ソロアート・オフライン   作:I love ?

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本日はバレンタインなので、バレンタインの話を書いてみました。四日間で書き上げたので誤字脱字ありましたらご報告下さい。
アンケートの途中経過を。

1.桐ヶ谷直葉 四票

2.紺野木綿季 十票(要望の中にはユウキは小町の親友&幼い頃から八幡を意識しているというのがありました)

3.アリス・ツーベルク 四票

4.綾野圭子 五票

5.篠崎里香 一票

6.要望 六票(要望は全員での修羅場、シノンとほのぼの本屋デート、シノンとなりたけがありました)

ユウキェ……強すぎィ! さすが絶剣!

アンケートはまだまだ募集中ですので、投票&要望を書くのをお願いします。

この話に鈴宮というキャラが出てきますが、オリキャラではありません。フィリアのことです。フィリアの名前は琴音ですが、名字は出てきていないので勝手につけました。……ハルヒじゃないよ?
*ご指摘があったので、鈴宮→竹宮にしました。間違えてしまい、すいません。


彼のバレンタインは世間一般的にはまちがっていないが彼的にはまちがっている。

バレンタイン。

それは、一年で一番リア充と非リア充が明確に分かれる日である。

リア充にとってはミルクチョコレートのように甘く、非リア充にとってはビターチョコレートのように苦い日だ。

無駄にそわそわしてもブサメンはチョコレートを貰えないし、いつも通りにしていてもイケメンはチョコレートを貰える。……ケッ。

と、話がずれてしまったが俺にとってバレンタインとはコマチョコが貰える日だ。むしろそれ以外の何物でもない。

ただ、東京と千葉と、物理的距離が遠いので今年は貰えるのかお兄ちゃんは心配です……いや、何なら千葉まで行くけどね?

 

 

 

× × ×

 

 

 

「お兄さん! 今日はバレンタインだからチョコあげる! はいッ!」

 

「お、おぉ……?」

 

今季一番の寒波が関東を襲った二月十四日。あまりにも唐突に、血の繋がっていない家族からチョコレートをもらった。in小町ボイス。

 

「一応手作りだけど、僕あんま料理得意な訳じゃないから簡単なのは勘弁してね?」

 

「いや、普通に旨いぞ。その……ありがとな」

 

「うん!」

 

言うなり両腕をバッと広げて静止する紺野。なんだそのポーズ、崇め奉ればいいの?

神社に行ったときのように柏手を打ち、絶剣ユウキ様ははーと適当に崇めておく。すると、なぜか唇を尖らせた。

 

「……何だよ」

 

「……そこはハグだよ」

 

やだわ、いくら家族とはいえ恥ずかしいわ。

興味なさげな視線を紺野に送っていると、どうやらなりふり構わないことにしたのか思いっきり抱きつかれる。

 

「えへへへへ〜」

 

えぇい、こら離せ。小町にだって小六以来こんなことされたことないんだぞ。まぁ、これまで人の体温を碌に感じられていなかったのだから、これくらいは容赦しよう。

 

「おい、そんな密着すると服についてる菌が……」

 

「ふふふふ。ふへ、ふへへ……」

 

段々笑いが怪しくなっていく。ふへへって、完全にDQNのそれである。しかもナンパ中の。

 

「おい、治ってきたとはいえお前エイズなんだから、気を付けろよ」

 

「うん! でもあと十分だけ……」

 

こいつの生い立ち+小町ボイスの効果で、十分どころかその三倍この体勢のままだった。……腰が痛いです。

 

 

 

× × ×

 

 

 

そうだ、千葉に行こう。

小町からチョコレートを貰うために千葉まで行こうとする俺マジメロスとか思って、その旨のメールを送ったのだが、『来ないで』と返信されてしまった。

もうダメだ、おしまいだぁ……。

自称宇宙最強の戦闘民族である野菜人の王子のようなことをぶつぶつ言いながら、普段はアリスと紺野が使っているパイプベッドでふて寝しようとする。

 

「お、お兄さん! 元気出して? ほら、まだ皆からチョコレート貰えるかもよ?」

 

「……俺はチョコレートが欲しいんじゃなくて、『小町からの』チョコレートが欲しいんだよ」

 

だ、だめだ、これはさすがにカバーできないよ……と紺野が内心思っていることも露知らず、再度瞑目する。いいもんいいもん、紺野(小町の声のやつ)からはチョコレート貰ったもん。

……冷静になると、思考も普段女子が使っている布団に潜り込んでいる現状もアウトな気がしてきた。仕方なく布団から出る。

テレビを点けてもバレンタインデー特集的なのばっかやっていて鬱になる。同理由でネットサーフィンもする気にならない。紺野も退屈そうにしている。

 

「ねえねえ、さっきスマホが鳴ってたよ?」

 

「あ? 見てみるわ」

 

紺野用のゲームが何個かインストールされているスマホちゃんを弄くり、メールを見る。いつもはLINEの『仮想組』というグループで連絡が来ることが多いのだが、今日は普通のメールだ。それも複数。

 

『エイト、私の家に来て!』(キリト)

 

『ハチ君、私の家に来て!』(結城)

 

『エイトさん、私の家に来てください!』×2(桐ヶ谷妹&綾野)

 

『エイト、ちょっと私んち来て』(篠崎)

 

『エイト、ちょっと私の家に来なさい』(朝田)

 

『エイト、ちょっと私の家に来てくれないかな?』(竹宮)

 

『エイト君、ちょっと私の家に来てくれないかな?』(枳殻)

 

……俺にどうしろと?

何でこんなブッキングさせてくんだよ。俺は某ラーメンの具材の名前の忍者みたいに影分身できないからね?

 

「誰からだったの?」

 

「……いいか? 俺は何も見ていない。お前もスマホから何の着信音も聞いていない。いいな?」

 

「?」

 

小首を傾げているということは理解できていない。これでいいのだ。ボンボンバカボンバカボンボン。

 

『すいません、パパ……』

 

俺が安堵しているとき、愛娘からの謝罪の言葉が聞こえてきた。何だい? ユイの謝罪なら何でも赦しちゃうよ!

 

『さっきのメール全部に、【わかった。今から行くわ】って返信しちゃったんです……』

 

なん、だと……。

 

 

 

× × ×

 

 

 

『パパ! 焦ると事故してしまいますよ!』

 

お、おう。そうだな……。

愛娘の鈴の音のように澄んだ声を聴き、バイクのスピードを緩める。何故だ、何故休みにこんな目に……。

 

『パパ、そこを左折です!』

 

慌てて左折し、一軒目……アスナの家までバイクを走らせる。予想だが、今日は今までで一番バイクを走らせる日になるだろう。

……何か高級住宅街に迷い込んじゃったんだけど、こっちであってんの? バイクが完全に場違い何ですけど……。

俺の心情に同期するようにブルル……とバイクが弱々しい音を出す。ナビゲーターユイを疑うわけではないが、知り合いがこんな高級住宅街に住んでいるなんて実感がないのだから仕方がない。

スマホに表示された住所を頼りに進む。

 

「で、でけぇ……」

 

さすがは大企業レクトの元CEO結城彰三氏の自宅というべきか、もう家というか屋敷と言うべき建物が鎮座していた。やだ、ぼくもうおうちかえる……。

 

『ダメですよ、パパ』

 

俺の考案を見透かしていたとしか思えないタイミングでユイが諭してくる。ダメだよなぁ、バックレたらアスナ→阿修羅になってしまう。

インターホンに指を近づけ、あと一センチというところで止まる。やっぱヤだなぁ……。えぇい、ままよ。

ピンポーンと普段聞いてるより高貴な感じがする音が外と恐らく室内にも鳴り響く。誰かが出るまでのこの感じ、どうにかならんもんかね……変な汗が出てきちゃうだろーが。

 

『はい。どちら様でしょうか』

 

「ひゃ、はの、ぼきゅひきぎゃやはちまんと言いましゅ。結城……アスナしゃんに来るにょうにひわれたんでしゅが……」

 

知らない年上の女性――声音から推測――の声が聞こえ、最近で一番キョドってしまった。

 

『ああ、アスナお嬢様の……かしこまりました。少々お待ちください』

 

……使用人に名前パスされるとか、結城が結城家で俺をどんな風に言っているのか気になるが、時間がない俺にとっては些事なので置いておこう。

使用人(佐田明代さんと言うらしい)に案内され、屋敷内を歩く。……無言が辛い。

 

「え、え〜、他の家族はいらっしゃるんでしょうか」

 

「いえ、旦那様と奥様はお仕事でいらっしゃいません。浩一郎様……アスナお嬢様のお兄様は御勉学だそうで、学校に行っております」

 

「は、はぁ……」

 

会話が途切れる。

まぁ無理して話すこともないという思考に至ったとき、使用人(というよりホームヘルパー)さんが話しかけてくる。

 

「……比企谷様は、一途な女性をどう思われますか?」

 

「は? いや、男なら憧れるもんじゃないですか? ……少なくとも尻軽の人よりはいいと思いますけど……」

 

「そうですか。……ここがお嬢様のお部屋です。では、私はこれで……」

 

……んあ? 何で結城の部屋まで通されてんの? 普通、リビングとか客間に通されるんじゃないの?

もう一度佐田さんを呼び出すのも申し訳ないし、何よりこの家の造りがわからん。つまり、俺に出来るのは結城の部屋の扉をノックすること一択だけなのだ。

 

『は〜い、どうぞ〜』

 

部屋主の許可を得たので扉を引く。あまりにも滑らかに、音もなく扉が開いたのに経済格差を感じます……。

 

「あ、ハチ君!」

 

「おぅ……、わざわざメールで招集するなんて、何か用か?」

 

言うと、結城はちっちゃい紙袋からラッピングされている小さな箱を出した。そのままやや頬を上気させ、笑顔で「はい」と箱を差し出してくる。

 

「……何、これ」

 

誕生日は今と真逆だし、祝い事があったわけでもない。つい受け取ってしまったが、これを貰う謂れがない。

 

「返すわ」

 

「え……いらなかった、かな」

 

「? いや、お前から贈り物をされるようなこと、最近なんかあったか?」

 

それにしても美少女の涙目というのは罪悪感を煽るな。何も悪いことしてないのに責め立てられてるような気がする。

 

「え、えっと……今日は何月何日だっけ?」

 

「二月十四日だけど……」

 

「だよね! 日にち間違えたのかと思った……」

 

日にち? ……あ、これまさかチョコレート? ヤッベー、今まで貰ったことなかったから何なのかと思ったわ……。

 

「これまさかチョコレートか?」

 

「普通気づくでしょ! そうだよチョコレートだよーだ」

 

小さな子供が拗ねたように唇を尖らせ、そっぽを向いてしまう。やだこの子可愛い……じゃなくてだな、いや、どうしよう。こいつこうなると長いんだよな……。

どうすればいいのか解らないので貰ったチョコレートを一口。

 

「ちょ、ちょっとハチ君、何でおもむろにチョコ食べ始めてるの?」

 

「え、いや特に意味はないけど。……つーか、お前相変わらず料理うめぇな。甘さがちょうどいいわ」

 

「く、口に合ったならよかったけど……」

 

気恥ずかしげに長髪をもてあそび、口を緩ませる。結城の機嫌も直ったことなので、次、行きますか……。

 

 

 

× × ×

 

 

 

バイクを走らせ着いたのは、これまた立派な日本家屋。都市部の埼玉県の住宅街にある家とは思えない和の造りだ。

 

「ユイ……パパを励ましてくれない? 心が折れそう……」

 

『ファイトです、パパ!』

 

よっしゃー! ヤッテヤルゼエェェェー!

勢いよくインターホンを押し、心なしかけたたましい音を響かせる。ユイの応援の前ではそれすらも凱歌に聴こえた。

 

「はーい!」

 

元気で活発な声が聞こえた時に現実を見る。ユイの激励(持続時間1ターン。効果意気高揚)が切れてしまった。何回でも言おう。おうちかえりたい。

 

「あっ、エイトさん! お姉ちゃーん、エイトさんが来たよー!」

 

勇者スグハは【張っている声】で俺の鼓膜を攻撃し、仲間を呼んだ! ……あれ? 仲間を呼ぶのはモンスターだよな? 確かにあの立派なダブルマウンテンはモンスター級だが……やめよう、つい視線がつられそうになる。

駒王学園の変態三人組のうちの一人でもないのにバストスカウターが発動しそうになったぜ……。

 

「エイト、いらっしゃい!」

 

私服まで真っ黒なキリトが二階から降りてきて家内に招かれる。

 

「それにしても、メールからちょっと遅かったね?」

 

「あ、ああ、ちょっと準備してたらな……」

 

「そっかー」と言いながらぱたぱたと冷蔵庫から麦茶を取り出し、ガラスのコップに注いで俺の前に持ってきてくれる。

それを一口で飲み干し、結城の時と同じように聞いた。

 

「……それで、自宅招集させるなんて初めてだが、何か用か?」

 

「あ、うん。ほらスグ、あれ出して」

 

「はーい」

 

キリトが指示を出すとまたもや冷蔵庫からラッピングされている小さな箱×2を取り出す。あれ、なんかデジャヴ……リーディングシュタイナー持ってないのになぁ……。

 

「はいエイト、バレンタインチョコ」

 

「わ、私も頑張って作ったから、食べてみてください」

 

「お、お、おう……」

 

チョコ四個か……中々ヘビーだな……。

 

「ど、どう?」

 

「……ん、旨いぞ」

 

「よ、よかった〜」

 

俺が感想を述べた途端顔を見合わせ互いに喜ぶ桐ヶ谷姉妹。どうにかして抜け出さねば……と思っていたときスマホが鳴る。乗るしかない、このチャンスに。

 

「……すまん、急用ができたからもう行くわ」

 

「あ、はい! また来てくださいね!」

 

「バイバイ、エイト!」

 

つ、次は……枳殻のところにするか。

胃が……。

 

 

 

× × ×

 

 

 

俺はヴァレンシュタインは好きだが、バレンタインはむしろ嫌いな方だ。今日バレンタインを嫌いな方ではなく、嫌いだと断言できるようになりそうだ。

それはそうと、何故だろう、俺が住んでいるところと似ているからか、枳殻の家は先の二軒よりも落ち着けた。

 

「……で、用って何?」

 

世界がループしているかのように同じ台詞を繰り返す。

 

「う、うん……その、今日はバレンタインだから、チョコ作ってみたから食べてほしくて……はい!」

 

仮想世界の彼女の髪色と同色に顔を染め、俯いて両腕とチョコレートが入った箱を差し出した姿勢のまま固まる。

 

「……おう、サンキューな……」

 

半ばやけくそ気味にトリュフを口に放り込む。枳殻はあまり料理は得意ではないとのことだったが、普通に旨い。

旨いんだけど……血糖値が心配だ。

 

「……そういや、アイカツの方はどうだ?」

 

「アハハ、まだ全然ダメだよ……」

 

自嘲と羞恥が混じった笑みを浮かべた顔の頬を掻きながら言った。やはりアイドルというのは狭き門なのだろう。世の中にはやたら人数が多いアイドルユニットが増えたが、彼女たちもたゆまぬ努力をしているのはずなのだ。

しかし、枳殻の言葉にはまだ続きがあった。

 

「――でも、諦めない。だって私はお姉ちゃんだから。妹に負けてられないから」

 

強い意志に気圧され、思わず微笑を浮かべてしまう。

 

「……そうか。ま、頑張れ」

 

 

 

× × ×

 

 

 

……チョコレートの食い過ぎで若干気持ち悪くなってきた。

そんなことを思いながらデュラハン号(嘘)をブンブン唸らせる。

次は朝田の家だ。

何回か行ったことはあるのでユイのナビゲーション無しでスイスイ進んでいく。画面内のユイはややご不満顔だ。

明日仮想世界行って目一杯甘やかそうと決意をし、少しだけスピードを上げる。

手頃なな場所にバイクを停めておき、朝田の部屋の俺のアパートと同じ型の旧式インターホンを押す。

 

『はい、どちら様ですか?』

 

「……俺だ」

 

『……どちら様でしょうか』

 

「じゃあな」

 

はい、四軒目終了。次々。

バイクのキーをくるくる弄びながら元来た道にターンバックする。いや、朝田さんには感謝感謝。

 

「待ちなさいよ」

 

手首をガッチリ掴まれ、前に進めなくなる。……どんな力してんの? 人類七大不思議だな。

 

「……どちら様でしょうか」

 

「あんた、ホンット嫌な性格してるわね」

 

お前も結構イイ性格してるけどな。

まぁこういう隠さず素直に面と向かって言ってくるのは悪くない。むしろ好ましいと言えよう。

 

「……で、用は?」

 

この一日でずいぶん熟達したと思う『尋ねスキル』を発動させ、用件を訊く。や、これまでの流れで言えば用は解るが、違ってたら恥ずかしいからな。

 

「今日はバレンタインだから……はい、チョコレート」

 

「義理堅いな……」

 

何か周りのやつらがこう、義理堅いとホワイトデーに俺も返さなきゃ! って気持ちになるから不思議だ。

チラチラと俺を見てくる朝田。俺はこの反応を知っている。これはあれだ、食って味の感想を述べよというやつだ。この一日で学んだ。

包装紙を剥ぎ取ってチョコを一口。思わず顔をしかめる。

 

「え、あ、不味かった?」

 

「いや……てっきり普通の甘いチョコレートだと思ってたから、虚を突かれて驚いただけだ」

 

まさかビターチョコレートだとは……。

塩を砂糖だと思って舐めたら凄く不味く感じるのと一緒だ。

最後の一欠片まで余すことなく食べると口中が兎に角苦い。ブラックコーヒーを飲んだときのような苦味が舌を襲う。

 

「まぁ、旨かった。その、だな……サンキューな」

 

これも一日で何回も言っているはずなのに、どうしてもつっかえつっかえになってしまう。

 

「どういたしまして……で?」

 

「は?」

 

「どうせ他の人からも呼ばれてるんでしょ、早く行ったら?」

 

「お、おお……」

 

察しがいいですね、シノン姐さん。

事情を察してくれているシノン姐さんに今年一番の感謝を注ぎつつ、俺はバイクに跨がった。

 

 

 

× × ×

 

 

 

次は……どうしようか。

残りは竹宮、綾野、篠崎だが……篠崎が最後でいいや。

今走っている道から程近い竹宮の家に向かう道にハンドルを切る。ちなみに途中でガソリンを補給したため、俺の今月の小遣いは消し飛んだ。

ユイによるとこの辺らしいので道にバイクを停める。さっさと行って戻らねば、罰金をすることになり俺の来月の小遣いもアリスによって抹消されるだろう。

 

『はい、竹宮です……あっ、エイト!』

 

「よう。それで用件はなんだ二十文字以内に述べてくれ」

 

『な、なんでそんなに焦ってるの?』

 

「……すまん、ちょっと急ぎの用事があるから早口になった」

 

『そっか……じゃあ、ちょっと待ってて』

 

そう言ってインターホンは切られた。

平凡な一軒家の前にただずむ見慣れぬ男(眼が腐っている)を見て、通報する人がいないか冷や汗を掻きながら待つ。冷や汗を掻いていることがより一層の不審感を出していることには気づけなかった。

 

「お待たせ〜」

 

ALOとは違う薄茶色のショートヘアを揺らし、部屋着であろう服に上着だけを羽織った格好でひょこひょこ歩いてくる。

茶髪、か……。そういやユージオも茶髪……というよりかは亜麻色の髪をしていたな。

今は亡きアンダーワールドの人界最大の反逆者にして整合騎士長ベルクーリをも下した剣士を想起する。

……まぁ、後日新生アンダーワールドにある墓にでも行くとしよう。

 

「エイトォ?」

 

「あ、すまん。で、何だ?」

 

「ほら、チョコレートチョコレート。ホワイトデーにお返しよろしくね?」

 

汚い。さすが竹宮(トレジャーハンター)汚い。 さりげなくホワイトデーのお返しを要求、確約するなんて……魔性である。

また目の前でイート&セイをさせられ、僕の胃袋はカフェインで荒んでいます……。

 

 

× × ×

 

 

 

「……あ、あと二軒……」

 

フルマラソン完走直前のランナーってこんな気持ちなのかしら……なんかサライが聞こえてきた。……うん?

 

「……ちょっとユイちゃん? 何で俺のスマホに入ってるサライ流してんの? 二十四時間走れって揶揄してんの?」

 

『……構ってくれないパパが悪いんです』

 

……危ない危ない、危うくハンドルを切り損ねて危険な目に遭うところだった。

我が娘ながら、こう、何……父性を煽ってくるのが堪らないでごじゃる。親父、小町に甘すぎてキモいとか思ってすまねぇ……。

俺から親父に謝るという、マジで十年に一度ほどの超レアなことをしていると、ユイがめっきり話さなくなってしまった。

「ユイ、解ってくれ。パパもな? 二人を養うのに必死なんだ……」

 

我が家の家計状況を一言で言うならば、俺が働くくらいにヤバイ。ユウキはまだ未成年だからできるだけ遊ばせてやりたいし、アリスはこっちの一般教養を身に付けたとはいえ、働けるほどではない。

 

『……わかりました。でも、今度一日だけずっと一緒にいてくださいね?』

 

「わかった」

 

……自分が着々と社畜への道を歩んでいるような気がしてならないが、働きたくねぇなぁ……。

ぼんやりと考えていたら、目的地を通りすぎてしまっていた。

綾野を呼ぶボタンを押そうとしたところで、思考が巡らされた。

……確か、綾野の親父って、ルポライターだか作家だか家にいる仕事じゃなかったけ……。

あと一センチから十センチまで遠ざかり、また一センチまで近づく。見えない壁があるかのようにここから近づけなかった。

クッ、まさか、結界……?

そんなわけあるか。

自分でボケ、自分でツッコんだ結果、当たってしまったんです、手が呼び鈴に……。

 

『はい、綾野です』

 

綾野! 僕は信じていたよ、君が出てくるのを! ……チョコレートって食い過ぎると思考回路に異常を来す効でもあったっけ……。

 

「あー、比企谷八幡です」

 

自分でも「あれ、これただの自己紹介じゃね?」と思うほどの返答でもメールの件で俺が来たことを察したのか、さして疑いを持つことなく家から出てきた。

年上目線で言うと、この子が悪い男に騙されないか心配です。

しののんイチオシの横のユサユサが可愛らしく揺れ、さながら……いや、やめておこう。これを考えてしまうと桐ヶ谷妹を直視できなくなる。

さて、高校生にしてロリィ……な少女の右手にはピンクであしらわれた箱が。……うーん、嫌な予感。

 

「お母さんと一緒に作ったチョコレートです! 食べてください」

 

「よし、まかせろ」

 

包装紙を丁寧に剥ぎ、露になったチョコレートを一口。

さすがに一人暮らししている朝田や料理が得意な結城には見劣りならぬ味劣りするものの、中々に旨い。

 

「ど、どうでしょうか? い、一応今までで一番うまくできたの何ですけど……」

 

「……ん、旨いぞ。ま、料理ってのは反復が大事だからな。アリスのやつも料理は下手くそだったが、今じゃ俺よりうまいからな……」

 

「……へー、そうですか」

 

そうなんでせうよ。……あの、その白眼視やめてくれない? アドバイスしただけなんだけどな……。

 

 

 

× × ×

 

 

 

ガーナ、ガーナがぁ……、カカオがぁ……、明治がぁ……、カフェインがぁ……、チョコレートがぁ……。

今ならチョコレートに関するものすべてを憎めそうだ。

いや、チョコレートを貰えたのは俺も男だから嬉しいんだけどね? 何個も何個も食うのは無理だ。死んでしまう。

だが、次で最後。次で最後なのだが……。

 

「……でかすぎんだろ」

 

直径俺の掌分ある真円のチョコレートが最後の試練だ。もうちょっとしたチョコレートケーキ並のでかさである。

 

「ふっふっふ、ホワイトデー、よろしくね♪」

 

やべぇ、竹宮と同じこと言ってんのに凄いイラッとするぞ☆

俺はもう悟りを開いたね。このチョコの中には今年一個もチョコを貰えなかった男たちの怨念が詰まっているのだ。食わねば。

……それはそうと、明日食べさせてくれるという選択肢は何でないの?

 

「……普通だ」

 

「コメントが微妙すぎるでしょ!」

 

「ウン、ウマイヨ、ユウキノヨリジュウバイクライウマイヨ」

 

「あんたねぇ……」

 

こめかみをピクピクさせる篠崎にも構わず、無心で、まるでお経を唱えるときの気持ちで食べ進めていく。血糖値、大丈夫かしら……。

 

 

 

× × ×

 

 

 

「終わった……」

 

俺はやった。ひとつ残らずチョコレートを駆逐したのだ。

意気揚々とバイクを自宅に向け、走る。道すがら鼻血が少し垂れてきたが些事だ。

鼻歌を口ずさみながらアパート賃貸者用の駐車場に愛二輪車を停め、階段を上る。

廊下の一番奥の自室である201号室の鍵は紺野がいるから空いているはずだ。アリスが帰宅しているかは判らないが。

 

「たでーまー」

 

「あ、お帰り〜。アリス、お兄さんが帰ったよ」

 

「わかった、わかったから押さないで……」

 

相変わらず仲睦まじいですね。……あ。

見つけた。見つけてしまった。ギリギリ崖っぷちな俺の胃を千尋の谷に突き落とすものを。

 

「そ、その……ですね。今日は女性が男性に思いを伝え、チョコレートを渡す日だと聞いたので――」

 

――斯くして

 

「――チョコレートを、食べてみて?」

 

――死刑宣告は下された。

首を少し傾げ、上目遣いになっていることも、長い絹のような金髪が垂れ、若干うなじが見えていることにも気づかず――

 

「ぐふっ」

 

――俺は限界を迎えた。

視界が暗転する。

 

 

 

バレンタインという日は、リア充と非リア充が明確に分かれる日である。

俺はそう思っているし、事実そうだ。

元々が聖ウァレンティヌスの命日だというのに、それに託つけて祝ったり騒いだりするのはまちがっている。

それでも普段は出せない勇気、想いを伝える切っ掛けになり、誰かを幸せにすることもあるのだろう。

だから、バレンタインという風習は続いているし、終わらない。

人の命日だけど、誰かが勇気を出して想いを伝えられるように願って、ハッピーバレンタイン……。

 

 

 

 

 

 

……俺がアリスのチョコレートを食べるのが嫌だから気絶したと勘違いしたアリスを慰めるのに一時間かかったのはまた別の話……。

 


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