東方陰陽録~The medium disappeared in fantasy~   作:Closterium

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破魔の拳に覇王の気迫。
酔いも記憶も忘れても、忘れる事は叶わないだろう。


第七話 天衣無縫の武神

「・・・先生と相手の親御さんから連絡があったわ。永一、どうしてこうもトラブルばかり起こすの?」

 

強く睨みつける両親の姿。永一はそれに負けじと鋭く睨み返した。

 

「俺は何も悪い事はしてない。仕掛けてきたのはアイツだ。」

 

「そうなのかも知れない。だがお前はその前に悪霊の話を持ち出したそうじゃないか。家の外でそういう話をしちゃダメだと何度言ったらわかるんだ?」

 

毎回の決まり文句。永一は親に対して抑えていた鬱憤を刃のように振り回した。

 

「父さんと母さんだって見えてるじゃないか!俺が嘘を吐くと怒る癖に都合が良い所では当然のように嘘を吐かせる。どっちが嘘つきだよ!分かってるだろ、誰のせいでこんな思いをしていると思ってるんだよ!」

 

「それは・・・」

 

「もう沢山だ・・・言い訳なんか。俺は普通になりたいんだよ!こんな、こんな呪われた家系になんか産まれて来るんじゃなかった!!」

 

両親の若干の驚く表情の後のとても悲しい顔。それが鉛のように重い鈎針となって心に突き刺さり、決して放さないのだった。

 

・・・・・・・・・・・・

 

「ぎゃっ!!!!」

 

悪夢で飛び起きるのは久々で、気持ちがいい程に目は冴えているが目覚めは最悪である。小学生の頃、怒りに任せて親へ言い放ってしまった冷たすぎる言葉。両親とはその後きっちりと和解したのだが、罪悪感からのトラウマが未だに夢にて想起されるので恐ろしい物である。

幻想郷に来て二日目。色々あり過ぎて親の存在などすっかり忘れていた。結果的に無断外泊、もとい無断独立をしてしまっている訳で、両親の心配する顔は容易に想像がつく。ただ、何故かその辺は一切気にしなくとも大丈夫な気がした。根拠は無いが直感は信じるクチだ。

 

そんな事より永一が心配しているのは今の状況である。一切見覚えの無い広い和室に自らが眠っていた一揃いの布団。いつの間に眠ってしまっていたのか、今に至るまでの一切の経緯が思い出せない。その上頭が割れるように痛い。

その時、入り口の縁側の方から凄まじい妖力がこちらに迫るのを察した。彼は縁側に続く障子の戸から距離を取ると刀印を結び身構えた。

障子の奥に動く巨大な影。鶯張りの音が一歩一歩近づいてくる。それは部屋の中心部辺り、つまり彼の布団近くの戸の前で動きを止めた。木に爪が掛かる音。障子の戸は擦り音を立てる事無く静かに開いた。

 

「もう起きていたのか。具合の方はもう大丈夫なのか?一応、胃薬と二日酔いの薬は持って来たけれど。」

 

大きな影の正体は紫の式神で九尾の妖狐、八雲藍だった。その大きな尻尾のせいでこちらからは大きく見えたのだろう。

永一は八雲藍を知っている。しかし不思議なことに、何処で会ったのかはさっぱり覚えていない。

 

「藍さん、非常に妙な事を聞くと思うのですが、ここは何処ですか?」

 

「ん?ああ。ここは紫様のお屋敷だ。昨日の宴会で酒を飲むなり卒倒したきりだから覚えてないのも無理もないさ。」

 

宴会、酒。こんな単語にまつわる記憶など彼の記憶に存在しなかった。

 

「宴会?俺、酒なんか飲んだんですか?未成年なのに?」

 

「覚えていないのか?黄菜子が出来たすぐ後に紫様がお前と黄菜子の歓迎にと宴会を開きなさったんだが、主役のお前は酒を飲むや否や気絶したんだよ。私も長く生きてきたが、こんな下戸は初めてだ。」

 

「つまり、この割れるような頭痛は・・・」

 

「二日酔いだな。この薬を飲むといい。効果は保証するよ。」

 

枕元に置かれた盆の上には水の入った湯呑と蓬莱薬局の薬袋が乗っている。彼は中学の授業で行われたアルコールパッチテストの結果で自らの恐ろしい程に脆弱な酒耐性を知り、何よりも未成年である理由もあって、自分が酒飲をしたという事実はにわかにも信じがたい物であった。

粉薬は口に入れるや否や思わず顔を顰めたくなるような苦味が口に広がった。良薬口に苦しであってほしい所だ。

 

「そうだ、朝食は食べられるか?もし食べられるようなら永一の分も用意するよ。」

 

「頂きます。」

 

この異常な空腹から察するに永一は宴会の最序盤に倒れており、従って殆ど何も食べていないのだった。

邸は食卓までの道のりだけでも彼を圧巻させるには十分すぎる程の景色が広がっていた。国宝の仏閣にも引けを取らない庭園、優雅な四神が描かれた襖、邸の細部にまであしらわれた装飾。彼はそんな風景に心を奪われながら、自分はこんな場所で眠っていたのか、と驚きながらも心躍るのだった。

 

邸の見学はあっという間に終わりを告げ、居間へと到着した。藍が戸を引くと温かい空気に乗って食欲をそそるいい匂いが永一の嗅覚を刺激する。

いざ、部屋に入ろうと一歩踏み出すのと同時に、正面に広がる食卓にて幸せの具現のような表情で料理を味わう少女と目が合った。彼の式、土御門黄菜子である。その時、一瞬だけ彼女の箸が止まったように見えたが、彼女は彼の事などお構い無しに茶碗の大盛りご飯を頬張る。

ここは八雲紫の邸、出る食事もアブノーマルな物かと不安と期待の半分半分だったが、彼女が食べる食事は一般的な和食だった。

 

「じゃあ、食事の準備をしてくるから少しの間、空いてる場所でくつろいでいるといい。」

 

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。」

 

そう言うと永一は黄菜子のはす向かいの席に座った。ただ、今の彼は何も考えずにくつろげる状況ではなかった。幻想入り直後からずっと一緒だった筈なのだが、姿が変わっただけで初対面のようでその上彼女と会話した記憶まで曖昧で、どのように接すればいいのか分からない。むしろ、完全に初対面の方がやり易いとも思う。愚かにも飲酒してしまった自分を呪うばかりだった。

そこで永一は、初っ端から記憶喪失を暴露し、自分から話を切り出すという賭けに出る事にした。そこで、フランクな口調か真面目なトーンかというどうでも良い所で迷っていると黄菜子が机に空になった茶碗を静かに置いた。

 

「記憶が吹っ飛んであたしとの接し方がわからないって顔してるけど正解?」

 

黄菜子は永一に表情をニヤニヤとさせて言った。彼はあまりにもピンポイントで当てて来るので露骨に驚いてしまった。

 

「もしかして当たり?安心してよ。昨日は大して話はしてないから。何せ話し相手が早々に離脱しちゃったからね。」

 

彼女の皮肉100%のある意味純粋な笑顔に当人の永一は流石に苦笑いである。

 

「お前はあの猫・・・なんだよな?ここに来るまでの間、いろいろと助けてくれてありがとう。」

 

「ん~?永一が勝手に付いて来たんでしょ?ていうか、藪から棒ね。一応ファーストコンタクトなんだから、自己紹介辺りから始めるもんじゃないの?」

 

「いや、まあ。もし会話をする機会が出来たら最初に言いたかったから。」

 

「ふーん。意外と義理堅いんだね。じゃ、あたしから一つ聞いていい?」

 

永一は当然と言わんばかりに首を縦に振ったがそれからが恐ろしかった。

和やかだった空気が一変してヒヤリと冷たくなり、それと連動するように、笑顔だった黄菜子の表情は何処までも無表情だった。

その時、彼女の背後から黒に近い深い紫色をした不定形な「何か」が現れた。「オーラ」とでも呼ぶのだろうか、それはたちまち無数の剣の形を成して部屋を覆うようにして支配した。

精神を締め付ける感覚に背筋が凍り付く。それは彼の視覚限定の情報からではなく、精神、五感、魂が直感に近い形で底知れぬ何かに圧倒されてしまったのだ。オーラは消え、同時に彼女の口がゆっくりと開く。

秒にも満たない間の出来事だが、永一の記憶に深く刻まれたのは言うまでもない。

 

「永一はあたしに『式神』の術を施したんだよね?」

 

「あ・・・ああ、そうだけど・・・。」

 

「何を命じたのか話してくれない?」

 

「えっと・・・術者の味方になる事と、対象が望んだ姿になれる事と、対象の自我を主とする事。細かいのは色々あるけど、その辺は紫さんの指示に従って――」

 

「本当にこれだけなの?」

 

「ごめん!何かマズかったか?悪気は無かったんだよ、これだけはわかってくれよ・・・」

 

彼女の威圧を籠らせたような声に反射的に謝ってしまった。

それに対して黄菜子は一度大きな溜息を吐くと少し頬を膨らませて永一を睨んだ。

 

「やっぱり、自己分析の通りだった。永一はこの危険性を何っっにも分かってない。甘いんだよ!」

 

「えっ?」

 

黄菜子は顔を赤くしながら永一を怒鳴りつけた。突然怒り出した事にも驚いたのだが、それ以上に彼は先の恐ろしい一瞬を見た後でただ普通に怒られている事に驚いた。強いて言うと一切恐くない。

 

「あんたは昨日今日に会ったばかりの私にリミッター無しの便利な力を与えたの!もし私が姿を変えた妖怪だったらどうするつもりだったの?幻想郷に外来人を守る規則は無いからね。」

 

前話でも記した通り式神に成された命令はその全ての要となる。よって式神にとって命令は絶対であり破ることも叶わないのだが、黄菜子に施されたものは「命令」という制約からは逸脱したものしか無かったのだ。自我をそのままに、生き方を選べる力。つまるところ、永一は黄菜子に一切の制限を与えなかったという事だ。

 

「・・・まあ、確かに危なかった訳だけど、結果的に今生きてるし、黄菜子の優しさに万歳という事で・・・」

 

「この期に及んで何言ってるのよこのバカ。あーあ、外来人は平和ボケしてるって聞いたけど、ここまで頭悪そうで脳内お花畑な人間が私のパートナーだなんて・・・」

 

その時、永一の何処かのスイッチが入った。

 

「あのさぁ。散々俺の事貶してるけど、お前は俺の式神だからな?その上、お前の言う通り便利な力を得てるし自由だってある。例えば、お前が持ってるその箸。猫のぷにぷに肉球で握れるとは思えないが?ありがた~い叱責もいいが、お礼の一つぐらい言っても損は無いだろうさ。」

 

「何か色々勘違いしてない?あたしは永一のクドい甘さがあたしの足を引っ張る事が一番嫌なの!一食でも抜くようなことがあったら承知しないからね?それと、あたしは好きで式になったわけじゃない。わざわざ永一の式になってやってるのよ。よってあたしは永一を主として扱う気はないから。全く、あたしの優しさに万歳ね。むしろお礼を言って貰いたいのはこっちの方なんだけど。」

 

「ならなんで・・・」

 

―お前は俺の式になれたんだ?―と言いかけた所で永一は口を噤んだ。対象の自我を主とする命の中には、黄菜子本人が式となるか否かの意思を汲む意味も含まれていた。今、彼の目の前にいる式神黄菜子は彼女自身が選択して決めた結果なのである。

 

「・・・調子が良いのも今の内だ。ところで黄菜子、お前は食べる事が相当好きと見た。」

 

「それがどうかしたの?」

 

「なに、いずれ分かるさ。」

 

黄菜子はその言葉が全く解せないようだったが、永一は彼女を掌握する最大の武器として機能するだろうと相当の自信があるのだ。

 

「えーっと、そろそろいいかな?」

 

藍が永一の食事を持ってやってきた。遅いと思ってはいたが、どうやら二人の口論が収まるのを待っていたらしい。空気を読んで来なかった彼女の行動だったが、彼は逆に無駄な気を使わせてしまったようで少し申し訳なくなった。

 

「黄菜子、紫様から伝言を預かっている。『今すぐ庭に来なさい』だそうだ。」

 

「了解しました。それにしても何かなされるのですか?永一でなくあたしが?」

 

「皆目見当も付かないな。そもそも白昼に活動なされている事自体が珍しい事だ。しかも二日連続で。」

 

妖怪は夜行性なのか、と勝手に解釈したが目の前の働き者の狐妖怪は朝早くから家事の全般をやっていたらしい。そもそも狐の多くは夜行性である。

 

「永一も食べ終わり次第来るといい。待ってても暇だろうしな。」

 

「はい。」

 

確かに黄菜子の言う通り自分ではなく彼女が呼ばれるのは少し妙である。関係ないとは言え、何が起こるのか気にはなるので彼は急いで朝食を完食した。

 

 

――八雲邸・大庭園

 

庭は居間と繋がる縁側から降りた所に広がっていた。真っ白の枯山水の上を幽玄に聳える四季の古木。そして池に映る青空が眼前に広がる絶景を引き立てている。

黄菜子たちは枯山水の中心にいた。紫はこの庭園には紅く異質で巨大な球体に寄りかかり黄菜子と会話をしている。会話の内容までは聞き取れなかったが、それを聞く藍は何やら顔を引きつらせている。

 

「――大丈夫なのか?これはお前が思っているよりも厄介な相手かもしれないぞ?もう少し余裕を持って・・・」

 

「このレベルは十二分に余裕を持った結論ですよ。藍様の御心配は分かりますが、これでも一勢力を仕切る立場でございます。」

 

「そういう事。本人もそう言っているのだから、尊重してあげるのもいいでしょう。」

 

「ううむ・・・」

 

藍は表情を曇らせるとまじまじと紫と黄菜子の顔を仰いだ。後から来た永一にこの状況はさっぱりだが、黄菜子が何か無茶を言ったという事は容易に想像がついた。

 

「紫さん、おはようございます。うちの黄菜子が何か我侭でも言いましたか?」

 

「そんなことは無いわ。藍のいらないお節介よ。」

 

「いらなくてもお節介は焼きたくなります。」

 

藍は依然と困った顔をしている。一方の黄菜子は何事も無かったかのような顔で平生を保っている。

それはさておき、永一は先ほどからずっと目の前の謎の球体が気になっていた。初めて視界に入れた際には真っ赤な球体だと思っていたが、近くで見て初めて白い部分に気づいた。角度を変えてよく見てみると、その球体は巨大な陰陽対極が形取られた物であることが分かった。

見れば見る程不気味である。

 

「あの紫さん、この球体は何かのオブジェですか?」

 

「これは私が作成した傀儡の『神玉』よ。少し前までは結界の警備と修繕の為に稼働させていたのだけど、何者かに壊されてしまったのよね。まったく、悪質な悪戯よね。」

 

「そのお陰で私の仕事は倍に・・・。」

 

藍にはその苦労人顔が型に嵌ってしまっているらしい。そのせいか失礼ながら永一はその顔が似合っていると思ってしまった。

 

ここで言う傀儡とは、あらかじめ造形と施術を施した抜け殻、現代で言うロボットである。術の構造は式神のそれと似ているのだが、依代に独立した命令が成された傀儡は鬼神を運用させずとも燃料(霊力)だけで動かすことが出来る。ただしパターン的な動きが多くなりがちなで、命令の変更も容易に出来ない為、機械的な作業には向いても変則的な作業には向かない。

 

「何となく見えてきました。神玉を使って黄菜子に何かさせるのですね。」

 

「普通に考えてここで神玉を使わない方がおかしいでしょ!」

 

黄菜子から間髪入れずに突っ込みが飛んでくる。確かにそうである。

 

「しかも、今からする試験は紫様が永一の為を思ってのものなんだから。ま、本当はその必要は無いくらいなんだけどね。」

 

「そうなんですか?と言うか試験とは一体・・・?」

 

すると紫はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりの表情で答える。

 

「試験内容は、被験者、土御門黄菜子による神玉の討伐よ。未熟で温室育ちの貴方を守る上で黄菜子の実力が十分か否かを、修理した神玉で測ろうと思っていたのよ。」

 

「いた、という事は今は違うのですか?」

 

「ええ。黄菜子にその事を話したら『折角試験をするならもっと強い相手にして欲しい』との要望があったのよ。だから趣旨を変更して、黄菜子の実力がどの程度なのか測ることにしたの。そこで、神玉を再調整して戦闘用に改造したのがここにある『神玉・改』なのよ。傀儡とは言えその辺の妖怪程度なら木っ端微塵に出来る実力は備えているわ。」

 

「約束された完全勝利より、多少被弾する可能性がある方が面白いしね!」

 

「なら、期待できるわね。この自信が見掛け倒しじゃない事を祈りますわ。」

 

術師と強者、双方のプライドが破音を立てながらぶつかる。どちらもそのプライドは本物で、絶対的な自信があるのだろう。ただ、永一はこの勝負は黄菜子の負けと予想した。何故なら、彼の眼に黄菜子は只の人間にしか見えなかったからだ。結局、朝食前の黒い影が何なのかはわからないままではあるが、相手の神玉はあの八雲紫の自信作である。もし危険な物を感じたら直ぐにでも救出する準備は出来ていた。

 

だが、彼女はそんな彼の気など知りもせず、軽快なステップで神玉から距離を取った。

 

「・・・調整終了。神玉、再起動。」

 

紫は神玉に手を当てると凄まじい量の妖力を込めた。神玉の中を基盤のように敷き詰められた術が導線となり妖力を巡らせる。すると神玉は球体から分裂、それぞれ術師、妖怪の姿となり上空に浮遊した。

神玉の持つ霊力が紫の妖力を纏うかのように渦巻く。永一から見て、他人の力を手足のように操る神玉には天晴であった。ただ彼は、お手並み拝見と言わんばかりに微笑む紫をよそに、どことなく不思議な感覚に苛まれた。

この霊力はどこから湧いたのだろう。と、まるで簡単を失敗し続けているような気色の悪い物だった。

対して黄菜子は依然余裕で準備運動がてら大きく背伸びをした。

 

「いつでも攻めて来てください。ここに立った瞬間からあたしの準備は済んでいますよ!」

 

その時、永一は神玉たちの霊力が急激に増幅し出した事に気づいた。すると二人は肩を並べると手のひらを合わせ、増幅した霊力を互いの指先へと集中した。指先の終点には言うまでもなく黄菜子がいた。

 

「よろしい。では神玉――」

 

「黄菜子!!危ない!!!!」

 

永一は全ての力を飛翔に込め、黄菜子の身体を浚った。その時、彼女が立っていた地面が破音と共に砕け散る。二人は爆風に扇がれ邸の方まで吹き飛ばされた。幸い落下点に藍が現れ、抱えられる形で事無きを得た。

 

「二人とも、大事は無いか?」

 

「うう・・・藍さん、助かりました。」

 

「当然です。っていうか永一、邪魔しないでくれない?」

 

黄菜子はこの状況でさえ一切の動揺を見せない。最早、肝が据わっている程度の言葉では表せない何かなのだろう。

 

「ならよかった。それより、これは一体どういう事ですか、紫様?」

 

「フフフ・・・想定外の事が起こったわね。」

 

藍の背後から紫が現れた。今度は彼女の尻尾の中から出てきたようだ。永一は慣れたと思っていたが、まさかの不意打ちで不覚にも驚いてしまった。悪戯の道具にされた藍は一切気にしていない様子だ。

 

「神玉は傀儡、私の指示より前に動くなんてありえないわ。そういえば、永一はそれ以前に気付いていたようだけど・・・」

 

「はい。神玉の起動と同時にその霊力が大きくなるのが見え、救出に向かいました。何というか、まるで・・・」

 

「私の力を取り込んだかのよう、でしょう?なるほどね。まさか、神玉に付喪神が芽生えていたなんてね。」

 

付喪神とは、主に長い年月を経た道具に生じる霊魂の一種である。長い時を経た事で強力な力を得、晴れて妖怪の仲間入りを遂げた人物は易く脳裏に浮かぶだろう。

神玉に現れていた付喪神はまだ若く力も弱かったのだが、紫の強力な妖力と神玉に施された術によって急成長を遂げ、偶然にも今の力を得たのである。強い自我を持つが元の道具として与えられた命令「黄菜子を倒す」事が優先されている今、個としての自由を手に入れるために彼女の殲滅を遂行しているのだという。

つまり、今の神玉は主を無くした式神のような存在なのであった。

 

「これは黄菜子には流石に荷が重すぎるかしら。藍、邸に被害が出る前に片づけておきなさい。」

 

「はい。」

 

「お待ちください!」

 

黄菜子は藍の前に立ちふさがった。

 

「紫様、藍様、余りあたしを見くびるのは止めて頂けませんか?神玉の標的は藍様じゃないでしょう。それに、あたしって凄く強いんですよ?」

 

その時の黄菜子の表情はこれまでにない程の自信と好奇心に満ちていた。その挑戦的な目に紫は純粋に面白さを感じた。

 

「いいでしょう。好きなようにしなさい。その代わり、期待を裏切ることは許しません。」

 

黄菜子は無言でお辞儀をすると神玉の元へと向かった。藍は流石に焦燥で顔を歪め紫に訴える。

 

「紫様、相手は傀儡とはいえ、貴女様の力を取り込んでいます。流石に危険が過ぎるのでは?」

 

紫はにこりと笑ったきり何も答えなかった。

黄菜子は永一とのすれ違い様に一言呟く。

 

「永一は幸運だよ。形だけでもこのあたしの主になれたんだから。」

 

その瞬間、朝食前に感じた恐ろしい感覚を覚えた。振り向くと黄菜子の背から例の深紫のオーラが余す事無く伸びていた。

神玉は黄菜子の存在に気づくと同時に超高速で飛翔しながら先の霊力砲に加え、嵐のような弾幕を浴びせた。相手の弾幕が地面を抉り、眩む程の閃光が視界に弾ける。

その時、オーラがゆっくりと天に昇った。目が痛くなるほどの視界の中、永一は彼女の震えあがる程に純粋で恐ろしい満面の笑みを見逃さなかった。瞬間、オーラは一点、神玉を貫いた。それから彼には須臾の世界がスローモーションで動き始めたようであった。緩やか弾け飛ぶ土、そよ風に揺れる草木。ゆっくりと動く世界の中、一つの人影が身を低く構えると小さな拳を力強く握る。彼女の足元の地面に生じた罅に気づいた時には既に視界に彼女の姿は無かった。

 

次の瞬間、地を揺るがすような轟音に空間が張り裂ける程の爆風が入り混じりながら辺りに響いた。その先には神玉たちを拳一撃で貫く彼女の姿があった。

澄み切った天空を舞う破邪の一閃。純粋に戦いを楽しんでいるかのような透明な笑顔。まさに、武神の具現であった。

 

 

永一が気が付いた時には眼前の光景は最悪を極めていた。粉々になった神玉の残骸と大穴だらけの美しかった枯山水。その中央から黄菜子が先と変わらぬ軽快なステップを踏みながらこちらへと戻ってきた。

 

「上出来ね。中々面白い物を見せてもらったわ。でも、随分派手に散らかしたわねぇ。」

 

紫は藍を見た。藍は全力で知らんふりをする努力を試みたが、残念ながらこの惨状がある限り片づけという悪魔からは逃れられないようだ。藍はとぼとぼと庭の事態の収拾に始めた。その表情はまさに死ぬ寸前の草食動物のそれである。

 

「合格・・・は言うまでも無いわね。じゃあ二人とも、私に付いて来なさい。」

 

すると紫は目の前の空間をスルスルと開きその中へと誘った。

 

「どこかへ向かうのですか?」

 

「向かう?帰るのですよ。貴方たち二人の家へ。」

 

スキマから見える鬱蒼とした草木。言葉通りの自然に紛れるように古めかしい木造建築がひっそりと佇んでいた。

 

 

――To be continued――

 

 

 

 





あとがき


新年、あけましておめでとうございます!藻です。
今回は出来るだけ早く投稿できるよう頑張って書いたつもりだったのですが、二週間以上経ってしまったという失態。年末は仕事(私事)で文字通りの師走だったので少し多めに見てもらうという事で・・・
それよりも驚いた事が一つ。年始になってお気に入り登録数と評価が増え、更に応援コメントまで頂けたという事です。
お年玉にしては少々豪華すぎるのでは?
何はともあれ、全く更新していなかったのに何故、という疑問少々を添えてこの度はご愛読ありがとうございました!
皆様の支持に応えられるよう、良い作品を創作出来たらなと思います。

改めて、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!

それでは、久々の解説の方へと入ります

1.人間を守る規則とは
幻想郷において人間の数は極めて重要な項目で、減るのは勿論、増えすぎるのも妖怪の存続に関わる問題となります。増えすぎる事は余り無いと思われる現状で、一例として人口が減らないように災害から保護している勢力の一つが天狗となります。(鈴奈庵44話参照)
他にも、里で食い逃げをしていた=人間に手を出した蟒蛇(鈴奈庵22話参照)はマミゾウによって捕らえられ教育を受けている点から、大半の妖怪が人間の保護に徹していると考えています。
しかし、保護対象の人間はあくまでも幻想郷の人間に限られています。今回、黄菜子が言った「外来人を守る規則は無い」という台詞の裏には「外来人は保護対象じゃない」という意味が含まれており、無縁塚の墓石や永一が本編二話にて妖怪に喰われかけた理由も、人命保護の規則の穴を突いた結果となります。
こわいぞ、幻想郷。

2.傀儡-神玉とは
まず神玉とは、Th1東方靈異伝の5面Boss(実質STG1面)で登場したキャラです。二つ名のGateKeeper(門番)の名と撃退後の魔界or地獄の面選択の演出等から、神玉はかつて境界の管理を担っていた可能性を見出し作品に取り入れてみました。
ちなみに、作中で少し語った「神玉を壊した誰か」とは、原作の東方靈異伝にて異界で大暴れした言わずと知れた紅白です。
神玉には藍や橙のようなThe・紫の式神というイメージは一切無く、かと言って低級式ではないので、傀儡というロボットのような存在にしました。というか、この話を思いついた時点でぶっ壊す事は確定していて(爆)感情豊かなキャラをネタで壊すのはかわいそうだったので傀儡にしました。
何はともあれ、神玉の正体が明言されることは恐らくは永遠にありませんので微塵も根拠が無くとも傀儡と書けます。わーい。


今回はこれぐらいで。
次回、遂に誕生土御門家。Next fantasy's hint「家主」




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