……なんか、ギリギリオレンジに色が変わらないのはどうすればいいんでしょうか。誰か、教えて下さい……。
さて、察しがついている人もいるかと思いますが、ラフコフ討伐編、始まります!
剣戟の音が空虚に響く。
弾く。避ける。斬る。躊躇など一切ない、殺し合いの動き。一歩間違えばこちらが死ぬ、戦いの場。
目の前には狂った笑みで斬りかかってくるモノ。憎々しいまでにつり上がった口端からは、獣のように舌が出ている。そこに理性の欠片すらどこにもない。今この場にいる全員は皆そうだ。
俺は飛びかかりとともに振るわれたそいつの剣を上に弾き、カウンターの突きで体を斬り刻む。
狂気。
それだけがこの戦場を満たしていた。
あるダンジョン内で繰り広げられる狂宴の乱舞は、誰にも終わりの見えない泥沼と化していた。
狂宴の数日前の八月中旬。十九歳の誕生日を終えて少しの日。俺はじゃじゃ馬な相棒を手懐けるため、五十代の層で戦闘をしていた。
「えーっと……切れ味確認だから、取り敢えず盾、防具、鱗があるところ、鱗がないところの硬いところから順に斬ってくか……」
切れ味確認の実験道具として扱われていることを理解し、明らかに嘗めた口調に聞こえたのか、切れ味確認のターゲットにしている
軽く地面を蹴り、体を三十センチ右に移動するだけで曲刀は勝手に空を斬る。俺に届いたのは剣が動いたことによって起こった風だけ。
赤い瞳がギョロン! とこちらを睨み、牽制してくるが構わず
「……は?
日本語にしたら全く関係ない英語を口にしてしまった上に悠長に眼を擦ってしまっていたが、今は戦闘中。今度は横薙ぎに振るわれる曲刀が見えなかった。まぁ、防いだけど。どんな攻撃か判ってるのに防げない道理はないし、見なくてもどこから攻撃が来るのか判るほど気配が駄々漏れだ。
ていうか、防御したのはこっちなのに、相手の剣が折れるとかどういうこと? リズベットさん、この剣、固さも半端ないんですけど……。
新しい剣に慣れるためとはいえ、百体乱狩りというのはなかなかどうして辛いものがあったが、お陰で大分この武器を扱えるようになってきた。低層から順に上の層、上の層と上って今は五十代の階層。我ながらこの二ヶ月努力したな……。
女尊男卑の風潮が広まる切っ掛けになった某宇宙用スーツではないが、剣がこちらのことを理解……と言うより認めてくれているように感じる。卍解は出来なくても始解は出来ちゃうレベル。いや、でも浅打のままでもいいかも……。
少しばかりの達成感に満足しながら歩いていると、転移門までの最大の関門……メインストリートに突入する。
俺みたいなぼっちが好かない雑踏の中を歩いていると、多少なりとも人の声が入ってくるもので、ちらほら共通して聞こえてくる話題があった。
「ラフコフの野郎共に殺られた中層プレイヤーがまた出たんだとよ」
「マジか!? トチ狂った奴らの考えることはわかんねぇな。人殺して何が楽しいのやら……」
「あぁ、理解できねぇな。あいつらのせいで一体何人が死んだのやら……」
今やアインクラッド中にその名を轟かせている
「チッ……」
ただそれでも気に食わないものは気に食わないので強く舌打ちを一つ。別にラフコフの奴らを擁護する気など微塵もないが、目の前で人が死んだのを見たこともないような奴らが知ったような口で人の死を語るのも苛立たしい。それも軽い口調でただ話のネタとしているだけの奴には不快感すら覚える。
……暇だし、五十代の階層繋がりで、エギルの店でも行くか……。
怒りと不快感を溜め息とともに吐き出し、雑多な街の中にある店にしては心落ち着く店を目的地に定め、この居心地悪い空間から早く抜け出すためにいつもより早足で転移門まで歩いた。
「ウースッ」
「……いつも言ってるけどな、客じゃない奴にいらっしゃいませは言わないぞ」
「いいだろ、この時間帯はどうせ閑古鳥が鳴いてるだろ? もうちょい立地を考えた方がいいと思うぞ」
「お前……。はぁ、コーヒーでいいか?」
こめかみをピクピク動かしていた筋骨隆々の雑貨屋店主は諦めたように深々と息を吐き、飲み物をストレージから出す。……巨大な男がこめかみをピクピクさせたるのってめっちゃこえぇ……。
「ほら。どうせお前は甘くするんだろ?」
砂糖&ミルクを出す辺りエギルも俺の好みを理解してきたようだ(コーヒー限定)。遠慮なく大量の砂糖とミルクをぶち込み、黒のコーヒーが薄茶色になるまで入れ続けた。それを一口。ちょうどいい。
「ん」
「おう」
これもいつも通り。暇を潰すアテがない時にエギルの店を使わせてもらう代わりに、いらない素材を安く買い取ってもらうのだ。客と店員ではなく、ギブアンドテイクの関係だ。こういう雑貨屋には掘り出し物があるかもしれないし、色々なものがあるから暇潰しにはもってこいの場所だ。
「まぁそれにしても最近の話題はラフコフのことばかりだな。最近活動がまた活発化してきたらしいから無理はないが……」
「……いい加減対策なりなんなり、攻略組が本腰あげて考えなきゃならんかもな。むしろ遅すぎたくらいだ」
俺は四ヶ月前の四月と、それよりも前にラフコフ幹部プレイヤーの二人と戦い、まぁどちらもなんとか勝利した。……のだが、あの後からラフコフの活動が少し沈静化したのだ。
普通なら喜ばしいことなのだろう。だが、俺にはどうしても嵐の前の静けさにしか思えなかった。思えば、あれは攻略組に今は敵わないことを悟っての準備期間だったのかもしれない。
そして、今。
そこまで考えていると、険しい顔つきで俺を見ている巨漢の顔がカウンター越しにあった。お互い立っているので、十センチ近い差がある本当の上から目線で厳ついおっさんから険しい顔をされたら睨まれているようにしか感じない。
「確かに、攻略組でも本格的にラフコフに対処せねばならんが……エイト、気を付けろよ? ラフコフ幹部二人と戦って打ち勝ったお前は、特に恨みを買ってるだろうからな」
「……そうかもしれんが、過剰にビビってもしょうがないだろ」
「ま、それもそうだ。要は気を付けておいて損はないってことだ」
そう結論付けたエギルは俺の今日の戦果の勘定を終えたのか、小ぶりの袋を置いてくるので袋の口の近くを掴む。
「リザードマンの鱗が三十一個にレアドロップ品の剣が三本。締めて十万五千三百コルだな」
「あいよ」
トレード欄に鱗と剣を全部セットし、OKを押す。振り込まれた十万五千三百コルが自動的に俺の所持金にプラスされたのを確認してからウインドウを閉じた。
「毎度あり。……お前、今日このあとどうするんだ?」
「あー……まぁ今日はもう狩りに出ないから、多分リズベットのとこに武器をメンテしに行くと思う」
「そうか……。……なぁエイト。実は今日ある会議が開かれるんだが、知ってるか?」
極甘コーヒーを飲み干し、店を出ようとしたところに投げ掛けられた質問をエギルに向き直し、首を横に振りながら答える。
「いや、知らんな。なんかあんの?」
「実によくない話なんだが……今日、攻略組も本格的に対応するそうで、《第一回ラフィンコフィン対策会議》が開かれる……らしい」