ソロアート・オフライン   作:I love ?

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こうして、彼と彼女の家族は形成された。

妹。

四音一文字のこの言葉の定義は実に曖昧である。いや、単純に見えて深いと言うべきか。

単に血のつながりがある年下の女の子を妹と呼ぶなら、弟の配偶者や再婚した親の相手方の娘を妹とは呼べないのだろうか? 否、そうではないはずだ。そこに確かな絆があるならばたとえ血が繋がっていなくても家族と呼んでいいはずなのだ。

まぁ家族の在り方は家庭によって様々だろう。各々がそう思える形ならそれでいい。

さて、ここではまだ家族になる前の俺と彼女についての話をしよう。

 

 

 

× × ×

 

 

一日目。

退院数日後……つまりあいつが初めて俺の家に来た時、自称幸薄いクール系男子だと思っている俺ですら面白いと思うほどガチガチだった。お邪魔しますと言った時にミサトさんよろしくあの名ゼリフを言えたことは密かな喜びである。

退院手続きやらなんやで疲れていた俺は飯を食ったらすぐに眠りに落ちた。朝起きた時に俺の布団とあいつの布団が目一杯離されていたのを見て、まぁ当然だなと思ったことは今でもよく覚えている。

 

二日目。

二日目はリハビリの成果の確認と家周辺の施設の把握のために軽い散歩に出かけることになった。必死に松葉杖をつきながら歩いていく姿はまだ自分が二十代にも関わらず若さを感じた。薬とマスクの効果か、はたまた出来なかったことができるようになった喜びか、満面の笑みを道行く人々に振りまいていた。

 

三日目。

あいつの生活費と医療費を稼ぐためにバイトを掛け持ちすることを考え始めるが、病人である未成年を家に一人にするのは忍びない。なら内職かと考えたところでGGOなら金を稼げることに思い至る。早速朝田に改めてGGOについて色々訊いた。

 

四日目。

久々のGGOで早速死にかけた。どうやらBoBの優勝者というのはかなり目立つらしい。しかしお陰で一万円分稼げた。日給一万円なら俺の年齢にしては充分だろう。

 

五日目。

あいつに学校に行きたいのかを訊いた。あからさまに遠慮していたが、恐らく行きたいのだろう。表向きは仮想世界に長く囚われていた人の救済措置のためにあるあの学校なら入れるかもしれない。

 

六日目。

校長先生をはじめ、学校のお偉いさん方にあいつの話を打診してみた。当然難色を示されたが、菊岡というパイプを使って何とか来年度から高校一年生として通わせてもらうことにしてもらった。この話をあいつにしたら、驚きと喜びが混ざった顔をしていた。まぁ、久々の学校生活に幸多きことを願うくらいはしよう。

寝る時の布団の位置が心なしか近くなった気がせんでもない。

 

八日目。

昨日は一昨日の件で疲れていたのか、ほぼ日記と化しつつあるあいつの体調変化を記すためのこのノートに何の記載もしていない。昨日は寝てたことしか覚えてない。反省しとこう。

 

〜〜〜〜〜

 

二十三日目。

あいつにGGOで金稼いでいることがばれた。凄い申し訳なさそうな顔をされた。年下の女子の申し訳なさそうな顔って罪悪感を煽ってくるから苦手である。これも兄の宿命か……。

 

二十四日目。

あいつが凄い引っ付いてくるようになった。ブラコン?

 

 

 

× × ×

 

 

 

一日目。

退院から数日後。ボクはお兄さんの家でこれから過ごすことになる。自分で決めたことだから不満はない。ただやっぱり男性と同じ部屋で過ごすのは落ち着かないだろう。だけど家に入る時のやり取りで少し緊張が解れた。ボクが「お邪魔します」と言ったら、お兄さんは「……ここはもうお前の家でもあるんだから言う言葉が違うだろ」と言ってくれた。お兄さんは見た目は怖いし、かなりぶっきらぼうだけど、根は優しい。……でもさすがに布団は目一杯離したけど。

 

二日目。

今日はボクのリハビリ成果の確認と家の周辺の施設の把握のために近場で散歩をした。マスクをしていたこともあってかなり息苦しかったけど、何より自分の足で歩けるというのが嬉しくてたまらなかった。道行く人々に挨拶をしたら、笑顔で返してくれる人、戸惑いながらも返事をしてくれる人、無視をする人など様々な人がいた。改めて人に触れる実感が感じられた。

 

三日目。

お兄さんは用があるとかで出て行った。夕飯までに帰って来て、急いで夕飯(カレー)を作ってくれた。お兄さんは自分の料理の腕前を小学六年生レベルだと言っていたけど、ボクにとってはお兄さんの料理はごちそうだ。お兄さんの料理は心を温かくしてくれる。……ボクも、料理のレパートリーを増やしたほうがいいのかなぁ……。

 

四日目。

お兄さんがどこかの仮想世界にダイブしちゃってすごく暇だった。仕方なくお兄さんが実家から持ってきた本を読むことにした。『蜘蛛の糸』。お釈迦様が生前一つだけ善行をした地獄の住人カンダタに極楽から蜘蛛の糸を垂らす話だ。この話を読んで、お兄さんが言ったことを思い出す。『生前善業を一つだけしかしてないカンダタが極楽へ行けるかもしれなかったなら、これまでの人生で苦しんだ奴が幸せになっても悪行ではないだろ。ソースは蜘蛛の糸』。誰を指して言ったのかはすぐに分かった。だからこそ、嬉しくてたまらなかった。

 

五日目。

お兄さんに学校に行きたいか、と問われた。

行きたい。ボクだって人並みに友達を作って、勉強したり、行事を一緒にやったり、それに……恋だってしてみたい。だけど、ボクのそんな願望を叶えるよりも、これ以上お兄さんに……家族に迷惑を掛けたくなかった。

 

六日目。

お兄さんがスーツを着て出かけて行った。大学生がスーツを着るイメージが全く湧かないけど、実際着てるんだからたまには着るのかもしれない。帰って来たお兄さんはとても疲れた顔をしていた。

お兄さんが風呂に入っている時に、お兄さんが出かけた時にはなかった袋を見る。それは高校の資料だった。

ボクが本当は学校に行きたいと思っていたことを見透かしていたのだ。恥ずかしい。でも嬉しい。そんな気持ちを声にはできなかったけど、少しでもお兄さんに伝えたくて、今日は少し布団を近づけて寝た。

 

七日目。

一応義務教育とは言え、小中学校にロクに行っていないボクの入学を認めさせるためによほど疲れたのかお兄さんはグッスリ寝ていた。その顔を見ているとボクまで眠くなったり顔が緩んだりする。今日は一日中お昼寝をした。

 

八日目。

お兄さんが昨日ずっと寝てて、家事をしなかったことについて謝ってきたけど、むしろ家事はボクに任せて欲しいから無問題だった。お兄さんはボクのために色々してくれている。ならボクもお兄さんに出来る限りの事をしたいと思う。

 

〜〜〜〜〜

 

二十三日目。

お兄さんが家で何をしていたかが分かった。GGOというゲームらしい。そのゲームは日本で唯一プロがあるゲームで、平たく言えば、現実世界のお金を稼げるゲームらしい。お兄さんはボクの治療費、二人分の食費、ボクの入学のための貯金などのためにこのゲームをしていたらしい。……すごく、申し訳なかった。そう思ったことを見透かされたのか、「未成年は養われるのが仕事だ」と迷言を言ってくれた。……胸が痛い。

 

二十四日目。

胸が痛い。お兄さんと話すと、お兄さんに触れると、お兄さんを見ると胸が痛くなる。でもそんな痛みなんか関係ないかのようにお兄さんと話したくなる。お兄さんに触れたくなる。お兄さんを見たくなる。

これが■■■■■■(文字が塗りつぶされている)

 

 

 

× × ×

 

 

 

「……カレールーよし、人参、じゃがいも、玉ねぎ、肉……買い忘れないよな?」

 

「今日はカレー?」

 

「そうだが……嫌か?」

 

「ううん! ボクお兄さんのカレー好きだよ」

 

「もうお前の方が美味いと思うけどな……」

 

しかしながら自分が作る料理が好きだと言ってもらえて悪い気はしない。マイバッグに今夜の材料を詰めて、ここからかなり距離のある自宅へと足を向ける。だが安さには代えられない。

 

「お兄さん、手、出して?」

 

「……ほらよ」

 

これにももう慣れてきた。一緒に出かけたら帰りに手を繋ぐ。それがもう暗黙の了解になっていた。未だ恥ずかしさは抜けきらないが、それでも今まで人に触れることさえ叶わなかったこいつにとっては何か特別な意味を持つのだろう。俺もこいつは女子というか妹と認識するようになってきたのも手を繋ぐことのできる要因だろう。

きつく、固く結んだ手もいずれは解ける時が来る。それは家族だろうと友人だろうと等しく同じだ。なればこそ、今この時、この一瞬を無二のものだと大切にするのが重要なのだろう。

こんな取り留めのない日常すらもいつかは終わる。この世に無終などないのだから、大切な今を積み重ね、未来へと進んで行こう。

 

 

 

× × ×

 

 

 

五十七日目。

今日は久々にお兄さんのカレーを食べた。味は普通だけれど、心を満たしてくれる。

カレーだけに限らず、何気ないことでもボクの心を満たしてくれるお兄さんが、ボクは好きなんだ。


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