次回はリズ編……の前の幕間です。
一度は心が折れながらもなんとか書き上げたレイン編最終話、どうぞ!
そろそろ番外編も更新しなきゃいけないけど、八幡口説き上戸の台詞が出てこないんですよね……
鉄の都はまるで城塞都市のように物々しく、女性プレイヤーに不人気である(ただ、血盟騎士団を一目見ようと来る人がいないわけではない)。
おまけに、NPCショッププレイヤーショップどちらも例外なく、経営しているのは鍛冶屋道具屋武器屋などが九割を占めているのも(もちろん元々女性プレイヤーが少ないこともあるが)要因の一つだ。
九割、ということはレストランやカフェみたいなものがないわけではない。今いる《アイアン・カフェ》なるものもそのうちの一つだ。
立地、内装、設備の商売三種の神器が一つもないこのカフェに腰を落ち着けた理由は恐らく、人にあまり聞かれたくない会話をするからだろう。余談だが、料理はメチャクチャ旨い。
俺が飯を食べているゆえに話しかけにくいのか、自分の気持ちの整理がついていないのか、口を開いては閉じるレインを顔は飯に向けたまま盗み見る。
そうこうしているうちに俺の味覚野へと消えた昼御飯が乗っていた皿を眺め、なにか決意したように声を発する。
「え、えっと、まず、あの……取り敢えず、ありがとう」
「………………」
…………。
……………。
………………は?
この重苦しく、俺が今から裁かれるの? と思うくらいの空気で紡ぎだされた言葉に人生最大級の肩透かしを喰らう。その度合いと言ったら、《メテオブレイク》が外れた時くらい……うん、それは肩透かし(物理的)だな。肩透かし(精神的)じゃないわ。日本語って難しい!
「…………」
「あの……なんかリアクションしてくれないと……」
「いや、なにに対して言ってんだよ、って思ってな……」
ぶっちゃけ俺は感謝されるようなことをしていない。むしろデスゲーム開始一ヶ月後からは讒謗陰口悪口苦言etcetc……いや、て言うか今もクラインとか鼠に色々事実無根の話を吹聴されてるよな……。
「色々だよ」と返され、軽く肩をすくめて「そんなことはねぇよ」と俺もキャッチボールの如く投げ返す。
「……やっぱり、さ。エイト君って優しいよね」
「は? そういう言葉は一番似合わないだろ。なんせ俺は悪のビーターだぞ?」
俺が否定的な言葉をかけると、全く嫌味がない笑顔で朗らかに笑う。いきなりすぎて戸惑いの声が隠せない。
「ど、どうした?」
「ううん。私もビーターの噂は何回も聞いたことあるけど、やっぱり噂ってあてにならないな、って思って」
噂、か。今一番有名な噂――噂ではなく真実なのだが――は、恐らくヒースクリフ不敗神話だろう。そのお陰でビーターの噂も今じゃ霞んでいる。ありがたや。
血盟騎士団のホームがある方をいつまでも見ているわけにもいかず、再び赤髪の少女に顔を向ける。
「あの、さ、エイト君ってずっと攻略組なの?」
「……ああ、まあな」
「そっか。……私はね? 昔……と言っても5ヶ月くらい前なんだけど、それくらいまで、用心棒みたいなことやってたんだ」
5ヶ月。それはつまり、俺とレインが初会合を果たしたときくらいに辞めた、ということか。それにしても、用心棒がアインクラッドにいるなんて驚きだ。と言うのも、金が目的なら弱いやつの護衛なんかしないで乱獲でもしたほうが効率がいい。
「…………」
俺も人間だ。多少なりとも知識欲はあるし、なんで用心棒をやめたのかを詳しく知りたい気持ちも、まぁある。しかしそれは
「それで、えっと、その日も依頼を受けて、四十層にある、『暗闇の森』に同行したの――」
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二〇二六年一月十八日。
薄い茶髪の少女を先頭に、五人の
「しっかし、ハイレベルな人が一人パーティーにいるだけでも違うもんだな!」
「ノリ、油断してるとお前の頭髪みたいに体がダメージエフェクトで真っ赤になるぞ?」
「それにしても、なんで俺たちのヘアーカラーを派手な……所謂戦隊モノみたいにしたんだ?」
本人曰く戦隊モノみたいな髪色の緑髪を弄りながら素朴な疑問を口にする。それに対してのノリの返答は単純明快だった。
「決まってんだろ、タケ! ――カッコいいからだ!!」
自信満々に言い切ったノリに、苦笑する面々。しかし納得がいかないと声があがった。
「ノリ、タケ、ヒロ、お前らは戦隊モノでもメジャーな赤、緑、青髪をしてるからいいけどな……。――なんで俺はピンクなんだよ!? それもくすんでも暗い感じでもない、真ピンク!」
ピンク髪の少年――プレイヤー名をヨシと言う――の悲痛な叫びに、他三人は冷静に、眈々と一言返した。
「「「ピンクだって、戦隊モノのメジャー色だろ?」」」
「なら黒とかでもいいだろ!?」
「だって……」「なあ……」と意思確認したのも一瞬、すぐに顔をヨシに向けて答える。
「「「面白味がないから」」」
トリプルカウンターに完全にノックアウトされ、散々いじられたヨシはがっくりと肩を落とす。
一応仕事中のため、顔には出さず内心で今のやり取りに笑っていると、《暗視》スキルを取得しているヒロが全員に報告する。
「なぁ、この先に今までこの森になかった拓けた場所があるんだが……」
「じゃあボス戦じゃないか?」
こういったフィールドダンジョンは、ボス部屋を二枚扉で区切っている迷宮区などのダンジョンとは違い、仕切りがない。だが目印で言うならば、拓けた場所がボス部屋と断定しても問題がないくらい、広いスペースがある場所はボスがいる確率が高い。そこから挑戦するか諦めるかはボスを見つけた者次第だ。
「……どうする? ノリ、パーティーリーダーはお前だ」
髪だけでなく装備も全体的に赤い彼は、しばしの逡巡の後、すぐに結論を出す。
「俺達だけじゃ危険だったけど、今は用心棒さんがいるし……ここのモンスターのレベルは思ったほど高くなかった。加えて回復アイテムも七割くらい残ってる。行かない理由がないな!」
SAO開始初期からパーティーを組んでいた青、緑、桃色頭の少年三人は共通してこう思った。
[ノリらしいな]
と。
もちろん三人にはリーダーの意見に反対する必要はないので、あとは用心棒――レインがOKを出せば満場一致でボスに挑むことができる。
「じゃあ、行きましょうか」
全員が期待の眼差しを向ける中、一用心棒にすぎないレインがクライアントの意向に逆らうわけにもいかず、了承する。
――その選択が、今後自分が悩まされ続けることになる要因になるとも知らずに。
「ウワアァァァァッ! なんだよこいつはァァァァッ!?」
しなやかに伸びる鞭のような巨大な植物の蔓に追われ、ノリは元々筋力寄りで、走ることなど得意としないビルドにも構わず、ひた走る。
だが、慈悲など一欠片もない攻撃は、ノリの疾走など遥かに凌駕する剣速ならぬ鞭速で、みるみる距離を縮めやがてノリの体を捉えた。
彼の体や装備以上に紅いライトエフェクトが散る。それから五秒も経たぬ間に、叩かれた……否、あまりの攻撃の鋭さによって切り裂かれた仮想体の輪郭がぼやけ、爆散。
「うぁ……」
自分は今までなんて温い世界にいたんだ。これが今いるこの世界。デスゲーム《ソードアート・オンライン》。
今はもう遥か昔に感じる一年以上も前、茅場晶彦が言った言葉が思い出される。
――これは、ゲームであっても遊びではない。
痛感した。
確かに、この世界でしか見えなかった景色、作れなかった思い出、本来関わることのなかった人との出会いはあった。
これも、ネット『ゲーム』の一つの魅力なのかもしれない。だが、自分の命を懸けた時点で、その『ゲーム』は『遊び』じゃない。
それは、今はもう自分一人になっているこの状況が何よりも如実に語っていた。
相手残戦力はボスが一匹に取り巻きが五匹。五人で挑んでも取り巻き五匹が精々だった。更に十分ほどでパーティーはほぼ壊滅。生還は、絶望的だった。
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――
「……そんなとき、視界が明るくなったと思ったらいきなり街にいるから、最初はなんかのバグかと思ったよ」
「……そんなんでよくあの森に居たのが俺だって判ったな」
てっきり、顔くらいは割れているものと思っただけに意外だ。
「一応、色々考えたんだよ? まず、街までの移動手段は当然転移だったけど、私はボイスコマンドを唱えなかったし、転移結晶は使ってない」
「……だから移動手段は回廊結晶を使った、と?」
コクりと頷くレインに対し、察しのいいやつだと舌を巻きつつ、再び会話に意識を集中する。
「……それで、転移先は最前線の街だったから攻略組ってことだけは判ったんだ」
「他には?」
「あと、あの状況を切り抜けられるほどの実力者は、アルゴさんの知る限りではヒースクリフさん、アスナさん、キリトさん……そして、エイト君だけだって」
……俺、あんな人外達と一括りにされてんの? 俺はノーマルだよ?
密かに人外扱いされていることを全力否定しつつ、またシリアスモードになったレインの言葉に耳を傾けた。
「……その一件以降当然だけど全く仕事が来なくなって、仕方なく用心棒を辞めたんだ」
それは当然の結論と言える。護衛がクライアントを守れず、自分だけ帰ってきたら人はどう思うだろうか?
十中八九批難する。
なんで一人だけ帰ってこれたのか、見捨てたんじゃないか、なら、こいつは人殺しだ……人が人を悪と断ずるのは、この三工程で事足りる。
「……だから髪色も、地毛から染めてこの色にしたんだ」
「じゃあ、あれか? 転移門の前であの優男に話しかけられたら驚いていたのは……」
「うん、5ヶ月くらい前に話題になった用心棒だって気づかれると思ったから」
じゃあ、なんでそんな目立つ服着てんだ、と心で軽いツッコミをして頭をクールダウンする。予想していたとはいえ、苦い話を中和するように甘い珈琲を啜る。今でもなんであるのかよくわからない皿(鉄製)に珈琲カップ(鉄製)を置き、一呼吸してから俺は口を開いた。
「散々色々質問して答えてもらったのに悪いが、お前はその話を俺にして、なにをして欲しいんだ? 安っぽい同情か? 薄っぺらい慰めか? それとも、俺にそのトラウマでも治して欲しいのか?」
自分のトラウマの根源を話した相手に対し、あまりにも辛辣な言葉。パーティーを組んでた時間だって二日にも満たない相手に話すにはあまりにヘビーな内容ゆえに、こいつの心情が解らない。
俺の無神経極まりない発言に、それでも雨の少女はやんわりと笑みと言葉を返した。
「違うよ。私はエイト君になにかしてもらいたいんじゃなくて、私がしたいの」
「……なにをだ?」
ちょっと語気が強くなってしまったことを自覚しながら、レインの返答を待つ。と、急に椅子から立ち上がり、腰を曲げ頭を下げる。
「何があったのかを全て知ってもらった上で改めて――5ヶ月前、助けてくれて本当にありがとう」
純粋な、感謝の念。十八年間の人生で、家族以外では数回あったかどうかくらいの体験にどうしていいか解らず、視線をさ迷わせる。
逃げることは悪くない。今でもそう思っている。
だが、今この時勘違いでも何でもなく俺に向けられた感謝の念からは、逃げてはいけない気がした。
未だ対処法を模索する俺を見ながら席に着き直し、やはりレインは笑った。
と、その時。鉄のカフェの入口である鉄扉が開いた。別に不思議なことではない。いくら閑古鳥が鳴く店でも、たまには客くらい来るはずだ。問題は、来客の面子だ。
白が主色の騎士服とともに一線を画するオーラも身に纏い、立派に光沢する獲物は間違いなく業物。見間違いようもなく、最強ギルド《血盟騎士団》のメンバーだった。
その先頭にいるプレイヤー……《閃光》のアスナとたっぷり三秒目が合い、逃げるように逸らす。
眼では捉えてないが、カツ、カツとブームの鋲と鉄床が当たる音から、閃光……いや、攻略の鬼が迫っていることが解った。
「こんにちは、ハチ君」
「……ぉぅ」
なんも悪いことしてないのに、刑事に追い詰められている犯罪者のような錯覚を受け、今すぐにでもトンズラしたくなる。
「ところでハチ君? この子だぁれ?」
「れ、レインと言います」
「デート中?」
「い、いえ、全くそのようなことは……」
「ところでハチ君、話は変わるけど……」
「な、なんでしょうか?」
「わたし最近武器を更新したんだけど、試し斬り……うぅん、試し突きさせて?」
跳躍。からの疾走。
ヤバイ恐い鬼悪魔阿修羅……
後ろを振り返ってはいけない。この世のものとは思えないものが顕現しているだろうから。
あぁ、そういえばこんなことがなかったら、昨日あの赤髪の少女と会うことはなかったんだなと思いながら全力疾走した。
エイトが逃げ出し、アスナがそれを追いかけ、更に血盟騎士団メンバーがアスナを追いかけ、あっという間に閑散とした空気の中、虹のような笑顔で、今は見えない青年に少女は言葉を掛けた。
「ダスヴィダーニャ、エイト君♪」
久々の次回予告! 次回『相談』です!