東方陰陽録~The medium disappeared in fantasy~   作:Closterium

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目が覚めるとそこは御伽の国だった。
少女が告げる幻想郷。少年の見る不思議の国は夢か現か。


第三話 不思議の国の

気が付くと、永一は見覚えの無い空間を漂っていた。何も無い、全てが真っ白の世界。恐らく、明晰夢というものである。

 

――貴方が次の継承者ですね。――

 

何処からともなく声が響くと同時に光の人型が永一の目の前に現れた。彼はぎょっとして思わず身を引いたが、見た所悪いものでは無さそうだ。

 

「・・・誰ですか?」

 

「私は・・・いいえ、今はその時ではない。」

 

「???」

 

夢の中であろうと、こういった訳の分からない霊体(っぽいもの)との遭遇は珍しくない。無視が最善だが、今回は迂闊にも会話してしまった為、何とかして素早く退散するのが得策である。

 

「あの~、お話しのところ悪いのですが、今現実世界の方で取り込んでおりまして、一刻も早く目覚めたいのですが・・・。」

 

「そうでしたか。挨拶をしようと思い夢に出てきた次第ですので。こちらもあまり長く居られませんので。」

 

(こいつ、妙に喋るな・・・)

 

あまりに意識がはっきりした霊体に少々引き始めたとき、

 

「それでは、目醒めの時です。また何処かで、永一。」

 

「!」

 

突如、人型が眩しいほどに輝きだした。体が熱い。それは紛れもない現実の感覚である。

 

・・・・・・・・・・・・

 

視界を闇が覆う。奇妙な夢を見た挙句、身体が重く熱い上に息苦しいと来た。気分は最悪である。

 

「・・・・・・」

 

起き上がろうと頭を動かすと、顔面に寝そべる物体がのろのろと動き始めた。同時に闇が晴れ、辺りに見慣れないメルヘンチックな世界が広がった。横を見ると、あの猫が大きなあくびをしながらまた寝そべっていた。ここは紛れもない現実だ。腕時計を見ると短針が8を指そうとしていた。

永一は時期が少し早いフリル付きの羽毛布団を引き剥がすとベッドのすぐ下に並べられている自分の靴に足を入れ、寝起き特有の脱力感に任せて辺りをボーッと眺めた。棚や窓枠、壁に至るまで所々に絵や可愛らしい小物が飾られている。

現状は大方想像が付く。気絶している間、また先の人形の外国人に助けてもらい今に至るのだろう。助けてもらった人間が言うのも何だが、この部屋の落ち着きの無さ、改め「整った散らかり様」と言ったらこの上ない。

勿論、貶している訳ではない。彼女は命の恩人で、感謝してもしきれない。ただ、趣味が違うだけである。シンプルの回し者である彼には到底理解のできない「良さ」なのだろう。

不意に寝そべっていた猫が起き上がった。猫はベッドの上から驚異のジャンプ力で直接ドアに飛びつき、器用にドアノブを回すと部屋の外に出た。虫(猫)の知らせでも受けたかのような唐突な機敏さに驚き、永一もそれに便乗して部屋を出た。

部屋がメルヘンなら廊下もそれである。ここまで徹底して可愛い物づくめであるとむしろ賞賛の気持ちすら湧いてくる。

猫が廊下の先の扉を開けると、そこから食欲を唆る良い香りが鼻腔を突き抜けた。20時間も何も食べていないと匂いだけでヨダレが出る。空腹の胃が物を求めて唸る。脳はそのリクエストに応えるかのように全身に信号を送る。気が付くと、良い匂いの元、リビングの中にいた。

リビングのテーブルには見ただけで美味しさを感じる料理の数々が並べられ、その周りには例の爆裂人形が食器を並べたり、片付けをしたりと忙しく働いている。

そして、テーブル脇のアンティークなソファに膝に猫を乗せ例の少女は座っていた。

 

「あら、気がついたのね。調子はどうかしら?」

 

恩人の姿を目にした瞬間、永一の理性が戻ってきた。

 

(命を助けてもらった上に気絶した俺を家まで運んで泊めてくれた恩人を目の前にしてお礼の言葉を言うこともなくただ食欲を満たす事だけを理由に行動していたとはなんと図々しく恥ずかしい事だろうか・・・!)

 

「えーっと、大丈夫・・・?」

 

(それどころか欲を満たすために一瞬でも己を忘れる失態。礼の心はおろか欲を律する事すら忘れるなど論外も論外。獣と同じでありetc...)

 

「あの~もしもし?」

 

永一は一旦部屋を出て扉を閉めた。そして数秒後、また扉を開けると爽やかな笑顔でリビングに入った。

 

「お早うございます。昨日、助けて頂いただけでなく、お家にも泊めて頂いたとあり、どうお礼すれば良いのか解り兼ねておりますが、今は一言お礼申し上げます。有難うございます。」

 

「げ、元気そうで何よりよ。(変わった人間ね・・・)」

 

とりあえず、今の彼にはこれで満足であった。

 

 

――数分後・・・

 

 

結局永一はなんだかんだで身の安全が保護され、食事にもありつけ久々に心の平安を得ることができた。特に食事は一流のシェフ並かそれ以上の腕で、見た目、味共に最高級である。それを一口一口を味わい噛み締める彼に少女が問う。

 

「あなた、現し世からやってきた人間よね?」

 

「現し世・・・?いえ、俺は東京から来ました。」

 

「やっぱり、外来人なのね。『東京』は今までに会った外来人から聞いたことがあるわ。」

 

少女が返事に対して納得している一方で、永一は野菜スープを飲み込んでも話は全く飲み込めないでいた。

 

「東京が現し世ならここは此岸に当たる場所(ド田舎)という事でしょうか?」

 

「まさか、私もあなたもまだ死んでないわ。ここは幻想郷。常識と非常識の結界によって現し世と別けられた、あなたから見て『異界』に当たる場所ね。簡単に言うと、現し世が表の世界で、ここは裏の世界。」

 

少女の説明はきっと幻想郷(非常識)側の住人が聞けば解りやすいのだろう。しかし、現し世(常識)の世界から来た人間にはこれ程までに難解な言葉は存在しない。

 

「幽霊や妖怪は信じます。実際に見てきましたから。でも異世界は流石に・・・物理的に存在が出来ませんし。」

 

彼がティーカップの紅茶をぐいと飲み干すと、人形が親切におかわりの紅茶を注いでくれた。森で見た時は気にする余裕がなかったが、空を飛び、勝手に動き、家事をする人形など永一の知る物理法則の世界に存在しただろうか。

 

「あなた、やっぱり少し変わっているのね。」

 

「・・・それは認めますが、多分、幻想郷の住民から見れば外来人はみんな変わり者ですよ。」

 

「そうじゃないわ。あなた以外の外来人は幽霊や妖怪を全く信じようとしないのに神隠しは何故か信じて、ただ帰る方法を知りたがっていたもの。それに、『携帯電話』と睨めっこもしていないしね。」

 

少女の言葉は落雷のように永一の身体に流れた。

 

「俺の鞄ありますか?」

 

少女が指を動かすと、人形が永一の鞄を持ってきた。彼は無言で鞄の中に眠るスマートフォンを取り出した。「携帯」する電話の存在を少女に言われて初めて気づいたということを彼女に悟られても言葉では恥ずかしすぎて言えない。が、最強の帰宅手段に変わりはない。

電源ボタンを押す。充電残量64%。最後の充電から一日以上経っているとは思えない驚異の数字だ。ただ、その隣のアイコンは世界一残念な表示していた。

 

「圏外・・・」

 

がっかりする永一を見る少女。

 

(・・・携帯電話を見て暗くなるのは同じなのね。)

 

何となく察してはいたが、こうして肉眼で確認すると残念極まりない。最後の希望、GPSも死んでいた事は言うまでもない。

永一の心にどんよりと絶望の雲がかかる。

 

「そう暗くなる事ないわ。ここで待っていればあなたは直に帰れるわ。」

 

雲の切れ目に希望が見えた。

 

「現し世への帰り道を知っているのですか!?」

 

「私にはあなたを元の世界に返せないけど、それ専門の知り合いが居るわ。さっき人形に呼びに行かせたから直にここまで来るでしょうね。」

 

その言葉はここまでで体験した恐怖の強さに比例するような安堵感と心の平安を生んだ。永一は何度感謝を述べ、頭を下げても気がすまなかった。

 

「その代わり、そいつが来るまでは私に現し世の話をしてくれる?少しだけ興味があるのよね。」

 

「勿論です!あ、でも一つだけ聞いてもいいですか?少し気になった事が。」

 

「長くならなければいいわよ。」

 

「ありがとうございます。さっきの話なんですが、幻想郷の人たちには幽霊や妖怪が見えるのですか?」

 

少女はその質問に首を傾げた。

 

「あなたの言っている意味が理解出来ないわ。『そこにある物』が見えない目なんて只の穴でしょう?これがあなたが求める質問の答えになるかは分からないけど、幻想郷では幽霊や妖怪は基本的に見える物よ。低俗霊なんかだと人によるだろうけど。」

 

疲れていないのに心拍が強さを増し、寒くもないのに全身がわなわなと震える。全身の力が抜け、ソファの背もたれにガクリともたれ掛かった時、永一は初めて自分が驚いていることに気づいた。

 

「現し世の人は・・・見えないんですよ。普通。」

 

「なるほど、現し世の人間は人外に対して盲目、よって無知なのね。だから妖怪から逃げずに喰われて命を落とすのね。現し世で妖怪に襲われたときはどうするのかしら。」

 

その時、家にノックの音が響く。

 

「あら、意外と早いわね。殆ど何も聞けなかったわ。さあ、あなたたち。帰る時間よ。」

 

少女は膝から猫を下ろすと永一を家の玄関まで案内した。

 

「アリスーっ。来たわよ。」

 

ドア越しに女の声が聞こえる。恐らく、少女が呼んだ専門の知り合いだろう。ドアの外の声は間違えでなければ彼女を「アリス」と呼んでいるように聞こえた。あだ名ならそれ以上に適当な物は他にないだろう。

少女の人形がドアを開けるとそこには紅白の巫女装束の少女が立っていた。

 

「早かったのね、霊夢。迷ったついでに魔理沙の家に寄ってお茶してから来ると思ったのに。」

 

「その魔理沙はここに来るついでに香霖堂でお茶をたかってるわよ。」

 

想像では大人が来ると思っていたが。本当に目の前の少女が現し世に帰してくれるのか不安ではあったが、普通の人間には無い底知れぬ何かが見え隠れしているように見えた。

 

「私は博麗霊夢。アリスから聞いていると思うけど、あんたを現し世に帰すために来たわ。神社まで案内するわ。」

 

「神社?」

 

「ええ。要するに幻想郷の出入り口よ。」

 

遂に帰宅の道がはっきりと切り開かれた。こんな恐ろしい世界と決裂できるのなら未練など無い――

 

「帰り道には気をつけるのよ。」

 

「はい。命を救って頂き、本当に、本当にありがとうございました。あの、もし良ければ最後にお名前を教えて頂けませんか?」

 

少女は少し困ったような顔をしたが、永一の顔を見るとその熱意に折れたのかクスリと微笑んだ。

 

「あなたと自己紹介しても意味がないと思ったのだけど・・・私はアリス。アリス・マーガトロイドよ。」

 

まさか名前まで不思議の国の住人だったとは誰が思うだろうか。もしくは、名前が彼女をメルヘンチックに変えたのか。確かに名前負けはしていないが。

 

「俺は土御門永一です。アリスさん。この御恩はきっと・・・永遠に忘れません。」

 

「悪いけど、私は忘れるわ。きっとあなたの他にも森に迷い込んだ人がここを訪れるもの。」

 

アリスはこれからも迷える人間を助けるということだろう。本物の不思議の国のアリスはおとぎ話のようなか弱いお転婆少女ではなく、果敢に悪に立ち向かう優しい人形使いだった。

 

永一はニコリと微笑むと軽くお辞儀をすると猫を抱え巫女の後に着いた。次に振り向いた時にはもうアリスの姿は無かったが、何体かの人形が手を振っていた。

 

 

――だが、森を進む途中、永一は心中に芽生えていたちょっとした心残りが次第に顕著になっていくのを感じた。

心の底から求め、探した彼と同じく強い霊力を持った仲間が、少なくとも一人、目の前を歩いているのだから。

 

 

 

――To be continued――

 




あとがき


日々、レポート課題に殺意を込めるミカヅキモです。

今回の話はご覧のとおり、アリスに保護された話でした。本文ではめちゃくちゃいい人っぽく書いており、実際永一もいい人だと思っていますが、私は彼女にそんなイメージは一切ありません(爆)。
私の中ではまあ・・・なんと言いますか、色々通り越していい人に見えるのがアリス・マーガトロイドだと思っています。

さて、今回のあとがきは前回の予告通り考察と説明を致します。



1.永一が倒れた理由
魔法の森には「化け物茸」という茸が自生し、森の中はその人体に影響を及ぼす胞子が舞っています。求聞史紀(後、史記)には普通の人間がそれを吸うと体調を崩すとありますが、その症状は幻覚作用を持つと書かれています。しかし永一は五感を失い意識を失って倒れています。勿論設定ミスではありません。
人間は死ぬ寸前に最後まで残る感覚は聴覚だと言われています(二話の最後を見て頂ければ)。勿論永一は死んだわけではありません。倒れる瞬間、一時的に魂が体外に移ったということを表現したかったのです。
魂が移った先というのが物語冒頭のアレなのですが、その辺は後にわかることですので、美しい閲覧者様、次回以降もご贔屓にお願いします(胡麻擦り)。
この解説は前回やるべきでしたね・・・。

2.幻想郷における霊視者
東方の世界観の現し世の霊視能力者は皆さんが考える「霊感が強い人」のイメージで合っていると思います。が、幻想郷の場合はどうなのか。結論から述べると、書籍の様々な部分から普通の人間にも幽霊の存在を確認できるものと思われます。しかし、こっくりさんやヴィジャボードで降霊した低俗霊や鈴奈庵の神霊は霊夢にしか解りませんでした。
この事から、幻想郷でも人によって可視(察知)範囲には個人差があるものと思われます。つまり、普通の人には強い霊(妖夢の半霊、神霊異変の神霊)は見えても、弱い霊(低俗霊、精霊)は見えないということです。
霊夢の場合は巫女の力が作用している可能性が高いので少しイレギュラーなのかも知れませんが。
ちなみに、幻想郷の霊視能力は恐らく結界の作用が働き、史記の記述より現し世の人間でも幻想郷内なら見える可能性が高いです。その観点から、現し世と幻想郷の人間の霊感の強さの差は大差無いと思われます。


※考察は間違っている可能性があります。

以上が今回のあとがきとなりますが、もし不備があったり物語の中で解説が必要な点がありましたらコメント等を下さい。
次回もこんな感じでガンガン書いていこうかと思います。

閲覧ありがとうございました!

次回は永一が拉致されます。Next fantasy's hint 「スキマ」

追記:ネクストコナンズヒントは忘れるものです。

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