東方陰陽録~The medium disappeared in fantasy~   作:Closterium

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第X話 Time

遡る事二日前・・・

 

 

――八雲邸

 

紫は扇を開くと改まった表情で藍を見た。

 

「昨今の結界の大規模修復の件における貴女の働き。歪みの早急な発見と迅速な対応は評価に値します。よって、その褒美として目の前の極上を貴女に進呈します。心行くままに味わいなさい。」

 

藍はゴクリと喉を鳴らした。机に並ぶ豪勢な料理の中に一際異彩を放つものが一つ。黄金色に輝くそれは彼女が本来持つ生物としての最大欲求を最大限まで満たすには十分すぎる品だった。興奮に震える指先で箸を掴む。しかし箸はそれに吸い込まれるように向かい、つまんだ暁には二度とそれを放す事は無かった。箸で口に持っていく前に思わず口がそれを迎えに行っている事に気づいた。しかし、今の彼女に行儀など気にしていられる余裕は無かった。

唇に触れた。同時に歯、舌。そして喉。その時、彼女は恐怖にも似た言葉では表せない異常な感情に支配されていた。

深呼吸を更に深くした後に小さく口を開く。

 

「・・・谷口屋。竹田の油揚げ……!!」

 

「ご名答。」

 

その時、藍は全てを解き放ったかのように二口目、三口目に箸を進めた。

 

「おいしい!おいしすぎる!!(語彙喪失)」

 

「当然よ。入手に苦労したんだから大切に食べなさいね。」

 

と言ったところで藍の勢いは収まる事は無い。大きな油揚げは酒と共に次々と消えていく。

 

「浮かれるのもいいけれど、反省点も忘れないこと。橙(しき)の扱いとかね。」

 

「心得ております。橙の処分なら――」

 

机寄りの半開きの襖からガタガタと物音がする。

 

「――!!―――!!!」

 

襖の外、結界によって閉め出された哀れな式神が一匹。開けて下さい、と必死で壁を引っ掻く様は元の猫そのものである。藍はその襖に開いた小さな穴に刺身と鰹節を近付けた。が、近付けただけだった。

 

「・・・貴女もなかなかやるのね。」

 

「辛いですが、今回は私も鬼になります。それが後の橙の為になると信じて……。」

 

「そうねぇ……(凄い怨念・・・パワーアップを図ったのかしら。)」

 

紫は例の刺身をつまみながら相槌を打った。その時、彼女は箸を止めると顔をしかめて一点を見つめた。

 

「どうなさいましたか?」

 

紫は藍の丁度真上の天井の空間を指した。

 

「そこの結界・・・歪んでる。」

 

「本当ですね。」

 

二人はじっと空間を見つめた。

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・。」

 

「・・・・・・?」

 

「・・・・・・。」

 

三十秒ほどが経過したが何も変化が無い。

博麗大結界の境界に位置するこの八雲邸。小さな結界の歪が起こることはよくある事で、強力な結界故に小さいものは勝手に元通りになるのが自然である。しかし、この歪は不自然にもその場で維持され続けている。可能性はゼロではないのだが、不自然というものは余り心地の良いものではない。

痺れを切らせた藍が立ち上がった。

 

「修復して参りまっ──」

 

ズシャァアアア!!!!!

 

藍の頭上から謎の物体が落ちてきた。人間である。脳天直撃の会心の一撃に藍はあえなくダウンを取られた。余りの勢いに部屋中に埃が舞う。紫が咄嗟のスキマで埃から食事を守った。

 

「ちょっと藍、大丈夫?」

 

「痛い...重い...」

 

主人の食事の防衛は早かった。

降ってきた方は放心状態なのか、無言で天井を見ている。突然異世界に飛ばされたのだから無理も無い。

 

「そこの貴方、藍がもふもふして気持ち良くてたまらないのはわかるけど私の式神なの。退いてくださらない?」

 

「紫様……」

 

藍はもっとマシな事を言って欲しかった、と心で嘆いた。その時、男はクスクスと笑いながら返す。

 

「・・・うん。僕は『予想』通り、幻想郷のこの場所にいる・・・。健在でよかった。」

 

男は起き上がるとしわくちゃなスーツを叩き紫を見た。

 

「お久しぶり、ですよね?紫さん。」

 

「あ、貴方は!!!」

 

藍は驚いて飛び上がった。

 

「帰ってきてくれたんですか!!?みんな貴方を心配して──」

 

紫は橙の部屋の結界を解くと橙は只ならぬ空気を察知したのか逃げ出した。

 

「藍。少し外しなさい。」

 

「でも、紫様!貴女だってずっと――」

 

「急急序律令。『式神』八雲藍に命ず。下がりなさい。」

 

紫は冷たく言い放つと、藍は悲しそうに部屋を出た。

 

「・・・遺憾ですよ。藍ちゃん(ねえさん)にこんな事する貴女を見たくは無かったな。」

 

「あら、随分な立場の言い分ね。それに貴方はもう現し世の者でしょう?この地に立つ資格はありません。」

 

「資格は無くとも今回だけは多めに見てもらいます。」

 

「質問に答えなさい。貴方は何を企んでいるの?」

 

紫は男を厳しく睨み付けた。男は彼女の威圧に負けて大きく目を逸らした。

 

「・・・僕は何も企んでません。ただ、これを渡しに来ただけです。」

 

男は名刺程の紙切れを渡した。紫はそれを見るなり今度は無表情になって男に問う。

 

「・・・一斉に歪み始めた結界。貴方の仕業ね?」

 

「結界?ああ、副作用というのはそのことか…。でもまあ、それだけ大がかりってことです。答えはいずれ判ります。」

 

「もう一度聞く。貴方の目的を吐きなさい。」

 

紫が聞くと男は顎に手を当てあからさまに困った顔をした。

 

「僕の本当の目的はここにやってこれた時点で果たせています。内容は・・・。何と言えばいいでしょうか・・・そう、保険と恩返しです。」

 

男はパチリと指を鳴らしわざと笑顔を作った。紫も目を細めて男に微笑んでいる。その瞬間、空気が凍りついた。同時にスキマ経由で男の首元に妖力の針を突きつけた。鋭い針先が男の皮膚に吸いつくように向く。

 

「気を付ける事ね。戯言も程度を知らなければ禍事を呼び寄せるでしょう。例えば・・・貴方の喉元に風穴が空く……とか。」

 

その時、男の笑顔に覇気が加わった。絶体絶命の状況下にも拘わらず、頼りなかった表情から一変して異常な程の自信が満たされる。

 

「そうですか。気を付けます。でも紫さん。かなり卑怯ですが、本気の僕に禍事は有り得無いのをお忘れで?」

 

「そうだったかしら?なら、試してみようかしら!?」

 

「どうぞ、おかまいなく!僕の言葉に一片でも戯言や悪意があったならば貴女の魔針が僕の命を貫き死がもたらされるであろう!!」

 

男が今までに無い満面の笑みでそう言い放つと、奥の部屋から藍が飛び出し紫に流星の如く突進した。紫は全く微動だにせず、逆に弾き飛ばされるも今度は腕に噛み付いた。

 

「止めろ!!例え親であり、師であり、主である紫様とて、これ以上は許さない!!」

 

紫の冷ややかな視線が藍に向く。藍の表情は変わらず鬼の形相だったが、彼女の袖が濡れていることに気づいた。

 

「本当に卑怯者ね。」

 

紫の針は音も無く消滅した。彼女が抱きしめると藍はゆっくりと力を抜いた。

 

「・・・最悪だ。僕はこんな酷い事をしに来たつもりじゃなかった。」

 

男は表情はまた頼りなくなり、加えて罪悪感に満ちていた。

 

「貴方には強力な力封じの呪詛が施してあったはず。並大抵の事では解けない筈なのだけど?」

 

「すみません。これも答えられません。」

 

「・・・徹底しているのね。」

 

男は藍の傍に近寄ると目の前で正座した。

 

「姉さん、ありがとう。・・・ごめんなさい。」

 

「・・・・・・・・・。」

 

藍は何も言えずにただ涙を流していた。

 

暫くすると、男の体が徐々に半透明になってきた。

 

「時間みたいですね。僕はあくまでも『不正な手順』で幻想郷に来たので。生憎もう『鍵』を持ち合わせていなくて・・・。だから僕の『未来を創造する程度の能力』でしたっけ?、を使わせて貰いました。」

 

苦笑する紫に対し、男は真面目な表情で彼女に頼んだ。

 

「やっと決心が付きました。僕からの最後のお願いです。僕に『博麗の永呪』を掛けてください。」

 

博麗の永呪。それは魂を依り代にして永遠に能力を封じる術である。紫は一度深呼吸した。

 

「本当に良いのね?」

 

「はい。僕がここに来た理由はその為ですから。それに、わからない方が面白いって言って私に呪詛を掛けたのも紫さんですよね?」

 

「あーあ。そういう事なら、もっと利用しておくべきだったわね。まあいいわ。」

 

紫は男の頭に手を置いた。

 

――博麗の御霊よ。八雲の名の元に命ず。其の魂を結び、全ての苦から解放せよ!――

 

術は静かに男に掛けられた。効力も効果も無い、壮大な詠唱だけに見える術だったが、その男の持っていた未来を動かす腕はシャボン玉のように消えたのだった。

 

「もう、行ってしまうのですね。」

 

「・・・うん。でも僕はもうちゃんとお別れしたから。姉さんたちはまた会えるよ。」

 

男の言葉は九尾の妖狐ですら難解であった。

 

「それじゃ、さよならです。また・・・また会いたいなぁ・・・。」

 

男は最後に目に涙を浮かべながら消えていった。

 

それから数分、残された二人はその場で立ち尽くしていた。最初に口を開いたのは紫だった。

 

「それにしても、藍が私に口答えするなんてねぇ。それも物理的に。」

 

紫の冗談交じりの問いかけに対し藍は悲しそうな表情で返した。

 

「申し訳ありませんでした。式神という立場でありながら自己を抑えることができませんでした。どんな罰でも覚悟の上です。」

 

藍は紫に深々と頭を下げた。いつもとは違い、藍からは罰や叱責への恐怖を感じている様子は微塵もなかった。紫は、自分の式神のこれ程まで哀れな様子は見たことが無かった。

 

「藍、よくできました。」

 

「え・・・それはどういう意味ですか?」

 

「そのままの意味よ。」

 

「しかし、私は紫様の命令を無視しました。式神失格です。」

 

すると、紫はにっこりと微笑んで言った。

 

「いいえ、貴女は私の命令をちゃんと守っていたわ。今まで、私は数えきれないほどの式神を使役したけど、その中に私の真の命令まで遂行した子はいなかったわ。」

 

「それは偶然です。私は咎められる必要があります。いえ、そうでなければ私の気が済みません!」

 

「そう、そんなに罰を受けたいのね。」

 

すると、紫は藍を力強く抱きしめた。突然の事に藍は豆鉄砲を食らったかのように目を丸くした。

 

「紫・・・様?」

 

「貴女は私の式神として永遠に私の元で仕えなさい。毎日家事や見回りに縛られて自由なんて皆無。無期懲役ね。妖怪、ましては九尾狐の貴女には最高のお仕置きだと思わない?」

 

そう言い終えると、紫は藍の頭を包むように撫でた。

 

「さて、明日から忙しくなるわ。貴女もしっかり休んでおきなさい。あと、机の上の油揚げも片しておきなさい。」

 

紫は藍の返事の前にスキマの中に消えた。

藍の

 

書斎にて、紫は机上に手紙を開きまじまじと見つめた。

手紙には一言、こう書かれている。

 

─行雲流水 by Magician of time reading─

 

「流れに身を任せろ・・・ねぇ。訳が分からないわ。全く、誰に似たのやら・・・。」

 

と、彼女は憂鬱そうな溜息を洩らした。

只の人が見れば走り書きと筆記体だが、彼女にとっては悩みの種を植えつける魔導書の一ページだった。

 

 

──To be continued──

 

 

 





あとがき

どうも、一日投稿を果たしたミカヅキモです。。
今回はマジで意味不明だったかと思います。その通り!今回の話に意味はありませんので、忘れてください・・・とまでは言いませんが、まあ本編には関わってこないので「そんな話あったな~」ぐらいの感覚で覚えて、結局忘れてください。

今回の話に関して言える事は、本編の時系列で永一が妖怪に襲われた後という事だけです。

それではまた次回お会いしましょう!

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