東方陰陽録~The medium disappeared in fantasy~   作:Closterium

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――博麗神社
ここが幻想の始まりか終わりか。決めるのは彼次第だった。


第四話 八雲立つ

昼時の魔法の森。太陽は既に高く上がっているというのにここは薄暗い。おまけに空気が悪い上に湿度も凄まじい為、涼しいくらいなのに肌がベタベタして気持ちが悪い。しかし、永一の前を歩く巫女、博麗霊夢は更に劣悪な環境に置かれていることだろう。

 

「もう、暑いから降りてよ!」

 

霊夢は猫をむんずと掴むと地面にその前足を地面に促した。しかし、猫は頑として離れようとしない。持ち前の俊敏さを駆使して、今度は帯のように霊夢に巻き付いた。

彼女は一度ため息を吐くと諦めたのか二度と猫に触れることは無かった。

 

「同時に数人で幻想入りしてきた人間はいたけれど、猫と一緒だなんて初めてよ。」

 

「いやいや。猫はここに来てから拾ったんだよ。幽霊がウヨウヨいるし、秋なのに桜が咲いてて不気味だったな。」

 

「へえ、無縁塚から来たの…幸運だったわね。」

 

「無縁塚って事は、あそこは墓場だったのか。幽霊がいても不思議じゃないな。」

 

「あら、ピンと来ないかしら。無縁塚は身寄りのない者の墓。幻想郷の人間は完全に戸籍で管理されているのに何故こんな場所があると思う?」

 

「・・・妖怪に喰われて死んだ外来人の為か…。」

 

「あら、今度は察しがいいわね。折角生き存えた命なんだから、これからの人生は気を改めて地を這いつくばってでも生きることね。」

 

「…これまでもそうだし、これからもしぶとくこの世にしがみつくつもりなんだけど?」

 

「あら、貴方は普通の神隠しだったのね。なら、死ななくてよかったわ。」

 

「ええ・・・・・・」

 

先進国日本の闇の一端がまさか異世界にまで迷惑をかけているとは笑えない話である。

そうこうしているうちにようやく鳥餅のような湿気から解放され、開けた場所へ出た。久々の直射日光に思わず伸びをし空を仰いだ。その時、白黒の物体が凄いスピードで視界を横切っように見えた。物体は永一の視界の中心で動きを止めるとこちらへと向かってきた。大きな帽子にフリルのドレスが箒に跨り突き進む。最初は遠近法で虫が大きく見えたせいだと思ったがどうやらそうではないらしい。あれは紛れもなく人間だ。

 

「引きこもりの道具屋は外に出て、方向音痴の巫女は迷わずに猫を使い魔に、と。これでオーロラでも出れば私の無駄足は無駄じゃなくなるんだが。」

 

「大きなお世話よ。」

 

その少女は当然のように空から舞い降り、箒を地面に突いた。

魔女。永一の脳内はその単語で埋め尽くされた。伝説や物語に限り存在を許された存在、そして彼が幼少から焦がれた存在が今、目の前に存在しているのだ。初めて童話を読んだ瞬間を想起する。驚く前に心が躍った。

 

「あ…ああ、貴女は・・・魔女ですか?」

 

白黒の少女はまじまじと彼を見た後に霊夢を見た。

 

「私は霧雨魔理沙。普通の大魔法使いだ。」

 

魔法使いである霧雨魔理沙からすれば普通(?)の反応も、子供の心を取り戻した一外来人には感無量である。

 

後で聞いた話、アリスは*捨虫・捨食の術を習得した完全な魔法使いだという。驚きはしたが、浮遊する人形を思えば不思議では無かった。

*魔法使いになるために必要な術。捨虫の術は成長を止め不老長寿になり、捨食の術は食事と睡眠が不要になる術である。

 

巫女と魔法使いの相性が良いなんて話は微塵も聞いたことなかったが少なくとも目の前の二人は仲が良いようで、一世代前のガールズトークが始まった時にはもう彼女たちの意識から永一は抜けていただろう。

特異な人間に得意な世界を。ふと浮かんだくだらない筈の洒落に心が傾くのを感じた。

 

 

――博麗神社

 

森を出てからここに着くまでに時間はかからなかった。が、神社までの一本道は強制的に獣になったかのような気分を感じさせられ、草の香りとマイナスイオンを嫌というほどに浴びられる緑の道だった。

人間の永一がこの道を通るには少し勿体無さ過ぎるだろう。

道を抜けると長めの石階段が現れた。その先に真っ赤な鳥居が見える。目的地の神社は目の前だ。

猫はいい加減飽きたのか霊夢から降りた。

 

「おっと、いいのか。お前の夏用マフラーが逃げるぜ?」

 

「うるさい。」

 

魔理沙が汗だくの霊夢を見てケタケタと笑う。暑い中、ご苦労様だ。

猫は軽快に階段を登って行く。その様子を見て、霊夢は少し難しい顔になって永一達に問う。

 

「あの猫・・・なんだかかまぼこに似てない?」

 

「わかる!俺も最初そう思ったんだよな。」

 

永一は指をパチリと鳴らした。大した事でなくとも共感を得ると謎の嬉しさを感じるのは何故だろうか。

 

「はぁ?どこをどう見ればあれがかまぼこになるんだよ…。」

 

「どこをって、見ればわかるでしょ?」

 

「お前らのセンスを疑うぜ・・・・・・」

 

魔理沙はどうにも腑に落ちないようで猫を追った。それを茶化そうと霊夢もニヤニヤしながら階段を駆け上がった。永一もここは空気を読んで二人を追いかけた。

階段を登る途中で振り向いてみると、幻想郷の景色が広がっていた。永一は写真で見たような田舎の風景に自分でも驚く程過剰に感動していたのだった。紅葉途中の彩豊かな山。そこから流れる川とそこに栄える集落と広大な田畑地帯。そこには人の姿も見え、腰を屈めて仕事に一生懸命だ。

永一にはこの風景からは都会の夜景からは見えない「何か」が見えた。この風景こそ彼がこれまで見た恐ろしい世界、幻想郷の正の部分で、現し世には無い彼を惹きつける魅力だった。

 

ところが、階段の最上段に足を付けたところで彼の身体はピタリと固まった。全身に悪寒が走り、ジワリと不快な汗が出る。境内では猫と戯れる少女たちの微笑ましい絵画のような日常が繰り広げられているが、本能はこれ以上進むな、と警告していた。

 

「逃げろ!!!」

 

堪らず永一は叫んだ。彼にとっては讃えられるほどの勇気の働きだった。

 

「な、何!?どうしたのよ急に。」

 

「なにか変な物でも食べたか?」

 

彼は弱々しい小動物の如く小刻みに体を震わせながら境内の中心を指さした。

 

「何って・・・気づかないのか…?どす黒い塊…、目の前にいるじゃないか!」

 

どす黒い塊。それは彼の人生で見たものでこれ以上に黒く、恐ろしい力を秘めている存在はなかった。物体は大きく歪みながら膨張すると人の貌を成し永一に迫る。

その時、彼の耳元でゆっくりとした息継ぎの音が聞こえた。

 

――人間、鋭すぎるくらいが丁度いいわよねぇ・・・・・・――

 

「………!!!!!!!!」

 

彼は最早震える事すら忘れ、まさにメデューサに睨まれた者の末路であった。

 

「やれやれ…夜行性のスキマ妖怪まで早起きとは。今日は厄日だな。」

 

魔理沙はそろそろ呆れてきたようだ。

 

「少しおふざけが過ぎたわね。退治した方がいいかしら?」

 

霊夢が譴責すると、何も無い空間に一筋の裂け目が現れた。そこからは一切悪びれもせず知らん顔の少女が現れた。

 

「フフフ…私に懐を見せすぎたあの子が悪いのよ。」

 

「あんたねぇ・・・この人は外来人。現し世に帰すんだから邪魔しないで。」

 

「あら、帰るか帰らないかは貴女が決めることではないわ。」

 

少女は永一に目を向け一度拍手すると、放心していた彼の意識が戻ってきた。

 

「…!こ、殺さないでください!」

 

「殺す?そんな勿体無いことしないわ。むしろ、私は貴方の味方。私は八雲紫。この幻想郷の賢者をしています。」

 

賢者と言われても此方の事情などわからない為何の役職なのか皆目見当も付かないが、霊夢や魔理沙の態度から見て味方である事は事実のようだ。

なぜなら

 

「あら、可愛らしい猫。『かまぼこ』そっくり。」

 

「紫もそう見えるの?やっぱりセンスがないのは魔理沙(あんた)じゃない?」

 

「む…私がおかしいのか・・・?」

 

紫に素直に撫でられているからだ。とはいえ、猫は普通人が近づいたら身構える筈だが。

 

「……。なるほど、やっぱり。これを持っているという事は…。」

 

いつの間にか紫は手に永一の数珠を掛けていた。彼はそれに気づくや否や鞄をひっくり返し数珠の木箱を開いた。その瞬間、箱から紫が持っているはずの数珠を持った細い腕が飛び出し、彼に手を振ると数珠を置いて消えた。

霊夢はそれを見るなり紫に注意した。

紫と木箱を交互に見ながら謎の超常現象に唖然としている永一に紫は一つ提案した。

 

「気に入ったわ。今日は気分がいいから、貴方の願いをどんな事でも一つ叶えて差し上げましょう。その代わり、一つだけ私の暇つぶしに付き合ってもらうけれど。どうかしら?」

 

「賽銭箱いっぱいの金塊と信仰。」

 

「私は賢者の石が欲しいな。」

 

「わかってると思うけど、貴方たちには言ってないわよ?」

 

どこをどう気に入られたのか皆目検討もつかなかったが、まず彼はこの言葉からは高額当選メッセージ以上の胡散臭さを感じた。普通は無視するような話が何故かその時は、その悪魔の囁きに自分でも気味が悪いほどその言葉の魅力や希望を信用しきっていたのであった。

 

「ダメよ。妖怪の言うことよ?こんな話に嘘に決まっているわ。」

 

霊夢は先ほどとは打って変わって顔色を変えて止めに入った。

 

「おいおい、僻んでるのか?なに、どうせまた脅かされるだけだぜ。」

 

「違う、紫は本気よ。この顔は私を試した時と同じ顔。きっと返答次第では……その、えーと・・・あれ、私何を言おうと…?」

 

こちらを見て怪しく笑う紫。魔理沙は全てを察し声を潜めた。

 

「地位、名誉、お金、たとえ永遠の命でも、叶える事は私の力の下では他愛もない事。貴方の了解の一言で望むだけ、望んだ形で差し上げますわ。」

 

永一は自らの人生を顧みた。決して貧しい生活を強いられることもなく家族関係も良く、勉強や趣味にも縛られることもなく好きなだけ打ち込み、ただひたすらに普通の幸せに恵まれた人生を歩んできた。彼もそれに満足し、それが死ぬまで続くのも悪くないと思っていた――

 

「嬉しい機会ですが結構です。」

 

永一は予想に反してあっさりと断った。紫はニヤリと笑った。

 

「随分と謙虚ねぇ。あの二人には少し見習って貰いたいわ。」

 

「…紫さん、でしたね。貴女ほどの力をもってすれば俺の願いを叶える事はとても容易かもしれません。ですが俺は欲しい物がわからないのです。それが大層なものなのか、くだらない冗談なのすらも。わからない物は願えませんし、勿論叶える事もできません。」

 

――しかし、ここ(幻想郷)に来てから何故か、そして初めて、これまでの人生が物足りないと感じた。突然異世界へ飛ばされた時の底知れぬ不安や妖怪に襲われて死にかけるのは叶うことならもう一生したくない経験だ。ただ、神社に来るまでの道のりで時折、胸の内が霧が掛かった様な気分に見舞われた。

わからない願い、それはここに来てから無意識のうちに感じた「何か」なのかもしれない。

 

「その答えは『居場所』よ。可哀そうに、貴方にはその概念が無いのね・・・」

 

「!!!!!!」

 

紫はまるで永一の思考に被せるように答えた。当然、彼は驚きを隠すことができなかった。

 

「フフフ…ますます気に入ったわ。そうね・・・じゃあ、願いなんて曖昧な言葉はやめにしましょう。私は貴方の意思を汲んであげる。それでどうかしら?」

 

彼は当然、何も口に出さなかった。何も考えないようにしていた筈だった。しかし、彼女はたちまち笑みが浮かべ、「決定ね」と一言呟くと彼に言った。

 

「怖がることは無いわ。居場所も、認めてくれる人も。ここには貴方が望む物の全てがある。安心してこの世界に身を委ねなさい。幻想郷は、全てを受け入れるのですから。」

 

その言葉は槍のように形を変え彼の胸の奥を貫く。今までに感じた事のない感覚がビリビリと響く度に不思議と視界が滲む。情けなく小さく唸るような声が初めて自分の声だと気が付いた。

 

 

――数時間後・・・

 

日が落ちた神社の縁側。永一の歓迎会という名目で、実質、スキマ妖怪主催のプチ飲み会が催されていた。

ちなみに主役のはずの永一は一切酒が飲めない。それは未成年という理由もあるが、こっそり母親が飲むビールを飲んでみた結果、二口目で卒倒した過去を持っているからである。父親の遺伝だ。

 

「あーあ。バカねぇ。本当にここ《幻想郷》に残るなんて。あっち《現し世》の方が便利な道具とかいっぱいあるんでしょ?」

 

幻想郷は結界によって現し世から隔離された結果、技術の発展が遅れているのだという。

 

「その技術発展の産物は俺が持ってても時計付き電卓以上にならないけどな。」

 

「電卓…?」

 

「えっ?…じゃあ・・・算盤だ。」

 

「ふーん。」

 

永一は霊夢と魔理沙にスマートフォンを見せた。二人曰く、携帯電話はよく見るがスマートフォンは見たことが無いらしい。まして動く物は携帯電話ですらほぼ無いという。

スマートフォンを弄ぶ二人の反応は、ベタなタイムスリップ物のそれその物で見てて面白い。

それを肴にお茶を飲もうと湯呑を持つと、そこから紫が飛び出した。はた迷惑なランプの魔人である。

 

「(放心)。」

 

「全く、情けないわねぇ。こんな事で驚いているようではお先真っ暗よ?」

 

「……普通に話しかけられないんですか?」

 

「しょうがないじゃない。あの二人から貴方みたいな良い反応は見込めないもの。」

 

「かと言って俺を驚かす理由にはなりませんよね?」

 

「それでは約束通り私の暇つぶしに付き合って貰おうかしら。」

 

(せめて暇つぶしで驚かして欲しかった・・・)

 

すると紫は何も無い空間をファスナーのようにするすると開き手を突っ込んだ。しばらくすると、彼女の手が入る程度のスキマにも関わらずかなり大きい布の塊が引っ張り出された。

永一は驚きすぎて感覚が麻痺しているのか四次元ポケット程度では大して驚かなかった。紫は不服そうだ。

彼女は一言、「着てみなさい」と言うと彼に布の塊を渡した。

広げてみると、それは袴だった。絹製で現し世基準ではかなり高級品かもしれないが、所々擦った跡があったり、過去に穴が開いたのか当て布がされていたりとお世辞にも状態が良いとは言えない。

両肩から腕にかけての網目のような模様や胸の擦り消えた五芒星の痕。袴にしては派手だと思ったのも束の間、背に巨大な陰陽対極図が描かれている事に気づき唖然とした。ここまで厳つく模様が描かれてしまうと最早ヤンキーのそれである。

とりあえず、紫に言われた通り袴の袖に腕を通した。永一には少し大きく、若干袖が余り全体的にゆったりしている。彼の華奢な体が更に華奢に見える。

この場にいた誰もが絶望的に似合わないと感じざるを得なかった。

 

「…覇気の欠片も感じないけれどまあいいわ。貴方には私の下で、名付けて『八雲式陰陽道』を修得なさい。」

 

一拍分の静けさ。

 

「「「ええええええ!!??」」」

 

 

――To be continued――





あとがき
怠惰と忙しさの境界を彷徨っていたミカヅキモです。
夏休み期間多忙だったため投稿が滞ってしまっていました。私の事は嫌いになってもこの作品の事は嫌いにならないでください(暴論)
今回は大した解説はなさそうですのでこの辺で。

次回は初めての修行。Next fantasy's hint「流」





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