さて、謝ったので雑談でも。
俺ガイルフェス、楽しみです! 行けたらいいなぁ……と思っています。
四十八層主街区《リンダース》。
それがアスナから聞いた、高熟練度《鍛冶》スキルを持つという鍛冶師がいる……らしい街だ。
レベルが遂に九十の大台に乗ったこともあり、攻略を休んでいつも以上にたっぷりと睡眠を取ってから先日アスナから聞いた鍛冶師のもとへ繰り出すことにしたのだ。
《料理》スキルで適当に作ったサンドイッチをムグムグと食べながらあまり見慣れていない道を歩く。
アスナ曰く、水車が付いているから特徴的でわかりやすい工房を目指し、マップを開きながら迷うことなく歩く。もちろん街はそこまで入り組んでいるわけではないので、到着までに要した時間は十数分だ。
カラカラと回る水車が付属されているレンガ造りの一軒家みたいな工房には、《リズベット武具店》と英語で書いてある看板がある。どうやらここで間違いないらしい。
「……失礼します」
外観が一軒家っぽいからか、畏まってお邪魔……もとい入店する。木製の扉には来店を告げるベルがあったようで、カランカランと高い音をたてた。
別に悪いことをしている訳じゃないのに、自分でもオドオドしながら辺りを見回す。俺も使っている片手剣はもちろん、両手剣、片手槍、両手槍、戦斧、戦鎚、刀、曲刀、ナックルなんかもあった。
肝心の店員はと言うと……いた。椅子に座って寝てやがる。髪がピンクのそばかす少女が着ている服はウェイターのようで、とてもじゃないが鍛冶師には見えない。
明らかに営業放棄しているウェイター(?)に、本当にこの店で合ってるのか若干疑わしく思いながら、取り敢えず起きてくれなければ話が進まないと、声を掛ける。
「あの、すいません……」
「………………」
……返事がない。ただのオブジェクトのようだ。
「あのー? すいませーん……」
「…………………………」
返事がない。以下略。
もう声で起こすことは諦め、物理的に起こしてやろうとも思ったが、見ず知らずの奴を叩き起こすのも悪いか……と実行に移せずにいる。何より……何より、下手に触って倫理コードに触れたら……ヤバイ。ヤバすぎる。
手を出すことはできず、声を出しても起きない。起きるまで待っても、起きたときに通報されること請け合いだ。と言うか、こいつ全然子供じゃねぇじゃん。まさか『こ』って、子じゃなくて娘?
仕方ないので、この店の鍛冶師の腕を確かめるのも兼ねて店内の商品を物色し始めた。
しかし物色はものの数分で終わった……と言うより終わらされた。
新たな来店者が来たからである。
黒い装備を身に纏い、自らの命を預ける剣も黒。これは生まれつきだろうが、長髪も眼すらも漆黒。その風貌ゆえに、《黒の剣士》と呼ばれるプレイヤー……そう、
俺と目が合うと、キリトが顔を綻ばせる。……なにこれ、絶対マク○ナルドに勤めたら「スマイルください!」って言われるぞ。
「エイトォー! 久しぶり!」
「お、おお。二週間ぶりだぞ、そんな久しぶりか?」
「うん!」
肯定されてしまったらなにも言えない。そんなに久しぶりか? 二週間。
キリトの装備を見るに、更新は疎かメンテナンスも必要がないはずだ。なにせ魔剣クラスの化物が獲物なのだから。
「お前ここに何しに来たんだ?」
「うぇっ? な、なにが?」
会話の脈絡が全く繋がってないからか、別のことが理由かはわからないが、明らかに動揺した声を出すキリトにアスナ直伝(別に習ってない)の疑属性の視線を向ける。すると眼を明後日の方向に向け、ダラダラと脂汗を流す剣士が一名。図星かな? もし俺に眼を向けられたことが原因なら割りと本気で傷つく。
「……いや、だってお前エリュシデータあるじゃん」
エリュシデータ……和訳すると解明する者。
当然、耐久値も頭抜けているはずなのだが……
「エッ、エット、ソノ、ヨ、ヨビニケンヲツクッテモラオウカトオモッテ!」
「お前、今めっちゃ片言なの解ってる?」
「う、うぅ……」
今度は顔を赤らめ、頭から湯気のエフェクトが出てきそうな様子になる。同じ顔を赤らめる行為でも、
材木座だったら
『なぜかだとぉ、八幡。貴様、そんなことも解らないなんてそれでも我の相棒かァァァァァッ!?(中略)なぜならそこに萌えが無いからだァァァァァァァァァァッ!!!』
……うーわっ、ウザ。さすが材木座、想像のなかでもうざっ。
「そ、そういうエイトは何しに来たの!?」
反撃開始と言わんばかりにビシッ! と指で指したポーズで訊いてくるが、俺は歴とした理由がある。
「俺はただ単に武器の更新だ。もうボロいからな」
コバルトブルーの鞘を小突きながら理由を述べる。散々かっこつけたのに大したことじゃなかった羞恥心からか、さらに顔を赤くしてしゃがみこんでしまった。何? 俺が悪いの?
ちなみに鍛冶屋は、俺達がかなり大声で会話していたのにも関わらず、まだ寝ていた。
……なにあいつ、すごい寝てんだけど。過眠症なの? 東京でスピリットなイェーガーなの?
この状況、鍛冶屋を見て驚いている風に混沌な仮想現実逃避している俺か、四つん這いになっているキリトか、客をほっぽらかして寝ている鍛冶屋か、誰が一番正常だろうか?
――言うまでもなく、俺だ……よね? そうだよね?
結局、キリトが再起動する前に桃色髪の鍛冶屋が眼を覚ましてしまった。
「な、なにやってんのよ、あんたたち! うちの店で! この不審者、ドロボー!」
雪ノ下に比べればまだまだ温く青い絶望に内心で嘲笑しつつ、対雪ノ下用汎用人型決戦兵器、(ある意味で)人造人間ハチマンゲリオンを起動する。ただし勝率は皆無。
「それが客商売中に眠りこけてたやつの言う台詞かな〜?」
「なっ、なによ!」
バカにするような口調に食って掛かる鍛冶屋。短絡的すぎる。
「いえいえいえ、別に〜? 営業中に寝ていても経営していける鍛冶屋さんだから、さぞかし腕がいいのだろうな〜、と思っただけですが?」
「はいはい解ったわよ! なに、メンテ? それとも武器作製? 精々腕がいいってことを証明させてもらいますよ!」
クラインとか雪ノ下とかエギルは言う。――俺に煽られると異様にムカつく、と。
アスナは言う。――俺は人をイラつかせる天才だと。
キリトは言う。――アスナがよく俺に怒る原因は、俺の言葉じゃなくて行動だと。
そして、目の前のこいつはこう思っているだろう。――目の前の男、すごいムカつく、と。
どうやら俺は、プレイヤーからヘイトを向けられるのが得意らしい。なんならモンスターからもヘイトを向けられるまである。
半ばヤケクソ気味に汚名返上をしようとしている鍛冶屋(未だキャラネームは知らない)。やっと本来の目的を遂行できる……遂行って言うとなんか任務っぽいな。
「お客様? リズベット武具店へよ〜こそぉ〜」
愛想の欠片もない笑顔で出迎えの言葉を言う。その様子にキリトが若干怯えているのを見ると、さすがに煽りすぎた感が否めない。
笑いながら怒れるのはあれだな、女子の特権だな。
「「ぶ、武器作製をお願いします……」」
声色も言った言葉もまったく同じだったということは、思っていることもほぼ同じなはずだ。
――こいつ、怒らせるとまじこえぇ、と。