慣用句にもかけた「猫の手」という名で家政婦兼、広告業兼、陰陽師兼・・・所謂なんでも屋を開業する事になったのだ。

黄菜子曰く、計画通りではあるらしいが、そう簡単に経営出来るとは思えない。世の中そう甘くないことは言われなくともわかる。

 

そんな不安で一杯の帰り道。対して黄菜子は甘味屋から団子の差し入れを頂いて機嫌が良さそうである。

その時、二人の進む道の先に既視感のある不気味なスリットが現れた。

 

「ごきげんよう。二人とも、頑張っているみたいね。」

 

「ありがとうございます。でもまだまだ始まりに過ぎませんから、期待して見ていてくださいね。」

 

「黄菜子は相変わらず面白いわね。対して永一、『現し世最強の陰陽師』には似合わない顔ね。」

 

(見ていたのか・・・)

 

只の冷やかしだが彼の目前で矢に形を変え、その胸に深々と刺さる。現し世最強の陰陽師、なんてよく言えたものである。それもこれも黄菜子のせいである。

 

「紫さん。弟子からのお願いです。俺を里の人たちを騙せる実力にして頂けませんか?出来るだけ迅速に・・・。」

 

永一は嫌な予感しかしなかったが、人々の信頼を保つ為にはこうする他なかった。紫は彼の考えなど当然のように見透かすと不気味に笑みを浮かべた。

 

「いいでしょう。可愛い弟子の頼みを断る理由はありません。そうねぇ・・・30秒レッスンを3分にすれば問題ないわね。安ずることは無いわ。覚悟はいい?」

 

ここで言う3分とはあくまでも現実世界換算である。体感が何時間に相当するのかは誰にもわからない。

 

「・・・はい。」

 

 

こうして土御門永一とその式、黄菜子の人間の里での生活が始まったのだった。しかし、彼が望んでいた喉かな田舎生活は始まる前に終わりを告げ、この先待っているのは摩訶不思議な魑魅魍魎との非日常という事を今の彼は知る由もないのである。

 

 

―To be continued―




あとがき

どうも、ミカヅキモです。まず報告を。お陰様でUAが3000を突破いたしました。いやぁ嬉しいです(小並感)。それに加えてお気に入り登録も沢山増え嬉しいこと尽くめです。本当にありがとうございました&これからもよろしくお願いします!

さて今回はもう一つ報告がございます。
実は今回の第八話は区切りの回となっています。まだ章分けはしていないのですが、本作において土御門兄妹の幻想入り~人間の里居住までの括りが起承転結で言う起に相当する部分でございます。
自分は「(書いてて)つまんないゾーン」と呼んでいるのですが(爆)、遂にこの領域を越え、東方陰陽録の真髄である「原作に近い二次創作」をフルで執筆できるようになりました!やったぜ!!
形式は短編で、上記にあります通り「原作に近い二次創作」を心がけております。この小説を読む際、原作の東方書籍を片手に持って読んで頂ければ二倍楽しめるのではないかと思っております。

※新章突入は少し遅れるかもしれません(一か月は空きません)。理由は絶賛テスト期間中の為です。楽しみに待っててくれよな!(コロコロコミック次回予告風)

それでは解説に入ります

1.元家主の人払いの術とは
人払いの術の効力とはそのままの意味で、人間が近づかなくなるというものです。結界を張るとその領域は人が来なくなる、という物を想像したのではないでしょうか?
ですが今回登場した人払いの術は結界術などの括りからは逸脱した、風水を利用した自然な気の流れを主体として人払いをしています。
詳しくは省きますが、風水とは方角等を基に色などを配置し気の流れを作るという物です。TVでは良い気の流れを作るものとして紹介されますが、裏を返せばその逆も存在します。つまり、前家主は持っている知識をフル活用し、人が嫌がる悪い気を集め人払いをしていたという事になります。黄菜子が全くの抵抗なく家の敷地に近づけたのは人間の永一が絶句した隙間なく生える雑草やツタの姿は、人外の彼女の目には映らなかったという事なんですね。
しかし、悪い気の流れは存在していましたので、黄菜子にも「ヤバイ家」という認識はあるはずなのですが・・・?
さて、元家主は何故ここまで強力な人払いをしたのでしょうね・・・。

2.永一の能力の穴
永一の、流れを見る程度の能力に穴が見つかりました。作中の黄菜子の台詞から、超自然的な物の流れは見えないという事ですが、それは一体何故なのか。
実は霊力の流れは生き物や炎、風、音など様々な至るところに存在しているのです。しかし、それが全て見えてしまうと彼の視界は霊力流の砂嵐になり盲目になってしまい最悪です。そこで彼の脳は、自然の霊力流の認識をカットすることで最悪の事態の回避を成し遂げたという事です。しかし生まれ持った能力は健在で、現し世の基準で不自然な霊力(術など)はしっかりと目視できるようになっているという事です。
もしかすると自分では気付けていないだけで、閲覧者さんの中にも彼のような能力を備えている方がいるかもしれませんね。


今回はこの辺で。
次回予告はもうしません。Last Next fantasy's hint「書籍鈴奈庵」

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