東方陰陽録~The medium disappeared in fantasy~ 作:Closterium
それが彼には顕著に映っていたようで・・・
彼女が放つ独特の胡散臭さとは打って変わって常人には理解し難く極めて難解な台詞が意識の隅々を駆け巡る。
「あんた何考えてるのよ!まさか、何か企んでいるんじゃないでしょうね!?」
「なるほど。育ててから頃合いを見て喰うんだろ?流石は妖怪の賢者と言いたいところだ。」
「あら、失礼ね。そんな恐ろしい事は露ほどにしか思っていませんわ。それに妖怪が妖怪を殺す術を教えるなんて最高に面白い暇つぶしだと思わない?」
と、紫は永一に目を向ける。彼自身、予想だにしない要求に思わず空に焦点を合わせた。
「安心なさい。約束するわ。私が貴方を殺すことは無い。だから貴方も約束くらい守るのが筋じゃない?」
「えっ――」
彼が目の前に広がっていた筈の世界から消えた事に気づいたのは紫に飛ばした筈の言葉が反射して消えた後だった。明るくも暗くもないが無限に広く感じられる絵に描いたような異空間に対する何とも言えない不信感を横目に何故か若干の期待も感じていた。そこに紫が現れるのはそれから間もなくの事だった。
「早速最初のレッスンに入るわ。覚悟なさい。」
「・・・はい。」
永一の天敵に捕らえられた小動物のような哀れな表情とは裏腹に紫は楽しげだった。
「まずは基本を叩き込むつもりなんだけど。貴方の能力は何?」
紫はさも永一に特殊能力があるかのように問う。八雲式陰陽道、初めから躓きそうな予感がした。
「能力・・・といいますと?」
「そのままの意味よ。勘が鋭すぎる、稀代の幸運持ちだ、とか。何か思い当たる節はあるでしょ?」
その時、彼の脳裏に他の思考を吹き飛ばしながら巨大な一単語が現れた。
『無い』と。
「そうですね・・・。勉強なら並みの人より出来ると思いますが・・・。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
気不味さに似た何とも微妙な空気が広すぎる異空間を覆い尽くす。
「・・・私の見誤りだったかしら。」
(そうでしょうね。)
「まあ、それは追々分かる事として本題ね。」
「はあ・・・」
『見誤り』だけでよく分からない事に巻き込まれているとしたら、この現状を吉と見るか凶と見るかは現時点では誰にも判らなかった。
見誤りじゃない事を祈りたい。
「先ずは霊力コントロールの基本、刀印の結び方かしら。でも相手に悟られるから今回だけ。普段は使わせないように矯正するわ。」
「指の動きだけで悟ってくるような相手と戦う事なんてあるんですか?」
「私は少しでも指が動いたら警戒するわ。」
「・・・」
紫は利き腕の人差し指と中指を突き出し、親指はそのまま指に沿えるよう指示した。永一が知る刀印は両手で結ぶ所謂忍者ポーズなのだが、八雲式陰陽道では「戦闘において両手を塞ぐのは論外」らしい。
彼は言われた通り見よう見まねで『八雲式』刀印をした。
「それじゃ、指先に意識を集中してみなさい。」
彼は指先に神経を集中してみた。
確かに指先から霊力が湧き出て来るのだが、水芸の失敗作のようにじわじわと流れ出るだけでとても彼女が求める物とは言えないだろう。
案の定、彼女は不服そうな表情を向けていた。
「微妙ねぇ。なら見本を見せてあげる。こうやってやるのよ。こ・う。」
紫は指先を永一の顔に近づけながら言った。指先から湧き出る彼女の妖力が腕にかけてぐるぐると鋭く輪を作る。
「なるほど。やってみます。」
永一はこれも『見よう見まね』で再現してみた。
彼の腕に巻く霊力の輪は紫ほどの鋭さや安定感は無いが、我ながら初めてにしては上出来だと思う。
「努力はしましたが、やっぱり紫さんのようにはいきませんね。何かコツとかありますか?」
と、彼は謙遜交じりに彼女に聞いた。が、笑っていたはずの彼女は目を思いきり見開き、顔を強張らせていて思わず恐怖すら覚える程だった。
妙な謙遜が気に入らなかったのか、はたまた出来が絶望的過ぎて唖然としているのか。とりあえず謝っておくのが定石かもしれないが、謙遜が気に入らない相手ならば火に油だろう。
すると、何も考えられずわなわなと震える永一に紫が近づいてきた。全身から妖力が溢れ、オーラのように身に纏う様は逆鱗を撫でられた龍神を斯くやと想起させる程である。
「貴方、何を見たの?」
シンプル過ぎる一言が彼の精神に重くのしかかる。これは一般的には口封じに殺る寸前の言葉である。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!でも俺なんっっにも見ていません!ただ、紫さんの真似事をしたまでで・・・それでも何か不味いものを見ているのならこの口が裂けようと誰にも喋らず何が何でも墓まで持ち帰ります!ですからどうか命だけは奪わないで!!」
「・・・私が貴方を殺す?そんな事しないわよ。でも何を見たの?」
「殺さない・・・拷問!!誰か!誰か助けて!!」
永一は断末魔を上げながら逃げ出した。だが、紫の空間で作った本人から逃げられる訳もなく、
「わあ。」
「ぎゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
案の定、袴の袖から飛び出した彼女の餌食となったのだった。
「まったく。私に貴方を拷問する気も殺す気も無いわ。最初に約束したでしょう?」
「殺さない・・・ですか?」
「私は義理堅いのよ。」
永一はがくりと項垂れた。それが安堵なのか限界を超えた恐怖だったのかは彼自身にも判らなかったという。
「じゃあ言い方を変えましょう。貴方は私の印を見て何を参考にしたの?」
「何って言われましても・・・」
彼は目に映った事を出来るだけ細かく説明した。彼には正直、真似た事に対してここまで言い寄られる意味が分からなかった。
紫にある程度話し終えた所で彼女は先より胡散臭い表情に戻った。
「やっぱり・・・貴方が私に気づいている事に気づく前に、貴方は私に気づいていたのね!」
「?????」
気持ちの悪い言い回しが普段よりも高い声で彼にぶつけられる。上機嫌とも取れる彼女の態度からは不思議にも微塵も良い心地がせず、暑くもないのに脂汗だけがだらりと流れた。
「気分が変わったわ。貴方に課した暇つぶし、免除することにしたわ。」
「え、いいんですか?」
「もちろん。でもその代わり、暇つぶしの域を超えた肩慣らしに付き合って貰うわね。フフフフフ・・・覚悟なさい。」
永一は紫の眼光の前に抜け殻と化した。今思えば、少しでも妖怪に人間の感性を求めたのが大間違いだったのかも知れない。
人知を超えた暇つぶし改め肩慣らしは時間を忘れる程続いた。
――博麗神社
縁側に現れたスキマから紫が顔を出した。
「お待たせ。お酒、まだ残ってるかしら?」
「なんだ紫か。随分早かったじゃないか。残ってるも何も取りに行くって席を外したのは紫だろう?」
「そんな事より永一はどうしたのよ?まさか食べてはいないと思うけど…。」
「まさか食べる訳ないでしょう?でも、今宵のいい肴にはなるでしょうね・・・。」
紫がスキマから足を踏み出すと続いて永一も現れた。彼の表情は何かを超えて何かを悟ったかのような涼しい表情をしている。その只ならぬ表情に霊夢と魔理沙は唖然としながら互いに目を合わせた。
「永一・・・大丈夫か?」
彼の返事には思いの他精気があった。
「ん、魔理沙と霊夢か。久しぶりだな。俺は大丈夫だ…全くもって・・・。でも――」
彼はジワリと額を汗で濡らし、軽く深呼吸をしてから続けた。
「あの空間ではな長時間死ぬほどの苦行をこなしても、一定の周期で疲れがリセットされるんだ。その上眠くもならないし空腹も感じなかった。人間じゃなくなったみたいだったよ・・・。」
二人は彼の言葉から得体の知れない何かの一端を垣間見た気がして思わず息を飲んだ。
「あらあら。永一、そんなどうでも良い経験話しても酒が不味くなるだけよ?そうねぇ・・・霊夢、ちょっと飛んで見せなさい。」
脈絡のない話を突然振られても困るだけである。
「何するつもりよ?それに何で私が?」
「私や魔理沙じゃ『動力』が違うのよ。貴女じゃないと正確じゃないわ。」
「・・・?よくわからないけど、お酒の事もあるし。」
霊夢は訳も分からぬまま地を蹴った。それきり、彼女の身体は地上の呪縛から解放され、当然のように宙に留まっている。
「ふむ、上々ね。では永一、出来るわね?やってみなさい。」
永一は有無を問わせない紫の言葉には思わずたじたじだが、長すぎる数分間は彼にそれくらい物ともしない程度の自信と技量を与えるのには十分であった。
彼は心身を落ち着かせると彼女に巡る霊力の流れを視た。グルグルと鋭く旋回しながら全身に走る霊力は見事なまでにくっきりとし、一切の歪みを許さないようであった。
つまり、達者な者の動き程視やすい物は無いのだ。
彼はゆっくりと膝を曲げ、つま先で地を蹴った。それから彼の身体は煙のように立ち上り、落ちる事は無かった。
「驚いたわ。外来人があの短時間で飛べるようになるなんて・・・。」
「本当だな。霊夢は自力で飛ぶのに苦労したもんな。私と違って。」
「昔の事なんか覚えてないわ。」
紫は二人の会話にニヤニヤしながら言った。
「フフフ・・・。案の定、貴女たちは勘違いしてくれたようね。私が只の空を飛ぶ人間《フライングヒューマノイド》を見せて満足する訳ないでしょう?永一は、霊夢の霊力流を再現したのよ。」
霊夢と魔理沙は紫の難解な言葉に互いに目を合わせた。
「どういう事?」
「妖術や魔法を使う時、必ずその対価として自らの力を使うわ。それは勿論、空を飛ぶ事も例外ではないわ。霊夢、術を使う時、貴女は具体的にどうしてるの?」
「どうって・・・普通に札とか投げて適当に…」
「・・・魔理沙は?」
「私は事前に用意した魔力を道具に込めたり、それ自体を変化させるぜ。」
「じゃあ、魔力を込めたり変化させる時は?」
「そんなの、決まった方法や手順を踏んでやるが、ここから先は企業秘密だぜ。」
「そう、手順よ。永一はその『方法』や『手順』が全て、肉眼で『力の流れ』として見えるのよ。名付けて『流れを見る程度の能力』ってところかしら。」
「何だって!?」
驚愕に表情を歪める魔理沙に対して、はて何と言わんばかりの霊夢。
「まだ気づかないのか?あいつはさっき、お前が飛ぶ姿を見てその通りに真似て空を飛んだんだ。つまり、術を完全に模倣して使うことも、術の弱点を一瞬で見つけることも朝飯前って事だ。」
「うーん、術の弱点がバレるならそれを補う術を使えばいいような・・・。私の記憶の術を真似て来た妖怪は地底にいるし、それに慣れない術なんて使えたものじゃないわ。それに、幻想郷には時間を止める人間もいれば不老不死の人間もいるし、そんなに珍しい能力でも無いんじゃない?」
魔理沙の好奇心と霊夢の無関心がぶつかるまでもなくすり抜け、勝手に相殺される様は傍観者の紫には少し期待外れであった。
「それよりも紫。アレ、不味いんじゃない?」
霊夢が空中を差し指摘する。彼女が指差す先には先ほど飛んだきり忘れられていた者が隼のように速く、蠅のように不規則に上空に暴れまわっていた。
紫のスキマに回収され地上に戻ると永一は膝を付きだらりと腕を下ろし、「助かりました」と一言呟いた後、この身に命がある喜びに感謝し言葉なく安堵した。美しい袴の袖が情けなく地面を擦る。
「なあ霊夢…なんというか。」
「「覇気が無いわね(よな)」」
霊夢と魔理沙は失笑し、紫は大きくため息を吐いた。
「覇気が無い」。永一に向ける言葉でそれ以上に的確に刺さるものは無いだろう。紫は、自らが弟子に取った青年の酷い言われ様が気持ちいい程に合点がいってしまった自分の分もため息を吐くのだった。
――数分後
空には月が昇り夜の幻想郷を照らす。丁度良かった外気温も今では肌寒くなり、厚手の上着が恋しくなる。
「そろそろ、今日の本題よ。判っての通り、貴方はまだ未熟も未熟。でも貴方が能力と私の教えを完全に活用出来たならばもしかすると成功するかも知れません。」
永一は成功率1割以下と見た。
「フフフ…橙以来ね。さあ見せてちょうだい。貴方の式神を!」
式神の術の成功。それは彼の幻想郷暮らしの土台であり、柱であり、屋根になるものだった。
――To be continued――
あとがき
どうも只の引き篭りです。・・・反省してます。
というよりも、サボっていた間にお気に入りが増えていて嬉しさ半分申し訳無さが・・・。しかも高評価までなさってくれた方まで・・・罪悪感倍増です。
本っっっっ当に励みになります!お気に入り、評価以外でも、この小説を閲覧してくださった皆様、本当にありがとうございます。
誠意を込めて執筆いたしますので、これからも御贔屓してください。
それでは今回は解説の方にも入っていきます。
1.陰陽録における印の解釈
刀印と言いますと、作中にもあるように「忍者のアレ」を指しますが、Googleの画像で出てくる刀印とは違い、作中のものは親指を人差し指の腹の部分に添えた形となっていて、鞘を表す左手はありません。
史実や伝承と違うじゃねーかハゲと言いたくなるかも知れませんが、あくまでも「八雲式」なので史実、伝承共に幻想入りしています。
一応、普通の陰陽道と差別化するためにわざと変えているという設定がありますが、その理由はネタバレになるので・・・。
鞘を表す左手が無い理由に関しては作中の理由と、「刃は収める物ではなく隠すもの」だからです。こちらに関しても後の話で出します。
精神を集め敵を断つ。陰陽録における刀印の大雑把な意味になります。
2.永一の能力
永一の能力「流れを見る程度の能力」は複雑でストーリー上メタかつ重要な能力です。
詳しくは、霊力、魔力などの「霊的な力」の種類や性質を判断し、その動きを捉えるというものです。ではどこがメタなのかと言いますと、この能力で東方キャラの術の仕組みの考察を述べることが出来るというものです。例えば相手が魔法を使って来た時に、「魔法を使って来た」だけでなく「水と金属性の融合魔術」と書き加えることが出来るのです。つまり、この物語において「霊的な力」による存在や術の対処に都合の良い理由が通用しなくなる、つまり私が執筆する上での最大の縛り「ご都合主義の禁」です。この作品のモットー、「原作の隙に付け込む」の最初の一歩となります。苦しみに苦しみを重ねることになりそうですが、頑張ります(小並)
以上が今回のあとがきとなりますが、もし不備があったり物語の中で解説が必要な点がありましたらコメント等を下さると助かります。
更新のペースを上げられるよう頑張ります。
閲覧ありがとうございました!
次回はついに永一の相棒が・・・!Next fantasy's hint 「チョコレート」