おやすみ前の第五十話、どうぞ……
二〇二四年、三月六日。キリトヤンデレ事件(俺命名)から三日後。
五十六層《パニの町》で、ちょっとしたトラブルが起きている。
それはマイエンジェルキリトと攻略の鬼の閃光様の(キリトは可愛さが、副団長殿は怖さが)人外決戦である。
その経緯はこうだ。
俺達攻略組は五十五層を突破し、現在は五十六層フィールドボスの攻略会議をしている。
今回の攻略は《血盟騎士団》主導の攻略だが、血盟騎士団団長である《聖騎士》ヒースクリフはいないため、リーダーは副団長の《閃光》アスナだ。
血盟騎士団副団長になってからは、気軽にアスナと言うのも躊躇われるため、大抵リーダーか副団長殿と言っている。
で、その副団長殿はマップを広げてじっくりと見た後、叩きつける様にテーブルに手をダンッ!と置き、攻略組に指示を出す。
「今回はフィールドボスを村に誘き寄せます」
攻略組がざわめく。隣にいるメンバーと意思……というより感情の確認をするが、誰も反対の意見を出さない。
出したのは――キリトだ。
「ちょ、ちょっと待って!そんなことをしたら、村が……」
その反論を予測していたのであろう副団長殿が毅然と言い放つ。
「ええ、それも狙い通りです。NPCにはボスの囮になってもらって、その隙に攻撃を仕掛けます」
「で、でも、オブジェクトとは違って、NPCは……」
「生きている、とでも?」
ピシャリと言葉を切り、冷たく言った。
「彼らはオブジェクトです。たとえ死のうとも直ぐに復活するのですから」
……二人の言わんとすることを、理解できない訳じゃない。
アスナは復活するNPCを囮にする効率重視の理論。対してキリトは、生きているNPCを死なせたくないという感情論。
俺だって一日も早く現実に戻りたい……というより、小町と戸塚に会いたい。しかしそのために小町と戸塚の姿をしたNPCを囮にできるかと訊かれたら、断じて否だ。
お互いがお互いの正義をぶつける――それの規模が大きくなると、言い争いから殴りあい。行き着くところまで行ってしまったら戦争になる。つまり攻略組がバラバラになるということだ。それは避けたい。
それになにより――攻略組メンバー全員の『お前の案件だろ。なんとかしろよ』という視線が痛い。いや、勝手に他人の案件作んなよ。
ちなみにこれは余談だが、俺が灰色装備をしているのは、よく衝突する副団長(白)とキリト(黒)の仲裁(白と黒を混ぜた灰色)に入るから、という説が出ているらしい。……深読みし過ぎだ。
「はあ……少し落ち着け、二人とも」
俺が仲裁に入ろうとすると、副団長は貫通属性の、キリトは癒し属性の視線を向けてくる。
やだ、ダメージ喰らっても、直ぐに回復しちゃう!やったね八幡!永久ヒールだよ!だが忘れるなかれ、永久ヒールということは、永久にダメージを受けるということでもあるのだ。
「いや、その……二人の意見を尊重する作戦を思い付いたから、報告しようかなと……」
「……なんですか?」
今度は疑属性に変わった視線を一身に受けながら、俺は口を開く。
「いや、そう難しい話じゃない。俺が囮をやるってだけだ」
「はあ……」
おい、なんだその聞いただけ損したみたいなため息は。それでも俺はめげない。だって八幡強い子だもん!
「……多分だが、攻略組で一番足が速い……というより、敏捷力が高いのは俺だ。NPCを囮にするより、五分……いや、十分長く耐えてやるよ」
副団長殿も俺の敏捷力の高さは知っているため、思案顔だ。一番敏捷力が高いからボス戦で先陣切って戦い、不名誉だが《犠牲》なんて二つ名を頂戴しているのだ。
「……わかりました。その案、採用します」
「あいよ、じゃあおつかれさーん」
その言葉を皮切りに、攻略組は各々解散して散らばっていく。
俺も借りている宿屋の部屋に戻ろっかなーと思っていると、後ろから二人に声を掛けられる。
「待ちなさい」
「待って、エイト」
後ろを振り向くと、やはりそれぞれ黒と白の装備に身を包んだ二人がいた。
「……なんだ?」
キリトが副団長に先にどうぞというジェスチャーをしているのを見て、コホンと咳払いをしてから俺に言ってくる。
「……本当に大丈夫なんですか?」
「……なにがだ?」
「囮役のことです」
……つまり俺が役割を果たせるか心配だってことか?
「大丈夫だ……と言っても、お前は信用しないだろ?」
「ええ、直接見せてもらわないと」
「なに?なにすればいいの?百メートル走?」
それとも障害物競走?パン食い競走?リレーは無理だよ?
「違います。そうですね……私とデュエルしてもらいます」
おいおい、なに、戦闘狂なの?
「いやだ。やるメリットがない」
最強ギルドの副団長とデュエルとか軽く罰ゲームだぞ……ヒースクリフと戦えとか言われた日には……エスケープだな。
「メリットがあるないの問題ではありません。この囮役がちゃんとできるかによって、生死が決まるプレイヤーもいるかもしれないからです」
「…………」
なるほど、一理ある。俺の役割によって、ボス攻略の効率も変わるという訳だ。……うえぇ……めんどくせえ……
「……わかった」
「えっ?ちょっと、エイト……」
キリトが心配そうな声音を出してくるが、あくまでもこれは腕試しみたいなものなのだ。命を懸ける訳じゃない。
俺達も石でできた洞窟みたいな建物から出て、副団長殿はデュエル申請、俺は装備点検、キリトは観戦と、各々の行動をとる。
申請は《半減決着モード》……HPバーがイエローゾーン、つまり半分になると勝敗がつく形式だ。
六十秒からカウントが始まり、一秒一秒減っていく。直ぐに武器を抜くのは三流。使う獲物を悟らせるのは二流、一流はギリギリまで武器、構えを見せないのだ。
「……なあ、一ついいか?」
「……なんですか?」
このままではこいつは失敗する。それも、致命的な大きな失敗を。
確かにこいつが攻略組を引っ張っているお陰で、攻略ペース、効率はともに上がっている。それは間違いない。
しかし世の中にノーリスクハイリターン、またはローリスクハイリターンはあり得ないのだ。事実、攻略ペースは上がっているが、HPが危険域に落ちるプレイヤーも増えている。
このままじゃ、きっと――いや、近いうちに死者が出る。それだけは避けなくてはならない。
だから、俺は諭さなければならない。高々一、二年だけの人生の先輩として、まがりなりにも攻略の一員として、そしてなにより――――今まで、失敗を積み重ねてきた者として。
「……一言だけ言っておく。……お前のやり方は、間違っている」
今の攻略方法に、不満がないと言ったら嘘になる。
かの有名なアニメに、こんな台詞がある。『人類が人間性を捨てて勝ったとしても、それは人類の勝利なのか』と。
俺も勝てばいいんだよとは思っているが、最低限のライン――人間性を捨ててまで勝ったら、俺は小町に――家族に顔向けできるだろうか?
今、副団長――いや、アスナは、焦りからか最低限のラインも失いかけている。偉そうに治せ、とも言えないが、コイツの指揮に命を預ける攻略組の一員としてくらいなら、眼を覚まさせるくらいの権利はあるだろう。
カウントがゼロになり、すでに抜剣して、右手に持った剣を振りかざし、俺が振るった剣が空気を切る音が、《閃光》アスナとのデュエル開始を告げた。
次回!『vs《閃光》』