東方陰陽録~The medium disappeared in fantasy~   作:Closterium

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己の器量は露知らず、秘術の世界に踏み込んだ。
彼はその時、無知の魔力をその身に受ける。




P.S.もはや失踪に近い



第六話 式神

式神にはおおまかに上級と低級の二つが存在する。

まず、低級式は主に対象を動かす等の簡単な命令をする時に使い、主に護符などの道具や小動物等に付ける事が多い。これは必要な霊力が少なくて済むため、全く霊感の無い人間でも訓練次第では作成できるものである。神社や寺院に売られているお守りや札の中には低級式を施している物もある。

一方で上級式は複雑な命令をする時に使う。現代風に言えばAIに似た物でいちいち式に命令する必要はないが、その代わりに鬼神や神霊などの強力な霊を付与させる必要がある。人形などに付与させる事は勿論、霊と術者が強力なら妖怪をも服従させる事が出来てしまう恐ろしくも魅力的な術だ。

しかし、鬼神、神霊を式神の核とする場合、前にも述べたように術者の実力も問われる。使役させる筈の霊に返り討ちに遭い、逆に取り殺されては元も子も無い。普通の人間は勿論、手練れた術者でも触れない事が多い代物である。

 

そして今回、永一が挑戦するのは察しの通り後者である。彼が上記の一行目より詳しい説明を受けていないのは言うまでもない。

 

「初心の貴方に鬼神を一から用意させるなんて鬼の所業は致しませんわ。この周辺に私が用意した鬼神が放されています。それを貴方の霊力で引きずり出しなさい。」

 

「はい。」

 

永一の中での鬼神のイメージは幽霊に毛が生えた程度でしかない。まさか紫が初心者の自分に命の危険が伴うような恐ろしい事はさせないだろうと高を括っているのである。(もしくは言い聞かせている。)

ちなみに、魔理沙は初心者に鬼神を対峙させる時点で鬼の所業だと思い、霊夢は「変な物放さないでよ!」とご立腹である。

 

「よろしい。手順は教えた通り、この周辺で一番力を持った霊よ。始め!」

 

永一は刀印を結ぶと目を閉じ、深呼吸をしながらその指先にありったけの霊力を込めた。球が楕円に、楕円が柱に、指先に集まった霊力が行き場を求めて歪む。高密度に圧縮された霊力が悲鳴を上げているのだ。彼にしか見えない彼の未熟さである。

 

一方で神社の縁側。山菜の天ぷら少々を酒のつまみに小宴会を続ける二人も退屈そうにその様子を見ていた。上位霊との対峙の危険性は嫌というほど知っている。実力も含めて二人は紫を信頼しているが、ただの人間にしか見えない永一がやはり心配であった。

魔理沙は瞑想する彼を見て首を傾げた。

 

「なあ、霊夢。永一はずっとあの調子だが、一体何をしているんだ?」

 

魔理沙はつまみを口に入れつつ霊夢に問う。

 

「何って、式神の術でしょ。」

 

霊夢もまた、箸で天ぷらをつまむ。空を仰いでいた猫の興味が幾度も口と皿を往復する二人の箸に移った。

 

「そんな事はわかってるぜ。だがここに肝心な鬼神はいない。何かするならまず鬼神を用意してからじゃないのか?」

 

「そうなの?」

 

明らかに余白が多い皿。一瞬互いに目を見合わせると再び視線が皿に移った。

 

「・・・この手の術はお前の専門じゃないのか?」

 

「興味がないから知る由もないわ。」

 

二組の箸が凄まじい闘気を帯び、一直線に皿上の小さなつまみへ向かう。

 

「あら、案の定無関心ね。もう少し勉強熱心になっても損は無いわよ?」

 

いつの間にか二人の間の空間に紫がいた。驚く二人をよそに皿に残った最後のつまみを口の中に放り込んだ。

 

「永一の監督はもういいのか?」

 

「今はね。用事の序でに勤勉な魔法使いに答えを教えに来たのよ。」

 

霊夢は天ぷらの腹いせに猫を撫で始めた。

 

「聞いていたのか。それはご苦労だな。折角なら教えてもらおうか。」

 

「ソナーって知ってるかしら?」

 

「ああ、河童の発明にあったな。川の脈を測るとか。」

 

「そう。具体的には水中に放った音波の反射を捉えてその様子を知る為の道具。漁師の目ね。」

 

「・・・それとこれに何の関係があるんだ?」

 

「百聞は一見に如かず。丁度永一の準備もできたみたいだしね。」

 

永一の指は、彼のキャパシティを裕に超える膨大な霊力を帯びながら薄暗い神社の境内には眩しすぎる程に輝く。

微動だにしていないのにも関わらず全身から汗が吹き出し、心臓は異常な鼓動を止めない。身体が悲鳴を上げているのは言うまでもなく、そう感じている間にも体力は震える程に減り続けている。

地面と水平に指で空を切ると、絵筆のように霊力が弧を描いた。半円に満たない線は彼をぐるりと囲うように広がり、やがて美しい輪となって浮遊した。そして永一は両手で刀印を結び勢い良く腕を広げた。同時に輪も彼の動きに合わせるように大きく広がり神社周辺の一帯を巡る。

霊力の弧は当然、霊夢、魔理沙の元にも届いた。

 

「なんだこれは、弾幕か?」

 

「あら、まだわからない?永一は音の代わりに霊力を放ち、自らがソナーとなって鬼神を探しているのよ。決まった身体を持たない霊体は霊力を歪ませ、永一《レーダー》に『違和感』として伝わる。強力な霊体は違和感も大きいから、それを厳選して式とするのよ。」

 

「型破りな発想は面白いが魔法の参考にはなりそうにないぜ。」

 

「当然よ。魔法とは根本が違いますわ。」

 

その時、大きな拍手が一度、境内に響いた。同時に神社がギシギシと家鳴りした。

 

「紫さん、捕まえました!」

 

「あら、随分早かったわね。かまぼこ猫、おいでなさい。」

 

すると紫は霊夢の膝で身を預けている猫を抱き抱えると永一の方へ向かった。天ぷらだけでなく猫まで持っていかれ、彼女の不満はついに表情にまで現れた。

 

「捕獲できたのね?」

 

「はい。でも流石に疲れました・・・。こんな時はチョコレートでも食べたい気分です。」

 

「あら、幻想郷でチョコレートなんて手に入らないわよ?」

 

「え、そうなんですか!?」

 

永一は初めて幻想郷にがっかりした。

 

「それにしても眠いなぁ・・・。紫さん、少し仮眠を取ってもいいですか?」

 

「あら、眠いの?まだ式神完成して無いわよ?」

 

「すみません。さっきのアレで異常に疲れてしまったみたいで…。少ししたら起きますので・・・。」

 

永一はあくび交じりの声で言った。水泳後の国語の授業並みの快眠が期待できそうだ。

 

「そうねぇ・・・。うーん。でもまあ、永一も頑張ったし多目に見ましょう。」

 

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて・・・」

 

彼は自力で縁側まで歩くと、柱に寄りかかり目を閉じた。

 

「あ、そうそう。眠ると死んでしまうから気をつけなさいね。」

 

「・・・・・・ん・・・死・・・・・・?」

 

「ええ。鬼神を直接霊力で縛っているのだからその間は常に消耗し続けるわ。霊力《いのち》が無くなってきているのだから眠くなるのは必然ねぇ。」

 

その時、自分でも驚く程驚き、紫の顔を四度見した。ただ、四度見していたのは永一だけではなかった。

 

「そういう事はもっと早く言え!!!!!!」

 

「何戯けた事言ってるのよバカ妖怪!!!!!!」

 

「お お お おおおお!!!!!!」

 

人は極限状態になると声が出なくなることを永一は身をもって実感した。

すると今度は霊夢と魔理沙が永一の胸ぐらを掴み

 

「「起きろぉぉおおおお!!!!!!!」」

 

思い切り、しかも往復でビンタした。

 

「い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛!!!!!!」

 

 

数分後・・・

 

顔の痛みと睡魔に苦しみながらではあるが、永一の式神との契約が始まった。

まずは鬼神の召喚である。鬼神はあくまでもソナーに要した霊力を集中させて「捕まえた」だけの状態である為、この場に連れて来る必要があった。

 

紫は地面に傘を突き刺して永一に指示した。

 

「霊力を込めながらこの傘を抜きなさい。」

 

「・・・これで鬼神が召喚されるんですか?」

 

「当然、私がそうなるように細工したのですから。」

 

彼はまじまじと傘を眺めたが、見れば見るほど只の派手な傘である。ただ、半信半疑で霊力を込めてみると異常なほど通りがいいので気持ちが悪い傘だ。

彼はゆっくりと傘を抜いた。

 

――「断と続の境界」――

 

傘が地面から離れた瞬間、目の前にある巨大な霊力体の存在に気が付いた。霊体は彼の霊力に包まれ微動だにしない。肉眼では不気味な霧のように見えるそれは、元々この場にあったかのように空間に馴染み、現れた瞬間、彼自身も不気味なほどに全く驚かなかった。

 

「召喚は成功みたいね。鬼神は私が押さえるから安心して力を解きなさい。」

 

永一は深呼吸をしながら少しずつ霊力を抑えると、霊体から彼の霊力が抜けていき同時に彼の元へと戻って行った。

これでやっと命の危機から解放されたのである。

彼の霊力が抜け、霊体の元々の形が露わになってきた。

 

「おや?」

 

紫は目の前の予想外に首を傾げた。こんな霊体に見覚えは無かったのである。

実体のない霊体は不安定で、何かの拍子に形が変わってしまうことはそう珍しく無い。実際、永一の膨大な霊力に揉まれたせいで霊体の持つ元々の霊力は彼のものと同化してしまっている。しかし、その性質を一瞬で変える事は容易ではない。例としては元が妖怪や死霊から信仰で神になったミジャグジ様や菅原道真などが代表的だ。

彼女が用意した鬼神は恨みの強さから祟りを起こし祠に封じられたが、時間と共に忘れ去られて妖怪化しかけていた鬼神(超危険)である。

対して目の前にいる霊体は極めて純粋で、神霊に近い存在である。

紫が用意した方は経緯を見ると多様な性質変化を経た霊だが、根底には「恨み」というマイナスの面がある。普通の霊よりイレギュラーはあり得るが、眼前の霊のような純粋さを得るのは難しいだろう。

何にせよ強力な霊体である事に間違えない。今は強力な式神との契約の成功の方が重要で、用意した霊か否か今はどうでもよかった。

 

契約の儀。式神の術における最終過程かつ最重要過程である。と言っても、最難関の鬼神を屈服させる過程はソナーによる捕獲の際に意図せずに済ましていた為残るは命令である。プログラムの施されていないソフトは只のデータに過ぎないように、命令されていない式神は霊力を食う置物である。「式神」というソフトウェアの核であるが故、失敗すると誤作動やバグを引き起こし、最悪は全てが水の泡になる。

 

「放すわよ。幸運を祈るわ。」

 

そう言うと紫は霊体を閉じ込める結界を解いた。永一は変わらず静かに浮遊する霊体に迫ると、再び刀印を結び霊力を込めた。

 

「左青龍避万兵、右白虎避不祥、前朱雀避口舌、後玄武万鬼。我、四柱の神の加護を受け、聖域を齎す者なり。」

 

詠唱に続いて四方に霊力の柱が立った。その瞬間、彼の周囲の空気が一気に変わった。それは秋風の冷たさとは違う、鋼のように重く、冷たく、張り詰めた空気である。彼の肌に触れるや否やピリピリと針のように彼に刺さった。

四神の加護は彼にとってはは余りにも荷の重すぎる力だった。

彼は指先を前歯で噛み切る・・・と痛いので、森で転んだ時に作った傷の瘡蓋を剥がしそこから出た血を指先に塗った。

 

「紫さん、準備できました。付与対象の護符をください。」

 

「言われなくてもわかってるわ。」

 

永一の手元に紫のスキマが現れた。スルスルとファスナーのように開くスキマに彼が手を伸ばすと、護符ではなく温かい何かが彼の手のひらに足を付いた。手のひらには次第に体重がかかり、すぐに支えきれなくなり手を払ってしまった。驚いてスキマの下を見ると、かまぼこ猫が座っていた。

 

「紫さん!何出してるんですか!?」

 

「見れば判るでしょう?猫よ。」

 

「そうじゃなくて、式神は普通、人型やら形代を元に生成するんじゃないんですか!?」

 

「ええ、そうよ。でもこの子を式にした方が面白そうだから。しかも、上級式神にはしっかりとした命名が不可欠よ。貴方の猫なんでしょう?式神にもこの子の名前を付ければ丁度いいじゃない。」

 

「こんな話一切聞いてませんし、何もかもが違いますよ!この猫は無縁塚にいた野良猫で、決まった呼び名もまだ無いんです!」

 

「無縁塚・・・」

 

紫は一瞬真面目な顔になったと思ったら今度は邪悪な笑顔を浮かべて永一にとってこの状況では脅威の提案した。

 

「誤差の範疇ね。永一、早急にこの猫に命名なさい。貴方の式になるのだから良い名前を付けてあげなさい。」

 

「はぁ!!?」

 

今、永一にとって何故脅威なのか。それは四神の加護の結界を維持する時間に限りがある点と、彼の優柔不断な性格の為だ。

まず四神の加護とは、結界内の霊力を浄化、そして彼に不足した技量の補助をする為の物である。しかし、この結界術も十分高等術である為、使用時間に厳しい制限がある。その為、結界が張られている短時間に複雑な式を打たなければならずそれだけでもかなりの難題だったのだが、命名というさらに恐ろしい難題を吹っ掛けられたのだ。

自販機のジュースすらすぐに決められない彼が一つの尊い存在の命名に要する時間は計り知れない。もし、早急に命名できたとして、もし式を打っている途中で結界が破れば、未熟な永一の場合逆に魂が霊体に取り込まれ兼ねない。

フル回転する脳、猫に関する記憶が想起し錯綜する。彼に悩む時間は残されていなかったが、今回は思いのほか時間は取らせなかった。自然に浮かんだと言っても過言ではなかった。

その名の由来は猫に関しての今に至るまでの記憶で一番印象に残っている事から生まれた。

 

「チョコ泥棒。チロル・・・いや、きなこだ!主、土御門永一の名において命ず。式神『きなこ』、其の命を其の身に刻み、我が鉾と成りて忠義を示せ!」

 

永一が霊体にありったけの霊力と術を込めると、それは蒼白く輝きながら水のような流動を始め遂に形を失った。

 

「・・・上出来ね。さあ、かまぼこ、いや、『きなこ』に力を与えてあげなさい!」

 

彼は右人差し指の先を噛み切ると、紫から渡されていた札を取り出し流血に霊力を込め文字を書き綴った。

 

「我が血を代に契の儀を取り行う。主の名は土御門永一。式の名は土御門黄菜子!」

 

永一は霊体に向かって札を飛ばすと『黄菜子』と書かれた血文字と霊体が反応して互いに共鳴するのを感じた。

そして彼は再び刀印を結びその指を猫の方へ向けた。霊体はそれに倣って真っ直ぐと猫へと放たれた。その様はまるで流星を思わせる美しさだったという。

霊体は猫を包むと徐々に小さくなっていった。鬼が出るか邪が出るか。その様子をその場にいる一同はまじまじと見つめていた。

 

そして光が弱くなり、段々と式神の姿が露わになる。

 

「はぁ。まったく・・・」

 

透き通った呆れ交じりの気怠い声。

 

「どうして私の同居人は・・・」

 

小柄な身体に細い手足。

 

「こうも甘い人間ばかりなのかしら。」

 

思わず後ずさりする程の覇気。

 

鬼や邪とは程遠い、綺麗な長い黒髪の小町娘こそ、土御門永一の生涯における最初で最後且つ最強の式神なとなるのである。

 

 

―To be continued―

 




あとがき


ご無沙汰です。前回のあとがきで誠心誠意執筆すると言ってしてなかった情弱です。正確にはしていたのですが、とある理由でモチベが0になっていました。

前回を執筆後、私はモチベ最高潮でめちゃくちゃ書きまくっていました。平日の三日で約四話分ですから、20000文字は書いたかと思います。その時、私は何故か同時並行で四話書いていました。今思うと深夜テンションによる奇行の一つだったのでしょうか。私はこのタイミングでやらかしました。勘の良い方は察しているかと思います。はい、PCの電源が落ちました。
保存の大切さを学びましたとさ。あと妙な事もするもんじゃありませんね。バーカバーカバーカ。
5000消滅は許せても20000消滅は許されません。計り知れない自己嫌悪と共に高く積みあがっていたモチベがその分マイナスへと落ちました。療養期間は少し長すぎた気もしますが、失踪せずに頑張りますのでそれで許してください。何でもしますから!(なんでもするとは言ってない)

次回は永一、新生活へ。Next fantasy's hint 「式神たち」

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