ソロアート・オフライン   作:I love ?

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す、進まん……まだ半分も行ってないよぉ……
シリーズごとに分けた方がいいのだろうか……
息抜きに何か他作品で書こうかな……と何回も考えながら書いた第六十三話、どうぞ!


アルゲードの店の食べ物は、大体珍味である。

刺すような視線から逃げるために、トイレという建前で店を一時離脱(戦略的撤退とも言う)をした。ちゃんと飯が来たら呼ぶように言ってある。

隠れた店というだけあり、アルゲード名物とも言える猥雑さを思わせる声は、周りの建物に遮られてかあまり聞こえない。静かだ。

 

「ふう……」

 

思えば、ここ最近一人でゆっくりすることがなかったかもしれない。基本的に迷宮攻略に、休日(オフ)(と言っても、ソロプレイヤーなので週休七日制だが)はキリトやアスナに連れ回されたり……

デスゲームが始まってから約一年半。ようやくこの世界に『慣れ』と言うべき余裕が出来たときに、あの事件(イレギュラー)だ。

思い起こされるのは、これまで俺がこの世界で歩んできた軌跡(英○伝説ソロの軌跡と言われちゃうレベル)と、この世界に戦いを挑み、そして散っていった無数の命。

命を亡くす(ゲームオーバー)。俺にとって……いや、攻略組にとって、その場合は、万全に準備を整え、最善の策に全力を尽くし、それでもなお実力が至らなかった時に起こることだ。この事件は、そんな常識を覆すものだ。

もがいてあがいて、それでもなお届かなかった(もの)。それを知ってしまうと、初めて『生きること』に重みを感じる。

別に今までに死んでいったプレイヤー達の分まで生きるなどと言うつもりも、圏内事件の犯人を取っ捕まえるという正義感を振りかざすつもりもない。ただ俺は、圏内PKの矛先が絶対に向いていないとは言い切れないから、万が一にも自分も圏内PKをされないために捜査をしているだけだ。そこに善意の欠片もない。

なんか疲れたな……と、カンカンに五十層を照らす太陽を見つめ、そんなことを考えていると、アスナが俺のこの世界での名前(アバターネーム)を呼ぶ。

春先、肌を照りつける太陽と微かに聞こえる喧騒を背に、俺は妖しげな店に二度目の入店をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、俺が外に出ていた間に何があったんだ?」

 

この数分の間に何があったのか、キリトが頭を抱え何やら悩んでいるように見える。いや、ほんとに何があったの?

そんな俺の疑問を、頭脳明晰アスナ先生が氷解してくれた。

 

「大したことじゃないんだけど、あの後も議論を続けてて、アンチクリミナルコードを無効化する抜け道を探してたんだけど……」

 

「見つからずに今に至る、ってところか?」

 

ファイナルアンサーどころかニアリーアンサーも見つからなかったらしい。当然と言えば当然だが。そんなすぐに判れば苦労しない。

 

「……うん、それは解った。で、あれ何?」

 

指差し俺はもの申す。ドンブリだけみればラーメンだが、中身の麺が縮れていて、とてもじゃないがラーメンには見えない。言われて「ああ、そうかも……」と思うくらいだ。アスナも渋い顔で、「多分ラーメン……」と言っている。

「う〜っ」と唸り、苦悩しているキリトをアスナが正常に戻し、全員でラーメン(に似た何か)を啜る。……不味くはないが、何か物足りない。強いて言うなら、何の調味料も入れずに、鶏ガラの出汁だけで食べてるみたいな……

ズルズルと侘しい味のラーメンを啜りながら、無言で食べる。最強ギルドツートップである有名所(ヒースクリフとアスナ)と、ソロプレイヤーボッチ(俺とキリト)が同じ卓でラーメン(らしきもの)を啜っている姿は、ピカソの絵画並みにシュールだろう。

麺を全て食べ終わったので邪魔になったドンブリを端に寄せ、俺はヒースクリフに問うた。

 

「……で、あらかた俺たちの意見や事件当時の状況は伝えたが、あんたは何か思い付いたか?」

 

「…………」

 

すぐには答えず、スープまで飲み干して、ドンブリの底の漢字っぽい文字を凝視しながら言った。

 

「……これはラーメンではない。断じて違う」

 

「それは俺の管轄外です、クレーム苦言文句言いがかり等はキリトに言ってください」

 

「えっ!?私なの?」

 

「お前が案内したんだろ……」

 

それはそうだけど……と呟きながら唇を尖らせるキリト。コラ、不貞腐れるんじゃありません、自分の非を認めなさい、可愛いから。

脱線していく話の流れを修正するように、一つ咳払いをしてからアスナが再び訊ねた。

 

「すみません、団長……改めて、何か気づいたことがあったらご教授をしてもらいたいのですが……」

 

「ふむ……現時点の材料だけで、《何が起きたのか》を断定することはできない。だが、これだけは言える。いいかね……この事件に関して絶対確実と言えるのは、君らがその目で見、その耳で聞いた一次情報だけだ」

 

「……?どういう……」

 

「当たり前だろ」

 

キリトが疑問の言葉を漏らし、俺は当然だと肯定する。

 

「つまり……」

 

キリトの疑問の声に対しての回答を、隣に座る俺、並んで座るキリトとアスナを順に見つめ、言った。

 

「アインクラッドに於いて直接見聞きするものはすべて、コードに置換可能なデジタルデータである、ということだよ。そこに、幻覚幻聴の入り込む余地はない。逆に言えば、デジタルデータでないあらゆる情報には、常に幻や欺瞞が内包される。この殺人……《圏内事件》を追いかけるのならば、眼と耳、つまるところ自分の脳がダイレクトに受け取ったデータだけを信じることだ」

 

……長い、そして解り辛いわ。いや、言わんとすることは理解できるが、お前はどこぞの科学者か。できる奴はできない奴の気持ちを理解できないと言うが、案外その通りかもな……

と、心中で突っ込みを入れた後に妙に納得していると、当の本人であるヒースクリフがごちそうさま、エイト君、と言い添え立ち上がる。

飯も食べたし、話を聞く相手が席を立ったので、ここに留まる理由もない。

続いて俺も席を立ち、追随している訳ではないが、狭い店内では必然的にヒースクリフの後ろを歩くことになる。

丁度顔にピンポイントの位置にある暖簾を左手でかき揚げ――そこで二人がついてきていないことに気づく。

左手を挙げたまま首を動かし後ろを見ると、未だラーメン(?)を啜っているキリトと、それを見て応援しているアスナがいた。

 

「…………」

 

何とも言えない気分になっていると、体の向きからしたら前、視線の向きからしたら後ろに立っているヒースクリフの、「何故こんな店が存在するのだ……」という呟きが耳に残った。

……うん、それは俺も思う。アルゲード三大珍味だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迷路のように曲がりくねっている街に団長殿が姿を消すと、キリトがアスナに訊ねた。

 

「ねえ、アスナ……さっきの言葉の意味解った?」

 

「……うん」

 

なんでこんなに陽気な春の日に、アインクラッドを駆け回っているんだ……と周りの暖かい季節の雰囲気とは真逆の憂鬱なオーラを体から発しながら耳を傾ける。

 

「アレだわ、つまり《東京風しょうゆラーメン》。だからあんなに侘しい味なんだわ」

 

……どうやら偽ラーメンは副団長殿のお口には合わなかったらしい。あとアスナ。絶対キリトが訊いてるのそれじゃない。

 

「え?うん、まあそうだね」

 

キリトも真面目に受け答えせんでもいい。

アインクラッドに来て、対人コミュニケーションスキルよりも、突っ込みスキル熟練度が上がるって、どういうことだよ……いらないよ、アインクラッドの職業(クラス)に漫才師なんてねえよ……そもそもアインクラッドに職業なんてないけど。

また突っ込みをしてしまったことで、思考(突っ込み)の永遠ループをしてしまいそうだったので、無理矢理打ち切る。恐るべし、イザ○ミ。

 

「決めた。わたしいつか必ず醤油を作って見せるわ。そうしなきゃ、この不満感は永遠に消えない気がするもの」

 

まあ確かに現実世界と同じ味のラーメンを食ってみたいとは思う。……作るか、俺が唯一趣味用で取得した《料理》スキルで。

「いやそうじゃないでしょ!」と、キリトのレア物の突っ込みが見事に炸裂する。

 

「え?何、キリトちゃん?」

 

「変なもの食べさせてごめんなさい、許して。そっちじゃなくて、あの禅問答みたいな方だよ」

 

「ああ……」

 

本当に気づいてなかったような声だが、疑わしいものである。

 

「あれはつまり、伝聞の二次情報を鵜呑みにするなってことでしょう?この件で言えば、つまり動機面……ギルド黄金林檎の、レア指輪事件のほうを」

 

「ええー?」

 

……今日はキリトのレアボイスを聞くことが多い日だな、吉日だわ……と思いながら、引き続き会話に耳を傾ける。

 

「ヨルコさんを今さら疑うの?確かに証拠は何もないけど……アスナだってさっき今更裏づけの取りようもないから、疑っても意味ないって言ってたよ?」

 

無垢(と言うより天使)過ぎて人を疑うことを知らないキリト。人並みには疑うアスナ。人一倍疑う俺。……なるほどそういう面で見れば、俺達はバランスがとれているのかもしれない。

 

「まあ、それはそうなんだけどね。でも、団長の言うとおり、PK手段を断定するにはまだ材料が足らなすぎるわ。こうなったら、もう一人の関係者にも直接話を聞きましょう。指輪事件のことをいきなりぶつければ、何かぽろっと漏らすかもしれないし」

 

「え?誰?」

 

「もちろん、あなたたちからあの槍をかっぱっらってった人よ」

 

……アイツかよ。うえぇ、会いたくないでござる……て言うか、やっぱり俺、必要なくない?




次回!『シュミットを探せ!』です。

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