東方陰陽録~The medium disappeared in fantasy~   作:Closterium

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赤い彼岸花と紫の桜。
対の季節が釣り合うせいか彼の心も落ち着いていた。



第二話 鬼ごっこ

紫桜をボーッと眺めて5分、やっと自分が置かれている状況が理解できた。

 

「遭難した…。」

 

彼には伯父の寺にあった社を調べてから後の記憶がない。事件に巻き込まれたのか、はたまた無意識に徘徊してここまで来たのか。普通なら様々な不安がよぎるところなのだが、永一は表情は普段通り柔らかいままだ。人間はその身に起こっている事象が常識を大きく上回ったとき、逆に冷静になるのである。

彼は大きく伸びをしながらゆっくりと立ち上がった。木々に囲まれた空間に、真っ赤な彼岸花が斑なく咲き、その中央に立つのが例の紫桜だ。稀に見る絶景ではあるのだが何故か気分は高揚せず、ただ静かに(季節外れではあるが)花見をしていたかったが、どうもそうはいかないらしい。

彼の第六感、霊感が気配を察知、そしてすぐに肉眼で捉えた。幽霊である。しかも10や20どころではない。悪意を持つ危険な霊はいないようだが、大量に幽霊がいるような空間に長居するものではない。遅くなる前に寺に戻らなければ。

 

ニャア、ニャア。

 

永一が退路を探している時だった。紫桜の方から猫の鳴き声が聞こえた。仔猫だろうか。さっきまではしんと静かで生き物の気配すら無かった為不思議ではあったが、彼は無類の猫好きだ。早速桜の木に走った。鳴き声の方向を見ると思ったとおりまだ小さな仔猫がいた。背黒腹白のよくいる雑種だ。仔猫は木のまあまあ高い位置にいる。親猫がいる訳でもなく木の枝の上で哀れそうに繰り返し鳴いていた。

 

「なるほど。降りられなくなったのか。」

 

例え噛み付かれ、引っかかれようとも、彼にとって猫に救いを差し伸べるのは当然である。彼は桜の木に足をかけ、枝を掴むと一気に猫がいる枝まで登った。猫の近くに腕を伸ばす。

 

「――ほら、おいで。下ろしてやるぞ。」

 

猫は永一の目を見ると鳴くのを止め、彼の腕を無視して軽快に枝を跳ねながら地面に降りていった。すると猫はそのまま逃げるわけでもなく木登りする人間を眺めていた。降りるときも、落ちた瞬間も。

永一は腰を抑えながら猫の近くに寄った。普通、猫は慣れない人間が近づくと逃げるが、この猫は逃げない。それどころか、猫が安心している時にする「猫座り」をしている。見た目よりも相当、肝が据わっているようだ。

余談だが、その姿はかまぼこに似ている。

 

暫くすると、猫が歩き出した。この場所は行き止まりだったようで、猫が行く方向は別の場所に通じているようである。

 

(ここが行き止まりなら、俺はどうやってこの場所までやってきたんだ?)

 

疑問は積もっても解決などする訳もなく考えるだけ無駄である。とりあえず今は直感を信じることにした。結果、根拠は無いが猫に付いていけば助かる気がした。

 

 

空間の入口。その時は彼岸花に隠れて見えなかったが、足元には中くらいの石が埋まっていた。その石には「無縁塚」と掘られていた。

 

無縁塚――弔う縁者のいない死者を葬った墓。

 

彼がこの場所の意味を知り震える事になるのはもう少し後の事である。

 

 

彼岸花が続く一本道。

辺は夜の闇を強め、道を彩っていた紅色が少しおどろおどろしく見える。

猫という生き物は「マイペース」や「自由」を売りにしていると思っていたが、この猫はまるで永一に「付いてこい」と訴えているかのように彼の足取りに合わせて前を進む。美しい毛並みと綺麗な顔立ちからは普通感じることの無いだろう「不思議さ」をその猫は持っている。何というか、猫らしくない猫である。

 

ただし、永一は猫を飼っていた経験はない。

 

その時突然、猫は動きを止めた。右前足を上げた状態でピクリとも動かない。余りにも猫が動かないので、前に回り込み顔を覗いた。猫は人間ほど表情豊かではないが、その時の猫の恐ろしい形相は圧倒される程だった。その時、視線が永一に合わせて動き、同時にビュンと風を切る音がした。彼は目の前にいたはずの猫に背を向けていた。何が起こったのか解らぬまま猫の方へと振り返ると、猫は口に何かを咥えて座っていた。

遠目であるためそれが何か一瞬で判別するのは難しいのだが、四角く黄土色のその物体には近い記憶の中で既視感がある。それは彼が好きで食べようと思い持ってきたものだった。

 

チロルチョコだ。

 

同時に彼は鞄の小ポケットに大きな穴が空けらていることに気づき、。

人間にとっては美味しいチョコレートだが、猫にとっては生死を分ける程の毒であり、猫を飼う上で最も注意しなければいけない事であることは猫好きの彼にとって常識である。

…猫を飼っていた経験はないのだが。

 

歯がパッケージに食い込む。鋭利な歯と体温で溶けたチョコレートに貧弱なビニールと申し訳程度の包み紙はどれだけ持つだろうか。

だらりと嫌な汗が滲み出る。

 

その時、微動だにしなかった猫が永一の考えを知ってか知らぬか思い切り地面を蹴り、一目散に逃げだした。

 

「待てぇぇええええええええ!!!!」

 

太陽の沈む10倍の速さで追いかけた。小さい猫の体からは考えられないほどの強靭な脚力に貧弱な高校生が負け始めてきた時、永一と猫以外のもう一つの足音が遠くから聞こえていることに気づいた。

ズン、ズン、と重く鈍い音はどんどん近づいてくる。同時に、彼の霊感が危険信号を感じ取った。

 

――見つけた、見つけた。外の世界の人間だ!――

 

低く殺意の込められた声に背筋が凍る。絶対に振り向いてはいけない。

今までに感じたことのない霊力。はっきりと存在する実体。出会うなら怨霊やら悪霊の方がまだマシだったのかもしれない。

 

恐らくこれは一般に「化物」と呼ばれる者だ。

 

猫がチョコレートを奪って逃げなければ反応が遅れていただろう。猫ナイス。化物を撒いてチョコレートを取り返した後にめちゃくちゃ撫でてやろう。

猫は彼岸花の道から抜け、森の中へと飛び込んだ。開けた道よりも森の方が逃げるにはうってつけだろう。永一もすかさず森へと進んだ。暗くじめじめして足場の悪い森は決して居心地の良いものではないが三途の川を渡るよりはマシだろう。

森に入って暫くした頃、足が疲労で鉛のように重くなってきた。しかも頭がクラクラする。だか、こちらの都合など化物には関係無いのだろう。足音がどんどん近くなる。

遂に視界が歪んできた。体力と脳の命令が噛み合わなくなった時、生き物の動きにはそのズレと同じだけの不具合が発生する。恐怖で覚醒した脳、ヘトヘトの体。不具合は顕著に、そして最大の危機として表に現れた。重心が前に傾く。地に付くべき足は空を蹴っていた。

永一の体は地面に転がった。

 

「っ痛・・・!」

 

柔らかい土がクッションになり無傷だったが幸運ではなかった。彼の背後で鈍い足音が止まった。彼はその身体をガクガクと震わせ後ろに振り返った。そこには見た目は普通の男が一人、嬉しそうな笑みを浮かべながら立っていた。

 

「ちょこまかと逃げおって。こんな居心地の悪い場所に長居させるな。まったく外の人間は妖怪から逃げないと聞いていたのだが。しかも、保険のつもりではあったが俺の変装を一瞬で見破るとはなぁ。まあいい・・・」

 

(妖怪?)

 

男の末端が煙となってゆらゆらと立ち上る。それはだんだん凹凸を生み、次第に顔のような形を作る。

バチリと巨大な瞼が開く。ぎょろりと動く眼球が永一を捉えた。

 

「貴重な人間だ。ありがたく頂くとしよう。」

 

妖怪を自称する化物は誇張無しの化物への変貌を遂げた。

巨大な口が凄まじい勢いで永一を飲み込まんと迫る。

 

「あ・・・・・あ・・あ・・・・・・・・・・・・・・」

 

死の恐怖を感じると声が出なくなる事を身を以て知った。

永一は思わず両腕を掲げた。非力な事は承知だったがそれでも必死な抵抗と生命欲の表れだった。その時、突然鞄が光りだした。光は形を輪に変えて広がり、永一を囲う。

妖怪は光の領域に入ると目を思い切り開いて叫んだ。

 

「ギャっ!?なんだこれは!!?」

 

永一はその声に気付き前を見た。

 

「この光は・・・霊力?」

 

驚くことに妖怪は後ずさりして、しかも光に触れた部分が煙に戻っている。しかも立ち上る筈の煙は何故か光の中心、つまり永一の鞄に吸い込まれている。妖怪の顔面が半分近くが失われたところで光は消えた。

 

「小癪なぁああああ!小僧、ただでは済まさんぞ!!」

 

消えていた顔面が一瞬で再生する。その怒りに満ちた目が永一を睨みつけた。

妖怪にダメージを与えた正体不明の光は消えてしまっている。腰が抜けて足も動かない。

多少の延命はあったが最早これまでか。

 

だが、運命は諦めた頃に逆転するのだ。

 

「伏せて!」

 

何者かの腕が永一の頭を地面に押し付ける。それと同時に黒っぽい人形が視界を横切った。人形だ。だが、普通の人形とは様子が違う。それはまるで生きているかのように正確に妖怪のど真ん中へと飛び込んだ。

 

――魔符「アーティフルサクリファイス」――

 

耳元の腕がパチリと指を鳴らす。同時に人形が爆発した。圧縮された力は凄まじい衝撃を伴って広がり、辺りの草木をバサバサと激しく揺らした。

 

「ぎゃあああああ!!!!!」

 

妖怪は叫びながら衝撃で四散し小人のように小さくなった体で惨めに逃げていった。

永一は突然のどんでん返しに放心していると、彼を押し付けた腕が手を差し伸べてきた。その手を借りて立ち上がって見てみるとそこにはカラフルなドレスを着た金髪の外国人の少女が立っていた。ハロウィンには少し早い。普段着なら若干痛い格好ではあるが、その痛さが自然に見えるほどに整った顔立ちである。

彼女の周りには妖怪を吹き飛ばした人形がふよふよ浮いている。

普通はまずそれがどのような仕組みなのか気になる所だが、彼には生命の危機を鮮やかに救い出した彼女の姿が女神に、そして人形は天使に見えた。

 

「危なかったわね。怪我は無い?」

 

「はい。助けて下さってありがとうございます。」

 

深々と頭を下げる。しかし頭を上げた時、彼女は少しムッとしていた。

 

「勝手に人間を食べようとした不良妖怪は悪いけど、日が落ちてからこんな場所をフラフラしてたあなたもあなた。私を呼びに来たこの子(猫)に感謝するのね。これに懲りて少しは命を大切にすることよ。」

 

まさか説教されるとは思わなかったが、説教よりも疑問ばかりが重なった。

勝手に人間を喰らう?勝手じゃなければいいのか?この人にも妖怪が見えている?

 

「あの、ここはどこですか?道に迷った・・・というか、いつの間にかここらへんで寝ていたような――」

 

突然言葉が出なくなった。少女の姿が二重になって見える。意識が遠退く感覚がスローモーションで襲い掛かる。

 

「かなり胞子にやられてるみたい。上海、この人を家に・・・・・・」

 

遂に耳も聞こえなくなった。五感が奪われ、そのことに恐怖も感じられない状態を意識不明と呼ぶのだろう。

ただ、薄れゆく意識の中で一つだけ、人生で一番「帰りたい」という気持ちが強いという事はわかった。

 

 

――To be continued――




あとがき


日光が嫌いでいつも8割はカーテンを閉めている、ミカヅキモです。

今回の話は予告通り、永一くんが幻想郷の制裁を受けましたね(他人事)。ネクストコナンズヒント?知らない子ですね。

今回の話もコメント無いので以上、閉廷!・・・と言いたい所ですが、何も書かないのもなんなので、今回は次回以降のあとがきについてを書いていこうかと思います。

陰陽録は「原作に近い二次創作」を目標に掲げています。掻い摘んで言うと「藻の考察まとめ」という認識をしているのですが、小説という形式上考察について詳しく書きすぎると説明文ばかりになってしまう可能性(100%)があります。
考察も述べたいし小説も書きたい。そんなワガママを可能にしたのがここ、「後書きコーナー」です。ハーメルンで投稿なさっている方はお分かりかと思いますが、このサイトの後書きのコーナー、20000文字も書けるんですよ。文庫本にして約1/5冊分、それだけあれば一話4000文字程度の話に投げた考察程度なら余裕で余りますし、追加でこのようなクソ文章も延々書く事ができます。
サイトの運営さん。ご苦労様です。

ということで、次回からは(書く事があれば)考察を述べていこうかと思います。
内容はまあ追々ということで。

閲覧ありがとうございました!


次回は永一が保護されます。Next fantasy's hint 「巫女」


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